「よし、戦闘開始ッ!」
西村教官は戦闘開始の合図を出す。
「「試験召喚(サモン)!」」
明久とアリスは武器を召喚する。明久の武器は木刀、アリスの武器は西洋剣である。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
明久は全力で前方にダッシュする。アリスはそれを平然と眺める。明久の走る速度はアリスにとって、見切れる速度だったのだろう。
しかし、明久は途中、足を止める。すると何か苦痛そうな表情を浮かべる。
「す、すみません。トイレ行っていいですか…。まだ、今日のお通じまだで…。」
すると、沈黙の空気が漂う。その場にいた全員が「コイツ、バカだ」と思った瞬間だった。
「吉井、後ろ」
西村教官は明久に後ろを向くよう指示する。
「ハ?後ろ?」
明久は「何のことだ?」と難しそうな顔で渋々トイレに行きたい気持ちを我慢して後ろを振り返る。すると、後ろには既にアリスが明久の背後をとっていた。
アリスは容赦なく剣を振るおうとする。
「……え?」
その瞬間、明久は何かを発見したように目を見開く。その原因となるものはアリスの剣にあった。
アリスは成績優秀とはいえ、まだ下級騎士。国家騎士みたく、レベルの高い武器は召喚できない。
しかし、剣を振るう瞬間、刃の色が『金色』に輝いた。それはほんの一瞬の出来事だった。そのため、見てる訓練兵、西村教官ですらそれには気づいてないようだった。
明久はその剣戟を見切り、ギリギリのタイミングで躱す。
「……!」
アリスは予想もしていなかった明久の動きに少し驚いたような顔をする。
しかし…。
「ぐへっ!」
明久は上手く躱したものの自分の足元にあった石に躓き転ぶ。
「や、ヤベ!コレ痛ッ!」
明久は倒れ込んで膝を抑え込み悶え始める。割にダメージを受けたようだ。
「…コレはアリスの勝ちだな…。」
西村教官は少し困ったように頭を掻くが、この現状だと明久を負けと見るほかない。
「イヤ、鉄人!こんなひ弱そうな女子には敗けませんよ!もう一回お願いします!」
明久はここ最近、優秀な彼女とよく比較され、コンプレックスを抱いている。いくら、明久でも、ここまで比較されれば、プライドというものも出てくる。
西村教官はハアと呆れたようなため息をつく。しかし、いくら明久が成績が悪くても、石につまずいて、負けにするのも流石に可哀そうと思ったのか、「そうだな、じゃあ…」と喋り始める。
明久はその言葉に嬉しそうな反応をするが、西村の喋りを遮る女子訓練兵がいた。
「いいえ、不要です。先生。」
その声の主はアリスだった。
「そこにいるバカは私に勝てなくてもう一度挑みかかろうとしてるのでしょうけど、自分で転んだのは自分の責任です。彼はその自己責任を否定してるだけ。よって私はもう一回戦うのは必要ないと思います。」
アリスはキリッとした口調で答える。
西村は「う~む」と難しそうな顔をする。
「ちょっ!何もそこまで言わなくても…」
明久は必死に反論しようとするが、反論するだけの言葉が出てこない。
「じゃあ言いますけど、今のが本当の戦争だとします。そこでアナタは石につまずいて転んだからと言ってもう一回相手に戦いを挑みますか?」
「そ…それは…!」
明久は口ごもる。確かにアリスの言うことは正しかった。戦争で負けた敗者が勝者にもう一度挑みかかる。それは恐らく不可能だ。
「でも、これは訓練だ!本当の実戦にいるわけじゃない!」
明久はどうにかしてアリスを説得しようとする。
「確かに…。これは訓練です。」
アリスもこの実戦が訓練であることは認める。
「でも、私達はその戦場に赴くためにこうして訓練をしている。アナタは此処を遊びの場か何かと間違えているんじゃないですか?」
「……!」
「私に勝ちたいなら、もう少し真剣にやったらどうなんです?」
「……ッ!」
明久は何か反論しようとする。しかし、言い詰められ何から言い返せばいいか分からない。
「よし、ここまで。次の対戦相手を呼ぶから、お前らはさっさとあっち行け!」
西村はこれ以上争ってはキリがないと判断し、言い争いを無理やりやめさせる。
「おい、明久。あまり気にすんな。」
「ウム。成績が全てではないしの。」
「思春期にはエロも必要…」
雄二、秀吉、ムッツリーニは言い詰められた明久を慰める。そんな三人に明久は「ありがとう」と微笑む。約一名、ムッツリーニに関してはフォローしてるのかしてないのかがイマイチだが…。しかし、明久の微笑みにはいつものような元気はなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
アリスは普段、放課後になると一人教室に残り今日ならった授業などを復習している。
彼女にとってそれは習慣であり、他の人がそんな彼女を不思議そうに眺めても、彼女自身はそれを気にしなかった。
「…フウ…」
アリスは開いていた参考書をパタンと閉じる。手首をグッと伸ばし、一息をつく。そんな時―――。
微かにだが、外からブン、ブンと素振りの音が聞こえる。素振りと共に「ハッ、ハッ」と掛け声らしき声も聞こえる。
「何…?」
アリスは少し気になり、外に出ることにする。
そこには放課後の誰もいないグラウンドで一人素振りをしている少年がいた。
