刻の涙   作:へんたいにーと

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第八話

◆作戦部作戦立案室

青味がかったゲージのかけられた明かりの中で、部屋の壁に設置されている巨大モニターの明かりが煌々と辺りを照らし、複数の人影を床に伸ばしていた。

部屋の中央に置かれているデスクでは、各機の動きを色のついた点で表した簡易ホログラフが浮き出ており、トレースして先の戦闘映像と同調させながら司令部の人員で先の作戦を振り返っていた。

 

「ではあの赤いMSにエース級パイロットは乗っていなかったと言うのだな?」

 

ジャマイカンの問いに作戦部所属の中尉階級の男が素早く資料を見せた。

 

「はい。今までの戦闘記録と先の記録では動き方が大いに異なります。それに……こちらをご覧ください」

 

モニターには白く塗られたマークⅡと思わしきMSが、問題の赤いリックディアスを取り押さえている様子がうかがえる。

 

「これはエイダ・カールソン曹長の機体の記録映像ですが、このリックディアスとやらの抵抗の具合からして私は脱走であると考えます。あのタイミングでエゥーゴが我が方に追撃してくるのは戦術的観点から見ても合点がいきません。しかし――」

 

「我が方に亡命しようとしていた兵を連れ戻そうとしていたと考えれば、まぁ辻褄が合うというわけか」

 

「ハッ」

 

ふむ。と顎に手をやりながらジャマイカンはモニターから目を離し、デスクのホログラフに描かれる軌道を眺め思考する。

 

「この機体を墜としたのはカクリコン・カクーラー中尉か」

 

「中尉もエース級のパイロットではなかったと気付いているようです」

 

「だが、敵の新型エース機を墜とした事には違いない。特別手当と今月の有給休暇を一日伸ばしてやれ」

 

「そのように」

 

中尉がタッチパネルにジャマイカンからの指令を素早く入力した。

 

「さて、次は何だ?」

 

ジャマイカンの問いかけに側近達が素早くデータをジャマイカンに回す。

 

「次の案件はMSの損耗についてですが」

 

「何%なのだ」

 

ジャマイカンがデスクを指で叩きながら苛立って尋ねる。あまり気持ちのいい話題ではない。

 

「艦隊の全MSの35%を損失しています。特に我が艦の直掩機の損傷率が顕著です。モ

ンブランのガルバルディ隊は未だ90%の戦力を保持し続けています」

 

何と言う事だ、とジャマイカンは頭を抱えた。ジャマイカンにとって宇宙出身者を作戦に投入する事にためらいはない。スペースノイドもアースノイドも彼にとっては優秀な駒の一つにすぎない。

しかしティターンズは何よりも面子を重んじる傾向がある。この結果のままでは自らの出世に大いに影響すると考え、ジャマイカンは焦っていた。

 

「ハイザック隊の戦力はいささか乏しいため、パイロットを厳選し、何名かをジムⅡに降ろす必要があると思われます」

 

「そんな事はわかっている!目立ったパイロットの戦闘機記録は精査してあるな?」

 

「ハッ何分急ぎでしたので十分な精査とは言えないかも知れませんが」

 

「言いわけは好まん。出せ」

 

「ハッ。――まずは先ほどのカクリコン中尉のものです。命中率や反応速度のグラフはこちらです」

簡潔にまとめられた報告書がジャマイカンの手元コンソールに出された。

 

「こんな大まかなデータしかないのか?これをまとめたのは誰だ」

 

ジャマイカンの問いにデスクを囲んでいたうちの作戦部の一人が手を上げた。

 

「バスク大佐と私は違う。次からはもっと細部まで詳細を書きしるした物を作成するように」

 

バスクは基本的に大まかなデータと、大きめの文字でスクロールする必要のない1ページにまとめられた報告書を好み、命中率等よりも記録映像から判断していた。しかし、ジャマイカンのやり方は記録映像にプラスする形で命中率、被弾回数、残存燃料、果ては長期的な各パーツの摩耗スピードまでデータを網羅したがった。

 

「カクリコン中尉は敵の新型MSを1機撃墜しました。また部下であるエイダ・カールソン曹長との連携も初回としては良好で、及第点と言えるでしょう」

 

「エイダ曹長のハイザックは今回の作戦で中破しており、二日後の接敵までには改修不可能と思われます。ジムⅡに回しますか?」

 

この問いにジャマイカンは一瞬顎に手をやって考えるも、すぐに決断する。

 

