せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ!   作:主(ぬし)

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今まで小説を書いてきた中でもっとも苦労したシーンのベスト3に入ると思う。


2−9 ギルガメッシュ「悪いなセイバー。この王道、二人用なんだ」

† セイバーサイド †

 

 

「セイバーよ、“理想に殉じる”と貴様は言ったな。なるほど往年の貴様は清廉にして潔白な聖者であったことだろう。さぞや高貴で侵しがたい姿であったことだろう。だがな、殉教などという茨の道に、いったい誰が憧れる?焦がれるほどの夢をみる?

聖者はな、たとえ民草を慰撫できたとしても、決して導くことなど出来ぬ。確たる欲望のカタチを示してこそ、極限の栄華を謳ってこそ、民を、国を導けるのだ!

王とはな、誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する。清濁含めてヒトの臨界を極めたるもの。そう在るからこそ臣下は王を羨望し、王に魅せられる。一人一人の民草の心に、“我もまた王たらん”と憧憬の火が灯る!」

「ライダー、そんな治世のいったいどこに、正義があるというのだ?」

「ないさ。王道に正義は不要。だからこそ悔恨もない」

「……そうか」

 

そう静かに呟いて俯いたセイバーを見て、ライダーは我が意を得たりと胸を反らせ、アーチャーはそらみろと傲岸不遜に鼻を鳴らした。

セイバーはといえば、自ら波乱を望み、乱世を巻き起こした征服王イスカンダルの堂々たる演説を、ただ静かに(・・・・・)受け止めていた。

波乱を拒み、乱世を沈めたセイバーとは相いれぬ暴君が語る『王の資格』には、なるほどこの男らしいと頷ける箇所はあれどやはり受け入れることは到底かなわない。

ライダーの言は、詰まるところ“我に続け”の一言に尽きる。王が誰にも憚ることなく欲望を満たす様を鮮烈に見せつければ、民草もそれを羨ましがり、自らも王になろうと積極的に行動する。沸々と湧き上がる欲望は活力となって経済を一層に潤し、士気を高め、繁栄に繋がったことだろう。それはセイバーにも理解は出来た。

なるほど、それで王に魅せられる者は大勢いただろう。尊大な勇姿は血気盛んな男たちの憧れであり目標であっただろう。武人ならば征服王イスカンダルと轡を並べることを誇りに思い、いつかその座を手にしてやろうと夢見ただろう。

 

(しかし、それについて行けない弱者は切り捨てられる)

 

正義のない治世に法はない。あるのは力だけだ。力が法として罷り通る世界では、無力な弱者は搾取され、虐げられるだけの矮小な存在でしかない。“強く求めれば王の座ですら得られる”とは、視点を変えてみれば“強くなれない者は何も得られない”と同義だ。非力であることが罪悪とされる、弱肉強食の世界だ。他ならぬ王がそれを是と認めてしまったのだから。それはまるで、アーサー王が剣を執る前のブリテンだ。強者たちが争いに明け暮れる群雄割拠の影で弱者たちが苦しむ暗澹たる社会だ。

セイバーはその非情を良しとしなかった。度重なる戦に疲れ果て、絶望に染まりきっていた多くの非力な人々を救いたかった。彼女は実のところ、選定の剣を抜き放つまでは一人の乙女でしかなかった。当時においてはもっとも非力な弱者層の一員であった。そんな弱者だったからこそ、力の価値を心得ることができた。力とは無暗に振り翳されるべきものではなく、正義と理想の維持にのみ費やされるべきであると心に焼き付けたのだ。

 

最初から強かった男と、最初は弱かった女。

力そのものを統治基準とした王と、正義と理想を統治基準とした王。

欲望というヒトの本能を体現する王道と、騎士道というヒトの理性を体現する王道。

 

相入れぬのは当然だ。互いに生まれた時代も為政者としての出発点も異なり、歩んだ人生も末路もまったく違うのだから。

ふと、セイバーはライダーの説話を前にして冷静でいられる自分を顧みて少し驚いた。以前の自分であれば、ライダーとアーチャーの“国と民が王に身命を捧げるべし”という姿勢を真正面から否定せんと牙を剥いて激昂していただろう。自分は暴君であると平然と自認し、自らの国の悲惨な結末を悔いもせず、あまつさえセイバーを“暗君”と侮辱する目の前の二人に食ってかかっていただろう。だが、余裕(・・)のある今ならそんなことはない。

そう、余裕だ。自分と同じように、弱者が虐げられることを良しとしない騎士(・・)が今もこの街で戦っていると知っている今なら、自らの王道は間違っていないと確固たる自信を持って構えることができる。

つい思考がそれて黙ったセイバーを見て、ライダーは何を思ったか不敵な笑みを浮かべて朗々と言葉を継ぐ。

 

「騎士どもの誉れたる王よ。たしかに貴様が掲げた正義と理想は、ひとたび国を救い、臣民を救済したやもしれぬ。それは貴様の名を伝説に刻むだけの偉業であったことだろう。だがな、ただ救われただけの連中がどういう末路を辿ったか、それを知らぬ貴様ではあるまい」

「……」

 

“末路”

その言葉でセイバーの脳裏に去来するのは、自らが最後の瞬間を刻みつけた落日の丘だ。

夥しい血に染まり、闇夜に沈みゆく悲しきカムランの丘。無為に消えて逝った騎士たちの魂、崩れてゆく正義と理想、薄れ行く騎士道。セイバーはそれらを再び取り戻すと誓った。失った全てを再興に導けるのは自分だけだと決意した。

そして、この聖杯戦争に参加して———

 

あの騎士(・・・・)と出会った)

 

