もしも騎士王の直感スキルがEXだったら   作:貫咲賢希

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 どんな流れでも、この話はギャグです


第五話 赤槍

 落日は赤色だった。見渡す限り、空も大地も、全てが血の色だった。

 鉄と血が混じった臭いの中、そこに転がる亡骸は全て、ある一人の少女を王と信じ、輝きし凱旋を共にした者たちだった。

 かつて仲間であった彼らは二つに裂かれ、互いに互いを斬り合い、敵と殺し合って諸共絶入った。

 アーサー王最後の地、カムランの丘、第四次聖杯戦争を終えたアルトリアは血染めの大地に再び彼女は崩れ落ちた。

 アルトリアという英霊は、サーヴァントから契約が解き放たれた後、『英霊の座』ではなく、このカムランの丘に連れ戻される。彼女は死して正規の英霊となりサーヴァントとして召喚されたのではなく、世界と契約して聖杯を手にする機会をとりつけたのだ

 認めたくない結末。それを覆したいために彼女は『世界』に死後の魂を委ねて、聖杯を求めた。それは、彼女が聖杯を手にするまで何度も繰り返し、時の果てで聖杯を争奪する戦いに何度も駆り出される。そして、手にすれば彼女は『世界』の『守護者』となる。

 彼女は呆然と辺りを見渡す。

 悲惨な光景だ。だが、万能の願望機、聖杯。その力があれば、必ずこの光景を変えられると信じた。

 

「ぐ・・・・・・」

 

 再び目にした惨状に、アルトリアは溜まらず嗚咽を漏らす。

 全ては自分が招いた結末だ。

 自分の血を分けた息子であり叛逆の臣になったモードレットによる反乱も、ランスロットやギネヴィアの苦悩を見逃したように、自分が災厄の萌芽を見逃し招いてしまった終幕だ。

 

「・・・・・・ごめん、なさい・・・・・・・・・・・・」

 

 一体誰に向けたものか分からないが、彼女は詫びずにはいられなかった。

 全ては人の気持ちが分からない王が招いた結果だ。

 それを悔いただけなら、自分が王に成らなければよかったと思えば、彼女は選定のやり直しを願っていただろう。

 

 だが、彼女はそうはならなかった。

 時の果て、聖杯をかけた戦いで、彼女は盟友と出逢ったから——。

 

 *

 

 ランスロット、裏切りの騎士の汚名を着せられた彼は、狂戦士と成り、憎悪を持って自分に剣を振るった。

 煉獄の炎の中、怨嗟を孕んだ猛威に彼女は為す術もなく、彼に勝てたのは彼のマスターが魔力の消費に耐えられなかっただけのこと。

 止まった身体を見逃さず、アルトリアはその胸に聖剣を突き刺した。

 

「・・・・・・それでも私は、聖杯を獲る。そうでなければ、友よ・・・・・・そうでもしなければ、私は何一つ貴方に償えない」

「——困った御方だ。この期に及んでもなお、そのような理由で剣を執るのですか」

 

 サーヴァントという枷から解き放たれた彼は、消滅の間際、狂化から解かれて、穏やかな瞳で泣き崩れる彼女を見守っていた。

 

「ランスロット・・・・・・」

「ええ、忝い。だが私も、こういう形でしか想いを遂げられなかったのでしょう・・・・・・」

 

 慈しむような眼差しで、湖の騎士は剣を突き刺されたまま続ける。

 

「私は・・・・・・貴方の手で、裁かれたかった。王よ・・・・・・他の誰でもない、貴方自身の怒りによって、我が身の罪を問われたかった・・・・・・」

 

 先程まであった激情は消え失せている。澄み渡る湖のような静かな気持ちで、ランスロットは静かに言い続けた。

 

「貴方に裁かれたのであれば・・・・・・貴方に償いを求めていたのならば・・・・・・きっと私でも贖罪を信じて・・・・・・いつか私自身を赦すための道を探し求めることができたでしょ。・・・・・・王妃もまた、そうだったはずだ・・・・・・」

 

 深く息をつき、ランスロットは彼女に倒れ込む。もはや彼に、自身で立つ力も残っておらず、その体が霞むように消えていく。

 

「この歪んだ形とはいえ。最後に貴女の胸を借りられた・・・・・・」

 

 まるで夢でも見るかのように彼は穏やかに呟く。

 

