IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

8 / 52
偽一夏編 01~10

 01

 

 

 

 束姉さんが行っていた、世界から面倒な相手を取り除く計画を実行してからしばらくして。俺がふと目を覚ますとそこにはおよそ16歳程度の俺の顔があった。

 昨日は確かちー姉さんが職権濫用して俺を寮長室に連れ込んで一緒に寝たんだが……どうもそのタイミングでまたもや原作世界に飛んできてしまったらしい。

 とりあえず原作一夏の携帯電話を見て現在の時間を確認してみるが……なんと、最後にこちらに来た時からそう時間は過ぎていなかった。時期的には夏休みが終わった直後。正に二学期が始まってすぐ、といったところだ。

 

 そこでふと、面白そうなことを考え付いてしまった。こんな風に変なことを考え付いてすぐに実行しようとするのは束姉さんの影響だろうが、それも悪くないと思ってしまう辺りもう末期だ。

 そう思いながらも俺は軽い思い付きを実行する。これを実行した場合、IS学園にいる専用機持ちの半数以上からかなりの反応が返ってくることが予想できるが……その方が面白い。

 

 それじゃあ、やるとしようかね。

 

 

 

 

 

 side 篠ノ之 箒

 

 私の朝はそれなりに早い。毎朝日が昇ってすぐにベッドから出て服を着替え、そしていつもの通りに軽く走り込みをしてから剣道場で竹刀を振るう。

 ……しかし、走ったり竹刀を振ったりする度に揺れるこの胸は本当にどうにかならないものか。私は一度竹刀を振るのを中断し、たわわに育ちすぎた自分の胸に視線を送る。

 鈴などは私の胸を羨ましいと言ったりするが、私としては鈴の方が羨ましい。大きいと揺れて痛いしバランスも崩れやすくなるし肩も凝るしで良いことなど何もない。

 ……前に本人にそう言ったら悪鬼羅刹のような表情で私の胸をもぎ取ろうとして来たのでもう言おうとは思わないが、それでも邪魔なものは邪魔なのだ。

 

 私は溜め息をつきつつ無駄に大きな胸の脂肪を持ち上げる。ずっしりと重量感のあるそれは、運動の度に私に不快感を与えてくる。こんなものを欲しがる鈴たちの考えが全くわからないが、私としてもあげられるものならくれてやりたい。

 もう一度、今度は深く溜め息をついてから、背後の壁に立て掛けていた竹刀を取って構え直す。こんなことを考えている暇があるのなら、集中して竹刀を振ろう。私はまだまだ弱いのだから。

 私の強さは主に紅椿のスペック任せの強さだ。銀の福音と戦ったときのあの力は今の私では意識して出すことができない。そして紅椿はあの力を前提にして作られていると言っても過言ではないほどにエネルギーを消費するようにできている。それこそ一挙手一投足に莫大なエネルギーを使ってしまう。

 その分出力は凄まじいものがあるのだが……その出力のせいでエネルギーの枯渇までも凄まじく速い。一夏の白式・雪羅よりもエネルギー消費が激しいと言えばどれだけ凄まじいのかがわかるだろう。

 

 ……そんなのだから百秋にまでエネルギー切れを狙われて敗北するんだ。

 

 未来の一夏の子供の事を思い出し、同時に攻撃を全て避けられて初戦の一夏と同じ負け方をした事も思い出す。千冬さんの息子とはいえあの歳の子供に手も足も出せずに敗北するなど……情けないにも程がある。

 

「あ、見っけ」

「っ!?」

 

 突然背後から聞きなれた声が聞こえた。だが、一夏は普段こんな時間には起きてこないはず。特に昨日は訓練がきつかったから遅刻はしないまでもいつもより遅く起きてもおかしくないはずなのだが……。

 だが、実際に一夏は起きてきている。私は一夏の方に振り返り────そこで私の記憶は途切れている。ただ、なにか凄まじく幸せなことが起きていたような気がするが……私はそれを思い出すことができそうになかった。

 ちなみに私は何故か血塗れの状態で剣道場に倒れていたところを剣道部の朝練に来た部員の一人に見つけられたのだが、大量に血を出した筈なのに何故か身体の調子は今だかつてないほどによかった。いったい何故だ?

 ……まあ、恐らく一夏が関わっているのだろう。本人に会った時にでも確認すればいい。

 

 と、そこまで考えたところで廊下の向こう側から一夏の姿が見えた。そして同時に私の脳裏に……封印されていた記憶が甦った。甦ってしまった。

 

 一夏に抱き締められ、頭を撫でられ、ふわっと持ち上げられてくるくると振り回され、また抱き締められ、頬をすりすりされ、くるくると振り回され、高い高いされ、お姫様だっこされ、笑いかけられ…………あぁぁあぁああぁぁぁあああぁぁぁ────ッ!?

 

「……箒? 顔が真っ赤だけどなにか───」

「死ねぇぇぇっ!!」

「へぶろぉっ!?」

 

 惚けたことを抜かした一夏をぶん殴る。あれだけの事をやっておきながら『何かあったのか?』だと? 言い終わる前にぶん殴ってやったわ!切り伏せられないだけありがたいと思え!この女の敵め!

 

「ぐはっ!……り、理不尽だ……」

 

 どさっ、と倒れ伏した一夏を尻目に食堂に向かう。まったく一夏の奴め、ちゃんと言ってくれれば……

 

「って、私はいったい何を考えている!」

 

 その場でぶんぶんと頭を振って浮かんだ妄想を振り払う。ま、まったくもってけしからん!一夏がそんなことをするような奴ではないとよく知っているだろうが!

 あの夏祭りの夜を思い出せ!あんないい空気で、花火の音にかき消されたとは言え告白までしたのに一夏は……一夏の奴は……気付きもしなかっただろうがッ!!

 前々から思ってはいたが、一夏は本当に鈍すぎる。そのくせいつも期待させるようなことを言ったり期待させる行動をとったり、そしてちょっと目を離せばいつの間にか新しい女を落としていると言う……本当にどうしようもない奴だ。

 

 よく『恋愛は先に惚れた方の負け』と言われるが、その言葉は本当に正しいと思う。私は一夏に出会い、惹かれるようになってからと言うもの……一夏にはずっと負け続けだ。何をしても一夏を落とせる気がしない。

 ……だと言うのに、一夏は次から次に女を落としては放置して……しかも未来では血の繋がっている実の姉すら孕ませ、少なくとも十人以上の女と婚姻を結んでいるなど……到底許せることではない!

 

「つまり、全て一夏が悪い!」

 

 拳を振り上げながら、そう叫んだ。

 

「やかましい」ズバムッ!

 

 ……そして、千冬さんに頭を叩かれ撃沈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くくくくく……予想以上に面白っ♪」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 02

 

 

 

 

 

 

 side 凰 鈴音

 

 一時限目が終わり、一夏の居る一組に遊びに行こうと二組のドアを開けた。するとわざわざ私が遊びに行くまでもなく、一夏がそこに立っていた。

 

「や、待ってたよ」

「私を?」

「そうだよ」

「へぇ~? いったいなんの用よ?」

 

 会いたかった相手にいつものように軽口を叩く。こいつが二組に来るときは大概なんか私に用事があっての事だから、この対応は間違ってない。本人も私を待ってたって言ってたしね。

 ……本当は別に何も用事がなくて、ただ私に会いたいから来たって言ってくれるのが一番嬉しいんだけど……一夏に限ってそれはない。間違いなく無い。絶対に無い。ありえない。

 なにしろ一夏は超がつくほどの鈍感だ。鈍すぎて鈍すぎて非常にムカつくレベルで鈍感で、そのくせ自分が鈍いと言うことにも気付いていない超弩級の唐変木。そのお陰でまだ一夏と付き合ってる奴がいないんだけど……こっちが何をしても気付かないって言うところを考えると収支は±0を遥かに通り過ぎて超巨大なマイナスになっている。帳簿で言えば真っ赤っか、人生ゲームで言えば開拓地行き、桃鉄で言えば真冬にキングボンビーに気に入られた挙げ句にボンビラス星に連れて行かれて入るところを二回間違えた豆オニの新年度決算。要するに救いようがないレベル。

 ……ほんと、どうして私はこんな奴に惚れちゃったのかしらねぇ……?

