もしも騎士王の直感スキルがEXだったら   作:貫咲賢希

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第七話 解答

「ひっ! ひいっ!」

 

 深夜、冬木市郊外の森、間桐臓硯は逃走していた。

 自分の陣地である屋敷から抜け出し、彼を狙う刺客から遁れ様と必死だった。

 その姿は中老もとうに過ぎた小さな老人だが、実際は自身の魔術と他者の命で五百年以上も生き続けている妖怪のような存在である。

 元々はロシア出身の魔術師であり、冬木の聖杯戦争を考案した一人であり、英霊を使い魔とするサーヴァントのシステム、第二次聖杯戦争から採用された礼呪のシステムを作り上げた張本人だ。

 陰険かつ狡猾な外道であり、これまで数多くの人間に不幸や苦痛を与えてきた。魔術師の教育と称して幼い頃から拷問された間桐桜もその一人。

 そんな間桐臓硯が、恐怖に顔を歪ませながら駆けている。彼の身体は無数の蟲で構成されており、機能的にも外見には似合わないものを持ち合せているが、体力が無限というわけでもない。

 特に彼は元々、本体と身体を別々にしていた。そして、本体は桜の心臓に寄生していたのだ。

 だが、衛宮邸にて本体は寄生していた桜ごとセイバーの槍に貫かれた。

 桜の中で寄生していた臓硯も彼女の目の前にいたのがサーヴァントだとは解っていたが、まさか朝から襲われるとは思いもしなかった。

 運が良かったのか、あるいは彼の生への執着ゆえか、臓硯の本体はサーヴァントの一撃で葬られることはなく、一命を取り留めた。

 そして、セイバーが桜に寄生していた刻印虫を駆除している間に、彼の本体は素早く桜の身体から脱出し、間桐の屋敷に居た自身の身体へ合流を果たした。

 しかし、休む暇もなく、彼の元へ襲撃者が現われる。

 なんとか屋敷に設置していた結界や罠で時間を稼ぎ、外へ逃れることができたが、追手が直ぐに臓硯を捕えるだろう。

 本体が傷ついていたことでいつも以上に身体が動かない。彼を狙う存在が今この瞬間に現われても不思議ではない。

 それでも、臓硯は観念することなく我武者羅な逃走劇をしていた。それが無意味であると知りつつも、彼は諦めることはなかった。

 もっとも、思いだけで事が上手く運ぶことなど世の中、簡単ではない。

 

「ひっ!」

 

 瞬間、間桐臓硯の眼前に赤い槍が突き刺さる。

 

「鬼ごっこは御終いだぜ、ジジイ」

 

 振り向くとそこには青い衣装のランサーがいった。

 

「貴様の逃走劇は中々面白かったが、もう飽きた」

 

 彼に続く様にして現われたのは黄金のサーヴァント、ギルガメッシュ。

 

「ああ、確かにそのとおりだ。何度も変わりの映えしない娯楽では愉悦できん。早々に仕事を終わらせるとしよう」

 

 そして、最後に現われたのは言峰綺礼だった。

 

「や、やめろ! ワシに乱暴する気じゃろ!? エロ同人誌みたいに!」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ、糞ジジイ!」

 

 ランサーが怒鳴りながら投擲した槍を回収し、臓硯に向ける。

 サーヴァント二騎に元代行者が一人。どれか一つでも臓硯にとっては分が悪い勝負だがこの戦力差はまさに絶望的だ。

 自分より圧倒的までに格上を前にして臓硯が叫ぶ。

 

「な、なぜじゃ!? なぜ貴様らがワシを狙う!?」

 

 間桐臓硯は今回の聖杯戦争である策略を企んでいた。

 だが、その事は目の前の相手に知る由もない事のはず。

 更には始まりの御三家であり、今後の聖杯戦争の運営にも関わる臓硯を殺すことで彼らにどんなメリットが発生するのかが謎だった。

 そんな困惑を隠せない臓硯の叫びを訊いたサーヴァント二騎はそれぞれ複雑そうに顔を顰めさせる。

 

