劉が啖呵を切った次の日の山の中腹。雪が降り積もり麓など物の数ではないとばかりに一面真っ白な世界。そこを和也とリンは歩いていた。
遮る物は何もない視界を忙しなく動かし、二人で辺りを警戒する姿は間違うことなき哨戒だ。二人は今、白鳳村の背にある霊峰ギリスに正体不明のモンスターを探しに来ているところだった。もちろん、狩りにではなく正体を掴むことが目的である。
一歩踏み出すとズボッと足が一気に沈み和也の体が泳ぐ。調査目的とはいえ防具や武器は持ってきている。深雪故の柔らかさと装備の重さが牙をむいたのだ。
「っとと、この辺はまた雪がすごいな」
「気を付けないと踏み出した先は地面が無いかも。もっと地面をよく見て」
「ああ。とはいえ、想定以上に厳しいな。この辺で出会った場合は麓の方におびき寄せないと……」
和也が足を取られたのは既に数度目。少し登ったところには雪が深く降り積もり、登山者に偽りの地面を与えている。注意するリンも受け答えする和也も既に慣れたようだが。
地面を見渡して思うのはこの場での戦闘の難しさだ。ただでさえ雪で足場が悪く踏ん張りがききづらいというのに、更にこうして足を取られる可能性があるなど厄介なことこの上ない。改めて面倒なフィールドでの面倒な狩りだ。
正体がわからない、足場が悪い。どちらもゲームであった頃にはなかったものだ。今更ゲームの中にいるなどと思っていないが、こうした環境の違いが思わぬ結果を生む可能性がある。
ギギネブラの毒が例えばそうだ。和也が尾に突き刺したから毒腺が損壊して噴出したのだろうが、ゲームではあんなことは無かったのだから。それ故に想定外のものを浴びて、結果昏睡し脱落。そうして劉たちに迷惑をかけたのは記憶に新しい。足場が悪いのは慣れが必要なので仕方ないにしても、そうでない部分はこれ以上迷惑を掛けるのは和也にとっても避けたい話だ。
これには単純に死にたくないという気持ちの他、劉がせっかく啖呵を切ったのだからという思いがある。
鬱屈した思いにうまく整理をつけ、その感情の発露を説得へと転化したあの啖呵。あれがあったから今同じ時間に他の場所を調査してくれている村人がたくさんいるのだ。
劉は和也より年下であり、狩りという点については仲間だが後輩でもある。ならばそうして成長した姿を見せる劉に、これ以上格好悪い姿は晒したくない。何より、あの啖呵を無駄にしたくない。
足を一歩踏み出す。が、その際重心は後ろに置いたまま探るように前に出した脚を動かした。きちんと固い地面があることに安心して体重を預ける。
ひとまずはこういった動きを繰り返すか、地面が無い箇所の雪の特徴を覚えるしかないだろう。リン曰く、光が透き通ってぼんやり明るいらしいが、和也の目には言われればわかるという程度。なんとか覚えていくしかない。
もう一度辺りを見渡す。今度は地面にではなく周囲に向けて。遮る木々のないこの場所はまるで雪原のように広がっている。かろうじて傾斜がついているとわかる程度で、霊峰ギリスのとてつもない大きさがわかる。
(住処が大きいってんなら簡単には出会えないだろうな。なら狩らなくても平気って考えたいんだが。今までいたのに平気だったんだ、完全に住み分けができていたのだろう。けど村が襲われたってことはその住み分けが崩れたってこと……何故だ?)
ギリスの大きさから山奥にいるというモンスターへと思いを馳せて、一人疑問を頭に浮かべる。
(食料が尽きて人里を襲った? ギギネブラも同様か? あり得なくはないが……)
疑問はこの騒動のことだ。人が今まで生きることができたということはそれで生態系のバランスは保たれていたということだ。それがなぜ崩れたのか。
(今の所正体不明のモンスターの候補はティガレックスかナルガクルガ。ティガレックスがいるなら山の奥。けどナルガクルガは密林とかじゃないか? それか……?)
