艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ 作:お暇
春雨
大淀
浜風
熊野×3
阿武隈×4
おにおこ
蒼龍×2
加賀
長門
瑞鳳×2
夕雲
舞風
あと一歩だったよ時津風・・・
『奴ら』は突然やってきた。
いつものように作業をしていた妖精たちの前に現れた見覚えのない艦艇。顔の大半を白い仮面で覆い隠し部屋の隅でゆらゆらと揺れているそれの姿は、妖精たちの目には面妖に映った。
後に彼らはその面妖な艦艇が深海棲艦であることを知る。少し不気味だが、特に邪魔というわけでもないし放っておいても問題ないだろう。妖精たちは人間の作業員たちと共に作業場へ戻っていった。
それからほんの数日後。深海棲艦が増えた。黒い半球に人間の手足が生えたような姿をしているそれは解体ドックをうろうろと歩き回る。
作業の邪魔をしてくるわけではないが、作業場をうろうろされるのはどうにも落ち着かない。妖精たちは説得を試みるが、結局話が通じることは無かった。
そして更に数日後。深海棲艦がまたしても増えた。しかもニ艦だ。片方は資材に夢中で作業の邪魔はしなかったが、もう片方の艦艇はとんでもない暴れ馬だった。
その艦艇を一言で表すとするなら『傍若無人』。特に理由も無く理不尽に虐げられ身の危険を感じた妖精と人間の作業員たちは、作業場を屋外へと移した。
それからは野ざらしの作業場で、雨やら風やら日差しやらに悩まされる日々。彼らはめげずに試行錯誤を続けた。廃材から屋根や壁を作り、作業用の機材も組み立て直し、作業できるスペースを一から作り上げた。全員が一丸となって作り上げた新しい作業場。彼らは作業場の完成を大いに喜んだ。
しかし、その喜びは『ある深海棲艦』の手によって無残にも砕かれる。口に紙を加えた深海棲艦は赤黒いオーラを放ちながら司令部の敷地内を駆け回り、両腕の主砲を容赦なく放つ。その砲撃は妖精と人間の作業員たちが一生懸命作り上げた作業場を跡形も無く消し飛ばした。
司令部敷地内から避難していた一同は、焼け焦げた作業場を呆然と眺めた。一同は身を寄せ合った。人間の作業員たちはため息をつきながら「また作り直せばいいさ」と笑う。痛々しい笑顔を見た妖精たちは心を痛めた。
妖精たちは我慢の限界だった。何故自分たちが虐げられなければならないのか。自分たちは何も間違ったことはしていない。間違っているのは『奴ら』のほうだ。
今すぐにでも『奴ら』をぎゃふんと言わせてやりたい妖精たち。しかし、戦力的にはまだ遠く及ばないのが現実。妖精たちは仕事の合間に着々と戦力を整え、来るべき日に備えた。『奴ら』が好き勝手に暴れている間も湧き上がる感情をぐっと堪え、密かに牙を研ぎ続けた。
それから数日後、機会は訪れた。どういうわけか、『奴ら』がそろって痛手を負ったのだ。
妖精たちは歓喜に震えた。おそらく二度と訪れないであろう最高の好機。これまで何度も苦汁を舐めさせられてきた相手を一掃できる大チャンス。この機を逃すまいと妖精たちは反撃の準備を急いだ。
そして今日、妖精たちは『奴ら』に牙を剥く。現在、旧解体ドックにいるのは傷が深いニ艦のみ。他の連中は朝早くに旧解体ドックを出て行った。ここ最近の行動からして、帰ってくるのは日が真上に昇る頃だろう。時間は十分ある。
妖精たちは手負いの二艦を先に殲滅することにした。慈悲は無い。
「時は来たっ!」
一人の妖精が高々と声を上げた。
「今日この時より、我々は戦士となる!これまで幾度となく踏みにじられ、虐げられ、奪われ続けてきた。しかし、それも今日で終わる!全てを終わらせるために、我々は準備を重ねてきた!」
ヘルメットを被る妖精たちは直立不動のまま演説に耳を傾ける。その表情は普段ののほほんとした雰囲気が微塵も感じられないほど強張っていた。
