僕と騎士と武器召喚   作:ウェスト3世

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吉井明久vs土方十四郎

 土方十四郎(ひじかた・とうしろう)…。

 勉強は苦手だが、剣術の腕は訓練兵の中でもトップレベル。そのため、少ない点数もその凄まじい剣術で欠点を補っている。

 土方にとって訓練兵の中でも最も成績の悪い明久には負けることなどあるはずがない。

「相手は吉井か…。」

(吉井なら、鉄人の補習を受けなくても済む)

「…?」

 土方は吉井の表情に普段とは違う違和感を感じた。

 普段は間抜けな面しかしていない吉井明久が異様に真剣な顔をしていた。

(な…何だ?)

 異様な視圧が土方の体を奮わせる。

「…土方君…。」

 顔だけでない、声までも真剣だ。何だ?コイツは何を言うつもりなんだ!?土方は不安の色を出す。

「ズボンのファスナー、開いてるんだけど…。」

「…なっ!?」

 さっと下を向くと、チャック全開になっていた。

『おい、見ろ。あのクールな土方が社会の窓を開けているぞ!』

『クールだから、なおさらこういう失態は恥ずかしいな…』

『イヤ、もしかしたら吉井を脅かす作戦なのかもしれないぞ!あの土方がズボンのファスナーを閉め忘れるなんてあるはずがない!』

「………」

 戦闘はまだ始まっていないのに精神的に窮地に立たされる土方。

(どうする?このままチャックを閉めるか?いや、このまま閉めたらファスナーを閉め忘れたことになる…。ここは…。)

「フッ。驚いたか?吉井。お前を脅かす一つの作戦だ。」

 まるで作戦を仕掛けたように照れ隠しをする土方。

 すると、明久は、

「土方君…。どういう心境の変化かな…?」

 あまりに最もなことを言われ、土方は言葉を失ってしまう。そして、

「うるせぇええええええええッ!」

 自分の恥を隠すために怒鳴ってしまう。

「サモンッ!」

 土方は日本刀を召喚する。

 同時に、明久も

「サモンッ!」

 木刀を召喚する。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

「ウラァアアアアアアッ!」

「うおおおおおおおおっ!」

 明久と土方の刃と刃がぶつかろうとするが、

「うわぁッ!」

 明久は石につまずいて転ぶ。

 周りの訓練兵は沈黙。明久に斬りかかろうとした土方も足を止める。

「クソッ、罠が仕掛けられたか…。」

 明久はホントに仕掛けられたというような顔をしている。すると、西村教官は、

「何もないところで転ぶのはお前くらいだぞ、吉井」

 と明久を説得しようとするが、

「そういえば、戦術の心得で『戦う前に罠を仕掛けろ』ってあったけど、コレがそうか…。」

 明久は西村教官の話を無視し、普段聞きもしない授業の内容を思い出す。

「もういい。戦闘を続けろ。」

 これ以上は言っても無駄だと判断した西村教官は戦闘続行の許可を出す。

 それと同時に土方は加速。気が付くと、明久の目の前に刀を構え、無防備な明久を土方の刀が襲おうとする。

(直撃だっ…!)

 そう思った土方。しかし、自分が斬ったハズの相手はそこにはいなかった。

 すると、後ろから人影を感じる。サッと後ろを向くと、そこには明久がいた。

「オオ…ォオオォッ…!」

 明久の木刀が土方の顔面に直撃をする。

「ぐッ…!」

 土方は小さな悲鳴を上げる。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 明久の攻撃が直撃する。

 その光景を見ていた優子はすぐ傍にいた雄二に質問する。

「ねえ、坂本君。吉井君ってもしかして戦闘は強かったりする?」

 土方の剣術の才能は誰もが知っている。その土方の攻撃を避け、後ろに回り一太刀浴びせる。この攻撃法は剣士としては、かなり高度な技術を備えていなければ出来ない攻撃技だ。

 その高度な攻撃を出来る明久が本当に下級騎士になのか?そう優子は疑ったのだ。

「いいや、全く。人のことは言えんが、召喚できる武器が木刀ってことは点数が低い証拠だ。戦闘も素人同然だぞ。」

「そう…なの?」

 優子はキョトンとする。あの動きは素人ではない、と自分の心の中で激しく主張してやまないのだ。

 すると、雄二に代わり秀吉が、

「しかし、素人同然じゃが、明久は昔から瞬発力と速さはあったの。」

 と、説明を補足する。

「瞬発力と速さ?」

「ウム、だいたいの者は攻撃される瞬間にならないと、脳がその攻撃に反応しないのじゃが、明久の場合、ワンテンポ早くその攻撃に反応し、躱すのじゃ。だから、動きには無駄がないのじゃ。」

「まあ、戦闘よりも逃げるのに適した能力だよな…。」

 雄二が毒舌っぽく言う。

「でも、アキのヤツ徐々に追いつめられてるわ。」

 戦闘の状況を話す美波。優子もそこに目を向ける。

「何か…息上がってない?」

「ああ、そのせいで動きが遅くなっているな…。イヤ、相手が加速し始めてるのか?」

 見ると、土方の件を振るう速度はさっきとはまるで違う。ヒュンヒュンと高音を立てている。

「…吉井君…」

 

 ――――――――――――――――――――

 

「ぐっ…」

(マズイ、躱しきれない)