未だ名も出自も分からない、漆黒の騎士鎧を纏った謎の男。セイバーは彼の中に、失われぬ正義と理想、燦然と輝く騎士道を見つけた。

かの戦士は、子供たちを護る背中には優しさを、敵の魔導書を利用する戦術には理性を秘めていた。彼自身に、狂戦士となっても色褪せぬ“騎士の規範”が染み付いているのだ。彼の存在こそ騎士王の王道の証明だ。

導くなど、おこがましい考えなのかもしれない。あたかも枯れ落ちた花から種子が舞い飛び、後に美しい花々を一面に咲かせるように———新しい希望は騎士王の小さな手からはとっくに巣立ちし、己の力で咲き誇っているではないか。

 

「貴様は臣下を“救う”ばかりで、“導く”ことをしなかった。『王の欲』のカタチを示すこともなく、道を見失った臣下を捨て置き、ただ独りで澄まし顔のまま、小奇麗な理想とやらを想い焦がれていただけよ」

 

その言葉にセイバーの眉がピクリと反応したが、持論を声高く語るライダーは気付かなかった。

臣民たちは、騎士たちは、果たして道を見失っていただろうか?自分が何かしらの欲望を顕にしていれば、彼らは喜び勇んで最期まで付き従っただろうか?

答えは、明確に『否』だ。彼らは聖君だからこそ主君と認めた。群雄割拠の時代、数多くの諸侯の中から、彼ら自身の意思によって理想の聖君(アーサー王)選んだ(・・・)のだ。ただ純粋な“平穏あれ”という願いと共に。

王による導きなど必要なかった。為政者からの必要以上の干渉を臣民たちは望んでいなかった。求められていたのは、疲れ果てた民草を慰撫し、その願いを庇護し、平穏へと至る道(法と秩序)を守護する聖王であった。彼女もそれを弁え、彼らの意思を尊重し、時にはあえて見逃した(・・・・・・・)。———それが、最初で最後で、決定的な失敗だった。

滅びに至る萌芽を果たしてどう解決すれば良かったのか……未だに分からない。不義を無かったことにしようと奔走すべきだったのか。妻と忠臣のどちらとも罰するべきだったのか。それとも、二人の恋を容認すべきだったのか……。何度自問しても、禍根を残さない答えを見つけられない。滅びを回避する答えに到れないのは、即ちそれが自分(アーサー王)の限界ということだろう。

だが、それでも、己の庇護の誤りによって滅亡の道を歩んでしまった祖国は絶対に救わなければならない。そうしなければ、自分を信じてくれた者たちに示しがつかない。

今度こそ、民草の安寧を確固たる形として結実させる。理想を遂げ、誇りを取り戻す。アーサー王に実現不可能なら、聖杯という手段を用いて実現してみせる。

それが、王を名乗り、王として讃えられた者の『責任』であるが故に。

 

「故に貴様は生粋の“王”ではない。己の為ではなく、人の為の“王”という偶像に縛られていただけの小娘に———

「黙って聞いていればあれやこれやとよく喋る口だな。酒に呑まれたのは貴様ではないのか?」

———むん?」

 

悄然としているとばかり思っていたセイバーの鋭い声に、ライダーはぱちくりと目を開け閉めした。怪訝そうに睨んでくるアーチャーをじろりと一瞥し、やにわに口端をにやと釣り上げたセイバーが酒坏に残った上酒をぐいと一気に呷る。細く白い喉がゴクゴクと激しく律動し、極上の神酒をあっという間に胃に流し込む。「ああ、もったいない」とライダーが残念そうに呟くのも気にせず、セイバーは全てを飲み干して腹腔から大きな息を吐き出した。

ライダーの()撃はセイバーの盾を貫くことはなかった。空になった酒坏の底を石畳に叩きつける。それは反撃の合図だ。

 

「いいか、ライダー。貴様の治世で通用したからといって、“イスカンダルの王道”が唯一万能の本道だと思い込んでもらっては甚だ困る。そも、我が臣民と騎士には欲の導きなど必要なかった」

「……ほ〜う。言うではないか」

 

顎の無精ひげを摩り、ライダーはセイバーの顔をじっと見定める。自信に満ちた挑戦的な笑みは追い詰められた小娘の顔ではない。セイバーの矮躯からは激しい気炎が膨れ上がり、ライダーと互角の風格を放っている。

耳を傾けるに値する、と判断したライダーは視線でセイバーの次の言葉を誘った。

 

「貴様の世はまさしく力に満ち溢れていたのだろう。治める国は活力が轟々と渦巻いていたに違いない。それこそ、王の手にも余る(・・・・・・・)ほどに」

「——、——」

 

ライダーの表情がぴくりとわずかに顰められるのをセイバーは見逃さなかった。

彼が若くして即位したマケドニア王国は、父ピリッポス2世の改革によって急速に強大化する過渡期にあった。マケドニアは全ギリシアを統一するコリントス同盟の主導国となり、相次ぐ戦勝によって国力も軍事力もピークに達し、押しも押されぬ強国となっていた。

国内に力が有り余っているとどうなるか———その先にあるのは“暴発”だ。力を持て余した者たちは意識的にも無意識的にもその捌け口を求め、我利を果たさんと暴れまわる。正義のない社会なら尚更だ。治安の悪化に苦慮していたピリッポス2世も、暗殺という悲劇に見舞われて志半ばで世を去った。

そのような時世に即位した王の役目は、強力な牽引力で臣民のエネルギーのベクトルを一方向に収束させる“導き手”だった。

 

「貴様が先王から受け継いだ治世にあっては、王は誰よりも欲望と感情に忠実に行動し、栄華を極め、王の座に魅力を与える必要があっただろう。羨望の眼差しを———民の“夢”を一身に受けなければ民も国も導けなかっただろう。臣民たちはすでに富んでいたのだ。生半可な鮮烈さでは統率できなかったことは理解できる。だが、我が治世においてはそれらは当てはまらない」

