もしも騎士王の直感スキルがEXだったら   作:貫咲賢希

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 頭を空っぽにしてください。


第十一話 決戦

 ────ドクン、と何かの鼓動がした。

 

 

 

 円蔵山の地下空洞奥深くに、ソレは存在した。

 冬木の地で行われる聖杯戦争の核、大聖杯。

 約二〇〇年前、始まりの御三家であるアインツベルン、遠坂、マキリを代表とする三人の魔術師たちが、ここで大魔術の儀式を組み立てた。

 その目的とは、聖杯によって召喚された英霊の内六騎を小聖杯に注ぎ、英霊たちが“座”に戻ろうとする力を利用して根源に至る“孔”を穿ち、大聖杯によって根源の渦を固定化する事。

 すなわち、召喚された英霊たちは根源に至る為の贄であり、最後に残った英霊さえも御三家にとっては最終的に生贄になる。

 これが聖杯戦争の真相。しかし、そんな思惑とは裏腹に自体は狂いを生じた。

 本来、殻に穿たれた孔に溢れる“無色の力”は黒く変色し、それらが叶えられる願いは破壊と死のみ。先の第三次聖杯戦争でアインツベルが召喚した、アヴェンジャーのサーヴァント、“この世全ての悪”と称されたアンリ・マユを取り込んだ小聖杯は聖杯戦争の核である大聖杯をも汚染していた。

 

 再び、ドクン、と鼓動がした。

 

 この場に存在するのは、穢れた大聖杯のみ。故に生き物のような鼓動の元は、大聖杯に他らならない。

 

 またも、大聖杯から鼓動が木霊する。

 

 第三次聖杯戦争で召喚されたアンリ・マユは、本来、ただの人間だった。

 だが、この世全ての悪であれと願われた彼は、望みを叶える願望機、聖杯に取り込まれることにより、その性質で無色の力を汚染した。

 汚染された聖杯は叶える願いを死や破壊のものにする以外にも、その性質を変化させる。

 穢れた聖杯は、死と破壊を求める。本来なら六〇年周期で行われる聖杯戦争も、第四次から僅か十年で新たな聖杯戦争が開幕した歪みもここに尽きる。

 聖杯は死と破壊を渇望する。聖杯を求める者たちが争い、更なる災厄を招く事を望む。全てはこの世の悪であるために。

 大聖杯から鼓動が高鳴る。鼓動の間隔は徐々に狭まり、今は鼓動が連続して大空洞に鳴り響いている。

 聖杯は死と破壊を欲している。だが、現状はどうだ?

 召喚された英霊たちは誰一騎として欠けることなく、戦う兆しすらない。

 それでは駄目だ。それでは誰も願いを叶えられない。聖杯という存在意義を示せれない。

 明確な意志があったわけではない。ただ、そうあるように乞われ、それを体現しているだけに過ぎない。

 

 ゆえにそれは静かに時を重ね───弾けた。

 

 激流の滝如く、大聖杯から黒い泥が飛沫を上げて一気に広がる。

 十年前の聖杯戦争から開始から現在まで、大聖杯は地脈から大量の魔力を吸い上げていた。それらの無色の魔力は汚染されて単調な意志が宿る。それが未だに終らぬ聖杯戦争によって、溜まりに溜まり、溢れ出したのだった。

 その力は、行動は、死と破壊。

 ああ、誰も願わないならば、誰も望まないなら、自分が叶えよう。我こそはこの世の悪と、請われたならば答えよう。

 黒い泥が一気に広がると、そこから数多の物体がドロリと現われた。

 あるモノは頭部が犬の人型、あるモノは首がない巨人。

 それら魑魅魍魎の群は不気味な産声を上げながら、揃って地下大空洞の出口を目指す。

 生き物とも呼べぬ異形の群は黒い波のように出口に押し寄せて行く。

 これらが一歩でも人の住む場所に放たれたなら、そこに待つのは無慈悲な殺戮だけだ。

 死、死、死、全ての悪性が肥大、増長し、有象無象、老若男女、咎人、弱者、罪人、聖人、全て平等に淘汰する。恨め嘆け絶望に泣け喚け届かぬと知りながら神の名を絶叫し、涙は煉獄の業火で蒸発し、血は渇き、屍の大地に狂え、理不尽に踊れ、裏切り、憎み、溺れ、犯し、孕み、汚し、踏み潰して、頭を、腕を、脚を、胸を、目を、歯を、心臓を、爪を、髪を剥ぎ、そこに何一つ守るべき尊厳もなく、最早どれだけ重ねてきたか分からぬほどの罪過を増やし、罰を降らず死んで、殺して、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ────。

 

 

 

「ところがギッチョン!!」

 

 “────!?”

