艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

23 / 43
うちの鎮守府の夕立がようやく改ニになったっぽい!

追記:たまっていた感想に返信しました。


着任二十一日目:旗艦 其の四

 援護艦隊の力は圧倒的だった。傷ついた艦娘たちを救助しながら、今まで戦場の大多数を占めていた敵勢力を瞬く間に侵食。海を黒く染め上げていた深海棲艦の大艦隊は駆逐され、海は本来の青色を取り戻しつつあった。

 

 

「モウ、アキタ」

「帰ロ」

「コレデ……満足シタワ……」

「ま、待ちなさい!」

「待つネ比叡、この怪我じゃ追撃は無理ヨ。後は味方に任せて、私たちは榛名を連れて帰るネ」

「想像以上の被害ね。私の戦況分析もまだまだだわ……」

 

 

 各所で激しく燃え上がっていた戦火の炎も徐々に鎮火してゆく。

 

 

「クッ、コレ以上ノ戦闘ハ無意味カ。引クゾ」

「…………」

「やれやれ……こっぴどくやられたが、まあ、何とかなったか」

 

 

 元帥の下で日夜戦い続けてきた歴戦の艦娘たちは、培った力を惜しみなく発揮。

 

 

「仕方ナイ。マタ今度来ヨウ」

「もう来ないでくださいっ!!」

 

 

 決して無事とはいえない損傷を受けながらも、何とか鬼型姫型の深海棲艦を撃退することに成功した。

 

 

「これで、終わりです!」

「グッ、アアァアアァアッ!!」

 

 

 そして今、一艦の嫉妬から始まった戦いに終止符が打たれた。

 大和の放った砲弾の直撃を受けた戦艦棲姫は海面に叩きつけられ、浮力を失った体は徐々に海中へと引きずり込まれてゆく。

 何故自分ばかりが否定されるのか、何故自分ばかりがこんな目にあうのか。戦艦棲姫は海中に引きずり込まれぬよう必死にもがくが、もがいたところで結果は変わらない。一度沈み始めたら最後、光の届かない極寒の水底まで沈み続ける。それが艦艇の定めだ。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 大和は沈みゆく戦艦棲姫を見て悲痛な表情を浮かべた。

 大和は憎悪に取り付かれた戦艦棲姫を哀れに思った。光と闇は表意一体。自分が享受していた幸せが大きければ大きいほど、それを失ったときの悲しみと憎しみも大きくなる。

 深海棲艦となって全て失った。かつて味方だった艦娘に牙を向けられ追われる日々。艦娘を自らの手で沈める苦しみ。戦艦棲姫が背負ってきた悲しみの大きさは計り知れない。もし自分に彼女の憎悪を受け止められるだけの力があれば、彼女は憎しみに捕らわれたまま沈んでいかずに済んだのかもしれない。大和は戦艦棲姫を救えなかった自分の無力を嘆いた。

 そして同時に、いつか自分もこうなってしまう日が来るかもしれないと恐怖した。敬愛する提督がこの世を去ったとき、自分が水底に沈んだとき、その事実を潔く受け入れられるのだろうか。

 大和が思考の渦に飲まれようとしていた、その時。

 

 

「くっ、砲撃!?一体どこから……」

 

 

 大和に直撃する二つの砲弾。思考に集中していた大和は一気に現実へと引き戻された。緩んでいた気を引き締めた大和は周囲を索敵する。南方より接近する謎の艦艇二艦を確認。敵艦艇との戦闘に備え、大和は再び連装砲を構えなおした。

 

 

「ヒャッハー!」

「私タチモ混ゼナサイ!」

 

 

 大和の視界に映る二艦は『装甲空母姫』と『装甲空母鬼』。姫型鬼型であるにも関わらず、南方組からも泊地組からもやさぐれ組からもハブられたかわいそうな深海棲艦である。

 しかし、彼女たちは運がよかった。偶然通りかかった『ある深海棲艦』の導きにより、こうして祭りの場所へと駆けつけることが出来たのだ。

 乗るしかないビッグウェーブに完全に乗り遅れてしまったが、今からでも十分に楽しめる。装甲空母姫と装甲空母鬼は最初から全力全開で大和を攻め立てた。

 いくら艦娘の中で最高の性能を誇る大和と言えど、さすがに姫型鬼型深海棲艦との連戦は厳しい。降り注ぐ砲弾の雨を辛うじてかいくぐる大和は劣勢を強いられる。

 

 

「っ!」

 

 

 その中で、大和は奇妙な光景を見た。それは飛来する一発の砲弾を躱したときの事。直撃寸前の砲弾を少々無理な体勢で避けた大和は一瞬敵に背を向ける形となってしまった。

 早く体勢を立て直さねば。大和は敵を見据えようと体を動かした。その時だ。大和は自分の視界に違和感を覚えた。

 

 

(……いない?)

