「…お父さん…お母さん。」
彼女の瞳からは涙が零れていた。
彼女が一体何を抱えているのか―――?明久はアリスが涙を零す理由が分からなかった。
しかし、そんな悲しそうな顔をする彼女だが表情を抑え、彼女はいつも通りの気の強そうな顔に戻る。
「そこに誰かいるんですか?」
アリスは明久が隠れている草むらに視線を送り言う。
(ま、まさかバレてるのか?)
明久の胸中は焦りの色に包まれる。ムッツリーニから教わったストーキングがこうもあっさり気づかれるとは思っていなかった。何よりも彼女の勘の鋭さには驚かされる。
「………。」
明久はしばらくどうしようか考えていたが、このまま隠れ続けても、かえって状況を悪くするだけに感じた。明久は仕方なく草むらから出ることにした。
「……え~と……」
明久は少し気まずそうに姿を現す。そんな明久を見てアリスは「ハァ」とため息をつき、「やはりアナタでしたか」と呟く。
「まったく、私が泣いてるとこを影で見るなんて良い身分ですね…。」
アリスは怒りに近いような声色で喋る。明久は「…ぐっ…」と、言い詰められたように表情をかためる。
「まさか、私の後を追けてたんですか?」
「うん、まぁ…」
何か言い訳しようかとも思ったが上手い言葉が見つからない。それにアリスほどの相手だと説得するのも難しい。
「まさか馬鹿な上に変態だったなんて…。人間として最低ですね」
アリスは軽蔑の視線を送る。明久は心に釘が刺さったような気分に襲われる。
「いや、人間性までは否定されたくはないけど…」
明久はふてくされたように言い、アリスから視線を逸らす。アリスは「まったく…。」そう言い、アリスも視線を下に落とす。
そのまましばらく沈黙の空気が流れる。ただ、冬の冷たい風の音だけが二人の間を過るように吹いていた。
そして、しばらくして…。
「…これはご両親のお墓…かな?」
明久は距離を置くようにして聞く。こういうことは直接的に言うのはまずい…。脳がそう判断していた。
「………」
アリスは口を閉じたまま何も言わない。明久は自分が失言をしたか…と自責の念にかられる。
しかし、その直後、アリスはゆっくりだが、口を開く。
「…明久君の目には私がどんな人間に映ってますか…?」
その時の彼女の表情はいつもの強気な感じは消えていた。何処か弱々しい…。そんな風にも見える。
「どんな?…う~ん。普通に成績が優秀で、少し気が強い女の子…ってとこかな」
明久は素直な気持ちを述べた。そんな明久の返答にアリスは弱々しく笑う。
「やっぱり…そう見えますよね…」
視線を下に落としていたアリスは顔を上げ、霊園を照らす夕日を目を細めて見る。
「でも、本当の私はそんなに強くはない…。三年前、両親が亡くなり私はずっと泣いていた。そのときから私は孤立していた。そして、自分の弱みを見られたくないから、成績優秀で、気が強い女の子を演じていました…。」
「…アリス…」
「でも、違う。本当の私は酷く臆病で自分が一人なのを他人のせいにした。それが嫌で私は『もう一つの自分』をいつの間にか作り上げていました。可笑しいでしょ?気が強い優等生が本当は臆病だったってオチは…。」
アリスは皮肉っぽく言う。おそらくアリスはそんな自分を嫌い、そんな自分を心の中で受け入れたくなかったのだ。
そんな自分を明久はきっと馬鹿にするだろう…そう思っていた。しかし…。
「そんなことないよ…。」
「…え…」
明久の意外な言葉にアリスは目を見開く。しかし、明久はふざけて言ってるようでもなかった。彼の瞳は何かを伝えようとする真剣そのものだった。
「僕も四年前、唯一の家族だった姉さんが殺された。だから妙な孤独感にも襲われたし、自分を攻めたくなるような気持ちもあった。だから君の気持ちはよく分かるよ。」
「…明久君…」
いままで気の強い自分を演じ続けてきたアリスにとって明久の言葉は初めて自分を受け入れてくれた言葉だった。
何となくだがその言葉が嬉しかった。
「それに、僕は気の強い君でも、弱みを見せる君…。両方あっても全然構わないと思うよ。」
「…ど、どうしてですか?」
アリスは不思議そうな顔をする。本当の自分を隠し続けてきた自分は罪だ、そう思っていたアリスには明久の言葉が理解できなかった。
「だって、どんな君でも君は君だ。僕はどんな君でも好きだよ。」
明久はニコリ微笑んで言う。
「……え…」
すると、アリスの頬は爆発したように赤くなる。きっと明久本人はその言葉がどういう意味を指してるのか自覚はないのだろうが…。
「アレ?どしたの?顔赤いけど、風邪?」
「い、いえ。何でもないです!」
アリスは顔を赤くして明久から視線を逸らす。どうやら彼自身、本当に自覚はないみたいだ。
しかし、目を逸らしたアリスは少ししてから顔を上げる。そしてニコリ頬笑み、「ありがとう」と言う。
明久は彼女の笑顔を初めて見たような気がした。
―――――――――――――――――――――――――
翌日―――。
明久は眠そうな顔で通学路を歩く。
