私立穂群原学園。山間の土地に校舎がある為に開拓化が進まず、周囲が手付かずの自然に囲まれている共学の学校である。
朝、見慣れた生徒たちの登校風景が見かけるが、そこに異質のものが混じっていた。
周りの生徒たちはチラチラとソレを見ては揃って怪訝に首を傾げる。
平凡な生徒たちに混じる異質は、遠坂凛と間桐桜。
彼女たちも穂群原学園に通っている生徒なので登校すること事態不思議ではない。
また、遠坂凛は輝かしい風貌から学園のアイドルとして人気を持っており、間桐桜にもその控え目さや抜群のプロポーションにより、負けずとファンが多い。
そんな魅力的な彼女たちが周囲から視線を向けられることは少なくないことなのだが、本日はより多くの注目を集めている。
勿論、原因は彼女たちにあった。
「桜、その、そろそろ学校だから放して貰ってもいいかしら?」
凛はこめかみに汗を浮かべながら隣に歩く桜に言うと、彼女は自身の腕を凛に絡ませたまま愕然とした。
「そんな! 一緒に学校まで行こうって言ったじゃないですか!?」
「いや、ついたじゃん」
「自分の教室に入るまで登校したとは言えません」
「桜・・・・・・貴女は自分のクラスまで私を連れてく気? それとも逆に貴女が私の教室まで付いてくるの?」
「そこが悩みどころなんですよね」
「いや、悩まないでよ」
「姉さんはなんで同じ学年じゃないんですか? それならずっと一緒に居られるのに。ああ、姉さんはなんで姉さんなんですか?」
「そりゃあ、特殊な例でもない限り、貴女の姉さんなんだから学年は基本違うでしょ」
「そうですよね! 姉さんは私の姉さんですもんね! えへへ!」
そうやって頬を肩にすり寄せてくる桜を凛は笑顔が引きつったような顔で見つめる。
正直、やり過ぎたと凛は反省していた。
妹の桜を宥めるために昨日は優しくした。一緒にご飯を食べたし、お風呂にも入ったし、一緒のベッドでも眠った。
そんなこんなで気がつくと、めちゃくちゃ姉に甘えてくる妹の出来上がり。酷いことに着替えまで一緒にしようとしたり、トイレまで付いてきたりする始末だ。
流石の凛も耐えられなかったのか、一度、あまりベタベタしないようにと注意すると、桜は絶望したように取り乱し、昨日のアレは嘘だったのですか!? と一時遠坂邸が修羅場となりかけた。
何とか暴走する桜を宥めてようと必死になる凛を、愉快そうに眺めていたアーチャーに問答無用でガントをぶち込んでから、ようやく彼女は桜を落ちつかせることに成功した。
それ以降、凛は観念して注意することはなかったが、一度拒絶されたと本人は思ったのが拍車をかけたのか、更なるスキンシップを桜は姉に対して行う。
桜はガントをぶち込まれた愚か者が作った朝食を自分の手で凛に食べさせたり、逆に自分のものは凛に食べさせて貰ったり、いざ学園に向かおうとしたらいきなり腕を絡ませてきた。その百合百合ぷりに桜のサーヴァントであるライダーは息を荒げていたが、もうその時点で気が滅入っていた凛はつっこむことも諦めて、為されるがまま桜と一緒に登校したのだ。
自分と桜は今まで外では他人のように接してきた。それがいきなりベタベタと度が過ぎたほど仲が良い姉妹のように接していれば、周囲の驚く反応も当然だろう。
だが、仕方ないことだと凛は思う。
自分の妹は今まで辛い思いをして、自分はそれを知らなかった。過度な甘えっぷりも自分のうっかりから始まったことなので、しばらく時間が経てば妹も落ちつき、普通に接するだろう。そう祈るしかない。というかここままずっと続くのは洒落にならないので凛は祈るしかなかった。
「おぉ!? 桜に遠坂か?」
そこに彼女たちの様子に驚きつつも、自身も登校してきた衛宮士郎が彼女たちの近くまでやって来た。
「ああ、先輩! おはようございます!」
「ぁぁ、衛宮君おはよぅ・・・・・・」
「お、おう。おはよう」
対照的な二人に戸惑いつつも、士郎は嬉しそうに凛に寄り添う桜を目にして考える。
彼女がこんな分かりやすく明るくなっているところを、士郎は初めて見た。
だから士郎は、桜に向かって思わず訊ねる。
「桜、幸せ?」
「―――はい」
「そうか、それは良かったな」
「いやいやいや、なにいきなり歯の浮く事を訊いちゃってくれてるの衛宮君!?」
「これ以上邪魔したら悪いし、俺は職員室に行かないといけないから、これで!!」
「ちょっとアンタ置いてく気!?」
「あっ! 先輩、お昼ごはん一緒に食べましょうね! 勿論、姉さんも一緒ですよ。姉さんと先輩には今朝アーチャーさんに教わった料理を食べて貰うんですから!」
