ひんやりとした空気が澄み渡る天然の冷蔵庫。氷結晶が壁に張り付き、赤や金などの色合いを散らばせた自然の織り成す芸術たる壁画。白鳳村より徒歩で1時間ほどの洞窟を、和也たちは朝からうろつき続けていた。
青い皮が手の甲を覆い、茶色い毛皮が口元を隠す。現代日本であれば通報されかねないほどの怪しい恰好だ。元はギギネブラ対策にと肌を出さない格好を用意したのだが、この寒い場所では体温を守るということにも役に立つ。
先頭を歩く和也とその横を歩くレイナ。歩き続けていれば何かを相談したり発したりする必要がある時も当然出てくる。けれど彼らはずっとハンドサインだけでそれを示し続けた。地元民であるレイナですら言葉を発するのを嫌がるというのが、劈くような寒さを尚のことはっきりと示している。
彼らが洞窟を探索しているのは言うまでもなくギギネブラの探索の為である。元よりそのために来ているのだ。レイナという案内人の下、彼らは探索をし続ける。
突き刺すような痛みが肌を襲う。身体が熱を欲して閉じ続けた唇から熱を奪い、乾燥して張り付いていた。身体の内に熱源があるかのように、腹の底には熱さがある。けれどそんなものを無視するかのように、外に接している部分はぱりぱりと音が鳴りそうなほどひび割れていた。
地面は固く、凍り、滑る。何度も足を取られそうになりながらも彼らはずっと無言で歩き続けていた。これには喋ることで余計なエネルギーを使いたくないということ、空気が冷たい故にそもそも口を開けたくないなどということがあった。
(いねえな……)
まるで心中の吐露ですら冷たい空気を吸い込んでしまうと思っているかのように、思考は短く断片的だ。だが、和也の疑問や考えを的確に表していた。
ギギネブラの探索を始めて既に一時間が経過している。ゲームであれば一つの狩りの制限時間は50分が通常であり、即ち見つける前に失敗してしまっているという状況だ。だが現実になった世界では制限時間でクエスト失敗とはならない代わりに、見つかるまでの時間も伸びてしまったようだ。
(思えばリオレウスもリオレイアもすぐに見つかったからな。これがむしろ通常なのか?)
リオレイアは音源が、リオレウスはそもそも見つけるも何も見つけてもらった。狩るために探索をするというのは何気に初めての体験である。
ギギネブラが見つからない。言葉にすればなんでもないようなことだが、このことに和也は疑問と、少々の不安を覚えた。
このまま見つけるのに時間がかかり体力を消耗してしまわないか。そもそもこんなにも見つからないのなら、最初から逃げてしまえばよかったのではないか。
自分の判断は間違っていたのではないかと思考が揺らぐ。
洞窟内部は天井に穴が入り組んだ状態で開いているのか、穴などないはずの天井からは所々から光が差し込む。そうでなければ光源のない洞窟だ。彼らの探索は難しいものになっていただろう。だが、いくら光が差し込もうともやはり洞窟。薄暗く入り組んだ道は一部がまるで巨大な生物が大口を開けたかのように、闇へと続いている。暗いそこを見つめているとどうにも不安になってしまいそうだ。
(しかし……紅呉の里周辺でもずっと思っていたことだが、やっぱゲームとは違うな)
自らが歩くその洞窟の中を見渡して思う。赤や青のいかにも採掘ポイントですというわかりやすい目印や、大きなひび割れというものもない。ピッケルでも使えば内壁を剥がすことはできるだろうが、精錬もなしに使用できるかはわからない。劉の防具には鉱石が使われているので、使用不可ではないということは既に分かってはいるのだが。
壁に張り付いている氷は一部が氷結晶なのかもしれない。常温でも溶けることのない氷。それが氷結晶だ。それはつまりただ水が凍った物と氷結晶の違いは分かりにくい。答えを出すには採掘して持ち帰るしかないだろう。
天井から下がる氷柱は薄い青から真っ白なものまで多種多様。色取り取りという訳ではなく、青が並ぶ箇所と白が並ぶ箇所があるというものだが、多様な色があるということはただの氷柱ではなく鉱石の成分を含んでいるのかもしれない。
そして何よりのゲームとの違い。それはここを歩く和也たちの他に生き物を碌に見ないということだ。
ギアノスもバギィもいない。ポポもブルファンゴもいない。ランゴスタやブナハブラすら見ない。それ以前にモンスターのものと思われる骨さえ見つけられない。生き物を見ないどころか生き物がいるという痕跡すら見つからなかった。
(なんっか……妙だよな。ギギネブラが肉食だから逃げた……とかもあり得るが。それにしたって痕跡すらないってどういうことだ?)