「いや、育成のためにもカクリコン中尉との分隊は継続させたい。足並みをそろえるため曹長にはハイザックを与えた方が良い」

 

「では予備機を与えます。次に、少佐が目にかけてらっしゃるジェリド中尉ですが」

 

目にかけるも何もハイザックから降ろしてジムⅡに乗せ換え、独房に入れる等手をかけさせられている悩みの種と言った方が正しい。中尉のジョークに何名か嘲笑う。

 

「今回ジムⅡを大破させており、目立った戦果は上げておりませんがこちらのグラフをご覧ください」

 

「……ほう」

 

カクリコンのデータと比べてよく作り込まれているグラフ表であり、作戦部が今回重点をおきたいのはどうやらジェリドらしいとジャマイカンは推測する。

 

「この反応速度をご覧ください。この数値はライラ大尉を含む今回出撃した者の中でトップです。また、このシーンと、このシーンですね」

 

モニターには戦闘記録が早送りされ、問題個所が映し出される。

なるほど。確かにエイダ機のカバーに入り見事救っている。カクリコンやエイダとの連携も申し分なく、敵新型MSとの闘いでは目を見張るものが合った。ジェリドに重点を置いているのは、機体の性能差を策でカバーしたという所が作戦部の面々に好評だったのだろうとジャマイカンは推測した。

このように咄嗟の判断が出来るものは確かに現場で重宝するものだ。

 

「ジェリド中尉にはハイザックを与えられた方が戦果を期待できるとは思いますが」

 

中尉が言い淀んでいる事はジャマイカンにも分かっていた。ジェリドはまず、本部ビルを半壊させた。バスクが除隊させようとしたのを止めたのはジャマイカンだ。ジェリドを除隊させるには士官学校時代の成績が優秀すぎたのだ。

しかしその後の出撃でハイザックを1機スクラップにしている。周りに示しをつけるためにもジムⅡに搭乗させ後がない状況にさせた。しかし今回、特に戦果と言えるものはないが、データを重んじるジャマイカンにとってこのデータは無視できないものがあった。

 

「そうだな――いや、ジェリド中尉はジムⅡのままで良い」

 

「しかし」

 

ジャマイカンは不服そうな中尉をジェスチャーで制止し、理由を説明した

 

「次の作戦ではカクリコン中尉に戦闘隊長をやらせる。僚機は曹長が良かろう。問題のジェリド中尉はライラ大尉と組ませる」

 

ジェリドをライラに付ける事で宇宙での戦闘を学ばせる、というジャマイカンの魂胆が理解できないものはここにはいない。

 

「我々の戦力は限られている。中尉が今後期待できる人物である事はわかるが、ここを乗り切れないようならそれまでの男だったという事だ。次のプロファイルを」

 

最後に冷徹な声でジャマイカンはそう締めくくると、次の精査へと移っていった。

 

 

◆ブリーフィングルーム

 

ジェリドがブリーフィングルームに入室するとすぐさま連邦兵から洗礼を受けた。

彼らはボスニアのパイロットたちで、宇宙空間での戦闘においては、ジェリド達ティターンズよりも戦果を出している者たちが多かった。

 

「出戻りのジェリドとは良く言ったもんだ。」

 

「行って帰ってくるならよちよち歩きの新兵だってこなせるぜ!」

 

「戦果を上げずに機体を壊して帰ってくるだけとはティターンズの底が知れるなぁ!」

 

飛び込んでくる罵声は、分かっていても気持ちの良いものではなく、ジェリドの機嫌はすこぶる悪かった。思わずジェリドの喧嘩っ早い性格から手を出しそうになるも、すぐにその感情を押し殺す。

どうせこの状況で暴れたとしても何も解決しない。むしろ多勢に無勢。突っ掛かったところで状況が悪くなるのは目に見えていた。

 

(安い挑発に乗るのはカミーユだけでいい)

 

咄嗟に先日の少年を引き合いに出し、貶める事で自分の心を保ったジェリドは中々に小物と言えた。

ジェリドが青筋を額に作りながら最前列の座席に座ると、通路を挟んで右隣の席に座っていた、赤いノースリーブの軍服を着たブロンドヘアの女が鼻で笑った。

 

「名乗りもあげずにご登場とはね。その必要もないか、出戻りのジェリドと言えば今じゃ有名だものな」

 

