モンスターハンター――ハンター黎明期――   作:らま

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訓練所
第21話 新たな試練


 青い空、白い雲。白い山、茶色い木。世界を俯瞰しようとしているのかとさえ思うほどの大きさを誇る山、霊峰ギリス。かつて轟竜と毒怪竜が生息していた偉大なる未踏峰はそれより一年経った今でも姿を変えることなく鎮座していた。

 そのふもとに位置する白鳳村もまた、場所を変えることなく在り続けた。しかし何一つとして変化していないわけでもなかった。入り口にあたる箇所には雪解けの為の火薬草が育てられ、常に茶色い地面が顔を出している。所々に雪とは異なる白点がつけられ、何かが通ったのであろう地面を引きずる跡がそれを避けて蛇行していた。

 白鳳村入口より入って僅か10秒程度。その位置に和也はいた。ナルガクルガの素材を使った黒い皮鎧に所々に緑色の鱗が彩られている。全身黒の隠密性を捨てているが、代わりにナルガクルガが苦手としている炎や雷から身を守るためのリオレイアの素材だ。加えて、初めて手に入れた防具だから僅かだけでも残しておきたかったという理由もあった。

 

「ええ、今回は大タル爆弾と回復薬を。あと麻酔薬の試作品を持ってきました。鳥竜種で試した程度ですが十分に効果は得られます。ですが――」

「油断は禁物、くれぐれも過信しないように。ですな?」

「ええ」

 

 白鳳村の村長と話していた和也は思わず苦笑した。一年前より始めた白鳳村との交易は今も順調に続いている。護衛として何度も行き来して交流を深めているだけあり、さすがに口を酸っぱくして言ってきた口癖のようなものは読まれているようだ。

 村長との会話ももう何度したか。交易の責任者は互いに里・村の責任者であり和也ではない。実権は別の人間が握っているがそれも和也ではない。だが、狩りに関する知識は和也が一番のものだ。今までも持ってきていた大タル爆弾はともかく、マヒダケと眠り草を調合して作った麻酔薬については和也が説明すべきだろう。

 

「こやしの具合はどうですか?」

「上々ですな。あれから一度も鳥竜種はやってきておりませんので効果のほどははっきりとは確認できていませんが」

「まあそれは仕方ないですね。元々来ていないだけなのか、こやしの効果なのかはじっくり見るしかありませんし」

「ええ、わかっております」

 

 話題に上がったこやしというのはゲームで言うところのこやし玉についてだ。過去リオレウスがこやしの匂いを嫌って劉を喰わなかったこと、ゲームでもこやし玉はエリア移動させる効果を持つアイテムだったことなどから、"臭いによってモンスターを遠ざける"という効果を狙って用意された。結果としては話にあった通り、それ以降鳥竜種は来ていない。

 こやしだけではない。入り口付近には落とし穴と大タル爆弾、山側には堀がある。モンスターを寄せ付けないための工夫は数多くされているのだ。

 

「ああ、そうそう。猫人達はこやしの臭いでつらいそうです。彼らの話を信じるならばモンスターへの効果も十分に高いでしょうな」

「ああ、彼らの方が鼻もいいでしょうしね。まあ臭いに強いモンスターもいるでしょうからやはり過信はできませんが」

 紅呉の里と白鳳村の交易と時を同じくして始まった猫人の集落との交流。こうして話にもあがることから、特に不仲になることもなく継続されていることが伺える。白鳳村は近くにあることもあり、紅呉の里と猫人の交流は白鳳村を介して行うような形になっているので、不仲になられると困るのだが。

 

「リコル酒が彼らにも喜ばれたのが幸いですな。それに、そちらよりのマタタビもまた大いに喜んでおりました」

「ええ。おかげでホットビートルやトウガラシをこちらは受け取れているのですから大いに結構。これからも仲良くやって行きたいものです」

「そうですな、今更仲たがいするような事態は避けたいです」

 