「後は、待ち受ける戦いに全てを捧げるだけだ!後先の事は考えるな!全てを出し切れ!我々の中の誰か一人でもいい!誰か一人でもその場に立っていれば、我々の勝利だ!」
演説をしていた妖精は手に持っていた五寸釘をダンッ、と地面に突き刺した。
「行くぞ諸君!奴らに目に物見せてやれぇええー!」
「おおおおぉおおおぉぉぉおおー!!」
妖精たちが仕事の合間に少しずつ作り上げた二十機の艦載機が茂みの中から一斉に飛び立った。
司令部内の廊下を通り正面の入口から突入する部隊に六機、外壁にある通気口を通り内部へ突入する部隊に八機、屋根をぶち破って内部へ突入する部隊に六機。三班に分かれ、旧解体ドックに巣食う侵略者を撃滅する作戦だ。
最初に内部へと突入したのは通気口を通った部隊だった。部隊を構成するのは艦上爆撃機『九九式艦爆』八機だ。
通気口のファン及び金網は妖精たちが事前に取り外していたため、九九式艦爆一機程度なら容易に通過することが出来た。
九九式艦爆本体に一人、艦爆から垂れ下がった紐にニ~三人の妖精が掴っている。内部へ侵入した一機目の九九式艦爆はそのまま壁沿いに伸びるキャットウォークへと下降していった。
紐にぶら下がっていた妖精たちがキャットウォークに着地し、無造作に置かれていた布切れを取り払う。布切れの下に隠してあったのは、妖精たちが仕事の合間に少しずつ作り上げた『12cm単装砲』だった。
通気口を通り続々とドック内へ進入する九九式艦爆。そして、一機目と同じく紐に掴っていた妖精たちはキャットウォークのいたるところに隠しておいた『12cm単装砲』の元へと向かう。
「奴らめ、好き勝手荒らしやがって」
「許さねぇ……」
ドック内の惨状を目の当たりにした妖精たちは荒れ果てた内部の様子に苛立ちを見せる。そして同時に決意を新たにする。絶対に、この場所を取り戻して見せると。
「行くぞ、攻撃開始だ!」
合図と同時に、ドック内を旋回していたに八機の九九式艦爆が一斉に急降下。『壁にもたれかかっている敵』と『ごみ溜め場で寝ている敵』に爆撃を行った。
『壁にもたれかかっていた敵』は地面を転がり、『ごみ溜め場で寝ていた敵』は宙を舞う。妖精たちは攻撃の手を緩めない。キャットウォークに設置された十二基の12cm単装砲が一斉射撃を開始した。
けたたましい砲撃音と共に降り注ぐ砲弾の豪雨。敵は態勢を立て直す間もなく砲弾の直撃を受けた。妖精たちの熾烈な攻撃は衰えることは無く、敵もろとも抉られたコンクリートの地面が砂塵となり煙幕のように敵の姿を覆い隠した。
「やったか!?」
砲撃を一時中断した妖精たちは立ち上る砂塵の中心を凝視する。一筋縄ではいかないことなど百も承知。しかし、皆心のどこかで期待していた。これほど熾烈な攻撃を浴びせたのだから、敵は跡形も無く消し飛んだのでは、と。
しかし、その淡い期待もすぐに消え去った。南側のキャットウォークが突然爆発したのだ。
「やはりそう簡単にはやられてくれないか!」
「よくも仲間をっ……」
「ちくしょう許さねぇ!」
敵は健在だった。南側のキャットウォークで砲撃を行っていた妖精たちは一斉に非難を開始。九九式艦爆は敵をかく乱し、残る十基の12cm単装砲が一斉射撃を再開した。
しかし、敵は妖精たちの攻撃をものともせずに反撃を続ける。南側のキャットウォークは瞬く間に全壊。設置された12cm単装砲の数も八基となった。
「警笛を鳴らせ!第二作戦へ移行する!」
車のクラクションのような甲高い音がドック中に響き渡る。次の瞬間、旧解体ドックの屋根が音を立てて崩れ落ちた。
「潰れちまいな!」
警笛と同時に屋根をぶち破ってきたのは四機の艦上戦闘機『九六式艦戦』とニ機の艦上爆撃機『彗星』だった。