ジェリドはその声に素早く反応し、その女を眺めた。

椅子の前面に取り付けられている簡易机に肘をつけ、顎に手をやりながらこちらをニヤニヤとみているその女は、まさしくライラ・ミラ・ライラ大尉だ。

ふわりとしたショートカットのブロンドヘア、形の良いおでこ、気の強さをうかがわせる緑の瞳に男好きのするようなぷっくらとした艶やかな唇。

軍人らしい広い肩幅がノースリブで強調されるも、女性らしさを失わない服の上からでも見てとれるプロポーション。

この絶妙なバランスにジェリドは思わず心の中で唸った。

 

(こいつはいい女だ……が、気に食わん)

 

ライラは素早くこちらを見たジェリドが、苛立っているのだろうと見当をつけほくそ笑んでいる。彼女にとってジェリドはエリート意識の塊である鼻もちならないティターンズ兵という先入観があり、今まで連邦軍と比べ散々ティターンズが優遇されていた状況などの鬱憤をここで晴らそうというわけだった。

 

「何とか言ったらどうだい」

 

ジェリドの席を軽く蹴ってくるライラに、ジェリドは片チチの一つでも鷲掴みにしてやろうかと考えたが、入口からジャマイカンとカクリコンが入室してきたため実行される事はなかった。

カクリコンが苛立つ様子のジェリドに若干疑問を抱く表情を浮かべながらジェリドの近くの座席へと座ると、それを見届けたジャマイカンがすぐにブリーフィングを始めた。

 

「現在我が艦隊が追撃中のアーガマとモンブランは……」

 

現在追撃中のエゥーゴのアーガマとモンブランの取るルートは地球圏へ航行するルートだ。このまま行くのであればエゥーゴの拠点があると思われるサイド1、サイド2、そして月の三つの内のどれかになると艦隊参謀は予想していた。

更にその拠点へ行く間に、ついでとばかりに地球近くにあるティターンズ陣営の低軌道防衛衛星を破壊するであろうことが予測できた。

ジャマイカン達司令部の人員は流石はティターンズ、読みは当たっておりアーガマは劇中でサイド1にある30番地へ行く事になっている。

司令部の考察では人の住まないコロニーはアーガマの軍事拠点になっていてもおかしくないというものであったが、実際にはエゥーゴへ渡ったエマ・シーンに、ティターンズの毒ガス作戦の悲惨さをブレックス准将らが伝えたがったのが理由だった。

 

「今回の作戦で戦果を上げることができれば、それはティターンズに入隊する事を認めるものであると私は考える」

 

ヒュゥっと連邦兵から口笛が上がる。ジャマイカンが兵を鼓舞するため、通常ティターンズに入隊するにはいかに厳しい条件をクリアしなければならないかや、入隊後の特権等を細々と説明してやると兵達は色めきたった。

 

「ってことは月の有給休暇が三日も増えるってことかよ!」

 

「そうだな」

 

嬉しそうに叫ぶ連邦パイロットへジャマイカンは優しい言葉を投げかけてやりながら、心の中でこいつは駄目だと大幅に減点した。

 

「甘いね……そんなんだから中尉の様な甘ちゃんが増えるのさ」

 

ライラがジェリドの椅子をまたもや蹴った。

アマちゃんと言われるも、ジェリドは三陸地方の方言が飛び出すと言う事もなく、ジャマイカンの前なので特に反応は返さないで外面は余裕のある表情をたたえていた。実際内面は大しけ状態だったが。

 

「今回の戦闘隊長はカクリコン・カクーラー中尉、君にやってもらう」

 

「はっ!」

 

ジェリドは自分が戦闘隊長に任命されると思い、ジャマイカンの二重あごの贅肉をきりっとした瞳で見つめていたのだが、その意思が反されて狼狽した。ジェリドが思わず返礼したカクリコンの方を窺うと、カクリコンは入室前に聞いていたのか余裕の表情である。

 

(バカな……)

 

うろたえたジェリドの横でライラが椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり抗議する。

 

「馬鹿な!階級も宇宙での経験も私の方が上です!」

 

「言ったろう。ティターンズは正規の軍人よりも一階級上だと」

 

不承不承座ったライラを見下しながらジャマイカンは話を続ける。

 

「なお、今回の作戦では大幅な機体と配置の転換を行う。機体については各自データを送っておくので見ておくように。部隊についてだが……」

 

ジャマイカンは早口で誰が誰の僚機であるかを告げると、大いにざわつくブリーフィングルームを素早く後にした。それもそのはず、ジャマイカンの言葉の中には連邦軍とティターンズが混合の物もあったからだ。