 

 

 大和の背後には、ゆっくりと沈みゆく戦艦棲姫の姿があったはずだった。

 大和は疑問を抱く。装甲空母姫たちが現れてからもののニ、三十秒しか経過していない。戦艦棲姫の沈むスピードがかなり遅かった。じわじわと溶けてゆくように沈む戦艦棲姫の体が完全に沈むにはニ、三十秒という時間はあまりにも短すぎる。

 装甲空母姫たちの放った砲弾が直撃したのか、それとも途中から沈むスピードが速くなったのか。大和は、原因が分からないまま忽然と姿を消した戦艦棲姫の亡骸に違和感を覚えたのだ。

 

 

(ですが、今はそのような事を気にしている場合ではありません!)

 

 

 激しさを増す装甲空母姫たちの砲撃の対処に精一杯の大和は、頭の中から一切の雑念を振り払う。

 目の前の敵を撃滅するために、自分たちが生き残るために、大和は意を決して装甲空母姫たちに立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ドウシテ……)

 

 

 戦艦棲姫は己の不運を呪った。いつの間にか全てを失い、新たに手に入れた幸せも踏みにじられ、やり場のない怒りを吐き出すことさえ許されない。どうして自分だけが、何故こんなにも辛い思いをしなければならないのか。

 薄れゆく意識の中、戦艦棲姫は必死に手を伸ばした。太陽に照らされゆらゆらと煌く水面。うっすらと感じる既視感、言いようのない恐怖が戦艦棲姫の不安を煽る。嫌だ、このまま沈むのは絶対に嫌だ。彼女は願う。自身の再起を。

 

 

(嫌ダ……一人ニナルノハ……)

 

 

 かつて艦娘だった戦艦棲姫が薄暗い海中で何度も願った、決して天に届くことのなかった儚い祈り。

 

 

(絶対ニ……)

 

 

 しかし、今の彼女の願いを聞き届けるのは天ではない。暗い水底より生まれた存在『深海棲艦』。深く沈めば沈むほど、闇に堕ちれば堕ちるほど、彼女の願いはより強く深海の根源へと到達する。

 

 

(嫌ダッ!!)

 

 

 彼女の願望は、成就した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リ級を羽交い締めにしながら戦場を眺める叢雲は、援軍の到着と撃滅されてゆく敵艦隊の姿を見届け、艦娘艦隊の勝利を喜ぶと同時に自分の出番がなかったことにひどい落ち込みを見せた。

 今日という日に備え色々と準備をしてきたが、それも全て無駄に終わってしまった。自分も前線で戦いたかった、と叢雲は一人ごちる。

 武人気質の叢雲にとって戦場で戦果を上げるのは最高の喜び。しかも今回の敵は史上類を見ない大艦隊。自分の名を上げるにはうってつけの大舞台と言っても過言ではない。それが、じゃじゃ馬たちのお世話で丸々つぶれてしまったのだ。拗ねてしまうのも無理はない。

 一つ補足しておくと、実は叢雲単体でも出撃は可能だった。だが、叢雲というストッパーを失った五艦を一人で押さえつける自信がない、という青年の強い要望により叢雲も待機となったのだが、それを叢雲は知る由もない。

 

 

「もう終わりね……はあ、本っ当に最悪な一日だったわ。どこかに撃ち漏らした敵がいないかしら?」

 

 

 せめて一艦だけでも、と叢雲は海を見渡すが、膨大な数の艦娘たちがいる中で撃ち漏らしがあるはずなどなかった。叢雲の視界にも、索敵範囲にも敵の姿は見受けられない。「やっぱりか」と小さくつぶやいた叢雲は羽交い締めしていたリ級を開放し、戦場に背を向けた。

 

 

「っ!!?」

 

 

 次の瞬間、叢雲の背筋に悪寒が走る。叢雲は反射的に迎撃体制を取り、少し離れた位置の海面を睨みつけた。

 先ほどまでそれぞれ別行動をとっていたチリヌルヲたちも同様だった。五艦も叢雲と同じように、少し離れた位置の海面へ一斉に視線を向けた。

 いないと思われていた撃ち漏らしが存在していたことに叢雲は歓喜する。大きな活躍は出来なかったが、今回はこれで満足しよう。

 目の前に潜んでいる敵でうっぷんを晴らそうと決めた叢雲は、敵が姿を現すのをじっと待った。

 