「王の胸に抱かれて、王に看取られながら逝くなど・・・・・・はは、私はまるで・・・・・・忠誠の騎士だったのようではありませぬか・・・・・・」

「何を——貴方は——」

 

 伝えたい想いがあった。切なげに自分を見つめている友に告げたい事があるが、今にも消えてしまいそうな彼の姿を見て、急くあまり言葉を詰まらせる。

 駄目だ。

 未だ戦闘時だった故が、彼女の直感が告げる。それでは、本当に彼に報いることができない。

 二人の出会いは悲劇だったかもしれないが、今、この瞬間だけ、その運命に感謝する。

 一瞬で息を整えて、アルトリアは真っ直ぐと自分に抱かれる彼の顔を見ながら告げた。

 

「まるで、ではなく、まさに忠誠の騎士だ。ランスロット、だって、貴方は私達を何度も助けてくれた盟友なのだから」

 

 それを聞いたランスロットは一瞬驚いた顔になると、先ほどとは違った穏やかな笑みを彼女に向けていた。

 もはや彼の身体は下から首まで無くなり、あと数秒で消え去る残滓だったが、地獄のような炎の中、澄み渡る清流のように眩しく、美しかった。

 まるで全てが報われたような笑みを彼は自身の王に向ける。

 

「勿体ない言葉です。ああ、貴方の騎士であれて本当に良かった」

 

 最後にそう言い残し、ランスロットは完全に消え去った。

 既に居なくなった盟友に向かって、アルトリアは言う。

 

「それはこちらの台詞だ、友よ」

 

 *

 

 自分が王でなくなるということは、それらの出逢いを否定するということだ。

 確かに色んな悲運があった。多くの命の嘆きがあった。それでも、それから未来に続くことを、彼女は時の彼方に旅だったことで知ることになった。

 なにより、あの友の笑みを消すことだけはしたくなかった。彼らと共に過ごした日々を、全てなかったことにして、汚してしまうことが怖かった。

 我儘なのかもしれない。これは王として完璧な判断ではないかもしれない。

 だが、元より彼女は完璧ではない。真に完璧であれば滅びることもなかったはずだ。

 完璧ではない彼女に欠落したモノ。誰かが言った、王は人の気持ちが分からない、と。

 

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで、アルトリアは悟る。

 自分は完璧を目指すあまり、完璧ではなかった。人の上に立つ者が、人の気持ちを理解していなくては、ただの装置だ。カラクリに人はついていけないだろう。

 ならば、自分がまず為すべきことは、理解すること。

 戦いの中だけではなく、常に直感を張り巡らせ、可能な限り理解し、自己の信念だけではなく他者の願いをも聴き受ける。

 それができなければ、自分は何度も間違えるだろう。例え聖杯を手に入れても、自分は間違った願いを叶えてしまう。

 そう思うと、彼女の中で色々な考えがこみ上げてきた。

 衛宮切嗣。聖杯を前にして、自分に破壊を命じたマスター。少し前の彼女は彼に関して、諦観と怒りを感じていたが、現在のアルトリアにそれはない。

 誰よりも純粋に世界の平和を願ったゆえに、誰よりも非情で在ろうとした男。

 その男がようやく己が願いを果たす願望機を前にして、それの破壊を望んだのであれば、それには何かしらの理由があったはずだ。

 分からなかったから、見通すことができなかったから、理解し合うことができなかったから、彼に対してそんな想いしか抱けなかった自分を恥じた。

 そして、本当に自分は彼を理解しようとしたのか? 自分の信念ばかりを貫くことを優先にし、彼の本心を理解しようとする努力をしたのだろうか。

 あの男は確かに非情だ。だが、愛を知らないわけではない。娘や、妻を確かに彼は愛していた。ならば、分かりあえる道もあったはずだ。

 そして・・・・・・。

 

「モードレッド・・・・・」

 

 彼女は自然とその名を口から零した。

 反乱の原因であり、自分の血を分けた子、モードレッド。

 自分の近くに倒れる、その亡骸に、アルトリアは思わず目を向けて、愕然とした。

 先程まで理解し得なかったことが、不思議と今の彼女には雷鳴の速度で脳に伝達する。

 

「モードレッド、貴方は——」

 

 思わず手を伸ばし、自分の身体が崩れ落ちる。

 