 

ずいと身を乗り出せば、ライダーの顔はすぐそこだ。黙然とするライダーの双眸を間近で見据えながら、セイバーはライダーの視野狭窄を糾す(・・)

 

「当初、ブリテンの民草は疲弊しきっていた。やっと立っているような状態だった。だからこそ、皆の願いはすでに統一されていた。進むべき道を歩む彼らを庇護することが、王の———私の責務だった。彼らに王による導きなど必要ない。なぜなら、彼ら一人ひとりが(・・・・・・・・)導き手だからだ(・・・・・・・)

 

この瞬間、セイバーの脳裏を過ぎったのは漆黒の騎士の背中だった。

キャスターの魔の手から子供たちを護った狂戦士———その背中から連想される、騎士王と同じ理想を抱いていた青年騎士。

騎士王の在り方を誰よりも理解していた忠節の臣下。

数えきれない恩義があるのに、望まぬ裏切りの道に踏み込ませてしまった盟友。

彼のことを思えばこそ、セイバーは行動せずにはいられないのだ。祖国の再興を。臣下たちの幸せを。

 

「私は、私を信じてくれた人たちの気持ちに応える。彼らが信じた王は、故国に身命を捧げることのできる勇者だったのだと、信じる価値があったのだと証明する。貴様らなんぞに何を言われようが我が信念は揺るがない。私の願いは故郷の救済だ。必ずや聖杯をこの手に掴み、祖国ブリテンの滅びの運命を変えてみせる!!」

 

眼前で握り締めた甲手がギリと唸りを上げる。身の内で滾る熱情が魔力となって迸り、セイバーの金髪を鬣のように波立たせた。周囲の大気をかき乱すその気迫は、まさに咆哮する獅子の如きであった。

掴みかからんばかりのセイバーに対し、ライダーは黙したまま、騎士王の奥底を吟味するように彼女の双眸をじっと強く覗き込む。

 

「詰まるところ貴様の王道は、臣下の歩みを“守護する”ということに特化しているのだな。臣下が求めるのは己の欲ではなく安寧だった。進む方向は臣下がすでに知っていたから導いてやる必要はなかった、と」

「如何にも。その民草にとって、王とは揺るがぬ正義の道標であり、騎士にとって基準とすべき理想であることが役目であった。“同じヒトの形をしていながら、究極の理性を体現する全人”。その姿を通して、人々はこの世に失ってはならぬ尊いものがあることを識るのだ」

「……確かに、我がマケドニアと貴様のブリテンとでは臣民の質が大きく隔たっている。民草を引こずる余の王道は、貴様の時代では疎ましいものにしか映らず、空回りするだけだったやもしれん。それに限っては余も解せる余地があるぞ?……でも、なあ?」

 

奥歯に物が挟まったような口ぶりで首を捻るライダーに、セイバーは歯痒そうに臍を噛む。

彼らの価値観には激しい差異があったが、ライダーは持ち前の度量でセイバーの言い分に一定の理解を示した風ではあった。だが、誰よりも人間らしい彼はセイバーが語る“王の模範像”を認められずにいた。騎士道という規範の頂点に位置せんとする彼女の在り方はたった一人が背負うにはあまりに苛烈すぎて、ヒトの身には———特に目の前の見目麗しき少女騎士には尊すぎる(・・・・)と思案していた。どんなに崇高な御旗を掲げても、当人に『王の器』がなければその御旗に潰されてしまうのが必然だ。

対するセイバーは、これ以上の口弁をするつもりはなかった。ライダーとアーチャーが抱く『王の器』はアーサー王のそれとは相入れぬと見做し、もはや言葉ではなく行動で証明するのみだと腹を固めているからだ。

疑念と意地の眼光の衝突が火花を散らせて遂に決別に達する直前、涼やかな女声が両者の間に滑りこむ。

 

「世に名高きマケドニアの王、アレキサンダー大王陛下。紛い物の身の女の上申をお許し頂けますか?」

「む?おうおう、美女の言葉には必ず聞く価値があるものだ!聞こうではないか。述べよ、セイバーのマスターよ!」

 

アイリスフィールだった。その表情は、隣で身を縮こまらせているライダーのマスターとは対照的だ。嫋やかに澄んだ微笑と礼節を弁えた口調には、確かな余裕と高貴な威厳が見て取れる。

久方ぶりに慇懃な接し方をされて気を良くしたのか、ライダーはしかめっ面を子供のように破顔させてアイリスフィールの申し出を快諾した。セイバーが気遣わしげに見やれば、アイリスフィールは小さくウインクを返す。その意味は明白だったので、セイバーは一度頷くと彼女に剣を明け渡すことにした。

アイリスフィールが静かに口を開く。

 

「陛下はおそらく、セイバーが語る『王の在り方』は彼女には荷が重いとお考えなのでしょう。ご推察の通り、完璧な君主、理想の体現者という重荷はヒト一人が背負うにはあまりに苛烈すぎます。

ところで……つい先刻前にこの城の領内において戦闘が行われたことに、陛下は気付かれておいでですか?」

「言うまでもないわ。この胸っ糞悪い魔力の残滓は……ふん、キャスターか。あの気色悪い物狂いならマスターを殺されてとっくに消滅———……待て、まさか、」

 

何かを言いかけ、思考の壁にぶち当たったライダーが衝撃に目を見開いてアイリスフィールを凝視する。

 

「そのまさかです。先程、バーサーカーは我が領内においてセイバーと共闘(・・)し、暴走するキャスターを討伐せしめました。その折、かの漆黒の騎士は狂戦士というクラスにも関わらず、キャスターが惨殺しようとしていた子供たちを全員護った(・・・・・)のです」

「さ、サーヴァント()倒したってのか!?」

 

ライダーのマスターがビクリと肩を強張らせた。瞠目する少年と視線を交ぜ合わせたライダーの目付きが厳しいものとなる。

“も”とはどういうことなのか。何か思い当たることがありそうだ。

次に発せられたライダーの声音は警戒を孕んで一段低くなっていた。

 

「……何が言いたいのだ、女」

「もうお分かりでしょう?正義と理想を重んじる者はセイバー一人ではないのです。重荷を王一人で背負う必要がどこにありましょうか?

