チートな能力を使って、世界を救う筈が……!(改訂版)   作:いんてぐら

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およそ二ヵ月半の更新です。

遅れに遅れに遅れまくって、本当に申し訳ありません。

お待ちしていただいた皆様、本当にお待たせしてすみません!

言い訳をしてしまいますと、ちょっとリアルでとんでもないことが起こりまして……ぶっちゃけ書いている場合じゃなかったんです。

まぁ、その後、ようやく一段落しましたので、更新させていただきます。かなり久しぶりなんで、違和感が多いと思いますが、そのあたりはご承知ください。

では、第三話、どうぞ~


第二話 可動 大陸派兵部隊編

一九七三年四月十九日。それは人類がこれまで経験した事のない、絶望と憎悪が織り成す凄惨な戦争の始まりだった。BETAの地球侵攻である。

BETAの最初の着陸ユニットが落着したのは、中華人民共和国新疆ウイグル自治区カシュガル地区であった。当時の中国は、東西を象徴する大国と並ぶ為に、何としてでもBETAの持つ異星文明技術を欲し、国連や資本主義者たちの介入を拒んだ。

初戦こそ、中国軍は航空兵器を効率よく運用し、BETAの大軍勢に勝利していたが、光線級の登場により、状況は一変する。制空権が奪われて、陸上兵器のみでBETAの大軍勢に対抗するのは不可能な話であった。敗戦が続き、ついに中ソ連合軍による戦術核を使用した焦土戦術〈紅旗作戦〉を発動するも、効果は薄く、以後、戦線は後退を続け、人類の数もまた激減していった。

一九九〇年初頭。BETAはユーラシア西側の大半を制圧し、ついに緩慢だったカシュガルからの東進が激化する。

ソビエト連邦軍、中国と台湾との間に結ばれた対BETA共闘同盟軍である統一中華戦線、東南アジア各国が東進を食い止めようと戦線を展開するが、やはり制空権を奪われてBETAの圧倒的物量を押し返す事は出来ず、そして後退を余儀なくされた。

一九九一年。後退を続けるBETA戦線を、自国の危機であると判断した日本帝国は、反対する世論を押さえ込み、ついに東アジア戦線へ向けて大規模な戦術機甲部隊の派遣を決定する。日本帝国軍大陸派兵部隊の誕生である。しかし、たかが一国の軍隊が介入したからといって、戦況が好転する事も無く、戦力と資源、そして人命を失いながら、戦線はさらに極東方面へと近づいていく。

翌年の一九九二年。日本帝国は、第二次帝国派兵部隊の投入を決定する。その中に特例措置で十五歳と言う異例の若さで従軍する一人の武家出身の衛士がいたが、この時点での彼は、歴史に存在するが存在しない有象無象の一つでしかなかった。

――一九九三年 二月一日 中華人民共和国 湖北省 武漢市 第二エリア防衛ライン――

後退に次ぐ後退。一向に好転しない戦況。戦う度に死んでゆく仲間。増えていく遺品と戦死告知書。死んだ仲間の思い出を語る時間も、その死を悼み、慰める時間もなく、いつ発せられる警報に怯え、恐怖と疲労と絶望に苛まれながら、整備兵達が死ぬ気で整備してくれた戦術機を駆って、奴らを殺す日々が続く。

いずれは慣れてしまう。と誰かが言った。だが、その慣れが来る前に、終わりはやってきた。

「――あぁ……そうか。ようやく終わり、か……」

日本帝国軍大陸派兵部隊エクレル中隊に所属する本間 聡少尉は自らの運命を悟った。網膜投影を介し投影される外の光景は、まさしく地獄。至る所に散乱するBETAの死骸。だがそれ以上に存在する、生きているBETA共が我が物顔で地上を闊歩し、戦術機や戦車に群がり、無作為に食い散らかしている。外部音声をオンにすれば、阿鼻叫喚の悲鳴と共に、肉を食い散らかす嫌な音がが飛び交っている事だろう。

視界の片隅に表示されている機体ステータス。搭乗機であるTSF-TYPE77[撃震]のコンディションは、軒並みレッドコンディション。突撃砲の弾薬も尽き、残っているのは65式近接戦闘短刀のみ。状態は最悪。機体はまともに動かない。仲間も半数がやられ、残り半数も自衛で精一杯。どうやってこの地獄から逃げ出せると言うのか。

『エクレル5! 本間ぁ! 何をしていやがるっ!? とっとと逃げろ!』

まだ生き残っている仲間の声が通信機から響き渡る。本間少尉はそれに答えず、自嘲気味に笑いを一つ零した。

もう疲れた。もういいだろう。本間少尉は操縦桿から手を離し、シートに体を預けた。

本間少尉の正面から、皺くちゃの顔に歯を食い縛った蠍のようなBETA――要撃級が獲物を見つけたとばかりに迫って来る。もはや死の恐怖は感じない。どうせあの鋏のような一対の前腕で殴られたら、痛みを感じるまもなく死ねるだろう。この地獄に来て、背後に纏わり付いていた死神が、嬉々とした様子で鎌を振り上げた気がする。

