「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
明久は黒と白の剣を高城に向け、駆けてゆく。
何故、アリス、そして優子は此処までしてこの男に苦しまされなければならないのか?いや、それ以外にも町人達もこの男の手によって命を落とした。
明久は心の中で誓う。この戦いを終わらせようと。
高城も明久が動くと共に足を一歩前へと踏み出してゆく。そして、明久は二本の剣を一気に振り下ろした。
「甘いなァ」
高城はその攻撃に少しも恐怖めいた感情を見せず、指先でその攻撃を止めた。
「《神》の僕にこの程度の攻撃で傷を付けようだなんて相当自惚れてますねぇ」
「神だと!?」
「そう、《神》。君も阿修羅という名前くらいは知っているはずですよ」
実際、明久も少しではあるがその名前を耳にしたことがあった。彼は娘を奪った帝釈天に幾度も戦いを挑み、そして敗れた。そして彼は修羅界の主、もしくは戦闘神とされたと聞いていた。
「そのアンタがこの世界に一体何の目的がある!?」
「無論、帝釈天と再び戦うことさ。その為には修羅界だけでなく、この人間界をも支配出来るだけの力が必要だったんだよ。」
そう言い、高城は明久の二本の剣を弾く。
「…グッ…!」
「おっと、死ぬなよ?君には随分と計画を狂わせられた。それ相応の罰を与えなければ僕の気が済まされない。」
すると、高城の六本の腕からは六本の剣が召喚される。
「さあ、始めよう」
高城の腕には『竜殺しの聖剣』(バルムンク)、『魔剣グラム』、『不滅の聖剣』(デュランダル)、『アルマッス』、『天叢雲剣』(あまのむらくものつるぎ)、『ガラチン』。計六本の剣を手にしていた。
「さて、二本の剣で六本の剣をどうやって受け止めるのか…?それも不完全の剣でどう僕を倒すのか…?か弱い人間の体でどう神の力に耐えるのか…?見物ですね」
高城はクククと笑った。
「ぅオオオオォオオオオォオオオオォオオオオォオオオオォッッ」
明久はその力に恐怖せず、真っ向から勝負を挑んだ。しかし、明久も頭の中では分かっていた。それはあまりにも無謀な行為だということを…。
黒と白の剣を同時に振り下ろす。それは簡単に弾かれる。そこで体制をすぐに立て直し、スピードを上げ後ろに回りこむ。そこで二刀流を活かした連続攻撃を打ち込む。しかし、どんなに斬っても高城の体に傷がつくことがなかった。
「くすぐったいですよ」
高城はそう言い、明久を軽く蹴飛ばした。本人は軽く蹴っただけなのだが、今ので明久は左腕のほとんどの骨が骨折した。
「まだ…ァアアァアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアッッ」
明久はそれでも前へ駆けだした。この戦いを本当に終わらせることが出来るのであれば、もう二度と大切な物が消えなくて済むのであれば、明久は自分の体の痛みなどどうでも良かった。ただ、この男を消すことが出来れば…。そんな気持ちだった。
しかし、黒と白の剣には皹が入る。今にも破片となりそうなほどに脆くなっていた。
「ハハハハハハハハ。君も懲りませんねぇ。この世の武器じゃ僕は殺せない。例え、この世の最強の剣でも僕に傷を負わすのは不可能なんですよ」
高城は笑う。だが、明久はそんな言葉を無視し、迷わず剣を振るう。しかし、振るいきる前に明久の剣の皹は全体に回り、完全に破片となった。
「ハハハハ。その黒と白の名もなき剣は元々『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)を二つに分割した不完全な剣だ。そんな成り損ないの剣で一体何が殺せると言うんです…?」
そして高城の刃は迷うことなく明久の心臓を貫いた。
「ァ…が…」
明久はそれを茫然と見た。そして自分がこの世に遠ざかって行くのを実感した。
――――――――――――――――――――――――――――――――
気付くと明久は夕日の光が綺麗に染まる海辺の砂浜に居た。
「ここ…は」
明久は見覚えのないその光景にキョトンとした表情でいた。何故自分はこんなところに居るのだろう―――?先程まで自分は高城と戦っていた筈だった。
しかし、その疑問はすぐに消えた。
(ああ、そうか。僕は死んだのか…。)
明久はフフフと涙を目に溜めて笑った。
結局、《神》が相手では自分に勝ち目はないことは分かっていた。そんな力の差くらい赤ん坊でも分かりそうなものだった。
それでもやはり何も出来ないずに朽ち果てていくのは悔しい。
優子、そしてアリスにもいつも自分が二人を護ると言っておきながらいつも二人が消えていくのを見ているだけ。そんな自分が堪らなく嫌いだ。
そんな時、声がした―――。
「…吉井君―――。」
明久はその声がする方へと振り向いた。
「木下さん」
そこには優子が立っていた。ブラウンの長い髪が夕日の光に照らされ、とても綺麗だった。
「…ゴメン、僕は…君を護れなかった…」
明久は海を眺めて言った。
「いつも君に護ると言っておきながら僕は君が傷ついていくのをただ見ているだけだった」
そう明久は言った。それも酷く悲しそうな目で言う。
しかし、優子は首を振った。
「ううん。それは違う」
と、優子は明久の言葉を遮るように言った。
「アナタのその言葉で私は勇気づけられた。何度も何度も。恐怖するだけしかない明日を私は笑って見ることが出来た。全部全部、アナタのおかげよ。明久君」
優子は笑った。その笑顔は夕日の光以上にとても眩しいものだった。
