艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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カカオさん(仮名)の「ほぉらいげきせん、よぉい!」が最近のお気に入り

追記:ちょこっと修正しました。


着任ニ日目:全てはここから始まった

 荷物整理に追われ、特に何もすることなく初日を終えた青年。

 どうせ他所の提督たちも同じ状況だろうし特に急ぐ必要は無いだろう、とそのまま眠りについた彼だったが、次の日、周りの提督たちが「俺もう南西諸島沖まで行ったんだぜ!」や「初建造で軽空母とか超ラッキーだった」といった話題で盛り上がっているのを聞いて、自分が完全に出遅れたことを悟った。

 こうしてはいれらない。青年はすぐさま旗艦である叢雲を鎮守府正面海域へ送り出す。そしてその後、司令部の開発ドックへと向かった。

 開発ドックは艦娘の装備を開発することが出来る場所だ。資材を大量に投資すれば高性能の装備が出来上がり、逆に資材をケチればそれ相応の出来となる。

 青年は叢雲が戦っている間、同時進行で装備の開発をしようと考えていた。ここで少しでもいい装備を開発できれば、出遅れた差を少しでも縮められる。青年はそう信じていた。だがしかし、彼はここでミスを犯した。

 

 

「艦娘は出撃中に出会うことがあるって聞いたし、無理に建造する必要ないよな。今は武器開発だ」

 

 

 戦力増強を運に任せ、青年は与えられた資材を全て叢雲の強化につぎ込んだ。俗に言う、「最初から飛ばし過ぎて後が苦しくなる現象」である。

 この時、このブイン基地内で青年と同じ考えを持った提督が何人いただろうか?もし青年と同じ事を考えている者が後数千人少なければ、後の惨劇が起こることは無かっただろう。

 

 青年が着任してから三日後。ブイン基地、まさかの資材枯渇。

 

 加減を知らない新米提督で溢れかえっていたブイン基地。早く戦力を増強させて先に進みたい、珍しい艦艇を作って周りからちやほやされたいと先走った提督たちがガンガン資材を使った結果、消費が供給を上回ったのだ。

 近くの泊地、もしくは鎮守府から資材の援助が来るまでの間、ブイン基地にいる提督たちに対する資材の供給は一時的に停止。しかも供給再開の日時は未定。ブイン基地の提督たちはろくに出撃することすら出来ない状況に陥ってしまった。

 青年も例外ではない。武器開発に資材を投資しまくったせいで、彼の所持する資材も残り少ない。多く見積もってあと五、六回出撃できるかどうかだ。しかも、運任せにしていた艦娘との出会いはまったく無し。それに加えて開発された武器はどれも低火力のものばかりで、叢雲の戦闘力は以前とほとんど変わっていない。

 

 結果として、資材だけが消費され戦力はまったく増強されなかったのだ。

 

 この状況に青年は頭を抱えていた。もう出遅れたとか言っている場合じゃない。何とかして今の状況を打開しないと。青年は必死に打開策を考えるが、いい案は浮かばずにただ時間だけが過ぎてゆく。

 そんな青年を遠巻きから眺めるものがいた。青年の相棒である叢雲だ。心底落ち込んだ表情でうな垂れている青年の姿を見た叢雲は、小さくため息を吐きながら青年へと近づき声をかけた。

 

 

「ちょっと、今日の出撃はまだなの?いい加減待ちくたびれたんだけど」

「えっ……あ、いや、その……しばらく出撃は……」

「ぐちぐちうるさいわね。まだ資材は残っているんでしょう?だったら一回くらいいいじゃない」

「いや、でも……」

「何?言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「…………」

 

 

 結局、押し負けた青年は叢雲に南西諸島沖へ出撃するように命令。叢雲は軽い足取りで港へと向かっていった。青年はその背中を黙って見送る。完全に姿が見えなくなった後、青年は「もっと提督を気遣ってくれる子に来てもらいたかった」と、誰もいない司令室でぼそりと愚痴をこぼした。

 

 

 

