冬木市新都の郊外、小高い丘の上にある冬木教会のある一室、言峰綺礼は勝手に自分の酒を飲んでいる金髪の若者を見る。
「ずいぶんと愉しそうだな、ギルガメッシュよ」
「ああ。まさか、今回の聖杯戦争でよもや再び騎士王が召喚されようとわな。くだらん座興も少しは面白くなるだろう」
彼は英雄王ギルガメッシュ。前回聖杯戦争において、言峰綺礼のサーヴァントであり、わけあって受肉した英霊である。
前回の聖杯戦争、彼の英雄王は騎士王に求婚した。彼女は断固として拒否したが、そんなものは彼には関係ない。自分の決定は絶対であり、他の意見など不要なのだ。
あの時は邪魔が入って、自分が狙った女を取り逃がしたが、よもや時を巡って再び現われるとは思いもしなかった。
聖杯戦争の管理者でありながら、一人のマスターを騙し討ちし、そのマスター権とサーヴァントを手に入れた綺礼の命令によって、奪ったサーヴァント、ランサーに各々のマスターとサーヴァントの情報を収集させて、集めた情報をランサーから綺礼、そして今しがた綺礼からギルガメッシュに伝えたところだ。
「よもや、自ら赴くつもりか?」
「そのようなことはせぬ。我が出れば、それだけで此度の聖杯戦争は終結するだろ」
絶対的自信。慢心と呼べる彼の態度だが、彼の王にはそれだけの実力が確かにあった。
彼が本気になれば、確かに今回の聖杯戦争は早期に終わる。
「だが、それではつまらん。訊けばセイバーを召喚したマスターは未熟な魔術師らしいではないか? 流石の騎士王も三流以下の雑種と組むことになれば苦戦は必然。苦渋に溺れ、戦いの度に必死に足掻く様を眺められるではないか。
我を待たせたのだ。精々、大層な誇りだけを頼りに三文芝居で我を興じさせるがいい」
「趣味が悪い事だ」
「貴様が言えた義理ではないだろ、綺礼? 仮にもお前が兄弟子をしている時臣の娘に黙って、マスターをしている。更にはセイバーを召喚したマスターにもなにやら因縁があるようだな? つくづく、お前は歪んでいる」
彼の言葉どおり、衛宮士郎と言峰綺礼には因縁があった。
彼の義父、衛宮切嗣と言峰綺礼は前回の聖杯戦争で最後まで戦った。そして、衛宮切嗣の思想は、義理の息子である衛宮士郎に引き継がれていると聞く。
こみ上げてくる感情が抑えきれない。
あの男が、非情を徹し数多の命を奪い、それを嘆き苦しみ、あの惨状で唯一救った命を奪えたなら、この身にどれだけの愉悦を感じられるか。
遠坂凛もそうだ。あの宝石のように研磨させた少女は、実は自分の兄弟子が自分の父親を殺し、更にはサーヴァントのマスターだと知ればどんな顔をするだろう。
「ああ、ギルガメッシュ、お前の言うとおりだ。この身は歪。ゆえに此度の聖杯戦争は愉しみでしかたない。ゆえに、お前がまだ出ぬことは私としても助かる。せっかくのく狂宴だ。互いにしばらくは傍観者として見物させてもらおう」
二人の男たちが笑みを交わし合った。神聖であるべき教会の中、その笑みはどこまでも淀み、邪悪で残忍に満ちていた。まさしく、悪魔のような笑みだった
刹那、教会の一室が別の風景に一変した。
薄い明かりだけで閉鎖された一室は、どこまでも無数の剣が突き刺さった荒野と変じる。
流石の人格破綻者の綺礼と英雄王ギルガメッシュもこれには戦慄が走った。
「なに!?」
「これは!?」
時間にして一瞬の動揺だっただろう。次の瞬間には二人とも平常心で事態を受け止められる。
だが、その一瞬生まれた隙が、命取りだった。
「
「き、貴様――!?」
「なん・・・・・・だと?」
二人は愕然とした。
無限の剣が突き刺さる荒野の中、一つの眩しい輝きを二人は目撃する。
それは、かつき夜より深き乱世の闇を、祓い照らした一騎の勇姿。
輝ける光こそ、過去未来現在、戦場で散っていた騎士たちが夢見た栄光の結晶。
其れは――
「――――
極光が振る。極光が駆ける。
兵たちが夢に見た人類最強の聖剣を前に狂人と絶対者は為す術もなく吹き飛ばされた。
「まぁぁぁぼおおおおおおおぉ!」
「ばびろぉぉおおおおおぉおん!」
叫び声と共に空中に投げだされる二人。
「
そんな二人をどこからか飛んできた深紅の布が掴み、一瞬にして二人は簀巻き状態に巻きつかれて地面に叩きつけられる。
「くっ! 何だ、これは!?」
地面に叩きつけられた衝撃よりも、ギルガメッシュは自身に巻きつけられた深紅の布を憎悪に満ちた瞳で睨む。
拘束を解除しようと力を入れても、まったく動けないのだ。
そして、同じく捕まっていた綺礼は愕然としていた。
「これは、マグダラの聖骸布!? なぜ、貴様が持っている!?」
唯一、動ける首だけを動かし、両手に深紅の布、マグダラの聖骸布を持ってこちらを見下ろす少女へ問いかける。
「いいざまね、綺礼」
とても良い笑顔だった。
