船久保浩子はかく語りき   作:箱女

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十二

―――――

 

 

 

 誰かが、三尋木咏は燃え盛る火炎の花だ、と評した。

 

 嫣然としたつかみどころのない笑みは見るものを否応なしに惹きつける。ひらひらと舞う彼女の袖や扇はまるで蝶のように見える。彼女が卓に着くと同時にそこは彼女だけのステージに変わる。誰も三尋木咏から目が離せなくなるのだ。腕を伸ばして山から牌を自摸る動作も、自分の手牌にわずかな間だけ目を配る仕草も、ぱん、と弾けるように扇を開くその様も、一挙手一投足に観客たちは魅入られる。その打ち筋は炎のように自由に揺らめき、不用意に近づいた者を焼き尽くす。誰も手を触れてはいけない、灼熱の美しい花。

 

 浩子も何度となく三尋木咏の闘牌をテレビで観てきたが、そのたびにただ感嘆の声を洩らすだけだった。他の選手が同じ打ち回しをしたところで何も思わないのだろうが、彼女が打つだけでそれは華麗なものへと姿を変える。そうやってテレビの前の観客さえも巻き込んで、三尋木咏は力を証明する。前シーズン、所属する横浜ロードスターズの優勝を決めたあの試合がいまだに語り草となっているのは故のないことではない。

 

 

 「こないだ戒能ちゃんがえっらいキミのこと褒めてたぜ?船久保ちゃん」

 

 「え、戒能プロがですか」

 

 「そーそー。どっかの大会の解説やったときに見かけて、いたく気に入ったんだってさ」

 

 個室を予約しているという雀荘へと向かう最中、咏は心から楽しそうに話しかける。浩子からすればプロに気に入ってもらえるというのは御の字なのだが、面識がないためどう答えていいのかわからない。ただ悪い気はしなかったので、それは嬉しい、と素直に返事をしておいた。

 

 「戒能ちゃんが気に入った打ち筋ってのもそうだけどさ、これどういう集まりなの?」

 

 「なあに、ちょっと預かってるってだけの話さ」

 

 「私は、ええと……。助手?」

 

 「なんだい赤木。お前ちょっと見ない間に冗談なんて言えるようになったの?」

 

 「そんなつもりはねえんだけどな……」

 

 「おいおいおいおい、お前そんなキャラじゃないだろ?いや知らんけど」

 

 「クク、まったくどいつもこいつもよ……」

 

 目を丸くして咏は健夜に視線を投げる。赤木と咏がどんな付き合いをしているのかなど浩子にはまったくわからないが、それでもこの反応は納得のようだ。視線を投げられた健夜は健夜で苦笑いを返すしかない。赤木が浩子を連れているのは事実の上に、自分もそれについてきているというのも否定しようのない事実である。健夜の表情を見た咏は目を伏せてため息をつく。

 

 「……さすがに女子高生の連れまわしはまずいんじゃね?」

 

 

 単純にこの二人に麻雀の手ほどきを受けているのだ、と浩子が説明すると、咏の表情がまたもや驚いたものへと変わる。それぞれの顔を順に見比べて、ううむ、と唸る。悩むのも仕方のないことだろう。赤木と健夜はまだしも、船久保浩子という少女はそのどちらとも接点がない。接点の意味を無意味なほどに広義にしてしまえば麻雀という括りがないわけではないが、いくらなんでもそれでは説明にならない。赤木について考えることこそが無意味だと咏が思い出すのはもう少しあとのことだった。

 

 咏が予約したという雀荘は、事前に知らなければそこに雀荘があることなど確実にわからないであろう高層ビルの中にあった。完全会員制だというこの店はすべてが個室となっており、内装にもこだわりが見てとれる。室内には本来ならば雀卓と似つかわしくないようなソファが置いてあったりして、たとえば偉い人が内密に話をするならこういうところなのかな、と浩子がそんな感想を抱くような空間だった。もちろん広さも十分に備えられている。咏が言うには、ここは欠けを埋めてくれる店員の質がいいらしい。