九六式艦戦の攻撃で屋根を崩し、敵が下敷きになったところで九九式艦爆よりも性能の高い彗星の爆撃を浴びせる第二作戦。それが、今まさに実行された。
九九式艦爆の爆撃を遙かに上回る彗星の爆撃が屋根の瓦礫ごと敵二艦を吹き飛ばす。妖精たちはすかさず12cm単装砲で追撃し、敵の息の根を確実に止めにかかった。
「撃て撃て撃て撃てっ!」
「弾切れ!?くそっ、早く補給を!」
「倒れろっ……倒れろぉおおー!」
「ぜってえ許さねぇ!」
一体どれほどの時間が経過しただろうか。時間を忘れ、一心不乱に攻撃を続ける妖精たちに疲れが見え始めた。
敵は依然として健在。妖精陣営はまだ『第三作戦』を残してはいるが、それは一か八かの作戦だ。それも失敗する確立が高い不利なモノ。妖精たちは、できることなら第二作戦で勝負を決めたかった。
しかし、砲弾にも、爆弾にも、燃料にも限りがある。残弾があまっている12cm単装砲は四基。攻撃可能な爆撃機は彗星が二機。他の爆撃機及び戦闘機は敵の反撃を受け墜落してしまった。
「何だよこれ……敵は手負いじゃなかったのか!?」
「まだ勝負は終わっていない!敗北は己の中にあると知れ!諦めるな!」
妖精たちは焦る。敵は手負いで数も半分以下、戦力は大幅に低下している状態のはず。なのに何故、敵は倒れないのだ。妖精たちのこれまでの努力をあざ笑うかのように、敵二艦は反撃を続ける。
妖精たちは選択を迫られた。今の状況が続ければ敗北は間違いない。切り札の第三作戦を発動するなら今だ。しかし、その作戦は失敗する可能性が高く不発に終わるかもしれない。
ならば、全滅する前に撤退すべきではないか。二度とチャンスが巡ってこないわけではない。撤退も立派な作戦の一つだ。今を生き延び、今回の経験を次回に生かす方法もある。
「よし、第三作戦を決行する!警笛を鳴らせ!」
妖精たちは躊躇無く第三作戦の決行を決めた。妖精たちの中には、端から『撤退』の二文字は無かったのだ。
二度目の警笛が鳴る。ドックの入り口が一瞬にして蜂の巣となり、その向こうから六機の艦載機が姿を現した。艦上戦闘機『零式艦戦52型』が一機、艦上戦闘機『零式艦戦21型』が二機、艦上爆撃機『彗星』が三機、計六機の艦載機が敵に向かって突撃してゆく。
「今のうちだ!各員、準備にかかれ!」
キャットウォーク上の妖精たちはパラシュートを使い一階へと降りる。途中、流れ弾を受け倒れる妖精もいた。しかし、妖精たちは振り返らずに一点を目指す。墜落中の艦載機から脱出した妖精、敵の反撃を受け一階に落とされた妖精たちもまた、合図を聞き目的地へと急いだ。
妖精たちが目指すのは、ドック入り口付近に不規則に並ぶ木のコンテナの一つ。一番入り口に近いコンテナだ。そのコンテナこそ第三作戦の肝。中には勝敗を分ける最後の切り札が収まっているのだ。
妖精たちはコンテナの端に空いた小さな穴からコンテナ内部へと入る。各部のチェックを速やかに行い動作に支障が無い事を確認した妖精たちは、切り札を覆う外壁の取り外しにかかった。
長い警笛の音が鳴り響く。三度目の警笛は切り札発動の合図。航空部隊は敵二艦の誘導を開始した。
艦載機は敵の限界ギリギリまで接近し、敵の苛立ちを誘う。二艦のうち一艦はあっさりと釣れ、所定の位置まで誘導することに成功した。残る一艦はその場に留まり艦載機に狙いを定めている。彗星の爆撃にも耐え、零式艦戦52型の攻撃をものともしない残る一艦。戦艦だけあって装甲はかなり固い。
切り札の存在を知られる前に、何としてでも敵を所定の位置まで誘導しなければ。航空部隊は更に攻撃の手を強める。残る一艦は僅かに動いたが、それでも所定の位置までは程遠い。
「だったら、こっちにも考えがあるぜ!」
突如、艦載機の一機が急降下を開始した。敵の砲撃を受けながら、時には回避しながら、そのまま敵に向かって一直線に飛んでゆく艦載機。