アーサー王には、かの王を支える優秀で忠実な忠臣———『騎士』が仕えています。『騎士』がいてこそ、アーサー王は『騎士王』として完成するのです。そして、もうすぐセイバーは完全となる(・・・・・)。騎士王が騎士を伴って再び陛下の前に相対した時、陛下はご自分の考えが無用な心配だったことに気づくでしょう。

……付け加えるなら、少しくらいは助けになれるマスターとその仲間も傍にいますよ」

 

言い終わって、優しげな目でちらりとこちらを見る。気遣われていたのは自分の方だったと悟り、セイバーは好ましい主人を得られた幸運に改めて感謝し、紅潮した頬を隠すためにそっと頭を垂れた。

しかし、彼女の意味深な言葉にアーチャーまでもが眉根に微かな反応を見せたのは意外だった。“雑種”が徒党を組もうが用心には値しない、などと高を括るとばかり思っていたが、アーチャーもバーサーカーに何か因縁があるらしい。そういえば、バーサーカーはアーチャーの短刀型の宝具を持ったまま姿を消していた。もしかしたら、そのまま私物化されているのかもしれない。この男から宝具を奪うとはますます持って侮れない。同盟を組んだら貸してもらおう。調理包丁にでも使ってやる。

 

「……まるで、すでにバーサーカー陣営と同盟を組んだかのような口ぶりだな」

「ご想像にお任せしますわ、陛下」

 

ライダーの凄みのある追及をさらりと受け流し、アイリスフィールは言葉を終えた。

実際は同盟の話はまだ先方にも伝えていない段階なのだが、今の台詞を聞けばすでに同盟は両陣営の間で結ばれたと思うだろう。己のサーヴァントを鼓舞すると同時に他の陣営を牽制する手腕は、さすが切嗣(マスター)の妻といったところか。

 

「お、おい、ライダー!セイバーとバーサーカーに組まれたら、さすがにお前でも……!」

「少し黙っておれ、坊主」

 

動揺に声を震わす少年を一喝したライダーは何事か考え込むように眉間に皺を寄せた。分厚い胸板の前で腕を組み、「これはまずいことになったなぁ。困ったなぁ」とあたかも深刻そうに喉を鳴らす。

 

(……怪しい)

 

歴史に名を馳せる征服王を出し抜いたことにアイリスフィールは内心の感動を口元に滲ませているが、果たしてこの態度のでかい英霊がこのような摯実な表情をするものだろうか。岩のような拳に顎を乗せて心底困ったような表情を浮かべる殊勝な素振りはこの男にはまったく似合わず、激しくわざとらしさを感じる。

ライダーが言いかけた台詞や先ほど少年が漏らした発言も気になる。何か企んでいるのかもしれない。

 

「アイリスフィ——— 「もちろん貴様らは知っているだろうが、」 くっ!?」

 

アイリスフィールの慢心を防ごうとして、ライダーが不意にニタリとほくそ笑んだ。遅かった。

 

「我らは先ほど、キャスターの工房を襲撃したのだ。そこの坊主が意地を見せてくれてな、根城を見つけ出すことができた。だが、徒労に終わった。そこはすでにバーサーカー(・・・・・・・・・)襲撃された直後だった(・・・・・・・・・・)からだ。玩具にされかけていた(わらべ)らは無傷で、マスターのみを狙ったのは明白であった」

「「……!!」」

 

思わず胸のうちに熱い感動がこみ上げたセイバーは歓喜にわななき、アイリスフィールは戦慄に震えて喉を鳴らした。

キャスタークラスは陣地作成スキルを有し、籠城戦に持ち込めば如何な最優のセイバークラスでも無傷での勝利は難しいとされる。人間の身では到達し得ない隠蔽魔術と襲撃者を今か今かと待ち受ける凶悪な罠や異形の使い魔たちが犇めく人知外の魔境だ。

ライダーの披瀝に偽りがなければ、バーサーカーはキャスターの難攻不落のはずの陣地をどこよりも早く発見し、被害を一切出すことなく速やかに標的(マスター)のみを仕留めてみせたという。

驚くべきは、バーサーカー陣営の戦略構築能力とそれを難なく実現する迅速な行動だ。キャスター陣営はマスターとサーヴァント共々凶悪な殺人鬼だった。彼らの手にある子供たちを助けるために、バーサーカー陣営は2つの作戦を段階的に実行した。

まず、キャスターが己のマスターから離れたところを狙い、これをセイバーと共闘して短時間のうちに撃破する。次に取って返すように、あらかじめ発見しておいたキャスター陣営の根城を急襲し、サーヴァントを失って自棄になったマスターが子供たちを虐殺する前にこれを討伐したのだ。

キャスターが消滅した後なら主だった防御措置は解除されているだろうことを考えれば、非常に合理的かつ確実な順番と言える。もちろん、この作戦を完遂するには途方もない才腕が必要不可欠だ。

自分たちが手を組もうとしている陣営の高い倫理観と底なしの優秀さを改めて目の当たりにしたことで、セイバーとアイリスフィールは驚嘆を剥き出しにした。

そんな二人の反応を見てライダーはしてやったりと半身を仰け反らせてカラカラと笑い声を上げる。しまった、と後悔した時にはもう驚愕を顔に出してしまった後だった。

 