そんな中、一人の少女が明久に呼びかける。
「明久くん」
「ふぁ?」
明久は欠伸をしながら振り向く。そこにはアリスがいた。
「アレ?アリスっていつもこの時間帯に登校してるの?」
「アナタじゃないんだし、こんな時間には登校しませんよ。」
話を察するにアリスは普段はもっと早く家を出てるようだ。確かに真面目な性格なので、明久みたく平然と遅刻するようにも見えない。
「ま、まぁ…その…。今日はちょっと寝坊しちゃったといいますか…。け、決して目覚ましをセットしていなかったわけじゃないんですよ!?」
「あー…。うん、そうなの?」
アリスは必死に寝坊した理由を隠そうとしているのだろうが、無意識に暴露してしまってる。
悪戯っぽく「へ~。目覚まし壊れてねぼうしたんだ」と言ってみても良かったが、それは敢えてしないことにする。
彼女は真面目なので少しでも自分が怠け者ときっと思われたくないはずだ。
すると、アリスは何かを言いたげな表情をする。
「ねえ、明久君。一昨日の実戦訓練の時のことなんですけど…その、ごめんなさい」
「……え?」
明久はキョトンとした目でアリスを見る。
彼女がこんなにも素直に謝っているのを今まで見たことがなかったからだ。きっとプライドの高さのせいなのだろうが…。
「いや、別にそこまで気にしてないから大丈夫だよ。それにあれは僕もちょっと悪かったと思うし…。」
そんな素直に謝る彼女を見て明久も少し戸惑いながらも、「悪かったのは自分もだ」と思い、謝る。
「…やっぱり正直に謝るって大切ですね…。」
アリスは悟ったように言う。いままで気づかなかったものにようやく気付けた…。そんな感情が彼女の顔に表れていた。
「そうかもね…」
明久はアリスの言葉に同情するよう頷く。
「私はプライド高いので昔から素直に謝ることをしませんでした。どんなに悪いと思っても、自分を正当化していたから…」
アリスは今までの自分を振り返るように言う。明久はそんな彼女の瞳を見つめていた。
「でも、そんな自分に正当化すればするほど虚しくなる…。そう気づいたんです。」
「…そっか…。」
明久はニコッと笑う。そんな明久につられ、アリスもニコリと微笑む。
「明久君、今日の放課後、空いてますか?」
「え、今日?いや、まあ大丈夫だけど…」
「じゃあ、放課後空けといてください。」
そう言いながら二人は訓練所へ向かう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
放課後―――――。
訓練兵はぞろぞろと教室を出始める。
「おい、明久帰ろうぜ~。」
いつも通り雄二が帰りを誘ってくる。しかし、明久は少し戸惑ったように、
「あー、いや。今日は無理なんだ…。」
明久はポリポリと頭を掻きながら言う。
「なんだ?またストーキングか?」
「あの、雄二。僕がストーカーみたいな言い振りやめてくれない?」
「やめてくれないって言われても昨日ストーキングしてたじゃねえか…。」
雄二は「何を今更…」と言う様な表情で言う。
すると、明久は背後から息が詰まるくらいの冷たい殺気を感じた。明久は首を機械のようにぎこちなく動かし、殺気を向けてくる人物に顔を向ける。
「アキ…。昨日、ウチと何か約束したハズなんだけど覚えてるかしら?」
「え~と、何のことでしょう?美波様…。」
明久は美波から出る異様なオーラに怯えながら「何のことだ?」と訊く。
「昨日、映画見るって約束…」
「…あ…。」
呆けたような声を出す明久。どうやら美波との約束を思い出したらしい。
話の内容を察するに、明久は昨日、美波との約束を忘れ、ストーカーに専念していたことが分かる。
美波はポキポキと関節を鳴らす。指を一本ごとに関節を鳴らす音が異様に耳に響く。ある意味、鉄人が殴りかかってくる時よりも恐ろしさを感じるほどだ。
「じゃあね、雄二。また明日学校で!」
「ああ。会えると良いな。」
明久は雄二に別れを告げ、そのまま猛ダッシュして走る。雄二に関しては、何処か目が「永遠にさようなら」とでも言うような目をしている。
「待ちなさい、コラァーーーー!」
美波は獣を狩るライオンのように駆けていく。それほどまでに彼女の表情は恐ろしい。
そんな彼らを見て雄二は、「ホント、あいつバカだな」と哀れそうな目で言う。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「明久君、遅いですよ」
「いや、ゴメン。ちょっと邪魔が入って遅くなった」
明久は申し訳なさそうに詫びる。そんな彼を見てアリスは「もう、いいですけど」と呆れたように溜め息をつく。
だが、確かに今は季節は冬。寒い中、彼女を待たせたことに明久は反省する。
「さ、行きましょ」
明久は明久の前を歩く。
「え~と、そういえばどこに行くの?」
明久はまだアリスに何処に行くのか聞いてなかった。しかし、アリスは悪戯っぽく微笑んで「内緒です」という。「何処に行くんだ?」と疑問を抱えたまま明久は彼女についていく。