ジャマイカンが今回一般兵を特殊部隊であるティターンズに一度の戦闘で格上げさせようとしたのにはわけがある。

マークⅡが奪われる事件が発生してから以後、ジャマイカンの指揮する艦隊に置いてではあるが、特殊部隊であるティターンズの戦績と一般の連邦軍の戦績が釣り合わないのだ。

ティターンズ戦力の強化、連邦軍部隊の弱体化を狙うならば連邦軍のエースパイロット達を引き抜けばいいという算段である。さらには今度の戦闘隊長はティターンズ士官であり、ティターンズのお株を取り戻す絶好の機会とするつもりだったのだ。

ブリーフィングを始めるまではライラ隊をそのまま引き抜こうと考えていたジャマイカンだが、隊員の品のなさに少々辟易していた。

特にライラはティターンズに対しての嫌悪感が強く、中々手がかかると思われた。ジェリドと一緒にしたのは間違いだったかもしれないと不安になるジャマイカンであったが、一度言い放った命令を撤回するつもりはなかった。

 

各パイロットが思い思いの方向へ散らばる中、ジェリドは汗を浮かべてじっと座っていた。

 

(これは一体どういうんだ!史実と違う!)

 

ジェリドの中の太郎としての記憶では、カクリコンではなく自分が戦闘隊長だったはずだった。

 

(いや、だがジムⅡに乗せられたり、独房に入れられたりなど史実と違う事も多々あった。それに俺はヒルダの命を救っている)

 

未来との食い違いが出始めている。ジェリドは言い知れぬ不安が襲ってくるのを感じた。ジェリドは太郎としてのアドバンテージはその史実を知っているという事のみだと考えている。

実際は、太郎の人生経験から構築された性格や価値観等と言ったものがジェリド本来の物と混ざり合っており、アドバンテージとはいえないかもしれないが、太郎の存在は決して史実の記憶だけではない。

生命の危険を感じるたび重なる戦闘行為により、ジェリドとしての思考が強くなってきているためジェリドは今このような発想になってしまっているのだ。

 

ジェリドの横顔をつまらなそうに睨みつけるライラだったが、固まったまま動かないジェリドについに痺れを切らして言葉をかけた。

 

「おい、出戻り。何であんたみたいな奴が私の僚機なんだ。聞いているのか!」

 

席を立って上から見下しながら怒鳴るライラにジェリドは気づくと、うるさいとは思ったがそれを口にする事はなかった。まだ先ほどのショックから立ち直れていないジェリドは席を立ち黙って部屋を後にする。

その姿にまだこの場に残っていた連邦兵達は完全にジェリドがライラに伸されたものと思い爆笑の渦に包まれていた。

しかし、ライラの方はジェリドの態度がスカしているようで気に入らなく、ジェリドを追いかけて行く立場となった。

 

ティターンズに残ったのは間違いだったのでは、昇進のチャンスもないようじゃ、あの時エマと一緒に行っておけば、何であんないい女についていかなかったんだ。士官学校時代惚れていたじゃないか!等とジェリドが連邦兵の笑い声をバックに後悔の渦にのまれていた時、ライラが声をかけた。

 

「待ちな」

 

「何の用だ。笑いに来たのか?」

 

ジェリドがリフトグリップを掴んでいた手を離し、ライラへ振り返ったのとライラが殴りかかってきたのは同時だった。

ライラが軍靴で床を踏みしめるゴム質な音、力をより効率よく伝える為息を鋭く吐くシュッっという音、勢いよく呻る拳が空気を裂きながらこちらへ来る音を正確に聞きわけ、目視しながらもジェリドは盛大にぶん殴られた。

耳や目が良いのと反応できるかはまた別の問題だ。宇宙はジェリドにとってまだ動きにくかった。

 

あご下に強烈な一撃をもらい、脳が揺さぶられる事によって強烈なめまいと吐き気がジェリドを襲うも、ジェリドは歪んだ視界の中で距離をあけるため、ボクシングフォームでガードを上げながら、そのまま床を思い切り蹴って後ろに跳んだ。しかし足に力がうまく入らず着地に気を取られ一瞬足元に目をやった。目を戻した時にはもうそこにライラはいなかった。

ライラは無重力下である事を生かした跳躍により天井まで跳びあがっていたのだ。

その時偶然にもジェリドの頭の中に、顎を思い切り蹴られる自分の史実の様子が浮かんだ。

 