 

「アァアアアァアアアアアアァ!!」

 

 

 海面を突き破るように現れたのは満身創痍の戦艦棲姫だった。あちこちが焼け焦げ肩紐が片方切れたネグリジェのような服と、真っ白な肌にべったりと張り付た濡れた髪。まるでホラー映画に出てくるゾンビのような容姿が、言いようのない不気味さをかもし出している。

 続けて、戦艦棲姫が率いる砲台型の深海棲艦が姿を現した。装甲の大部分が剥げ落ちてはいるが、口から飛び出した巨大な主砲の砲身はまだ辛うじて残っている。戦闘自体は可能だが、長時間の戦闘を行うのは不可能だろう。

 叢雲は初めて見る深海棲艦に驚きを隠せない。得体の知れない力の影響を受け(番外編:妖怪猫吊るし参照)鉄底海峡での大戦に参加できなかった叢雲は戦艦棲姫の姿を知らなかった。故に、叢雲は気づかない。目の前にいる深海棲艦が、艦艇の墓場と呼ばれる鉄底海峡の覇者だということに。

 対する戦艦棲姫は肩で息をしながら叢雲と共にいるチリヌルヲを視界に納める。そして直感した。話で聞いた深海棲艦は、艦娘と同じ道を歩む同胞は、目の前にいる彼女たちなのだと。

 

 

「オ前達カ……!」

 

 

 湧き上がる憎しみを燃料とし、満身創痍の戦艦棲姫は叢雲たちに攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃に大和と戦ったときほどの破壊力はない。精度も大幅に低下しており、戦艦棲姫の砲撃は叢雲たちに命中することなくコンクリートで舗装された地面に直撃した。

 

 

「ふん、そんなボロボロの状態で私たちに勝てると思っているのかしら?」

 

 

 表面では強気の姿勢を見せている叢雲。しかし、内面では得体の知れない悪寒に震え上がっていた。

 戦艦棲姫の姿はどう見ても轟沈寸前。後一押しすれば簡単に壊れてしまいそうな全身ガラス細工状態だ。にも関わらず、叢雲の中では警報が鳴り止まない。戦艦棲姫から感じる『未知の何か』が、深い暗闇に引きずり込もうとする『呪い』のような何かが叢雲の体に纏わりついて離れない。

 戦艦棲姫はゆっくりと移動を開始した。損傷により性能が大きく低下してしまっている戦艦棲姫の移動速度は人が歩く早さと同等だ。そして叢雲たちのいる港から戦艦棲姫までの距離は約五十メートル。その距離がゼロとなる前に、叢雲たちは戦艦棲姫を倒さなければらない。

 既に歓喜はなかった。今はただ、一刻も早く目の前の敵を倒してこの場を去りたい。叢雲は迎撃体制を取る周囲の五艦に指示を出した。

 

 

「アンタたち、一気にやるわよ!」

 

 

 叢雲の指示を聞いた五艦は一斉に動き出す。

 最初に仕掛けたのはヌ級とヲ級だ。二艦は艦載機を一斉に発艦させ、ゆっくりと接近してくる戦艦棲姫に対して上空からの攻撃を行った。対空砲がまったく機能していない戦艦棲姫に艦載機を撃ち落す術はない。艦載機の攻撃は全て戦艦棲姫に直撃した。

 

 

「……ッ!」

 

 

 戦艦棲姫は食いしばった。

 ヌ級とヲ級の攻撃を何とか耐え凌いだ戦艦棲姫は、砲台型の深海棲艦と共にゆっくりと港の船着場へ歩を進める。港までの距離、あと四十メートル。

 次に攻撃を行ったのはリ級とル級の高火力コンビだった。全砲門を開いたリ級、ル級は照準を戦艦棲姫に定め一斉砲撃を開始。間髪いれずに放たれる二艦の砲弾は、けたたましい爆撃音と共に大きな煙幕を作り出した。

 

 

「……ッ!!」

 

 

 戦艦棲姫は食いしばった。

 煙幕の中から姿を現した戦艦棲姫は狂気に満ちた赤い瞳で叢雲たちを見据える。港までの距離、あと三十メートル。

 次の攻撃は叢雲とチ級による遠距離魚雷攻撃だった。ニ艦は海中に魚雷を放ち、放たれた魚雷は一直線に戦艦棲姫へと向かう。そして、着弾と同時に巨大な水柱がいくつも上がった。

 

 

「……ッ!!!」

 

 