(変だな……怖くねぇや)

前線に来て怯えて震えて泣いて、初陣の衛士が最初に経験し、乗り越えなければいけない〈死の八分〉を、体中のありとあらゆる穴から液体を垂れ流して生還して、仲間の死を経験して泣いて疲れて、やっとその苦痛から開放される時がやってきた。今や彼の内にあるのは、生への執着ではなく、死の開放しかなかった。

もうたくさんだった。もういいと思った。死の恐怖は、疲労と諦めで感じない。

「……わりぃな。エクレル7……いや……彩浪、先に……行くわ……」

『ふ、ふざけんじゃねぇ! 絶対生きて帰るって約束しただろうが。お互い夢を叶えようって言ったじゃねぇかよ! てめぇもか……てめぇもオレを置いていくのかよ! あいつらみたいに! ふざけんじゃねぇ! 今、そっちに行く! 何が何でも生き残ってもらうからなこの馬鹿野郎がぁ!』

 ――夢。自分の夢。本間 聡の夢。一体、自分の夢とは何だったのか。この地獄に来て、この世に存在する最悪最大の苦痛を受けて、その苦痛から逃れる日々。その日々を送る前、自分は何を思い描き、何を願っていたのか。

要撃級の前腕が振り上げられる。

ああ、そうか。もうそんなこと考える必要はない。もう終わりだ。何も考えなくていい。

「……ごめんな」

目を閉じる。そしてもう一度、心の中で相棒に謝罪の言葉を口にした。

『本間ぁぁぁぁぁ! ――――なっ?!』

 衝撃、圧壊、そして死。出来れば一撃で殺してもらいたいものだ。じわじわと殺されるのはやっぱりいやだ。

 

 だが、死の鎌が本間少尉に振り下ろされることはなかった。一秒、二秒、三秒と時間が経過していく。何が起こったんだ? 本間少尉は いつまでも自分に死が訪れない事を不審に思い、恐る恐る目を開け、息を呑んだ。

 

 「あっ……?」

 

 一瞬、己の目の前にいる”ソレ”が何なのか、本間少尉は理解出来なかった。

自分の命を奪う筈の要撃級BETAが死んでいる。大きく斬り裂かれた傷口からは壊れた水道管の如く、見飽きた鮮血が噴出し、陰鬱な暗天を彩り、そして重力に従って地に落ちていく。降り注ぐ紅の世界。その世界の中、一匹の真紅の鬼がこちらを見下ろしていた。

何の冗談か、これは現実か。本間少尉は目を瞬かせ、必死で目の前の状況を理解しようとした。鬼などいるはずがない。よくよく見れば、それは当然、鬼ではなかった。戦術機。それも己が乗る重厚な[撃震]とは違い、スマートな姿は第二世代機のTSF-TYPE89[陽炎]だ。だが、ただの[陽炎]ではないのは誰の目から見ても明らかだった。

本間少尉は戦術機に詳しいほうではなかったが、それでも普通の[陽炎]との違いぐらいは判別できた。まずは頭部に装着された通信アンテナらしき一本角。そして全体的に装甲が薄く、一部は邪魔だといわんばかりに取っ払っていて、内部構造がむき出しになっている。主腕底面部にもう一つの腕――補助腕が生えていて、それが主腕とは別に、左右それぞれの74式近接戦闘長刀を保持している。

 

「いや……」

本間少尉は知らず知らずの内に呟いた。いや、確かに戦術機だが、目の前にいるコイツは、地獄を住処とする”鬼”と言ってもいいだろう。

 

 全身の装甲を彩る赤い色彩と無数の疵。それは数多のBETAの体液によって塗装され、危険な戦場を駆け抜けてきたかを語る証。

 

 今も尚、スーパーカーボン製の刀身から滴り落ちる、使い込まれた74式近接戦闘長刀。赤黒い刀身はまるで担い手の凶暴さを現しているようだ。

 

 そして何より、本間少尉の心を捉えるのは視線だ。無機質なスリット上のメインカメラからは、明らかに人の意思のような物を感じる。そしてその意思はこう告げている。更なる血を。この渇きを癒す血を。

 

 ――化け物だ。本間少尉は心の中で呟いた。明らかに目の前の”コレ”は違う。格が違う。次元が違う。これを操る衛士はとんでもない奴だ。戦争と言う地獄に精神が耐え切れず、狂ってしまった衛士でも乗っているのか。こんな機体で、これだけの戦果を言葉も無く、姿だけで物語らせる事が出来るのか。

 

と、血塗れの鬼が突然、背を向けた。釣られるように視線を向けると、無数の死骸の隙間から次々と要撃級が姿を見せる。 

 

 「くそっ……ゴキブリみたいにうじゃうじゃ出やがって……」

 

 心の底から憎しみを込めて呟く。絶望的な状況。しかし、本間少尉を守るように立つ血塗れの鬼の背には、恐怖も怯えも見えなかった。むしろ待ちわびていたようにも見えた。

血塗れの鬼が、左右一振りずつ携える74式近接戦闘長刀を振る。刀身に付着していた体液を飛ばし、ゆらりっと構え――突進した。

優雅な剣閃が舞う。一つ、二つ、三つと、流麗な弧を描き、その度にスーパーカーボン製の刃がBETAの分厚い筋肉を切裂き、岸壁に打ち付けられた波飛沫のように体液が宙を飾る。飛び散る体液。それは赤い桜吹雪のようにも見えた。