「和也、積み荷の準備は完了したぞ」

 和也と村長が話しているところへ一人の男がやってきた。ブルファンゴとモスの毛をふんだんに使用した衣服を着こんでいるが、顔は少々青く震え、慣れない気候に苦しんでいる様子が見て取れた。

 彼は紅呉の里より交易のために来ていた、紅呉の里の住人である剛二だ。当然白鳳村の寒い気候に慣れているはずもない。日本のような移ろいの激しい四季もない世界なために余計である。

 まだ対応ができている和也はそんな彼に苦笑した。

「了解、おっちゃん。それでは村長、また。次回は半月後に劉が来る予定です」

「ええ、いつも通りですな。お気をつけてお帰り下さい」

 

 食品には消費期限があるのはもちろんのことだが、爆薬もあまり放置するとしけって使えなくなってしまう。その意味では半月ごとなどではなくもっと頻繁に交流できるようにしたい。だが、大草原は広大で越えるのに一日を要する。余り頻度を増やすのは護衛である和也や劉の疲労を増やすだけだ。当然のことだが、大草原に出るということ自体が危険行為であることも理由である。

 

 村長に挨拶をして片手剣を外したまま置き忘れているということがないか、腰に手をやって鞘から抜く。使えなくては意味もないので刀身の輝きと不具合のなさを確認してからそれを元に戻した。

 

「って、あれ? リンがまだいませんね」

 いざ出発しようかと思えば剛二と同じく共に来たはずの相棒がいないことに気が付いた。地面が白い分黒い姿をしているリンは目立つように思えるが、背が和也の腰程度までしかないので意識していないといなくても気が付かなかった。リンはあまり自己主張しないということも災いしている。

 

「おお、みたいだな。まあまたあそこだろうが」

「でしょうね。じゃあ呼んできます」

 

 

 白鳳村の中央、篝火をいつでも焚けるようにとあらかじめ用意されたその場所。5つの篝火が五角形におかれ、まるで空から見れば五芒星のようだろう。

 村の中央、村の中心。土地的にも心情的にも今の白鳳村の中心であるそこにリンはいた。一人の少女と共に。

 

「リン、帰るぞ」

 

 声をかけられてリンは振り向いた。一年経ってもリンの表情は乏しく、やはり大きな変化は見られない。けれど付き合いの長さからそれが悲しげなものなのだということに和也は気づいた。

 

「ん、レイナ、またね」

「はい。リンさんもお元気で」

 

 しかしリンは我儘を言うことなく素直に聞き入れる。永遠の別れでないことはもちろん知っているし、何より大草原の踏破には一日がかかる。余計な時間を喰えば大草原や森の中で一夜を明かすことになることを知っているからだ。

 それがわかっているからだろう、レイナもまた悲しげな表情でだが微笑んだ。単独で踏破した経験を持つ彼女も大草原を越えることは容易くできることではないことを知っている。

 

「なんならリンは残るか? たぶんそれでも構わないが」

「いい、帰る」

 

 ともすればぶっきらぼうと表現できるリンの返事に和也は苦笑を、レイナは明るく笑った。明るく笑うレイナを見て、和也の脳裏に過去の映像が映し出される。義務感と使命感で戦い続ける少女のこと、歪で死さえも恐れずに逃げない少女。物語の正義の味方のようなまっすぐさで、けれど対比的に自分をどうでもいいと言うかのように扱う少女のことを思いだした。

 

「レイナの方も問題はないか? 怪我や不調も含めて」

「ええ、もちろんです。無茶はしないと約束しましたから」

 

 思い出して気になって聞いてみたが帰ってきたのは屈託のない笑顔の返事だ。今のレイナは明るくそういった影を差していない。それが確認できる笑顔だった。

 一年前の約束とやらを未だ和也は知らない。いい加減教えてくれよと聞いてみるも返事はやはり内緒だった。一年経って15歳になったレイナ、女は秘密を持つものらしいがレイナもそういうことなのだろう。

 

 

