モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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第22話 学校を作ろう

 ハンターとは狩人を指す言葉であるが、モンスターを一匹狩っただけでハンターと呼べるかと言われればそれは間違いであると答えよう。

 生物には老衰、怪我、病気、感染などありとあらゆる場所に死の影が潜んでいる。弱った個体を一匹狩るだけならば別段難しいとは言えない。もちろん、それを狙って継続的にできるのであればそれはハンターの一つの形であろうが、偶然それに出くわしただけのものはハンターとは呼べまい。

 

 つまり、誰かが仕掛けた罠にかかった得物を持ち帰っただけの者はハンターではない。剛二からヤマトらが持ち帰ったブルファンゴの肉は、和也らが仕掛けた罠にかかった物だったということを知り思わず顔を手で覆った。

 

「まあ、その……なんだ。早めに勘違いがわかってよかったじゃねえか」

 

 剛二は自身の家にてばつが悪そうに言った。彼自身は悪いことをしたわけでもないのだが、どうにも居心地が悪そうだ。

 和也は剛二に、和也らが不在の時にブルファンゴを狩ったのは誰なのかを聞きに剛二を訪ねてきていた。それはすぐにヤマトの仲間の一人だとわかったのだが、問題はその内容が和也らが仕掛けた罠にはまって死んでいたブルファンゴを持ち帰っただけという物。これでは到底狩りだなどとは言えない。

 

「いや、まあ……そうなんですけど……ね……」

 

 確かに多大な期待をかけている所にその事実が判明すると言うのは痛い。けれど期待をかけているという意味では大小の差こそあれ現時点でも同じだった。状況を苦しく思うことに変わりはない。

 和也のそんな姿を理解できるからだろう、剛二もまた居心地が悪いのだろう。

 

 しかしいつまでもそうしているわけにもいかない。和也は何故この話を持ち出したのかを、互いの理解を深めるために一から説明し直すことにした。少々立ち直りの時間が欲しかったということもある。

 

「一先ずの問題は俺や劉がいなくなった場合、病気やけが、それに死んだ場合。そう言った時に誰が狩りをするのか。現状モンスターに人間が警戒されていることはオッチャンもご存じだと思いますが、狩りができなくなった場合それが崩れる可能性が高いです」

「ああ、それはわかる。今の紅呉の里を見ても言えることだからな。一年前まではビビって縮こまっていたのに、今じゃ森に入ったり草原を越えるのさえ楽しみにするやつがいるぐらいだ。持ち帰った白鳳村の話を楽しみにするやつもいる。それもこれも、いざという時は何とかなると誰もが信じているからだ」

 

 互いに頷き合う。話すことにおかしな点はなく筋も通っている。その確認だ。

 

「狩りができなくなると警戒されなくなる。しかし俺らが狩りをできなくなる時はいずれ来る。ならば狩りをできる人間を増やさねばならない。これは一人あたりの負担の軽減の意味もあります」

「それには狩りの知識や経験がある方が望ましい。だからブルファンゴを狩った人間を求めていた、だよな。まあここで躓いたわけだが」

「ええ。まあそれは……おいておきます。それに単独で狩りをしていなくとも、ヤマトたちにはリオレウスの際の経験がありますから」

「飛竜種か。なるほど、あれに比べれば鳥竜種など物の数ではない」

「油断はできませんけどね。しかし必要以上に興奮も緊張もしないで済むでしょう」

「違いねえ。なら候補はやっぱりあいつらか」

 

 リオレウスの狩りについてきたのは全部で7人。彼ら全員が鳥竜種や牙獣種程度を狩ることができるようになればまた違うと考える。飛竜種はまた話が異なるが、近くに相手もいないのでこれはどうにもならない。爆薬や閃光玉など必要な資材さえあれば彼らだけでも何とかできるだろうと楽観視しておくしかないのが現状だった。

 

「しかしどうやって教える? 教えることができるのは今お前と劉だけだ。どっちが教えるにしても負担が増えるぞ?」

 

 和也ら狩りができなくなった時の為の準備。その為に和也らが過労死でもすれば本末転倒だと暗に臭わされる。

 会社の研修でもそうだ。教えを受ける人間は実質仕事をしていないことと同じである。むしろ教える側に余計な負担を強いているのでマイナスでしかない。それでもするのは将来への投資の為である。だが、将来というのは現在の後にある。現在あってこその将来だ。将来のために今を捨てるのでは意味がない。