 

 室内には冷蔵庫どころかワインセラーまで設置されていた。もちろん浩子にはワインの知識などまったくないが、どこか高級そうな印象を受けた。おそらく自力でこんな場所に来ることはないだろうと考えた浩子は興味深そうに室内を見回す。年会費はどれくらいなのだろうか。

 

 「お、船久保ちゃん。気に入ってくれたかい?」

 

 口元を扇で隠してけらけらと笑う。自然な振る舞いであるにもかかわらず、それはとても洗練された仕草に見えて浩子は思わず、ほう、と見惚れる。こういう人はその気にならなくても男に不自由することなどないのだろうな、と若干失礼なことを思う。

 

 ぱちん、と音を立てて扇を閉じてソファへ身を投げる。まるで彼女のためにあつらえられたかのような高さの肘掛に肘を置き、手のひらの末端に顎を乗せる。口の端が徐々に吊り上げられていき、目には好奇心の炎が宿ったように見える。彼女の口が言葉を出すために形を変えていく。

 

 「さて、赤木。今日のサシウマはなんなのさ」

 

 「俺が勝ったらひろと打ってやってくれ」

 

 空いた手に持った扇で自分の額をぱしっと軽くたたく。

 

 「……ま、お前がギャグじゃねーってんならそれもいいさ」

 

 咏は赤木の目を見ると、頬杖を外して人指し指と中指をくっつけて伸ばし、手首を軽く振ると同時にウインクをしてみせた。赤木はまあいいさ、と何かを承服したようだった。浩子は久しぶりに自分の頭の上で自分に関わる話をされる体験をしていた。どうにもむずがゆく感じるのは変わらないようだ。

 

 

―――――

 

 

 

 店員を二人呼び、全力で打つように言付けてから席決めが始まった。麻雀を打つにあたって席次第で調子が変わるなどという人もいるようだが、そんなジンクスレベルでああだこうだと言う人間はこの空間には存在していなかった。その気になれば世界の麻雀の勢力図を塗り替えられる面々である。これまでに何度も何度も思ったことだが、自分を取り巻く状況は異常だ、と浩子はあらためて思う。とうとう現役日本最強の呼び声高い選手まで来てしまった。だがそれでも浩子のやることは変わらない。相手があの三尋木咏でもほぼ間違いなく赤木しげるは勝つだろう。となれば、次に浩子が彼女と相対するのは当然で、そこで浩子は赤木から出された課題を達成しなければならない。一度でいいから三尋木咏から和了らねばならない。そのためには情報が要る。彼女の思考の流れをつかみ取る必要がある。だから浩子は目の前で行われる対局を見逃すわけにはいかなかった。

 

 半荘一回をまるまる見ることに費やせるということで、浩子は咏の背後に回ることを選ばなかった。課題の達成も大事だが、実戦で分析能力を鍛え上げるという意味において、現役のそれもトッププロなどこれ以上の相手はいない。だから浩子はこの場をインハイの団体と考えて、二つの半荘のうちの前半一つをすべて使うと考え直すことにした。隣にはいつの間にか上品なサイズのクッキーを手にした健夜がにこにこしながら立っていた。

 

 

 場の空気が急速に引き絞られていくような感覚が浩子を襲う。暖房の利いた室内で卓についているのは、ライダースジャケットを脱いでシャツを肘までまくり上げた赤木、橙色と桃色の中間のような色合いの生地に上品な花がその袖口と裾に刺繍された着物姿の咏、あとは店から出してもらった打ち子が二人である。からからとサイコロが回って、崩される山の位置が決定される。

 

 浩子の情報収集の最序盤は、ただただつなげることのできそうな素材を集めることだけに費やされる。ほんの小さな違和感だとか、言いがかりに近いようなものでも頭に留めておく。牌を捨てるときのモーションすらも対象の手が開いたときには情報源となる。その捨牌が自摸切りだったか手出しだったかは当然として、その順序と最終形の関係性、果ては指の力の入り具合までもが観察されるべきものとして浩子は認識している。そう簡単にあの三尋木咏がそういった情報を漏らすはずはないと思ってはいたが、だからこそ浩子は見ることに力を注ごうと決断した。