外ならば一日も立てば雪が降って何の痕跡でも隠してしまう。けれど洞窟の中にはそれが無い。風化したというのは逆に年月がかかりすぎる為に在り得ない。そのため、痕跡が無いというのはまるで最初から存在していないからだとしか考えられなかった。
実際の所はそうではない。確かに生物はいないがその痕跡までなくなっているわけではない。だが、ゲームのように骨が一か所にまとめられているわけではなく散らばってさらに氷が纏わりついている。つまり非常にわかりにくくなっているのだ。そのために和也は気づけなかった、というだけである。
コン、と何か音が鳴った。音の方へ目をやるとレイナが手を人差し指だけを伸ばし、その手をクイクイッと動かしている。音はどうやら足音で、手の動きの先は外だ。寒いのか使っていない腕はもう片腕を抱くようにしているが、それはハンドサインには関係ない。
言いたいであろうことを察して、コクリ、と和也はうなずく。劉たちも把握しているようで既に視線は外に向いていた。ゆっくりとだが今までと同じ無言で、彼らは視差の先へと向かう。
和也たちは薄暗かった洞窟の中から、真っ白な世界へと顔を出した。空からは陽光が降り注ぎ、さらに白い雪が反射する。暗闇に慣れた目には眩しく、反射的に手が目元へと伸びた。
「リンくん、ホットお願い」
「――ん」
レイナの頼みを受け、リンがその小さなアイテムポーチ――正確にはただの鞄――から何か袋を取り出す。その中のものを小さな猫の手に上にふりまいた。中身は赤い顆粒のようだが所々に橙が混じっている。ジイッとその量をつぶさに見て、それ満足したのか、その中身をレイナへと差し出した。
「ありがとう」
頼んだそれを受け取り、手元へと目をやる。それを見つめるレイナはどこか嫌そうだった。けれどそれも数瞬程度。レイナは目を閉じてそれを口へと放り込む。
「んっ! んん……」
少々涙目になりながら身を丸め、手は吐き出さないようにとの配慮か口を覆ったままだ。咽たようで何度か咳込みながらも、ごくりとそれを嚥下する。
「――何度飲んでも慣れまぜ……慣れませんね、この味は」
ごほ、とまだ喉に違和感があるようだ。レイナは喉に手を当て調子を確かめる。
レイナが飲んだものは白鳳村に伝わるホットドリンクの代用品を、和也とリンが更に効果を上げた物である。寒い地域故に暖を取る術は最重要で求められ、火薬草やトウガラシがこの地域では栽培が盛んである。恐ろしきはこのような地域でも栽培が可能で、それどころか採取する前から雪を解かす程度の温度を持つということだろう。
実はこれを利用して、白鳳村近辺の樹木の周辺には火薬草が僅かな量育てられている。火薬草が少ない大地の栄養をとってしまったり、火薬草の温度そのものが悪影響を与えないようにと村人の長い年月をかけたノウハウによって管理されているからこそできるのだが。
では何故白鳳村に住むレイナが、それに負けて咽ているのかと言えば和也とリンの魔改造が原因である。トウガラシの粉末にあぶったアオキノコの粉末をかけ、申し訳程度にハチミツをつけて口どけを良くしたものだ。結果として効果は元のものより格段に上がったといっていい。アオキノコの滋養強壮効果はこんなところにも効果があったようだ。だが、温かさを得るのは辛さ故。つまり効果が増すということは辛くなるということである。それでも効果は倍で辛さは三割増し程度なのだから悪くはないのだが。