 

 出口目前、外から漏れる光に触れる前に、黒い群の一角が、突然四散した。

 そこに現われたのは赤い槍を携えた一人の男。

 

「一番槍はこのクー・フーリンが貰ったぞ!」

 

 獣のように吼えながら、槍の英霊、ランサーは異形の群に矛先を向ける。

 

「なんだ? 自分が槍兵だから一番槍なのかね? とてもつまらんな」

「別に狙ってねぇえよ!?」

 

 やれやれと両肩をくすめる赤い外套の男、アーチャーにランサーは目を見開いて叫んだ。

 

「二人とも漫才は後にしてください」

 

 言い争う二人をすり抜けて、妖艶な美女ライダーが黒い獣の群に向かい、鎖が付いた杭のような武器を廻し、まるで竜巻が起こったかのように異形を蹴散らす。

 突如現われたサーヴァント達。しかし、異形には感情ともいうものが存在せず、次々と同胞が葬られていく光景に動揺も迷いも恐怖も表すこともなく、命を奪うために三騎のサーヴァントに殺到する。

 

「けっ!」

「ふん!」

 

 だが、侮るなかれ、彼は一騎当千の真なる英雄たち。言い争っていたアーチャーとランサーも、迎撃で直ぐに戦闘態勢に入り、異形の群を葬っていく。その中で、未だに言い争いが続いている余裕があるのも、彼らの力と異形の力との間どれだけの格差があるか示している。

 それでも、数が夥しいほど多かった。意図して避けていた訳ではないが、川の流れが途中に合った大岩で分断されるように異形の群が散る。

 しかし、ここに現われたのはたった三騎のサーヴァントではない。

 斬! 漆黒の刃が大地を駆け、黒い異形を両断した。

 

「桜、大丈夫ですか?」

「うん! 大丈夫よ、ライダー!」

 

 戦いながら自身の気遣うライダーに桜は力強く返事をしながら、自らの適性にあった魔術を発動、再び出現した漆黒の刃は異形の群を薙ぎ掃っていく。

 

「ほらほら、皆ちまちま動いていたら、コイツらが漏れて出ちゃうでしょ?」

 

 からかうような可愛らしい声が響くと、別の異形の一角が爆弾でも破裂したかのように散り散りに吹き飛んだ。

 

「速くしないと、私達が全部片づけちゃうよ? やっちゃえ、バーサーカー!!」

「■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 無邪気な声と共に、イリヤを抱えたバーサーカーが剣を振り回し、異形たちを破砕していく。異形の者たちが死と破壊を振りまく存在ならば、狂人はその圧倒的な暴力でそれらを粉砕していった。

 

「やれやれ、最近の女子は苛烈だな。そうは思わないかね、宗一郎殿?」

「私の尺度では測りかねぬ」

 

 女たちの戦闘を眺めていたアサシンの問いに、宗一郎が静かに返す。

 そんな二人も戦いの渦中にいた。互いに背中を向けて、向かってくる黒い異形の群を、刀で斬り裂き、魔力で強化された拳で殴殺していく。

 

「アサシン! 余所見や無駄口をして、宗一郎様に傷一つつけたら承知しないわよ!」

 

 キャスターが叱咤する瞬間、編んでいた術式を解放し、彼女の魔力が紫に輝く無数の閃光となって、異形の一団を焼き払う。焦げた地面に群がる様に新たな異形の群が現われるものの、既に彼女は次の魔術準備を行っており、再び砲撃を行って目の前の敵を一掃する。

 しかし、一方的に倒されていくことに危機感を覚えて策を講じたのか、異形の群は無秩序に群がるのではなく、ひと固まりとなって押し寄せて来た。

 それらはまさに、黒き津波。全てを飲み込むほどの物量で、個である彼等を圧倒しようとしていたのだ。

 だが────量が質に勝る道理などない。万軍が相手でも、それを凌駕する王がいれば事が足りるのだ。

 薄暗い大空洞に黄金の光が輝く。

 眩くは伝説に置いて常勝の王が手にする剣。事前に少女のマスターが魔力を宿った宝石を大量に摂取していたことで、サーヴァントである彼女にも十二分も魔力供給が行き渡っている。