 レイナの元を去って村の出入り口へと向かう。次に訪れるのは一月後、毎月のこととはいえじっくりと見ておきたかった。

 酒を造る酒蔵、近くではリコルの実の栽培を行っている。遊んでいるわけではないのだろうが村の中を走って何かを運んでいる子供は元気そうだ。人の顔も活気に満ちて、今ある生を堪能していることが見て取れる。

 

 ――白鳳村、活気に満ちているな。

 

 既に過ぎ去った道を振り返って思う。一年前に僅かに関わったに過ぎないが、それをきっかけにして始まった交易、それを理由にして活気に満ちた村。自分のしたことが認められたようで嬉しい光景だ。けれど――

 

 明るく今を生きる姿、恐怖はあろうがそれでも懸命に生きている。そんな良い光景のはずなのに、和也の脳裏には何か不安があった。いくら頭を振ろうともそれは振り払えることはなく……脳裏にこびりついたまま消えることは無かった。

 

 

 

 

 

 白鳳村を出て紅呉の里へと帰る。その道中最も危険なのは大草原だ。見晴らしよくモンスターの接近に気づきやすいが、その分モンスターもまた彼らに気付きやすい。襲われた際のリスクは低いが襲われる可能性を単純に増やしてしまう。その意味で連戦に次ぐ連戦をする可能性を持つ大草原は最も危険と言えよう。

 だが和也もリンも、非戦闘員である剛二でさえ大草原をさほど緊張した面持ちをすることなく歩いていた。その理由は単純かつ明快なものだ。

 和也が一方向へと視線を向ける。少しの間視線をそのままにしていたが、やがて興味を失ったかのように視線をもとに戻した。剛二はそれを見て口を開く。その言葉には呆れが含まれていた。

 

「またか?」

「ええ、鳥竜種です。しかし近づく様子はない」

 

 返事をする和也もまた呆れのようなものを含んでいた。それもそのはずだろう。和也たちは鳥竜種に見つけられるが近寄ってこない。これは既にここ何度も起きていることだ。飛竜種含め既に人間はモンスターを狩ることのできる存在と化した。ならばそんな危険な存在にモンスターが近づかないのはある種当然と言えよう。

 生物が生きる上で当然の選択、それを一年という短い間に起こし種の存続を願うことは間違いなく正しい。和也らにとってもモンスターにとっても、関わり合いにならないのが一番である。このモンスターに警戒されているということが彼らの緊張を奪っている要因だった。

 

「安心安全で良いこった。この分じゃお前らの護衛も必要なくなるんじゃないか」

「それは油断が過ぎる」

「大丈夫かもしれないけど大丈夫じゃなかったらまずい」

 剛二の軽い言葉に和也とリンがそれぞれ述べた。諌めるような内容だったが剛二もそれを当然と思っているのか、特別反論はない。

 

(モンスターに警戒されている。それは今までの成果だろうが……これはずっと続くことか?)

 

 緊張はない。危険も少ない。それ故に和也の意識は思考に向いた。

 今は和也ら紅呉の里にとって、また白鳳村にとっても平和と言える。大型モンスターの脅威が無く、肉や果実など多様な食物を得ることができる。まさしく楽園のようだ。だが、これは永遠が約束されたことだろうか。思考の後、すぐに和也は否と答える。

 

(違う、警戒は経験故だ。人間を警戒する必要があるとモンスターが学習したからだ。だから逆に人間を警戒する必要が無いと学習し直す可能性もある)

 

 これが本能に基づいたものならばまだいいだろう。だが、所詮は経験から来る学習の結果。ならば警戒の薄い個が人間を襲い、結果人間は恐るるに足らずと学習する可能性もまた存在する。

 

(つまり、護衛はやっぱり今後も必要だな。ネジが抜けた個体が襲ってくる可能性だってあるんだし)

 