「あっ、ああ!!」
桜の言葉で士郎は一気に周囲から嫉妬の視線を浴びながら、脱兎のごとくその場から去った。
「さぁ、姉さん、私たちも行きましょう」
「へいへい・・・・・・」
もう猫を被ることすら凛は若干面倒になりながら、桜に連れられて校門をくぐるのであった。
*
時は進み、夜。
薄い雲から覗かせる満月の光の下、セイバーは甲冑も身に纏って衛宮邸から飛び出した。
向かう先は柳洞寺。霊的な優れた土地であり、山門以外の場所では、自然霊以外の霊的存在を排除する結界が張り巡らされており、その中ではサーヴァントの能力も著しく制限されてしまう。
ゆえにセイバーが通る道は正道して王道。正面からの山門という必然になる。
鈴のような金属音のたてながら、長い階段をセイバーは駆けあがり、途端、制止する
山門を守る様にして、その男はいた。
風に揺れる長い髪を後ろに束ね、月光で光りし手に持つ得物は、身の丈はある長刀。
その男を前にして、セイバー動じず、静観する。彼女は、この男を倒すため、今夜、ここへやって来たのだ。目的の相手をするにして動揺することはない。
対する男は、まるで待っていた恋人でも巡り合わせたかのような笑みをセイバーへと向け、告げる。
「―――アサシンのサーヴァント。佐々木小次郎」
「―――セイバーのサーヴァント。アーサー・ペンドラゴン」
もはや隠すことは不要とばかりに、名乗った相手へと応じるようにセイバーは自身の真名を告げた。
男、アサシンは益々愉快そうに口を緩める。
「女狐は疑っていたが、よもや本当に彼の騎士王が参られようとはな。つくづく現世は面白い」
「私がここに来た理由、分かっているな?」
「ここを通りたいのだろう? だが、分かっていると思うが、私はここの門番。
通りたくば、私を倒して通るがいい」
「無論、そのつもりだ」
アサシンは相も変わらず笑みを浮かべたまま、されど身に纏っていた空気が瞬間的に手にした刀の如く研ぎ澄まされ、眼光だけで斬り裂くかのような鋭い視線をセイバーへと向けた。
「構えよ。でなければ死ぬぞ、セイバー」
もはや言葉は無用。セイバーが風で隠された聖剣を構えると、あまりに異なる二人の剣士の戦いは月下で口火を切った。
透明の剣が空を切る。
長刀の刃がそれを弾き、反動で首を狙うが、弾かれた透明の剣が螺旋を描く様に相手の刃を防ぐ。せめぎ合いに持ち込もうとするが、長刀の刃は相手の剣戟を逸らし、ずらし、剣を真っ向から衝突させることはせず、隙を狙って相手の首や鎧の隙間ばかりを狙う。
「くっ!」
「すまんな、セイバー。我が剣は邪剣ゆえ、真っ当な剣の勝負はできん。この刀も、そちらの聖剣に比べればナマクラ同然。まともに打ち合えばあっという間にへし折れてしまう」
「謝罪など無用だ、アサシン!」
苦渋の表情を浮かべながらも、セイバーは強気な言葉で返す。
「それとも喋らなくては剣が鈍りでもするのか?」
「ふむ、それはどうだろう――かなッ!」
語り合う中でも剣風は止まない。一瞬でも気を抜けば、自身の首が落ちる闘いの最中、アサシンは楽しむように笑みを崩さず、その剣技をセイバーに魅せる。
正直、押されているのはセイバーだった。
彼女は相手が何者であるか知っている。アーチャーから受け取った知識を合わせて、自身が持つランクEXの直感で素性も、どんな秘剣を持つか、次にどんな攻撃をしかけてくるのかすら先読みしているのだ。
だが――。
「ほぅ、まるでこちらの攻撃が見えるようだな」
「戯言を。それが分かっていて貴方は攻めているのでしょう!」
次の瞬間、アサシンの長刀がセイバーの首を霞めるのを、ギリギリで彼女は切り上げで防ぎ、そのままアサシンを狙うが、彼はひらりと横に交わしてから、セイバーのわき腹を狙うように牙突。振り上げた剣を戻すことが適わなかったセイバーは一歩上がって、自分の後ろを行く刃をかわし、天を向けていた剣を振り落とすが、今度はアサシンが二、三歩上がって、彼女の剣を避ける。
彼女の、彼の刃が振るわれる度に、空気は幾度なく切り裂かれ、目まぐるしい鋼の火花は剣風によって周囲に咲き散らさせる。
もはや一〇〇合は過ぎた剣戟の交差は続き、その間、両者共かすり傷すら相手に与えていない。
セイバーはアサシンの全てが分かっている。だが、分かっていても対処できない。
仮に目の前に銃口を突き付けられて、今から発砲すると分かっていてもどれだけの人間が銃弾を避けられるか? 自身より速い物体の接近を、どれだけの人間が来ると分かって回避できようか?