 つまり、考えねばならないのは秤だろう。教えるリスクとリターンを釣り合わせ、その方法を効率化できるのであれば問題はない。一人に教えるのに一週間かけたとして、七週間。その間一人は研修につきっきり、もう一人はその尻拭い。――無理だろうとすぐに破棄した。

 

 

「正直なとこ、難しいですね……。というか今更ながらよく今まで二人でやることに疑問を持たなかったな、俺」

「慣れってもんもあるからな」

 

 知らず苦笑する二人。今まで辛いだとか、苦しいだとか、大変だとか思うことは何度もあったというのに人を増やすということを知らず知らずのうちに放棄していた。それには紅呉の里全体に遊ばせている人員がいないということも関係はしている。

 

「ああ、そう言えば工房の方からも人を増やしてほしいって話ありましたっけ……。すっかり忘れてた……」

「おいおい、大丈夫か? 俺は初耳だぜ、それ。まああそこもかなり忙しく回しているからな……」

 

 関連した話をしていて今思い出したと和也は呟いた。その内容は剛二には今言った通り初耳の内容である。

 回復薬や爆薬などを製造している工房。彼の場所もまた年中忙しく回っている。最近は回復薬や爆薬の必要量も落ちているのでまだマシなのだが、一時期人手が足りず寝ないで仕事、そのために集中力を欠いて無駄が増えて――という悪循環だった時もある。ブラック企業も真っ青な労働環境だ。

 計算や調合に不慣れということもある。ある程度は慣れによって効率化もできるだろう。しかし、人手不足が解消されても、工房も同じく『誰かが倒れた時に代りがいない』という現状は変わらない。

 

 あまりな労働環境に二人驚くやら呆れるやら。なんとなく把握しているつもりであっても整理してみるとそうでもない。思っていたよりもマシなことがあればその逆もまた然り。

 

 しばらく悩む二人だったがやがて和也がぽつりと漏らした。

 

「学校、みたいにしてみるか……」

 

 和也が思い浮かべたは集団教育だ。マンツーマンで教えるのではなく、一人が集団に対して同時に教える。教育の効果は多少落ちるだろうが、時間効率という点のみを見れば格段に良い方法だ。

 和也のぼやきを耳ざとく聞きつけた剛二に尋ねられ簡単に説明する。和也のイメージは古い田舎の学校のような、外で近所の頭いい人が教えると言う程度のものだ。その方がイメージがわきやすかったということがあったのだが、それは剛二にとっても同様だった。なるほどと理解した様子を見せる。

 

「しかし一気に教えるとなるとその日の仕事はどうする?」

「他人が頑張るか、やらないかの二択だな。慢性的にきついのがずっと続くか、一度ですっぱり終わらせるかの違いみたいなもんだ。まあ本当に一度では終わらないだろうが」

 

 どちらの方が優れているというものではなく、一長一短ある。だが和也は集団教育の方がいいと感じた。知識や経験が増えた後のステップアップはまた別だろうが。

 教えを受ける全員が今後も狩りや調合をするかどうか、と聞かれた時答えはわからない、だ。教えたことが完全に無駄になる可能性もある。しかし基礎知識は何があっても大丈夫なように、全員が把握していることが望ましい。本人は狩りに行かなくても、狩りの知識を教えることができるのなら意味はある。

 

 だがその方法を取るには和也や剛二の判断だけでは難しかった。里全体の今後に関わる問題でもあるため、判断を二人だけに任せるべきでないことは明白である。

 

「とりあえず、長に相談してみますか」

 

 

 その一言を持ってこの会談は終わった。どうなるかわからない未来を憂えた狩人の行動は新たな歯車を回転させ始めた。

 

 

 孝元にも同様の説明をしたところ、剛二同様に理解を得ることはできた。孝元も和也同様に現状を良くないと思っているためだ。だが、今までそれを提案しなかったのにも理由がある。先ほど和也が至ったのと同じ、教育する余裕がないという結論だ。

 

「難しいでしょうか。確かに不安要素も残りますが長い目で見ればそれが一番だと思うのですが」

「うむ、少々気になる箇所も残るのでな」

 

 しかし理解できているにもかかわらず、孝元はやや乗り気でない姿勢を見せていた。集団教育によってある程度解消できる。だが教える側に立つ和也も教える経験もノウハウもないためにどれだけ時間がかかりどれだけ効果があるのかは説明できない。それが及び腰になる理由だった。

 それらを説明され困る和也。確かに経験もないためにたぶん、だろうと言った説明になってしまった。しかし事実わからないし、誰にも想像できないのだからどうしようもないのもまた事実だ。そこを言い募ろうとするが孝元が止める。

 