 戦艦棲姫は食いしばった。

 空からは豪雨のように降り注ぐ爆弾。正面からは暴風のように全身を包み込む砲弾、足元からは火山のように爆発する魚雷。叢雲たちの激しさを増す攻撃に戦艦棲姫は何度も体勢を崩す。しかし、決して倒れることはない。限界ギリギリのところで踏みとどまり、ただ愚直に前へと進む。

 叢雲は戦慄した。いくら攻撃しても倒れることなく、ボロボロの体を引きずりながらも着実に距離をつめる戦艦棲姫。その姿は架空の物語に登場する『ゾンビ』そのもの。鉛球どころか炸裂弾にさえ耐える体を持っている鋼のアンデッドだ。

 埒が明かない。叢雲は砲弾の嵐の中をゆらゆらと進む戦艦棲姫を見て舌打ちした。戦艦棲姫の姿はどこからどうみても大破状態で、ふらふらとおぼつかない弱弱しい足取りだ。

 だが、どういう訳か戦艦棲姫には強敵と相対した時のに感じる圧力が、得体の知れない力が、どんな逆境をも跳ね除ける『凄み』があった。

 

 

「……上等じゃない」

 

 

 警報は鳴り止まず、悪寒もまったく収まらない。それでも叢雲は立ち向かう事を選んだ。艦隊の支柱である旗艦が弱音を吐くことは許されない。何より、周りの連中が戦っているのに自分だけが逃げるわけにはいかない。自らを奮い立たせた叢雲は一心不乱に戦艦棲姫を狙い撃った。

 戦艦棲姫が港に到着するまで残り二十メートル。叢雲たちが一方的に攻撃し、戦艦棲姫がじわじわと歩を進めるという状況についに変化が訪れた。

 

 

「リ!」

「ルー」

 

 

 業を煮やしたリ級と、確実に仕留めにかかったル級が、迫り来る戦艦棲姫に向かって飛び出した。リ級とル級の行動に思わず驚きの声を上げた叢雲は慌ててチ級、ヌ級、ヲ級に攻撃中止の合図を送る。

 叢雲はリ級とル級が何をやろうとしているのかは大体察しが着いていた。これまでの出撃で何度も見てきたリ級の十八番。かつてル級との戦いで見せた、リ級お得意の至近距離からの主砲攻撃。その威力はエリート戦艦であるル級の装甲に傷を付けるほどだ。

 そして、そのリ級の十八番に更に威力を上乗せした砲撃を行おうとしているル級。至近距離から重巡洋艦と戦艦の同時攻撃。いくら姫型の深海棲艦であろうと、この攻撃を受ければひとたまりもないだろう。

 だが、叢雲の頭に期待という言葉は浮かばなかった。何故かはわからない。ただ、叢雲はリ級とル級の攻撃が失敗に終わると直感していた。

 戦艦棲姫の懐にもぐりこんだリ級は右腕に装備された8インチ三連装砲の砲頭を、右側面に回りこんだル級は両腕の16インチ三連装砲の砲頭を戦艦棲姫へと向けた。そして、爆煙が広がると同時に大きな爆発音が響き渡った。

 装甲の破片がぱしゃり、ぱしゃりと音をたてて海中に消えてゆく。叢雲たちは、勝負の行方を固唾を呑んで見守っていた。今しがた感じた悪い予感がただの空想であって欲しい。もしかしたら、と淡い期待を込めて叢雲は爆心地を見つめる。

 

 次の瞬間、叢雲の耳に二つ激突音が届いた。

 

 コンクリートで固められた地面と、勢いよく落ちてきた金属の塊がぶつかり合ったような鈍い音。金属片などを落とした時の軽く高い金属音とは明らかに違う、まるで何十キログラムもある鉄の塊を高いところから落としたような重厚な金属音。叢雲は自身の中にあった淡い期待が溶けて消えてゆくのを感じた。

 音の聞こえた方、今いる位置より左舷後方へと叢雲は振り向いた。

 

 

「……っ!」

 

 

 叢雲の視線の先には大破したリ級とル級がいた。全身から煙を噴出しぴくりとも動かないリ級と、長い黒髪を乱し肩で息をするル級。特にル級の損害は凄まじく、左腕の連装砲は完全に形を失っている。叢雲の嫌な予感は見事的中してしまった。

 だが、いくら鋼のゾンビと言えど重巡洋艦と戦艦の攻撃を至近距離から受ければタダでは済まない筈。うっすらと残った希望を胸に、叢雲は視線を爆心地へと戻す。

 

