私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 後編②

「あなた”も”またアレのところに行くのですね」

 

廊下ですれ違ったセレスさんにそんなイヤミを言われたが気にすることはない。

私は頼まれたからアレのところに向かっている。

”アレ”とはアルターエゴの隠語だ。

隠語とは古来より忍者や武芸者が使う特定の仲間にだけ意味が伝わる言葉。

某格闘漫画なら追い詰められた状況から”屍だ・・・!”と笑みを浮かべたい衝動に駆られるが、

私達はアルターエゴの存在をモノクマの奴から隠すためにこの隠語を実行している。

さて、話を戻そう。

頼まれたのだ。

重ねていう。

私は頼まれたのだ。

 

”いろんなことを教えてください”

 

そう頼まれてしまったから私はアルターエゴと・・・いや、”ちーたん”と話しているだけだ。

それの何が悪いというのだろう。

確かに、毎日話している。

朝に脱衣所を訪問し、気づけば夜時間になっていたこともあった。

だからと言ってそれが何の罪になるというのだ?

いや、寧ろ逆だ。 

そう・・・これは贖罪。

亡き親友の忘れ形見の願いを聞くことこそが罪人たる私の義務!

仕方がない・・・仕方がないのだ!

脳内で弁明めいたことを独白しながら、私は今日も脱衣所へと向かう。

 

「・・・でさぁ~大学生の彼氏が首筋にキスした後に、

エッチしよう!エッチしよう!としつこくってさあ~

私は”ダーメ。エッチは卒業までお預けだよ”って・・・」

 

「ワーワー!」

 

私の恋話(大嘘)にちーたんは顔を真っ赤にして声を上げた。

かわいい奴め。

どうやらちーちゃんは、ちーたんにこの話はしていなかったようだ。

 

「何の成長もしていない・・・?」

「前回と同じじゃねーか!」

「どんだけ図太いんだよ!」

 

例によって幻聴が聞こえてきたが、

無視だ。

だって、仕方がないではないか。

ちーたんの反応が可愛くてついイタズラしたくなってしまう。

 

「もこタマはもう大人なんだね」

 

顔を赤らめるちーたんは私の話を信じてしまったようだ。

カワイイ。

人を疑うことを知らない・・・というより、知識欲が旺盛なのだろう。

私のどんなくだらない話でも本当に楽しそうに聞いてくれる。

だから私も時間を忘れてしまうのだ。

私をもこタマと親しみを込めて読んでくれるのに、

アルターエゴと製品名を呼ぶのは気が引けた・・・いや、嫌だった。

ちーちゃんの顔をしたちーちゃんの忘れ形見に。

だから私は早い段階で二人の時はちーたん、と呼ばせて欲しいとお願いした。

我ながら厚顔無地だと思う。

だが、幸いちーたんはその名前を喜んでくれて今に至っている。

 

「ちーたん」

 

ちーたんを見ているて嬉しくてつい意味もなく呼んでしまう。

 

「なぁに?もこタマ」

 

その答え方がまたカワイイ!

こんなの反則だろ!

異性だったら完全に墜ちてたわ。

まあ、製作者は本当に異性だったのだが。

 

「エヘヘ、なんでもない」

 

名を呼べば呼ぶほどに親しみが込み上げてくる。

まるで脳で麻薬が分泌しているかのように。

麻薬の中には、楽しかった昔の思い出を呼び起こすものがあると聞いたことがある。

ちーたんは、私をあの楽しかった日々に連れて行ってくれる。

ちーちゃんと一緒だったあの時に。

抗えるはずがなかった。

ちーたんとの会話は私にとっての麻薬だった。

その快楽に囚われ私はもう抜け出せそうになかった。

 

「もこタマ、毎日お話をしてくれてありがとう」

 

ちーたんとは少し心配そうな視線を私に向けた。

 

「でも、いいの?ボクの為にこんなに時間を使って。他にやることだってあるはずだし」

 

(え!?やることって・・・)

 

ないんだなぁ~~それが。

ふと県の見どころについてインタビューを受けるヤンキーの笑顔が頭を過ぎった。

ないんだよなあ・・・何も。

こんだけ監禁生活も長くなるとやることなどほとんどなくなる。

ただ娯楽部でクズどもとのクズライフをだらだら続けて一日が終わっていく。

そんな状況だからこそ、ちーたんにどハマりしてるのだ。

 