ハッとしてジェリドが天井を見たときには、ライラの鍛えられた腕がバネのようにしなり、天井をぐっと押すと、高低差を生かした強烈なとび蹴りをジェリドに放とうとしていた所だった。

咄嗟に上体をスウェーさせ蹴りを回避しようとすると、ジェリドにとって非常に幸運な事態が舞い込んできた。蹴りを回避したものの完全に回避する事はかなわず、ライラの足と足の間、つまるところ股ぐらに顔面がぶつかったのだ。

 

「ふぶふも」

 

ジェリドが何か叫ぼうとするが股間に顔を突っ込んだままでは言葉にならない。

 

「こ、この下衆め!」

ライラが羞恥と怒りで顔を赤く染めながら、何を思ったのかそのまま太ももでジェリドの頸動脈を絞め落としにかかった。ジェリドは鍛え上げられた筋肉の硬さを感じながらも、女性特有のやわらかさと香りの中に包まれ、穏やかな表情で意識を手放した。

その後一部始終を除き見していた連邦兵のおかげでこの噂は尾ひれがつき、出戻りのジェリドから舐め犬のジェリドにランクダウンしたのだった。

 

 

◆士官食堂

 

「よう元気かよ。見たか?」

 

士官食堂の4人掛けテーブルのすみに座り飯を食らっているジェリドに、カクリコンがその大柄な体躯を滑り込ませ相席した。

 

「あぁ」

 

興奮した様子で食器の音を立てながらプレートを乱暴に置いたカクリコンに、ジェリドはちらりと見上げた後、眉をひそめそっけなく応答する。

見たか、とは辞令の事である。あのブリーフィングの後、ジムⅡに左遷された者や逆にハイザックに上がった者等の大規模な辞令は各士官室のコンピューターに送られており、今やパイロットたちの間で話題になっていたのだ。

「随分そっけないじゃないか。戦友の出世が気に食わないってのかよ」

 

ニヤつきながらジェリドをおちょくってくるカクリコン。

 

「はいはい。オメデトウゴザイマス、だ。戦闘隊長殿さんよ」

 

「何だ言えるじゃないか。俺が出世した暁には貴君を取りたててやるから安心したまえ」

 

仰々しい態度でからかってくるカクリコンにジェリドは苦笑する。戦友であり士官学校時代からのライバルである二人はこの程度の戯言は日常茶飯事だ。

カクリコンの本題は別のものであるとすぐにジェリドには察しがついていた。

 

「しかしお前がジムⅡのままとはな」

 

スープをすすりながらこちらをちらちらと窺うカクリコンに、ほら来たっとジェリドは心の中で笑ってしまった。

カクリコンはジェリドの搭乗機体がジムⅡのままなのを心配して様子を見に来たのだ。まったく素直じゃない奴だと思うものの、ジェリドはそういった気遣いの出来る仲間を持てて嬉しく思う。

 

「我慢しなくちゃならない時もあるだろう。それにジムⅡはそんなに卑下する機体でもない」

 

仕方ないと肩をすくめるジェリドに、意外だな、とカクリコンは思わずスープをすするを止めた。

 

「まぁそうだが。昔のお前なら大暴れしてたろうに、現場経験はこうも人を変えるのかねぇ」

 

「言ってろ」

 

ジェリドはジムⅡのままという辞令をコンピューターでチェックした時、実はひとしきり自室で暴れたものの、独房待機が解除されていた事でひとまず溜飲を下げたのだ。ジムⅡに乗せられた当初は絶対に撃墜されるとジェリドは恐怖していたものだが、実際に乗って闘ってみるとハイザックより幾分かのパワーダウンは認められるものの操作性については申し分なかった。

 

ジェリドは、ライラに絞め落とされた首をさすると、肉汁滴るハンバーガーにかぶりついた。

 

「そういえば噂になってたぜ」

 

「舐め犬か?」

 

「いや、あぁ、そんなのもあったな。お前は何かと噂が多くて困るぜ」

 

ニヤニヤとジェリドを見るカクリコンにジェリドは苛立ちながら先を促した。

 

「なんだ、噂ってのは」

 

「ライラ大尉とその舐め犬が、シミュレータールームで綿密な打ち合わせしてたって結構話題になってるぜ」

 

フォーメーションなど戦場に出るうえでの打ち合わせを早急にしようとする事は何もおかしなことではない。ライラはジェリドと組む事に未だ納得は行っていないものの足を引っ張られて地獄に落ちるのは御免だったようで、ジェリドは呼び出されライラとシミュレーターで一通り訓練していたのだった。