 例えば和也がブルファンゴを狩ったように。例えば劉がリオレウスの元に向かったように。例えばレイナが大草原を一人で越えた様に。本来取るべきでないおかしな行動をとる個体というのは集団の中に度々存在する。その個体を撃退すれば警戒は継続、撃退できなければ警戒されなくなる。万全の安全は保障できないというだけでなく、モンスターに警戒させ続けるという意味でも護衛は必要なのである。

 もしも人間に被害が出れば継続的に襲われる可能性がある。それ故にモンスターの天敵であり続ける必要がある。和也はそう思考をまとめた。

 

「――――っ!」

 それ故に気付いた。もっと早く気付いてよかった危険に。今の状況を維持しようとするならば最も恐れるべき可能性に。

 

「和也?」

「ん? 和也、どうかしたのか?」

 

「いっいえ、なんでもありません」

 

 狩人は和也と劉の二人だけだ。モス程度ならば他にも狩れる人は多数いるが、ブルファンゴや大型種を考えると極端に減る。武器防具まで揃えて狩れると言えるのはやはり二人だけだろう。だからもし――二人のうちどちらかに万が一のことが起きれば――。

 

(今は俺と劉で役割分担している形だ。一人に圧し掛かったら厳しいかもしれない。何より大型は難しい。そうなったら警戒させ続けるなんてこともできないんじゃないのか?)

 

 

 緑の美しい大草原。遠くから見守る鳥竜種。その奥に切り立つ山と地平線。大自然の素晴らしい光景だ。心癒される光景であったはずが、急にそれが恐ろしいものに感じられた。自然は容易く人に牙をむく。無情な絶対の摂理に蹂躙される未来を幻視して和也の内心は震えあがった。

 

 

 白鳳村を出た翌日、紅呉の里に戻った三人はそれぞれ仕事へと取り掛かっていった。剛二は貯蔵庫へと交易品を保管に、リンは工房へと注文を届けにだ。和也は孝元へ帰還の報告の為に向かっていた。

 大草原を越えるには一日を要する。モンスターが出なくともあまりに体力を浪費する無茶な行軍はできない。戻るのにも一日かかるのは当然である。

 さすがに日を跨いでまで和也の不安は首をもたげることは無かった。いくら安全な行軍と言えどモンスターが遠くに見えるのだ。不安から逃げたい和也が考えないようにと意識を逸らしたこともあり、注意はそれらに向いていた。

 しかし帰ってきて落ち着きを取り戻せばまたそれは異なる。心の奥底にしまわれた不安がまた顔を出す。

 

(もし俺らが死んだら、この平穏も消えるのかな……)

 

 紅呉の里も白鳳村同様に活気に満ちている。今日を、明日を生きるために皆が懸命に働き前向きに暮らしている。その平穏は本来飛竜の出現という一つの事態で簡単に崩れてしまうのだ。今更ながら、一年を安穏と過ごした平穏が薄氷の上にあることに和也は気づいた。

 

(だから俺らは死なないようにする。注意する。けど……限度はあるよな)

 

 絶対などない。危険はある。孝元の家が紅呉の里の中央にあることが拙かった。帰路に思った不安が里の平穏を見て思いだし、それを見れば見るほど不安になる。湧き上がる不安を何とか押しとどめ、和也は孝元の家まで歩いた。

 

 既に誰かが伝えていたのか、孝元はいつもの囲炉裏にて和也を待っていた。いつもと同じ茶色い甚兵衛を着て落ち着いた雰囲気だ。和也を目にして頬を軽く持ち上げて微笑んだ。

 和也も同様にほほ笑み、一声をかけてすぐに報告へと移る。

 

 

「長、ただ今戻りました。飛竜種は近くになく、鳥竜種はいましたが遠巻きに見ているだけでした」

「うむ、我等にとっては喜ばしいことじゃな。しかし楽観もできん」

「ええ。飛竜がいないのも偶然の空白かもしれません」

 

 斜陽に頷く孝元に和也は追従する。新たに出た不安のことをさておいても、飛竜がいる可能性は常に警戒しなければならず楽観などできない。

 だが同時にこれは今すぐ危険だという訳でもないことを意味していた。飛竜との出会いが無くなってから既に一年。今にしてみればそれも当たり前なことから目をそらしてしまった原因だろうと和也は気づく。