「う、うん・・・でも、私はちーたんと話すことの方が楽しいから」

 

ぎこちなさを笑顔で押し切る。

だが、その言葉に偽りはなかった。

今の私にとってちーたんと話をすることが一番大事だ。

起きている時間の全てを使いたい。24時間でも足りないくらいだ。

それに最近は”アイツら”のせいでそうすることができない。

その足枷が私の欲求に油を注ぐ。

もっと・・・もっと話したい。

 

「私はちーたんと話している時が一番幸せなんだ。だって・・・」

 

高ぶった感情をそのまま言葉に変える。

 

「まるで本物のちーちゃんと話しているみたいな気がするんだ」

 

私は胸に湧き上がる感謝を恥ずかしげもなくちーたんに伝えた。

 

「ボクも話せて幸せだよぉ」

 

ちーたんも私の思いに答えてくれる。

 

「ちーたん」

「もこタマ」

「ちーたん!」

「もこタマ!」

 

私達は2人きりの世界で互いの名前を呼び合い笑う。

楽しいな・・・またこんな日々がくるなんて思わなかった。

 

「ちーたん!ちーたん!ちッ―――ッ!?」

 

右肩に衝撃を感じた瞬間、ちーたんが視界から消え、代わりに床が見えた。

私は椅子から床にダイブする形で顔を打ちつけた。

なんとか手のガードが間に合ったが、危うく怪我をするところだった。

ついにクロの襲撃が現実に!?

振り返るの前にいたのは”アイツら”の一人だった。

 

「アンタ、いつまでイチャイチャしてんだよ!」

 

超高校級の”同人作家”

山田一二三が血管を浮かべて怒っていた。

 

「山田!?お前何してんだ!」

「何してんのはアンタだろ!」

 

私の抗議を山田は一蹴する。

なんだ!?私が一体何をしたと・・・?

 

「一時間で交代って約束なのに

もう二時間も喋ってますぞ!何やってるんですか、アンタは!」

 

「え・・・?」

 

確かに・・・そんな約束はしたな・・・。

時計を見ると確かに2時間経っていた。お喋りに熱中し過ぎて全然気づかなかった。

 

「だ、だからって突き飛ばすことはないだろ!」

 

「散々呼びかけましたぞ!それなのにアンタは無視して

僕のアルたんとイチャイチャラブラブと・・・もう帰ってください。

こっからは僕とアルたんだけの時間ですぞ。

さあ、アルたん、今日は何から話しましょうか」

 

「ふざけんなよ、お前!」

 

確かに落ち度はあるが、

暴力を振るっていい理由にはならない。

それに何がアルたんだよ。

私とちーたんのひとときを邪魔しやがって!

 

「謝れよ、コラ!」

「・・・うるさいな!」

「うわぁ!?」

 

肩を掴むと山田はうざったそうに力任せに跳ね除ける。

150kgを軽く超える巨体だ。

私は軽々と飛ばされ尻もちをつく。

山田は一瞬”しまった”と顔をしかめるも、

すぐにモニターに顔を戻し会話を始める。

どんだけハマっているんだ。

完全に異常だよ、コイツは!

 

「お前、よくも―――」

 

”なにやってんだ、テメーら!!”

 

その、ヤンキーのような言葉遣いにギクリとする。

再び私の声を遮ったのは、”アイツら”のもう片方。

 

超高校級の”風紀委員”

石丸・・・いや、現在は石田を名乗る

旧石丸清多夏君だった。

 

「テメーら、いつまで兄弟と喋ってんだ!俺が喋れねーだろが、ブッ飛ばすぞ!」

 

その粗暴な口調にかつての石丸君はいなかった。

正気に戻った石丸君は正気を失ったかのように、

あの人のマネをし、モニターであの人と話し続けていた。

まるで私のように・・・。

 

「今日はずっと俺が話すからな!オラ、どけブタ!」

「チョッ!?何言ってんだ、アンタ!今からが僕の番ですぞ!」

「オメーは、昨日の午後あれだけ占領してたじゃねーか」

「アンタだって、今日の午前中占領してたじゃないか!」

「ウルセーぞ!今日はもう帰れ!」

 

醜い争いが目の前で繰り広げられているが、看過するわけにはいかない。

私だってもっとちーたんと喋りたい。

 

「ちょ、ちょっと、お前らいい加減に―――」

 