 

 私がそんなことを考えているとも知らず、能天気ににこにこ笑っている一夏に若干殺意が湧いた。取り敢えず殴っとくことにする。

 

「おっと、危ない」

「避けんな!」

「やだよ」

 

 軽く殴ろうとした拳をひょいひょいと避けられる。こいつに悪気が無いのはわかっているが、それでも許せないものはいくらでも存在する。

 例えば巨乳の言う『胸が邪魔、肩が凝るし動きにくいし、胸が大きくて良いことなんて無い』系統の言葉とか。

 ……凝ってみたいわダボがァ!!下着で可愛いのが無い? 服のサイズが胸だけ合わない!? 一度だけでもそんな悩みを持ちたいんだよこっちはよォ!!その無駄な脂肪の塊もぎ取って喰っちまうぞアァン!?

 

「……キャラがおかしいよー?」

「るっさい!で、なんの用事よ!?」

「なんでキレてるんだか……」

 

 ぼそりと何かを呟く一夏だったが、気を取り直したのか私に向き直る。それに合わせて私は最後の一発と拳をもう一度振るうが、今度は一夏の手に受け止められてしまった。

 

「で、用事のことなんだが……会いたかったから会いに来た。それだけだよ」

「………………ファッ?」

 

 なんか一夏の口からあり得ない言葉が聞こえた気がする。嫌だな私疲れてるのかしら? 最近あんまり早く寝てないからなぁ……今日は早く寝るようにしないと。

 ぽんぽんと掴まれていない左手で左の耳を軽く叩く。とりあえず今は一夏がなんて言ったかもう一度聞き直さないと。

 

「……ごめん、変な幻聴が聞こえた。もっかい言って」

「会いたかったから会いに来た。それが用事」

 

 そう言った一夏は、いつの間にか私の手を受け止める形から恋人繋ぎに変えていた。にっこり笑いながらきゅむきゅむと私の指に指を絡ませてくるその姿は、なんと言うか子供っぽくて可わ…………

 

 ……はっ!? こ、ここ恋こいこここいびとちゅなぎっ!? しかも一夏から!? 指きゅむきゅむとか可愛い!? なにしてくれはりますかこの朴念人通り越して朴念神!?

 って言うか「会いたかったからって……私に会いに来たの!? 一組には箒やシャルロットみたいな巨乳人が居る中で私にっ!? はっはっはざまあ見なさい巨乳風情が!巨乳など所詮ただの肉!駄肉!贅肉!脂肪の塊!何の意味も無い肉塊だと言うことが今ここに証明されたわ!

 ……いや、待ちなさい凰鈴音!一組には私以上につるぺたなラウラが居ることを忘れちゃダメよ!一夏が貧乳好きだとしたら私よりもまずはラウラに向かって……って、今一夏はここに居るのよね? と言うことは一夏は貧乳が好きなんじゃなくて純粋に私のことが好きだと言うことに……最高ね!今日は我が人生最良にして最高の日になりそうだわ!

 

「……おーい、さっきとはまた別方向にキャラが壊れてるよー」

 

 今日の昼にでも一夏のラブラブっぷりを巨乳人に見せつけて……キシシシシ♪ 巨乳の絶望に染まった顔が目に浮かぶわ♪

 ……あ、でも流石に千冬さんが相手だったら一歩譲るしかないわよね……私まだ死にたくないし。千冬さんは血の繋がりブッチして子供作っちゃうくらい一夏のことが大好きなんだから、正妻の余裕として少しくらい譲って見せなくちゃ。

 でもまずは千冬さんに挨拶に行かなくちゃ駄目かしら? 千冬さんってば修学旅行の時に超ドヤ顔で『一夏が欲しければ奪って見せろ、小娘共(キリッ)』とか言ってたし、ここはちょっとアレンジして『弟さんは頂いていきます!』かしら? 『奪って見せろ』って言ってたくらいだし、そのぐらい言っても許されるわよね? それにIS学園は日本じゃないから男も十八歳に満たなくても結婚できるし、私達の愛を邪魔するものは何もないわよ?

 

「……もしもーし? 聞こえてるー? もうすぐ時間だから俺行っちゃうよー?」

 

 うへへ……うへへへ…………。

 

「何をしている」

 

 突然背後からそんな声が聞こえ、脳天から正中線を衝撃が通り抜けていく。涙目のまま恐る恐る後ろを振り向くと……

 

「げぇっ!? 千冬さんッ!?」

「織斑先生、だ」

 

 ジャーンジャーン!という銅鑼の鳴る幻聴と共に再び脳天に衝撃が走る。(痛みで)震えるぞヘッド!(出席簿が)燃え尽きるほどヒット!刻むぞ、血液のビート(拍動の度にコブがズキズキ痛む)!黒い薄板の波紋疾走《ブラックボード・オーバードライブ》!私の脳細胞が死ぬ!

 

「もう授業開始の鐘は鳴った。さっさとクラスに戻れ」

「は……はい、織斑先生……」

 

 私はいつの間にかいなくなっていた一夏を恨みつつ、自分のクラスに戻っていく。とりあえず、次一夏に合ったらぶん殴る。絶対全力でぶん殴る。私がそう決めた。

 

 ……頭が痛いよう…………。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 03

 

 

 

 

 

 side セシリア・オルコット

 

 二時限目の授業を終えた後、一度一夏さんたちと別れたわたくしは近くのお手洗いに入っていた。用を終えて手を洗い、ハンカチを使って濡れた手から水分を取ってから廊下に出る。

 そして教室に戻ろうと足を向けたところで……

 

「や」

「あら、一夏さん?」

 

 なぜかそこにいた一夏さんから声をかけられた。

 この近くに男性用のトイレは無く、一夏さんは教室で皆さんとお喋りを楽しんでいるはず。いったいどうしてここにいらっしゃるのでしょう?

 

 ……まさか、わたくしに会いに? …………それこそ『まさか』ですわね。例えそうだったとしても、わたくしが望んでいるような内容では無いでしょう。一夏さんはまだ好きな方はいらっしゃらないようですし、ただでさえわたくし達の想いに気付く気配の欠片の一部すら見られないほどの超弩級の鈍感ですもの。

 それに一夏さんには織斑先生との間に産まれた百秋さんと言う子供がいらっしゃいますし……わたくし達にその視線が向く時にその視線に含まれるのは愛情ではなく友情ばかり。これでもわたくし達は女なのですから、もう少しくらい意識してくださってもいいとは思いません? 少なくともわたくしを筆頭として箒さん、鈴さん、シャルロットさん、ラウラさんの五人はそう感じているはずですわ。

 

「それで、こんなところまで来てわたくしに話しかけるなんて……なにか御用ですか?」

「ちょっと二人きりでじっくりと顔を見たくなったから」

 

 ……幻聴が聞こえましたわね。一夏さんがそのような事を言うわけがありませんのに。

 とんとんと耳を外側から叩き、両のこめかみを親指でグリグリと揉みほぐし、ついでに耳の病全般に効果があると言ういくつかのツボを圧す。

 

「……わぉ。普段どんなことをしてるのかがよくわかる状況だ」

 

 そうしている間に一夏さんが何事かをボソボソと呟いていましたが、耳を弄り回していましたからよく聞こえませんでした。しかし、恐らくはわたくしの身体の心配をする言葉なのでしょう。そうやって心配している、相手の事をよく見ているという風に行動するのに、何故あそこまでわたくし達の好意には鈍いのでしょうか?