 さあ、喝目せよ、異形の者たちよ。これが彼女の剣。あらゆる聖剣の頂点にて、人類が想いを糧に星が生み出した《最強の幻想(ラスト・ファンタズム)》。

 

約束された(エクス)────勝利の剣(カリバー)ッ!!」 

 

 刹那と共に、光が迸った。

 灼熱の衝撃は一瞬にして闇如き異形の波を飲み込み、夜天を切り開く星の光の如く辺りを照らす。

 

「くくく─────」

 

 そんな中、籠った笑い声が響く。

 

「くくく、はははは、あははははははははは!!」

 

 英霊たちの戦いを目の当たりにして、凛は狂ったように爆笑とした。そこには優雅な淑女という言葉は存在せず、目に見えるのは高らかに嗤う赤い悪魔の姿だろう。

 

「圧倒的じゃない!!」

 

 予想通りとはいえ、目の前に繰り広げられている蹂躙劇に凛は興奮を隠せないでいる。

 凛はこの聖杯から漏れ出た魔力が元である異形の群を事前に感知していた。

 正確にはセイバーのスキルであるランクEXの直感で知っていたのだ。

 元々、彼女たちの目的のためには、ある程度聖杯に魔力が満ちる状態で破壊しなければ意味がなかった。そして、そのサインがこの異形の群だった。

 溢れるほどの魔力が満ちたならば、必ずや自分たちの目的は達成される。

 そして、必然的に生まれ出た人に害為す者共も、自分達が駆逐するならば誰にも迷惑はかからない。

 初期段階でも既に十分な戦力を保有していたが、時間はあったので更なる準備を彼女達はした。

 過剰戦力がどうした? やるならば徹底的に、容赦なく。問答無用な絶対こそが揺るぎない、優雅な勝利の道なのだ。

 ちらりと、凛は別の一団に目を向ける。

 そこには四人の男女。別に連携をしている訳でもないが、偶然四人がそこにいた。

 一人は、女性、名をバゼット・フラガ・マクレミッツ。

 協会から派遣された外来の魔術師で、元はランサーのマスターであったが、綺礼の策略に合い、呆気なく左手を切断、仮死状態で某所に放置されていた。

 そこに凛の差し金で、蘇生を果たし、切断された腕も、魔術師業界の人形師が作りだした義手で補っている。

 そんな彼女は利用されていると知りながらも、結果として自分を救った凛のために黙々と目の前の敵を自身が持つ技量を持って、蹴り、殴りながら異形達を倒していく。

 そんな彼女の近くに別の女性。名を蒼崎(あおざき)橙子(とうこ)

 凛の依頼で(報酬は英雄の王の財を横流しして得た金銭から)バゼットに代わりの義手を用意した魔術師であり、こちらの話を聞いた際、興味本位で見物に来ただけの完全なイレギュラーだ。もっとも、今更イレギュラーの一人や二人増えたところで問題はなく、害はないので一同は彼女の同行を許可した。

 

「ふむ、肉体というよりは霊体といったところか。スペックは常人よりやや上と言ったところだが、試運転の相手には問題ないだろう」

 

 彼女は目の前の敵を観測しながら、自身が作りだした何とも形容しつけ難い人形達を使役し、たばこを吹かせながら異形の群を嬲り殺していった。一気に殺さないのは、彼女の言葉から察するに自身が作った人形の実験をしているのだろう。

 命のやり取りである実戦で何をしているか、とある者ならば揶揄するかもしれないが、凛にとっても、これらの行為は単純に作業、半ばお祭り感覚なので特に思うことは無い。

 更に魔術協会の人間が一人、名をロード・エルメロイⅡ世。

 本来、彼の役目は聖杯破壊の見届け人なのだが、彼にはまだ別の仕事が待っている。

 そんな彼は眉間に皺を寄せながら、自分用に調整した霊装である月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)による水銀の攻防で異形の群をやり過ごしながら、来るべき時を待っていた。

 最後の一人は間桐臓硯。

 若返った彼は蟲を使わずに、風と水の単純な魔術行使だけで異形のものたちと戦う。

 単純な魔術でありながら、吹き荒れる風に乗って、流れるように切り裂く水の刃は清流のように美しく、まるで浄化された彼のもの心を表しているようだった。

 