「まぁ、それには色々と面倒なことがあるんだよ」

「どんな理由があろうが蟲が知ったことで意味はなかろう。

 我が決定したことだ。異論は認めん。黙して従え」

 

 ランサーは微妙な気持ちで、ギルガメッシュは苛立ち混じりでそれぞれ思うことを口にする。

 

「?」

「どの道、貴様に決定権は存在せぬよ、間桐臓硯」

「くっ!!」

 

 綺礼の言葉で臓硯は更に顔を歪ませ、もはやコレまでか? と感じた時、綺礼は笑みを浮かべる。

 まさに、聖職者のような清らかな笑み。だが、臓硯は彼が人格破綻者なのは知っている。

 その笑みの裏でどんなことを考えているのか、普段の臓硯なら興味深そうに待ち望む余裕を見せるとこだが、自身に向けられるものなので空恐ろしくて仕方なかった。

 

「安心するがいい、別に殺しはせんよ。ギルガメッシュ」

「ああ」

 

 ギルガメッシュが頷くと、王の財宝からある品が取り出された。

 刹那、激臭が爆発した。

 一気に立ち広がる薫りに、臓硯は鼻から、口から刺激され全身が振るえ上がる。

 英雄王が取りだしたのは、麻婆豆腐だった。だが、ただの麻婆豆腐でないことは臓硯でも理解できた。

 赤黒いラー油は見ただけで劇物だと知ることができる。本来白いはずの豆腐すら、宝石のように紅いのは何故か?

 見たものに恐怖しか与えない存在が、臓硯の眼の間にレンゲが備えられて置かれる。

 そして、綺礼は言った。

 

「遠慮はしなくていい。早く食べるがいい」

「!?」

 

 臓硯は信じられなかった。

 いや、わざわざ自分の目の前に出したのだろうから、最初から臓硯に食べさせる気でいたのだろうが、彼はそれを全力で否定したかった。

 あんなものを食ってしまったら死んでしまう。仮に生きながらえたとしても、永遠に辛味という苦痛が臓硯の舌を蝕むだろう。

 なぜこんなにものを食べないといけないのか? こんなことなら一思いにサーヴァントの槍で殺されたほうがましではないか! だいたい、周りの三人は何故かこの地獄を眺めながら端から涎を垂らしている。そんなに食べたければ、自分たちが食べて自害すればいいものの、何故この状況で態々臓硯に食べさせようとするのか理解不能だった。

 だが———。

 

「なっ・・・・・・・・・?」

 

 気づけば臓硯はレンゲを自らの手に取っていた。

 最初は何かしらの宝具か魔術の力だと錯覚したが、それが的違いだと知ると愕然とした。

 あろうことか、己から麻婆豆腐を食べようとしているのだ!

 確か臓硯は食することを拒否している意志があった。だが、何ゆえか身体が周りの三人同様口から濁流のように涎を垂らし、レンゲを手にとって、麻婆豆腐に伸ばしていた。

 意志が、魂が拒否しても、本能が、もはや人とも呼べぬ身体が、麻婆豆腐を食したいと渇望している。

 

「あ、ああ、ああああ——」

 

 自らの行動に呆然とする臓硯だったが、事態は進み、レンゲによって取られた麻婆豆腐が彼の口の前までやって来た。

 思わず気が触れそうな激臭に臓硯は意識を失いかけたが、同時に食べてみたい欲求も生まれてきたのだ。

 身体を犯す麻薬同様に、この麻婆豆腐にも人を寄せ付けるおぞましい魔性が宿っているのか?

 そんな疑問は直ぐに消え、とうとう臓硯は拒んでいた意志は食したい欲望に塗りつぶされながら、その麻婆豆腐を、口に入れた。

 

 ——————辛い?

 

 ———辛イ。

 

 辛い   い  辛  イ  ■  い。

 

 

 

 

 

 辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ辛い辛イ!!!!