 

 自分と同じ狩人が里にいなかったことを思いだす。予測を持ちつつも尋ねた。

 

「劉たちは今見回り中ですか?」

「ええ、見回りとブルファンゴの狩りですな」

「ああ、最近めっきり見ないですよね」

 

 つい苦笑した。貴重な肉であるモスやブルファンゴ、しかしここしばらくありつけていなかった。保存していた燻製肉を食べて栄養は取れているのだろうが、そろそろ焼いただけのシンプルな肉が食べたいところだ。

 

「ええ、警戒されていることが必ずしもいいわけではないようですな」

 

 孝元も苦笑する。警戒されていることが原因だろうと考えれば孝元の言うことも事実だ。暫し将来の不安を忘れて目の前の問題へと意識を移すことにした。

 

「劉が戻ってきてからですがまた少し捜索範囲を広げてみましょうかね」

「そうですな。劉も同じようなことを言っておりました」

 

 どうやら同じことを考えていたようだ。以前も狩りの成果が上がらない時に捜索範囲を広げて成果を上げたので当たり前かもしれないが。

 人は複数の疑問を同時に処理することはできない。複数の疑問を持つことは可能でも、それを処理することは同時には不可能だ。一つの問題に集中して、もう一つの不安からは視線を逸らした。

 

 

 孝元との話を終えた後、外に出て背を伸ばす。凝った体がほぐされるのを感じながら、準備体操をするかのように腕や背を伸ばし足をひねる。外の平穏を眺めながら劉を待ちつつ考えることにした。

 

 紅呉の里は大草原の東に存在する。大草原の東にある森を越えた先に紅呉の里は存在するが、この森というのはとても広い。北は山に止められているが南は地平線の先にまで存在する。森の中には狭いが川があり、これを辿って前回は南へと向かった。南に向かうほど森は苔が増えジャングルの様を見せるようになる。和也が初めてこの世界に来た時、いた場所は森よりもジャングルの様を見せていた。あの時は気にする余裕もなかったのだが初めいたのはだいぶ南側だったのだろう。

 川に沿って探索をすれば迷うことは無い。帰れなくなるということも大丈夫だろう。加えて水は生物にとって絶対に必要なものだ。川に沿って探すというのは迷わないというだけでなく効率的な探索のしかただとも言えよう。あまり狩りに行っていないあたりだ、里周辺に比べればモンスターの警戒も薄いはずである。

 そう考えれば良いことばかりで遠出の甲斐があるというものだが、実際いいことばかりではない。単純に遠いので得物を持ち帰るのが大変だということ、重さによる苦労と血の匂いに釣られてモンスターが寄って時間が長い。さらにいつもの場所とは違うということは、狩りの際の環境が不慣れであるということ。想定外の位置にある木の枝や石が致命傷となる可能性もある。

 

 狩りの注意点や問題点、旨味などを考慮する。どう考えようともいつかは南の探索は必要であろうことを考えれば今動くことは悪い選択ではない。ならば必要なことは危険に向かう覚悟と些細なことさえも気にする警戒心。瞑想するかのような集中を持って和也は思考を続けた。

 

「和也、帰ってたのか」

「ん、ああ。劉も帰ってきたか。それで成果はどうだ?」

 

 思考を続けている内に劉は帰ってきたようだ。目を開けると狩りから帰ってそのままとばかりの劉の姿が目に入る。ティガレックスの素材を使った防具だ。和也同様、リオレウスの素材がわずかながらに残っている。

 軽い挨拶と共に疑問を呈するがやはり芳しくないようだ。苦笑して首を横に振った。

「駄目だな。足跡は見つかるんだが肝心の獲物は見つからない。鳥竜種もそうだが出て来やしねえな」

「やっぱりか。長とも話したんだが捜索範囲近々広げるか」

「ああ、保存肉も無くなっちまうしそれがいいだろうな」

 