「さてと、そろそろ貴方も働いたらどうなの?」

「我に指図つもりか、小娘」

 

 軽口でも叩くように凛が視線を変えると、殺気を孕んだ視線でギルガメッシュが睨む。

 

「このような些事は庭師の仕事。何故態々我まで動かなければならない」

「別に問題ないけど、その方が速いでしょ」

 

 そう言いながら、常人ならばそれだけで失神してしまいそうな怒気を凛は軽く受け流す。その様子に益々ギルガメッシュの苛立ちを高めた。

 

「調子に乗るなよ、女。無断で我の宝物を簒奪しておいて、このような茶番にすら駆り出す始末。よもや万死では済まぬ域まで────」

「はいはい。どうでもいいけど、速く働かないとアンタが大事な友達から貰ったお守り燃やすわよ?」

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)ッ!! さぁ、残骸共よ! せめて愉快に壊れながら我を興じさせよ!!」

 

 必死な顔で異形の群れに突貫する英雄王を満足げに眺めながら、凛は自分もそろそろ動くかと準備をする。

 

「よっしょっと」

 

 がちゃり、と。重々しい金属音と共に凛が両手でぶれ下げるように持ち上げたのは、一見、魔術師である彼女には似つかわしくない代物だった。

 黒光りした鋼のボディに六連砲身に樽型弾倉、いわゆるガトリング砲である。

 凛が引き金を引くと、連続したマルズフラッシュと共に怒涛の砲弾が放逐された。

 毎分6000発による20mm砲弾の嵐。本来は戦闘機に装着するほどの武器を凛は身体強化によって制御し、情け容赦ない鉄風雷火よって異形の群を撃ち抜く、

 幾ら近代的に威力が高い兵器でも、ただの質量兵器では効果がない。しかし、凛が持つガトリング砲の銃弾は普通の代物ではなかった。

 一発一発がランサーの手作業によってルーンが刻まれた宝石なのである。厖大なエネルギーを宿す魔弾を発射するガトリング本体にも魔術霊装要素が組み込まれており、サーヴァントですらこの武器を前には無事で済む事ができない。まさしく魔導兵器と呼称しても指し辺りがない恐るべき殺戮兵器なのだった。

 もっとも、何も問題がないわけではない。

 当然、砲弾は常に消費されて、合間もなく発射を続けていれば直ぐにでも弾は尽きてしまう。

 

「あら? もうお終い?」

 

 結果として、英雄の王の財で購入し、ランサーが三カ月かけて作りだした魔弾を凛はモノの数分で消費した。

 ランサーが悲しげな顔を向ける中、凛はあっさりと弾切れになったガトリング砲をその場で放棄し、うきうきと新たな武器を取り出す。彼女にとってはこちらが本命で、先程のガトリングは興味本位の代物なのだ。

 取り出したのは世界に五人しかいない、魔法使いが持つ愛剣を模造した一品。

 宝石剣ゼルレッチ。

 これは彼女のサーヴァントであるアーチャーが投影したもの。

 アーチャーはイリヤに導かれて、彼女の体に蓄積されたアインツベルンの記憶に潜入し、二百年前、大聖杯を作り上げたときに立ち会った魔導翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの記憶を見て投影した。

 本来、彼の知識を総動員しても、魔導翁が手にする宝石剣の解析は不可能。自分では理解できない、人には届かないモノを────セイバーがランクEXの直感で「いけます、いけます。何となく並行世界の士郎ですら頑張って投影できたような気がしますので、いけます」と無茶苦茶な言葉もあって────アーチャーは何度か自身の存在が消え去りそうになりながらも投影する事の成功したのだった。

 

「Es IaBtfrei.(解放、)Werkeug(斬撃)────!!」

 

 宝石剣から極光が迸る。その威力、先程セイバーが魅せた《約束された勝利の剣》にも劣らず、数が減りつつある異形の群を更に一掃した。

 遠坂家の大師父にして第二魔法を駆使する魔法使いの愛剣を模造とした宝石剣で、並行世界から無尽蔵に魔力を引き出し、凛はそれを全て純粋な殲滅の光へ変えて放ったのだ。

 

「ううん、これぞ正義!」

 

