IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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偽一夏編 11~18

 

 

 

 

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 11

 

 

 

 

 

 

 千冬さんの膝枕でごろごろしていた俺は、ふとあることを思い出す。初対面の時に色々やらかしてくれやがったから一度も呼んだことは無いが、そう言えば猫座の生徒会長・たっちゃんこと楯無は普通に呼ぼうとすれば呼べたことを。

 本人曰く『楯無って言うのは当主に代々受け継がれる名前』って言う話だったから気にしてなかったが、俺は今までたっちゃんの本名を聞いたことがない。例え聞いていたとしても呼ぼうともしなかっただろうけど。

 

 ……ただ、こっちのラウラが呼んでいた『化け猫』って渾名は割と秀逸だったように思える。悪戯好きで人を食ったような性格をしていて頭がよくて実力もある。まさに妖怪変化。

 そしてたっちゃんの猫っぽさを表現しつつ妖怪らしく呼ぶなら……やっぱり『化け猫』だろう。

『猫又』でもいいかもしれないが、『猫又』と言うのは実は人間に益を与えることも多い妖怪だ。むしろ益を与えることの方が多いと言ってもいい。

 しかしたっちゃんはどちらかと言うと益よりも面倒事や厄介事を押し付けてくるイメージの方が強いので、やはり人に害を与える話が多い『化け猫』と言う渾名が合っているだろう。

 ……本人は嫌がるだろうけど。

 

「あら、起きたのね百秋君」

「……オハヨウゴザイマス」

「……私ってまだ嫌われてる?」

「割と」

「……うん、憎まれてる状態からは一歩前進ね」

 

 たっちゃんは前向きにそう言ったが、俺は見た。たっちゃんの瞳に一瞬悲しげな光が浮かんでいた瞬間があったことを。

 ……どうやらGTO(グレート・唐変木・織斑)はついに猫座の生徒会長・更識楯無にまでフラグを建ててしまったらしい。まったく、かんちゃんはともかくとしてたっちゃんは間違いなく面倒な女だろうに、よくもまあこんなに節操無くフラグを建て続けることができるもんだよ。ある意味尊敬するね。

 尊敬したからと言ってそれに憧れたりすると言うのは別の話だが、少なくとも俺はそこまで節操無くフラグ建設に勤しむことはできそうにない。あの鈍感さや図太さ、神経の太さ、空気の読めなさは一部……ごくごく一部だけ真似るべき所もあるが、大体は真似たら人生が終了しかねない。そして俺は少なくともまだ死ぬ気はないし死にたくもない。

 

 ……と、そんな話はどこか適当なところに置いておくとして……俺はそろそろ千冬さんの膝から起き上がる。その時に持ってきていたらしい弁当箱をひょいと預かり、ISの拡張領域の中にしまうときのような光を見せつつその存在そのものを消す。千の顔を持つ英雄は本当に便利だ。必要な時に必要なだけ出して、必要がなくなれば消してしまえば場所を取ることもない。

 それに武器として使えればおよそなんでも出すことができるのだから、それが本来食材であろうがなんだろうが関係無しと言う辺りも素晴らしい。

 

「それじゃあ俺は弁当箱を洗ってくるよ。調理室あたりに居ると思うから、用事ができたら呼びに来てね」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 それだけ言い残した俺はさっさと弁当を作った調理室に向かう。別に何か嫌な予感がしたとかそういったことはないんだが、ちょっと寒気がした。なんと言うか……あれだ、昔ちー姉さんに連れていかれた服屋であった着せ替え事件。そんな感じの事が起きそうな感覚がある。

 嫌ではないんだが巻き込まれたら時間が取られるし面倒だし、ついでに言えば喧しい。流石にふと殴ってしまうようなことは無いだろうが、それでも若干不安だ。今でもあまりに理不尽なことを言われたりしたらついぶん殴っちゃったりするし、殺されそうになったりしたら逆に殺しちゃったりもするかもしれない。どうも最近箍が外れやすくて困る。昔はもう少し優しかった筈なんだがなぁ……。

 

 ……別にいいか。敵対者に対する情けは無い方がいいらしいし、束姉さんからしてみれば俺はまだ甘い方らしいし。

 だけど束姉さんから見て普通の厳しさってのがどれだけのもなのかって言うのには少し興味がある。どのくらいまでが甘くてどのくらいからが普通で、その間にはいったい何があるのか。何をもってして甘いとして、何をもってして普通とするのか。束姉さんの思考回路や価値観は、いまだによくわからない。

 束姉さんには束姉さんなりのしっかりした価値観があって、その行動の全てになんらかの繋がりと一貫性があって、その思考は常に実験と好きなものに向いている。そこまではわかってるし、およその方向性も十五年以上の付き合いで一応わかってはきた。

 だけどいまだに束姉さんの全てわかったわけではないし、恐らく束姉さんも俺の事を全て理解している訳じゃないはずだ。

 その理解の齟齬を埋めるために人は人との繋がりを求める、ってのはどこかで誰かが言っていた台詞。どこの誰かは忘れたし、いつ聞いたのかも思いだそうとする気も無いが……たぶんそれなりの人間に当てはまるんだろう。俺にはよくわからないが、多分当てはまるはず。

 それがもしも束姉さんに当てはまるなら、束姉さんはもしかしたら寂しいだけなのかもしれない。

 自分に匹敵し得る能力を持つのはちー姉さんだけ。俺とののちゃんは束姉さんとちー姉さんとおなじような血を引いて生まれてきているわけだから、もしかしたらと期待していたのかもしれない。

 そしてののちゃんは恐らくある程度束姉さんの求めるだけの能力を示して見せたんだろう。同時に、鈴やシャル、セシリー、ラルちゃん、かんちゃん、弾、蘭ちゃん、カズなんかも一部は認められていたはずだ。そうでなければあの束姉さんが他人の名前を覚えるとは思えないし。

 

 ちなみに順番に、『箒ちゃん』、『りっちゃん』、『シャーちゃん』、『せっちゃん』、『らーちゃん』、『かんちゃん』、『だっくん』、『らっちー』、『かーくん』と呼んでいた。

 カズは「なんか俺カーバンクルみたいな名前で覚えられてね?」とか言っていたが、覚えて貰えているだけで十分すぎるくらいに珍しいことなんだと知ったら文句は言わなくなった。ただ、未だにその名前で呼ばれる度に微妙そうな顔をするが、昔の俺からの呼び名に比べれば大したことはないと割り切ることにしたそうだ。

 

 ……『カーズ』って渾名は駄目かね? 割といい渾名だと思うんだが……カズは全力で拒絶したっけ。理由は……そんな名前のキャラクターが知ってる漫画の敵役として出てきて悲惨な最期を迎えるからとか言っていたか。その時にカズに見せてもらったのが『ジョジョの奇妙な冒険』だ。

 

 ……確かにあの終わり方は嫌だな。と言うか全体的に台詞が痛々しすぎる。勝てばよかろうなのだァっ!とか……負けちゃった奴が言っていい台詞じゃないよな。カーズファンには悪いけど。

 

 ……お、ついたついた調理室。それじゃあ洗う筈だった弁当箱は消滅したし、新しく簡単なデザートでも作ってみるかね。

 

 

 

 

 