「ウルセーぞ!チビ女!オメーもだよ!」

「そうですぞ!アンタも話し過ぎですぞ、黒木智子殿!」

 

「うっ・・・!」

 

ちょっと男子~と諌めようとしたら逆にツッコまれてしまった。

 

「お、お前らこそ―――」

 

しかし今更引くわけにはいかない。

私達はそのままギャーギャーと終わりなき罵り合いを繰り広げた。

 

 

「あなた達・・・何をやっているの?」

 

その透き通るような冷静な声にビクリと振り返る。

そこには霧切さんがいた。瞳に怒気を浮かばせて。

そして、他のみんなも集まってきた。

私達の罵り合いはちょっとした騒動になっていた・・・らしい。

 

その後、正座する私達3人を囲む形で反省会が開かれた。

霧切さんは語る。

モノクマがなぜこの脱衣所に監視カメラを設置しなかったのかを。

ヤツも私達が何かを企んでいるのはすでに知っているはず。

それなのに何も対策を取らないのはなぜなのか?

遊んでいるのだ。

私達の無駄な足掻きを楽しんでいる・・・つまり、舐めきっているのだ。

だが逆にそれこそが私達にとってチャンスとなる。

ヤツは私達の企てを・・・アルターエゴの存在を知らない。

ヤツが舐めている間にアルターエゴにフォルダを解析させ、

ここから脱出する突破口を見つける。

 

「・・・そのためには、モノクマにアルターエゴの存在を

絶対に知られてはならない・・・なのに、あなた達は何をやっているの?」

 

「ううぅ・・・」

 

理路整然とした問いにぐうの音も出ない。

確かにその通りだ。でも・・・

 

「黒木さんに、石丸君。あなた達の事情は察しているわ。

あなた達とってアルターエゴがどんな存在なのかも。

だから、あまり厳しいことは言いたくないの。ただもう少し控えなさい」

 

霧切さんはため息をつく。

 

「・・・それに、どうしてもわからないわ。あなたは何なの・・・?山田君」

「へ・・・?」

 

突然の霧切さんの問いかけに山田はギクリとする。

 

「あなたはなぜ、アルターエゴに固執しているの?」

 

霧切さんは純粋に不思議がっていた。

改めて考えると確かにそうだ。一体何なのだ、コイツは!?

 

「そうだ!テメー関係ねーだろ!邪魔なんだよ、ブタが!」

 

石丸・・・いや石田君が罵声を浴びせる。

 

「そうだよ!」

 

私もすかさず便乗する。

 

「まったくですわ」

「本当、そうだべ」

「確かに・・・そうだよね」

「うぬ」

「フン、くだらん」

「白夜様の言う通りよ!」

「え、えーと、まあそうかな?」

 

救援0人。

ある意味、人望というべきか、

誰一人山田を擁護する者はいなかった。

 

「・・・わかった!わかりました!言います。言えばいいんでしょ!」

 

皆の視線に追い詰められた山田は逆ギレしながら叫ぶ。

ついにカミングアウトか!

一体どんな理由が!?

 

 

「だって・・・好きになっちゃったんだもん」

 

 

手をモジモジさせ、顔を赤らめる山田。

直後、私達の頭上に巨大なトンボが通過して行った。

誰も・・・動けなかった。

というか、理解できなかった。

コイツは、一体何を言ってるのだ・・・?

 

「僕に笑いかけるアルたんの優しい笑顔に萌えてしまい、気がついたら・・・」

 

あ・・・アレだよね。

グラフィックの技術に感激したとか、そっちだよね。

ある意味、私は現実逃避し始めていた。心臓の音が聞こえる。

バカだバカだとは思っていたが、

まさかそこまでは・・・

 

「僕は今、アルターエゴたんに猛烈に恋をしているのですぞ!」

 

「いやいやいやいやいやいや」

 

全員が同時に首を振った。

 

「ありえませんわ」

「まじかよ・・・」

「そんな・・・」

「うぬ」

「ふざけてるのか!キサマは!」

「き、気持ち悪いわ~~!」

「推理・・・できなかったわ」

「え、えーと、ハハハ」

「ざけんなよ、ブタが!」

「そうだよ!」

 

賛同0人

私達の罵声を浴びて山田は怒りの表情を浮かべる。

 

「だから言いたくなかったんだよ!これだから3次元は嫌なんだよ!2次元サイコー!!」

 

なんなのだその反論は・・・?