 

 あくまでテレビで観た限りでの咏に対する浩子の印象は、超攻撃的、という言葉に集約される。とはいえ詳細に牌譜を研究したことがあるわけではない。千里山での部活も他校の分析でかなり忙しかったし、今ほどではないが自分自身のトレーニングもあって、プロの牌譜を研究するような時間がなかったのだ。

 

 

 ひどく静かに局は進んでいく。淀みはないが、その代わりに注目するべき山場もない。対面に座った赤木と咏はにらみ合うでもなく、自然と向かい合っている。打ち子の二人は暖房のせいではないだろう汗を額に光らせている。あたかもこの一局は自身の調子を確かめるためのものだと言わんばかりに、動きを見せることなく二人は手を進める。東一局は誰も聴牌を宣言することなく終局した。

 

 まだ得られた情報は何もない。浩子にとっての通例からしても東一局から得られる情報は決して多いものではない。事前にある程度の情報を手に入れているのならまだしも、今日の相手はそういう目で見るのは初めての相手だ。だから何も得られていないこと自体は本来ならば焦るような事柄ではないはずなのだが、どこかイヤな気配を浩子は感じていた。具体的に説明しろ、と言われれば困る程度の気配。だがどうしてか呼吸をきちんと意識しなければならないような、漠然とした不安感。浩子はデータを頼りにこそしてきたが、ときおり感じるこういった説明できない何かを軽視はしない。事実、そういった何かが自身を救ったことも少なくなかった。だからこそ余計にその気配が浩子のなかで存在感を増す。

 

 じわり、と汗がにじむ。室内の空調は暑くなりすぎないように調整されており、はしゃぎでもしない限りは汗をかくことはない。ならば原因は当然他にあって、それは目の前で展開されている麻雀に違いなかった。東二局はたったの四巡で咏が5200を自摸和了ってみせた。手牌を開いて卓の中央へと牌を流し込むその一瞬、咏は浩子にぱちん、と音の出そうなウインクを送ってみせる。それは人によっては一撃で恋に落ちかねないようなものだったが、浩子はそれの意味するところを理解したような気がした。キミにわかるようには打ってあげない、とそう言っているのだ。少なくとも浩子は四巡目での自摸和了りから分析できるような技術も経験もない。

 

 ( ……戒能プロから聞いたんやろな。会うたことないけど恨みますわ )

 

 内心で毒づいてはみるものの、そうしたところで状況は変わらない。ただ、咏の今のアクションは浩子にとっては大きな材料だった。分析をされると知って、見せつけるかのような早和了りと挑発。なにも打ち筋だけがアプローチなわけではない。その態度は後のどこかの場面で顔をのぞかせるはずだ。それが今日だとは限らないが。

 

 

 場の緊張が高まる。咏の和了りはひとつの号砲だ。死に物狂いで来なければ骨も残してやらないぞ、と半ば警告に近いスタートの合図だ。彼女の表情には先ほどまでに見られたかわいらしさなど微塵も見られない。テレビの向こうの、なにかを含んだ艶のある笑みに変わっている。

 

 親番が咏へと移る。統計など見るまでもない。この局は間違いなく大きなポイントになる。赤木が箱を割ることなど考えにくいが、打ち子たちはさすがにそうはいかないだろう。もし彼らのどちらかが焼かれてしまえば、そこで順位は決定する。赤木の二位ですら見える状況なのだ。浩子たち高校生のあいだで “怖い親番” といえばあの宮永照だが、彼女も三尋木咏の前では霞む。彼女には打点に縛りなどないのだから。

 

 転じて赤木がこの局でケアしなければならないのは、第一に打ち子たちを飛ばさせないこと。第二に咏をリズムに乗せないこと。これは連荘を止めることが望ましい。少なくとものびのびと打たせて自摸和了り、なんてことは避けなければいけない。もちろん咏は論理的な思考力も持ち合わせてはいるが、持ち味としてはやはりその嗅覚といってもいいくらいの感性を活かした打ち筋である。それは乗せてしまえば理不尽と表現するしかないほどの引きを見せる。オカルトなど遠くに置き去りにした、純粋な天運。