レイナが咽ている間、和也と劉は洞窟の入り口近くで休める場所を探し、そこで火を起こしていた。火を起こすと言えばライターなどが無い時代では摩擦熱で起こすのが有名だが、少なくともこの世界においてはそんな必要はない。ライターほど便利でなくとも、火薬草による熱で火は付くのだから。
焚火をつけ、そこでようやく腰を下ろす和也と劉。今までの張りつめていたような表情から一転、気の抜けた顔になる。
「しっかしいねえな。一体どこにいやがるんだか」
「同感だな。想定外に時間がかかりすぎている。想定外に洞窟も広いのだから多少はしょうがないが」
「僕たちに恐れをなして逃げたのかニャ?」
ヨウの楽観すぎる考えに、それはないだろうと苦笑する二人。本当にそうなら気が楽なのだが、一合も交えないうちに逃げるということはさすがにないだろう。
「けれど確かに見つかりませんね……。このまま……このまま見つからない場合は、どうしますか」
いつの間にか落ち着いたらしく、レイナとリンがやってくる。レイナの顔は心なし赤かった。
「――逃亡か、様子見だな」
内心どきりと心臓が跳ねるのを感じながら、表面上は隠して質問に答える和也。見つからないのなら初めから逃げればよかったのではないか。その疑念が再度湧き上がる。
レイナも同様のことを考えていたのか、表情は変えずに頷く。
「私としては見つからないのなら逃げるというのが理想かと思います。手をこまねいているよりも動いた方がいいでしょうし、食料の問題もありますから」
「それは俺も同感だが逃げてる時に見つかったらどうしようもないぞ。いくら武器防具があるからとはいえ、人を守りながら真正面から戦うというのは厳しい」
レイナと劉がそれぞれ意見を述べるが対立するものだった。時間を気にして逃げるべきだとするレイナ。見つかったときのリスクを気にして狩るべきだと主張する劉。睨み合いのような形にこそならないが、互いに譲る気はないようだ。
「レイナには悪いけど僕は劉に賛成。逃げる時に見つかるのは拙い」
「ニャー……。飛竜から逃げるのはもうこりごりニャア」
いつもと同じ冷静さを保つリンだったが、ヨウの発言を聞いて微妙に表情が揺らぐ。リンとヨウとの出会いはリオレイアに追い回されている時だった。確かにあんな経験をしていればもう嫌だと感じるのは当然だろう。
不意に全員の視線が一点に集中する。先は当然まだ発していない和也だ。和也がどう言おうと多数決では様子見だが、全体の行動を決めるのは全員が和也に一任している節がある。それを理解してレイナも和也がどう言う結論を下すのか注目しているようだ。
もう一度頭の中で状況を再考する。少し、レイナがすがるような目をしていることに引っかかりながらも、和也は結論を口にした。
「個人的には俺も様子見で狩り、だ。けど状況的に厳しい気はする」
「どういうことだ?」
パアッと花開く表情のレイナと、素直に疑問を口にする劉。疑問に思うのも状況が厳しいということにだけで、決定に反対する意思は劉にはない。
「レイナが助けを呼びに出て、その後俺らが来るまでおよそ5日。俺らが来てこうして狩りに出るまでも1日。つまり既に6日経ってる。様子見となればさらに時間がかかる。そうすると食料も問題だがもう一つ。精神面でも問題が出てくる」
「精神……面?」
「ああ。平たく言えば我慢ができないということだ。常に近くにギギネブラがいるという抑圧。保存庫という生活するのに適していない環境。さらに人も多いということもそうだな。これがあまりに長く続くのは、人の我慢の限界を超える」