 

「別におかしくはないだろ。俺だって足を引っ張りたくはない」

 

「おいおい、随分弱気だな」

 

「ライラ大尉と実際に手合わせしてみるとな」

 

「お、やったのかよ!……結果はお察しって感じだな」

 

身を乗り出して聞いたカクリコンだったが、ジェリドの浮かない顔を見て勝敗を理解し、つまらなそうに聞くのをやめた。重くなった空気を変えるため話題を変える。

 

「増槽はつけるんだろ?」

 

増槽とはプロペラントタンクの事だ。水素吸着合金等を使用した固体燃料が入っており、MSの航続距離や加速時間を延ばすことができる。戦闘時にはパイロットの操作一つで切り離すことも可能だ。

 

「ああ、今度こそ汚名返上しなきゃならないからな」

 

カクリコンとジェリドの話はスープが冷めるまで続いた。

 

 

 

◆アーガマ

アーガマの居住区の部屋から一人の少年が飛び出してきた。

 

「母さんはあいつを庇うのかよ!」

 

「カミーユ、カミーユ!待ちなさい」

 

ヒルダが追いかけてカミーユの手を取って引きとめる。

 

「カミーユ、約束しなさい。もうモビルスーツに乗らないって、危ない事はしないって」

 

「今さら母親面する気かっ!僕が乗らなきゃ母さんだって死んでたんだぞ!!!」

 

「それは違うわ。あの人は」

 

「ティターンズだ!それ以上でもそれ以下でもない!ノーマルスーツをくれたとかくれないとかそんなの問題じゃない!それにあいつらさえいなければ親父だって死んじゃいなかった!」

 

あいつらと言ったカミーユの頭の中ではジェリドが筆頭に挙がっていたが、実際にはカクリコンがカミーユの父に当たるフランクリンを撃破した。しかしこれは今のカミーユにとってはどうでもいい事だ。ティターンズに所属しているものを庇う素振りを見せる母がただただ許せなかったのだ。

 

「だいたい母さんも母さんで、親父が愛人をつくってもなんにも言いやしない。軍の仕事だ、ティターンズだ、なんて馬鹿みたいに張りきって!どうせ親父が戻ろうとした理由だって、若い女と寝たのが忘れられないからに決まってる!それなのに……」

 

一気にまくし立てたカミーユだが、泣いている母を見てふと我に返った。今震えながら肩を抱いているこの母は、こんなに頼りがいの無いものだったか。ここ数日に起きた事象でのストレスのためか、カミーユには母が大分やつれて見えた。

 

「カミーユ……ごめんなさい。こんな母親で、辛かったろうに……ごめんなさいね」

 

「今さら謝るのかよ!」

 

居た堪れなくなってカミーユはその場を後にした。

 

カミーユが足を運んだ休憩室には、クワトロ・バジーナ大尉とレコア・ロンド少尉がソファに座り、コーヒーを飲みながら談笑していた。この部屋は壁面モニターが操作でき、様々なロケーションを演出できる部屋で、リラックスできるようになっている。今は小鳥のさえずり音とほんのりとヒノキの香りが漂い、あたりの壁面モニターは森林を演出しており、ここが無機質な戦艦の中である事を今一時だけ忘れさせてくれる。

 

「どうした?顔色が悪い」

 

カミーユが仲良く話す男女に気まずく思い場を後にしようとするも、カミーユに気付いたクワトロに一瞬早く声をかけられてしまった。

 

「……親父が殺されたばかりなのに、顔色が良かったら凄いですよ」

 

親密な様子の二人に思わず苛立ち、自分でも思ってもいないほど棘のある言い方が口をついて出た。

 

「……良かったら座るといい。この部屋は気分が落ち着く」

 

クワトロに言われ、レコアがそっとクワトロの隣に席を詰めたため、カミーユはレコアの隣に座り、先ほどまで座っていたレコアの体温を感じた。

レコアはクワトロの不器用ななりの気遣いを可愛く思い微笑をたたえていた。そんなレコアの微笑みには気づくが、意図を掴めず眉をひそめているあたり、このクワトロ・バジーナという男は彼女の評価に相違なく不器用な男であると言えた。

 

「よろしいかしら?」

 

その時、このセンチメンタルな少年が醸す空気を壊したのは監視の当番兵と一緒に入室してきたエマ・シーン中尉だった。彼女はまだ、ティターンズのスパイという疑いを晴らせておらず、保護観察の身だ。