 出撃から数十時間後、月明かりの指す司令室で青年は叢雲から帰投するとの連絡を受けた。特に大きな被害を受けることなく、無事敵艦隊を撃沈できたそうだ。

 青年はほっ、と胸をなでおろす。なけなしの資材で出撃させて、何も成果なしだったらもう笑うしかない。もし轟沈したとなれば、それこそ本当に笑い事ではすまない。

 無事任務を全うした叢雲に感謝し、疲れて帰ってきた彼女を精一杯ねぎらおうと決めた青年は明日に備えて早めに就寝するのだった。

 

 翌日、連絡どおり叢雲は司令部へと戻ってきた。青年は笑顔で叢雲を迎え入れた後、あちこちに傷をつけた彼女を入渠させようとしたのだが、それに待ったをかけるものがいた。

 

 

「ちょっと待って。その前に見せたいものがあるの」

 

 

 それは叢雲自身だった。叢雲はドックの隅に山積みになっている荷物の裏手へと回り込む。青年も叢雲の後に続いて荷物の裏手へと回り込んだ。次の瞬間、自分の目を疑いたくなるような光景が青年の視界に飛び込んでくる。

 そこにあったのは、提督及び艦娘たちと敵対関係にある深海棲艦の一種『重雷装巡洋艦』、通称『チ級』。その残骸が荷物の裏手にひっそりと隠してあったのだ。

 

 

「バラせ鋼材や弾薬くらいにはなるでしょ。少しは足しになるかしら?」

 

 

 青年は叢雲の言葉を聞いて心底驚いた。艦娘や装備を解体して資材に還元することは可能だと聞いていた。深海棲艦を解体した例は聞いたことはないが『重雷装巡洋艦』と銘打つチ級を解体すれば、いくらか資材を回収できるかもしれない。

 そして、今回の出撃では前回と比べて倍以上の資材を獲得できたと報告も受けている。チ級を解体した際に発生する資材と出撃中に回収した資材。この二つが合わされば、かなりの資材増加が見込めるだろう。

 ここに来て、ようやく青年は叢雲の真意を理解した。昨日叢雲が強引に出撃を迫ってきたのは、出撃中に資材を見つけてくることが目的だったのだと。

 改めて、青年は叢雲の姿を眺める。背中から伸びる連装砲の砲身はおかしな方向へとひしゃげており、すでに武器としての意味を成していない。左手に装備された三連装魚雷発射管は大部分が破損しており、中の構造がむき出しの状態だ。

 潮風に吹かれ、さらりとなびいていた美しい長髪は爆風でぼさぼさに乱れ、服もあちこちが焦げ付いている。

 

 

「な、なによその目。別にアンタのためじゃないわよ!?私がこれからも出撃し続けるためには必要だからと思って回収しただけであって、それ以外の意味なんて無いんだから!」

 

 

 僅かに頬を赤らめた叢雲は早足でその場を去っていった。青年はその後ろ姿を笑顔で見送る。

 そうか、自分もそれなりに期待されてるのか。相棒の気遣いに心を打たれいてもたってもいられなくなった青年は、叢雲が持ち帰ったチ級を解体するために作業員を呼び出そうとした。

 

 

「……!」

 

 

 しかし、そこでタイミングよく正午を知らせるサイレンが鳴り響く。青年は一時行動を中断した。

 昼食前にわざわざ呼び出して仕事をさせるというのも何だか気が引ける。しかし、このまま放置しておけば事情を知らない者に見つかり騒ぎになる可能性もある。

 

 

「よし、自分で運ぼう」

 

 

 青年は近くにあった台車を寄せ、四肢をだらりと垂れ下げたチ級を乗せた。

 騒ぎにならないように上から真っ白なシーツをかぶせた後、青年は全身に力を入れ、ずっしりと重くなった台車を押し出す。

 こういった力仕事を提督自らが行うというのは本来ありえないことだが、青年は今、体を動かしたくて仕方が無かったのだ。

 叢雲があれだけ頑張ってくれたのだから、自分ももっと頑張らないと。やる気に満ち溢れた青年は台車の重さに四苦八苦しながらチ級を解体ドックまで運んだ。

 途中で運よく作業員と出会えれば、と内心期待していた青年ではあったが、作業員どころか誰一人として出会うことなく解体ドックに到着した。

 どこかに作業員が残っていないだろうか。青年は大きな声で呼びかけるが返答は帰ってこない。昼休み中のためか、今解体ドックに作業員はいないようだ。

 となれば、青年のとるべき行動は唯一つ。

 