敢えて使わなかったが、つまりストレスということだ。食料もそう、敵がいるということもそう、自分のスペースがないということもそう。そして何より、それがいつ終わるのかわからないということ。
いつまで耐えないといけないのかわからない。これはただでさえつらい状況での精神の摩耗を加速させる。ゴールがわからないからペース配分というものもできない。何度もあと少しあと少しを繰り返し、結果報われない。
和也たちが様子見をしたいと告げた時、おそらく白鳳村の人間はこう思うだろう。いつまで耐えればいいんだ、と。ならば逃げてしまえばいい、と。
「人は抑圧された環境に居続けることはできない。特にこうした集団だとなおさらだろう。誰かが逃げた方がいいと言い出せば、周りも同調する。そうなれば俺らが止めた所で聞かず……ギギネブラかその他の竜種かに殺されるだろうな」
「え……」
それまで明るい笑顔だったレイナの顔が曇る。それはそうだろう。逃げて安全が確保できるという話のはずが、それどころか殺されるなどと言われれば。
「ど、どういうことですか!?」
「――俺らがここに来るまでに何度もランポスに遭遇したろ? 守る対象が多いとあいつらだって脅威なんだ。けど俺らが信用されていれば指示に従ってくれるだろうし、そうすれば無事でいられる可能性は高まる。多少閃光玉や土爆弾の練習もしておけば自己防衛はできるかもしれない」
一度言葉を切った。長くなれば話を理解するのには時間が必要だ。ついでに言えば和也自身考えをまとめる時間も必要だった。
見つからないギギネブラ。ならば逃げた方がよかったのではないか。そう思ったからこそ気づいた考え。見つからずに結局逃げるなどという考えになったとき、間違いなく和也や劉へは疑念の目が向けられているだろう。
レイナは少し考える様子を見せていたが、顔を上げ和也に目を合わせる。問題ないだろうとして再開する。
「信頼を築けて練習すれば問題ない。けど我慢できなくなって逃げようなんて話になれば信頼なんてある状態じゃないだろうし、練習に割く時間だってない。俺らの指示に従ったって怪我を絶対に防げるという訳でもない。ただ可能性を低くできるというだけだ。だから――」
「我慢できなくなった人はみんな自分の勝手な判断をしてしまう。その結果……守ることができずに死んでしまう」
途中から言葉を引き継いだレイナに首肯を示す。青い顔で事の問題を理解したらしい。白鳳村へ帰ってくる間、ランポスにずっと襲われ続けたことは、理解を容易にさせただろう。
当然だが一人での移動だったレイナの動きは素早く、そして静かだ。だが集団での移動となれば動きは鈍く音も出る。どれだけ努力しようとも、ランポスに襲われないということは不可能だろうと容易に理解できたはずだ。
「なあ、けど命懸ってるんだし我慢だってできるんじゃないのか?」
「多少は、な。けど長い間は無理だろうと思う。例えばリオレウスが棲んでいる山で、いつ見つかって襲われるか、それとも適当に吐いた炎で焼かれるかもわからないような状況で、山のどこかに隠れて住めるか?」
リオレイアから逃げた記憶、リオレウスが襲ってきた時の記憶が和也の脳裏によみがえる。絶対的な強者の威圧、相対する物を全て殺そうとする絶望的な殺意。体格差、そして何より生物としての上位種であるということゆえの恐怖。和也同様に劉も思い出していることだろう。少し顔を青くして劉は首を振った。
「――無理だな。一日だって保たねえ」
「だろう。今の状況はそれよりはましだが……それでもずっとは無理だ」