 ……やはり百秋さんの言っていた通り、わたくし達の方から言い訳のしようが無い形で好意を伝えなければ一夏さんには伝わらないのでしょうか? 普通に伝えただけでは友人としての好意に取られたり、あるいは何らかの邪魔が入ったり、声が小さいと一度言うだけですら相当の勇気を振り搾らなければできない告白を平然と聞き返してきたり……。

 ……もしも一夏さんがそれをわかっていてやっているのならば、一夏さんは間違いなく頭にドがつくサディストですわね。性格が悪いにも程がありますわ!

 

 と、ここまで考えたところで耳の調子が悪くないことを確認し終えたので一夏さんに向き直る。今なら50メートル離れた場所に落ちるコインの音ですら聞き取ることができるでしょう。

 

「……申し訳ありません、突然耳の調子がおかしくなったようで……申し訳ありませんが、もう一度お聞かせ願えませんか?」

「二人きりでじっくり顔を見たくなったから来た」

 

 ……二度目の言葉は一度目と同じように聞こえた。これはわたくしの耳が本格的におかしくなっていることを考慮に入れた上で迅速な対応をしなければなりません。

 その前に、何よりも先に確認しておかなければならないことがありますし。

 

「あ、ああああにょいいいひかひゃんっ!?」

「今の短い間に何があったのさ」

 

 い、いけませんわ。まずは落ち着きなさいわたくし!どうせまた糠喜びになるのです!ですから早く落ち着きなさいわたくし!

 

 ……息を大きく吸って、そして同じくらい大きく吐いて深呼吸。顔に血液が集まって真っ赤になっているだろうことがわかるくらいに顔が熱いですが、そこはイギリス淑女として抑え込んで見せましょう!

 

「熱でもあるの?」

「 」

 

 キアァァァァァ!? 近い近い近いちかいチカイ一夏さんの顔が近すぎますわぁぶろべしゃぁっ!?

 い、いえ待ちなさいセシリア・オルコット!どうせこれは頬を染めたわたくしがまた熱を出したと勘違いしているだけです!そう、Be Cool……Be Coolですわ…………!イギリス淑女はうろたえないッ!

 

「……それで、一夏さん。わたくしの顔をじっくりと見に来たと言うのは……どういう意味で?」

「好きな相手の顔を見たいと思うのはダメ?」

「  」

 

 あ、あぁ……あばばばばばばば!? い、いいっちいちいちっいいちい……一夏さんが!? わたくしの事を!? 好き!? すっきゃぁああぁぁぁ!?

 あわあわわわあわ……お、落ち着くのですセシリア・オルコット!貴女は由緒正しきオルコット家の娘!このようなことで慌てていては立派な貴族になることなどできはしませんことよ!?

 そう、落ち着くためには……素数を数えるのです!素数は1と自分以外では割れない孤独な数字、であるが故にわたくしに勇気を与えてくれるとどこかの本に書いてあったような気がしますわ!

 

「2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37…………」

「……ほんと、いつもなにやってるのかよくわかる反応だ」

 

 また一夏さんが何かを言ったような気がしましたが、素数を数えることに忙しいわたくしの耳には正確な内容は入ってこない。

 …………あら? 次の素数はいくつでしたっけ……?

 

「それじゃあ十分堪能したし、そろそろ授業開始だし、早くクラスに戻っておきなよ? またね~」

「はい、それではまた……えっと……211の次の素数は……」

 

 うぅ……素数だけを態々数えるなど初めてのことで、計算していくのが面倒ですわ……。本当にこんなことをしていて落ち着けるのでしょうか?

 

「もう鐘が鳴るぞ。さっさと教室に戻れ」

 

 後頭部に突然衝撃が走る。そのお陰で折角次の素数がわかりそうだったのがどこかに飛んでいってしまった。

 しかしそんな事に気を向けている暇は正に今無くなった。

 

「お……織斑……先生…………ッ!?」

「ネタを振り撒いている暇があるならさっさと行け。全速力でありながら焦らずされど急いでけして走らず歩いてな」

「はい……はい?」

「さっさと行け」

「は、はいっ!」

 

 すっ、と軽く振りかぶられた出席簿に、『そう言う織斑先生もネタを振り撒いているじゃないですか』と言う言葉を強制的に飲み込む。もしもその言葉を口に出していれば、一夏さんのごとく脳天に出席簿が叩き付けられていただろう事が赤子の手を捻るかのように予想できたから。

 そしてわたくしは織斑先生に言われた通り、全速力でありながら焦らずされど急いでけして走らず歩いて教室に向かって歩き始めた。

 

「やれやれ……今日は妙に遅刻が多いな? 何かあったのか?」

 

 わたくしの後ろを歩きながら、そんな風に織斑先生が呟いていたことなど全く知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 04

 

 

 

 

 

 side シャルロット・デュノア

 

 今日は妙なことが起きる日らしい。例えば箒は朝一番で一夏に頭を撫でてもらったり抱き締めてもらったり高い高いしてもらったりほっぺをすりすりされたりしたらしい羨ましい。

 ただ、なんだか色々なものが限界になって鼻血を噴いて気絶した後、暫く剣道場に放置されてしまったみたいで箒自身はかなり怒ってはいた羨ましい。

 ……まあ、端から見てると照れ隠しにしか見えないんだけどね羨ましい。

 

 それから一時間目の休み時間には鈴がその毒牙にかけられたらしい羨ましい。なんでも鈴が言うには「鈴に会いたいから来たんだぜ」と言われたらしい羨ましい。その後には手を恋人繋ぎでふにふにっと指に悪戯されてしまったとか羨ましい。

 ……まあ、そんなことをされて頭が暴走している間に織斑先生が来て頭を思いきり叩かれたらしいんだけど。

 

 そして二時間目の休み時間に、今度はセシリアがお手洗いからの帰りに一夏に会って「好きな相手の顔が見たかったんだ」とか言われたそうだ羨ましい。しかもなんとそう言われて顔が真っ赤になったところにおでこを合わせて熱を測られるなんて事までされた上にもう一度「好き」といわれたらしい羨ましい。

 そんなことをされて完全に頭がテンパって素数を数え始めちゃった挙げ句に織斑先生に出席簿を使って思いきり殴られたらしい。きっと相当痛かったんだろうと思うけど、同情はしない。

 

 そして、今は三時間目の休み時間。今までの傾向から言ってこう言う休み時間の間に一夏から離れていると一夏が来て色々と凄いことをやってくれるはず!

 さあ、僕は逃げも隠れもしないよ!一夏っ!