「加えて白鳳村との交易もある。劉一人に負担をかけることもまずいが、製造が止まるものまたいただけない」

「あああ……、そうか、確かにそうですね」

 

 孝元の説明に納得する。剛二との話では狩りの問題ばかり話していたが、工房の話も交えるのであれば製造が止まるという問題も発生する。それでは白鳳村との交易が難しくなり迷惑をかけてしまうだろう。

 詰まる所、これの問題点もまた人手不足なのだ。人が足りないから教育して増やしたいのだが、余っている人などいないのでできない。人手不足の解消の方法ができない理由もまた人手不足とは世知辛い話である。

 

「交易が軌道に乗る前ならばまた違ったのじゃが……」

「ええ、それなら多少止めても問題はなかったですし」

 

 水や虫の確保ならばある程度はできているし、虫に至ってはそもそも狩りができれば虫以上の上質なたんぱく質を多量に確保できる。教えを受ける側の人間は作れるのだ。教える側が用意できない現状、というよりできる人間だけに作業させてそれ以外はできないという少数に集中させてしまったことが問題なのである。

 

 改めて考えると起こるべくして起こった問題である。むしろ、和也らが倒れる前に気付けて良かったという物だ。だが、今後のための対策は浮かぶことなく、時間だけが過ぎ去っていく。やがて、孝元は重く息を吐いた。

 

「仕方あるまい。集団教育の件、許可しよう。」

「えっ、いいんですか?」

 

 仕方ないという意味を多分に孕んだ声に和也は驚きと確認を込めて返事をする。許可を取りに来たのだとは言え難航していたはずなのに降りるとどうもすっきりしないものだ。和也もその意外性に驚いてしまう。

 孝元はというと、目を瞑り首を振った。疲れた様子がにじみ出ており、どうやら他に方法が無いことによる諦めが原因のようだ。

 

「教育が必要なのは事実、時間をかけた所でうまくいくかどうかわからん以上、早く終わらせられる方法を取るしかあるまい。白鳳村に迷惑をかけることになるがこれは仕方な――」

 

 唐突に話しが止まった。何だろうと思って見てみると、孝元は口元に手を当ててなにやら考えているようだ。そのまま誰も言葉を発することなく、森閑と静まり返った部屋で和也は暫し時を過ごした。

 

 

 

「和也殿、相談をよろしいか?」

 

 そのまま何のために訪ねたかわからなくなるぐらいに待ち続け、ようやく考えがまとまったらしく孝元は口を開いた。多少げんなりとした気持ちを持ち合わせながら、それを外に出さないように注意する。

 

「ええ、なんですか?」

 

「白鳳村の者もこの件に参加させてはどうだろうか。爆薬の製造が彼らもできれば多少問題解決も図りやすくなる。それに彼らに迷惑をかけるという点も多少拭えるだろう。どうだろうか」

「え? いいんですか?」

 

 孝元の提案に先ほどとはまた違う意味の返事をした。

 白鳳村を参加させる。それは紅呉の里と白鳳村の結束を強めるものになるだろう。離れて暮らすと言えど交流はあり、モンスターという共通の敵を持つ者同士だ。それに交易を一時止めても、『教育の為』と言えばその恩恵を受けようとしている分納得もできるだろう。確かに白鳳村も交えるということには大きなメリットがある。

 だが、大きすぎるデメリットも存在する。モンスターは白鳳村にとって強大な敵であり、紅呉の里が卸している爆薬はそのモンスターに対抗するための大きな手段である。白鳳村にとって爆薬は既に必要不可欠なものであり、これの交易があるからこそ彼らは紅呉の里には逆らえない。もちろん、だからと言って横暴に振舞うことは無かったが、孝元の提案はこの有利に立てる点を自ら捨てようという物なのだ。

 

 和也の心配は尤もだ。わずかとはいえ社会人としての経験がある故にそのような隙を見せるべきではないと真摯に思う。だが、孝元は和也のそれを知ってか知らずか、優しく微笑んだ。

 

「大丈夫ですとも。同じ運命をたどる者同士です。持ちつ持たれつは変わりません。何より、和也殿がいてくれるだけで我々には十分すぎるほどでしょう」

「そ、そこまで高く買われると恐縮してしまいますが……」

 

 びくつく和也だったが孝元は笑うだけだった。

 

 

 白鳳村も巻き込んで、となれば当然白鳳村に相談しなければならない。だが、白鳳村は片道だけで一日かかるのでおいそれと相談にも行けない。電子メールでもあれば一瞬だが、もちろんそんなものは存在しない。