とても美しく、輝いた、宝石のような眩しい笑顔。見る者が見れば魅了するだろうその微笑みだったが、二人は状況が状況だけに、背筋が凍りつき、同時に思う。
見た目はどこまでも美しいのに、その内面に隠されているのはどこまでも残虐、非情、そして、他者を痛めつけることに悦に浸っている。一見、善良に見えるだけに、見るからに邪悪な笑みよりもなお恐ろしい。
「さて、これから貴方達をどうしようかしら?」
凛は悪魔の笑みを浮かべながら、ゆっくりと二人に近づく。
*
アーチャーこと、エミヤはぶっちゃけた。
磨耗した記憶を全力で復活させ、自身の正体、目的、その目的を断念したこと、そして、自分が経験した今回の聖杯戦争、黒幕の存在、更に潜んでいた悪意、全部全部、ぶっちゃけた。証拠と称してセイバーの正体もぶっちゃけた。
士郎と凛は呆然としていたが、セイバーだけが納得したように頷いていた。どうやら彼女には最初からアーチャーが未来の士郎だと感づいていたらしい。
セイバーの言葉もあって、なんとか理解した士郎と凛を交え四人はこれからのことを話し合った。
とりあえず到った結論が――――とりあえず黒幕今の内にやっとかね? だった。
それからの行動は速かった。急いでタクシーを呼び、冬木教会に向かう途中、ランサーを見かけたので、四人でフルボッコし、念話封じを施してから、男性に対して絶対的な拘束能力を持ち、一度その布に包まれれば能力も含めて封じられるマグダラの聖骸布で簀巻きにし、再び移動。
そして教会についた途端、奇襲を開始する。
仮にも相手は英雄王にマスター全員を影から操ろうとしていた元代行者。半端な奇襲をしかけても失敗する可能性は高い。
よって四人は全力を尽くした。アーチャーの宝具である無限の剣製、固有結界で二人を閉じ込めて、セイバーが
士郎は自分だけ役に立てないことを嘆いていたが、セイバーが「シロウが応援してくれるだけで、私は全力以上の力を出せます! だから、そんなこと言わないでください!」と泣きつかれたので、恥ずかしそうにしながらも、作戦前にはちゃんとセイバーに一言「頑張れ」と激励を贈った。
それがよほど嬉しかったのか、この時だけセイバーの宝具である約束された勝利の剣のランクがA++からEXに変化したのだが、誰も気づかなかった。
ちなみに道中、士郎は凛からありったけの宝石を飲まされて、魔術師としての問題や少ない魔力の増強、無理な強化を緩和させるため更に宝石を飲まされ、戦える魔術使いまで昇華している。
これは万が一のための戦力増強。また、セイバーの約束された勝利の剣が綺礼とギルガメッシュに防がれた場合、士郎とアーチャーが約束された勝利の剣を投影、それを矢にして放ち、追撃する算段だったのだが、結果として必要がなかったようだ。
また、士郎の強化によって凛は全ての財産を失ったと言っていいほど宝石を失っている。
だが、彼女は全然憂鬱ではなかった。なぜなら、お釣りが十分くるほどの当てはあったからだ。
そんな彼女はどこぞの女王様のように三人の簀巻きにされた男たちを見下ろしている最中だった。
「ね? ね? いまどんな気持ち? いまどんな気持ち? 黒幕を決め込もうとして、初っ端にやられた気持ちはどう? ねぇ、ねぇ? ねぇ? ねぇったらぁ? 無視すんなよ、コラぁあああ!」
「ごはああッ!」
身動きできない相手の顔を問答無用で凛は蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた綺礼は悲鳴を上げながら気絶したが、どこか満足そうにしていた。その光景に士郎、セイバー、アーチャーもどん引きしていたが、相手が相手だけに同情もできない。
「くっ! 殺せ!」
そう叫んだのはランサーだった。一番の被害者なのは彼だろう。召喚されたマスターは仮死状態、戦うために召喚に応じたのにしたことは使いぱしり。そして、一緒に簀巻きにされている男たちのとばっちりを受けている始末だ。
ここはひと思いに殺してやるのも情けだろう。
「あら、駄目よ」
だが、凛はそれすらあっさり却下した。
「サーヴァントたちが一人でも死ぬと困る人がいるのよね。だから、ダーメ」
「ああん? それは、どういう――」
「うっさいわねぇ、貴方の相手は後よ。これ以上吠えると犬を食わせるわよ?」
眼を見開いたランサーだったが、よほど犬を食わされることが嫌だったのか、それ以上喋ることはなかった。不幸中の幸い、下手に騒がなければ自分は二人と違って危害を与えることもないようなので傍観することにした。
「あっ! ずるいぞ、番犬! ひとりだけ逃げようとしてるな!?」
「うっせぇえええ! そもそも、てめぇらがロクでもないから俺にまでトバッチリがきてんだろがコラぁあ!」
ギルガメッシュに怒鳴るランサーを見て、凛が不愉快そうに顔を歪めた。
「吠えたわね」
「え? 今のは違――」
「問答無用。あんた達が喧嘩しても時間の無駄だし、アーチャー」