「ふはは、やはりな!どうやらこのことはまだ知らんかったようだな。ということは、同盟関係はまだ浅いか、未だ正式な同盟には至っていないというわけだ。よかったな、坊主」

「あ、ああ。よかったよかった……って結局同盟組んでることに変わりないじゃないすか!やだ———!」

 

腐っても一国の王。駆け引きの腕も一流だ。涙目で雄叫びを上げる少年をよそに、アイリスフィールは驚きを精一杯抑えながら賞賛する。

 

「……さすがは陛下。論戦のお手並みも強かですわ」

「言われるまでもない。こんなもの、論戦とも呼べぬ稚拙な探り合いに過ぎぬ。余を相手に虚仮威しなど片腹痛いわ。……だが、貴様の言わんとすることはわかった。

此度の戦で幾度も見せつけられた、徹底した信念———貴様らの言葉でいう『騎士道』には余も少なからず心を動かされておる。優勝劣敗を(ことわり)とした我が世では生まれなかった規範だ。己を縛るだけのくだらぬ足枷だと侮っていたが、弱き者たちを救うあの背中は、なかなかどうして見ていて清々しい。そして、その規範を忠実に守る騎士がこれほどまでに妙々たる益荒男だったとは思ってもおらんかった。

あのような堂々たる偉丈夫どもに支えられるというのなら、むべなるかな、王はどんなに酷烈な重荷も背負えるに違いない」

 

厳粛に告げるとライダーは一度言葉を区切り、何かを飲み込むようにぐっと大きく頷く。征服王は、自らの不理解を征服するのにも秀でているのだ。

 

「騎士を伴ってこそ騎士王!忠勇なる武者たちとの絆によって完全となる王!なるほど、大勢の夢を束ね理想を志す王道、一人では出来ぬことを仲間と力を合わせて成し遂げる熱い心意気は、余の覇道にも通ずるものがある。同じ覇道を持つのなら、貴様と余の『王の器』は互角だ。

セイバーよ、『騎士王』として完成した時、改めて余と相まみえよう。今度は杯ではなく剣を交えて聖杯を競おうぞ!」

「———ああ、望むところだ。ライダー!」

 

互いに屈託なく破顔して杯を打ち合わせる。未知の金属でできた神代の杯は、心の底まで響き渡るような澄んだ音を奏でた。

遂に、ライダーはセイバーの『王の器』を認めた。彼は、セイバーが掲げる『王の在り方』はヒトには実現できないものだと思っていた。しかし、騎士の強さを目の当たりにし、彼らを束ねる王の強さを理解し、目の前の少女騎士ただ一人ではなく『騎士王』にならば過酷な理想も背負えるのではないかと考えたのだ。

セイバーも、強敵と価値観を分かち合えたことに充足感を得ていた。これで何の憂いもなく、誇りを持って戦えると。

だが、もう一人の孤高の王者はその考えには至らなかった。

 

「ふん、くだらん」

 

冷笑に鼻を鳴らし、英雄王ギルガメッシュは持参した酒を不味そうに喉に流し込んだ。この男にとっては極上の酒も大した意味は持たないのだ。

 

「王が民草を守護するだと?群れなければ王になれぬだと?ふん、王を自称することすら愚かしい。一人で何も出来ぬ小娘の戯言に耳を傾け、あまつさえそれを認めるとは、貴様の程度も知れたものだな、ライダー」

「まあ、そう言うなや、アーチャーよ。自らの法を何としても貫かんとする姿は我らと同じではないか。

それに、気骨の青臭さで言えば、余も人のことは言えぬ。大侵攻も、着いてきてくれる者たちがいなければ余の一人芝居で終わっていただろうよ。だからこそ、理解できるのだ。仲間と夢を共有し、束ねれば、どんな難行に挑んでも恐れることはないとな」

「はっ!ますます愚かしい。貴様がそこまで魯鈍だとはな!我と剣を交えるに足ると思ったが、とんだ買い被りだったぞ」

 

曇りの晴れた面持ちのライダーに対し、取り付く島も見せないアーチャーは目を合わせようともしない。ライダーへの感情は、期待から失望への落差もあってか嘲笑を越えて侮蔑の域に達しているようだった。

アーチャー———英雄王ギルガメッシュは世界最古の王であり、神の血を引く絶対者である。地の果てまで全てが己の手中にあると豪語する最強の英霊には、青臭い理想や彼以外が定める法、即ち正義を重んじるセイバーの王道は極めて倒錯的なたわごとにしか聞こえなかったのだ。

そんな自分を中心に世界は回っているというような自己中心的なアーチャーに、ライダーとの意気投合で気分が良くなったセイバーは前々から思っていた素朴な疑問をぶつけてみることにした。

 

「……なあ、アーチャー」

「なんだ、小娘。我はもはや貴様ら雑種とは目を合わす気にもならな

「貴様、友だち少ないだろう」

 

この時、この場にいる全員の気持ちが重なった。「あーあ、言っちゃったよ」と。

一同から顔を背け、アーチャーはあらぬ方向を見やる。よくよく観察してみると、終始傲岸不遜な態度をとっていたその肩がプルプルとさざ波のように震えていた。どうやら、彼なりに気にしていた問題らしい。

しばし無言の間隔を開けて彼は平静を取り戻し、セイバーに向き直ると再び嘲笑に鼻を鳴らした。

 

「ふ、ふん。これだから群れねば何も出来ぬ小娘は。我の盟友は先にも後にもただ一人。真の王は群れぬ。盟友はただ一人で十分なのだ」

「友だちが少ない奴が言いそうな言い訳だな。友だち作れと誰かに言われなかったのか?」

 