外部からの捕食者の流入。それこそが原因ではないだろうか。この近辺にはギギネブラしかいなかった。そこへナルガクルガがやってきて食料を奪い合った。結果、どちらも満足できず人里を襲った。ギギネブラにあった傷痕はその奪い合いの際にできたということだろう。
(筋は通ってる。けど疑問点も残るな……。まず山の奥にいるという強靭な四肢を持つ飛竜、どうあがいてもこれはギギネブラのことじゃない。おそらくはティガレックス。ナルガクルガじゃない。第二に家の荒れ方。あれもよく見たら雪玉をぶつけたような跡もあったし、どうもティガレックスっぽい。つまり、ナルガじゃない)
和也にとって強靭な四肢を持つ飛竜と言われてまず思い出すのはティガレックスだ。ティガレックスの攻撃手段に雪玉を飛ばすというものがある。白鳳村の家はその攻撃によって壊れたようなものがあったのだ。他にも、ゲームでもティガレックスとの最初の邂逅は雪山の奥だということもこの想像に信憑性を持たせる。ティガレックスだと考えればそれはそれで筋が通る。だが――
(真っ黒な姿、目にもとまらぬスピード、真っ赤な目……これらはナルガクルガだ)
あちらを立てればこちらが立たないというように、ティガレックスだと考えてもナルガクルガだと考えてもつじつまが立たない部分がある。ならばどういうことだろうか。
(外来種が原因じゃないのなら原因は気候やそれに伴う食糧問題か? それならターゲットはティガレックスだと思っておいた方がいいんだが……どうもしっくりこない。やっぱり新種、というか知らないモンスターなのか?)
それ以外考えられない。切り口が違うというのに既に何度もした思考へとたどり着く。正体不明、知らないモンスターとの戦闘。それを想像させる手がかりの数は時に惑わし動きを鈍らせる枷となる。手がかりが全くないのではなく、不十分に存在する。それが和也を困らせていた。
「和也!!」
「うわっ! ――びっくりした。どうしたよ、リン」
ついつい思考の海へと没頭していた和也の意識だが、リンの声によって掬い上げられる。索敵中であるというのに声は――リンにしてはだが――大きい。どうしたのかと目で訴える。
「集中しすぎ。考え事もいいけど目の前のことも認識しないと。死ぬよ?」
「すまん。確かに集中しすぎてたかもしれん」
だが尋ねるまでもないことだ。和也は気づいていなかったがリンは大きな声で呼ぶ前に何度か呼びかけていた。だというのに大きな声まで気付かなかった時点でリンの言いたいことはお察しというところ。
足を取られることが無かっただけましだがそれだけだ。モンスターが近づいて来ればさすがに気がつくだろうが、気が付いた瞬間死ぬことさえありうる。モンスターを知ろうと考えるあまり警戒心が消えてしまっては意味がない。それで死んでしまっては本末転倒だ。
ふっと大きく一息を吐く。思考を切り替えるために、余計なものも一緒に吐き出せるように。それだけで切り替えられることはないが、しないよりはましである。虚空を写しているかのような、僅かに虚ろになった瞳に光が戻る。
「悪いな。迷惑をかけた」
「ううん、大丈夫。――やっぱり怖い?」
付け加えられたかのようなその一言に、和也の心臓がドキリとはねる。なぜ今考えなくていいことを考えたのか。なぜそれに没頭してしまったのか。そこに理由を求めるならば、答えは現実逃避となる。
質問の形式を取ってはいるがリンは確信しているようだ。いつもと同じ気だるげな瞳ながら、それでいて視線はまっすぐに和也を射抜き揺らぎはない。
誤魔化すことは無理だろう。あまりの格好悪さに和也は天を仰ぎたくなることをどうにか堪えた。
「正直な。今回は敵がわからない。今までとは……違う」
「けどそれはきっと今後もだよ。それに今までも」
「え……?」