 

 殺戮の戦舞。この世で地獄である戦場でしか目にする事は出来ない、究極の芸術。本間少尉は問答無用で魅入られた。

 

 醜く、憎らしく、凶暴なBETAが、この殺戮の戦舞の前では哀れなで矮小な供物にしか見えなかった。四方から振り下ろす要撃級の前腕衝角など振り下ろされる前から見切っているとばかりに、紙一重でかわし、華麗に反撃し、殺していく血塗れの鬼。

本当にこれが戦術機の動きか――武芸に秀でた巨人が戦術機のきぐるみを着ているんじゃないのか。そんなバカな考えが頭を過ぎる。

 

時間にしておよそ二分。びくびくと痙攣する最後の要撃級を踏みつけ、殺戮の戦舞は閉幕した。哀れで矮小な供物は鬼の牙と棍棒を持って、ただの肉塊へと変わり果て、鬼の凶暴性を物語るオブジェへと成り果てた。

『い……一本角の[陽炎]……? ま、まさか……〈血塗れの鬼神〉、か? そんな……実在していたのか?』

 

 救援に駆けつけた彩浪少尉の茫然とした言葉が、本間少尉の耳朶を叩く。

 

 「〈血塗れの、鬼神〉……」

他愛もない、戦場を跋扈する無数の噂の一つだ。現れればそいつは文字通り、鬼神の如き働きを持って、多くの仲間を救う。そしてBETAには一切の容赦もなく、次々と殺戮していく。装甲はその戦果を持って、真紅に、そして赤黒く染め上がっていき、見る者を恐怖に震えさせると同時に歓喜させ、奮起させる戦場の守護者。眉唾物だと思っていたが、本当に実在したのか。

 

 『――エクレル中隊聞こえるか?』

 

 通信用ウィンドウが開く。中年の衛士が視界に入った。

 

 『こちらは第三戦術機大隊所属のソード中隊隊長、新見 恭一少佐だ。ここは俺達が預かる。お前達は後退しろ』

 

 『りょ、了解しました。――本間、助かったぞ! 心配させやがってこのヤロウ! どうやら〈血塗れの鬼神〉が死神を払ってくれたみたいだな! 感謝しとけよ!』  

 

 彩浪少尉の声は、本間少尉の耳には届かなかった。本間少尉の意識は、はるか先、威風堂々と刃を構える〈血塗れの鬼神〉に向けられている。

「お前は……一体……」

 

 その問いかけに答えた言葉はなく、鬼神は再び最前線へと飛翔した。小さくなっていく鬼神の姿。本間少尉にはその姿が見えなくなるまで、じっと鬼神を見つめ続けた。

 

 

 

 

――同年 二月四日 中華人民共和国 江西省 九江市 潯陽区 日本帝国軍大陸派遣部隊第二野営地――

 

 「――とまぁ、以上でデブリーフィングは終了。一先ずお前らお疲れさぁ~ん」

 

 大型仮設テントの中。整然と並べられたパイプ椅子に座る部下を見下ろしながら、何とも気の抜けた声で労ったのは、日本帝国軍大陸派兵部隊第三戦術機大隊第二中隊、通称”ソード中隊”を率いる新見 恭一少佐だった。

 

 新見 恭一は今年で三十一歳。短い髪に焼けた肌、無精髭、常に外国製の高価な煙草を愛用し、その匂いを漂わせている男で、町で見れば居酒屋に入り浸る駄目中年のように見える。しかし彼は、衛士としても戦術指揮官としても卓越した能力の持ち主で、一時期は日本帝国陸軍の最精鋭部隊である富士教導団に所属していた経歴を持っている。加えて実戦経験も豊富で、本来なら衛士のエリートである開発衛士や、大隊長、連隊長になっていてもおかしくない人物だが、非常に頭が切れるのと自由奔放な性格からか、上層部から批判を買う事も多く、少佐と言う地位に留まっている。本人は自らを「万年少佐」と呼び、思いの他、気にした様子はない。

 

 

「しかしいつ召集が掛かってもいいようにしとけよ。俺達が相手にしているのは、こっちの都合は考えない、時間を考えない、非常識の塊の地球外生命体なんていう訳の分からんくそったれな生物だからな。ったく、あんな奴らがいなければ、俺は日がな一日、煙草を吸って、悠々自適な生活を送っているはずなのに……」

「……新見少佐。何度も言っていますけど、軍務中はきちんとしてくださいって……テント内は禁煙です!」

 

 新見少佐の隣、ため息混じりに苦言を呈したのは、前線では珍しい女性衛士。上島 伊代中尉である。  

 