 

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 12

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 じっ……と、俺の事を見つめる目がある。その瞳は期待に輝き、俺の行動を今か今かと待ちわびていた。

 そんな視線に耐えきれないわけでもないが、別に俺がこれを実行したところでどうと言うこともなく、また俺や他人に害があるわけでもないので……俺は求められた言葉を相手に向けて囁いた。

 勿論、ただ囁くだけではない。相手の頬を両手で優しく包み込み、ゆるりと優しい笑みを浮かべ、そしてゆっくりとその相手の耳元に唇を近付けた上で、聞こえないほど小さくなく、また五月蝿いほど大きくもなく。何故かかなり繊細な制御を求められつつそれを全て叶えた俺は、たった一文だけを囁いた。

 

「『……愛しているよ。俺の可愛いシャルロット』」

「くっはー!!」

 

 瞬間、規制されそうな程の奇声を上げつつシャルは鼻血を噴いて後ろに仰け反った。辺りに真っ赤な染みが広がるが、誰もそれを気にする者はいない。それどころか、次は自分だと競うようにして俺の前に並んでいる。

 

「うむ、台詞とシチュエーションは考えてきたか? あまり酷いものでなければ採用しよう」

 

 そして何故かその列を整理しているのはラルちゃんで、名前と希望したシチュエーションが書かれた紙を受け取ってはじっくりとその内容を吟味している。

 その間に俺は一人ずつ待たされている相手の希望するシチュエーションを読み込んで相手の呼び方を固定し、そしてその通りに行動していく。

 

 ちなみにこの状況の発起人は鈴で、調理室でデザートを作っていた俺を見て『お願い』をしてきたのがその始まり。鈴の望んだシチュエーションは、鈴と原作一夏が結婚してやっている料理店の一場面。朝の仕込みの時にエプロン姿の鈴を抱き締めて、耳元で愛を囁く……と言った感じの物だった。

 ただ、自分で望んでいた癖に予想外の威力を出されたらしく、さっきのシャルと同じように鼻血を噴いてぶっ倒れてしまった。それを見ていたセシリーが恐る恐ると自分にもやってほしいと『お願い』してきて、俺が了承して……ということの繰り返し。現在の被害者は、鈴、セシリー、ののちゃん、シャル、見知らぬ数人の女の子、あと覗いていただけで真っ赤になって倒れた真耶先生。ラルちゃんはラルちゃんで後で予約が入っているが、膝枕で耳掃除をしてほしいと言う内容の物だったのでとりあえず了承済みだ。

 なんで耳掃除がいいのかと聞いてみたが、ラルちゃん曰く『優秀な副官からのすすめ』らしい。日本での定番いちゃいちゃ方法だと言っていたが……まあ、その辺りは俺がどうこう言うようなことではないだろう。『パパならお願いすればやってくれると思うよ』とか、確実に恥ずかしがったラルちゃんに怒られるパターンだろうし。

 

 ちなみにこうやって色々やることの代金は、俺に食事を一皿奢ること。そう言ったら大量に人が並び始めたので、ラルちゃんが気を効かせて列整理をしてくれることになった……と言うわけだ。そのためラルちゃんの場合はこの列整理が代金の代わりとなっている。

 なお、最後尾の人はしっかりと『最後尾』と書かれたプラカード(千の顔を持つ英雄製、ISのブレードと打ち合って傷が入らないくらいの硬度とペコペコとしならせてもすぐに元に戻るほどの強度を併せ持つ)を持って行儀よく並んでいる。

 

「……(わくわく)」

 

 ……なんか列の途中に変なものが見えた。具体的には凄くわくわくしてる感じの生徒会長が見えた。この人は……俺が一夏じゃないとわかっているだろうに。

 

「……(わくわく)」

 

 …………かんちゃんもいたよ……どうなってるんだよこの姉妹は……しかも姉に負けないほどわくわくしてる上に姉よりも前の方にいるし……。

 

 ……まあ、いいか。考えるのも面倒だ。ここはとりあえずお仕事に専念しよう。

 えっと……上はワイシャツだけでベッドに腰かけて脚を組み、片手でネクタイを引っ張るようにして緩めてちょい悪っぽく……

 

「来いよ、百秋……無茶苦茶に、してやるぜ?」

「キャーーー!!イイ!今のイイ!さいっこう!うぇあっふぉい!」

 

 ああ、シチュエーションの紙を見たときからそうだろうとは思っていたが、やっぱり腐ってる方か。俺は一応そっちの方には理解があるが、知りもしない相手と勝手に絡ませられるのはちょっとなぁ……。

 ……って言うか、並んでいる人の四半数が鼻から真っ赤な液体を噴き出して七転八倒してるんだが。健康状態が若干心配です。腐女子の人々は頑丈だから大丈夫だと思うけど。ちー姉さんのお仕置きにもめげずに腐った妄想を世に送り出し続けた猛者だって居たしな。

 例えトラウマを刻み付けられても、例え人間から『かつて人間と呼ばれていた蛋白質と脂質と水とほんの少しのその他の物質の集まり』にまで格下げされるほどの折檻を受けても、ペンを持つだけでそのペンを喉に突き刺して自殺したくなる衝動に襲われるほどの恐怖に襲われるようになってしまったとしても……絶対に諦めようとはしなかった彼女たち。彼女たちはきっと今も、自分達の溢れる情熱をペンに乗せて妄想を垂れ流しているのだろう。

 

 ……ほんと、どうにかしてくれないかと心底思っているのだが、ちー姉さんでも無理だったものをどうにかしようとするのなら相手の精神を完全に崩壊させるくらいはやらないといけなくなるから実際やるとなると本格的に面倒臭いからやりたくない。できれば数年後にでも黒歴史として思い出して悶えてくれたりしてくれれば嬉しい。そして二度と腐った思考を外に出さないでくれればなおいい。

 まあ、現状から考えれば難しいと言わざるを得ないけどな。せめて内々で完結してくれていれば何も言われないし、ある程度の自由も約束されるだろうに……。

 ちー姉さんは理不尽ではない。いや、まともな人間として考えればかなり理不尽だが、正当な理由さえあれば割と規則違反にも目を瞑ってくれるし、損害を許容できるほどの利点や所得があれば事前報告がなくともかなりお仕置きを軽くしてくれる。ちゃんとした理由と思考を元にして考えられた結果によって為された行動の全てを否定するようなこともないし、新しい情報が入ってそれのせいで作戦が役に立たなくなりそうな時に必死になってその情報を伝えるために持ち場を離れても罰則を与えない程度の頭の柔らかさはある。

 だから、何を考えていたとしてもそれを外に出すことさえしなければ……しなければ、何をしていても怒ったりはしないはずだ。

 

 ……あ、そう言えば千冬さんは原作一夏が何かを考えていた時点で叩いてたりしていたような気がする。叩くのは一応確認してからの話だったっけ?