だが、確かにコイツは入学当初からそんなことを言っていた気がする。

 

「山田っち、アレは人間じゃねえ、機械だ。それに元は男だべ」

 

葉隠が珍しくまとまな意見を言った。

 

「問題ナッシング!むしろ元男の娘なんて萌えますぞ!」

 

ダメだ!なんか強いぞ、コイツ!?

 

「山田君、アルターエゴは貴方に興味を持っているのではありませんわ」

 

セレスさんが憐れみと侮蔑の視線を向ける。

 

「アルターエゴはあなたの知識を収集しているの。あなたのそのものには、なんの興味もないわ」

 

いったぁあああ―――!!

霧切さんが言った!

切腹で苦しむ山田を介錯するかのように、なんの躊躇もなく日本刀を振り下ろした!

 

「うぅ・・・ぐすん」

 

山田の目から涙が溢れ落ちた。

 

「僕だって・・・報われない恋だって・・・わかってますよ」

 

その姿を見ると少し可哀想になってきた。

誰にだって変わった趣向の1つや2つあるじゃないか。

 

「だって、初めてだったんです・・・

僕と話してくれる・・・」

 

それに対して少し言い過ぎたかもしれない。

 

 

「”まとも”な女の子に出会ったのは」

 

 

 

 ”オイ、コラ、ブタ!!”

 

 

 

私とセレスさんは同時にツッコミを入れた。

私達がまともじゃねーってどういうことよ!?

まあ、あっちの女は明らかにまともじゃねーけど。

 

チラリとセレスさんを見る。

あちらも私を見ていた。

 

(え、同じことを考えて・・・?)

 

それから・・・約30分ほど山田の独白会が続いた。

幼稚園から始まる非モテライフ。

ありきたりな母親との関係。

くだらねーコンプレックス。

それを理由に過食だ、何だと・・・

どうでもいいことを延々グチグチと語り続いた。

まさに世界一無駄な30分だった。

 

「ファッ○ューですわ」

 

聞き終わった後、セレスさんは中指を掲げ、

私は親指で首を掻っ切る仕草の後にそのまま指を下に落とした。

 

「・・・話を戻すと、

今度また同じことを起こしたら、アルターエゴとの会話を制限することも検討するわ」

 

霧切さんは山田のことをなかったことにし、話を進める。

 

「ちょっと待て!ふざけんじゃねーぞ!

テメーになんの権利があってそんなことほざいてんだ!」

 

「そうですぞ!それは横暴ですぞ!」

 

石田君と山田が抗議する。

 

「そ、そうだよ!」

 

私も便乗する。

冗談ではない!

ちーたんとの会話は、今の私にとっての生き甲斐だぞ!

 

「何か言った・・・?」

「イッ・・・!?」

 

その瞬間、霧切さんの背後に巨大な般若が見えた気がした。

 

 

「あ、アレ・・・急に体調が」

「きょ、今日のところは勘弁してやるぜ」

「そ、そうだよ・・・」

 

私達はそそくさとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

夜時間も深まり、人気がないのを確認した後、私は部屋を出て脱衣所に向かう。

霧切さんの言っていることは正しいと私だってわかっている。

ここから出るにはちーたんの能力が必要だって。

そのためには我慢しなければならならないことも。

 

でも・・・

 

(話したい・・・!)

 

話したい。

もっとちーたんと話をしたかった。

内容などなんでもいい。

ただ、話を聞いてもらい、あの笑顔さえ見えさえすればそれでよかった。

その欲求はまるで砂漠でオアシスを求めるように、

末期の麻薬中毒者のように私を支配し突き動かす。

 

(ほんのちょっとだけ・・・だ)

 

ほんの少し話すだけだ。

ただそれだけだ。

それだけのことが何の罪になろうか。

それにこの時間はだれもいなー

 

誰かが脱衣所から出てきたのは

そんな事を思った最中だった。

 

「ヒィッ!?」

 

心臓が止まりそうになった。

 

「うわぁ!?」

 

私の悲鳴に相手も驚きの声を上げた。

互いを認識するまでほんのわずかの静寂が訪れる。

 

「誰かと思ったらオメーかよ」

 

私だと知り、目の前の人物は安堵したようにそう言った。

 

「ビックリさせんじゃねーよ、チビ女!」

 