「ぶっ飛べぇええええーっ!!」
艦載機は残る一艦の体に直撃し大爆発を起こした。その威力は凄まじく、残る一艦の体を大きく後退させた。だがしかし、それでも所定の位置には届かない。捨て身の特攻を以(も)ってしても、敵を所定の位置まで追い込むことが出来なかった。
「もいっぱあああああつッ!!」
だが、そこへもう一機特突っ込めば敵を所定の位置まで動かせる。
距離が足りないと即座に悟った一人の妖精が、すかさず艦載機を突撃させたのだ。これにより条件は全てクリアされた。外の様子を監視していた妖精が四度目の警笛を鳴らし、準備完了の合図を告げる。
側面四枚の板がバタン、と音を立てて倒れる。コンテナは天井と木の骨組みを残し、中の物体が露(あらわ)となった。
「照準よし!いつでもいけるぜ!」
「こいつを食らって無事でいられるか!?」
「深海棲艦、もう絶対許さねえ!」
妖精たちの切り札とは、戦艦の主砲である『35.6cm連装砲』だった。
皆が寝静まった後に旧解体ドックの隅に作った秘密の入り口から部品を少しずつ運び、コンテナの中で組み立てていたのだ。
ただし、司令部が資材不足のため部品の一部に廃材を利用している。そのため砲弾が正常に射出されるかは実際に撃ち出してみなければ分からないのだが、秘密裏に作製している以上試し撃ちはできない。実際に砲弾が放たれるかどうかは、運を天に任せるしかなかった。
「撃てぇっ!!」
天は妖精たちに味方した。35.6cm連装砲から凄まじい砲撃音と共に撃ち出された砲弾は吸い込まれるように敵へと向かい、そして、ひときわ大きな爆発を起こすと同時に轟音を奏でた。
妖精たちは勝利を確信した。敵もろともドックの側壁を破壊する程の爆発。いくら深海棲艦といえど、この砲撃を受けて立ち上がれるはずがない。誰もがそう思った。
次の瞬間、35.6cm連装砲が爆発した。
妖精たちは爆風によって床へと投げ出された。一体何が起こったのか。妖精たちは突然の事態に唖然とする。
事態の把握に手一杯で、今の自分たちが隙だらけであることに気づかない。自分たちが敵のいい的になっていることにまったく気付かない妖精たち。
気がついた頃にはもう時既に遅し。残る艦載機を全て撃ち落とされ、切り札を破壊された妖精たちは攻撃の手立てを完全に失っていた。
「…………!」
妖精たちは思わず息を呑んだ。
煙が立ち上る爆心地で二つの光がユラユラと揺れる。その光は『黒と黄が入り混じったような独特の色』をしていた。その光は見ているだけで不安になる未知の輝きを放っていた。そして、その光は敵の生存を主張する絶望の象徴となった。
妖精たちは心をへし折られた。攻撃の手立てを失い戦意を喪失しかけていた妖精たちにとって、その光は死刑宣告以外の何者でもなかった。
バラバラと散らばる妖精たち。小さな体で必死に逃げる彼らの背中を、敵二艦は容赦なく撃つ。
「……に、逃げろ!」
「うわああぁああ!」
「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」
「負けてない……俺たちはまだ負けてない!」
「俺が時間を稼ぐ。お前たちはその隙に逃げるんだ!」
爆炎の嵐が巻き起こる中、諦めていない少数の妖精たちは五寸釘を手に立ち向かった。
まだ負けたわけじゃない。諦めなければ、きっと逆転できる。そう信じて、彼らは目の前の圧倒的な暴力に挑んだ。
だが、現実はいつも非情だ。いくら頑張っても、いくら信じていても出来ないことはある。人間の掌に乗る程度の大きさしかない妖精が、五寸釘一本で深海棲艦に勝てるわけがなかった。
妖精たちは成す統べなく吹き飛ばされ、抗えないまま床を転がり、絶望しながら視界を閉ざした。
次回・・・妖精たちの反撃・裏