「くっ!」

 

 もはや彼女に、自力で立ち上がる力など残されていなかった。

 それでも、動かない身体で血みどろの大地を這い、その手を伸ばす。

 その先には、一切動かない、悲運の息子、否、息子と思っていた彼女(、、)の亡骸。

 自身の手で、全てを狙い穿つ赤い聖槍で、貫いた相手。

 触れたところで何もならない。モードレッドは声を発さない。既に息絶えているのだ。仮に息を吹き返したとしても、逆に自身へトドメを刺さそうとするだけだ。

 無意味な行為、他者から見れば先程まで殺し合っていた相手に必死に近づこうとする不可解な行為。それでも、彼女は手を伸ばす。どうしたいかなど、彼女にも分からない。

 だが、そうしなければ成らぬと、自身の直感が、心が、意志が、魂が語りかけてくる。

 だが———結局、彼女の手は届くことはなかった。

 

 *

 

 朝、拍子の向こうから差し込む日差しの中、衛宮士郎は自室で目を覚ました。

 彼は夢を見ていた。あれはアーサー王、アルトリアが国に滅ぼされた終末。

 だが、奇妙なことに、彼女は自分に破滅を招いた逆臣であるモードレッドへ手を伸ばしていた。

 どうして彼女がそんなことをしたのか分からない。

 だが、その姿はまるで子を求める親のように見えて、酷く切なくなった。

 思わず、自分も夢の中の彼女に重ねるようにして、天井に向かって手を伸ばす。

 

「起きられましたか、シロウ」

「あっ・・・・・・」

 

 気づけば、自身の近くで正座をしているセイバーが居た。

 彼女の来ているものはスーツだ。どこからか見つけてきたのか、自分にサイズあったスーツを家の中から自ら見つけてきて、いまは白いシャツに黒いズボンだけのラフなスタイルで正座し、自分を見つめている。

 

「おはよう、セイバー」

「はい、おはようございます、シロウ」

 

 士郎が起き上がると、自分の腕を掴んでいる何かを見つけた

 そこには猫のように丸くなって眠っているイリヤが、しっかりと士郎の袖を掴んでいたのだ。

 昨晩、イリヤの我儘で三人は一緒の部屋に寝ることになった。

 最初は躊躇いもしたが、また泣きだすかもしれないとも考えたので、結局三人は川の字に並んで布団を敷き、一緒の部屋で寝ることになったのだ。

 ちなみに、その時、士郎は自身の寝巻をセイバーに貸しており、その時きていた寝巻は綺麗に畳まれて、彼女が寝ていただろう枕元に置いてある。

 なお、説明する必要はないかもしれないが布団の順は、士郎、イリヤ、セイバーであり、真ん中のイリヤは泣き疲れたのか直ぐ寝てしまって、士郎と言えば、近くにいるセイバーに何度も目が行ってしまい中々寝付けなかったのであった。

 

「よく眠れたか、セイバー?」

 

 未だに残る恥じらいを隠す様に士郎が訊ねると、セイバーは穏やかな笑みを向けたまま答える。

 

 

「本来、サーヴァントである私に睡眠は不要なのですが、昨晩は良い時を過ごせました」

「? そうか、なら良かったけど・・・・・・」

 

 微妙に可笑しな返事だと士郎は感じたが、そこまで気にすることなく彼は疑問を流した。

 実はセイバーは昨日から寝ておらず、意中の相手が直ぐ近くにいるのに緊張していたずっと起きていた。ただ、士郎とイリヤのあどけない寝顔を眺めるのは彼女にとって素晴らしい時間だった。

 一瞬部屋の中が静かになると、コンコン、と包丁の音が聞こえてきた。

 

「桜か・・・・・・」

 

 自分の後輩である間桐桜が自分の代わりに朝食を作ってくれているのだろう。

 そう感づいた士郎は自分の袖を握っていたイリヤの手を丁寧に離し、布団から立ち上がった。

 

「セイバー、悪いけどイリヤを起こして布団を片づけてくれないか? 俺は台所に向かう」

「はい、了解しました。マスター」

 

 士郎としては軽い気持ちでお願いしたつもりなのだが、凛然とした態度で頷くセイバーに内心で可笑しそうに笑う。仮にそれを表に出していては、真面目である彼女から不評を買っただろう。