すなわち、アサシンの剣技はその位置に存在する。
彼は自身の剣を邪剣と揶揄したが、その剣技は神秘すら届くのだ。
未来が見えようとも、分かっていても、セイバーには現状を凌ぐのが精一杯。これがただの名もなき農民というのだから驚愕すら超える。
彼、アサシンは、純粋な剣技のみで言えば、今回の聖杯戦争で間違いなく最高の使い手だろう。
だが、それすらも最初からセイバーには分かっていたことだ。
認めよう、剣技は相手のほうが上だ。しかし、だからとて負けるわけにはいかない。負ける道理もない。自身より優れたものが相手にあるならば、それ以外の場所で補えばいいだけのことだ。
「しかし、なんとも力強い剣だ。女子とは思えぬ膂力。これでは剣の前に私の腕が折れてしまいそうだな」
相も変らずアサシンは笑みを浮かべながら軽口を溢す。
だが、彼の言葉は真実だった。彼女の膂力は魔力放出によって跳ね上がっており、総合的な能力だけならセイバーはアサシンよりも上だ。
それでも、優位に立つのはやはりアサシン。セイバーは最優のサーヴァントに相応しい力を誇示しながらも、それを彼は剣技のみで凌駕していた。
しかし、元々の自力で勝るのはセイバー。消耗戦になれば、所詮は只人である彼に勝機はない。
ゆえに、アサシンは己が勝利のために策謀し、徐々にセイバーを己が領域に誘い込んで、次の瞬間に、それは訪れた。
セイバーとアサシンの立ち位置は、彼女が下段でアサシンが上段、階段という構造上、その立ち位置は必然。
だが、今は平地。セイバーが更に階段を上った時、両者とも山門の前まで移動していた。
刹那、アサシンが構え――。
「秘剣―――」
――セイバーの直感が勝負所だと知らせた時――。
「―――燕返し」
――アサシンの円弧を描く剣の軌跡が、
これが、彼が佐々木小次郎として呼ばれた所以であり、彼唯一の最高の技、『燕返し』。
並列世界から呼び込まれた三つの異なる剣筋が、僅かな狂いもなく完全同時で相手を襲う多重次元屈折現象を引き起こした魔剣だ。
生前、彼がただ“燕を斬る”という目的のために、ただひたすら剣の腕を高め、体得した純粋な剣技。
恐ろしいことに、その純粋な剣技は並行世界を運用する第二魔法に限りなく近い類似した現象を生み出した。
これが初見ならば、相手の首は確実に落ちていただろう。何かしら危機を感づけば、あるいは逃れることはできたかもしれない。
三つの軌跡が別々のカ所からセイバーを狙う。普通なら、息を飲む、瞬間。
――その結末は、直ぐに分かることになる。
「ぐはぁああ!」
苦鳴を上げたのは、恐るべき絶技を放ったアサシンだった。
セイバーは、直感でその技を知っていた。しかし、知っていたところで、彼女と同じ行動を誰ができようか?
あろうことかセイバーはアサシンの懐に飛び込んで、相手より先に自身の剣を叩きこんだ。更には剣をぶつけたと同時に、聖剣を隠すための風王結界を解放して、襲ってくる剣閃を狂わせ、相打ちすら防いだのだ。
セイバーが見出した活路は相手より先に打って出ること。
言葉にすると簡単だが、分かっていても、否、分かっているからこそ、一歩間違えれば自身の身体が四散されても不思議ではない状況に飛び込み、迷いなく剣を振るうことがどれほど困難なことか想像もつかない。
結論、セイバーが勝利を掴んだ要因は、己が持っている直感や、宝具やスキルではなく、恐怖すら打ち勝つ、強き勇壮であった。
僅かに斬られた髪を夜風に散らしながら、セイバーは倒れ伏すアサシンに振り向く。
「行け」
崩れたまま言ったそのアサシンの言葉を耳にし、セイバーは真っ直ぐ山門をくぐる。
「ふ――美しい小鳥だと思ったのだがな。その実、獅子の類であったか」
自らの奥義を破られながらも、佐々木小次郎を演じた男は崩れながら満足げな笑みを浮べるのであった。
*
「まさか、本当に来るなんて・・・・・・」
セイバーを出迎えたのは、フードをかぶった妙齢の女性だった。
「キャスターだな?」
「ええ、そうよ」
「私の要件は既に知っているかと思うが?」
セイバーの言葉にキャスターはフード越しからでも分かるほど戸惑いの表情を見せながら、小さく頷いた。
「ええ。しかし――――本気?」
「本気だとも。実際、私はアサシンを殺さなかった」
そう、セイバーは先程、アサシンを殺さず、行動不能にしただけだ。