 

 なんという辛さ。この世全ての辛味だと言われても納得できるほどの辛さだった。だが、今の臓硯にはそうやって冷静に判断できる思考はなく、ただ全身を麻婆に嬲られていた。

 しかし、その手は止まらない。

 最初の怯えるような動作から信じられないような速度で、臓硯は皿を乱暴に掴み、麻婆を口の中に流し込み咀嚼する。

 辛い。

 辛味地獄の中、僅か芽生えた意志があった。

 ああ、確かに辛い。

 それは、臓硯に残されたちっぽけな理性。

 こんなにも辛い。死ぬほど辛い。信じられないほどの辛さだ。

 ああ、だが、何故、こんなにも————。

 

「———こんなにも美味いのだ!?」

 

 吼えながら臓硯はなおも喰らい続けた。

 地獄のような辛さの中で交じり合う様に美味が混同している。

 まず感じたのは激痛のような辛味の中にある様々旨味。染み渡る油、様々な薬味を舌にからみつくトロミよって逃さず、味が舌から離れず、ラー油の中で統率されていた。

 更に驚くべきことは食感。通常、麻婆豆腐はその性質上、ふやけたものになるのだが、これには確りとした歯ごたえがある。

 この秘密は肉。正確には大豆を水煮して潰した後、醤で味付けして揚げたことにひき肉の様な食感になった大豆肉。それは麻婆の中でも確りと歯ごたえを保持し、口の中で素晴らしい調和を生み出していた。

 また、豆腐も格別だった。唐辛子などを練り込んだことにより、豆腐自体にも味がついており、無数の穴を付けることによって、麻婆の味もしみ込ませた。そのような細工をすれば型崩れが起きるものを、この麻婆を作った料理人は見事それを防いだ。

 なにより使っている素材がどれも素晴らしい。どれも上質なモノ、あるいは入手が困難で幻の食材とまで呼ばれる品々。それらは全て自己主張が激しく、扱いにも難しいのだが、この麻婆豆腐を生み出した料理人は、全ての食材の良さを殺さず生かし、神妙な一品を仕上げたのだった。

 煉獄のような辛味に犯されながら、とても饒舌尽くし難い幸福で満たされていく。

 臓硯は大量の汗を流しながら、一心不乱で麻婆豆腐を食べ、不思議なことに徐々に根絶したはずの髪の毛が生え、干からびた肌は肉付き、艶やかになる。

 まるで若返りではない。まさに臓硯は若返っているのだ。

 もっとも、若返りの薬や浸かれば若返る温泉も存在するので、素晴らしい料理がそれと同じ効能になっても不思議ではなく、ランサー以外の二人は冷静であり、「え? なにこれ? え? え? なんでてめぇ達そんなに冷静なんだ!? ええ!? えええ!?」と驚き騒ぐ槍兵を無視して臓硯を見守っていた。

 そして、食べ終えた臓硯は静かに空になった皿の上でレンゲを置き、静かな眼差しをギルガメッシュに向けた。

 

「これは貴方の宝具ですか、英雄王?」

 

 イケボの問い掛けにギルガメッシュが首を横に振った。

 

「騎士王の直感が見出し、我が財を使って贋作者が生み出した料理。荒野を駆けた少年が辿りついた唯一無二の理想郷よ」

 

 『至高天到る理想郷(グラズヘイム・ウトピア)』。

 セイバーがアーチャーの調理技能を見抜き、ギルガメッシュの財にある食材や調理器具を使えば宝具勝る料理ができると直感で言い当てた。

 それを聞いていたアーチャーのマスターである凛は、恐喝でギルガメッシュの財を在る程度奪った後、アーチャーに試しに作らせた。

 それが『至高天到る理想郷』の誕生である。

 特定の料理の名前ではなく、アーチャーが最高の素材と最高の調理器具で、自身の技術を使い生み出した最高の料理。味は天に至るほど美味であり、様々効果も食べたものに与える。

 最初に食べた凛はかなりご満悦になり、近くで苦しんでいた三人の男に慈悲と称して、一欠けらだけ施した。

 まるで野良犬に餌でも与える行為に英霊の二人は憤慨したが、すぐにその料理を前に屈服してしまう。この料理が再び食べられるのなら、どんなことでも耐えられるとの変貌だ。

 それを見た凛は思った。これは使える。

 そして、凛は間桐臓硯を自らの手中に納めるため、彼にこの料理を食べさせることに決めた。ただ食べさせるのも癪だったため、極上の辛さを伴う料理を作らせたが、アーチャーが作りだす料理は規格外だ。おそらく大丈夫だろう。万が一、辛さで果てても、それはそれで処理するつもりだった。