ピシリ、と。

再び空気が凍りつく。セイバーは心底気の毒そうな表情を向け、ライダーはあちゃ〜と天を仰ぎ、アイリスフィールは必死に笑いを堪らえ、ウェイバーは自身と重なるところがあるのか同情の目を浮かべている。どの反応も英雄王には屈辱以外の何物でもなかった。

その手に握られた黄金の酒坏がバギンと音を立てて粉々に砕け散る。地を裂く地鳴りのように低められた声は、普段の艶やかさなど想像もさせぬほどに憤怒に満ち満ちていた。

 

「貴様ら……我をコケにして楽に死ねると思うなよ……」

 

黄金細工のような逆立つ金髪がざわざわと魔力に震え、血色の双眸が火を放つ。その眦からポロリと伝い落ちた一筋の涙が、先のセイバーの言葉が巨大な地雷であったことを暗に伝えていた。

彼の伝説を知らしめた『ギルガメシュ叙事詩』にはもちろん書かれていないが、彼の唯一の友だちエルキドゥは常々「僕以外に友だちいないの?」と言っていたし、両親からも「友だち一人はさすがに寂しいだろ……」とうるさく小言を言われたし、エルキドゥと喧嘩した時などは相談できる友だちも仲裁を頼める友だちもいなかったのでなかなか仲直りできなかったという、とてもつらい思い出があるのだ。

もはや死んで楽になることすら許さぬとばかりに怒りに燃えるアーチャーの視線を平然と受け止めて、心理的に余裕のあるセイバーはにっこりと微笑みを返す。

 

「今の私は気分がいい。私でよければ友だちになってやってもいいぞ」

 

ぷっつん、という音が聞こえなかったのは果たしてセイバーだけであろう。

やにわにギルガメッシュが立ち上がると背後の宝物庫に手を突っ込み何やら趣味の悪い変な形をした剣を取り出そうと踏ん張るが何かに引っかかっているのかなかなか引っ張り出せず宙でバタバタと手足を震わせ、

 

「「「「「—————ッ!?」」」」」

 

次の瞬間、残りのサーヴァント二人が表情を引き締めたのは、ついに目当ての物を取り出せずに派手に尻餅をついたギルガメッシュの悔し涙に触発されてのものではなかった。

わずかに遅れてアイリスフィールとウェイバーが周囲の気配の異常に気づく。不可視にして無音でありながら、肌の温度を数段下げるほどの濃密に折り重なった殺意。

月明かりの照らす中庭に、白く怪異な異物が浮かぶ。ひとつ、またひとつと、闇の中に花開くかのように出現する蒼白の貌。冷たく乾いた骨の色。

髑髏の仮面だった。さらにその体躯は漆黒のローブに包まれていた。そんな異装の集団が続々と集結し、中庭にいた五人を包囲にかかっていたのだ。

その姿は紛れも無く、遠坂邸で脱落したはずのサーヴァント『アサシン』であった。

言峰綺礼への警戒と今夜の単独の暗躍を考慮し、アサシンの脱落についても疑念を抱いていたセイバーたちはアサシンの出現にはそれほど驚かなかった。しかし、アサシンの数が際限なく増え続けるに連れて、その目は愕然と見開かれてゆく。

その光景は異常というほかない。全員が揃いの仮面とローブを纏っていながら、体格の個人差は多種多様である。巨漢あり、痩身あり、子供のような矮躯もあれば女の艶めかしい輪郭もある。

気づけば、老若男女に至る様々なアサシンたちがズラリと包囲網を形作っていた。この場はアインツベルン城でありながら、完全にアサシンに有利なフィールドと化している。単騎のアーチャーはともかく、生身のマスターを伴っているセイバーたちにはこの状況は面白くない。

じわじわと包囲網を狭めるアサシンたちを鋭い視線で牽制しながら、ライダーはアーチャーを憮然と睨んで言う。

 

「アサシンですらこんなに友だちがいるのに、貴様ときたら……」

「……もう我のことは放っておいてくれ……」

 

 

‡ 切嗣サイド ‡

 

 

「———切嗣、今戻りました」

「ああ、ご苦労。舞弥」

 

背後に目を向けず、切嗣は腹ばいでスコープを覗いたまま返答した。それは決して彼が不覚をとって舞弥に気付かなかったからではなく、舞弥が足音に一定の暗号を挟んで自身の接近と周囲の安全を事前に切嗣の耳に滑りこませていたからだ。

先ほどまでケーキがどうのだの機能不全を起こしていた舞弥だが、切嗣の「ケーキバイキングの店全部爆破すんぞ」という一言ですっかり回復し、逃走経路の確保と周囲の偵察を行えるまでに回復した。

 

「逃走経路は安全です。隠していたジープも無事でした。隠れ家への避難に問題はありません。それと、少しだけ気になることが」

「なんだ?」

「森の中に仕掛けてあった監視カメラや地雷、小銃が一部なくなっていました。ライダーの宝具の轍の近くにあったものばかりなので、その余波で吹き飛んだ可能性が大きいですが、それにしては丁寧に取り外されているように見受けられました」

「……わかった。留意しよう」

 

切嗣は思考の端で何者かが持ち去った可能性を考えるが、「誰が、何のために」という疑問の回答候補が思い浮かばなかったために保留することにした。言峰綺礼がそんなものを必要とするとは思えないし、兵器や機械を苦手とする魔術師が科学の粋を集めた機器を持ち去って何かするとは思えない。舞弥の示した可能性の通り、ライダーの襲撃の余波で吹き飛んだだけかもしれないのだ。

それよりも、気になるのは———

 

「これは、予想以上だな」

 

スコープ越しに見据える先では、セイバーたち五人を大勢のアサシンたちが取り囲んでいた。アサシンに何らかのからくりがあると踏んでいた切嗣だったが、これほどの反則技を持っていたとは予想だにしていなかった。

 

『さあ、遠慮はいらぬ。共に語ろうという者はここに来て杯をとれ。この酒は貴様らの血と共にある』

 

無線特有のくぐもった音声でもわかる、ライダーの野太い声。しかし、その誘いの後に聞こえたのは快諾でも感謝でもなく、何かが寸断され、地面に液体がぶちまけられる音だった。切嗣の鋭敏な視覚は、それがライダーがアサシンたちに差し出したワインであることを見とめた。

 

『———余の言葉、聞き間違えたとは言わさんぞ?

