一気に書き上げたかったので、ここまで溜めました。
といっても、話は何も進みませんけど。
早朝。
冬木市の最寄りの空港であるF空港に、イギリス発のチャーター便でやって来た一人の男が降り立つ。
長身で赤いコート。そして腰まである長い髪が風に靡くと彼は鬱陶しいそうにかき上げて、眉間には皺が寄せる。
彼、ロード・エルメロイⅡ世は深い溜息を吐き出した。
「やれやれ。先方を待たせてはと早めの便に乗ったが、早く着き過ぎるのも考えモノだな」
待ち合わせの時間まで、まだ三時間もある。彼は持て余した暇をどう潰すか考えながら、周囲を見渡した。
変わらない。
空港という場所に景観の変化を求めるのは間違っているかもしれないが、十年前訪れた時とに見たものと同じ光景が広がっているように感じる。
あの地も、ここと同じように変わらないのだろうか。
嘗て、共に走り、そして、別れた者と戦った情景を思い返しながら、巡り合わせて来た運命に思わず笑ってしまう。
よもや、若かりし頃の自分が参加した戦争、聖杯戦争を終わらす一端を担うことになろうとは彼自身夢にも思っていなかった。
時計塔で講師をしている自分が、再び冬木の地に訪れるなどは夢にも思わなかった。
自分を呼び出した張本人、遠坂当主である遠坂凛はいったい何を考えているのやら?
具体的にどのようなことをするのかを彼はまだ知らない。
使い魔を介した連絡では余計な情報を他者に知られないための配慮だろうが、これでは協力を成立させることも本来は難しいだろう。
だが、彼はその要請を承諾してこの地にいる。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思うが、事が王と共に駆けた戦争に関することならばと、自分の奇行もとりあえず納得させる。
自身のそれで良かったが、問題は周り者だった。
スケジュールの調整は難なくこなしたものの、物好きな何人かの生徒が自分も参加すると言いだし、挙句の果てには高慢な義妹も着いてこようとしたのだ。
それらの追従を振り払い、何とか一人でここまでやってきたのだから、せめてその苦労に見合った物を得たいと祈るばかりだ。
「さて、遠坂の使いが来るまでどこで時間を潰したものか」
空港にゲームショップはあっただろうか?
的外れなことを考えながらエルメロイは空港を散策した。
*
────ルーン魔術。
ルーン文字を用いて行使する北欧由来の魔術であり、現代の魔術師でも使用している者は比較的に多い。
そして、ランサーのサーヴァントであるクーフーリンはルーン魔術の使い手でもあり、その腕前はキャスターの適性を得るほどだ。
そんな彼は薄暗い中、とある工房で『あるもの』にルーンを刻んでいる。
彼はルーン魔術の使い手だ。
描くことは何ら苦ではないのだが、現在の作業はそんな彼でも精神を磨耗させていた。
ランサーは小指ほどのサイズの宝石にルーンを刻んでいる。サイズは全て20mm。形も揃って先が尖がった円柱型であり、まるで何かの加工前のようだった。宝石自体、魔力が通いやすいものなので、そこに使い手がルーンを刻めば一級の魔術霊装の完成である。
しかし、何分量が桁外れに多かった。
十や百どころの数ではない。千、あるいは万に届くほどの宝石が、ランサーの傍にはあり、彼は新たなマスターである凛にこれら全てにルーンを刻めと命じられたのだ。
延々と続く作業の中、ランサーはひたすら黙々と手を動かす。
と、背後から別の誰かが現われた。
遠坂凛のサーヴァントである、アーチャーである。
「追加だ」
彼はそう言って、傍らに置いてあった宝石の山を更に増やす。あまりの量に台から、二三個ころりと落ちた。
そこで、ランサーが切れた。
「やってらっれか───────────────!!」
ランサーは立ち上がって、ギリっとアーチャーを睨む。
「俺は命を賭けた戦いをするために召喚されたんだ! なんでこんなことをしなきゃならねぇんだよ!」
「君は良い英霊だったが、君のマスターがいけなかった。己の不幸を呪うがいい」
「本当にな!! というか、これも聖杯を破壊するための準備って嬢ちゃんは言ってたけど、英霊が八騎いる時点で過剰戦力だろ!? これ以上何を望む気なんだ!」
「やるからには徹底的、とは随分と彼女らしいがね。まぁ、君の言葉も分からんでもない。正直、同情する。だが、我々の選択肢は与えられたことをするだけだ」
諦観したようなアーチャーの態度に益々ランサーは不満を募らせた。
「けっ! 何が与えられた役目だよ! 他の奴らは時期が来るまで好き勝手してるくせに、何で俺だけこんな狭苦しい場所でちまちまと作業しねぇといけねぇんだ!」
「ふむ。君の気持ちは理解できるが、これでも各々役割があるのだぞ?」
アーチャーの言葉を聞いて、ランサーは鼻を鳴らす。
「何がだよ。どっかの騎士王さんと魔女はマスターといちゃつきたいだけだろうが!!