 

 三巡目に赤木が動きを見せる。上家から出た二索を鳴いて一索と三索を晒す。外から見れば手がかなり限定される鳴きだ。染め手やチャンタ手、あるいは役牌でも抱えていなければ和了に向かうのは難しいだろう。咏の笑みが深まる。待ちかねていたかのような表情だ。浩子からすると赤木の仕掛けなど関わりたくないレベルのものだが、咏の雰囲気からはどうもそういったものは読み取れない。少年マンガなどで見るような、“……お前、やるな” みたいな心の交流でもあるのだろうか。

 

 赤木の鳴きは不思議だ。例外は多々あれど、鳴きというものは本来であれば自分に利するような仕掛けである。手を晒す代わりに速度を得る。守備面との折り合いがうまくつけられなければ、振り込んでしまう場面も多くみられる。例外的なものの代表格といえば、自摸順をずらすことによる流れの操作だろうか。実際に浩子も鳴かれたことでそれまで調子のよかった自摸が途端に悪くなったりした経験もあるので、一概に否定はできない。それはそれとして、赤木の鳴きはまた別の効能を持っている。一鳴きで人を操るのだ。もちろんこれは怪しげな能力の類ではなく、きちんと論理に裏打ちされた技術のひとつである。浩子が身に付けた分析能力の延長線上にあるものであって、相手の本質を見抜いているからこそできる芸当なのだという。

 

 それに応じたのかどうなのか、咏の手が止まる。引いた牌を手牌の上に横に置いてじっと見つめている。浩子はインハイ後に赤木と初めて打ったときのことを思い出す。自分もああやって手を止めてじっくり考えたな、と。考えるまでもなく浩子と咏のあいだには厳然たる実力の差はあるが、それでも自分と似た状況にいる咏に浩子はちょっとだけ親近感を覚えた。

 

 浩子の経験則からすると、この赤木の鳴きに対してどう出るかがひとつの分かれ目だった。ここで赤木の思うとおりに動いてしまえば、あとは蝶が蜘蛛の巣にからめとられるがごとく身動きが取れなくなる。おそらく咏も同じ体験をしたことがあるのだろう。だからこそここで長考に入る。あるいはこうやって考え込むこと自体が罠なのかもしれないが、それは赤木以外にはわからないことだった。

 

 

 「……自摸のみ。500オール」

 

 安くなっちまったねぃ、と笑いながら咏が和了りを宣言する。おそらく発言通りに彼女の想定していた手からは遠く離れた最終形になってしまったのだろう。開けられた牌姿を見れば、途中から裏目裏目に手が進行していたことが見てとれる。それでも和了ってみせるあたりはさすがといったところか。しかしいくら安手で済んだとはいえ、今この場において重要なことは彼女の親番が続行されていることだ。たった一度手を曲げたくらいで勢いが死んでしまうほど三尋木咏は甘くない。

 

 一方で浩子はここぞ好機と言わんばかりに今の局を振り返る。直前の局を脳内で再生することなど朝飯前だ。捨牌と最終形から咏の手格好を導き、他家の捨牌とすり合わせ、持ちうる思考のパターンをいくつか列挙する。先ほどの挑発も考慮に入れて、できるだけ、だがやりすぎない程度に候補を絞っていく。

 

 

 東三局、一本場。咏の手は淀みなく動き、未だ主導権はここにあると主張するかのように自摸は手の中へと吸い込まれていく。誰が悪いというのではない。咏の手が滑らかに進み当たり前のように翻数が上がっていくのは、季節が来れば花が咲くように自然なことだった。このままではいけない、と打ち子が赤木から出た七萬を鳴く。浩子は打ち子の二人に感心する。要請を受けたとはいえ、相手は麻雀に携わる者なら誰でも知っている超一流のプロと、そのプロが払い得る限りの注意を払う男だ。打ち始めてそれほど経っているわけではないが、すでにそのつかみどころのなさに気づいていてもおかしくないだろう。そんな環境の中でいつも通りに打つというのはなかなか簡単なことではない。咏がその質を評価しているというのも頷ける。