彼女の目的はキャスター陣営と協力関係を結ぶこと。
事前にキャスターたちには、セイバーのマスターである士郎が、キャスターのマスターである葛木宗一郎に今回に関する文を出しており、今夜、セイバーたちに敵意がないことを示すための証明が、先程のアサシンとの戦いであった。
茶番だと揶揄させるかもしれないが、アサシンはセイバーを殺そうとしていたし、セイバーも本気だった。
ただ、彼女の場合は本気を尽くして、勝つことが目的であり、アサシンを殺すつもりもなかった。
なにか別の思惑があるなら、態々、生死をかけた戦いの中で、自らの命の危険性を考えるならば、一層の事、アサシンを殺し、目の前のキャスターも諸共葬ったほうが効率的だ。
ゆえに協定を結ぶにおいて、先程の戦いの結果はこちらに敵意がないことを十分に示し、自分たちが本気であることを証明できたといえよう。
だが、それでもキャスターの疑惑が拭われない。
「貴女たちの言葉が正しいなら、全て知っているのでしょう? 私が裏切りの魔女だと知った上で、貴女たちは手を結ぼうとするのかしら?」
「勿論だ。そもそも裏切りという汚名は、悲運によるもの。なにより、私自身と貴女の目的は通じるものがある」
「私と貴女が?」
ますます怪訝するキャスターに対して、セイバーははっきりと言った。
「私もマスターのことを愛していますから」
数秒、キャスターは口を開けたまま呆然とし、次に小さく笑い、徐々に笑い声を大きくする。
「――あはははは! あの男は貴女を獅子の類だと言ったけど、なによ! なんて可愛らしい女の子じゃない!」
「で、返答は?」
恥じらいはあるのか、頬を赤くしながら訊ねるセイバーに対し、キャスターは笑みを含んだまま頷いた。
「いいわ。乗ってあげる」
そうやって差し出したキャスターの手を、セイバーは迷わず握り返した。
これにより、全八騎のサーヴァント、全マスターたちが手を結ぶことになり、聖杯戦争は殺し合い以外で終結する道を歩むことになった。
*
武装を解除して、私服姿のセイバーが柳洞寺から降りると、見知った顔がいた。
「シ、シロウ?」
「おかえり・・・・・・アルトリア」
セイバーは思わず綻んでしまう表情をゴホンっと息払いをして姿勢を正す。
「ただいま、シロウ。えっと、迎えに来てくれたのですか?」
シロウの汗があちこちから出ているところ見ると、先程急いで来たようだ。
「悪りぃ。家で待機だってことだったんだけど、イリヤが迎えに行けって」
「そうですか――」
ほんの少し残念そうにセイバーが顔を曇らせかけたが。
「まぁ、俺も迎えに行きたかったし、イリヤの言葉に甘えてきた。ああ、でも家の前のほうが良かったか? 俺と一緒に帰った方が帰り遅くなるだろうし迷惑だったか?」
「いえいえ! そんな迷惑なんて!」
首を全力で横に振って否定するセイバー。その顔はあからさまに嬉しそうだったので、鈍感な士郎でも安心して、同時に内心照れてしまう。
「そ、それじゃあ行こうか。一応、まだ夜食が残っていると思うぞ。出かける前にも、桜やアーチャーが作ってたし」
「むっ、それは楽しみです」
セイバーの反応にくすりと笑いながら二人は並んで歩きだすと、若干士郎が距離を開けた。
「シロウ?」
もしかして避けられたと思ったセイバーが若干涙目になったのを見て、慌てて士郎は弁明する。
「いや、俺、汗臭いし、嫌かなって!」
「私は気にしません。はっ! むしろ、私が臭いますか!?」
「いやいや! むしろ良い匂いするから!」
「え? あっ、そう、ですか・・・・・・」
「お、おう」
なんだか甘ったるい空気に包まれて、気まずくなった士郎が無理やり別の話題を出す。
「そ、そう言えば、使い魔を通して、大型水晶モニターからセイバーたちの戦いを見ていたんだけど、ランサーのやつが『ずるい! ずるい! ずるい! セイバーとアサシンだけずるい!』とか子供のようごねていたぜ」
「ああ、彼は戦闘狂なので羨ましかったのですね」
そんな取りとめのない会話をしながら二人は、今夜のセイバー対アサシン戦を肴にして聖杯戦争関係者が宴会している衛宮邸に帰ったのであった。
ほんとバゼットの処遇だけ悩む貫咲。
というか、大賞応募用の小説書かなければいけないので、できるだけ頑張りますが、来週更新は厳しいかも?