 ……まあ、いいか、どっちでも。

 

 ……あ、もう夕食の時間か。それじゃあ今日はもう終わりにするとしようか。後はラルちゃんに膝枕で耳掃除だな。

 

 

 

 

 

 

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 13

 

 

 

 

 

 

 問1.『さだめし』を使って文章を作り、その意味を答えなさい。

 A.きょうもいいあさだめしがうまい。

 意味:朝起きて食べた食事がとても美味しく、今日もいい一日を過ごすことができそうだという意味。

 

 ……実際には朝じゃなくて晩なんだが、とりあえずタダ飯うまい。ちょっとした仕事でこれだけ食事ができるとか、もう笑うしかないわな。

 だけどもやっぱり外国の飯ってのは名前から内容を読み取りづらい。残念ながら俺は日本語とほぼ日本語化した英語くらいしか使えないので、シュニッツェルとかチャツネとか言われてもどこの国のどんな料理なのか検討をつけることすらできやしない。メニューの下のところに日本語でその料理の説明が書かれてて本当によかったと思わざるをえない。

 もしもここに説明が無かったら……リアルで『メニューの上から下まで!』をやるはめになっていただろうからな。どこぞのカフェでやったことあるけど。

 

 まあ、そんな話はどこか適当なところにでもぶん投げておくとして、今は料理を楽しむことにする。IS学園の料理は大体美味いものばっかりだからな。

 ……ちなみに現在、原作一夏は周りを原作ヒロイン達に囲まれてじっと見つめられ、そして何も気付いていない様子を見てとられて溜め息をつかれている。鈍いから仕方無い……とは言わないが、特に被害を受けているわけではない俺から見ても原作一夏のあの鈍さはもう本当に致命的なものがある。もしも俺が女で、そして原作一夏に惚れていたとしたら……半年は持たないね、間違いなく。

 いや、原因の一端は間違いなく俺にあるってことはわかってる。夢の中でとはいえ複数人の女を相手に添い寝させたせいで友人と恋人、友情と愛情の区別がつきづらくなっていることは間違いないだろうから……うん、流石に悪かったと思っている。

 後悔はしてないが反省だけは一応しているくらいには悪かったと思っている。だからこそ、ああいうお願いを聞いて色々やり始めたわけだしな。

 

 だがあえてもう一度言おう。後悔は、一切、していない!

 

 ……さてと。この後どうするかねぇ……。明日の朝には帰れるといいんだが……なんかそうは行かない空気が辺りに漂ってるからなぁ……。

 こうなったら最終手段として『自力で世界の壁をぶち破って帰る』事も視野に入れておかないと駄目かもしれない。いつもは無意識のうちに来て寝てる間に戻ってるからこんなことを考えてもみなかったが、このまま一週間もそのままだったら本格的に対応策を練らなければならない。

 ……が、まだ一日目だ。のんびり構えているとしよう。まだ焦るような時間じゃない。

 その証拠に……よし、証拠を今から見せてみようと思う。

 

 

 

 

 

 side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 夕食を終え、風呂に入り、寝巻きに着替えて布団に入る。夕食を終えた私の普段の行動を端的に表すならばこのようなものになる。

 勿論歯を磨いたりココアを飲んだりシャルロットと他愛の無い話をしたりと様々なことをしたりしているのだが、毎日ではなく日々変わっていくため普段の行動として挙げてはいないだけだ。

 

 私は今、そんな日常の中にあり得ないものを待っている。嫁の姿をしている百秋が居るという前提が初めてなので当然のことなのだが、その中でも恐らく私が初めて受けることになるだろう。

 ……本当ならば嫁に同じことをしてもらいたいところだが、嫁に直接言うのは流石の私でも恥ずかしい。嫁を守るのが夫である私の役目だというのに、嫁に自分の弱い場所を無防備に預けると言うのは……。

 

 い、いや、嫌なわけではないぞ!? ただ、嫁の弱いところを知らないのに自分の弱い場所だけを一方的にこれ以上預けるのは……その……恥ずかしいではないか。

 

 ……そ、そう言うわけで、だ。

 

「よろしく頼むぞ」

 

 私は百秋の膝枕に頭を乗せる。百秋は私が何を求めていたのかを理解していたらしく、初めから嫁の真似をしながら来てくれた。

 今の百秋が嫁のふりをしたら、恐らく私はわからない。あの時嫁と百秋を見分けることができたのは、百秋が素の状態で居てくれたことが最も大きな理由だろう。証拠に、今の百秋は嫁にしか見えない。

 

 なお、シャルロットには事前に「百秋が来る」と言ってあったのであまり慌ててはいないが、私が百秋に膝枕してもらっているのを見て指を加えて羨ましそうにしている。

 

「それじゃあ、始めるぞ」

「ああ、やってくれ」

 

 百秋は私の頭を軽く押さえ、右の耳にゆっくりと先の曲がった細い棒を入れた。その棒が私の中をかりかりと優しく擦りあげていくが、それで痛みを与えることはけして無い。流石は百秋、他の教官以外の子供達に請われていつもやっていたと言う話は本当だったか……。

 竹でできているらしいよくしなるその耳掻きは、よくわからんがとても気持ちがよくなるようにできているらしい。具体的には篠ノ之束が人の耳の中の肉の厚みや強度、神経の量やそこの敏感さ等を完璧に計算した上で最高の素材と最高の技術で作り上げたものを、それを作っているところをじっくり見ていたらしい百秋がほぼ同じ感触やしなりを持つ若い竹を探しだしてそっくり同じ形に自分で削り出したらしい。

 その完成度はあの篠ノ之束が驚愕するほどの物だったそうで、今では百秋が誰かにやってあげる時用にいつでももっているらしい。

 

 そんな耳掻きを使う百秋の指が、私の耳朶を優しくつまむ。ただ覗き込むだけでは見ることのできない襞の裏側に残る汚れを取るためだと言う事は理解できるが、それでも突然の事に私の身体が軽く強ばる。

 それに気付いた百秋は一度手を止め、無言で私の髪を梳くように頭を撫でた。たった十秒程度続いただけのその行為で私の身体の強張りはすっかり抜けてしまい、百秋は耳掃除を再開する。くりくりと微かな音と共に私の耳に擽ったさと僅かな快感が生まれ……どれだけ過ぎたかもわからないがしばらくした後にふとその感覚が無くなった。

 

 そして……

 

「……ふ~」

「ふひぁっ!?」

 

 突然耳に風が当たり、不覚にも奇妙な悲鳴とも取れる声をあげてしまった。

 

「な、なななななにをっ!?」

「ん? 仕上げはこう言う風にするってことになってるんだ」

「そ……そうなのか?」

 

 百秋に言われて思い出してみると……確かに、クラリッサはそれを示唆するようなことを言っていた。それを言ってしまっては効果が下がるとも言っていたが……なるほど、そうかもしれない。

 それに納得した私は百秋の言葉に従って今度は左耳を上に向けるが、その時にふと目に入ったもの……耳掻きの逆側に装着されている綿のようなものについて聞いてみた。

 すると、それも仕上げに使う物の一つらしく、右耳の時には使っていなかったそうだ。左にはその綿のようなものを使うようにと頼み、そして左の掃除が始まった途端に……入り口のドアがノックされた。

 

「はーい、鍵はかかってないよー」

「それじゃあしつれいしまーす」

 

 ………………ん?