 

 しかし、流れを変える目的もあった打ち子の鳴きは咏の手を遅らせることにさえつながらない。このまま咏が悠々と手を伸ばしていくかと思われた。現に彼女の手にはすでにドラを含んだ二三四の三色同順が出来上がっている。あとは雀頭を決めて黙聴で仕上げだ。咏は不要牌を決めて河へと放つ。河の底の澱が、ぶわりと広がったような気がした。

 

 「そいつは槓だな」

 

 赤木は三枚の七索を手から晒し、嶺上牌を引いて九索を捨てる。ついで槓ドラをめくる。新ドラの表示牌は西。あまり役に立ちそうには見えない。すでに河に北は二枚見えている。誰の目から見ても不可解な槓だった。門前手からの大明槓などほぼデメリットしかない悪手であり、実戦で見かけることなどまずない。だからこそその場にいる全員が察知する。あの男が何かを仕掛けたのだ、と。意図こそ見えないが、その異常に対して注意を払わないほうが麻雀打ちとして欠落していると言わんばかりに。

 

 咏は笑みを崩さない。たとえこの対局で誰が何を仕掛けてきてもその不敵な表情は崩れないのではないか、と思わせる。やはり知っているのだ。対局中に精神的動揺が顔に出ることが致命的な情報源になるということを。まさか赤木や健夜レベルの使い手がごろごろいるとも思えないが、表情から読み取るくらいのことは誰でもできる。仕掛けに対して反応を見せることなど相手につけ込むチャンスを教えてやることと同義であって、そこに気を配れないようでは到底トッププロという領域にはたどり着けないのだろう。

 

 それは三尋木咏と船久保浩子の対比というよりは、プロと高校生の違いをまざまざと見せつけられているような感覚だった。淀みなく手を伸ばしている最中に鳴きが入れば、多くの高校生は渋い表情をするだろう。もしその鳴きで明らかに流れが変化すれば、ほとんどの高校生は眉をひそめるだろう。もしその鳴きが自分を狙ったものだと察知すればすべての高校生の表情に変化が見られるだろう。だが彼女はその全てを踏まえて、なお表情を変えずに嫣然としている。浩子は嘆息せざるを得なかった。赤木が打ち子のひとりの安手に差し込んで親が流されても、その笑みは変わらなかった。

 

 

 ( ……あの二人とおんなじや。とっかかりから掴めん )

 

 南三局を終えて、浩子は何ひとつとしてはっきりした情報を掴んではいなかった。当然のように理牌は局ごとに散らされるため、咏の手が開けられない限りはどのようなものなのか正確なところは知ることができない。外から眺めていると実験的な打ち回しもできないため、必然的に得られる情報量も減ってしまうのだ。和了った局も極めてシンプルな手順であり、彼女の個性が発揮されているとは言えそうにないものだった。あの挑発的な視線以外にこれが三尋木咏だ、と言えるような要素は出てきていない。

 

 「ひろ、そろそろ準備しときな」

 

 これからオーラスに向かうにあたって赤木が声をかける。

 

 「おいおい待ちなよ。一応こっちがリードしてるんだぜぃ?」

 

 「クク……、なに、いらねえ心配さ。逃がしゃしねえよ」

 

 浩子はため息をつく。麻雀を打つのにとくに準備が必要ないこともそうだが、なにより赤木による勝利宣言ともとれる発言を素直に受け取った自分に気付いたからだ。たとえ今、咏と赤木の間に8000以上の差が開いているとしてもだ。ほとんど毒されているな、と思う。そういう期待を寄せられるということがどういうことなのか浩子にはいまひとつ想像が及ばない。だが単純に、それはしんどそうだな、とそう思った。

 

 

 

 

 

 


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