 そうして士郎は自室から出て、朝食を作ってくれているだろう桜がいる台所へ向かった。

 

 *

 

「あっ! おはようございます、先輩」

 

 士郎がやって来た途端、桜は陽ざしのような笑みを浮かべて挨拶をする。

 

「おはよう、桜。悪いな、朝食作ってもらって」

「いえいえ。先輩には色々とお世話になっていますし、私にできることはこれくらいですから」

「世話になっているのはこっちだよ。で? なにか俺にできることないか?」

「もう仕上げだけなので、手伝ってくれるなら先輩は机にお料理を並べてくれると助かります」

「ああ、わかった」

 

 桜に言われた通り、士郎は出来ていた料理を机に並べ、全員の味噌汁とご飯をよそった。当然、そこにはセイバーとイリヤの分も含まれており、そろそろやって来るであろう来襲者の分も準備する。

 

「ふぁああ・・・・・・」

 

 そこに口をあてて、可愛らしい欠伸をしながらイリヤがやって来た。すぐ後ろにはセイバーもいる。

 

「おはよう、イリヤ」

「おはよう、シロウ。わぁ! もしかして、シロウが作ったの?」

 

 机に並べられた日本食を見て目を輝かせながら訊ねるイリヤにシロウは苦笑しながら首を横に振った。

 

「いや、これは後輩の桜が作ってくれたやつだぞ」

「えぇぇええ。ちょっと、残念」

「そんなこと言ったら作ってくれた桜に失礼だろ。俺の料理は今晩作ってやるから我慢してくれ」

「本当? 楽しみにしているわ!」

 

 嬉しそうに笑ったイリヤは直ぐに士郎の隣に座る。先程の話を聞いて、自身も期待を膨らませていたセイバーも、イリヤが士郎の隣に座ったのを見ると、反対側で素早く座った。

 

「先輩——え?」

 

 そこで台所から桜がやって来て、石化したかのように呆然と立ち尽くした。

 無理もないだろ。突然、見知らぬ異国の少女が二人も現われて、自分が慕っている先輩の隣にさも当然かの如く座っていれば彼女のような反応になっても不思議ではない。

 

「桜も立ってないで、座ったらどうだ?」

 

 そんな桜の動揺を察していないのか士郎は立ったままの彼女に座ることを促す。

 

「え? あ、はい・・・・・・」

 

 どこか消沈したように返事をした桜は、仕方なくセイバーから少し離れた場所で座るももの、イリヤやセイバーに警戒と嫉妬混じりの視線を向けていた。

 特にセイバーが現在座っている場所は今まで自分の特等席なのだ。それがいきなり現われた見ぬ知らずの相手に奪われて、彼女の心は気が気でなかった。

 そんな彼女の内心を知らない鈍感の士郎は全員が座ったことを確認すると手を合わせた。

 

「それじゃあ、食うか。いただき—————」

 

 

 

 

「おっはよう、諸君!!!!!!」

 

 

 

 

「————ます。ところでセイバー達は箸を使えるのか? なんなら、スプーンでも持ってこようか?」

「ご心配には及びません。以前にも食べたことがありますので、御箸の扱いにはなれています」

「私も淑女の嗜みで大体の国のテーブルマナーはならったからできるよ」

「そっか、なら必要ないな」

「無視しないでよ、士郎!!!!!」

 

 登場したのにまったく反応がなかった藤村大河の嘆きを、士郎は呆れた視線で対応した。

 彼女は士郎たちと昔からの知り合いであり、色々と世話をしていたというのは本人談。実際、世話しているのは士郎のほうなのが最近では多い。

 

「いつものことだろ、藤ねえ。つうか、食べるなら座ったらどうだ?」

「そうね~。あっ、桜ちゃんご飯よそって」

「あっ、はい」

 

 さっきの嘆きはどこに行ったのか、藤村座り、自分でよそえば良いものの桜にご飯をよそうのをお願いする。

 

「ううん、みそ汁の良い香り☆ 日本人に生まれてきてよかったわ~。あっ! この煮物も美味しいわね。桜ちゃん腕上げたわね!」

「ありがとうございます」

「よ~し、次はこれを食べようかなって、あああああ!? もう、肉団子がない! ちょっと、貴女食い過ぎじゃない!?」

「これは誰のものでもないので速いもの勝ちです」

 