 

 シャルロットの言葉に返された声に違和感を感じて閉じていた目を開くと、ドアの前には嫁が……立っていた。

 …………いや、逃避はやめよう。そこにいたのは嫁ではなく……百秋だった。

 

「あれ? 一夏? どうしたの?」

「やだなぁ、俺はパパじゃなくて百秋だよ、シャルママ」

「………………はゐ?」

 

 シャルロットが錆びた機械のようにゆっくりとなにかを軋ませるような音をさせて私に振り返る。そして私も今時分の耳掃除をしている相手の名前を、恐る恐る呼んでみた。

 

「…………一夏?」

「ん? どうかしたか?」

 

 確定、一夏だ。と言うことは…………っ!?

 

 私の脳裏に今行われている状態がはっきりと並べられる。百秋に耳掃除をしてもらっているかと思ったらそれは一夏で、さっきまで私は一夏に右の耳を綺麗にしてもらって今ではもうピカピカで……今は膝枕で左の耳を…………ッ!?

 

「動くなよー? 刺さったら結構ヤバイからな~?」

 

 暴れだそうとした所で先手を打たれ、頭を抑えられてしまった。太股に頭を埋めながら耳掃除は続くが、私の頭の中身はぐるぐると回り続けてまともな思考をすることができない。

 それに、耳から送られてくる快感も、嫁の掌の温もりも止まらず、私の思考は落ち着こうにも落ち着けない状態になってしまった。

 

 そんな時、百秋はにっこりと笑って手を振った。

 

「びっくりした?」

 

 私は急に落ち着いた。つまり、これは百秋のちょっとした悪戯だったと言うことになるのだろう。

 

「だがあえてこう言おう。よくやった、百秋」

 

 ぐっ、と親指を立ててみれば、百秋も同じように親指を立てて返してくる。

 そしてすぐに百秋は部屋の扉から外に出て行き、私は若干恥ずかしくはありながらも幸せな状態を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ず、ずるいよラウラ!僕は百秋の悪戯を受けてないのに……!」

「普段いい目を見ていることが多いからだろう。諦めろ」

 

 

 

 

 

 

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 14

 

 

 

 

 

 ラルちゃんに悪戯をしてむしろ誉められた日が終わり、俺は起きて朝食と弁当を二つ作っていた。勿論その弁当の一つは俺のものであり、もう一つは千冬さんのための物である。

 昨日の弁当も美味いと言って食べてくれたので、今日も作っておくことにしたのだ。

 千冬さんはどうなのか知らないが、ちー姉さんは甘ったるいものじゃなければ大体のものは普通に食べていた。だから千冬さんも普通に作れば普通に食べてくれるだろう。

 

 と、そんな感じで適当に作った弁当を片手にIS学園をこっそりと出る。一つは既に千冬さんに笑顔で手渡してある。千冬さんも笑顔で受け取ってくれたし、今の俺はかなり気分がいい。

 さて、この世界からはいつ帰れるかわからないんだし、帰れるようになるか一週間過ぎるまではのんびりやっていこうと思いつつシルバーカーテンを使ったステルスに身を包んでおく。これでおよそ誰にもバレることはない。

 少なくともIS学園から離れよう。50kmくらい離れたら隠れるのをやめて軽く変装して……服と髪型と身長をちょっと変えてやればいいよな。あまり変えすぎると逆に違和感が出てくるから、一気に変えるんだったら別人に成り済ました方が楽だし、その程程度の変装で十分だ。

 と言うか、わざわざ俺を織斑一夏だと思って声をかけてくる奴なんかいないだろうし、変装していて違和感が出てもそれを追求しようとするような奇特な奴はもっと少ないはず。それ以上は心配性が過ぎると言うものだ。

 

 そう言う訳でステルスをかけながら海の上を駆け抜ける。ライドインパルスとモーターギアの合わせ技は加速力が凄まじいな。流石にライオットは無理だがデフォルトのシロの加速に匹敵するぞ? 最高速度は地上(正確には俺の足が着いている場合)においては俺の脚力依存だし、空中に居ても空気を蹴ったりエアライナー使ったりで結局脚力に依存してることが多いしさ。

 欠点としてはあくまでただの加速能力だからシロのように慣性その他の物理法則を無視できるようにはできていないために若干方向転換や停止時にばたつく事があるくらい。それも練習次第である程度制御できそうだし、慣性については俺の生身の頑丈さを考えれば問題ない領域だ。

 ……ライオットのシロにはPICがついてはいるが、その全てを加減速だけに向けているために身体を守ることはしていない。まともな人間がそんなものに乗ったらまず間違いなく即死するのでと言うこともあり、シロは間違いなく俺だけの機体と言うことになっている。

 

 ……と、やっぱり考え事をしていると時間が過ぎるのが早い早い。もう海岸まで着いてしまった。

 俺は海から陸に上がり、ステルスはそのままもう少し奥へと入っていく。俺が走ってきた線を描いて海に亀裂が入っているし、そこで俺が姿を見せたら色々と不味いことになる。能天気で楽観的と言われまくった俺でさえその程度のことはわかる。

 そんなわけでライドインパルスを解除してモーターギアだけで空を飛ぶ。モーターギアだけでも制限時速ギリギリの軽自動車くらいの速度は出せるし、それだけあれば短時間でここから十分離れることができる。

 空をほぼ生身で飛ぶのは普通の人間にとっては中々経験できないことだろうが、それを当然のようにやることができるって言うのは便利だ。他人の裏をかくことが簡単にできるようになるし、悪戯の範囲がかなり広がるし。

 行動範囲が広がるって言うのはそのまま選択肢の拡大って言うメリットを得ることに繋がる。選択肢が増えれば最善に繋がる手を取りやすくなる……可能性が出てくる。狭いよりは広い方がずっといい。

 

 海岸から数キロほど離れた場所にある駅の近くのビルの屋上に着地する。人影が無いことも監視カメラの類いが無いことも確認しておいたので、かなり気軽に降り立った。

 そしてステルスを解除してから窓ガラスで変装を確認し、しっかりと機能していることを確認してビルを降りる。屋上の扉には鍵がかかっていたが、そんなものは気にしない。さっさと開けてさっさと閉めて、そしてすぐに移動する。完全犯罪成功!

 

 こんな感じで外に出た訳なんだが、正直これから何をしようかとかそう言う類いの事は何も決まっていない。とりあえずIS学園の外に出てはみたが……どうするかね。日本中回って景色のいい場所を探してみるとかそんなんでもいいかもしれないが、こっちの世界でいい場所を探したところで向こうの世界で同じ場所がいい景色であるとは限らない。束姉さんや俺達がどこかの国の政府の人間を相手に立ち回ったりちょっと内輪で喧嘩したりした結果、消し飛んだ場所とかも少なからずある。

 それが一番顕著なのは多分俺の身柄を奪おうとした各国の首相官邸やら国会議事堂的な場所だろうが……それについての後悔は一切していない。向こうからやって来たんだからそうなることくらい覚悟の上だったんだろうと勝手に思っている。

 実際には軍事力で押せば大した被害もなく俺を差し出すと思っていたのかも知れないが……覚悟してなかったのが悪い。そんな奴の事まで気にしてやれるほど俺は優しくないんでな。

 

 そう言うわけで日本及び世界各国を巡る日帰りツアーは却下。となると近場でやらなくちゃいけないわけだが、それはそれで面倒臭い。この時間だとこっちの世界の弾や蘭ちゃん達は学校に行ってるだろうし、特に腹が減ってるわけでもないし、前に使った千の顔を持つ英雄で作った偽金はとっくに回収済みだし、やることがない。

 となれば俺のやることは……割と緑の多いどこぞの公園でのんびりと昼寝でもすることだろうな。そう言う公園は割と近場にあるからそこでのんびりしていよう。

 寝ている間もライアーズマスクが効果を保っていられるって言うのは確認済みだし、襲われたりしても問題なく撃退できる。財布とかはアンダーグラウンドサーチライトの中に入れてあるから奪われないだろうし、そもそもそう言った奴に触れさせてやる気は欠片もない。

 

 そんなわけだし、自然公園にでも行ってベンチに座って昼寝をしよう。ぽかぽか陽気と植物のかすかな匂いに包まれて眠るのは気持ちがいいし、最近はあまりやっていなかったし。

 最後にやったのは……夏休みか? 多分そのくらいだろう。

 じゃ、行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………ところで、なんかさっきから上空を飛び回って俺のいる辺りを色々と探査しまくっているステルスニンジンは何だろうな?