 ひとまず集団教育の準備は進め、劉が次回白鳳村に行った際に参加したい人を連れて帰る、ということに落ち着いた。白鳳村にとっては突然の話だろうが、あまり話し合いを詰めることもできないので仕方がない。一応、剛二が次回も交易に参加し説明役をすることとなった。

 

 

 話がそうまとまれば準備も必要だ。初歩的な調合のしかたや簡単な計算方法を教えることを考え、そのためには薬草とアオキノコなどを十分な量準備しておく必要がある。狩りも土爆弾や探索の際の注意、モンスターの動きの基本的な部分など教えるべきことは沢山ある。その中から特に必要なこと、教える順番などを考えねば効果も悪くなるだけだ。

 

 劉が白鳳村に行くまでの間、和也はその準備に追われ続けた。

 

 

 

 そうして、劉が帰ってくる日となった。

 

 

 

 

 紅呉の里入口にて和也は座って森の先を見ていた。まるで怨敵でも求めているかのように鋭い目つきだ。しかし実際は、大きくなった話にびくついて少々眠りが浅かったため、つまり寝不足なのである。一応それだけでなく、期待と恐怖が入り混じった感情も、目の鋭さを強める原因になっている。

 

「ヨウたち帰ってきた?」

「リンか。いや、まだだ。まあそろそろだと思うが」

 

 振り返って黒猫がいることだけを確認して再度森を睨む。もちろんどれだけ睨もうとも森の形が変わることもない。

 リンはそんな和也の背を見守るように見つめていた。ナルガクルガの黒の鎧を着た和也はその厚みの分背も広く見える。だが、リンには違うように見えていた。やがてリンは小さく、その背にため息をついた。

 

「そんなに心配?」

「っ――まあな」

 

 心中の靄をリンに言い当てられ、和也は動揺を表した。話が大きくなって最も恐れていること、それは教育がうまくいくかどうかだ。今まで和也にあったことは極端な話、失敗した時のリターンは自身の死というだけだ。それによる影響も紅呉の里にあろうが、最初の内は大したものではなく異物であった物が消えただけ。狩りが軌道に乗ってからは失敗のリスクは精々怪我で死ぬほどではなく、里に対する影響は劉の負担が増えると言う程度だった。

 しかし今回の話はどうだろうか。和也の教育が悪いと教えを受けた人が死んでしまうかもしれない。今までだって麻酔薬の様に新しいものを供するときはそれを過信しないように釘をさし続けてきたのだ。だが、集団教育において十分に戒めることは可能か、不安は絶えない。

 そんな和也の不安を察したリンは和也の前に歩く。小さな足を更に歩幅小さくして歩き、和也の背に片手を置いた。

 

「リン?」

 

 鎧越しの感触、というより僅かにかかった重さから気づき振り向いた。途端目の前にある黒い棒のようなものが目に入る。頭に何かが置かれた感触から、それがリンの手であると気づく。

 

「――リン?」

「和也は頑張ってる。偉いよ」

 

 頭の上の感触が右へ左へと動く。その優しげな感触もあってか言葉を失ってしまった。

 

「誰も怒らないよ。一生懸命なら怒らない」

 

 なでなで、なでなで。たどたどしいながらもその手は止まることなく。

 

「だから、頑張ろ……?」

 

 首をやや傾げたリンの憂え気な瞳が目に写る。例え付き合いがどれだけ短くても、例え無表情だろうとも、リンのこの行動の意味が理解できないほど和也は馬鹿ではない。苦笑と虚勢が、感動と闘志が湧き上がる。

 

「ああ。なんとかなるよな。なんとかしような」

「うん、和也なら大丈夫……」

 

 

「それに……僕たちもいる。和也一人じゃ……ないよ……」

「ああ、そうだな。いつもありがとうな、リン」

 

 

 そう言って和也は笑った。本当に何時も、リンには助けられているなあと思って。

 

 数分後、まるで待っていましたと言わんばかりに人がやってくる気配に気づいた。足音からそれに気付き立ち上がって出迎える姿勢を見せるもどうも様子がおかしい。どたどたと足音は騒々しく、複数ではなく一人。しかも台車の転がる音がしない。何かあった。二人がそう勘づくまでに時間はかからなかった。

 

「カズヤッ! 劉が!」

「了解! 案内を頼みます!」

 

 だから剛二が駆け込んできたことにも驚かずすぐに対応できた。剛二を引っ張るような勢いで二人は駆け出す。

 助けを呼ぶためにずっと走っていたのだろう。剛二の息は既に上がっていた。けれど、道を知るためには剛二の案内が必要だ。わかりやすい目印が少ないために、口頭では大雑把な説明しかできないのだから。

 

(オッチャンに怪我はないみたいだけどこの焦りよう……まさか飛竜か? 全然出てこないから油断していた……! くそっ、間に合ってくれよ……!)