 藤村の指摘にしれっとセイバーは答える。彼女は独占したわけでもなく、士郎とイリヤ、ついでに桜にも自身が最も多く消費した肉団子をよそってあげている。

 ちなみに消費率はセイバーが九、他が一だ。

 

「なによう! よろしい、ならば戦争だ! この佃煮は貰った!」

「ならこのサラダは頂きます」

「なんだか穏やかじゃない朝食ね。まぁ、楽しいからいいけど。あっ、シロウ。それって醤油でしょ? とって」

「いいけど、イリヤは玉子焼きには醤油派なのか?」

「別にそんなんじゃないけど、醤油の味がどんなものか試したいだけ」

「先輩・・・・・・・・・・・・」

「はっ! 私の分の焼き魚がない!」

「いったい、いつからそこに焼き魚があると錯覚していた?」

「なん・・・・・・だと?」

 

 そうこうして衛宮家の朝食は騒がしいまま続いて、そのまま終わった。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 食後、桜が淹れてくれた緑茶を飲んで藤村が一息つき。

 

 

「って、誰なのよ、そこの二人!!」

 

 昔に流行っていた漫才師のようなポーズで、同じく緑茶を飲んでいたセイバーとイリヤを指差した。

 

「藤ねぇ、人を指差すのは失礼だぞ。というか、つっこむの遅いな」

「そんなことはどうでもいいのよ、士郎!! なんなのこの二人!? いつから知らぬ間に女の子を家に連れ込むような駄目な子になったの! というか、片方はロリ! 圧倒的にロリっ子! こんな小さい子を連れ込むなんて犯罪よ、犯罪!」

 

 藤村の主張に桜がコクコクと頷く。そんな憤る虎のような藤村に士郎は変わらず呆れるような態度をとる。

 

「小さいつっても、イリヤは俺たちよりも年上だぞ」

「なん・・・・・・だと?」

「そのネタは二度目だ。まぁ、紹介するのが遅れたのが悪かったけど、イリヤはじいさんの娘だ」

「はい? 切嗣さんの?」

 

 予想外の言葉に藤村はきょとんとする。そこで士郎に変ってセイバーが説明しだした。

 

「彼女の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ドイツの名家の令嬢であり、私はその護衛としてきたセイバーといいます」

「ご紹介にあずかりましたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。以後、お見知りおきを」

 

 イリヤは立ち上がって、スカートの裾を両手で軽く持ち上げながら礼をした。その姿は様になっており、令嬢と言われたら納得せざるをえない。

 

「そして、シロウの言葉通り。彼女は衛宮切嗣の御息女でもあります」

「そんな、全然似てない————」

「そうですか? 目元とか似ていますよ?」

「あっ、ホントだ。本当に切嗣さんの娘さんみたいね」

『ええええ』

 

 余りにも細かい場所をセイバーが指摘し、更に納得してしまった藤村の様子に、二人以外は思わず唖然としてしまった。

 

「彼女は訳あって今まで切嗣と逢えなかったのですが、此度はとある機会に恵まれて冬木の地にやって来ることができました。ですが・・・・・・・・・」

「あっ、切嗣さんは————」

 

 既に切嗣は亡くなっている。藤村は悲しげな眼差しでイリヤを見つめているが、当のイリヤはあっさり納得した藤村にドン引きしていたりする。

 

「イリヤスフィールちゃん?」

「え、いや、長いからイリヤでいいけど」

 

 潤んだ瞳で自分を見てくる藤村に思わずイリヤは後ずさった。

 

「イリヤちゅゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

「え? きゃああああああああああああ!!」

 

 突然、藤村は号泣しながらイリヤに抱きついた。

 

「ごめんね、ごめんね、イリヤちゃん! 遠路遥々来たのに酷い態度してごめんね!!」

「いや、別に気にしてないし、というか泣きながらほっぺ擦りつけないで!」

「でも、切嗣さんはもういないの!!」

「知ってるわよ! すっごくデリカシーないことを泣きながら言わないでよ!」

「ちなみに——」

 

 面倒なことになったところでセイバーが声を切り出した。

 なにか事態を収拾することでも言うのかと士郎と桜は期待したが、セイバーの言葉は火に油を注ぐことになる。

 

「貴女、女の感ですが、イリヤスフィールの母親にも会っているようです」

『え?』

 