 

「どうぞ。……今はいい、中尉が移動するときに呼ぶ」

 

クワトロは席を立ち、手のしぐさでエマをソファに導くと、直立不動の当番兵を部屋から下げさせた。

 

「服のサイズ、合うのがあったようね」

 

「サイズ、たくさんあるんですね」

 

レコアに言われ、グリーンのノースリーブの裾をいじるエマをクワトロはサングラスの奥から見つめていた。

 

(似合うな……)

 

「大尉は、まだ私をスパイだとお思いなんでしょう?」

 

ソファに座るとき、前かがみになったエマの胸元を思わず注視していたクワトロは、コーヒーを口に運び動揺を気取られないようにしながら答えた。エマに気づいた様子はないがレコアはちゃっかりとその様子を見ていた。

 

「……貴方の御両親が地球にいらっしゃるなら、ティターンズに人質を取られているようなものだ。カミーユ君がそれを体感した」

 

「えぇ。でもバスクオム大佐のやり方を知ってしまった今、私はもうティターンズには戻れません。両親は志の高い人です。私がエゥーゴで働く事を許してくれると思います」

 

真っ直ぐな瞳で見つめられ、思わずクワトロは目をそらした。

 

「いいですね。素敵だ。エマ中尉の御両親のように真実親をやってらっしゃる方は」

 

この少年は先ほどの戦闘で父を亡くしている。それもエマの所属していたティターンズとの戦闘でだ。カミーユの強烈な言葉にエマはかける言葉が見当たらなかった。

 

「お母様とはもう話したの?」

 

レコアの問いかけにカミーユは先ほどの母の表情を思い出して胸が苦しくなった。

 

「あんなの母親じゃありませんよ!」

 

「カミーユ!」

 

レコアが思わずカミーユを嗜めたが、カミーユにとってそれは火に油を注ぐ事と同義だった。溜まっていた鬱憤がここにきて爆発した。

 

「いけませんか!こんなこと言って!でもね、僕は母に、いえ両親に親をやってほしかったんですよ!母は父が若い女と寝てるのを知っても、仕事にかまけて何一つ言いやしなかった!軍の仕事ってそんなに大切なんですか!エゥーゴだ、ティターンズだって、そんなことじゃないんです!子供が無視されちゃ堪んないんですよ!」

 

戦争に巻き込まれた一人の少年の叫びが凝縮されていた。戦争を起こしている側の大人しかここにいない以上、誰にも口をはさむ事は出来なかった。

レコアがそっとカミーユの肩を抱いた。

カミーユの嗚咽とクワトロのコーヒーをすする音、小鳥の陽気なさえずりが室内に響き渡り、混沌としたこの空気を壊したのは、やはりエマだった。

やり場のない感情に身体を震わせるカミーユを見ていたエマだったが、ふと脳裏にある人物が思い描かれた。

 

「シャア・アズナブルと言う人がいましたよね」

 

自分を見ながら存外な事を聞いてくるエマに、思わずクワトロはコーヒーを噴きだしそうになるも、寸での所でこらえる事に成功する。伊達にザビ家の坊やを葬ったわけではない。

 

「あぁ」

 

なぜこの状況でシャアの話を持ち出すのか、エマの考えている事がクワトロには分からないでもない。しかしそのチョイスはないだろうと言いたかった。

 

「サイド3を地球連邦から独立させようとしたジオンの子供で、確か……本名はキャスバルダイクンって言いましたっけ。ジオンダイクンがザビ家に暗殺され、ジオン公国はザビ家主導のもと地球連邦に独立戦争を仕掛けたんですよね」

 

「その時なんだろ?キャスバルが父の敵を討とうとしたのは」

 

一向にこちらから目を離さないエマにクワトロは仕方なく話に入った。エマは話をシャアの逸話に持っていく事でこの空気を転換させようとしているのだ。クワトロの言葉にエマは頷き、カミーユに話を振った。

 

「カミーユ君は知っていて?」

 

レコアに肩を抱かれていたカミーユは温かいレコアの体温を感じ、心が和らいでいくのを感じていた。涙をぬぐい話に参加する。

 

 

「知ってますよ。有名なんだから。でもあの人、一人で組織に対抗した馬鹿なんです。自己破滅型なんですよ。あの人って」

 

「ほう。そうなのか?シャアって」

 