 上島 伊代中尉は小柄で線が細く、髪は肩口で切り揃えていて、トレードマークは黒縁の眼鏡。ぱっと見れば温和な女学者にも見える。事実、事務処理能力は高く、書類仕事が苦手な新見を陰から支えている。また気配りが出来て、何かと世話焼き。家庭料理の域を出ないが、ソード中隊の男共を胃袋の面から支配している。

 

 「硬い事を言うなよ~。やっとクソ面倒臭い戦争が終わったんだ。仕事はちゃんとやった。今から休憩の時間だ。一服させてくれよ」

 

 しゅぼっと煙草に火をつけて一服。ああ、至福の時。と言わんばかりに顔をにやけさせる新見。

 

 「駄目です! 自由時間は、少佐が女性の部屋に夜這いに行こうが覗きに行こうが補給課の人間を脅して物資を横流しをしようが私の関知するところではありません。ですが、軍務中はしっかりとしてもらいます。はい。煙草はここに入れてください。ポイ捨ては禁止です」

 

 「うっわぁ……俺の行動全部ばれてら……ってか、お前は俺の母ちゃんか」 

 

 上島中尉がポケットから取り出した携帯灰皿に、しぶしぶ火を付けたばかりの煙草を放り込む。ちなみに上島中尉は煙草は吸わない。

 

 「あーあ、もったいねぇ。残り少なぇのにな。おい、霧口。お前、煙草まだあるか?」

 

 「多少はありますが?」

 

 最前列に座っていた男性衛士が答える。

「よし上官命令。お前の所有している煙草を全部寄越せ。即刻だ。でなければ、お前の部隊評価は限りなく低くなるだろう。それが嫌なら速やかに俺様に提出しろ」

 

 「……職権乱用に加えて堂々と脅してくる上官って一体……」

 

 「少佐。冗談ですよね? 冗談ではなく本気で霧口少尉に言っておられるなら、大隊長に報告させていただきますが?」

 

 上島中尉がにこやかに微笑む。言うまでも無くそれは警告だった。だがそんな小娘の脅しに屈する新見ではない。

 

 「くくくっ、大隊長に報告か。副官が上官を売るなんて世も末だな。これもそれもBETAと言うかクソッタレ野郎と、最低で最悪な戦争を真面目にしているからだな。ああ、荒んでる荒んでる嫌だねぇ……伊代。その手はもう通じんぞ」

 

 「あら隊長。また弱みを握って脅したんですか?」

 

 反応したのは、ソード中隊最後の女性衛士である武中 千秋中尉であった。

 

 女性らしい上島中尉とは対称的に、武中中尉は背が高く、体格も良く、運動神経抜群。幼い頃から空手を学んでおり、いざとなれば、大の男と拳を交えても打ち勝つだけの実力を持っている。またどうにも細かい事が苦手で、何事に関しても大雑把。特に金に関しては非常に雑で、月末となればいつも苦しんで、上島中尉から金を借りている姿をよく見かけられる。

 

 「おいおい千秋。言い方が悪いな。仮にも相手は大隊長。オレは敬意と誠意を持ってお話しただけだぜ?」

 

 「その裏側にはどす黒いものがたんまりとあるんだよなぁーウチの隊長は……」「さっすが隊長。しびれるぜ!」「また、ウチの風当たりが強くなるなぁー」「光線級吶喊とかまたさせられんのかなぁ……あーあ、死なないように気をつけないと」と合いの手と笑い声、そしてため息が木霊する。 

 

 「どの口が言うのよどの口が」

武中中尉が呆れ顔で言った。彼女と新見は付き合いがそれなりに長く、古参の部下の一人であるが故、新見の事をよく知っていた。

 

 「この口がだよ千秋。とまぁ、俺の事はそれぐらいにしておいて、実はお前らにちょっとしたサプライズがある。実は先ほどのちょろまかしてきた補給物資の中に郵便があってな。事務課の人間と話し合って、先にウチの分だけ確保してきた。伊代。渡してやれ」

 

 手紙と言う言葉に、ソード中隊の全員が顔をほころばせ、歓声を上げた。

 

 生と死が複雑に交じり合う最前線。娯楽も少なく、各地を転戦として戦う日々。その中で兵士達の荒み、乾き切った心を必要以上に潤してくれるのが、家族から手紙である。

 

 大陸での戦いは常に激戦の連続で、補給物資が届かない事もしばしばある。特にソード中隊は、新見の指揮と秘蔵っ子のお陰で他に追随を許さない戦果を上げている為、各地を激しく動き回り、中々手紙が届かないのである。

 

 「――霧口少尉、天谷少尉、藤崎少尉、それと大和君」

 

 「はい」

 

 「大和君には二通来ていたわ」

 

 唯一名前で呼ばれた衛士が椅子から立ち上がり、上島中尉から手紙を受け取った。ソード中隊のほとんど衛士が二十歳を超えているのに対し、唯一の十代、それも僅か十五歳の衛士である有栖川 大和少尉は受け取った手紙の差出人を見て、目を丸くした。

 

 「ん……何だ何だ、うぉっ! 十代のケツの青いガキの癖に女からの手紙だと! 生意気な……もしかして許婚って奴か? かぁー、流石は<赤>。一般ぺーぺーの俺らとは一味違うなぁ!」