だから、と続けるまでもなく全員が理解できたろう。ギギネブラの狩りにはあまり時間の猶予が無いということは。
多少緩んでいた空気が引き締まる。狩りは絶対だ。次なんて考えるべきじゃない。彼らはそう決意を固めた。
「ニャア……でも見つからニャいのはどうするニャ?」
う……と誰もが言葉が詰まった。そもそもさっきまで探して見つからなかったのだからこのようの疑念は当然だ。
本当に逃げているというのならいい。それならばこうして探したことで周辺にはいないから今のうちに安全に逃げられる。それを確認した、という名目が立つ。けれどそれで見つからないだけだったという場合が問題だ。近くにいないなど結論を出すには時間が必要なのである。しかし今、その時間が無いと話し合ったばかりだ。ではどうすればいいのか。話は振り出しに戻ってしまった。
「ねえ、それなら……」
ぽつり、とリンが提案を漏らした。それは危険で、けれどやる価値があることだった。それ故に誰も言葉を発することができなかった。自然視線は和也に集中する。
リスク、時間、その他諸々を考え結論を下す。
「――やろう。その作戦で」
◆◇◆
和也たちは洞窟の探索を再開した。その足取りは今までよりも重く、動きはどこか忙しなかった。休憩前と同じ和也とレイナを先頭にし、左右後ろをリンとヨウと劉が警戒するという全く同じ布陣。唯一違うのは和也がその手に松明を持っているということだろう。
光が入ってきているとはいえ薄暗い洞窟の中、煌煌と輝く炎が壁を照らす。距離を取っても光源故に位置の判別を容易くするそれ。それこそがリンの提案した作戦だ。
それまでの和也たちの行動は基本隠密としていた。ギギネブラに見つかる前に見つけ、警戒される前に不意打ちをする。そのためには見つからないように行動することが望ましい。故に言葉を発さず明かりもつけず静かに行動していた。尤も、余計な体力の消耗を避けるという意味合いもあったが。
松明を用意したのは発見をされやすくするためだ。見つけるということに重きを置いて、それゆえの準備。ギギネブラが視覚以外のものに頼っているのではないかと考えている和也も、これだけ洞窟内が光源を確保できているのなら視力もある可能性は十分にあるとして発見される可能性は高いと考えたのだ。そうして探索を続けること10分……。
――オオオオオオオォォォォォォ
それは風と洞窟が奏でるハーモニーだったのか、それとも別のナニカの咆哮か。他の存在を感じさせぬ洞窟で遠くから何か音がした。自然足を止め警戒を強める彼ら。音は洞窟内で反響し、音源が探りにくい。きょろきょろと首を振って顔には恐怖と喜びを浮かべた。
「来る……のか……?」
「どう……かな……。――いや、きた」
その言葉に従って全員の視線が和也のそれと同じ方へと向けられる。そこにはまだ遠いが洞窟の内壁を四肢を使って這うギギネブラの姿があった。
「――っう」
レイナが息をのむ。散々村で暴れた飛竜を見て恐怖が蘇ったのかもしれない。もしくは、猛スピードで近づいてくる爬虫類に似た飛竜に嫌悪感を催したのか。
「閃光玉と土爆弾の準備。劉は大剣をいつでも振るえるようにしとけ。レイナは解毒薬を手持ちにしろ」
最も経験があるが故に落ち着く和也が、背負った弓を構えながら指示を出す。慌てて出したようなものではなく、淡々として冷静な声。その冷静さを受けて浮き足立ちかけていた彼らもレイナを除いて動きだす。
「ニャ……これどうすればいいのニャ」
(3……2……1……今!)