 満足そうな吐息を零し、凛は更なる攻撃を開始する。

 苛烈さを増すばかりの戦場は留まる事を知らない。次々と破壊の余波によって地下空洞が震撼する。本来なら余りある火力によって、地下空洞は既に崩落の域に達しても不思議ではないのだが、事前準備でキャスターが地下空洞全体を自身の神殿に変えていた為、強度の面での心配もなかった。本来は寺の門から動けぬ佐々木小次郎ことアサシンがこの場に存在するのもここか彼女の領域だからである。更には自分の陣営であるモノならばステータスアップもついているおまけ付きである。

 そんな激闘の最中、全く戦闘を参加していない一団が一組存在した。

 言峰綺礼とカレン・オルテンシアである。

 

「貴方は参加しないのですかダニ神父?」

「本来、私の目的はアレ等の誕生であった。何であれ生まれを否定するのは間違っている。今は逆の行動をしているが、不要であるならば本意ではないことをしなくても別に責められるものではないだろ?」

「ああ、それは残念です。私は貴方がうっかりあの獣たちの渦に巻き込まれて、凌辱が如く辱めを受けるのを面白いと思っていましたので。まぁ、そんな汚らしいものは見たくもありませんが」

「それは自身の願望かね、カレン・オルテシア?」

「どういう意味です?」

「お前の力は私が準備した霊装で抑えている。本来は疼くはずのものが疼くかないとなると、欲求が溜まるのではないかね? 聖職者有るまじき色欲だな」

 

 カレンは《被虐霊媒体質》と呼ばれる異能を持っていた。悪魔に反応しその憑依者と同じ霊障を体現する力。悪性が強い異形の群がいるこの場でならば、その魔に反応して身体中が犯されていただろう。

 しかし、それらの症状は綺礼が準備した霊装によって抑えられている状態だ。カレンが服の下に身に守っている銀の十字架が外気に充満している魔性を遮断しているのである。

 態々、そのようなものを準備したのは、行動中に怪我で動けなくなるのは面倒だ、とは手配した男の弁である。

 

「別に私は痴女ではありません。そもそも、私は在りのままの私を受け入れており、その体質を抑えることは生まれを否定するようなもの。先程の言葉とは逆ではなくて?」

 

 不満そうにするカレンに対し、思わず綺礼は鼻で笑った。それを見て益々カレンは不満そうに顔を顰める。

 

「何が可笑しいのです?」

「いや、外見以外にも、つまらぬことばかりは似ていると思っただけだ」

「────────いったい誰にです?」

「さて、誰だったかな?」

 

 答える気はないのか、綺礼は明後日の方向に目を向ける。カレンはしばらく見つめた後で、溜息をしながら、同じ場所を眺めた。

 一方的な戦局。敗北が見えない勝利のみの一本道。個々が多を圧倒する戦場。

 しかし、問題がないが生じないわけでもなかった。

 真っ先に気づいたのは直感EXを持つセイバー。

 彼女は直ぐに自身のマスター、投影した双剣で異形たちを斬り払っている士郎を見た。

 勇み過ぎて前に出過ぎている。このままでは危ないと、想い人に危険が迫る前に行動しようとして、中断した。

 彼女が動くよりも速く既に別の誰かが士郎の傍にいたからだ。

 

「余所見をすると怪我をするぞ、衛宮士郎」

「なっ!?」

 

 今まさに士郎の背後を狙おうとした異形の一体を、駆けつけたアーチャーが両断した。

 

「くっ! あれくらい気付いていた!」

「それでは何故悔しそうな顔をするのかね? ここは素直に感謝するところだろ?」

「五月蠅い! 喋る暇があったら身体を動かせ!」

「それは貴様の方だろ? 随分と切れがないが、なんなら休んでもかまわんが」

「さっきから馬鹿にしやがって。全然いける!」

「ほう、ならば私についてこられるか?」

「てめぇのほうこそ、ついてきやがれ!」

 

 二人の男の覇気が増した。

 片方の男は剣を振るい、残る男は相手に負けぬと更なる敵を葬る。

 双剣乱舞。競い合うように敵を斬り斃していく二人は合わせ鏡の如く息が合い、互いが互いの力量を高めて戦果を上げる。

 その光景を何処か愛し気に見つめた後“彼女達”も己が目の前の敵を駆逐していく。

 一団は手を緩めことなく、むしろ隣人に負けぬと更なる力を振るって前に進んだ。

 結果として、聖杯戦争に関わった一団は、誰一人として欠けることなく、ただ一匹として異形を討ち漏らすことなく、大聖杯が存在する地下大空洞まで辿りついたのだった。

 