その少年は、今朝アリスと言い争った少年、吉井明久だった。
「…え…?」
アリスは不思議そうな表情を浮かべる。そんな彼女の横に西村が現れる。
「何してるんだ?」
「いえ、彼は何をしてるんですか?」
アリスは不思議そうな表情で明久を指さし西村に質問する。
「ああ、いつもアイツは放課後ああやって素振りをしてるんだよ。」
「いつも…?」
「お前は気づいてないだろうが、アイツはああ見えて努力家なんだ…。人がいる所じゃバカなことばかりしてるが…。それでも、人のいないところじゃああやってひたすら素振りや勉強に取り掛かってるんだ。」
アリスは西村の言葉を聞き、無意識に明久の方に目を見やる。
確かに明久の表情は真剣なものだった。西村の言う通り、明久は努力家なのかもしれない。
しかし、やっぱりアリスは彼を認めたくない気持ちがあった。明久はいつも何か物事に失敗しても、負けてもヘラヘラしている。真面目なアリスにはそれが気に食わなかった。
しかし、そんなアリスの気持ちを察したのか、西村は口を開いた。
「明久は…アイツは家族を亡くしてる」
「……え?」
その衝撃の言葉に思わずアリスは声を上げる。そう思うのも無理は無いのかもしれない。
アリスは明久のヘラヘラっ振りには何も不安のない成績の悪い少年と受け止めていたからだ。
「アイツは物心ついた時から親の顔を知らない。その頃から姉が親代わりになって育ててた。アイツの姉は誰もが知る国家騎士で吉井にとっても自慢の姉だった。だが、その姉も四年前殺された。アイツはそれまで騎士になることなんてまったく考えてなかった。だが、姉の死を通して、姉が死にかけてまで守ろうとしたのは何なのか、それを見つけるためにここに来た。アイツなりの覚悟だ」
「…明久君が…。」
先ほどまで彼を認めようとしない気持ちが溜まっていたが、いつの間にか同情に近い気持ちが込み上げてきた。
「お前なら分かるんじゃないか…。同じ家族を亡くしてるお前だからこそな…。」
西村の言葉にアリスは必死に素振りを擦る明久に同情の眼差しを送る。
―――――――――――――――――――――――――――
翌日――――。
授業を終え、放課後を迎えようとしていた。そんな中校庭で一人だけ不審な行動をしていた。何か辺りを見回し、キョロキョロしてる様子だ。
「おい、明久。何してんだ?お前。不審者か?」
正直に気持ちを述べたのは雄二だった。
「イヤイヤ、違うよ。見張ってるのさ!」
「あ?誰を?」
「アイツだよ。」
明久が指差したのはアリスだった。
「あ。アイツはいつも皆帰った後も勉強してるぞ。」
「え?マジでか。」
「ああ。優等生はやっぱ考えること違うのかねぇ…。」
明久はムム~と表情を固くする。そんな友人の姿に雄二は怪訝そうな表情を浮かべる。
「お前…。何をしようとしてんだ…?」
「いや、ちょっとストーキングをしようかなって思ったんだけど…って、あ!」
明久は思わず自分が喋った失言に気づく。雄二はそんな明久をニヤニヤと見つめる。
「そういうことなら、オレは先に帰るぞー。じゃあな~変態。」
「……グ…ッ」
明久は普段ならこの悪友に何か言い返すとこだが、確かに今の行動は不審者という名がしっくりくる。
「…くそ、バカ雄二め…」
そう言いつつ、明久は再びアリスを監視する。
そもそも明久がこんな不審な行動をしているのは昨日、実戦訓練で敗けて、それを彼女にいろいろ言い負かされたのをまだ気にしていたのだ。
そこで明久は彼女が普段放課後をどのように過ごしてるのか、チェックしようとしたのだが…。
よくよく考えればこれは普通に犯罪だ。しかし、ここまできたなら最後までやり遂げよう、そんな気持ちも湧き上がってくる。
しかし、いくら待ち続けても彼女は一向に席から立ち上がろうとはしない。よく、あそこまで勉強に熱心になれるなぁ…と感心そうに見ていた。
しかし、季節は冬。夕方は少し冷え込む時間だ。明久も手首が冷えてきたのでそろそろストーカー行為を諦め帰ろうか…。そんなことを考えた時、アリスは静かに立ち上がる。
それに反応し、明久は草陰に隠れてアリスが校門を出るのを見送る。そしてそっと明久はその後を追いていく。
実は明久はストーカーには自信があった。彼は尾行の得意なムッツリーニからストーキングの極意を学んだ。そして、家ではその学んだ極意をイメージトレーニングし、実力を身に着けている。
その為、妙に自信があった。正直、いらない自信なのだが…。
しかし、尾行していき、明久はあることに気づく。それは彼女の歩く道は住宅街から外れていた。また、人の多い、王都の商店街に行くわけでもなさそうだ。
そして行き着いた場所は…。
「フミヅキ霊園…?…何で?」
何故、家ではなく霊園に来たのか分からない。墓参りにでも来たのだろうか…?
明久はそのまま後を追けてく。そして彼女はある墓石前でピタと足を止める。
そして、それと同時に彼女の長い金色の髪が冷たい風と共に靡く。そして気のせいだろうか?何か雫のような物が零れ落ちていた。
「…え…」
明久は一瞬それは気のせいだと思った。しかし、気のせいでも何でもない。
彼女の瞳には涙が溢れていた。
「お父さん、お母さん…」
彼女は小さい声で呟く。
普段の気の強い彼女はそこにはいなかった。
彼女が何を抱え、涙を零しているのか、明久には理解できなかった。