てめぇだって、女三人を侍らせていい気なもんだ」
「ほう──、ならば私の仕事を変わって貰えるのかな?」
「おう、こんな作業からおさらばできるならなんだって────」
「今日はこの後、聖杯破壊のために時計塔から招き寄せたとある人物の出迎え。その後は、間桐邸、遠坂邸、衛宮邸の洗濯物を干した後、ここから二つ離れた市に英雄王から簒奪した財宝をブローカーに受け渡し、受けとった金銭で人形師に依頼した『腕』を交換。それを夕方までに完遂させて、各々の邸宅で洗濯物を取り込んだ後、衛宮邸で夕飯の支度。材料は既に買い置きの物もあるが、私の予想では足りないと考えるので各用事の道中で仕入を行わければならない。そして、夕飯が終わった後は、何度か失敗している『宝石剣』の投影を────」
「さぁ───てッ! 休憩終わり! 夕飯までに半分はやっとかないとね! ははは、下手したら今夜は徹夜になりかねぇから気合入れねぇとな! 本当に手伝ってやれなくてごめんな! 本当ごめんな! マジで!」
「まぁ、元より期待などしてなかったがね。では、多忙なため私はそろそろ失礼するよ」
「おう、お前も頑張れよ!」
自分よりもハードスケジュールなアーチャーにランサーは爽やかな笑みを浮かべて激励した。
そして、アーチャーが霊体化して姿を消すと、ランサーは疲れたように溜息を吐き、そして、再び机を向いて、また溜息を吐く。
「?」
そこで、ランサーは先程までなかったとある物に気づく。
加工される為に山積みにされた宝石の傍ら。何かが入った半透明のプラスチックタッパーがあり、その上には手紙があった。
『腹が減った時でも食べるがいい』
間違いなく、これはアーチャーが準備したものだろう。
ランサーはタッパーの蓋を開けると、食べ易いサイズに握られた二つのおにぎりがあった。
頬を伝う。
ランサーはおにぎりに手を伸ばし、口の中で頬張った。
丁度いい塩加減のはずなのに、何故か少ししょっぱい。
それでもランサーは全て平らげてから、静かに作業を再開させた。
*
「準備は整ったわね?」
「ああ」
「はい」
凛の言葉に、士郎と桜が頷く。そこにはセイバーやライダー、キャスターまでも居た。
彼女達は決戦挑む前の戦士のように真剣な顔をしている。まるで今から死地でも赴くような気迫だ。
いや、まさしくここから彼女たちは戦場に赴くのだ。武器はある。力もある。臆することは何もない。
全員の顔見渡してから、凛は最後の確認をする。各々の気持ちが通じてるのは理解するが、今一度声にすることで決意を固め、士気を高める算段だった。
「勝利とはッ───常に立ち向かい、立ち塞がる障害を屠った者が手にする栄光の言葉!」
凛が、声高らかに謳い上げる。
「全ては我々を蔑ろにした愚か者に鉄槌を下すために!」
『然り! 然り! 然り!』
「敗北を良しとするか?」
『否! 否! 否!』
「諸君、何を望む?」
『勝利! 勝利! 勝利!』
「よろしい、ならば戦争だ」
そして、凛達は動き出した。各々が武器を執り、目の前の敵を屠るために。
「よぉおし! そんじゃあ、アーチャーをぎゃふんと言わせる料理を作るわよ!」
『おおおおおおお!!』
仰々しい掛け声と共に、衛宮邸で料理が開始された。
ちなみに作業する人数が多いので、道場に器具持ち込んで彼女達は作業している。
「ていうかさ、ちょっと自分が料理できるからって偉そうなのよね」
リズミカルにトントンと玉ねぎを切りながら凛が愚痴る。
「いっぱい仕事を頼んじゃったから、今夜ぐらいは自分で作るわって言ったらアイツなんて言ったと思う? ふむ、別に料理するのは構わないが、私の舌を満足させれるのか? ですって! 上等じゃない! やってやろうじゃないのよ!」
ちなみに、アーチャーはその時尚も自分が夕飯を作ろうとしたので、更に腹を立てた凛は彼に難題を押し付けた。アーチャーの重労働はある意味自業自得なのである。
「そうですね。せっかく姉さんが作るって言ってあげているのに失礼ですよね。未来の先輩は少し教育が必要です」
御立腹の姉に同調しなが桜がズダン! と肉を斬る。
心なしか、その笑顔が黒いのは気のせいだろう。
「俺も負けっぱなしは嫌だからな。誰かに負けるのは良い。でも、自分には負けれない。アイツが俺の理想と言うならば悉くを凌駕し、その存在を叩き直そう」
魚を捌きながら、かっこをつける士郎。そんな彼をセイバーが輝いた目で見つめていた。
場違いな台詞で陶酔でもしているのか、出来上がる料理に期待しているのか、きっとどっちもであろう。
「まぁ、女のプライドとして負けたくはないわよね。結構なものができたら、宗一郎様にも満足してもらえるだろうし」