面白いネタを見つけたと言わんばかりに、ばしばしと可愛い秘蔵っ子の背中を叩く新見。

 

 「……少佐。盗み見はよくないですよ。それに、よく見て下さいよ。どこをどう考えれば、そういう発想になるんですか?」

 

 大和が二通目の手紙。差出人の名前を新見に見せた。

 

 「んー何々……九條 巴? ……ん、九條って……あの<五摂家>のか?」

 

 時を遡る事、一八六七年。日本で成立した大政奉還の際、皇帝の執政を補佐する摂政職が機関化され、〈元枢府〉と言う組織が誕生した。そしてその〈元枢府〉を構成するのが煌武院、斑鳩、嵩宰、九條、宰御司と言う五つの武家であり、これを〈五摂家〉と呼ぶ。現在でもこの五つの武家は断絶することなく、日本帝国の中心を担っている。大和の生家である有栖川家はこの〈五摂家〉に次ぐ〈赤〉であるため、どうしても〈五摂家〉と繋がりが強いのだ。

 

 「正解です。あんまり馬鹿な事言っちゃうと、九條家から睨まれますよ」

 

 その言葉に、新見が不快そうに眉を歪めた。

「……けっ、武家が怖くてBETAと戦えるかっつの。第一、俺は武家が嫌いだ。何事にもがちがちに拘束されていて、見ているだけ息苦しくてたまらん。それに威張っているのも気に入らん」

「それは一部の人間でしょ?」

特権は人間を腐らせる最高の毒である。大和も上位の家格である〈赤〉であるから、家の威光を武器に威張っている武家の人間を見たことがある。

「どうだろうな。半々ぐらいじゃないか? ……あぁ、安心しろ。お前は気に入っている武家の人間に入っているかな。ってか、お前は武家の人間にしちゃ軽すぎる気もするがな」

「新見少佐に認められて光栄です。それじゃあオレはこれで失礼しますよ」

大和が敬礼する。新見がけだるそうに答礼した。

「んー、ゆっくり休めよー。あっ……人肌が恋しいなら、伊予か千秋を持ってけ。ヤるのは、双方合意なら許す。避妊はしっかり……しなくていいぞ。寿除隊ならマッハで書類を書いてやる」

「遠慮しときます」

まったく、軽口が好きな上司だ。しかし妙に憎めない。大和は肩をすくめて言った。

 「遠慮するなよ大和ぉー。お姉さんはいつでも準備OKよ」

「もっと自分を大事にしてください。武中中尉」

 「大和は大事にしてくれないの?」

 

 「……そういう切り返しは反則ですよ」

 

「千秋。これ使うか?」

新見がどこからか、じゃらっと鎖の音がするものを取り出した。

「うーん……アブノーマルなプレイは……燃えるわ♪」

「上島中尉。このバカ二人をシメといてください」

「……任されたくないけど、任されたわ。大和君お疲れ様」

 毎度の事なので、上島中尉はやれやれと言った感じで答えた。

 

「あぁ、そうだ大和。後で機体の調整に付き合ってくれ。どうも機体に違和感を感じてな」

「了解です。霧口少尉。後で伺います」

大和が大型テントから出て行く。それを見送った新見は、自然な動作でまた煙草に火を付けた。

「伊予ー。今日の大和のスコアは?」

「断トツでトップです。ここ一ヶ月近くは出撃の度にスコアを伸ばしています。正直、驚異的な数字です」

「ぶっちゃけて、私でも付いていけないときがありますからね。隊長の目から見て、最近の大和、どー思います?」

パイプ椅子に背中を預ける武中中尉。

「麒麟児現る……じゃねぇがここ最近は、確かに操縦技量が桁違いに上がってきていやがる。オレもぶっちゃけるが、一対一で勝てるかどうか分からん」

「……ご謙遜を」

「伊予。その間が答えさ。お前だって、もう一年近く、俺の副官やっているなら俺と大和の技量の判断ぐらい出来るだろう? 最初からとんでもないモノ持ってんなぁーとは思っていたが、まさかここまで化けるとは……」

 うちの部隊にやって来たときは、気持ちだけが一人前の半人前だと思っていたが……と心の中でそんな言葉を漏らす。

 

「それに大和の奴、戦術機の知識も半端ないですよ。おやっさんが言っていました。整備兵じゃなくて、開発技師としても十分にやっていけるって」

霧口少尉が手紙に視線を落としながら、口を挟む。周りにいた数名の衛士もうんうんと同意するように頷いた。事実ソード中隊が運用している戦術機のOS関連は、大和がテコ入れして、それぞれの衛士にあわせてきっちり調整されている。その手腕は、専門家であるはずの電子整備兵が教えを請うほどだった。

 

 「[陽炎・改]の改修案もあいつが考えて、設計図もひいたからなぁー。うん。あいつは間違いなく大物になるなぁ……数年もすれば俺の上官になるかもな」

「あぁ、それはないない。斯衛軍を蹴っていると言っても、〈赤〉の家で、〈五摂家〉とも繋がりが深いんでしょ? 女引っ掛けて、脅して、好き勝手している不良な〈万年少佐〉の上官になるなんてないない」