「さて、まずは私の出番ですね」

 

 ざっと、一歩前に出たのは間桐臓硯。

 最初に彼が大聖杯に接触すること。それがこの場での第一段階が完了する手筈になっている。

 その代償は彼自身の命であったが、そこに迷いない。

 自分は罪を重ね過ぎた。更には幾ら魂が浄化されようとも、体までがそうはいかない。生きながらえようとすれば、またも他者の命を喰らう事になる。

 これは潮時であり、贖罪であり、そして、彼の望みであった。

 彼の望みはこの世全ての悪を根絶すること。向かうべき相手は、まさしくその権化。

 ならば、己が身一つで倒すべき相手に一矢報いられるならば、これほど出来過ぎたことはない。

 

「お爺さま・・・・・・・・・・・・」

 

 臓硯の背中を切なげに見ていた桜を、臓硯は苦笑しながら振り向く。

 

「この後に及んでまだ私を祖父と呼ぶとは────私が貴女をどれだけ弄んだか、忘れたわけでもないのでしょう?」

「でも、でも、貴方は!」

「良いのです、桜。私は長く生き過ぎた。これからは貴女のだけの運命を歩みなさい」

 

 そうやって臓硯前を向くと、魔力で生みだした水流に乗り大聖杯に疾走する。

 危機感を覚えたのか、穢れた大聖杯は再び異形の群を生み出して臓硯に襲い掛かる。

 が、邪魔はさせぬと他の者達が、剣、矢、魔術などで彼の行く手を守る。

 しかし、先行する臓硯を巻き込まないための加減した攻撃は、無尽蔵に湧出る異形たち対して討ち漏らし生まれさせる。残った異形たちの中、一体の犬に酷似した異形が死角を狙う様に臓硯の脇腹を容赦なく噛み付いた。

 ごふり、と、臓硯の口から血反吐が吐き出される。後ろで桜の悲鳴が聞こえた。

 だが、それでも臓硯の歩みは止まらない。

 

「邪魔、だッ!」

 

 血に染まった口で吼えながら、臓硯は己が脇腹を喰らった異形の頭部を風の魔術で破砕する。しかし、その彼に対して次々と異形たちが襲いかかる。腕を、脚を、肩を食いちぎられ、片目も失った。

 それでも臓硯の歩みは止まらない。

 

「退け!」

 

 自身の魔力を爆発させて、異形の群を吹き飛ばす。後の事は考える必要もない。体中の痛みや損失など気にすることもない。前に一歩進めれば問題はないのだから。

 ドン! と、大量の石礫を撒き散らせながら、新たに異形の巨人が臓硯の行く手を阻む。それも一体ではない。十近い異形の巨人がまさしく壁となって臓硯に立ち塞がったのだ。

 

 それでも臓硯の歩みは止まらない!!

 

 恐怖など微塵も感じさせぬ、強い意志を片目に宿し、尚も前へと進んだ。

 そこに、眩い極光の光が迸り、消滅の音と共に異形の巨人たちを一掃とした。

 

「行きなさい、間桐臓硯」

 

 駆けつけた凛が新たに現われる異形を睨みながら、臓硯を見ずに呟く。

 

「遠坂凛・・・・・・・・・・・・桜を頼みます」

「誰に言っているの? 桜は私の妹なのだから守るのは当然じゃない」

「ああ、そうでしたね」

 

 満身創痍な状態でながらも、臓硯は穏やかな笑みを浮かべ、前に進む。

 そして────辿りついた。

 大聖杯の眼前。

 まるで火山の口でも覗きこむと、灼熱のような魔力が充満していた。

 

 そこに、臓硯が迷わず飛び込んだ。

 

 大聖杯の中、厖大な魔力が渦巻く溶鉱炉のような空間に置いて、人の身は耐えることは叶わず、傷ついた臓硯の体は焼き掃われるように蒸発していく。

 しかし、消えるはずの臓硯は変わらず、笑みを浮かべたままだった。

 そんな、あと数刻で消える意識の中、臓硯は大聖杯内部の最奥で、一人の女を見つけた。

 

「ああ、久しいな、ユスティーツァよ」

 

 答えることのない相手に臓硯は声をかける。

 それはまさしく走馬灯なのであろう。消えゆく意識の中、今までの人生が雷鳴の如く疾走し、彼は瞳を閉じた。

 