 

 互いに同じことを考えていただけあり、狩りの遠征はすぐに決まった。さすがにこの日そのまま行くことは無かったが、次の日狩りへと行き無事にブルファンゴを一頭狩ることに成功した。成果を持ち帰ることを考えれば一頭入っただけで問題はない。無いのだが、その一頭も一日探し回ってようやく見つけた成果であることを考えればあまりいい成果とも言えないだろう。

 

 

 遠征に出た日の夜、久しぶりに焼いた肉を食べ満足した和也は一人家にいた。まだ外では宴が続き騒がしい。飛竜の警戒が無くなりつつあることと平和の証左である騒ぎから離れ和也は不安と向き合っていた。

 

(一日探して漸く一頭だ。あまりいい成果じゃない。この問題の解決方法も簡単だ……)

 

 昨日にできた不安、和也らが狩りができなくなった時どうするのか。ブルファンゴとあまり出会えなかったことの問題。どちらも解決方法は単純にある。

 人を増やせばいい。人が増えれば和也らに問題が起きても対処可能だ。捜索も人海戦術に頼ることができる。どちらも解決ができる。

 

(問題は、どうやって人を増やすか、だ)

 

 単純に考えればリオレウスの時に手伝いがあったヤマトたちだろう。リオレウスの狩りの経験があるというのは大きいだろう。飛竜ではなく鳥竜種や牙獣種ならば狩ることができるかもしれない。

 だが問題は装備だ。和也と劉にはモンスター素材の武器と防具がある。それ故に鳥竜種や牙獣種であれば多少攻撃を喰らっても即命に係わるということは無い。だが、そういった装備もなく牙獣種の突進を受けた場合、当たり所が悪ければそれだけで死ぬこともありうる。

 今まで狩った飛竜の素材は全て和也ら四人の武器・防具のために使われている。放置しても仕方ないし、加工しなければ腐ることさえありうるのだから当然の処置だ。だが、結果としてこうした不測の事態には対応できなくなっていた。

 

(なら最低限は装備なしでも対処可能な人員だということか?)

 

 武器防具に使えるような素材はもうない。ならばそれらが無くても牙獣種や鳥竜種は相手できるというのが一つの基準だろうか。

 しかしそれは難しいだろう。劉は力があり、更に和也もついていた。それでも初めてのブルファンゴの狩りは攻撃を逸り、最後の抵抗で腕を牙で裂かれた。劉が里で一番力があるのだから、それ以上の力自慢は望めない。土爆弾投擲にはさほど力は必要ないが、現状の紅呉の里では力が無いというのは体力が無いことと同意義だ。力仕事をしていなければ、体力がつくような仕事もほとんどできないのだから当然である。

 

(となるとどうすれば……。――そうだ、俺と劉がランポスを狩りに行ったとき、ブルファンゴを誰かが狩ってきたはず。その人達に頼ってみるか?)

 

 とりあえず、ではあるが答えは出たようである。全員がいざとなれば狩りができる、ということが理想だが現実それは難しい。ひとまず一人二人増やせれば良いと考えると、ブルファンゴの狩りを和也や劉無しで行った誰かというのは理想的だと言えよう。

 

(よし、ひとまずはそれでいいか。後他に方法があればいいんだけど……)

 

 

 思考を一応続けるが出るものはなかった。大分思考に時間を割いたようで、既に外の騒ぎは収まり静かになっている。

 

(寝るか。あとは明日だな)

 

 そうまとめて床に着いた。少しは状況がましになったと信じて。

 

 だが和也は知らなかった。和也らなしで狩ったブルファンゴ。それは和也と劉が仕掛けた罠にはまった個体であるということを。誰も、和也たちの介在なしで狩りをしたことなどなかったということを。それを次の日知ってまた思い悩むことになるのだが――今だけはゆっくり寝ていてもいいだろう。

 ティガレックスとナルガクルガの狩りより約一年。新たな運命の歯車が回り始めていた。

 

 


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