僕と騎士と武器召喚   作:ウェスト3世

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過去の記憶

「アリスーーーーッ!」

 明久は悲痛な声で暴走する彼女の名を呼ぶ。

 そして、血にまみれた町の中を駆けてゆく。そして、二本の剣をギュっと握る。

 何故、彼は二本の剣を握るのか…?普通の騎士は二刀流の剣技を上手く扱うことはほぼ不可能だ。

 しかし、明久は一刀の時よりも二刀の時の方が相手を上手く怯ませることがことが出来た。

 左右の剣を上手く命中させ、剣の速さも一刀の時よりも速い。また、相手がどんなに強くても一刀なら防戦一方になるものを、二刀なら、攻撃、防御と上手く使い分けることが出来た。

 しかし、それでもアリスの力に勝てるわけではない。なぜなら彼女の手に握る黄金の剣は『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)。この剣により出陣した50人の王族の騎士達も全滅。

 今の彼女は人間と呼ぶにはかなりの抵抗があった。

 それでも、明久はどんなに手を汚して理性を失った彼女でも、あのときの優しいアリスがそこにいるんだ、と信じていた。

「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 明久の右手に握った剣が彼女の頭上を襲おうとしている。

「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

 アリスは飢えた獣のような雄叫びを上げ、明久の剣を黄金の剣で弾く。そして、剣の柄で、彼の腹部を強く突く。

「…がっ…」

 そして、アリスはそのまま何の迷いもなく明久を斬り捨てようとする。

「……っ」

 明久はそれに何とか反応し、二本の剣でその斬撃を防ぐ。だが、まだ彼女の斬撃は続いている。彼女はそのまま明久の剣ごと押し切ろうとしている。

「…ゥ…ォオッ!」

 アリスの剣は強い重力場が出来たように重かった。剣を必死に支える両手首もそろそろ痺れて限界を迎えようとしている。だが、この状況下では、少しでも気を抜けば殺される。

「くっそオオオオオオオオオォ」

 明久はアリスの黄金の剣には敵わないと思い両手の剣を盾にし、そのまま後退する。

 二本の剣はパキィィンと音を立て、破片となる。

 そして、またすぐ傍に落ちていた二本の剣を拾い、構える。

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 アリスは再び雄叫びを上げ、明久に襲いかかる。そして明久はそれに反応して躱そうとするが…。

 明久はその攻撃は躱せない…そう脳が教えてくれた。

 アリスの剣の輝きがこの商店街中広がっていた。それは明久が逃げ切れる範囲ではなかった。

 アリスはその剣をゆっくり上げ、そして振り落す。

 そこから発せられた黄金の斬撃が真っ直ぐ明久を襲う。そして、最後に残ったのはドオオオオォンという破壊の音のみだった。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 アリスは夢を見ていた。遠い遠い昔の記憶だ。

 その記憶はアリスがまだ『アリス』である前の記憶。その時の彼女は一国を束ねる王だった。

 そして、今なら分かることだった。

 あの時の自分は酷く愚かだった、と。

 自分は女として生まれたのにも関わらず、後継ぎがいないために王となった。

 気がつけば、騎士の名誉なんてものに溺れ、最後は結局破滅の道を行く。何人もの部下が死んだ。

 この騎士の名誉というものは決して名誉でも何でもない。少女にとっては呪いの類でしかない。

 今、やっと自分の愚かさに少女は気づいた。

 そして、王であった時、普通の少女で居られる町娘が羨ましいと何処かで思っていたのかもしれない。

 そこには力と財産では得られないような「何か」があった。少女はそれを欲しいと思った。

 だが結局それは得られず生涯を終えることとなる。

 そして再び目醒めた時、彼女は人造人間(ホムンクルス)として目醒める。それは欲深い男が自分の持つ聖剣を奪おうとしていたからだった。

 しかし、それでも構わなかった。そこで自分はようやく普通でいられる…普通の少女として日々を過ごせると思ったから…。

 でも、実際少女は一人だった。今まで王として生きてきた自分はどう人と交わればいいか分からなかった。ようやく手に入れた普通の生活が思うようにいかなかった。周りと自分の間には何か大きな壁があった。

 だが、彼だけは違った。彼はそんな壁を簡単に壊してくれた。

 そして、少女の中に今までなかったような感情が芽生え始める。

 だが、今少女はそんな彼さえも壊そうとする。だが、体は脳はもう思うようには動いてはくれなかった。

 

 ……さようなら、愛しい人よ……。

 

 そう飢えた心の中で、紅い涙を流し、呟く。

 もうこれで良い。自分は数えきれないほどの人間を殺し、苦しめた。

 だから、彼を殺したら自分も死のう。そう決めた。決めたはずだったのに……。

 

「ふざけるなァーーーーーーーーー!」

 少年は悲痛にも近い叫びで声を上げる。

「何でこんな風になったんだ!?アリスは優しい娘なんだ!なのに、誰なんだよ!?こんな風にさせたのは!彼女が平然と人を殺せるハズないだろ!」

 彼はそう言い剣を向ける。彼の瞳には抑えきれないほどの涙が溢れていた。

 あの瞳は、こんな殺人鬼に落ちた少女を信じきっている瞳だった。

 

 …どうして…

 

 自分はもう救われるべき存在ではない。同情される価値もない。

 それなのに、何故彼はそれでも自分に手を差し伸べてくれるのか、少女は分からなかった。

「…よ…しい…くん」

 少女は自分の胸の苦痛に耐えながらも彼の名を呼ぶ。

「アリスーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」

 彼も彼女の名を呼ぶ。その叫びは心の奥にまで響く叫びだった。

 何故、こんな化け物に成り下がった自分を助けようとするのか…?