 

 

 

 

 

 side 織斑一夏

 

「……で、お前は一夏ではなくて百秋なんだな?」

「うん」

「…………で、その姿になってるのは束のせいなのか?」

「そうだね。大天災さんは『いっくんとちーちゃんの二人と一緒にえろえろするのはちーちゃんが絶対に許してくれない……と言うか殺されるけど、いっくんとちーちゃんの二人の子供であるももくんとえろえろすれば間接的にいっくんとちーちゃんの二人とえろえろしつつももくんともえろえろできるとかなにそれ最強じゃね!? と言うか最強だよね!? いっくんぺろぺろ!ちーちゃんぺろぺろ!ももくんぺろぺろぺろぺぶべらぼしゃっ!?』って言ってたけど」

「束……あいつは本当に…………」

 

 千冬さんは生徒指導室の椅子の上で頭を抱えた。ちなみに最後の奇妙な言葉は束姉さんがちー姉さんに横合いから凄まじい勢いでぶん殴られた感じをイメージしてみたが、どうやら説得力は抜群だったようだ。

 そしてついでにあることないこと色々と吹き込んでみることにする。

 

「それで、しばらくの間元には戻らないから戻るまでの間は誰にも知られないように過去に行っといた方がいいって言われて、それで来たんだよ、おかーさん」

「そうか……それで、その状態はいつになったら治るんだ?」

「さあ? 大天災さんが言うには『丸一日使ってデートしていちゃいちゃしてごはん食べていちゃいちゃして大人~な夜を過ごしたかったから……二日くらいかな? 少なくとも丸一日は確定だね!』って」

「本当に碌な事をせんなあいつは……」

「いいことばかりしてる大天災さんを思い浮かべて?」

「…………………………束貴様っ!? 何を企んでいるっ!?」

 

 どうやらなにかを企んでいると言う結論に達したらしい。うちの束姉さんとここの束姉さんはやっぱり別人だし、うちのちー姉さんとここのちー姉さんも別人だと言う確たる証拠と言ってもいいだろう。

 うちのちー姉さんなら束姉さんがなにかを企んでいると考えず、また束姉さんが変なことを始めたと苦笑する程度の筈だし。

 

「まあ、そんな訳で……大天災さん達に襲われないように、もとに戻るまでここにいても……」

「……仕方あるまい。だが、できるだけ大人しくしていろ」

「はーい」

 

 こっちの世界のちー姉さんの許可も出たことだし、少しのんびりしているとしようかね。ストレスフルな生活を送っているだろうこちらの世界のちー姉さんにあまり負担はかけたくないし。

 

「……ところでおかーさん? 今日のお昼ご飯は何にするか決めてる?」

「織斑……いや、まだ決まっていないが」

「そうなんだ? じゃあ俺がお弁当作るから、一緒に食べよう?」

「……作る? お前がか?」

 

 なんだか信じられないものを見る目で見られているが、そのくらいのことは楽勝だったりする。これでもちー姉さんに料理を作るのはかなり好きなんだから。

 ちー姉さんにも美味いって言われたし、自分で味見してみた時もかなり美味しかったし……作ること自体は全く問題ない。

 

「大丈夫だよ、お父さんにも『料理についてだけはおかーさんに似なくて良かったなぁ……シルヴィアはセシリアに似てアレなのに……』って言われたし!」

「一夏め……」

 

 なんだか原作一夏に死亡フラグが建ったような気がした。可哀想に……。

 

「……だがまあ、確かに一夏に似たなら料理は美味いだろう。……頼めるか?」

「かしこまり~!」

 

 こっちの世界のちー姉さんの言葉に意味も無く楽しげに返す。それじゃあ凄く美味い弁当を作ってやるとしようかね。

 

 

 

 

 

 side シャルロット・デュノア

 

 授業開始の鐘が鳴る前に、僕は教室に戻った。結局……結局一夏は来てくれなかったし、あんまり休めなかったし、次の授業の準備はまだだし……散々だよ。

 

「ん? シャルロット? 休み時間はどこに行って───」

「うるさいよっ!全部一夏のせいじゃないかぁぁぁっ!」

「なにがだよ!?」

「うるさいうるさいうるさーーいっ!一夏のバカぁぁぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 05

 

 

 

 

 

 side 原作一夏

 

 今日は訳がわからない理由でめちゃくちゃ怒られる日だった。朝は突然怒り出した箒にぶん殴られて怒鳴り散らされたし、二時間目の休み時間にはなぜか半ギレ状態で一組に突撃してきた鈴にぶん殴られそうになったし、三時間目の休み時間にはセシリアに詰め寄られてラウラが証言してくれて助かったと思ったらシャルになんか凄い罵倒された。

 だけど正直どれも覚えがない。いや、最後のシャルは確かに行った覚えがないから間違ってないんだが、待ち合わせどころかどこかに行くとすら言われてないのにどうやって行けって言うのか……これもラウラがちゃんと証言してくれたから助かったんだよな。後で礼をいっとかないと。

 

 そんなわけで全ての誤解を解いた俺は、今日は食堂で飯にしようと皆と一緒に食堂に行く。いまだに箒やシャルは俺のことをジト目で見てくるけど、知らないものは知らないんだから仕方ないだろ?

 

「……じゃあ、あたしが会った一夏は誰だって言うのよ?」

「だから知らねえって。俺はずっと教室に居たよ。なあ、ラウラ?」

 

 鈴から向けられる猜疑の視線にラウラに助けを求めると、ラウラは当然のように笑顔を浮かべて頷いて言った。

 

「うむ、あの時間ならば嫁は間違いなく私の視界の中に居たし、話もしたから断言できるぞ」

「ほらな? と言うか箒だって、一時間目も二時間目も三時間目も休み時間に俺がどこにも行ってないって知ってるだろ?」

「……そうだな!」

「……なんでイライラしてるんだよ?」

「イライラなどしていない!」

「いやどう見ても……」

「うるさい!イライラしていないと言ったらイライラしていない!」

 

 これ以上何か言っても拗れることしかなさそうなので黙ったが、流石に理不尽だと思う。俺がなにもしていないことはわかっている筈なのに、なんで俺が……。

 

「……ほらみんな、もう食堂に着いたしさ!一夏じゃないって事もわかったんだし、もう一夏に当たるのは止めようよ」

「!そ、そうだな!きっとみんな腹減ってイライラしてるんだ。早く飯にしようぜ!」

「…………そう、だな」

「……それもそうね」

「……そうですわね」

「うむ!」

 

 どうやらシャルは味方に回ってくれたらしく、まだ悪かった空気をよくしようと話を剃らしてくれた。そのお陰でみんなの機嫌も少し良くなってくれた。よかったよかった。

 

 そう考えながらも俺は食堂で食券を買う。今日は回復量が多かったせいかかなり腹が減ったからいつもよりだいぶ多めに買った。

 鈴はいつも通りに中華、セシリアは洋食、箒は和食でラウラはシャルと同じトマトソース系のパスタ。俺は焼き肉定食と生姜焼きとご飯を全部大盛りで。

 頼んですぐに来た料理をみんなと同じテーブルに運んで……食べ始めようとしたところでなんか周りの空気がかなり変わったことに気が付いた。

 周りを見回してみると、入り口の方と俺とに交互に視線を向けて驚愕している人が沢山。一体なんだと思って入り口の方を見てみると…………

 

「あ」

「……あ」

「一夏? いったい何が…………あ?」

 

 俺が、いた。

 

 

 

 

 

 side 織斑一夏

 

 こっちの世界のちー姉さんに自作の弁当を渡し、千冬さんがもぐもぐと食べている所をにこにこと笑みを浮かべながら眺めていたら、『じっと見られていると食べづらいから食堂にでも行ってお前も何か食べてこい』と言われて教職員室から放り出されてしまった。

 目立たないようにと言ったのは千冬さんだってのに、こうやって普通に人目のあるところに行かせちゃうのは甘いと言うかなんと言うか……千冬さんもまたちー姉さんの一つの可能性だってことなんだろうと勝手に思っておくことにした。

 ……実際にはどっちかと言うとちー姉さんの方が千冬さんの可能性の一つって言い方の方が合ってるんだろうけど、俺にとってはちー姉さんが居てこの世界の千冬さんが居るって感じだからなぁ……。

 

 特に、俺にとってこの世界は俺の世界だと認識していない事が大きい。その証拠に、俺はこの世界の人間やISの名を呼ぶことができる。前世の頃から創作物に出てくるキャラクターの名前なら呼べたことから考えれば……やっぱり俺にとってはこの原作に近い世界はフィクションの物だと思っているんだろう。

 実際には原作一夏や千冬さんにも固有の意思があるんだろうし、自分の意思であらゆることを決めているんだろうが……それでもねぇ?