 ……まあいい、寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

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 15

 

 

 

 

 

 

 公園のベンチでのんびり昼寝。実に気持ちがよかったが……。

 

「やあ、起きたみたいだね」

 

 何故かにこにこ笑顔の束さんが俺に膝枕をしていた。

 何でここに世界的指名手配を受け手いる筈の束さんが……と思ったが、居るだけだったらこの人は自分の気が向いたときに自分の行きたい場所に力任せに行けちゃうような人だから聞くだけ無駄だと悟った。

 だから、質問するとしたらこっちの聞き方の方が正しいだろう。

 

「……なんで俺にそんな好意的?」

「あっはっは~♪ 君には言ってなかったけれど、束さんは君の事を私に匹敵できる存在だと認めてあげたんだよー? 『異界のいっくん』?」

 

 ……会った覚えが無いんだが……どういうこった?

 

 俺が不思議そうにしていると、束さんはちょっとだけ残念そうな表情を浮かべて言う。

 

「あちゃあ……やっぱりちょっと早かったかぁ……計算上大体このくらいの筈だったんだけどなぁ……?」

 

 そう言いながら首を捻る束さんの言葉に、なんとなくどういう状況なのかがわかった。

 ……わかったが、もしも本当に俺の予想通りだとすると……この人は原作でもいったいどれだけ人外なんだと言う話になってくる。

 

「……何時の俺に聞いたのさ?」

「君から見れば未来の君ってことになるんだろうね」

 

 予想通り、束さんはなんらかの方法で時間を越えて俺と話をしたらしい。しかしどうやらいつの俺と話をしたのかはわからず、およその時間程度しかわからなかったさらしい。

 それに自分が狙った時間の俺と話をしたわけではなく、ただいつかの俺に会いに行ってそれで話を聞いたんだろう。恐らくどこかに出る筈だった俺の出現位置をいじったか、あるいは俺と同じように夢を使って世界を渡ったか、もしくは夢を使って渡る俺を掴んで引きずり出したか。しかもそれを時間跳躍と混ぜて使うとは……。

 

「……束さん凄いな」

「まあね~♪ ただ、まだ狙った時間に正確に跳躍するのはできないし、狙った時間から君を引き寄せることもできないからこうして直接会いに来たんだけどさ」

「狙った時間ってのは誤差どのくらい?」

「半年くらいだね」

「人間から見れば無限にも等しいような時の流れの中で誤差を半年以内に抑え込めるとかそれだけでも十分人外と呼ばれるに相応しい頭脳だと思うんだ。俺が言える台詞じゃないが」

「数少ない束さんの同類だもんね~」

 

 束さんはかなり上機嫌にそう嘯くが、俺を同類と呼べる束さんの方が凄いと思う。細胞単位でオーバースペックとかなんとか色々言っていたが、正直冗談だと思ってたしな。

 細胞からして人間と違うってことは、そいつはつまり間違いなく人間では無いってことであって……あー、うん、もういいや、考えるの面倒になってきたし。

 

「……と言うことは、束さんの記憶の内容を聞くのは俺にとっては若干の未来の内容を得ることになるのか?」

「一部だけならそうなるね。話さないけど」

「聞きたくないからいいよべつに。……なんで笑みが深まるわけ?」

「えー? べっつにー?」

 

 そう言いつつも束さんは笑みを深め、それを隠そうともせずに鼻歌まで歌い始めた。ほんと、束さんは何を考え、何を感じているのかわからない。

 俺は身体が特別製なだけで精神的には普通の眠たがり。肉体も精神もかなり異常にして特別な束さんの考えることは残念ながらわからない。

 わかることと言えば、少なくとも俺の目の前にいる束さんは嘘をついてはいないと言うことと、随分と機嫌が良いと言う事実だけ。それ以外はとんと。

 乙女心は複雑怪奇ってのはよく聞く話ではあるが、束さんの心は深淵の奥底に潜んでいる気がして余計にわからん。その癖奥に潜ませるだけじゃなくて表に出してきたりもするから厄介。

 

 と、そんな話は置いとくとして……。

 

「今更だけどもなぜに膝枕?」

「束さんがしたかったから。今までちーちゃんと箒ちゃんといっくんとくーちゃんにしかやったこと無かったんだよ?」

「……ああ、それで」

 

 通りでさっきから

 

「………………(ギリッ……!)」

 

 ……木の影からなんか殺気を感じると思ってたんだ。原因は嫉妬か、あるいは子供らしい独占欲の発露……ってとこか。眼球の色が常に反転してて若干怒れるちー姉さんを思い浮かべちゃうからやめて欲しかったりもするけど……辞めてはくれないだろうし。

 

「まあまあ、くーちゃんも私と同じように寂しがりなんだよ。おおめに見てあげて?」

「……はいはい、わかったから一回頭撫でる手を止めて? なんか向こうで立ち木に指がめり込んでいくようなミシミシと言うかギシギシと言うかな凄まじい音がしてるから」

「わかったよ!それじゃあ束さんとデートしようか!」

「話が全然繋がってないんだけども……」

 

 ここまで他人に振り回されるのはあまり経験がない出来事だ。俺は大概振り回す側だし、振り回されていてもいつの間にかお互いに振り回し合って加速し続けてヤバいことになる事ばかりだったし。

 いやまあ振り回されるのが嫌って訳じゃ無いんだが、今回についてはかなり驚きが勝る。束さんにすぐ認められるとか、いったい俺は何をやったのかと。

 

「……束さんとのデートは嫌かい?」

「嫌ではないけども……なんか企んでそう」

「束さんはいつだってなにかを企んでいるのさ♪ だからとりあえずデートしようよー」

「話に繋がりが無い……けどまあ、了解」

「やったね!それじゃあももくんまずは立って適当に歩こうよ!」

 

 束さんはひょいっと俺を立たせてから腕に抱きついてきた。……あー、後ろでなにか生木くらいの硬さと柔軟性を持ったなにかが小さなシャベルのようなものか何かに抉り取られるような音がした。しかもなんか殺気の濃度もアホみたいに上がったし……出てくればいいのに。

 ……だがとりあえず俺は束さんに連れられて歩き出す。こっちの事を全力で見つめつつも出てこない娘さんについては今は流しておくことにする。恐いし。

 

「………………(ギリギリギリギリギリ……)」

 

 ……歯軋りの音がここまで聞こえてくる。俺後ろから刺されるんじゃなかろうか? ISの武器か人間サイズのかは知らないが、こう……サクッ!と。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ!束さんが一緒にいればくーちゃんは襲ってきたりしないし、襲われても束さんがあげた武器じゃももくんには刺さらないしね!」

「……なにその刺そうとしたことあるみたいな言い分。あるの?」

「あるよ!言った通り刺さんなかったけどね。単分子ブレードが刺さらないって本当に人間かって思っちゃったし」

「……刺さんないんだ、単分子ブレード……」

 

 試したこと無かったから知らなかった。と言うか、刺そうとしたんだ?