“この酒”は“貴様らの血”と言った筈———そうか。敢えて地べたにブチ撒けたいというのならば、是非もない……』

 

ライダーの声音が一段低くなったと同時に、ガリガリと耳障りな電波の乱れが鼓膜を激しく叩き始めた。この距離で受信が乱れるような安物は使ってはいない。用意したものは全て現役で使用されている最高級の装備品ばかりだ。周囲の電磁波を竜巻のように丸ごとかき乱す大異変が、今一人の英霊によって引き起こされようとしているのだ。

ざわざわと背筋を這い登る予感にゴクリと喉を鳴らし、切嗣は舞弥にそっと呟く。

 

「きな臭い空気になってきたぞ、舞弥」

「えっ!?ケーキ!?」

「だから空気だっつってんだろ!!」

 

 

‡ 雁夜おじさんサイド ‡

 

 

聖杯問答と時刻を同じくして、間桐邸。

 

「ぶるわぁあっくしょ———ん!!!」

「ぐるる——っくしょ———ん!!!」

「うわあ、二人同時にくしゃみなんて珍しい。きっとどこかで誰かに噂されてるのよ」

 

その噂はきっと良くないものに違いないと心中で愚痴を呟き、雁夜は鬱陶しげな目付きで同じタイミングでくしゃみをした隣のサーヴァントを睨み上げる。そこではバーサーカーが兜を被ったまま器用にティッシュを突っ込んで内側を拭いていた。そこまでするくらいなら兜を脱げばいいと桜は期待も込めて助言したらしいが、バーサーカーは「キャラ的にNG」というよくわからない理由で断ったらしい。なんだよキャラ的にって。とは言え、俺もバーサーカーの素顔を見てみたくはある。どんなとぼけた顔が入っているのやら、是非とも拝んでやりたいものだ。

 

「ねえ、バーサーカー。さっきから家の色んなとこで何してるの?」

「ぐるる」

「仕掛け?どういうこと?」

「なんだなんだ?俺にも見せてくれ」

 

ランドセル片手に桜の質問に答えたバーサーカーの手元を、桜と共に覗いてみる。見ると、どうやら彼は屋敷の至る所に機械類を備え付けているようだ。さっきからギャリギャリとドリルで壁に穴を開けて紐を通していると思ったら、配線工事をしていたわけだ。どうせ電気工事士の資格を持っていると言い出すのだろう。もう驚かないぞ。

一見するとそれとわからないように巧妙に照明器具に偽装してあるが……なるほど、これは監視カメラだろう。通路を見張るように設置されたつや消しブラックのそれは、見た目でもかなり高性能なものだとわかる。一般の電器店どころか怪しげな通信販売ですら手に入りそうにもない。

 

「うおっ。まだこんなにあるのか。って、銃まであるじゃないか!いったいどこから持ってきたんだ!?」

 

ランドセルの中身を見てみれば、他にもたくさんの機械や兵器が詰め込まれていた。バーサーカーが手に持っているので、漆黒と化したピンクのランドセルは四次元ポケットのように通常の倍以上のものを内部に詰め込められるようになっている。桜に化けた時にどうしてランドセルを背負って行ったのかと不思議に思っていたが、これを収めるためだったようだ。

自分のランドセルが兵器庫と化しているのを物珍しげに覗き込みながら、桜がひょいと湾曲した濃緑色の四角い箱を持ち上げた。

 

「ねえ、おじさん。これってなんて読むの?」

「ん?ああ、これは英語で、『M18 Claymore』———クレイモアァアアアアアアアアッッッ!!??」

「きゃあああっ!?」

「ぐっ、ぐるるるるっ!?Σ(゜Д゜;;)」

 

俺が思わず放り投げたそれ(・・)は爆発することはなかった。地面に接触する直前でバーサーカーの手に掴み止められたそれこそ———米軍の指向性対人地雷『クレイモア』に違いないからだ。フリーライター時代、米軍の取材に行った時に説明を受けたのだが、まさか故郷で実物を拝むとは思ってもいなかった。

 

「ふわあ。び、ビックリしたぁ」

「ぐるるー!ヽ(`Д´#)ノ」

「気をつけてよって、それはこっちの台詞だバカ!どこからこんな物騒なものを拾ってきたんだ!?」

「うごごうごご!」

「アインツベルンの城ぉ?なんでアインツベルンがこんなもの……」

 

バーサーカーの寄越した答えに思わず首を捻る。アインツベルンといえば、何百年も前から自分の家系が開発し、失った第三魔法を再び手に入れるために聖杯戦争のシステムを創り上げた御三家の内の一つだ。何しろ他の家に比べて倍以上の歴史の長さと風格を持っているから、魔術師として凝り固まっているという話はだいぶ昔に聞いた記憶がある。そんな魔術師がこんな無骨な機械を好き好んで使うだろうか?あの利用できるものは何でも利用するあくどい性格だった間桐臓硯すら、機械類にはあまり手を出さなかったものだが———

 