 だが、アーチャーが生み出した『至高天到る理想郷』の麻婆豆腐は彼女の予想を遥か上に行った。

 臓硯は未だ汗を滝のように流し、舌に直接無数の剣を突き刺されたような激痛を感じながらも、どこのなく爽やかな笑みを浮かべる。

 

「所詮は騎士王の直感によって生まれ、貴方がいなければ成立しなかった幻想。

 だが、その幻想も侮れません。

 よもや、あそこまで穢れた私を浄化しようとは」

 

 臓硯が変ったのは中身だけではない。心も若かりし頃、この世の悪を抹消する使命に燃えていた正義の心を取り戻していた。

 そして、同時に彼は悟る。

 彼が先程食べた麻婆豆腐はまさに世界そのものなのだと。

 地獄のような辛さと天国のような美味は、絶望の中にも幸福が入り混じる世界によく似ていた。

 嘗ては正義として在り、そして畜生に成り下がっていた臓硯だからこそ理解できる。

 絶望があるからゆえ希望があるように、悪があるゆえ善がある。光と闇、相克するものこそ世界が存在するということだ。

 仮にこの世の悪を全て無くせば、残りは善ではなく、ただの虚無だ。それが解らず、ただただ悪の根絶を夢見て、生きながらえた挙句、自身が倒すべき外道になったなどなんとも愚かしいことをした。

 自分はただ、精一杯生きて、誰かが泣くことを止めれば良かった。

 五百年月日を重ねて、ようやく辿りついた答えだった。

 歓喜ゆえか、未だ口の中に存在する煉獄のような苦痛ゆえか、臓硯は眼から涙を流した。

 

「どうか美味かったと伝えてくれ。生恥を晒した私は自害を——」

「この愚か者が!」

 

 臓硯が言い終える前に綺礼が一喝した。

 

「貴様は、あの料理を食べて何を見た!? どんな答えを見出した!? ただ、己の愚行を振り返り、それを悪として自らの命を断とうというなら、私は聖職者として全力で貴様を止める!」

「な、なら——どうしろと?」

「贖罪は生きることでしかできない。貴様が罪を悔い改める心があるのなら、生きて、それを為せ。万、億、京、那由他の責苦で苦しもうとも、新に貴様が贖罪を求めるならば、その苦しみの中で足掻くがいい。貴様には償うべき人間がいるだろう?」

「はっ!?」

 

 臓硯はそこで思い返す。自分が今まで苦しめて少女の顔を。

 

「・・・・・・私に、できるのだろうか?」

「機会は遠坂凛が与えよう。求めるなら手を取れ」

 

 そうやって差し出した手を、臓硯がじっと見た後、覚悟を決めたように握ると綺礼は嗤った。

 

「喜べ、臓硯。貴様の願いは叶う」

 

 そうして、綺礼はギルガメッシュと共に、臓硯を連れてその場を後にした。

 ただ、ランサーだけは急激な事態についていけず、呆然と立ち尽くしており、そのまま置いてけぼりにされていた。

 誰もいない中、ランサーは空を見上げて、吼える。

 

「茶番だ! 言峰———————!!」

 

 *

 

「む」

「どうしたの、セイバー?」

「いえ、そろそろご飯ができるかなと思いまして」

 

 セイバーのその台詞にイリヤは楽しそうに笑った。

 

「もう、セイバーたらその台詞何回目よ? 食いしん坊なんだから」

「イリヤ、その言葉は屈辱です」

 

 セイバーは不満そうに拗ねるが、自覚もしているので否定はできない。

 ちなみに、セイバーは自分の直感によって生まれた宝具の力で、ワザと自分が見逃した悪が改心したことを、その直感で感じたが、エプロンを着た士郎の後ろ姿に見惚れていたのでその情報は頭の隅っこに流していた。