 

 ……まあ、いいや。刺さらなかったみたいだし。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 16

 

 

 

 

 

 

 束さんとのデートは初めてだが、束さんはどうやら十分に楽しんでいるようだ。俺の腕に抱きついてはしゃぎ、きょろきょろと辺りを見回しては笑い……。

 

「…………(ギリッ……!)」

 

 ……そして、束さんが何かする度に背後から聞こえてくる歯軋りの音が非常に面倒臭い。バツイチ子持ちと結婚して相手方の子供に嫌われたらこんな感じになるんだろうなと思うと少し憂鬱になってくる。

 ……俺の世界じゃくーちゃんに会って間もなく、さらに嫌われてはいないから大した事じゃないんだが……と、そこまで考えたところで束さんに額を指でつんっとされた。

 

「ももくん? デート中に他の女の事を考えるのは感心しないなぁ……? 例えそれが束さんじゃない束さんの事でも……ね?」

「……よくわかるね?」

「束さんだって女だからね~」

 

 それは俺もよく理解している。……正確には俺が理解しているのは束さんじゃなくて束姉さんの事なんだが、本質的にはほとんど同じ人物なので理解していると言ってもいいだろう。だからこそ俺は特に考えを読まれても驚きはしない。

 だが、俺から見れば初対面であるはずの束さんがこんな簡単に俺の思考を読めるようになるってのはいくらなんでも想定外。俺は顔こそ原作一夏と変わらなくとも、表情の作り方や感情の発露の方法なんかは全く別物。だからこそ普通はいくら原作一夏の事をよく知っていたところで俺の考えは読めないと思うんだが……。

 

「私の名前は篠ノ之束!束さんに不可能はあんまり無いのだ~♪」

「うん、知ってる。流石と驚くべきかやっぱりねと呆れるべきか若干迷ってるんだ」

「束さんを誉めれば良いと思うよ?」

 

 そう言われたのでとりあえず束さんの頭を撫でておく事にする。

 

「………………(ギリギリギリギリギリ……ビシッ!)」

 

 ……なんか後ろから突き刺さる殺気が瘴気レベルにまでランクアップしたような気がする。そして握り締めていたビルの壁(強化コンクリート製)に四つの点を中心とした蜘蛛の巣状の皹が入った。あそこから崩れていかないか心配だ。

 ……別に崩れてもいいが、俺に被害が来ないかどうかだけが心配だ。周り? 知らんよ。

 つーか握力でビルの壁に皹入れて一部を抉り取った上握り潰すとか……嫉妬の力は凄まじいな。前にどっかの漫画で読んだような気がするが……まさか嫉妬マスク被って夜襲してきたりしないだろうな? 手加減できる自信は無いぞ? 特に寝てる時は力の加減ができないんだから襲ってきた相手はほぼ間違いなく死ぬし。

 

 ちょっと近場のビルの窓を使って後ろを見てみる。するとやはりと言うかなんと言うか、血走った目で俺の事を睨み付けているのがわかる。

 仲良くならなくてもいいから、せめて険悪じゃないようにしたいんだがなぁ……お互いのために。

 

「……束さん。後ろで俺を睨んでるあの子と仲良くならなくていいから険悪じゃないようになりたいんだけど、なにか手はある?」

「くーちゃんと? そうだなぁ……難しいと思うよ?」

「だよねぇ……なんかあの子束さんと一緒に居る俺のことを母親を見知らぬ男に盗られた子供みたいな憎々しげな目で見てるし」

「あの子からしてみればきっとそんな感じなんだろうけどね。束さん一部の人からは凄い愛されキャラだからね♪」

「……となると各国の追手は『束さんを自分のものにしようとするけど自分のものにできないなら殺してしまえ』なメンヘラキャラ?」

「ヤンデレは可愛いけどメンヘラは死ねばいいよね!」

「ごめん、それ多分違いがわかる人あんまりいないと思う。俺はわかるけど」

「ヤンデレは一途でその人のためになると思えばなんだってやっちゃう情熱に生きるキャラで~、メンヘラは自己中で自分が欲しいから相手を拘束したり監禁したり逃げられないように手足を切り落として達磨にして繋いだり殺して食べちゃったり残った骨をいつまでもいつまでもかりかりこりこりかじってたりする相手の事を一切考えないキャラだって束さんは認識してるよ?」

 

 束さんは業界に喧嘩を売りまくるような言葉を連発してくるが、言い過ぎな点を除けば俺もおよそ同じ気持ちだ。ヤンデレは見てて可愛いしその相手とさっさとくっつけとか囃し立てたりもする気になるけど、メンヘラはちょっと……。

 あと、束さんの言葉をそのまま当て嵌めてみると、束さんはメンヘラ寄りのヤンデレキャラってことに……なるのかね?

 こっちの世界のののちゃんや千冬さん、原作一夏に愛を注ぎ、彼等彼女等のためになると考えたならば本人達が望んでいなかろうとそのために全力で動きに行く。そしてそれ以外の存在はどうでもいいと切り捨て、自分が良ければそれでいいと他者を巻き込んで破滅させることをいとわない。間違いなくヤンデレであり、そして若干メンヘラ成分も入っている。

 

 ……まあ、メンヘラなのが愛する相手に向かなければそれでいいけど。

 

「ねえねえ、いま束さんの事を考えてくれてたでしょ? 私の事を理解してくれようとして、そしてある程度納得できる答えが出たんでしょ?」

 

 考え事をしていたら束さんがにこにこしたまま話しかけてくる。と言うか結果が出てキリよくなったところを狙って話しかけてくる上に何を考えてたかも理解してるとか……やっぱりこの人の知識やら洞察力やらはぶっ飛んでる。

 今は最近のトレンドだったらしいウサミミをつけてはいないし、服もなぜか不思議の国のアリスだったり赤ずきんだったりしない……割とどころかかなり普通の洋服に身を包む姿は普通の女性にしか見えず……だが、それが故に台詞とのギャップが凄まじい違和感を醸し出している。

 

 ……美人さんで器量良しで頭がよくて愛情深くて機転が利いて料理上手で……って言うとかなり優良物件に感じるが、その他の部分がかなり……いや、言わないでおこう。その辺りは束さんの味と言うものだろう。

 それに、束さんがいくら優良物件でも俺にとっては文字通りに別世界の住人であることには変わりない。だからそのあたりは原作一夏にでも任せておくことにしよう。俺が色々やってからと言うもの、原作一夏はハーレムへの抵抗感を薄れさせてきているし、原作ヒロインズも少しずつ……。