敵がわからない、敵がわかっていた今までとは違う。そう漏らす和也をリンは真っ向から否定する。今までとは違うと思うから、和也はリンの真意がつかめず呆然とした視線をやる。
「今までだって戦う前に出会ってた。出会ってたから和也は戦えた。なら今回も同じ。今であって、戦えるように知るというだけ。何も変わらない」
リンにわかるはずがないのだが、和也がブルファンゴやらリオ夫妻やらの動きを知ることができたのは実際の経験ではなくゲームの経験だ。今回の相手が新種だというのなら、条件は全く異なる。
だが、それを口に出すことはできない。異端極まりない説明で信じてもらえるはずもない。故に否定することはできないのだ。
だが、敢えて肯定するとリンの言うとおりだ。モンスターを知れば戦えると和也は既に自信をつけている。今回モンスターがわからないから怖いというのなら、戦う前に知ればいい。そして、今がその知るの段階なのだ。
「今戦う訳じゃない。倒せたら楽だけど今は探るだけ。だから戦う必要はない。そうやって割り切ろ?」
戦わなくていいのなら、相手に発見されなければかなり安全性を保てる。一度で観察して知って戦うのではなく、段階を分けてリスクを分散させる。その意味でリンの言うことは正しいのだ。
受け入れてしまえば単純な話だ。確かに新種だった場合和也にとって今までと違いすぎる狩りとなる。だが、だからといって逃げるというのは状況も周りも、そして和也自身も許さない。ならば結局戦うしかない。戦うのなら、リンの言った通りまずは偵察だと割り切って発見されれば逃げに徹することが一番だろう。
和也はリンの言わんとすることを理解する。怖いのは仕方ない。だが、だからといってどうにもならないわけでもない。そして何より、今後も同様のことはあるだろう。ならばこんなところで絶望はできない。怖がるのはいい、けれど乗り越えねばならない。和也はリンをまっすぐに見つめ返し大きく首を縦に振った。
「ああ、ありがとうな、リン。もう大丈夫だ」
「ん。和也はもう大丈夫。それより、ヨウが心配」
「……あー。確かになあ」
お気楽コンビは偵察だということを忘れて突っ走ったりしないだろうか。突如違うことが心配になり、それはそれで恐怖がどこかへ行く和也であった。
◆
さて、リンと和也がそうして心配していたヨウはというと。
「おっきいリンだニャ……」
「いや、ちげえだろ……」
居眠りをしている、という訳ではないのだが体を丸めて休んでいる大型のモンスターを発見していた。何も考えずに突っ込むことは無く、モンスターがあたりを見渡しても見つからないようにと隠れてだ。
ここで霊峰ギリスについて少し話そう。白鳳村の背、大草原の北に居を構える霊峰ギリスはなだらかな三角形をしている。山頂に近づけば近づくほど、地面と垂直に近づき山頂付近は坂というより崖である。
植生はほとんどが針葉樹で麓から山頂へと向かうにつれて減り、草葉の類は麓にすらない。
彼らがいるのは和也がいる場所よりも大分麓側、多少木が残って堆積した木の葉とその上に積もった雪というバリケードも存在する。隠れる場所は僅かながらに存在した。
劉とヨウが見つめる先にいるモンスターは、おっきいリンとヨウが口にしたように真っ黒な姿だ。眠たそうな顔はその体毛の色も相まって確かにリンに似ている。前足の関節より先、ヒトで言う前腕には皮膜とその先には刃のように鋭い何かがついている。その姿からナルガクルガというやつだろうと劉は推測する。
黒い体毛、白い地面。多少雪が少ないとはいえやはり一面の白い世界。その中に黒い飛竜がぽつんといるのは当然目立つ。保護色という自然の摂理に対し、真っ向から喧嘩を売っているようなものだ。
(これだけわかりやすければ見失うことは無いか……。武器、防具、どちらもある。アイテムも……問題ないな。いけるか?)