けらけらと笑って答える武中中尉。

「……あぁ、真実って耳が痛いなぁ千秋」

「現実を直視する事は大切ですよね」

「まったくだ。まぁ、現場を知っていて、気の良くて、有能な奴が上にいてくれるなら、それはそれでありがたい。現場はその分、苦労が減る。頭が馬鹿なら、苦労するのは手足だからな」

「ですよねぇ……ところで霧口。アンタ、何さっきからニヤニヤしているの? 気色悪っ……」

「してしまうんです。まぁ、恋人のいない中尉にはこの顔は絶対に出来ないと思います」

「……霧口。お前、それ、恋人からの手紙か?」

「はい。この戦いが終わったら、彼女の結婚する予定で……って、中尉。何でそんな悲しそうな顔で僕を拝んでいるんですか?」

「いや……大和風に言うと、立っちゃったなぁーと思って、南無南無……」

「あぁ、立ったな。立ってしまったなぁ……残念だよ霧口。お前の未来の嫁さんは心配するな。俺がきっちりたっぷりねっとりとしておくから、安心して逝け。伊予。大っ変、遺憾だが霧口の書類を用意しておいてくれ。近い内、必要になる可能性が大だ」

「不謹慎な……と、言いたいところですが、思いの他、確率が高いですからね」

続けて新見、上島も悲しそうで、それでいてため息混じりに言った。

「あ、あの……どういうことですか?」

武中中尉が物凄く悲しそーな顔で言い始めた。

「大和が言ってたの。それって死亡フラグなんだって。戦いの前とか、戦場とかで「この戦争が終わったら、俺、あいつと結婚するんだ」とか、「この戦争が終わったら、店を開きたいんだ」とか言うやつは大体そいつは死ぬんだって。何かもう……お約束って奴らしいわ」

「ははっ……そん――「そういや……あいつ、もうすぐ後方に移送されるって決まってからすぐ……」「あっ、俺もある。一年ぐらい前なんだけどさぁ、レストランやりたいって言ってた奴が、あっさりと……」――……」

 重く、静かな沈黙がテントを支配した。

「んー、まぁ……そーいうことでお疲れさん」

「あら、隊長。さっそくサボりですか?」

「少佐……」

「違う違う。睨むな伊予。ちょっとばっかし人と会う約束してんだよ」

「誰と?」

「千秋。どうして俺がそこまで言わなきゃならん? 俺はガキか。男だよ。それも中年。仕事の話さ」

新見がテントの外に出る。背後から霧口少尉が武中中尉に何かを叫んでいる声が聞こえてきたが、新見は一つ笑みを浮かべて、歩き出した。

 

 

 

 

 

『――九條に連なる有栖川の名に恥じぬ戦果と、武運を祈ります。

追伸  約束を忘れちゃ駄目よ。必ず帰ってきなさい。これ決定事項。破ったら許さないから』

九條 巴からの手紙は、そう締めくくられていた。前半部分は武家の女子に相応しい慇懃丁寧な文章で纏められ、最後は完全に彼女本来の性格が出ていた。

「はいはい。あいにくと死ぬつもりはありませんよー」

やれやれ、と言った感じで呟いた大和は、手紙を綺麗に折りたたみ、フライトジャケットのポケットにしまいこんだ。

彼の眼前には、戦術機輸送車両である87式自走整備支援担架が何十台も並び、そのコンテナに固定されている戦術機に整備兵達が群がっている。衛士の戦いは一先ず終わり、次の戦いは、無事に帰還し、傷ついた戦術機を、万全の状態に整える整備兵の戦いである。戦いはいつにも増して激しく、古参の整備兵の怒声と命令と共に、小型の輸送車両が臨時の駐機場を走り抜け、至る所で修理機器の駆動音を奏でさせている。

(今回は連戦に次ぐ連戦だったからな。整備のほうは大変だろう……)

大和を含めて、衛士達は出来る限り機体に無理をかけないように戦っているが、それも時と場合によっては無視せざる終えない。何せ、こちらは命が掛かっているのだから。

整備兵のほうも小言こそ言うが、それ以上は決して言わない。戦術機は時間とパーツ、そして整備兵の努力によって蘇るが、その操縦者たる衛士は蘇る事はないからだ。

「それにしても最前線に来て、ようやく一年ぐらいか……」

聞き慣れた戦いの合間のオーケストラを聴きながら、大和はぼんやりと薄暗い空を眺めた。

十四歳で帝国斯衛軍衛士士官学校に特例措置で入学した。そして十四年間ひたすら強化したチート能力を遺憾なく活用して、僅か一年で卒業。そのまま帝国斯衛軍に配属されようとした時に、大和はそれを蹴飛ばして、大陸派兵部隊に志願した。

(あの時は大変だったなぁ……)

斯衛軍は元より城内省、武家社会の派閥の一つである九條家は度肝を抜かれた。いつの時代も権力争いは存在し、そして有能な人材を確保しておきたいものである。明らかにこの先、伸びていく人材をわざわざ危険な戦地に送り込み、失うのは人材の無駄な浪費に他ならない。