 

 と、そんな風に答えの出ない無駄な考え事をしていたら、気付かない内に目的地である食堂に到着していた。無意識に歩いていても目的地に着くことができるくらいにIS学園に慣れていたようで、俺個人としては少しだけありがたかった。

 このくらいまで覚えていれば頭の大半を眠らせながらでも食堂に着くことができるなら、少しだけ睡眠時間が増える。睡眠時間が増えると俺はハッピーだ。

 

 と、そこでふと周囲の空気がおかしいことに気付く。何故か俺は近場にいる生徒全員から信じられないものを見るような目で見られていて、そして俺をそんな目で見ている奴は時々食堂の奥の一つの席に視線を向けている。

 いったい何が起きていて、どうしてそんな反応をしているのかと女子生徒達の視線を追って食堂の奥の方にいる誰かを見てみたら……。

 

「あ」

「……あ」

 

 こちらの世界の主人公、織斑一夏が結構な量の料理を前にしたままこちらを見つめていた。

 

「……や」

「……いや、誰だよ」

「酷いね、あの夜はあんなに激しく抱き締めて、あんなに優しく撫でてくれたのに」

『一夏ッ!?』

「待て!俺は無実だ!」

「何度も何度も一緒の布団で寝たじゃない。その身体の温もりと、腕の中に居るっていう安心感に包まれて眠るのは……幸福なものだったよ?」

 

 そう言ってにっこりと笑顔を浮かべてみたところ、原作一夏が問答無用で襲いかかられていた。食事の時間くらい静かにしたらどうなのかね?

 なんて思いつつ前回この世界に来たときに稼いだ金を券売機に突っ込んでいくつか食券を買う。チャーハンと酢豚とラーメンを頼んで、すぐに出てきたそれを味わいつつ食べておく。BGMが原作一夏の悲鳴っていうのはあまりいいものじゃないけどな。

 

 ……あー、やっぱりIS学園の学食はこれはこれで美味いわ。最近はあんまり食べてなかったけども、アリだな。

 鈴や束姉さん達の作った飯に比べたら色々な面で負けてるような気がするけど。

 

「うぉっ!? ちょ、やめ……ギャーーー!?」

 

 ……騒がしいなぁ、まったく。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 06

 

 

 

 

 

 side 原作一夏

 

 し……死ぬかと思った……本気で死ぬかと思った…………。

 なんとかみんなに話を聞いてもらって生き延びる事ができたけど、本気で今回は危なかった……ラウラがそれなりに冷静で居てくれなかったら死んでたかもしれないな。

 と言うかラウラはなんで普通に頷いてられたんだ? 俺が二人いるとか、かなり特殊な状況だと思うんだが……?

 

「気にするだけ無駄じゃない?」

「……そうなのかねぇ?」

 

 まあ、確かに女の子の考えることはよくわからない事が多いし、今だってなんで俺に襲いかかってきたのか理由がわからない。

 謝ろうにも理由がわからないから謝れないし、相手が理不尽な理由で襲いかかってきてるんだったら絶対に謝りたくない。なのに理由を話せって言ってもみんな『うるさい!とにかくお前が悪い!』ってそればっかりだし……ほんと、どうなってんだよ?

 

「……で?」

「ん?」

 

 イライラしっぱなしの鈴が俺に不機嫌そうに話しかけてくる。そんなに俺が嫌いなら話しかけてこなけりゃいいだろと言いたくなるが、そう言ったらどうせまた俺が悪いって話にされて全員から殴られるだけだろうから言わない。

 代わりに、こっちも不機嫌そうな声で返してやった。

 

「……だから、なんなのよあれは?」

「……俺に聞くなよ」

「はぁ? どう見たってあんたじゃないのよ!? あんた以外に知ってるやつなんているわけないじゃないの!」

「知らねえもんは知らねえっての!つーか自分の事ならなんでもわかるって言うなら今すぐ今現在の自分の身長体重座高と寿命言ってみろ!」

「はぁ!? そんなものあんたに言えるわけ無いじゃない!って言うか女相手に体重聞くとか何考えてるわけ!?」

「ほら答えられねえじゃねえかよ!」

「答えられないわけじゃないわよ!」

「……と言うか、本当にわかっていないのか?」

「「あ゛ぁ!?」」

 

 鈴との激しい言い合いの途中に、ラウラの不思議そうな声が混じる。何がわかってないって?

 

「いや、だから───」

「あっ!? もう一人の織斑君が逃げたっ!?」

 

 ラウラにその言葉の真意を聞こうとした瞬間、周りにいた誰かが叫ぶ。その声につられて俺の居たところを見てみると確かにその姿は無く、いつの間にか出入り口に移動していた。

 

「それじゃあね~」

 

 ひらひらっと片手を振ってすぐに壁の向こうに消えてしまったが、それを見て一つ思い浮かんだことがある。

 

「……なあ」

「……何よ」

「……鈴や箒が会った『俺』って……あいつなんじゃないか?」

 

 だって俺は今日は箒やセシリアに殴られるようなことはしていないし、鈴に会いに行ってもいない。今日は授業以外で教室から出たのはこれが初めてだし……いやまあ確かにシャルには会いに行ってないけど、それ以外に思い当たることなんて一つもない。

 

「……つまり……」

「……わたくし達をたぶらかし……」

「……乙女心につけ込んで……」

「……期待させてから放置し続けたのは……」

「「「「……アイツか…………」」」」

 

 なんでだろうか。俺に怒りの矛先が向いているわけでもないのに超怖い。こんな時にはとりあえず飯を……うわ、冷めてる。温かい内に食べたかった。

 

「「「「一夏(さん)ッ!!」」」」

「はいっ!」

 

 こっちに矛先が向いた。なんだ? もしかして自分のせいで冷めた食事にケチつけたからか? だったら俺もう二度と飯に文句言うの辞める。

 

「そんなことはどうでもいいからさっさと追うわよ!」

「わ、わかった!」

 

 ちょ……超怖い……よくわからねえけど、どうやらあいつは相当怒らせることをやったみたいだな……。

 俺は立ち上がって『俺』の後を追う。どうせならすぐに捕まってほしいところだけど、多分そう上手くは行かないんだろうなと思いながら。

 

「うむ、今日も元気だパスタが美味い!」

「はいラウラ、ラウラも一緒に行こうねー?」

「む……せ、せめてこれを食べ終えてから……」

 

 ……ラウラは能天気でいいな。その鈍さが羨ましいよ。

 

 

 

 

 

 side 織斑一夏

 

 突然鬼ごっこが始まった。鬼は原作ヒロインズから数人抜いたIS学園の生徒達と、やる気はないけど原作一夏。逃げているのは俺一人とか……普通に考えればもう苛め以外のなんでもない。

 まあ、あくまで普通に考えればの話であって、実際にやるとなれば俺はさっさと逃げ回るわけなんだが。

 

「待ちなさ、ってはやっ!? めっちゃはやっ!?」

「IS使ってない筈なのになにあの速さ!?」

 

 後ろの方で何か騒いでいるような気がするが、俺は努めてそれをスルー。とりあえず500メートル48秒フラット(手抜き)の脚力を舐めてもらっちゃ困るね。

 ……いや、実際は舐めてもらった方が楽なんだけども、いくらなんでもそう上手く行ったりはしないだろう。なにしろ相手は国家代表候補生ばかりなんだから。

 ひょいひょいひょいと廊下を高速で歩き回り(走ったら千冬さんに怒られる)、階段を飛び越え、人の頭の上をすり抜ける。かんちゃんやのほほんちゃんの頭の上を飛び越えたこともあったが、どちらも飛び越えられたことに気づくことすらなくスルー。幸運極まりない。

 そしてそのまま俺は逃げ回る。シロの反応は隠してあるし、何も知らない相手にとって俺と原作一夏の区別をつけるのは至難の技……らしい。少なくともこの世界で俺が俺だと言うことに気付いたのは───

 

「居たっ!」

「おや、見付かった。なんでわかったんだろ?」

 

 シャルに見付かった。しかもどうやら俺が一夏ではないと確信しているらしい。

 

「一夏はISの反応を隠してないからね!」

「ああ、なるほど」

 

 確かにそうすればわかるわな。しかもそれは改善できないし、つけたら俺がどこにいるかもどっちが一夏かもわかってしまう。解決策ってのはどこにでも転がっているそうだが、この事についての解決策は……白式・雪羅をそこらじゅうにばらまくとかか?