 

「よし、できたぞ」

 

 そうすると士郎が様々な料理を乗せた御盆を二人が座っている居間に持ってきた。

 士郎がテーブルの上に自身が作った料理を並べると、二人の少女は眼を輝かせた。

 

「うわ、美味しそう!」

 

 はにかんだような笑みでイリヤが並べていく料理を眺め、セイバーはなにも言わないが期待に満ちた瞳で食事の開始を待つ。

 そんな二人の反応を嬉しく思いつつも、士郎は少し申し訳なさそうな顔した。

 

「期待してくれるとこ悪いけど、セイバーやイリヤの舌に唸らせるか少し心配だな」

「そう? 私は美味しそうだと思うけど」

 

 イリヤがそう言うものの、士郎の顔は浮かなかった。

 自分の未来の姿の一つであるアーチャーは、条件が整えばその料理が宝具の域まで到るころができる。

 しかし、ここにいる衛宮士郎にそれはできない。

 誰かに負けるのはいい。だが他の誰よりも自分自身に負けるのは嫌だった。

 だが、それよりも自分の料理を期待する義理の姉と、自分を好いてくれている少女の心に応えられるかが不安だった。

 彼女たちは自分の未来が、宝具に至るまでの料理を生み出すことを知っている。

 その期待を裏切る結果になるのを恐れた士郎は彼女たちに喜んでもらおうと全力で頑張ったが、やはり彼の中の暗雲は消えなかった。

 そんな士郎の顔を見たセイバーは一足先に手を合わせる。

 

「いただきます」

「あ———」

 

 士郎が見る前でセイバーは小さな口に小芋の煮物を入れる。

 セイバーは口の中で何度も噛みしめた。けして特別な食材を使っているわけではない。だが、セイバーは顔を綻ばせながら、飲み込み、士郎に告げる。

 

「やっぱり、美味しいです」

 

 それは彼女の直感を使わなくても分かっていたことだった。

 自分たちのために彼が一生懸命料理を作っていたのは知っている。きめ細かな作業をしていたことを、厨房から漂う香りから味に問題がないことも察することができた。

 

「うん、本当美味しい!」

 

 セイバーに続くようにしてイリヤも料理を口にし、満足そうな笑みを浮かべる。それを見て、ようやく士郎は安心した顔した。

 そんな士郎に向かって、セイバーは微笑む。

 

「シロウ。確かに貴方の料理は貴族が食べるような絢爛豪華な御馳走、アーチャーが作る規格外の宝具に劣るかもしれない。

 でも、私たちはそれでも満足です。今ここにいるシロウが作ってくれた料理が、なによりも代え難い御馳走だ」

「セイバー・・・・・・」

「うん、セイバーの言うとおりだよ。屋敷とかで食べる料理とかも美味しいけど、シロウの料理は心が、こう温かくなる感じがする」

「イリヤ・・・・・・」

「さぁ、シロウも食べてください」

 

 セイバーに促されて、士郎も自身が作った料理に手をつける。

 予想通りの味だった。自分でも上手くできたと思うが、おそらく、いや、必ずアーチャーはダメ出しをするだろう。

 そんな料理を二人は美味しそうに食べてくれる。

 

「・・・・・・」

「どうですか、シロウ? 貴方が作った料理は?」

「上手くできたと思う。だが、まだまだ。今度はもっと美味い飯を二人に食べさせてやるよ」

「はい、期待しています」

 

 にっこりと笑うセイバーの顔を見た士郎は、急に恥かしくなったのか照れ隠しのようにガツガツとご飯を頬張る。

 その士郎の様子に見たセイバーはキョトンとした後、直ぐに納得したように頷く。

 

「どうしたの?」

 

 そんな不思議な反応に疑問を抱いたイリヤがセイバーに訊ねると、彼女は何でもないことでも言うように答えた。

 

「いえ、ただ———好きな相手を照れさせるっというのは、すごく幸福な感じがしました」

 

 それを聞いた士郎は顔を真っ赤にしながら吹き出し、行儀の悪さを二人に咎められるのであった。


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