 

「仕方ない。誰か帰ってくるまで待つか」

 

 

 昼休みを返上する気満々でドックに居座ることを決意した青年は、台車を移動させようと一度台車を止めておいた場所まで戻ることにした。

 しかし、そこで事件が起こった。

 

 

「……チ……」

「っ!!!?!?!?!!?」

 

 

 なんと、先ほどまでぴくりとも動かなかったチ級が、台車から降りてズルズルと地面を這い回っていたのだ。ボロボロの状態と、深海棲艦ならではのミステリアスな姿が相まって、今のチ級はさながら井戸から這い出てきた某呪いのビデオの人ようだ。

 叢雲が何事も無く持ち帰ってきたから、このチ級は完全に機能を停止している。そう思っていた青年だったが、それは大きな間違いだ。

 確かにチ級は叢雲の攻撃を受けて戦闘不能状態まで追いやられた。しかし、それは轟沈寸前の大破状態であって、完全にやられたわけではなかったのだ。通常、轟沈すればその身はすぐに海へと沈み回収不能となる。が、叢雲はチ級が海へと沈む前に回収してきた。

 逆に言えば、それはまだかろうじて艦艇としての機能を維持していたチ級が生きていた証なのだ。そして時間経過により、わずかばかり回復したチ級は再び行動を開始したのである。

 チ級はゆっくりと青年に近寄る。チ級の姿を見た青年は腰を抜かし、未だにその場から動けずにいた。何とか立ち上がろうと必死に足を動かすが、パニックに陥った青年の体は思うように動かない。某呪いのビデオの人と同等の容姿で這い寄られれて平常心を保てる人間などいるわけがない。

 すでにチ級は青年の目前まで迫っている。最悪の結末が青年の頭をよぎる。恐怖に耐え切れなくなったのか、青年はぎゅっと瞼を閉じた。

 

 

「…………?」

 

 

 しかし、青年が襲われることは無かった。

 何も起こらないことに疑問を感じた青年は、閉じていた瞼をゆっくりと開けた。そこには未だにチ級の姿がある。しかし、先ほどとは明らかに違う光景が広がっていた。

 

 

「ンゥ……モグモグ……」

 

 

 チ級がを口に含んでいた『何か』を飲み込んだ。その後、すぐに顔を地面に近づけ口から舌を出して必死に『何か』を口に含もうとしている。

 

 

「あれは……鋼材?」

 

 

 チ級の目の前に落ちていたのは、小さな鋼材だった。

 先にも述べたとおり、艦娘や装備を解体すると僅かではあるが資材が発生する。今チ級が食べているのは、いらない装備を破棄した際に発生した資材が、作業員も知らないうちに『偶然』落ちたものだった。

 僅かばかり冷静さを取り戻した青年は、ゆっくりと立ち上がり改めて状況を確認した。チ級は目の前の鋼材に夢中で青年は眼中に無い。しかし、それはあくまで『今』だけであって、あれを食べ終えた後はどうするだろう。

 もしかしたら、危害を加えてくる可能性だってある。何とかするなら今のうちだ。青年は結論を出した。

 

 

「……時間を稼ごう」

 

 

 頼みの綱である叢雲は入渠中でチ級に立ち向かう手立てが無い。ならば、入渠が終わるまで時間を稼げばいい。時間にして約二、三十分。それまでの間、チ級に行動を起こさせないようにすればいい。その手段はすでにチ級自身が披露している。