 それと同時に、叢雲の視界が傾いた。

 

 唐突な展開にまったく反応できない叢雲。叢雲の視界の隅には辛うじてチ級の顔が映っている。そして冷たくやわらかい感触が叢雲の顔を覆い視界を完全に奪った次の瞬間、叢雲を凄まじい衝撃が襲った。

 その衝撃は叢雲とチ級の体を軽々と宙に吹き飛ばした。重力に引かれ背中から着地した叢雲はチ級と共にコンクリートの地面を滑走する。叢雲は咄嗟に残弾のない左手の魚雷発射管を地面に押し付け、滑走の勢いを殺す。勢いはものの数秒で衰えた。

 勢いを完全に殺しきった叢雲は、自分の上に覆いかぶさっていたチ級を押しのけた。地面に力なく横たわるチ級の背中には、硝煙の香りを纏う爆発跡が残っている。それを見た叢雲はチ級の行動の意図を理解した。チ級は、敵の砲撃を受けそうになった自分をかばったのだと。

 少し離れたところで鳴り響く新たな爆発音。ハッ、とした叢雲は慌てて顔を上げた。叢雲の視線の先には、ヲ級を吹き飛ばす戦艦棲姫が姿があった。

 残るは叢雲とヌ級の二艦。船着場から上陸した戦艦棲姫は、ヲ級のすぐそばにいたヌ級を今まさに撃ち壊そうとしていた。

 叢雲は急いでヌ級の下へと向かった。戦艦棲姫の注意を引こうと右手の主砲で戦艦棲姫を狙い打つが、戦艦棲姫は叢雲のことなど完全に無視して目の前のヌ級に狙いを定める。

 

 

「待ちなさいっ!」

 

 

 滑り込むように、叢雲はヌ級と戦艦棲姫の間に割って入った。

 艦隊の仲間は自分が守る。それが旗艦の責務だと考えていた叢雲。だがその考えも、現実の前では紙切れのように吹き飛んだ。リ級、ル級の手綱をうまく握れず、チ級には助けられ、ヲ級は気づけばやられていた。なんという体たらく。旗艦としてあるまじき姿。叢雲は自分の不甲斐なさを恥じていた。

 せめて、せめてヌ級だけでも守る。ヌ級は叢雲にとっての最後の希望、心の支えだった。ヌ級がいるからこそ、叢雲は得体の知れない恐怖を目の当たりにしても立ち向かうことが出来る。ヌ級がいるからこそ、叢雲は自分の旗艦としてのあり方を見失わずにいられるのだ。

 

 だが、叢雲がどう考えていようが戦艦棲姫には関係ない。

 

 叢雲の背後で大きな爆発が起こった。叢雲の背後でガシャリ、と何かが崩れ落ちる。その音を聴いた瞬間、叢雲の中で決定的な何かが切れた。

 

 

「一緒ニ地獄ニ落チマショウ」

 

 

 砲台型の深海棲艦が砲頭を叢雲へと向けた。叢雲は動かない。まるで魂が抜けたかのように、ただ呆然と目の前に突きつけられた砲頭を見ている。

 

 

「アナタモ、私ノ妹ニナリナサイ」

 

 

 戦艦棲姫が言葉を発したと同時に鳴り響く巨大な爆発音。

 砕けた装甲がコンクリートの地面にバラバラと散らばり、ぐらりと揺らいだ体がゆっくりと傾き始める。そして、そのまま重力に引かた『砲台型の深海棲艦』の巨体は轟音を立てて倒れ伏した。

 少し驚いた様子の戦艦棲姫は力なく倒れる砲台型の深海棲艦を見た。今の一撃がトドメとなったのか、砲台型の深海棲艦にはもう立ち上がる力すら残っていない。

 そして、未だ健在の叢雲の視界には信じられないモノが映りこんでいだ。それは、最後の希望を摘み取られ正気を失ってきた叢雲の意識をはっきりと覚醒させるほどの衝撃。

 大きく目を見開いた叢雲は、戦艦棲姫の後方に佇む『深海棲艦』の姿を凝視した。戦艦棲姫も背後の存在に気づいたのか、視線を倒れ伏す砲台型の深海棲艦から自身の後方へと移す。

 戦艦棲姫の背後には一艦の深海棲艦がいた。『青みがかった白い長髪』をなびかせ『袖下から伸びる砲身』を戦艦棲姫へ向けるその深海棲艦は、かつて交わした約束を果たすため現れた。

 

 

「ター」

 

 

 義と愛の名の下に。タ級、参戦。

 




次回・・・旗艦 終

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。