「ああ」
自分のマスターに呼ばれてアーチャーがやってきた。
その両手には、いつの間に作ったのか白い皿に盛られた料理があった。一見、ただの肉と野菜を炒めただけの物だが、野菜は焦げもなく色とりどりの物が使われており、肉も見るからに脂がしっかりとのって、それらの上には何かしらで作られたソースがかかっていた。匂いもよく、離れたセイバーが物欲しそうに見つめており、それに気づいた士郎が「俺があとで何か作るよ」と言うとめちゃくちゃ喜んでいた。
美味しい料理なのだろう。だが、それを見た瞬間、ランサーは体全体に悪寒が走った。
「まさか、それは――!?」
「安心しろ、食用だ」
「そんなの関係ねぇ!!」
「情けだ。せめて、美味に抱かれて溺死しろ」
アーチャーはランサーの口を無理やり開き、更に乗った料理を全て流し込む。
そして、次の瞬間にはランサーは白眼をむき気絶する。
その様子を見たセイバーは「気絶するほど美味しかったのですかね?」と少し残念そうな顔をしながら士郎に聞き、士郎は何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。
「さてと、邪魔者は気絶したことだしさっさとするわよ」
再び笑みを浮かべた凛がギルガメッシュを見つめる。
まるで極上のワインでも眺めるような視線に、ギルガメッシュは受肉してから二度目の恐怖を感じた。ちなみに一度目は綺礼にこの世全ての辛味の様な麻婆を出されたときだ。
「あっ! 衛宮くんたちは帰っていいわよ。後はこっちでやっとくから」
「あ、ああ」
士郎たちの存在を思い出したように凛が言う。言われた士郎は頷きながら、最後にギルガメッシュを見た。
気絶している綺礼にも色々と因縁はあることを知っているが、今から一番の被害を与えられるのは彼だろう。
この世の財を全て手に入れた男、ギルガメッシュ。その財を凛は無理やり搾取するつもりだった。当然拒否するだろうが、凛は必ず奪うと豪語した。アーチャーからの入れ知恵もあるので、どんな恐ろしいことを考えているのか。
彼らが凛に対して行ったことを考えれば自業自得かも知れないが、同情を禁じ得ない。
彼にも大切な宝はあるだろう。例えば友達の遺品とか。それらよりも有象無象ほどある武器から無くなるといいな、と思いながら士郎はギルガメッシュに向かって憐れみながら言い残す。
「頑張れ、英雄王―――武器の貯蔵は十分か?」
「なに? それはどういうことだ、セイバーのマスター!?」
「じゃあ、遠坂のことは頼んだぜ、アーチャー」
「ああ。正義の味方として、最低限凛が人の道を踏み外すことはないよう見守っておこう」
「無視するな! ああ、セイバー助けてくれ! セイバァアアアアアアアアアア!」
人類最古の英雄王の断末魔を後ろに、士郎はセイバーと一緒に教会を出た。
*
教会を出た士郎とセイバーは隣に並びながら帰路についている。
セイバーが士郎の手の平をちらちらと見ているが、士郎はそんな彼女の様子に気づかない。というよりも照れてセイバーを見られないでいる。
セイバーは現在武装を解いており、今の姿は鎧の下に隠された青いドレス姿だ。
街中では浮いた姿であるが、鎧姿を見られるよりはマシだろう。むしろ、ドレス姿なら、どこかのパーティーから抜けだした美しい令嬢だと言い訳もできるし、見る者も納得できるだろう。
すぐ隣にまるでどこかのお姫様のような少女に対して気恥かしさを感じながらも、このまま黙っているのも不味いと感じた士郎は何とか話題を絞り出した。
「服!」
「はい?」
突然の言葉にセイバーは首を傾げるが、士郎は構わず続ける。
「服、買わないとな。霊体化できないんだし、普段着るような服買わないと。その姿も綺麗だけど、他にも服ないと不便だろ? だから、一緒に今度買いに行こう」
一瞬、セイバーは呆然としていたが、見る見る内に顔を綻ばせる。それは自分の今の姿を褒められたからか、今度出かけることになったことが嬉しいのか、あるいは両方か。
ただ今の彼女の姿は、人々が敬う騎士王ではく、一人の恋する乙女のように見えて、初々しく、可憐で、美しかった。
「はい!」
セイバーが幸せそうに返事をすると、士郎の顔が真っ赤になった。
「なに二人で楽しいこと話しているの? 私も混ぜてほしいな」
途端、どこからか可愛らしい声が聞こえてきた。
最初に動いたのはセイバー。彼女は鎧を着装し、士郎を庇うようにして声がしたほうに視線を向ける。
そこには雪のような銀髪を靡かせた幼い少女。そして、その背後には異様までに圧迫感を放つ巨漢な男が立っていた。
「あれは!?」
「はい」
何かに感づいた士郎にセイバーが頷く。
「彼女はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。貴方の