 急に攻撃速度を上げた土方。明久は何とかそれを躱すが、2、3発と徐々に攻撃が掠る。躱すことに精一杯の明久は攻撃なんて出来ない。

「さっきの一撃で終わりか!?ああッ!??」

「…!」

 すると、一瞬――――。ほんの一瞬だったが、土方の攻撃が止まり隙が出来る。明久はそこを見逃さなかった。

「うおおおおおおおッ!」

 明久は土方に向かい咆哮してく。ほんのわずかな隙を木刀で突いていく。が、土方の素早い攻撃で体力を随分と奪われた明久の攻撃は土方には緩やかに感じ、

「…遅い。」

 土方は明久の木刀を掴み、日本刀で傷をつける。

「ぐ…っ!」

 土方の攻撃をギリギリで躱す明久だが、攻撃が掠ってしまいわずかに鮮血が噴きあがる。

「なかなかに手こずったが、これで終わりだな…。」

 気づくと明久は膝をついていた。そして体力が限界に近いのか、意識が少しずつ遠のいていく。

(ヤバい、これで実戦訓練482敗目だ。ヤベ。)

 どうやら今まで自分が敗けた回数を脳内に記録していたらしい。普段頭を使わないくせに妙なところで頭を使う。

 土方は刀を上に向ける。その上に向けた刃は徐々に明久に迫っていく。

(…。482敗目確定。)

 そう確信したときにある少女の声が明久の耳に響く。

「吉井君ッ!」

 

 ☆☆☆

 

 まだ僕が幼いときのことだ。

 何か勝負ごとに負けて落ち込むと姉さんがよく励ましてくれたっけ…。

 

「アキ君、また泣いてるんですか?」

 泣いている僕のところに姉さんが駆け寄ってくる。

「………。」

 しかし、僕はいじけたまま下を向く。姉さんの方を向こうとしない。

 この頃は今とは違い何事にも真剣で、だから何かに失敗すると、その悔しさは人一倍だった。

「アキ君、何があったか話してみてください。私が相談に乗りますよ。」

 ニコリと微笑む姉さん。その微笑みに甘え僕はゆっくり口を開ける。

「実はサッカーやってたんだけどパスに失敗して皆に責められて、それで…。」

 そう、ホントにこれだけのこと。こんな小さな失敗で泣いてるなんて言ったらきっとバカにされるだろう…。

 しかし…。

「そうですか…。でも、失敗は誰にでもあります。アキ君だけが経験する訳じゃありません。大事なのはその失敗をどう生かすかですよ、アキ君」

 姉さんは優しげな表情で言う。

「じゃあ姉さんも失敗ってするの?」

 姉さんは僕と違い成績優秀で他の人からの信頼も厚い。僕みたいに何かに失敗するような人間には思えない。

 でも、姉さんは…

「はい、ありますよ。一見完璧に見える人間も必ず欠点がありますからね。」

 

 …姉さんは何時でも笑っていた。

 僕が笑っている時、泣いている時、怒っている時…。全部。

 その笑顔に僕はどれだけ助けられたんだろう…?

 でも、僕はずっと忘れていたんだ。姉さんは「失敗を次にどう生かすか?」と言ったのに、僕は何故か失敗を認めてしまうようになった。気がつけば、負けるのが当たり前になっていた。

 しかし、姉さんのこの言葉を思い出して失敗を繰り返す自分が悔しくてたまらなかった。

 もっと姉さんのいうことを聞いておけば良かったと後悔する…が、過ぎた時間はもう戻ってこない。

 でも、今からでも僕は…。

 

 意識が少しずつ戻っていく。

 

 

 ――――――――――――――

 

「…!」

 遠のいていた意識が少しずつ戻ってきた明久。しかし、既に土方の刀はすぐ目の前まで来ていた。

「……」

 明久は夢を見ていた。姉との遠い日の記憶。明久の姉、玲は既にこの世にはいない。そんな玲が常に口にしていた言葉は、

『失敗を次にどう生かすか…?』

 今まで失敗を繰り返していた明久。しかし急に玲の言葉を信じてみたくなった。

 しかし、土方の刃は明久の体に触れる寸前だった。

 …その時…

「吉井君ッ!本気出しなさい!確かにアナタは成績も悪いし、頭も悪いけどやれば出来るはずよ!やれば出来るはずなのに、アナタはただ逃げてるだけよ!今ここでアナタの本気を皆に証明してやりなさいッ!」

 その声の主は優子だった。とても感情的になっていた。

 明久はそんな優子の姿を見て、姉、玲と重なって見えた。外見も性格も表情も全然違う。でも、自分に言いたい気持ちはきっと同じなんだと思う。

 そんな優子の発言に、

「フン、コイツの成績でオレには勝てない。お前も知ってるだろ?召喚武器の強さは点数だけでなく、使用者の覚悟の強さだってことを…。コイツの覚悟はこの程度だったってことだ。」

 しかし、次の瞬間…。

 

 ドゴッ!

 

 気づくと、土方は空中にいた。

「……!?」

 その一瞬の出来事に周りにいた訓練兵たちも驚かされる。

「何が起きたんだ!?」

「おい、土方が浮遊してんぞ」

 そして空中で受け身の取れない土方。そこに明久は飛びつき、

「うおおおおおおおおおおおおおッ!」

 明久は土方をありったけの力を込めた木刀で打撃していく。

 一撃、また一撃と凄まじい速さで木刀を振るう。土方は空中で受け身がとれない上、明久の木刀の速さには追いつけない。

「ぐああああああッ」

「うおおおおおおっ」

 二人の叫び声が訓練所中に響き渡る。

 

 

 

 





 

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