 

 ……やったら後が面倒臭すぎるから却下だな。

 さて、どうやって逃げ切って見せるとしようか……?

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 07

 

 

 

 

 

 side 織斑一夏

 

 見付かっては逃げ、また見付かっては逃げしている間に、俺はアリーナにまで追い詰められた。流石は代表候補生と言うべきか、逃げ道を塞いで俺をアリーナにまで誘導するとは。

 

「もう逃がさないわよ……どこの誰だか知らないけど、自分のしたことを後悔しながら死ね!」

「死ぬのは嫌だなぁ」

 

 ……だけど周りは殺気立ってる代表候補生達に囲まれてるし、アリーナのバリアを破ってもいいけどそれをしたら千冬さんに怒られる。

 となると残る手は……ここで全員を迎え撃つのみ。相手はISを纏っているし、それなりに強めにやっても怪我はしない……筈!

 

 足に気を溜め、地を蹴る。瞬間、爆発的に加速した俺の体はラルちゃんの目の前にまで移動し、ラルちゃんがあり得ないものを見る目で俺を見たのがわかる。

 まあ、生身で瞬時加速をやるとかあんまり考えられないだろうし、驚く理由もその気持ちもわからないでもない。

 だが、それでも。

 

「動きを止めちゃダメでしょ? ラウラママ」

「……やはり、お前は───ッ!?」

 

 そう言いながら振るった俺の拳は、ラルちゃんのISの掌に止められた。シールドエネルギーに阻まれてダメージは通ってないと思うが、それでも多少シールドエネルギーを削ることはできているはず。

 なにしろ俺の身体能力はちー姉さんや束姉さんをもってして人外と言われるだけのものがあるし、ついでに某筋肉ダルマくらいある気を使って皮膚部を強化してある。強化された皮膚は硬化し、速度に伴ってかなりの威力を発揮するわけだ。

 ちなみに白い光を発するので、色々とネタ技として使えたりもする。今回の場合は……

 

「『白き終焉(ホワイトエンド)()波紋疾走(オーバードライヴ)!』」

「ぬぅっ!?」

 

 と、波紋使い風に叫んでみたりすればそれっぽく見える。同時に今回は【クロ】を燕尾服状に展開し、シールドエネルギーを発生させる。

 その直後に吹き飛ばされたラルちゃんに接近し、千の顔を持つ英雄で作った某戦国を最も強く支配した孤高にして最高の刀鍛冶の作った頑丈さに主体を置いて作られた刀を振るう。今度はビームエッジで受け止められ、そのまま鍔競り合う。

 

『何故私を一番に襲う?』

 

 ラルちゃんはギリギリと腕部を軋ませながらプライベート・チャネルで聞いてくる。オープンじゃないあたり優しいよな。

 

『複数対一で一番厄介なのがラウラママのAICとお母さんの絢爛舞踏だからね。まずはラウラママの行動を封じてすぐにお母さんを落とさないと逃げることもできなさそうだしさ』

『何故逃げる?』

『なんか怖い』

『把握した。まあ、かかってこい。私も少しは強くなったし、恐らくそれでは本気は出せなかろう? 揉んでやる』

『ありがと』

 

 絶刀を力任せに振り回し、ラルちゃんの後ろに回り込む。ラルちゃんの近くに居る限り、ほぼ全員の遠距離攻撃を封じることができる。外したらラルちゃんに当たるかもしれないし。

 まあ、近付いて来るならそれの方が楽なんだけどな。報復絶刀突っ込んでやればそれなりにシールド削れるだろうし、その他にも周りのが撃ってこれないように楯として活用することもできる。

 

 ……セシリー相手だとレーザー曲げて壁とか楯とか完全に無視して撃ち込んでくるから使えない手なんだけど。

 

「ラウラっ!」

「あ、来たね」

 

 片手でラルちゃんの相手をしているところに原作一夏が突っ込んでくる。その手には雪片二型を持っているが、零落白夜は発動されていない。

 そして振るわれる雪片弐型を、もう一本出した絶刀で受け止める。右手はラルちゃんのビームエッジが、左手は原作一夏の雪片弐型が抑えている。この状態だと多分……

 

「もらったぁ!」

「そこだっ!」

「ほら来た」

 

 上下から同時に切りかかってくる鈴とののちゃんの攻撃を、体を回転させることで弾き飛ばす。上下左右に絶刀を振り回したため四人にそれなりのダメージを与えられたが、代わりに全員から離れてしまった。

 が、すぐに俺は回転したまま今度はののちゃんの方に跳ねる。俺が居た場所にシャルとセシリーの射撃が突き刺さるが、当たらない攻撃に興味はない。

 セシリーのだけは曲がるから一応気を付けてはいるけど、曲がるの見てから回避余裕だからな。

 

 ……物理的におかしいと思わなくもないが、俺は気にしない。避けれないより避けれた方がいいし。

 

 絶刀二本を振るってののちゃんの使う雨月と空裂を押し込んでいく。俺の世界にいるののちゃん程じゃないにしろ剣術の腕が高い。流石はインターミドルの優勝者。

 

「貴様は何者だ!何故一夏の姿をしている!?」

「……はぁ……そんなんだから気付いてくれなかったんじゃないのかなぁ……?」

「何を訳のわからないことを!」

 

 ののちゃんはそう叫びながら俺に斬りかかるけど、俺はその剣撃を全て絶刀で裁いていく。流石は頑丈さに主眼をおいた刀、本当に折れないし本当に曲がらない、って言う触れ込みに誤り無しだな。

 本当は賊刀も使ってみたかったんだが、残念ながらこの体格で賊刀を使うのには無理がある。もう少し身体が大きければなんとかなるんだが……逆に言えばスケールダウンさせればそれでなんとかなるんだが、小さくしたら防御力に必要な重量がなくなるから浸透勁とか有効になりやすくなってしまう。

 第一、賊刀だとレーザー系は防げないからシルバースキンの方が有用だしな。

 

「まあ、いいからもうちょっとこの遊びに付き合ってよ。多分もうすぐ時間切れだし」

「……何の話だ?」

 

 俺は答えずにののちゃんの剣を弾き飛ばす。あっという間に再度格納される二刀だが、それを再展開するには多少の時間がかかる。

 その瞬間に俺は絶刀を振りかぶり、背後から来る衝撃砲と側方から来る荷電粒子砲を切り裂き、直後に展開装甲にエネルギーを回していたののちゃんに向けて両方の絶刀を突き出す。

 

「───【報復絶刀】!」

 

 突き出した二本の刃はののちゃんの胸部に突き刺さり……はせず、ただかなりの衝撃を与えて吹き飛ばしていった。展開装甲を防御に回していたみたいだから大丈夫だとは思うけども、かなり派手に吹き飛んでいったな。

 

「はい、一名様撃墜……っと。次行こうか!」

 

 俺は俺を睨み付ける四対の瞳を見返しながら、手に持つ絶刀を構え直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 08

 

 

 

 