 青年は解体ドックに隣接する資材倉庫へ全速力で向かい、そして、残り僅かとなったなけなしの鋼材を軍服のポケット全てにありったけ詰め込んだ。

 再び全速力で解体ドックへと戻った青年。息を切らしながら、まだチ級がその場にいることを確認した青年は忍び足でチ級へと近づき、ポケットから鋼材を一つ掴んでチ級へと放り投げた。

 鋼材はことん、と音をたてて地面に落ちた。その音に反応したチ級は音のしたほうへと顔を向けた。

 

 

「……チ……」

 

 

 チ級はゆっくりと地面を這いずり、青年が投げた鋼材をねっとりとした舌で絡めて口に含む。そしてこり、こり、と鋼材を噛み砕き、ごくりと音をたてて飲み込んだ。

 それを見計らって、青年は再び鋼材を放り投げる。そしてチ級も再びその鋼材を口へと含み噛み砕く。

 今のやり取りが少し楽しくなってきたのか、青年は調子に乗って一歩近づいてみた。チ級は青年のほうへと顔を向けるが、それ以外は特に動きを見せない。

 

 そして、再び鋼材のやり取りが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、提督ってばどこに行ったのかしら」

 

 

 入渠してから約二十分、修理を終えた叢雲は自身の提督である青年を探していた。

 入渠中に聞こえたサイレンからして今は食堂にいるだろうと予想した叢雲だったが、食堂に青年の姿は無かった。だとすれば司令室だろうか?叢雲は司令室へと足を向ける、たどり着いた司令室は無人。

 食堂にいなければ司令室にもいない。ならば提督はどこへ行ってしまったのだろうか。そこで叢雲の頭をよぎったのは、入渠前に見せたあの場所だった。叢雲は入渠ドックへと向かいチ級を隠しておいた場所を確認するが、そこにはチ級の姿はない。

 おそらく、提督が指示を出して作業員に引き渡したのだろう。もしかしたら、解体ドックで解体作業を見ているのかもしれない。そう考えた叢雲は身を翻し解体ドックへと向かう。

 道中、叢雲はドックにいると思われる青年のリアクションを想像した。深海棲艦からどれだけ資材が取れるかは未知数だ。もしかしたら何も取得できないかもしれない。でも、逆に大量の資材が手に入る可能性だってある。叢雲個艦(個人)としては是非後者の方であって欲しいと思っていた。そうすれば、提督の喜ぶ顔が見れるのだから。

 

 

「って、何考えてるのよ私は!別にそんなことのために獲ってきたわけじゃないでしょうが!」

 

 

 少し恥ずかしい想像をしてしまった叢雲はぶんぶんと頭を振り自身の思考をリセットした。

 そうこうしている間に解体ドックへと到着した叢雲。今度こそ青年は見つかるだろうか?少し期待しながら、叢雲は解体ドック入り口の扉を開けた。

 

 

「ほーら、今度の鋼材は大きいぞー」

「チ……」

 

 

 自分の想像の斜め上を行くおかしな光景に、叢雲の思考は停止する。 

 叢雲が見たのは自分たちの敵である深海棲艦を餌付けしている青年の姿だった。しばらくしてハッ、と我に返った叢雲は慌てて青年の元へと駆け寄った。

 

 

「ちょっとアンタ!何やってんのよ!?」

「おぉ叢雲。見ろよ、こいつ鋼材に目がないみたいだぞ」

「どうでもいいわよそんな情報!ていうか、そいつはアタシが狩ってきた奴よね!?何で生きてるのよ!」

「さあ?俺が見つけたときにはもう動いてたんだけど」

 

 

 場は混沌に包まれた。

 何故このような危険行為を行っているのかと厳しく攻め立てる叢雲。叢雲に攻め立てられ顔を真っ青にしているが、右手にはちゃっかり鋼材を握っている青年。そして、その鋼材を必死に取ろうと首を右往左往させるチ級。十人が見れば、十人が近寄りたくないと答えるであろう異様な光景だ。

 

 この異様な三すくみは、昼食を終えた作業員たちがドックに戻るまで続けられた。

 




次回・・・類は友を呼ぶ

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