「思い出したぞ。臓硯が言っていたな。『アインツベルンは魔術師殺しを雇った』って。魔術師殺し……名前は確か、衛宮切嗣だったか」

 

衛宮切嗣……魔術師に恐れられる暗殺者にして、現代兵器や汚い手段を用いることで忌み嫌われている異端者。魔術師を嫌っているということに関して言えば、俺とは意見が合いそうだ。こいつに臓硯暗殺を依頼しておけばよかったかもしれない。もっと早くに会ってみたかったものだ。

 

「なるほど、これはアインツベルン城に衛宮切嗣が仕掛けたものなのか。どれもこれも軍隊で使ってるような上等なものばっかりだ。奴の本気が窺えるな……」

「おじさん、郵便が来てたよ」

「えっ、こんな夜遅くにかい?」

 

設置式に改造された火器をしげしげと眺めてこれを用意した衛宮切嗣という人物を探っていると、桜が封筒を持ってきた。こんな時間に封筒が届くなんて、いったい誰からだ?

差出人を見ると、『聖杯戦争実行委員会 現地監督役 言峰璃正』と書いてある。教会の神父の名前だ。嫌な予感がする。

 

「なになに……?『貴君がキャスター陣営の殲滅に寄与したことを心より感謝する。先日の暫定的な取り決めの通り、セイバー陣営とバーサーカー陣営に追加令呪を寄贈したい。よって、両陣営とも明日の正午に言峰教会に必ず参集されたし。バーサーカー陣営にはセイバー陣営より重要な話があるとのこと』……冗談だろオイ……」

 

突如なだれ込んできた難題に、たまらず頭を抱えて呻いた。

令呪が欲しくてバーサーカーにキャスターを倒せと命じたわけじゃないし、教会なんかに出かけようものならだまし討ちされる可能性もある。教会に出向くのならバーサーカーを引き連れる必要があるが、それでは桜一人を残すことになる。かといって桜も一緒に教会に行けば危険に晒しかねない。

というか、アインツベルンが俺に大事な話ってなんなんだ?まさか、盗んだカメラとか返せって要件か!?

ズキズキと痛む額を押さえてぐったりしていると、いつものように彼が肩にポンと手を置いてきた。

 

「ぐるる!」

「バーサーカーが、『私にいい考えがある!』だって」

「……失敗フラグにしか聞こえないよ」

 

それでも———自信満々に胸を張るこの大男を見るとなぜか安心できてしまうのだから、不思議なものだ。

 

 

‡ バーサーカーサイド ‡

 

 

あぶねー!おじさんったらクレイモアぶん投げるんだもんなぁ。参っちゃうよ。信管つけっぱなしだから冷や汗かいちゃったよ。発破技師の資格持ってるからって油断すると危ないね。

さてさて、電気工事士の資格を活かし、現在ワタクシめは間桐邸の近代化に勤しんでおります。驚いたのは、この家は内装は高級感あって立派なんだけど、電気家具がほとんどないんだよね。魔術師の家ってのはみんなこうなのかね?分電盤なんかこれ何十年前のだよ。カットアウトスイッチ方式なんか今時見ないぜ。

とりあえず、桜ちゃんが将来IH調理器とか使う時のためにも電気容量拡充工事をしました。電気引き込み線を太めのものに交換したり、コンセントを増設したり、電気回路を増やしたり繋げ直したりして、インフラ整備はなんとか整えた感じです。ブレーカーも漏電防止にしといたから火事に繋がる恐れもないし、上出来かな。言っとくけど、業者に頼んだら10万円じゃ収まらないくらい費用が掛かるんだからね?

そして増やした電気を使って、家の各所に監視カメラやちょっとした罠を仕掛けます。おじさんの蟲だけじゃ正直不安だからね。アインツベルン城に入れば切嗣さんの罠があるからそれを貰おうかと思ってたけど、森の中にもあったのは幸運だった。俺の幸運ステータスも捨てたもんじゃないね。例のクレイモアはどこに仕掛けようかなあ。小銃とかそのまんま手に持って使っちゃおうか。一応、予備自衛官の資格もとったから射撃の訓練は受けてるんだよね。

しっかし、罠しかける瞬間って凄くワクワクするよね。これが、旅行の準備してる時が一番楽しい法則ってやつかな。でもおじさんが間違って引っかからないか凄く心配だ。

 

「……冗談だろオイ……」

 

振り返れば、おじさんが何やら手紙を読んで頭を抱えてます。後ろから覗いて読んでみると、どうやら神父さんからの令呪配布のお知らせみたいです。それと、セイバー陣営からも大事なお話があるんだとか。盗んだカメラとか返せって用件……じゃないよなあ。

原作から大きく乖離し始めたみたいだ。段々と先が見えない展開になってきたけど、まだまだ想定の範囲内です。こんなこともあろうかと、実は切嗣さんから奪った機器を使って秘密道具を作っておいたのです!

 

「ぐるる!」

「バーサーカーが、『私にいい考えがある!』だって」

 

桜ちゃん、ナイス翻訳!桜ちゃんは、俺がぐるるとかうごごしか言えないのに、ニュアンスで何言ってるかわかるようになってきている。雁夜おじさんも大分意思疎通できるようになった。俺たち、固い絆で繋がってるんだね!

だから、そんなコンボイ司令官にほとほとあきれ果てたバンブルビーみたいな顔でこっちを見ないでほしいなぁ。




今回の聖杯問答はめちゃめちゃ悩みました。「どうやってセイバーに口で勝たせるか?」と悩んで、百回以上読み直しました。でも、これ以上のものは今の僕には書けません。これが今の僕の限界です。ブログでホスさんから助言をもらって、ようやく今の形に落ち着きました。彼の助けがなければまだ遅れていたでしょう。ホスさん、感謝です。

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