 

 side 織斑一夏

 

「……百秋。私は『大人しくしていろ』と言わなかったか?」

「……いいまひた」

「ならば、何故騒ぎを起こした? ……いや、言わなくていい。およその内容はもうあの馬鹿共に聞いているからな」

「……ふぁい」

 

 ……現在、千冬さんのお説教を受けている。あの後いい感じに皆を追い詰めてはののちゃんが復活させ追い詰めては復活させを繰り返していたら、こっそりラルちゃんが呼んだらしく千冬さんがアリーナに現れてしまった。その証拠にラルちゃんだけはちゃっかりと説教の枠から逃れている。

 連絡したのは恐らく俺を探し始める寸前か、あるいはアリーナに俺を追い詰めた直後。時間的に考えれば俺がアリーナに追い詰められた後に誰かを通じて連絡したんだろう。

 その誰かと言うのは恐らく……かんちゃんかたっちゃんのどちらかだろう。ラルちゃんなら性格から考えて恐らくかんちゃんの方だと思うけど。

 

「まったく……いいか? お前と言う存在は本来この時この場所に居ること自体が不自然な存在だ。お前の戸籍はこの時代には無いし、その事から誘拐されたりしても国家権力に頼ることすらできない。いや、むしろ国がお前の事を知れば積極的に誘拐しようとして来るだろう。どこの国であろうとそうなってもおかしくない。その事をよく理解しておけ」

「……はひ。ごえんらはい」

 

 ……うん、ほっぺを摘ままれたままお説教とか優しいよね。ちー姉さんには危ないことやったら生徒指導室で……おっと、この記憶は封印しておかないと。俺じゃなくてちー姉さんの世間体がヤバイ。

 むにむにと引っ張られていたほっぺを放され、次は掌でぷにゅっと押し潰される。厳しい表情を浮かべていた千冬さんはようやく頬を緩めて…………

 

「……さぁて、次は貴様等ダ」

 

 ……背後の原作一夏達に凄まじい怒りの表情を向けた。俺の方からはその表情は見えないが、原作一夏達の反応や背中から滲み出す憤怒の気配を見てしまえばどれだけ怒っているかがわかる。

 千冬さんはちー姉さんと違って人類最強級ではあっても人類最強種ではないから目の色が反転していたり瞳孔が縦に細く裂けるようになっていたりはしないと思うが、それでも結構怖い。

 

「お前達に説教をする前に言っておくことがある。……何故、ラウラだけは私の説教を逃れることができたのか、わかるか?」

 

 千冬さんはほんの僅かに怒りの気配を緩めると、原作一夏達にそう問いかけた。なんでそんなことを聞かれたのかわからない風だったが、代表して鈴が答える。

 

「えっと……織斑先生にこの騒ぎの事を伝えたから……ですか?」

「違うわ馬鹿者」

 

 いつの間にか千冬さんの手の中に現れていた出席簿が鈴の脳天に振り下ろされた。多分あれは俺がさっき双刀で殴ったのよりも痛いだろう。シールドも無いし。

 しゅうぅぅ……と頭から煙をあげながら倒れて悶え続ける鈴を無視して千冬さんは話を続ける。

 ……と言うか本当に痛そうだ。まだプルプル震えてるし。

 

「では、一夏。何故だと思う?」

「わかりませきゃぴっ!?」

「堂々と胸を張って言うようなことではないわ愚か者」

 

 今度は原作一夏が出席簿の餌食となった。振り下ろす速度はさっきの鈴の時以上だったのにあまり音が出ないところに恐怖を感じる。

 原作一夏は悶えることすらできずに頭を抱えて呻いている。絶対あれ痛い。まともな神経を持ってれば間違いなく痛い。

 

「……やれやれ、本当にわからんのか……ラウラ!」

「はっ!」

 

 千冬さんに呼ばれたラルちゃんはその場で踵を合わせて敬礼する。流石軍人と言うかなんと言うか、命令から実行までのタイムラグがほとんど無い。

 

「お前はいつ百秋が百秋であることに気付いた?」

「はい!百秋が食事のために食堂に入ってきてすぐであります、教官!」

「ラウラ、教官はやめろ。わかったら楽にしていい」

「はっ!」

 

 ザッ、と気を付けの体勢から休めの体勢になるラルちゃん。随分と調教されてるなぁ……。

 ただ、やっぱりこっちの世界でもラルちゃんの教官呼びは直ってないんだな。

 

「……理解したか? ラウラは百秋の姿が変わっても百秋を百秋であると認識していた。しかしお前達は百秋が百秋であることに気が付かなかった。その差だ」

「だ、だからと言って普通はあの百秋が突然成長するなど考えないではありませんか!」

「馬鹿者、そもそも時間を移動して過去にやって来ること自体が考えられん話だろうが。お前の姉が絡めばおよそこの世に不可能なことなどありはしないと理解しておけ」

 

 今度はののちゃんの脳天に出席簿が突き刺さる。スコーン!といういい音が響いたが、どうやら衝撃は拡散したのではなく綺麗に奥の奥まで浸透し、響かせていったらしい。正座していたののちゃんの足元が崩れそうになっていることからもそれが理解できる。

 

「要するに、一夏と百秋の成長した姿の区別がつかなかったお前達は、百秋に対する愛情どころか一夏に対する愛情すら足りていないと言うことだ!」

「「「「「な、なんだってーー!?」」」」」

 

 千冬さんにビシィ!と指で差されながらそう言われ、原作一夏達は凄まじいダメージを心に受けたようだ。

 原作一夏は主に俺に対する愛情不足に嘆き、その他の者は一夏への愛情不足を嘆いているようだったが……確かに、ちょっと観察力が足りていないのは確かだよな。

 ちなみに千冬さんは一目見たときから俺が『百秋』だと言うことに気付いていたし、俺は実は『織斑一夏だ』等の混乱させるような名乗りを上げていない。態度も原作一夏と同じようにしようともしていないし、意識していたのは呼び方を『百秋』の物にしようとしたくらいで、それはむしろヒントになる方だからわかりにくくなることは無い……筈なんだがなぁ……。

 

「……じゃ、じゃあなんで百秋はこんな風に突然大きくなってるんだよ?」

「百秋。説明してやれ」

「大天災さんがパパとおかーさんと一緒にいろいろえろえろできないからパパとおかーさんの子供である俺を成長させていちゃいちゃしてラブラブしてえろえろしてもう我慢できなーい!って鮮やかな青の粉薬を……」

「なぁにやってんですか束さぁぁぁぁぁんッ!!」

 

 原作一夏は学校中に響き渡るんじゃないかと言うくらいの音量で叫び声を上げた。うるさい。

 

「喧しい」

「へぎゅんッ!?」

 

 そんなうるさい原作一夏は千冬さんに殴られて死んでしまうと言う格言通り、原作一夏は千冬さんにぶん殴られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 09

 

 

 

 

 

 

 色々と騒ぎがあったがそれも終わり、俺はいつも通りにのんびりとしていた。

 いつも通りにしていたと言ってもいつもの通りに眠り続けたわけではなく、ただ単にのんびりしていただけだが。

 そしてIS学園的には放課後になり、俺はアリーナの観客席でぼんやりしながら原作一夏達がやっている訓練の風景を眺めていた。

 

「……どうだ? お前のいた時代の私達は、今よりももっと強かったか?」

「間違いなく。お母さん達はこの時代よりもずっと強くなってるよ」

 

 隣に座っているラルちゃんが俺にそう問いかけるが、俺は俺の世界の他の皆の話を返す。俺にはそれしかできないし、そうするのが一番自然だ。

 実際に俺のいる世界のラルちゃんはかなり強くなっていて、千冬さんになら普通に勝ててしまいそうだ。ちー姉さんにはまだまだ勝てそうにないけども。

 