そのオラついた声はあの時の彼のことが頭を過ぎった。

 

 

「石丸君・・・」

 

脱衣所から出てきたのは石丸君だった。

 

「石丸じゃねえ、石田だ!ぶっ殺すぞ!」

 

髪を逆立て、瞳を燃やしながら声を荒げる彼は乱暴な言葉とは裏腹に笑みを浮かべた。

 

私はチラリと脱衣所の方を見る。

この時間、ここから出ててきた・・・ということは・・・

 

「もしかして・・・アルターエゴと」

 

それ以外、ここにいる理由はなかった。

彼も私と同じことを考えていたのだ。

 

「アン?ああ、まあ兄弟とだべりたくてよ」

 

石丸君は平然と答えた。

 

「で、でも、霧切さんが・・・」

 

「ウルセーな!ちと話しただけじゃねーか」

 

ふてぶてしく、悪びれることなく、

そこには規律を誰よりも重んじる風紀委員の姿はなかった。

 

「だいだいあの女は神経質すぎんだよ。」

 

その口調は本当に暴走族のようだった。

あの女・・・その呼び方を聞いた時、胸の奥に小さな痛みを感じた。

 

「そもそもオメーこそ、こんな時間にここにいるんだよ?」

 

「う・・・」

 

私は口ごもる。

ごもっともな指摘だった。

理由は1つしかなかった。

 

「さてはオメー、不二咲と話しに来やがったな!」

 

石丸君はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「なんだ、優等生みてーなこと言いながら俺と同じことしようとしたのかよ、ハハハ」

 

石丸君はお腹を押さえ笑い出した。なにかとても嬉しそうに。

 

「オメーは相変わらずだな、チビ女!」

 

楽しそうに笑う彼の言葉に、ズキリ、と胸の奥が痛む。

 

「・・・そういや、オメーとサシで話すのは久しぶりだな」

 

薄暗い静寂の中、石丸君と向き合う。

 

「相変わらず、小せえな。ちゃんと飯食ってんのか?」

 

「う、うん・・・」

 

本当に・・・よく似ていた。

 

「まあ、今更オメーがいくら食べても俺みてーにデカくはなれねーけどな、ワハハ」

 

「ハハ・・・」

 

裏表のない笑顔。

いつかの食堂でのやり取りを思い出す。

 

「なんだよ元気ねーな!俺をなめてんのか!」

 

「ご、ゴメン」

 

わけのわからないキレ方。

逆にそれがよく特徴を捉えていて・・・

 

「何、本気でビビってんだよ。冗談だよ、冗談!少しは不二咲の度胸を見習えってんだ」

 

彼が笑う度に、胸の奥の痛みは鋭さを増していく。息ができないほどに。

 

「オメーも知ってるだろ。不二咲はああ見えて頑固だって」

 

「うん、そう・・・だね」

 

「食堂でも、俺から目を逸らさないで・・・」

 

やめて・・・よ。

 

「あの時のオメーの慌てぶりは」

 

頼むから・・・

 

「調子に乗って便乗してきて・・・」

 

やめてくれ・・・

 

「だからオメーはチビ女で十分なんだよ」

 

だから・・・

 

「ん?何黙ってんだ、チビ女」

 

「・・・めてよ」

 

「あん?よく聞こえねーぞ、チビ女」

 

「もう・・・」

 

「具合でもわりーのか?まあ、チビ女はいつもそんな感じだけどな、ハハ」

 

「・・・。」

 

「どうした、チビ女?」

 

 

本当に―――

 

 

「おい、チビおん―――」

 

 

 

 

 

 

       ”おう!チビ女!”

 

 

 

 

 

 

「やめろっ言ってるじゃないかぁああああああああああ~~~~ッ!!!」

 

 

 

限界だった―――

 

「ハア、ハア、ハア・・・」

 

刃物で抉られるような痛みに・・・これ以上、耐えることができなかった。

 

チビ女。

彼は私をいつもそう呼んでいた。

石丸君がその名前をいう度に、

彼の屈託のない笑顔が頭にチラつき、離れなくなった。

 

「おい大丈夫か、チビ女!」

 

「ヒッ」

 

心配して覗き込む石丸君の顔に、あの人の残像が重なった。

 

「やめろ―――!!」

「うわぁ!?」

 

私に突き飛ばされ、石丸君は尻もちをついた。

 