 しかし、そんなことにも構わず地獄の底にいる少女に彼は温かい掌で迎えてくれる。

 何故…?そんな気持ちが込み上げてくる。それでも少女は今はそんなことは後で考えればいいと思った。今は彼の手に触れたい。その感情が彼女の心の呪縛を破った。

 決して簡単に破れるようなものではない。しかし、少年はそんな現実をこんなにも容易くひっくり返してしまった。

 そして少女の苦しく悲しい、紅い涙が彼の手の温もりに縋る優しい感激の涙へと変わる。

「…吉井君…」

「…おかえり、アリス」

 明久はいつもと変わらない笑顔で彼女を迎える。

「…ただいま」

 アリスも一緒に笑顔を浮かべた。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 町は血に塗れている。辺りを見渡せば何人もの人々が地面に這いつくばるようにして倒れている。

「…明久君。どうするんですか?これから…」

「…え?」

 明久の笑顔に明るい表情を浮かべていたアリスだったが、再びアリスは暗い表情に戻る。

 何故なら周りに倒れている人々は彼女の手により殺された。アリスは自分の手を震えながら見る。紅い血に染まった掌を。

「…私は…もうここでは生きれない。」

 アリスは悲しそうな表情で言う。それはこういう意味を指していた。「アナタとはもう一緒にいられない…」と。

 明久は酷く困惑した表情を浮かべる。いくら頭の回転が悪い明久でもこの鮮血に染められた風景を見れば彼女が此処に居られないことくらいは分かる。だが、暫くして、ギュっと彼女の手を握った。その瞳は全てを覚悟した瞳だった。

「…逃げよう…」

「…え…?」

 アリスは驚いたように目を見開く。その言葉は彼女にとってかなり予想外の言葉だった。

「もう君を一人にはさせない。君は僕が護る。」

 明久はそう言う。

「…何…カッコつけてるんですか…」

 アリスは何の冗談だ?という風に言う。

「私よりも成績悪いのに、どう私を護ってくんですか?」

 それでも彼女は涙を零しながらも笑みを浮かべていた。ずっと自分以外の者を退けてきた彼女にとって彼の護るという言葉には何処か支えられるような嬉しさがあった。

「僕は君が好きだ。だから、君にはこんなところで終わって欲しくないんだ」

「…明久君…」

 彼の目は少しも心が揺れるような弱い目ではなかった。自分を思ってくれる強い眼差しだ。

「私も…」

 私も好きです…。そう、口を開こうとした時だった。

 

 ズドッ!

 

 何かを貫いたような鈍い音がした。

 時がゆっくり動いているように感じた。紅い鮮血が噴きあがる。

「…う…そだ」

 アリスの胸には銀色の矢が刺さっていた。それもちょうど心臓あたりを貫いている。

「…あき…ひさ…く…ん」

 彼女は長い金色の髪を揺らしながらその場に倒れる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 明久は背後の方に振り向く。そこには20人ほどの騎士が立っていた。鎧の胸部分に五芒星が描かれている。五芒星は王族騎士の象徴とされるもの。故に彼らは王族の騎士…ということになる。

「君、怪我はないか…?」

 騎士の内の一人が明久に駆け寄る。だが、明久はそんな騎士の呼びかけを無視する。

「アリス…アリスッ…!」

 明久は必死に彼女の体を揺らしながら叫ぶ。

「…明久君…」

 アリスは枯れそうな声で明久の名を呼ぶ。

 すると、彼女は手に握り締めていたものを明久に差し出そうとする。

「…これは…」

 差し出された物は小さな花だった。儚げにも見えるが何処か力強くも見える不思議な花。

 明久はこの花を見たことがあった。

「これは…ワスレナグサ…。」

 そう、これはアリスが花畑で明久に紹介した花だ。この花は彼女が最も愛する花だ。

「明久君、この花の合言葉…覚えてますか?」

 アリスは今にも消えてしまいそうな声で言う。

「…もちろんだよ…」

 その合言葉は『私を忘れないでください』。以前、彼女はあの花畑で悲しそうに笑い、言った言葉だった。

「…約束ですよ…?」

 そう言い、彼女は瞼を閉じる。

 もう、この瞳が開くことはないだろう…。

「う…ァ…アアアアアアアアッ!」

 明久は普段は見せない子供のように声を上げ泣く。

(忘れない…。君のことを。例え忘れようときっとまた思い出して見せる。)

「…だから…さよなら…。アリス。」

 明久の涙はボタボタとアリスの頬に零れ落ちる。

 月の光がそんな二人を色濃く映していた。

 

 そしてまだ明久は知らなかった。この悲劇は終わりではなく、全ての始まりだということを。




 新年早々、暗い話で申し訳ありません(汗)

 過去編完結です。次話から新章に入ります。

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