「だから、アナタはここにいちゃいけない。アナタはこれからもその言葉でいろんな人を救っていくの。これは私からの約束だよ?」
優子は優しく微笑んだ。
それを聞くと共に夕日の海の光景が…。優子の姿が消えていく。
「ま、待って。木下さん!僕はまだ…君に」
しかし、光景は徐々に現実へと変わっていく。最後に見えたのは明久に「ありがとう」と言い、涙を頬に伝う優子の姿だった。
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「っ……ゴホッ…ヴァ…ァ」
明久は咳き込んだ。咳き込んだ咳には真っ赤に染まった血が吐き出される。
「アレ?可笑しいですね。君の心臓は確かに止まった筈なんですが」
高城はヘラヘラした態度で言う。
「…死ね…ない。全てを終わらせるまで…。」
明久は咳き込みながら必死で言う。
「何をそこまで一生懸命になる?普通の人間だったら、死を迎えた途端に自分の目標を達成できてなくても否応なく死を受け入れなければならない。」
高城はそう言う。確かに人は皆、死を目前にした時、唇を噛んででもそれを諦めなければならない。
「じゃあ…僕…からも…訊く。お前も…何故そうまでして…帝釈天と戦おうとする?」
すると、今までヘラヘラしていた高城の表情には冷たい殺気のようなものが走った。
「アンタも…死んでも…死んでも…納得出来なかったんだろ…。娘を奪われて…。でもその娘は帝釈天を愛した…。そんな現実が許せなかったんだろ?」
明久がそう言った途端、高城の表情は鬼のように真っ赤になり、
「黙れぇエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」
高城は明久の言葉を遮るようにして言った。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
高城は叫んだ。
「僕も同じだ。こんな現実が許せない。お前の為に誰かが死ぬのはもうたくさんだ」
明久は高城を睨みつけて言う。
「フン。許せないッ!?アハハハッハハハァ八ハハハアッハアッ!!でも、お前は僕を殺せない。お前の武器はもうない。そうでなくても神の前では何もかもが無意味となるッ!!だから、とっとと消えろォオオオオオオオオッ!!」
高城は一気に六本の剣を振り落した。その速度は人間が見切ることが不可能なほどに速い。
「明久…君」
その時、倒れているアリスから声が聞こえた。
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そこは嘗てアリスと見た花畑だった。そこには一面ワスレナグサという花が綺麗に咲いていた。
「明久君、覚えていますか?アナタにあの名もなき黒と白の剣が私の聖剣、『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)を二つに分割した力だということを…。」
「ああ、覚えているよ。」
明久は頷く。するとアリスは何故か少しだけ嬉しそうに微笑み、金色の長い髪を揺らした。
「今こそ、アナタに私の聖剣を差し上げます」
アリスのその言葉に明久は目を丸くした。
「いや、でもこれは…」
しかし、アリスは明久の言葉を遮って…。
「良いんです。元々この剣はアナタに差し上げるつもりだった。アナタなら私の想いを、意志を継いでくれると…。そう思ったから」
アリスは聖剣を召喚し、それを明久に差し出す。
明久はそれに少しだけ躊躇った表情を見せるが、その剣を手に取った。黄金の光が明久を優しく包んだ。
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破片となった黒と白の剣から黄金の輝きを生み出した。その輝きは天にまでも上りはるか遠くにいる人でも見れる輝きだった。
夜の暗い闇をも輝かせる光だった。その光は月の光よりも眩しい。
「この輝きは…」
雄二はその光を目にし、息を飲んだ。
「一体何が…」
傷口を抑えながら翔子が言う。そして、その場に居た清水や久保もその光を見てポカンと口を開けた。何が起きたかは分からない。しかし、何かが起きた。それは確かだった。
そしてまたカヲール二世たちもその光を目にしていた。
「へ…陛下…。なんですか?コレ」
「分からない。だが…この光は…」
竹原の問いにカヲール二世もどう答えていいのか分からなかった。しかし、この光は決して雄二達やカヲール二世達を咎めようとしている風には見えなかった。むしろ、護るために、この町を光で覆っているようにも見えた。
そしてその元凶となる場は明久達がいる地点だった。
「この光は…」
高城はその光の眩しさに思わず目を手で覆う。
今まで修羅の主として崇められた彼は闘いという血にまみれた光景しか見慣れていない。戦場で此処まで輝かしい黄金の光を見るのはこれが初めてかもしれない。
明久の破片となった白と黒の名もない剣は光を帯びて一つの剣と形を変えていく。
二本の無名の剣は後世にまで語り継がれた嘗ての剣に、原型へと戻っていく。嘗てアリスという少女が一国の王として手にした宝剣。
その過去は、想いは願いは明久の心に直に伝わってくる。そしてその全てが黄金の光へと導いている。
その剣の名は――――――。
「…『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)…!」
明久はその剣を手にし、構える。その矛先は高城へと向けられる。