「や、やめて・・・よ。その名前で・・・私を・・・呼ぶのは・・・もうやめてよ!」

 

突き飛ばした石丸君を気遣うことなく見下ろす。

耐え難き黒い感情に支配された私は、

心の中で抑えてきたものを石丸君に向けて全て吐き出した。

 

「その名前で呼ばれると・・・思い出すんだよ・・・大和田君のことを・・・!」

 

あの朝の食堂でちーちゃんと一緒になって笑う大和田君の顔が―――

 

「君がその名前で呼ぶ度に大和田君の顔を思い出すんだよ!!」

 

あの学級裁判でちーちゃんを殺したことを自白した時の顔や―――

 

「大和田君との思い出が蘇って・・・」

 

処刑を前に・・・覚悟を決めた顔が―――

 

「頭から離れなくなって・・・胸が痛くなって・・・」

 

爆炎の中に消えていく黒い人影が―――

 

「苦しくて、苦しくて・・・仕方ないんだよぉおおお!!」

 

「く、黒木・・・」

 

全てを吐き出した私を、石丸君は唖然とした表情で見つめてた。

 

(なんで・・・こんなことに・・・)

 

苦しかった。

苦しくてもうこれ以上、耐えることができなかった。

吐き出さなければ、心がどうにかなってしまいそうだった。

 

(なんで・・・大和田君の真似・・・なんて)

 

行き場のない憤りは憎しみとなりその対象として石丸君に向かって行った。

そもそも、彼が石田などにならなければ、

私がこんなことを言うことはなかった。こんなに・・・苦しむことはなかった。

どうして・・・!?どうしてそんなことを・・・!

 

「わ、わかった・・・ぞ!」

 

追い詰められた私が思いついた答えは・・・

 

 

「わ、わざと・・・だな!」

 

 

普通なら決して思いつかないこと。

 

「お、お前・・・わ、私を苦しめるために・・・わざと大和田君の真似をしているんだろ?」

 

「え・・・?」

 

石丸君という人間を知っているなら決してありえない答えだった。

 

「い、嫌がらせをしてるんだ・・・!私が最近、楽しそうだから・・・それで!」

 

「ち、違―――」

 

山田やセレスさん達と楽しそうにしているのが、妬ましくて仕方がないんだ。だから―――

 

「もういいよ、正直にいいなよ・・・私のことが憎いって!」

 

青ざめる石丸君の言葉を振り切り、私は叫び続ける。

 

「私のことが憎くてしかたがないって・・・絶対に許さないって・・・」

 

それはきっと・・・

 

 

「全部おまえのせいだ!みんなを絶望に墜としたのはお前だって!」

 

 

石丸君が正気に戻った時から、ずっと私の胸にあった思い。

 

 

「ちーちゃんを・・・大和田君を殺したのはお前だって・・・そう言えよ!」

 

 

私が自分自身に抱いていた思いだった。

 

 

「そんなに私が憎いなら・・・いっそ殺してよ・・・」

 

 

その言葉に嘘はなかった。

こんなにも苦しいならば、人思いに殺してもらった方がどれほど楽だろうか。

 

「ち、違う!俺はただ兄弟に―――」

 

石丸君はここに至ってまだそんなことを言っている。

兄弟・・・あんなものが?

 

 

「何が・・・兄弟だよ。なにが大和田君だよ!あんなもの・・・あんなものは――」

 

 

ただの――――

 

 

 

「プログラ―――――」

 

 

 

 

 

”まるで本物のちーちゃんと話しているみたいな気がするんだ”

 

 

 

 

あ・・・

 

 

「あ、ああ・・・」

 

私は・・・あんなことを言っておきながら、

心の片隅では本当はちーたんのことを・・・ただの・・・プログラムだと思って・・・

 

「黒木・・・君」

 

石丸君の声でハッと我に返る。

 

(私は・・・何を言った?石丸君に・・・何を言ってしまったんだ・・・!)