 

 既に息を切らして喘いでいる剛二に詳しい説明を求めることはできない。現状、和也とリンは重い装備を着ているからスピードが出ず剛二が先導できているのであり、もしもそれらが無ければ剛二はとうにおいていかれているであろう。その程度のスピードしか出せない現状、説明をしろという方が酷である。

 

 不明瞭な情報しかないという状況が和也を焦らせる。本来人が出せるスピードよりも遅くしか走れないということも不安を助長させる原因だ。思考は悪い方へと傾く。

 

(飛竜が出たんなら劉とヨウが対処でオッチャンが呼びに来るために逃げてきた? 戦えない人を何人も抱えて、一日かけて大草原を越えた後で? 無茶だ、どうにかなるはずがない……! それでも……それでも無事でいてくれ……!)

 

 走って、走って、草葉を踏み分け落ちた枝を蹴り飛ばし、ただただ焦燥に焦がす心を逸らせて和也は走った。

 

 

 剛二が走った先は白鳳村から紅呉の里に向かうけもの道の途中を南下した場所だった。リンにとっては初めての場所かもしれないが、和也にとっては懐かしい場所。この世界に来てすぐにブルファンゴと戦った場所によく似ていた。

 湿った地面と薄暗い森の中、僅かに地面に座り込む人の中に薄暗さで黒っぽっく見える鎧を着た男が目に入った。

 

「劉!」

 

 倒れているということはなく座っている。ならば大事はないのかと思いながらもつい大きな声をかけてしまう。足音と声にだろう、劉は振り返った。

 

「おお、和也。三日ぶりだな」

「え? あ、ああ、おう……?」

 

 能天気な挨拶を返されて和也はふと素に戻った返事をしてしまった。素に戻ったというより呆気にとられたというのが正しいかもしれない。

 仕方がないことだろう。激戦の真っ最中、もしかしたら手遅れかもしれないと思っていたのになんてことない様子なのだから。

 『は? え?』という様子を見せていると劉もばつが悪そうに頭に手をやった。

 

「いや、すまん。俺もよくわからないんだが、何かに襲われた……んだと思う。けど、誰もその姿を見てなくてな。もうもしかしたら転んだり躓いたりしただけなんじゃないかって話になってる」

「え、は? ――はあ?」

 

 

 話を聞いてみると紅呉の里に向かっている最中に何かに襲われた、と数人が叫んだらしい。事実、腕や足に痣ができたものや、一人は木にぶつかって頭部を大怪我したほどだ。その人はすぐに回復薬で大事にはならなかったのだが何かがいると劉と剛二は判断し剛二が和也を呼びに行った。剛二は走る際、背中でまた誰かの悲鳴を聞いたそうだ。

 一方、残った劉は近くにある広い場所へ行こうと帰り道から移動。予めそこに移動することは剛二にも伝えた上でモンスターとの戦闘を考えたらしい。この判断自体は和也も間違っていないと思うのだが、問題は移動の際一度もそのモンスターの姿を誰も見ることは無く、移動した後もずっと警戒していたが何も発見できなかったそうだ。もちろん、誰も襲われることもなかった。

 

 

「お前……それなんか罠っぽくなってたやつに引っかかったとかじゃねえのか?」

「かもしれん。ただ一人は大けがしたし剛二は既に呼びに行った。だから下手に移動するよりは和也が来るのを待ってから移動した方がいいと思ってな、休憩がてらここで待機していた」

「まあ……それは俺も間違っちゃいねえと思うけどよ……」

 

 だがなんだろう。無事だとわかった途端に思うところが出て来た。来る途中は散々無事でいてくれれば他は何も望まないと思っていたが、いざこの事態になると違うことがわいてくる。曰く。

 

「お前……勘弁してくれよ……」

「ああ……すまん」

 

 ため息しか出ない。思わず手で顔を覆った。

 しかし無事でよかったことも事実である。もう切り替えるしかない。いっそ劉と共に白鳳村から来た人を護衛して戻ればいい。そう考えればきた意味はきっとある。いや、あるはずだ。事実なのか思い込みなのかはともかく和也はそう決めた。そう決めて顔をあげて――

 

 

「って多いな!」

 

 猫人含めて12人。精々が5人だろうと思っていた和也にとってまさかの出来事だった。

 

 


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