 不可解なセイバーの言動に周りは呆然とするが、イリヤに抱きついていた藤村だけが何を思ったのか、マジマジとイリヤの顔も見つめていた。

 

「はっ! まさか、師匠の!」

『師匠!?』

「はい。なんとなくですが、貴女が師匠と慕っていたと思うアイリスフィールは彼女の母親です。そのアイリスフィールも既に亡くなっておりますのでイリヤスフィールには優しくしてくれると助かります」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

「ひぃいいいいい! なんだか、バーサーカーみたいな雄叫びあげてるよ! 涙と鼻水をくっつけようとしないで! あああん、シロウ助けてえええ!」

「ええい、藤ねえいい加減、落ち付け! ああ、これ以上身内の恥を晒しても悪いから、俺は向こうに行って藤ねえを宥めるから桜は朝食の片付けをしてくれないか?」

「え? 先輩?」

「じゃあ、任せた」

 

 そうやって、士郎はイリヤの抱きついたままの藤村を連れて居間から出て行った。

 沈黙が流れる。

 気まずそうに桜がセイバーをチラリと見るが、セイバーはリラックスしたように緑茶を飲んでいるだけだった。

 観念するように桜は聴こえないように溜息をしながら、立ち上がった。

 実は彼女、聖杯戦争始まりの御三家である間桐の人間であり、彼女自身、聖杯戦争に参加するマスターであった。

 もっとも、彼女はマスター権を義理の兄であり間桐慎二に委ねており、外面だけなら聖杯戦争とは無関係を装っている。

 だが、彼女が間桐の魔術師でありマスターであることには変わりなく、彼女はセイバーと名乗った彼女がサーヴァントであることも、イリヤがマスターであることも、更には士郎がマスターであることも分かっていた。

 士郎のサーヴァントであるセイバーがいることはさして不思議ではないが、敵であるイリヤは彼と一緒にいることが最初は解せなかった。

 だが、セイバー達の言葉が真実なら、士郎の養父である衛宮切嗣はイリヤの父であり、その縁で協力関係にでもあるのかもしれない。

 しかし、どの道、今の桜には何もできない。逆に警戒をしておけば、変に感づかれるかもしれないだろう。

 それでも、その場で自身のモノではないサーヴァントと一緒にいるのは彼女としても本意ではく、片づけるように見せかけて、桜は逃げるように台所へ向かった。

 そして———無防備な背中を、セイバーの前に曝した。

 

「・・・・・・・・・あ?」

 

 気づけば、桜の胸から赤い突起物が生えていた。

 正確には、いつの間にか出した赤い槍でセイバーが桜を背中から突き刺していた。

 凛然とするセイバーを見つめた桜は——セイバーが槍を引きぬくと——何が起こったのか理解することもなく、呆けた顔のまま床に倒れ伏した。

 倒れる桜へと、セイバーはその手に握った槍を使って何度も突き刺し、その度にぐちゅぐちゅと潰れた音が居間に響く。

 セイバーが何十回した後、ようやく突き刺すこと止めた彼女の前に、紫の長い髪を靡かせた妖艶なサーヴァントが実体化する。

 彼女は、本来、桜のサーヴァント。ライダーのクラスで現界しているメデューサだった。

 

「———、やれやれ、呆気ない幕切れです」

 

 目を隠していながらも、彼女は床に倒れ伏す自身のマスターに顔を向けていた。

 

「一悶着ぐらいあると予想していましたが。見てください、この顔。自分に何が起こったのか分からなかった様子です」

「彼女は自身を一般人だと装っていたのです。油断しても無理はないでしょう」

 

 現われたライダーに対して、セイバーは警戒をせず、ただ静かに彼女を見つめていた。

 

「本当に異存はないのだな? メデューサ」

「貴女達が契約を違わなければ。さもなくば、セイバー、貴女と貴女のマスターが骸の様に打ち捨てられるだけのことです」

 

 異常な空気の中、かくして、一つの契約が交わされた。

 

 

 




 セイバーの持っていたのはオリジナル設定の宝具です。
何やらグロい終わり方なのですが、いつも落ちが単調になるのを避けるために、このようにしました。気づいた人はいるようですが、セイバーの行動は次回か、その次に分かる予定です。
あと、誤字脱字多過ぎた。急いで投稿したツケですね(−_−;)

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