シュッと風を切る音と共に矢が放たれる。弓道は全く経験なく、アーチェリーはスポーツ施設で昔やった程度という練度。だが、白鳳村に来るまでの間にランポス相手にした練習、何より命がかかっているが故の集中力が和也を一人の射手へと変貌させる。
滑らかな動きでとは言い難いが、それでも無駄の少ない動きで次々と矢を番えて連射する。その全てが当たっているわけではないがそう大きく外れているという訳でもない。散らばる矢が攪乱になりながらギギネブラを攻めたてる。
「リン、ヨウ!」
「――ん!」
「ニャ!? ニャッ!!」
さらに距離が近づいたことでリンとヨウがその小さな体に似合わないほどの勢いで手に持つそれらを投げる。宙を飛ぶ土爆弾と閃光玉、さらに松明。
「――――へ?」
閃光玉に備えて腕で目を覆おうとしてたところで見えたそれに一瞬気を取られた。光源として用意していたはずの松明。なぜかそれが投げられている。
実はこれは和也が弓を構える際、無意識のうちにヨウに渡してしまっていたのだ。それを迫ってくるギギネブラについ投げてしまったというだけのこと。
閉じた瞼の裏側で眩い閃光が奔る。暗い洞窟だったが故に強烈な閃光は容易く視界を奪う。ギギネブラの視界を奪ったら、さらに弓で追撃を与える心算だ。本当は大剣の方が威力の点で望ましいのだが、視力を奪ったというアドバンテージを考えれば下手に近づくのは避けたい。
閃光が晴れるのと同時に矢を放つ。だがこの時ギギネブラはおかしな動きを見せていた。いや、それ自体は閃光玉を放ったのだからおかしくはない。ただ問題なのは、ギギネブラは落ちた松明に多大な興味を示していたということ。まるで、それこそが敵だと言わんばかりに。
矢が突き刺さる。それでも松明への興味を外さないギギネブラに一同違和感を、というか不可解で仕方なかった。その原因に和也が思い至る。
(あいつ……まさか探知が熱源に対する物なのか?)
実を言えばこれは正解である。ギギネブラの目は通常の可視光線によって物を見るのではなく、熱源から探知している。ギギネブラの視界とはサーモグラフィーを通したようなものなのだ。
それでも本来ならば動物の持つ体温を判断して襲っているだろう。しかしこの世界の人は狩りをしない故に、また火竜が近くにいないためにこのギギネブラにとって火とは見慣れない、しかし本能が最大限に警戒を促す意味不明のものだったのだ。
そんなことはつゆ知らず、劉たちはその奇怪な行動に呆けた。
「――チャンスだな。俺と劉で攻める。リンたちは動かず待機、閃光玉は使わずに土爆弾の用意を。レイナも同じく解毒薬を。――さて、行けるな、劉」
「っ、おう!」
理解できたが故に和也は冷静に指示をだし、劉もそれに従った。二人はそれぞれ手に武器を構えて走る。
カラカラと大剣が地面を引きずる音、バタバタと二人の人が走る音。加えて体温という熱源の動きから敵が近づいてくるということがわかったのか、ギギネブラがそのおぞましい顔を向ける。
「尾と腹には毒腺があるはずだ! 気をつけろ!」
「わかってる!」
勢いをつけての攻撃、劉は大剣をふりぬく。しかし迎撃するギギネブラは真っ向から、劉へと覆い被るように襲い掛かりそれを跳ね返す。
「ちっ!」
正面から負けるとは思っていなかった和也だったが、ギギネブラの動きをすんでの所で躱し、攻撃直後で隙のある後ろ足を斬りつける。切れた肉から血が噴き出した。
「グギャアアアア!!」
悲鳴とも咆哮ともつかぬそれをあげて皮膚が黒く染まるギギネブラ。ゲームであれば一定のダメージを与えることでキレることによっておこる現象だ。もうそれだけダメージを与えたということなのか、それともゲームとの差異なのか。心の片隅程度に疑問を入れておく。
「劉! 土爆弾! 遠距離から攻める!」
硬化した皮膚に斬りつけるのは厳しい。作戦を瞬時に接近戦から遠距離戦に切り替える。劉も素早く対応し、大剣を地面に横向きに刺しそれを盾にして土爆弾を投げる。遠距離戦ならと判断したのか、リンとヨウも攻撃へと参加する。
(よし、このまま爆弾で――)
高威力の大タル爆弾で止めをさそうと考えて、大きすぎる失敗をしていたことに気が付き顔を青く染める。
大タル爆弾は台車での移動で音が目立つからと洞窟入ってすぐの辺りに置いてあるのだ。大きく移動するに合わせて移動させ続けていたのだが、休憩に入る前後で移動させるのを忘れていた。
(――~~~!!! ミスった。焦ったな……)
ここから爆弾がある場所へと誘うのも、爆弾を使わずに倒すのも不可能ではない。だがどちらも本来やる必要のない無駄のある危険な行為。それを招いたのはギギネブラが見つからないが故に視野狭窄に陥っていたのだろう。
(――くそっ、失敗した。なにやってんだよ。早く、早く切り替えろ!)