 

「えいっ」

「ふみぅ」

 

 束さんにほっぺをつままれた。千冬さんといい束さんと言い、俺を叱ろうとする相手はなぜかよくほっぺをつまんでくる。痛くはないんだが喋りづらい。

 

「だから、デート中なんだから他の女の事は考えないの。……ほら、行くよ?」

 

 束さんに手を引かれ、俺は行く先の知れないどこかへと着いていく。……五時くらいにはIS学園に戻れるといいなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

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 17

 

 

 

 

 

 束さんとの初デートはなかなか楽しかった。適当に色々なところを歩き回って、割と美味しい大衆食堂で飯食って、またのんびり歩き回ったりウィンドウショッピングしてみたり二人並んで公園のベンチで昼寝してみたり……俺個人としては有意義といっていい時間の使い方だったな。

 そしていい時間になったのでヘルメスドライブで束さんを束さんの秘密研究室に送り届け、それからIS学園の使われていない資料室に転移した。

 

 ……よし、じゃあ寝るか。千冬さんの部屋を片付けて、ゴミの山ができていた場所を借りよう。千冬さんも好きに使えって言ってくれているし、ビールの空き缶とかを片付ければ布団を敷く場所くらいはできる筈だし……。

 ……できるよな? そこら中に空き缶だけならともかく、洗濯物とかコンビニ飯(?)のパックとかが散らかってたり、ビニール袋に分別すらされていないままゴミが詰め込まれたものがいくつも転がってたりとか……しないよね?

 

 ………………不安になってきたが、とりあえず汚れていること前提で行ってみよう。前に行ったときにはゴミらしいゴミはなかったが、後で聞いたら原作一夏が全力で掃除して劇的ビフォーアフターした結果があれらしいので……うん、まあ、頑張ろう。

 

 

 

 

 

 side 織斑千冬

 

 部屋に戻ってみると、部屋が綺麗になっていた。昨日のうちに片付けようとして大失敗したせいで見れたものじゃなくなっていたはずが、それはもう綺麗になっていた。

 大量に転がっていたビールの空き缶は全て小さく潰されて端に寄せられ、散らかしていた肌着やジャージは脱衣所に綺麗に並べられて乾くのを待っている。

 冷蔵庫を開けてみれば体積はそのまま容積だけが五倍以上に広がり、空いたところには色々な料理が並べられていた。

 ……いやいや物理的に体積は同じまま容積が広がるのはおかしい……と思ってふと見てみたら奥の方に束マークの兎型シールが張り付けてあったので思考を放棄して冷蔵庫の扉を閉じた。

 

 そして寮長室に備え付けられているベッドから布団を剥げば……そこには予想通りに一夏とほぼ同じ姿をした百秋が眠っていた。

 軽く溜め息をついて布団をかけ直し、それから百秋の頭を撫でて───ふと、違和感に襲われた。

 布団を被っていたのはいい。眠るときには私だって入るし、頭まで被っていたと言うのも季節から考えれば納得できる。

 しかし……人間の身体とはここまで冷たくなるものだったか?

 

 布団から出ている首筋に、恐る恐る手を伸ばす。指先で触れた百秋の首はまだ柔らかく……そして生きている人間ではあり得ないほどに冷たくなっていた。

 何ヵ所か位置を変えて指先で触れるが、全く拍動を感じない。そして見ていればわかることだが、その顔は血が通っていないかのように真っ白になっていた。

 

「……おい、百秋?」

 

 肩を揺らすが、百秋は目蓋を開かない。いつもならどれだけ深く眠っていたとしても、目蓋を動かすなり声を上げるなり手を動かすなりといった反応を返すはずが、全く動く気配がない。

 もう一度揺らしてみる。しかし結果は先程と同じで、百秋は何の反応も返さない。

 

「……百秋? 百秋ッ!?」

 

 私の顔色がどんどん悪くなっているだろうことが鏡を使わなくともわかる。全速力で走り続けたときのように心臓がばくばくと悲鳴をあげ、頭の中身はぐるぐると回り続ける。一夏が誘拐されたと聞いた時も同じような感覚に襲われて、結局私は一夏を一人にしてしまうことになったのだ。

 今度は一夏ではなく、私の未来の子供を永遠に失うことになりかねない。

 

 ……そう考えた途端に意識が白熱し、凍り付いていた感覚が復活した。百秋をIS学園から外に出すことはできないし、IS学園内では今の百秋をなんとかできるかできるかはわからない。束ならばなんとかできるかもしれないが、まさかIS学園に呼び出すことなどできるわけがない。

 だが、私にできることはこれしかない。すぐさま百秋の身体を抱えて救護室に走る。同時に救護教諭を複数人呼び出し、救護室に急患を送ることを一方的に告げて電話を叩き切った。

 

 今まで生きた中で記憶に無いほどの速度で走り、救護室に向かっている最中だったらしい救護教員の首根っこを纏めて掴む。悲鳴が上がったような気がしたが、今の私にはそんなことを気にしているような余裕はない。

 廊下を曲がる度に悲鳴が高くなったり低くなったりするような気がしたが、それも無視して突き進み、救護室の扉を潜り抜けた。

 

「急患だ!」

「はい!そこに寝かせてください!」

 

 百秋を近場のベッドに寝かせると、その場に居た一人がすぐに百秋の状態を確認し始めた。すぐに心臓が動いていないことを理解して行動を開始するが、百秋の意識も心臓の動きも呼吸も戻ってこない。

 そもそもいつから百秋がこの状態なのかはわからないし、その原因もわかっていない。少なくとも外部犯ではないだろうが……束かその関係者でもなければ誰にも気づかれずにこの時期のIS学園に侵入して人間を一人殺していくなどと言うことは不可能だろう。

 そして束には百秋を殺すような理由は無い筈だが……一応確認しておくことにする。

 

 携帯電話から束の番号を呼び出し、かかったのを確認して耳に当てる。すぐに束の能天気な声が聞こえてくるが、私はそれを打ち切るように言った。

 

「百秋の心停止、及び脳波の停止が確認された」

『───え?』

 

 束は理解できないことを聞いたと言う風だった。百秋が誰かと言うことを聞かなかったあたり、百秋は束にも話を通してあったのだろう。何時の事かは知らないが、初めてこの時間に来るようになった頃には既に話をしてあったのだろう。

 しかし、束も何も知らないとなると……

 

『……ねえ、ちーちゃん。その冗談は面白くないよ? 束さんは簡単に笑っちゃうけど、流石にそれには笑えないな?』

「そうか、奇遇だな。私もそんなことを冗談のネタに使われたらそいつを殺してしまいそうだよ」

『……ほんとなの?』

「認めたくないがな」

 

 そこまで言った途端に通話が切れた。それを示す無機質な電子音が端末から聞こえてくるが、私はそれを無視して新しく一夏の持つ携帯に電話を掛ける。

 

 ……この時間では恐らくどこぞのアリーナで訓練中だろうが……まあいい。そうだとしたら他の方法で呼び出すまでだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 18

 

 

 

 

 

 side 織斑千冬

 