「五百余年─────フッ。

 思えば、瞬きほどの宿願であった」

 

 そして、正義を追い求めた男の命がここに消えた。

 その瞬間、キャスターの手によって臓硯の体に組み込まれた術式が聖杯の中で完成された。複雑な術式を体内に宿し、死に際で発動することができたのは一重に臓硯の体が人の身ではなかったからである。

 後は、聖杯を破壊されれば目的が完成される。

 このまま一斉火力で終わらすことも可能だ。

 故にここからは駄目押しである。

 

 刹那、ある四人の体に変化が生じる、各々、左手の甲に血のような赤い模様が浮かび上がった。

 一人は、ギルガメッシュのマスターである綺礼。

 一人は、凛からランサーのマスター権を譲渡されたカレン。

 一人は、魔術や神秘に所縁もない、キャスターのマスターである宗一郎。

 残る一人は、現在浮かび上がったモノを含めて、この場で“令呪”を持ちし者の中で唯一、サーヴァントが存在しないロード・エルメロイⅡ世。

 

 彼は既に準備をしていた。

 

 魔法陣は即席でキャスターがその場で準備した。触媒は己が手の中。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する。

 ────告げる。

 ──告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら応えよ。

 誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」

 

 逆巻く旋風と閃光。雷鳴如き轟音と共に、“彼”は。

 赤いマントを靡かせながら、自分へ背に向ける巨大な背中を、ロード・エルメロイⅡ世は予知していたとはいえ、声を失って見つめていた。

 ようやく、正気を取り戻した彼が口を開く前に、召喚された男が彼に振り向く。

 

「久しぶりだな、我が臣下よ」

 

 その言葉でロード・エルメロイⅡ世は絶句した。

 

「お、王よ。まさか、記憶があるのか?」

「余も良く分からんが、うむ! 貴様と駆けた戦場の記憶を昨日のことのように覚えているぞ。これも現世の言葉で言うならイレギュラー? な召喚のせいかの」

「あ、ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず瞳を熱くさせたロード・エルメロイⅡ世を、召喚された新たなライダーのサーヴァント、征服王アレキサンダーは呆れた顔で見下ろす。

 

「おいおい、図体ばかり少しでっかくなったが、泣き虫は変わらんのか? 我が臣下ながら情けないのぉ」

「っ!? う、うるさい! うるさい! うるさい! 話は後だ! 今はするべきことをするぞ!」

「そうであったな。しかし、これほどの英雄たちが揃って共闘しようとはな。軍門に下すかいがあるわい」

「もめごとは後だ! というか終ってもそれは絶対に止めろ!」

「・・・・・・・・・・・・そろそろ、いいか?」

 

 言い争う二人の間に入る様に、士郎がロード・エルメロイⅡ世に訊ねた。

 

「!? ああ、問題ない。いつでもいける」

「そうか────」

 

 頷くロード・エルメロイⅡ世を確認すると、士郎は周囲の様子も確認する。

 どうやら既に己が立ち位置におり、その瞬間を待っていた。

 

「よし────────なら、いくぞ!」

『応っ!!』

 

 振るえるような声が上がる。

 決着の時。しかし、何も難しいことはない。

 ただ一言。そして、ただ一撃で終るのだから。

 

 己がサーヴァントと共に、マスター達は告げた。

 

 

『全ての令呪を持って、我がサーヴァントに命ずる。己が全ての力で聖杯を破壊しろ』

 

 マスターの命に、サーヴァントが答える。

 

『了解した、我がマスターッ!!』

 

 大気が爆発した。

 大地が震撼した。

 世界が異変を感じた。

 名も無き剣士が剣圧を放ち一度だけの魔法を生む、魔女が現代の魔術師では到れない神代の奇跡を撃ち出す、狂いし代償で失われた大英雄の宝具がこの瞬間だけ唸りを上げる、二つの騎兵が白き彗星と雷鳴と成って突き抜ける、青き槍兵が必中の魔槍を投げ飛ばす、英雄王が世界を断つ剣を解放する、正義を目指した男が永久の遥かと知りながら憧れし黄金の剣を生み出し射抜く、この世ので最も理想を求めた王の剣────人々の願いが生んだ星の輝きが光となる。

 音が消えた。

 視界が消えた。

 九騎士英霊達の全身全霊の全力が、大聖杯を、その場を飲み込む。

 