矢を放ちながら暗示をかけるように何度も自らに指示し続けた。だが、そんなことで切り替えることはできるはずがない。
ギギネブラは火が敵ではないということに気付いたようで、目的をリンたちへと切り替える。リンとヨウとレイナが集中していること、攻撃が多いことなどが理由だろうか。
(まずっ!!)
リンとヨウは身も軽く、リオレウスのこともあり慣れがある。だがレイナは元々狩りをしているような人間ではなく、慣れなどあるはずが無い。早い話、レイナは避けられないどころか動けなくなる可能性さえある。
「劉っ! 止めるぞ!!」
幸いにしてギギネブラの動きは遅い。もちろんリオレウスやリオレイアと比べればだが。
和也の指示受けて、和也と共に劉は動く。ギギネブラの前へと飛びだし、大剣を横に構えて盾にした。
一方で和也はギギネブラの尾へと向かう。和也にはギギネブラを受け止めることなどできない。ならば攻撃して気を引くしかない。それゆえに尾に向かった。
ギギネブラは怒ると皮膚が黒くなり硬化する。硬化すれば斬れなくなってしまうのだが、逆に硬化することで斬れるようになる箇所がある。それが尾。効果的なダメージを与えられるかどうかはさておき、気を引くことはできるだろう。
ギギネブラが劉の大剣に激突する。その衝撃に顔をゆがめる劉。だが、多少足を押されこそすれギギネブラを通すことはなかった。レイナ達を守り切ったのだ。
動きの止まったギギネブラの尾へと片手剣を突き立てる。ゲームと同じだったようで、それとも違って黒くなっても硬化していないということなのか。和也の片手剣は易々と尾へと、毒腺がある尾へと突き刺さった。
「!?」
血の代りに拭きだすのは紫のガス。それに驚き咄嗟に体を後ろへと反らす。だがそれでどうにかなるものではなく、地面を蹴って後ろへと退いた。抜くことは難しそうだと反らしている間に分かったので、剣はそのままだ。
毒腺を攻撃したことによって噴出したそれは当然毒ガスだろう。洞窟内に充満するようなことはないだろうが、やはりあれは拙い。直前に尾には毒腺があると言っておきながらそれを忘れてしまうという浅はかさに歯噛みする。
だがそれでも片手剣は尾へと突き刺さすことができた。それもかなり奥深くまで刺さっている。ならばそこを一つの弱点として攻めることができるのではないだろうか。それも、その場合毒腺を破壊し脅威度を下げることができるのではないだろうか。
そう考えた。だがそう考えているのがいけなかった。
ぐらり、と視界が回る。視界がにじみ、足がふらつく。意識が朦朧としだし、思考がまとまらない。
(――――あ、毒……解毒薬……)
そんなことを最後に思いながら、和也の体は大地へと投げ出された。凍った地面に抱かれているのに、和也の体は熱を持つ。冷たいはずの手足はどうにも熱く感じていた。