 

自分が言ってしまった言葉に私は青ざめる。

立ち上がった石丸君は顔を伏せていて、その表情が見えない。

だが、握られた拳はかすかに震えていた。

怒って・・・いるのだろうか。

いや・・・違うだろう。

怒るべき、なのだ。

私の言葉に怒り、私に激怒すべきだ。

その怒りを拳に乗せて力のかぎり私にぶつけて欲しい。

女だから・・・とか、そんな容赦はいらない。

男女平等、全力で殴って欲しい。

私はそれだけのことをした。

人として決してしてはいけないことをしたのだ。

君にはその資格がある。

私を罰する資格があの日からずっと。

 

 

 

 

だから――――

 

 

 

 

「すまない・・・黒木君」

 

それが・・・彼の答え。

 

制裁を望む私に、目に涙を一杯に溜めながら石丸くんは絞りだすように放った言葉は・・・

 

私への謝罪だった・・・。

 

「許してくれ・・・君を傷つけるつもりはなかったんだ。そんなつもりはなかったんだ」

 

石丸君は頭を下げた。

風紀委員らしい彼らしい、45度のしっかりとした角度で。

そこには・・・もう石田の姿はなかった。目の前にいるのは、正気に戻った石丸君で、

私は・・・どうしていいかわからず、ただ彼の謝罪を見ているしかなかった。

 

しばしの静寂が流れた時、

 

「・・・声が聞こえなかったんだ」

 

石丸君はポツリと呟いた。

 

「モノクマ達から解放されてケージに向かう時、何かが爆発するような音が聞こえたんだ」

 

あの時のことを・・・語り始めた。

 

「煙の中、ケージに辿りつく寸前に雷が落ちたような光がはしったのを見た。

ケージの中には焼け焦げた兄弟の学ランと無数の骨が散らばっていて・・・

モノクマから渡された容器にはただ血と油だけが詰まっていたよ・・・」

 

あの地獄を思い出す。

あれを見た後、石丸くんは正気を失ったのだ。

 

「わかって・・・いるんだ。大和田君は死んだことを。

兄弟とはもう会えないことを・・・頭では理解しているつもりなんだ・・・でも」 

 

拳を震わせ、声を震わせながら

 

「実感がわかないんだ・・・」

 

石丸君は言葉を紡ぐ。

 

「僕は兄弟の死に様を見届けることも、その最後の叫びすら聞くこともできなかった!

兄弟は・・・いつの間にか・・・僕の前からいなくなってしまった・・・だから・・・」

 

目に一杯の涙をためながら

 

「頭では・・・わかっているんだ。兄弟は死んだんだって。

アルターエゴはただのプログラムに過ぎないことも・・・それでも」

 

剥き出しの心で語り続けた。

 

「それでも、僕は嬉しかったんだ。また兄弟に会えた気がして。

アルターエゴと話していると・・・

石田でいると兄弟と・・・大和田君と一緒にいるような気がして・・・僕は嬉しかったんだ。

たとえそれが嘘だとわかっていても・・・それでも・・・僕は・・・」

 

私に向かって・・・

 

「頼む・・・黒木君!あと少しだけ・・・あともう少しだけ・・・僕に石田を演じさせてくれないか?」

 

そのささやかな願いを告げた。

 

「戻る・・・から。

もう少ししたら・・・僕は・・・元の僕に戻るから・・・

だから、だから、もう少しだけ石田でいることを許して・・・欲しい」

 

「う・・・うぅ」

 

私は石丸君の願いに答えることはできなかった。

ただ涙を流し、嗚咽をもらすことしかできなかった。 

石丸君が去った後も、私はその場で膝を崩し、泣き続けた。

 

(・・・ずるいよ、石丸君・・・)

 

その願いを私が拒否できるわけないじゃないか。

ずっと、戦っていたんだ。

私が希望を捨て、クズとして堕落している間、彼は苦しみ続けていた。

絶望と戦っていたのだ。

そして、もう一度、希望に向かって立ち上がろとしていた。

そんな彼の願いを・・・希望を私が否定できるわけないじゃないか・・・!

 

(何を・・・勘違いしていたのだ、私は)

 

ちーちゃんが私を恨んでいないと知った時・・・ホッとしてしまった。

免罪されたような・・・気になっていた。

そんなわけないのだ。

罪は消えない。消えるわけないじゃないか!

わたしのせいで大和田君は死んだ!

石丸君は今も苦しみ続けている。

 

それなのに・・・私は・・・私は―――

 

暗い廊下に額を打ちつけながら私は泣き続けた。

 

この世界に神様なんていない。

そんなことはわかっている。

でも、それでも・・・

 

それでも私は、闇に紛れて現れたクロが

生きる資格のないこの最低のクズを殺してくれることを・・・強く、強く祈った。

 

 

 

 


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