 説得に来るお偉いさんや親戚、九條家の人間に対して、大和は頑として意志を曲げなかった。正直、「世界を救う」、なんて途方もない事をやり遂げようとする以上、BETAと戦うのは避けられないし、実戦は経験しておくべきである。加えて、頼れるのは自分を強化できる能力のみであるから、さらに膨大なキャピタルも必要だった。

長く無駄な説得が続く中、決め手となったのは、次期九條家当主たる九條 巴の口ぞえであった。

『よろしいではありませんか。大和の思うようにしてはいかがでしょうか? 武家に生まれた以上、日本帝国臣民の模範と成るべき宿命を背負っています。彼をそれを示そうとしているのです。そして武家と言う存在は、言葉ではなく、行動で示すもの。彼の望みをかなえてあげるべきではないでしょうか?』

巴の言葉に反対の意見を出したのは、現九條家当主、つまり巴の父であった。

『しかし万が一と言う事もあり得る。有栖川の倅は、お前の付き人にと思っているのだぞ』

巴と同い年と言う事で、大和は巴の遊び相手として九條家に何度か遊びに行っている。そこで巴の父は、明らかに同年代の子どもよりも落ち着いていて、幅広い知識を持っている大和に目をつけていたのだ。

『その時はその時です父上。それで死ねば、大和もそれまでの男だったと言う事です』

 巴はにべも無くそう言い切り、結果として大和は斯衛軍からの出向と言う形で大陸派兵部隊に従軍する事が決まった。

 

 そしてある夜、巴はお忍びで有栖川家を訪ねた。場所は有栖川家の庭。桜の木の下であった。

 

 『まったく……利用して良いとは言ったけど、さっそく私を利用するとは思いもしなかったわ』

 

 開口一番、巴はため息混じりに言った。

 

 『感謝していますよ。巴様』

 

 『ストップ。ここは公の場所じゃないから、敬語は省きなさい』

 

 青と赤。立場的には主従の関係にある二人だが、巴は大和の事を認めて、唯一無二の対等な友人と認めていた。何より自分の考えは素早く理解して、意見して、時には叱ってくれる大和は、かけがえの無い存在だった。

 

 『そうだったな。悪かったな巴。そしてありがとう』

 

 『別に良いわよ。でも、まさか本当に大陸派兵部隊に志願するなんてね。朝陽、泣かなかった?』

 

 大和が実に痛々しく、そして辛そうに顔を歪めた。

 

 『……泣かれた思いっきり。行かないでって言われた……』

 

 『でしょうね。アンタ、朝陽の事心底可愛がっていたもんね。朝陽もアンタの事慕ってるし……で、説得したの?』

 

 『何とかな。しばらくは妹孝行しなくちゃならんが……。それは一先ずおいて、志願する事、冗談だと思っていたのか? 何か、大きな事を成し遂げようとするならば、権力と言うのは非常に便利だ。使い方を誤らず、そして魅了さえされなければ、これほど有効な道具は存在しない。オレはまず、軍で権力を持つ。BETA戦争と言う戦乱がある以上、軍で一定の権力を持っていれば、何かと役に立つからな。後は政治のほうだが、まぁ、政治のほうは後からでも問題ないし、何よりそっちのほうはお前が何とかしてくれるんだろう?』

 

 『まあね。私には生まれ持った特権があるし、せいぜい私の理想の為に利用させてもらうわ』

 

 『利用できるものは何でも利用する、か。はたから見れば悪者っぽい理論だな』

 

 『善人も悪人も、その基準を決めるのは人々の価値観であり、総意よ。時代や状況が変われば、その境も大きく変化する。それに人間の社会なんて綺麗も汚いも無いわよ。とにかくお互い、利用して、協力し合いましょう。私はアンタの事、認めているんだから。だから――』

 

 『だから?』

 

 彼女の活力に満ちた瞳が大和を捉える。 

 

『だから、必ず帰ってきなさい。私の労力を無駄にしないで。アンタは一定の権力だけじゃなくて、軍のトップになって――』

 

 『巴が政威大将軍になる、か? くくっ、お互い、道程は険しいな』

 

 『そうね。でも、人として生を得た以上、目指すべき場所は一番高い場所を目指すべきよ。私はこの国のトップになって何もかも変える。この国を強く、そして豊かな国にしてみせる。他国の思惑に揺らがず騒がず動じず、国民と国家の権利を守る。BETAはおろか、何かと口を出してくるバカ共に負ける訳にはいかないのよ。――それにしても互い、本当、理想家よね』

 

 『理想とか綺麗事と言うが、それを成しとげた時、それはただの”可能な事”になり下がる。理想を語れよ 理想を語れなくなったら人間の進化は止まるぞ。進化が止まれば、人間は人間で無くなる』

 

 大和の言葉に感銘を受けたのか、巴が満足げな笑みを浮かべた。

 

 『あら、良い事言うじゃない。それじゃあ、お互い、進化を続けましょう。大和。最後にもう一度だけ言っておくわ。必ず帰ってきなさい。アンタに私が必要なように、私にもアンタが必要よ』