肩甲骨の辺りに力を入れて武器を問題なく背負っていることを手早く確認する。防具も、腰につけた袋もいつもと同じ。戦う準備はできている。
(異常はない。ならこのまま戦うか? 確かに俺がこのまま戦って仕留めれば被害は増えることは無いだろうが……)
「劉?」
(ちっ、そうはいってもこいつがナルガクルガってことで本当に良いのか? 和也も全く知らないモンスターの可能性があるって言ってた。ならまずはそれを確定させた方が……)
ぱちん。小気味良い音が鳴る。ほんのわずかな刺激が劉の頬にあった。
「劉は何をやっているのニャ。今は戦う時じゃニャいのに思いつめ過ぎニャ」
「あ、ああ。けどまだあれがナルガクルガだって確定したわけじゃないんだし、少し戦ったりした方がいいんじゃないかと……」
「一理あるニャ。けどそれで僕らが死んだらどうするのニャ? 誰もあいつのことは知らないままなのニャ。今は情報を持ち帰ることが大事だニャ。黒猫かどうかはまたあとで確認するニャ」
「おお……なるほど、そうだな」
「ふふん、わかったらまずは退路の確保ニャ」
胸を張るヨウ。事実、ヨウは劉にしなければならないことを教えサポートを立派に果たしたのだから誇っていいだろう。が、実を言えば今ヨウが言った内容は、いつもリンに言われている内容だったりする。
「逃げ道はあっちで良いだろ……。とりあえず、観察を続けるのはいいよな」
「いつでも逃げられるようにしとけばばっちりニャ。僕たち大手柄なのニャ」
まだ情報を持ち帰ったわけでもないというのに機嫌を良くする二人。やはりどこまで行ってもお調子者コンビのようだ。
◆
時は劉とヨウがモンスターを発見した瞬間まで遡る。実は劉たちとはモンスターを挟んで反対側に白鳳村の村人たちがいた。彼らも劉らと同様にモンスターを発見したところだ。
「お、おおおい、いたぞ、どどどどうするんだ!?」
「あああ、いや、まずは逃げるんだよ」
「あ、ああ。だからえーと……道具道具……」
当たり前といえば当たり前だがモンスターを発見した彼らは顔に恐怖を浮かべ震えていた。一生出会いたくないモンスター、それも飛竜を見つけたのだ。目的を果たした喜びとできれば出会いたくなかったという嘆きの背反二律を抱えて震える。
村人たちは三人一組だ。二人以下だと見つけてもどちらも殺される可能性が、もっと多くすると単純に見つかる可能性が高まる。間を取って三人一組とした。
だが実を言えばこれが悪い結果を出すこともある。三人しかいないので彼らをなだめる落ち着ける人物はなく、けれど一人でもないので恐怖が伝染する。彼らはパニックに陥っていた。
だが幸いだったのは、それでも三人のうち一人が飛竜から目を離さなかったことだろう。それ故にその動きにはすぐに気付いた。
黒い飛竜は彼らを見つめていた。その鋭い眼光に青かった顔が雪のように白くなる。
「お、おい……」
「え、なんだ……よ……」
震える声に釣られてもう一人、そしてさらにもう一人。三人全員が状況を把握した。見つかった、と。
彼らにわかるはずもないが、この飛竜は本来この近辺に棲む飛竜ではない。密林や樹海のような薄暗く死角も多い場所が本来のテリトリーだ。
だがこの個体は本来より弱く、その地域での生存競争に勝つことは叶わなかった。それ故に、このような場所に食糧を求めてやってきたのだ。もちろん、この新たな土地でも奪い合いは起きているのだが、奪い合うパイが少ない分奪い合う相手も少ない。この個体が以前にいた環境に比べればまだマシと言える環境だった。
本来より弱い個体、だがそれでも遮る物の多い場所で生息する種だ。当然というべきか、その聴覚は人のそれよりはるかに高い。会話などすべきではなかったのだ。
「に、逃げろ!!」
三人のうちの誰かが、あるいは全員が叫ぶ。ただ死にたくないという思いを込めて。
◆
場所は山の中腹、人物は和也へ。リンに窘められ目の前に集中していた和也と、内心の恐怖を押し隠し捜索を続けるリン。背中合わせに警戒を続ける二人だったが、山頂を警戒していた和也と違い麓側を警戒していたリンはそれに気付いた。
「光った」
「え?」
「光、結構遠いけど強烈。たぶん閃光玉」
ただ光ったというだけなら何かが要綱を反射したという可能性もあるが、強烈で一瞬だけの光は閃光玉の可能性が高い。リンは端的にそう告げる。
「まさか発見された……? 向かうぞ!」
「うん」
同じギリスにいるとは言っても大きさ故に距離がある。足場が悪いことを無視して駆ける二人。途中何度も足を取られこけそうになるが、その度に無理やり体を起こして走る。