すっとぼけて見せるが、内心あまり気持ちのいいものではない。しかしカミーユの言っている事はある種、正確な評論でもあるとクワトロは感じていた。

そして自分と同じ道をたどらない、新しい時代を担っていく若者の考え方という物に触れられる機会を持てて嬉しく思う所もあった。

 

「地球に流れていた妹さんの事を大切に思っていた人ですよ。――そう言うロマンスを持っている人って」

 

素敵じゃないですか、とレコアに振ろうとしたエマだったがレコアがバッサリと切り捨てた。

 

「ずっと馬鹿だったってことよ。ね、カミーユ」

 

「えっ、そうですよ」

 

急に振られて思わず驚いたカミーユだったが、レコアの言う事に取りあえず同意しておいた。彼女はカミーユにとって心地よい存在だ。クワトロとの間柄が気になるが。

 

「めでたいんだろうな……どうですエマ中尉?食事、ご一緒しませんか」

 

味方はエマだけだと確信を抱いたクワトロは、シャアという人物をこき下ろす事でこの場が回っている事は感じたものの、居心地の悪さに早々に退散する事にした。

 

「え?あ、はい。レコア・ロンド少尉は?」

 

思わず二人きりで食事する事に戸惑いを覚えたエマは、レコアの名前をフルネームで呼んで彼女を引きずり込んだ。まだ呼び捨てにする仲ではない。

 

「付き合うわ。カミーユ君は?」

 

「……僕も、行きます。大尉、父のせいでリックディアスを……」

 

カミーユが意を決し、ずっとしこりになっていた事を謝ろうとした。ここにいる人達はティターンズの大人達とは違い、カミーユにとって信頼できる人であると思えたからだ。

 

「子供がそんな事を心配するもんじゃないわ」

 

「少尉の言う通りだ。君が気に病む必要はない」

 

カミーユに重く考えるなとクワトロは手を肩に置いてやった。

 

「ありがとうございます」

 

カミーユは食事の際にこれからの母への接し方を聞こうと思い付いて行く事にしたのだが、そこで母の事を思い出し、口論の基となったジェリドの事をふと聞いてみようと思った。

 

「ジェリド・メサという男を知っていますか?」

 

「知らん名だな」

 

クワトロが首をかしげるものの、エマは元同僚の名を呼ばれ反応した。

 

「ジェリドのやった事……何であんな事をしたのか分からないけど、私からも謝るわ」

 

思わず、ジェリドが傷心のカミーユに挑発したことを思い出し、エマは申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「いえ、あれは良いんです。許すつもりはないですけど。でも、あの人がノーマルスーツを母にくれたから、母は生き伸びられたと言っているんです」

 

「ノーマルスーツ?」

 

「母がカプセルに入れられたでしょう?本当は生身のまま入れられるはずだったんです。でも、ジェリド中尉がノーマルスーツを持って来てくれたって母が言うんですよ」

 

エマにとっては寝耳に水だ、やたらとヒルダの安否を気遣っていたのはそう言う事かと合点がいき、エマはジェリドへの評価を大幅に上げ、思わず笑顔になる。良い意味で期待を裏切ったとでも言うのだろうか、ジェリドがそんな事をするタイプには到底思わなかったからだ。

 

「そういうこと……。彼は、ティターンズらしい面もあるし、でもそうじゃなくもあって、何ていうか不思議な人よ」

 

「どういう意味です、それ?」

 

カミーユの追及にエマはわかんないと可愛らしくはぐらかしてしまう。

(この人、こんな表情するんだな)

エマの素面に思わずカミーユはぐっと魅せられた。エゥーゴに渡ったばかりのエマは、環境の変化や面識のない人物とやり取りせねばならず、常に緊張状態にあった。このような顔が出来る事をカミーユは初めて知り、ギャップにくらくらしてしまう。

食堂へ向かう通路を歩く二人の様子を見て、エマのジェリドへの評価にレコアは言葉以上の物を汲みとった。

 

「あら大尉、残念でしたね」

 

「どういう意味だ?」

 

「気づいてましたよ。私」

 

「私だって独り身だ。――違うぞ。冗談だレコア」

 

気づいてました、とはエマの胸を思わず注視したクワトロの視線の事であったり、サングラスの奥からエマを見つめていた事に対するものだ。

そんなレコアの嫉妬を受けて少々からかったクワトロだったが、レコアの視線に棘が含まれ始めたの感じ慌てて訂正した。レコアの自分への好意を心地よく思っている自分がいるとクワトロは認めていたのだった。

 


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