 

 『約束するよ』

 

 『約束破ったら、ぶっ殺すからね』

 

 『素晴らしく良い笑顔で言う事か? 九條家のご令嬢とは思えぬ口の汚さだな』

 

 そうして二人は別れ、大和は大陸へと向かい、今に至る。

 

 「そういや……キャピタル、どのくらい溜まったかな……」

 

 大和は周囲を見回し、誰もいないことを確認して、自身のステータス画面を開いた。と言ってもステータス画面は大和にしか見えず、見られても特に問題ない。ただ何もない空間を叩いている姿を見られるだけである。

 

 ステータス画面の右上に表示されているキャピタル数は、198231pt。

 

 「ふむ。今回はかなりBETAを倒したからな。しかし、やっぱり実戦での溜まり具合が半端無いな……いやー、予は満足じゃ♪」

 

 むふふっとどこかいやらしい笑いをこぼし、大和はどの能力を上げようかとステータス画面を楽しげに叩き始めた。

 

 

 

――同年 二月四日 中華人民共和国 江西省 九江市 潯陽区 日本帝国軍大陸派遣部隊第二野営地 士官用仮設宿舎――

「やっ、どーもお久しぶりです巌谷大尉……じゃなくて、少佐でしたね失礼しました」

「君こそ息災で何よりだよ新見少佐」

 新見の前に立つ、顔に大きな傷を負った男の名は、巌谷 榮二。帝国斯衛軍で運用されているF-4J改[瑞鶴]の開発衛士であり、当時、米国の最新機にして、第二世代機のF-15[イーグル]を第一世代機の[瑞鶴]で破る快挙を成し遂げた偉大な衛士である。今は、帝国斯衛軍から帝国陸軍へと軍籍を移し、大陸派兵部隊の一員として従軍している。

「それにしても君は未だに少佐なのか。もっと高い地位に付こうとは思わないのか? その能力は十分にあるはずだが?」

 とある事情から、それなりの付き合いを続けてきた巌谷だからこそ、新見の優秀さを理解していた。

 

 「生憎と俺は、『万年少佐』が気に入っていましてね。それに仕事が増えるのは勘弁です。ただでさえ、戦争なんて気狂いな事をしているんですから」

「……確かに。だが、その戦争をしなければ、守りたいものを守れない。それで突然の来訪の用件は何だ?」

「是非とも開発衛士である巌谷少佐に見てもらいたいものがあるんですが」

そう言って、新見は持っていた一冊のB6サイズのノートを手渡した。表紙は程よくくたびれていて、かなり使い込まれている印象だった。

「これは?」

「うちのとある衛士がずっと使ってるノートなんですがね。色々と興味深い事が書いてあるんですよ。まぁ、とりあえず見てください」

巌谷はくたびれた表紙を捲り、ページを捲っていく。そのページの捲る速度は徐々に速くなり、冷静な巌谷の顔は驚愕に染まっていった。

「こ、これは……!?」

巌谷の全神経に、生涯最大級の衝撃と興奮が奔った。ノートに記載されていたのは、既存の技術を応用した、もしくはまったく新しい新技術の理論や設計図の数々であった。開発衛士を務め、戦術機に関する幅広い知識を持っている巌谷だからこそ、このノートに記載されている知識の価値を正確に理解し、感動した。

「凄いでしょ? 俺もまぁ平均的な衛士よりかは戦術機の事を理解しています。だからこそ分かるんですよ。こいつの価値が、こいつが一体どれだけの衛士の命を救えるのかを……」

「新見少佐! 今すぐこのノートを書いた衛士に会わせてくれ! 大至急だ!」

巌谷は居ても立ってもいられなくなった。年甲斐もなく全身が震えるほど興奮している。天才だ。このノートを書いた衛士は間違いなく天才だ。今後の日本の国産戦術機開発に、この人物は間違いなく必要になる!

「いいですよ。それが俺の用件ですからね。――巌谷少佐。やっぱりこのノートに書いてある事はそんなに凄いんですか?」

「凄いというレベルではない! これまでの戦術機史を塗り替えるだけの技術がここにある! 特にこの駆動式内骨格構造と新素材の発泡金属……これだけでも十分に歴史に名を残せるだけの技術だ! 一体誰なんだ? これだけの技術を考え付いた衛士は?! 名前を教えてくれ新見少佐!」

新見は満足げに笑みを浮かべ、誇らしげに言った。

「ウチの秘蔵っ子でね。有栖川 大和って言う奴です。十五のガキで、俺の前で堂々と「世界を救う」なんて誇大妄想を吐いて、実現させそうな気がする衛士です」

小さな歯車は動き出し、大きな歯車が待ちわびたと言わんばかりに回りだした。

 ――後世、BETA戦争における最大の英雄と呼ばれる男の物語は、ここから加速的に進み始める。




いかがだったでしょうか? 僅かな時間でも楽しんでいただけたなら、幸いです。

今更ながら、感想掲示板に返信を書こうとしたんですが、何故か書き込みが出来ません……どうしてでしょう……? 

では、次の更新で。

いんてぐらでした。

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