 最初に気づいたのは誰だったのか。

 周囲の静穏を感じると、そこは既に外だった。

 いや、正確には大空洞があった場所。

 九騎のサーヴァント達が放った全力は、大聖杯諸共、地下大空洞を跡形もなく消滅させ、ただの平地に変貌させたのだった。

 だが、これだけですんだ、と言えよう。地下空洞はキャスターの準備により、神殿、ある種の異界となった。これが普通の場所であったのならば、どれだけの被害を生んだか想像できない。

 数刻、誰も呆然としていたが、思い出したように凛がサーヴァント達に訊ねる。

 

「あ、そういえばちゃんと貴女達受肉できたの?」

「はい、問題ありません」

 

 真っ先に答えたのはセイバーだった。

 

「まぁ、私も理論上は納得したけど、実際なって見ると馬鹿げたものね」

 

 次にキャスターが信じられそうにない様子で自身の調子を確かめる。

 サーヴァント達は大聖杯の破壊の際、余波によって、その魔力を浴びた。

 そして、受肉した。本来、英霊の魂を代償にでしか為されない事象を、数ヶ月聖杯戦争を実行しなかったため、地脈の魔力を過剰に蓄積し、そこにキャスターの神秘の補助もあって実現したのである。

 何が良く分からないが、そういうことなのだ。無理に理解しようにも理解できない。唯一理解しているキャスターでさせ実行するまで半信半疑だったのだ。セイバーはその直感でこうなる結果を予想していた。遠坂家にあった不思議アイテムから並行世界で事例があることも知っている。その不思議アイテムは直ぐに封印した。凛は思い出したくもない。

 これでサーヴァント達は誰一人消えず、この世界に残る。これらは大多数が望んでいる事であり、凛としても色々とお得なのでウハウハだ。

 

 しかし、消える者が一人存在する。

 

「やれやれ、呆気ない幕切れだったな」

 

 日が昇るかける空を眺めながら綺礼が心底つまらなさそうに呟く。その体はうっすらと、透明になっていた。

 彼の体は既に死んでいる。元々、この世にいる理由は穢れた聖杯と魂で繋がっていた為。

 大聖杯が消滅した事により、綺礼も消滅する。土の中から、赤い男と青い男の手によって、入れ墨だらけの青年が掘り起こされているが、関係ない。

 言峰綺礼は消えるのだ。

 

「御託は良いので、さっさとゴミはゴミらしく消えたらどうです?」

 

 消えかけの綺礼へカレンが熾烈な言葉を吐き捨てた。

 彼女は本当に鬱陶しいそうにしており、綺礼の姿を見ようともせず、彼に対して身体を背に向ける。

 同情の余地はないのだが何とも言えない空気の中、綺礼が自分に背を向けるカレンを見て、その貌を変えた。

 それを目撃した者は、誰もが声を失った。長年の付き合いである凛とギルガメッシュですら、綺礼の“そのような顔”を見たことは無い。

 光が昇る。朝が来る。その瞬間、綺礼は消える。

 自身の損失に対して、彼は直前でも何も想わなかった。

 ただ、自分に背を向ける少女を見つめて、それで、ふと思い出す。

 

「そう言えば、最後にお前へ伝えとくことがあった」

「何です? つまらないことは─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カレン、私はお前を愛している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 カレンが振り向くと、そこには誰もいなかった。

 ただ、山の向こう側に朝日が昇り、眩い光景がその瞳に映されるだけだった。

 

「・・・・・・・・・・・・まったく、最後の最後は嫌がらせですか。よりにもよって────本当に貴方は最悪な男ですよ」

「あら、満更でもないじゃない?」

 

 不満そうな愚痴を溢すカレンに対して、凛が声をかけた。

 

「ほら。貴女、泣いているもの」

 

 涙など流していない、彼女はそう否定した。

 




 はい、聖杯戦争終了です。
 いや、ほんと、やりたいことを詰め込んだけの蹂躙でした。駆け引きなんて、アサシン戦しかありませんでしたね。
受肉に関しては、アポ、プリヤを考えればそんなに酷くないはずです。
黒幕二人退場に関しては無罪放免で生存する形は取りたくなかったので、綺麗(?)幕引きをさせました。

 残りは短いお話を二つですね。明日の12時と19時です。最後までよろしくお願いします。

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