麓に近づくにつれて木々が並ぶようになってきた。重力の助けも受けて高スピードで走っている二人にとって障害物は極めて邪魔であり危険だ。衝突すれば戦闘の前に戦闘不能になることさえありうる。それでもずっと走り続けた。
近づくにつれて微かに音が聞こえてくる。最初は聞き間違いかと思うほど小さなものだが、段々と大きくなりその正体もつかめた。剣戟の音だ。
「戦闘音、誰かが戦ってる」
「劉ならっ! いいけどな!」
可能性としては劉が一番高い。そもろくな武器も防具も持たない村人達では戦闘にならず一瞬で蹂躙される可能性があるのだ。戦闘の音をたてることができるというのは戦闘できるという意味であり、つまりは武器防具を持つ劉の可能性が高い。
音が大きくなって迷うはずもない。一心に音の下へと駆けこむ。大きな、大きな黒い姿を目にして、腰にある抜身の片手剣を走りながら右手に持つ。
「でりゃああああっ!」
後ろからの不意打ちとなる形で黒いそれに斬りかかった。和也同様にリンもダガーを背に突き刺した。噴出した血を浴びてそのまま地面と平行の向きに反転、雪の地面を削りながら止まる。
「和也!?」
「うわあ、すっごい登場だニャ……」
やはりいたのは劉とヨウだ。二人とも武器を手にして、戦闘をしていたと言わんばかりに滝のような汗をかいている。その背後には村人らしき男が三人。
守るための戦か――状況からそう察する。村人たちは腰を抜かしているのか震えて動けないようだ。
ついでに言えば劉から離れすぎれば狙われた時に対処できない。動けない状況は救いでもあった。
和也が状況を察するのと飛竜が雄たけびを上げるのは同時だった。咆哮をあげて赤い目を輝かせて威嚇する飛竜。その姿を見て正体を突き止める。
「ナルガクルガか……」
「やっぱりか……」
劉も推測はついていたようだ。尤も、ナルガクルガの可能性を考え、その特徴と対策を全員にしっかり話しておいたのだから当然ともいえるが。
赤い目に咆哮、考えるまでもなく興奮した怒り常体のナルガクルガだ。できれば戦闘したくないが、背後に村人がいる状況ではそれは苦しい。ついでにナルガクルガ相手に背を向けて走るなどできるはずもない。
故に戦闘は必至、その方向も決まっていた。
「適当に戦いつつ逃げるぞ! まずはこの場から別の場所へ引きつける! その後で閃光玉などを使って逃走だ!」
「おう!」
「合点承知ニャ」
指示を受けて了承を示す劉とヨウ。それにリンも声に出さなかったが了解と思っている。和也とリンにとっては走り通しの直後の戦闘なので厳しいものだが、防戦に徹すれば戦える――と思い込んでいた。初の戦闘なのだから、それが正しいのかどうかなどもちろんわからない。だが、気持ちの上では負けないと奮い立たせる。
ナルガクルガが跳びかかる。木をクッションにした二段攻撃を和也へと向けて。その刃のような爪を構えて和也の首を落とさんと迫る。
ふっと一息、地面に飛び込んで躱す。雪がクッションになってダメージもなく、思い切った動きが可能だ。足場が悪いといってもこうした利点もある。
「だああっ!」
警戒が外れたのか、向かってこなかったナルガクルガへ劉が攻める。大剣を肩を支点にして回転させるように振り下ろす。風圧だけで斬れそうな鋭い一撃だったが、はねるような動きでナルガクルガは回避する。
「ひいっ!?」
逃げた先は村人たちの方向だ。近づいてきた脅威に村人が悲鳴を漏らした。だが、それを予測していたのが二人。
リンとヨウはそれぞれダガーとハンマーを振るう。リンに至っては一本がまだ背に刺さっているので替えの武器だ。小さい体で振るわれた小さな武器、だがその素材は飛竜のもので丈夫で鋭い。
それがわかったからか、ナルガクルガはまたも飛び上がって回避する。それまでの動きとは反対方向に、元いた方向へと急な方向転換だ。
「しっ!」
さらに起き上っていた和也がその着地地点へと土爆弾を投げる。無理な動きで回避を続けたナルガクルガはそれを避けきれずに被弾する。ボゥンと小さな爆発が起きた。
「ギャアアアアアアアアアア!!!?」
大したダメージではないだろう。それでも獲物であるはずの人から攻撃をもらい叫ぶナルガクルガ。
赤く爛々と輝く目が和也たちを睨む。間違いなくナルガクルガのターゲットは和也たちへと移っただろう。
ついでにこの時、和也はあることに気付いた。
(目に……傷? 今の衝撃で……じゃあないよな。なんだ? ギギネブラがか……?)