「千冬姉っ!百秋が死んだってほんとかよっ!?」

「呼吸、心拍、脳波の三つが完全に止まっていることが確認された。これで死んでいないとなれば人間ではないか束に改造されているかのどちらかだぞ」

「ちーちゃんは私をなんだと思ってるのかな? 確かにももくんは食べちゃいたいくらい可愛いけどそんなことはしないよ!」

「やかましい。このくらいの冗談くらい言わせろ。でないと本気で暴れだしてしまいそうなんだ」

 

 救護室に駆け込んできた一夏と、つい数分前に空間転移とやらで跳んできた束の言葉に冷静さを失わないように返す。ただでさえ今は私にできることが一つもなく頭が沸騰しそうだと言うのに、それに茶々を入れられてしまっては本気で自分を押さえられる自信がない。

 今は束が妙な機械を百秋の身体に多数接続してなにかを調べているが、束の真剣すぎるといってもいい真面目な表情を見る限りでは……あまりいい結果は出なさそうだ。

 

 私の拳がギシリと軋む。束の検査結果で万が一にも百秋の身体から毒物が検出されたなら……私は自分を抑えることを辞めるだろう。

 一夏を誘拐したあの組織と同じように……私がこの手で滅ぼしてやろう。

 あの後私は誰も見ていない場所で胃の中身をぶちまけた。それ以来人間を手にかけたことはないが、もしかしたら久し振りに本気で殺しに向かってしまうかもしれない。

 きっと私はまた吐いてしまうだろう。束のように割り切ることのできない弱い私は、あくまで人間でありたいと願う私は……同じだと思っている人間を殺すことに未だ忌避感を持っている。

 

 しかし、それでも私は何度同じことが起きようと、何度でも同じ行動を繰り返すだろう。それが私にできる唯一のことなのだから。

 

「……結果が出たよ」

「見せてくれ」

 

 束が調べた結果を映す画面が空中に投影される。一夏を含んだ私達全員がそれを覗き込むが……そこに映されていた内容は『百秋の身体は健康体である』と言うことのみ。なんらかの毒物が検出されたわけでもなく、何かしらの傷や致命傷になり得る外傷などもなく、更には病原菌なども存在しない。心臓や脳に異常があるわけでもなく、内臓や血管など、全てにおいて健康だと間違いなく言えるはずの状態だった。

 

「……ならば、なぜ百秋は……」

「わかんない。こんな状態で死ぬなんて、なんの原因もなく死ぬなんて考えられない。……もしかしたらDNA方面かもしれないけど、そっちの方は多分未来で私が色々やってあると思うしね……」

「ならば何故……」

「だからわからないってば。束さんにだってわからないことはあるんだよ? ちーちゃん」

 

 束がお手上げとだでも言うかのように両手を広げて首を振る。

 

「……ん……っ!……ふあぁぁ……」

 

 …………それと同時に、百秋が身体を起こして伸びをした。

 

「……………………は?」

「んー……っ。……おはよ」

 

 ……私を夢を見ているのか、あるいは百秋が死んでいたと言うこと自体が夢だったのか……それはわからない。

 だが、少なくとも今ここに百秋が生きて動いていることは間違いない。理由はわからなくとも……

 

「……お休み」

「寝るな、馬鹿者」

 

 ……やれやれ。百秋はマイペースにも程がある。自分がどういう状況だったのかわかっているのか?

 くしくしと目蓋を擦りながらなんとかしっかりと起きた百秋は、大きな欠伸を一つ。

 

「……百秋。お前は今……」

「あ、うん、心臓とか呼吸とか止まってたんでしょ? 大丈夫、いつものことだから」

「……なに?」

「いつものことって……どういうことだよ?」

「おかーさんのご飯を食べてからと言うもの、激しい運動をする度にちょくちょく身体のありとあらゆる活動が止まるようになってしまいましたとさ。ちゃんちゃん」

「私のせいかぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 私の料理のせい!? 私のせいで百秋の身体に異変が起きるようになってしまっただと!? しかも束にも原因のわからないような異変で……あぁぁああぁあぁぁぁぁっ!!

 

「ちーちゃん!ちーちゃん落ち着いて!」

「落ち着け千冬姉!」

「うぁぁぁぁはなせぇぇぇぇ!!」

「うぉっ!? ち、千冬姉力つよっ!?」

「あ、暴れちゃダメだよちーちゃん!ももくんがなんかきょとんとした目で見てるから!教育に悪いから!」

「お前に教育に悪いと言われたくないわこの淫行兎がぁぁぁぁっ!」

 

 ……だが、今の束の言葉のおかげで一応落ち着いた。今の私ならば周囲の全てに当たるのではなく……自分の頭にしっかりと衝撃を叩き込むことができるだろう!

 

「ちーちゃん落ち着いてないよね!? ああもう君たちもIS使ってでもちーちゃん抑えて!特にそこの眼帯の子!AICあるんだからこう言うのには最適でしょ!」

「あ、は、はい!」

 

 突如として私の身体が動かなくなる。気配からしてラウラのAICだろうが……どうやら私は欠片も冷静ではなかったようだ。普段ならばこんなものにかかるような事は無いと言うのに、今はかけられるまで全く気が付かなかった。

 さっきから百秋が死んでいたり原因が暗殺ならば落とし前をつけさせる覚悟をしたり百秋が突然甦ったり心停止の原因が私の無謀な挑戦(と言う名の料理)によるものだったと知らされたり……まあ、普通に考えればそれだけの事が起きていれば大体の者が冷静さなど地平線の彼方、水平線の果て、銀河の裏側、虚数空間の向こう側にまで飛ばしてしまうだろう事は明白だ。

 

「……あ、二度寝していい?」

「空気を読む努力くらいしようよ百秋!? 今明らかにそう言う話をするような空気じゃ無いよね!?」

「とある大天災さんは言いました。『暗い空気はぶち壊してナンボ。しんみりした空気もぶち壊してナンボ。エロい空気は相手を見て乗っとくと吉』」

「束っ!」

「サーセンちーちゃん!でもでも未来の私のことであって現在の私は未遂どころか考えてもいないことでねっ!?」

「いやいや千冬姉も束さんもシャルも落ち着いて……っておいこら百秋!落ち着いてって言われたからって落ち着き払った感じで布団に入ろうとすんなって!」

「……んぅ……むにゃむにゃもう食べられないよ……」

「ベタな寝言だなオイ!?」

「では私も寝るとするか」

「ラウラ!? 百秋の布団にごそごそ潜り込んでなにやってんの!?」

「見ればわかるだろう、寝る準備だ」

「寝んなよ!?」

 

 ぎゃあぎゃあと騒がしいまま、IS学園の夜は更けていく。色々と心に傷を残したままに……。

 

 ……とりあえず、今回のことで私は決めた。もう二度と料理はしないと。死人が出かねん。

 

 

 

 

 

 side 織斑一夏

 

 目を覚ましたら、いつもの通りの俺の部屋だった。どうやら今回の眠りで俺は帰ってこれたらしい。

 今回は色々とその場の思い付きで人をからかってしまったが……次に向こうに行くことがあるならそれはいったいいつになるのか。精々楽しみにしていることにしよう。

 

 ……予想だと、暫く前の束さんに呼び出される辺りじゃないかと思っているが。

 

 

 

 

 


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