「微力ながら助力します、桜」
キャスターとライダーも、前者は凛、後者は桜を手伝いながら作業を進める。
ちなみにセイバーは何もしていない。彼女は味見担当だった。
*
そして、夕飯。衛宮邸にて。
「俺の勝ちだ、アーチャー」
「ああ、そして、私の敗北だ」
士郎はアーチャーに勝利した。
「ああ、結局勝ったのは衛宮くんだけだったかぁ」
凛は悔しそうにボヤキながら箸を伸ばす。
「仕方ありませんよ、まさか先輩が私達に内緒であんなものを準備するなんて。はい、姉さん、あーん♪」
「・・・・・・・・・・・・」
凛が取ろうとしたものを桜が先回りして取り、口の前に差し出す。
「セイバー、貴方は直感でこの結末を知っていたのではないのですか?」
「もきゅもきゅ────? 何か訊きましたか、ライダー?」
「・・・・・・・・・・・・、なんでもありません」
ライダーは目の前の料理に夢中なセイバーを白い目で見た後、くるりと視線を変えて百合しい凛と桜を恍惚とした顔で眺める。
「まぁ、今回ばかりはシロウの作戦勝ちでいいよ。なんか負けず嫌いなとこがキリツグに似ちゃったね」
イリヤは呆れた眼差しを義弟に向ける。
そんなイリヤに対して士郎のフォローを入れたのは、意外にも敗者であるアーチャーだった。
「イリヤよ。確かに衛宮士郎は真っ当な勝負を挑んだわけじゃない。
しかし、我々二人の間には明確な力の差がある。そこで多少なりとも知恵を振るうのは、勝利を渇望する者としては、当然の義務だ。
仮に────」
ちらりとアーチャーは視線を変える。
「審査員に性格がねじ曲がった聖職者共を呼んでいたとしてもだ」
「一緒にしないでもらいたい」
「一緒にしないでくれます」
ほとんど同時に同じような言葉を隣同士に並ぶ綺礼とカレンが言う。
士郎の作戦はこうだった。
片や激辛の麻婆マニア外道神父、片や超甘党毒舌シスター。その味覚が異常な二人を審査員に招き入れ、二人の舌に合う料理を準備した。
一方、アーチャーと言えば多忙のため時間がなく、事前に頭の中で考えていた献立を料理しただけで終わった。
それでも、普通の人間が食べれば、満場一致でアーチャーに軍配が上がる素晴らしい料理を作ってみせたが、今回は相手が悪かったと言えよう。
ちなみに審査員は三人いて、残りの一人はセイバーだった。
彼女は味覚破壊の料理を含めて、全て満点。残りの二人は自分の好み以外は零点だった。
唯一、三人から満点を得て勝利を勝ち取った士郎がアーチャーを見る。
「まぁ、今回は作戦で一矢報いたけど、次は小細工抜きで打倒してやるよ、アーチャー」
「別に私は貴様がどんな策を案じても構わんぞ、衛宮士郎? それらを全て私が凌駕し、自身の無力に挫折する貴様はきっと見物だろうからな」
「言ったな」
バチバチと視線で火花を散らせる二人。
『そんなことよりもおかわり』
そこで綺礼とカレンが二人に向かってご飯を催促した。
『・・・・・・・・・・・・』
二人はご飯を食べながら、相手の体に膝をぶつけたり、ご飯粒を髪につけたりと報復を繰り返していたが、妙な所で息が合っている。
いや、食事をしながら互いに喧嘩を止めない事も踏まえると、本人たちは絶対に否定するだろうが仲が良いのだろう。どちらにせよ、周りにとって迷惑だが。
士郎とアーチャーは互いに溜息を吐いた後、二人から受け取った茶碗にご飯をよそう。
だが、二人の仕事は終わらない。
「シロウ、私もおかわりです!」
「おい、酒が足んないぞ! 酒が!」
「こっちにも寄越しなさい! 宗一郎様にお酌ができないじゃないの!」
「■■■■■■■■■■■■■■■!!」
「ふむ、あの麻婆には流石に劣りますが、これらも又美味ですね」
「雑種、こちらの皿を下げて、新しい料理を持ってくるがいい。それで、どうだ? 己の王も飲んだ酒は?」
「ああ、美味い。まさかこの酒を私自身が飲める日が来るとは思わなかった」
「むぅ、やはり腕の調子が今一ですね。本番まで十全に使いこなせないと────」
「どれも美味いな。うちの黒桐なんか比べものにもならない。時代は男子が家事をするものになったということかね」
「おおい、こっちにも新しい料理頂戴!!」
『・・・・・・・・・・・・』
ガヤガヤと周りの者達に催促されることにより、士郎とアーチャーの二人は束の間の休息を終えて、配膳と給仕に戻った。
賑やかとは当の昔に超えた、非常に騒がしい宴会真最中の衛宮邸。
その様子をぼんやりと眺めてからイリヤが独り心地に、この状況を的確に示した言葉を呟く。
「カオスだわ」
ただの暗躍というか、聖杯破壊の準備中に起こった幕間ですね。
そして、次回、最終局面。
第十一話『決戦』。更新は明日の19時です。