頭部へのダメージを与えた際の部位破壊、目に傷が入り隻眼となっていた。だが裂傷は土爆弾によるものではないだろう。ならばどういうことだろうか。近くにいた大型のモンスターかとも考えるが候補がギギネブラしかいない。あまり考えている時間もなく、すぐに思考は中断された。
ナルガクルガはその場で回転する。長い尾が鞭のように振るわれた。
咄嗟の不意打ちとなったそれだが、ナルガクルガの望んだ結果とは異なりガァンと大きな音が響く。和也たちは想像できていた分動けた、それ故に盾を構えることもできていた。
しかし和也たちの背後、木々にとげが刺さる。銃弾でも打ち込んだかのように衝撃を物語る背後の音は、和也たちにその威力を示唆していた。同時に、それが村人たちへと行くかもという可能性も。
「離脱する! 少しずつこの場から離れるぞ!」
これ以上この場での戦闘はまずいと和也は考え、離脱を宣言する。ターゲットが村人に移ったら拙いのだが、長期戦をすれば巻き込む可能性があるのだから仕方ない。最初の一撃も合わせダメージはもう十分与えただろうという算段もあった。
少しずつ山頂へと向かい離れていく和也たち四人。それを追う姿勢を見せ、少しずつ山頂へと向くナルガクルガ。完全にナルガクルガが村人たちに背を向けた時、和也は叫ぶ。
「一目散に走れ! 閃光玉!」
ナルガクルガの足元へと先攻玉を投げて、それが光らないうちに振りかえって走る。ナルガクルガが遮蔽になって村人たちには届かないはずだ。それ以前に、ナルガクルガは閃光の驚きと興奮で暴れ回り始めたが。
「こっちだ!」
最初の声も合わせ和也たちの方向を音によって理解するナルガクルガは暴れながらも追いかけた。ひとまず村人から引き離すのは成功しそうだ。
「このまま逃げるぞ」
時に後ろを振り返りながら彼らは逃げる。そのまま一分ほど走り、ナルガクルガを十分に引きつけたという頃だ。その頃になるとナルガクルガも閃光のショックから立ち直ったようで、不用意に暴れることもなくまっすぐに和也たちを追いかけていた。
そう、そんな時、和也たちとは違う足音が近づいていた。それはまっすぐに和也たちへと向かっている。雪をけ飛ばしながらの足音はやがてその主と共に現れた。
「和也さん!?」
「レイナ!?」
そう、足音の主はレイナ。レイナは和也を見て驚いた様子を見せ、ナルガクルガへと視線を向けて顔を青ざめた。
「ナルガ……まで……。和也さん! あっちからも!」
何かを言おうとするレイナ。だが、それどころではなかった。その場にいる全員が、ナルガクルガも含めてレイナが指し示す先を見ていたのだから。
「ティガ……レックスまで……」
大口開けた茶色い飛竜が、まるですべてを飲みこまんとばかりに迫っていた。