 ちなみになぜラルちゃんがここに居るかと言うと、俺が戦闘中に前言通りにラルちゃんとののちゃんを集中して狙っていたからに他ならない。結果としてラルちゃんはののちゃんの絢爛舞踏での回復抜きだと三回以上落とされるほどのダメージを受けており、自己修復をフルに使っても今日一日はISを展開させない方がいいと言う結論からおやすみと言うことになっている。

 なお、報復絶刀三発と双刀之犬二発、断罪炎刀一発、薄刀開眼五発を食らった筈のののちゃんはピンピンしたまま原作一夏と鍔迫り合いを演じている。

 ……紅椿の展開装甲を完全に防御に回すだけであれだけの防御力を簡単に得るとか、世界は違えど束姉さんの技術力は気違い染みていると言える。むしろ気違いそのものかもしれないレベル。

 

 ……一撃の威力だったら双刀之犬はかなりでかい方なんだが、それでも殆ど無傷と言うのは正直頭が下がる。上がりようがない。あと恐ろしい。

 ……こうなったら鎧もシールドエネルギーも無視して自在に衝撃を撃ち込むことができる技の候補の一つとして浸透勁とか柳緑花紅とかそういった類いの技でも叩き込んでみるか。俺の世界のののちゃんは浸透勁を自分で内臓を振動させることで完全に受け流して見せたりもしたが、こっちのののちゃんはどうやって避けるかね? 楽しみ楽しみ。

 

「……ああ、そう言えば……未来では嫁は元気に過ごしているか? 幸せに生活しているか?」

「多分ね。他人の考えていることなんて早々わかるものじゃないけど、少なくとも幸せそうではあるよ。……もちろん、お母さんや鈴母さんやセシリアママやシャルママやラウラママや……おかーさんもね」

「…………そうか」

 

 俺の話を聞いたラルちゃんは、ゆっくりと息を吐いた。その目はいったい何を見ているのかわかったものではないが、少なくとも不幸な未来を映そうとしているわけではなさそうだ。実際左目は隠されていて全然わかりゃしないんだが。

 ……それにしても、原作の世界での一夏と俺とは全く違うな。俺は眠たがりの面倒臭がりで、原作一夏は友人思いの熱血漢。キャラクターの外身は同一の筈なのに、中身が違うとここまで変わるのか。

 

 ラルちゃんと並んで眺めるアリーナでは、原作一夏の駈る雪羅を絢爛舞踏によるエネルギーのごり押しで押し切ろうとしていて、それを原作一夏は必死に凌いで隙を狙って零落白夜の白光を纏った雪片を振るう。

 それをののちゃんは後方への瞬時加速で避けて即座に停止し、雪片を振り終えた瞬間に雨月から放たれる真紅のエネルギー弾を撃ち込んでいく。

 

 エネルギーを全て消し去る零落白夜と、エネルギーをほぼ無限に増幅させる絢爛舞踏。一発当たれば勝てる原作一夏と当たらなければ勝てるののちゃん。最速最高攻撃力の雪羅と自在に能力値を変えることができる紅椿。相性的には互いに最悪だが、どちらかと言えば取れる手の多いののちゃんの方が有利そうな気がする。

 一発当たれば逆転できる原作一夏を相手にするなら油断はできないだろうが、それも常に全力で逃げ回りながら時折足の裏や爪先から攻性エネルギー弾幕でも撃ち込んでやれば割と簡単に勝てるだろう。

 零落白夜のバリアを張りながら瞬時加速しつつ零落白夜で攻撃されたりしたら危ないかもしれないが、それも当たらなければ問題ない。それも雪羅に匹敵しうる速度を出せる紅椿を使うののちゃんであれば、直線でしか動くことのできない瞬時加速からの攻撃を避けることなど空中にある爪楊枝を居合で二つにするよりも容易いことだろう。

 

 ……俺の世界のののちゃんの場合、ソードサムライXを使って零落白夜のシールドやら零落白夜を纏っている雪片ごと両断しそうで怖いが、あれには鞘がないから得意の居合を使えないから少しはマシだ。

 ほんと、あの時に渡したのが斬刀じゃなくてよかったよ。ののちゃんだったら間違いなく光速を越えると言う最速の零閃を使えるようになるだろうし。と言うか今ですら斬刀無しで空間も時間も越える斬撃を平然と使ってくるし。

 

 ちなみにののちゃんは居合からじゃないと時越えの剣を使えないが、ちー姉さんは抜き身で無構えの状態から平然と連発してくる。あの人は本当に人間なのかと。

 

 …………あ、そうだ忘れてた。俺の戦闘記録を消しておかないと。俺が時間を越えてここに居るって設定なら記録が残ってるのは間違いなくマズイ。

 が、幸運なことに俺には電子を操る【IS】であるシルバーカーテンがある。空中に電子回路を繋げて軽くハッキングして……ついでにアリス・イン・ワンダーランドで全体的に計器をおかしくしてハッキングを受けていることを察知させずに今日のアリーナの戦闘記録を全てまるごと消しておく。

 ただ消しただけだと時間と金をかければ復活させられないこともないそうなので念入りに消した後にハードの一ヵ所にデータの残滓を集めてハードごと消滅させ、新しくその位置に全く同じ規格のまっさらなハードを繋げておく。

 地下にあったバックアップも一緒に消しておけば……まあ、これで大体問題ない筈だ。

 あと、今日一日はアリーナを含む学校中の監視カメラにはお休みしてもらう。織斑一夏が二人いるのはまずい。

 

 ……束姉さんも学園に来る度やってたし、データが消えている方がまだ騒ぎは小さく収まる筈だ。

 

 ……さてと。やることはやったし……寝るかね。帰ろうとすればいつでも帰れるんだし、この世界を楽しめるだけ楽しんでから帰るとしよう。

 

「……眠るのか。ならば私の膝を枕にしていいぞ」

 

 ぽすっ、と俺の頭がラルちゃんの膝の上に乗せられた。……うん、じゃあ……お休み。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 09.5

 

 

 

 

 

 side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 私の膝ですやすやと眠る、嫁とほとんど同じ姿をした嫁と教官の子の頭を撫でる。百秋の成長した姿だと言う事だが、外見はやはり嫁そのものであると言わざるを得ない。

 しかし、その内面はけして嫁のものではない。百秋は嫁のように鈍くはないし、嫁と違って好意を行動で示すことが多い。それは篠ノ之や凰等がいつも百秋に言ってきたことを百秋が実践しているからだろうと教官は言っておられたが、恐らくそれは正しいのだろう。

 いつもいつも嫁が鈍いことを理由にして羞恥心を爆発させてきていたが、百秋は確りと言っていたではないか。私達も嫁と結ばれ、そして子を持っているものが教官以外にも居ると。

 そして……嫁があまりにも鈍かったから、色々と捨て身で嫁に向かっていって見事に成功して見せた……とも。

 

 さら……と百秋の柔らかな髪を撫でる。百秋はむにゃむにゃと口の中でなにかを呟くが、何を言っているのかは聞き取れない。

 しかし……なんだ、百秋を見ていると何故かこうして触れあいたくなってくる。シャルロットがいつも私の事を撫でたり抱き締めたりしたいと言う理由がこの気持ちにあるのだとしたら、ついついそれを許可してしまいそうだ。

 

「なにがかしら?」

「ぬぅっ!? 出たな化け猫っ!」

「化け猫!? 流石のお姉さんもそんな風に呼ばれたのは初めてよ!?」

「喧しい、騒ぐな。百秋が起きてしまうだろうが。子供はよく食べ、よく遊び、よく学び、よく眠ることで大きくなると言うことを知らんのか。遊ぶことを欠かして育ってきた私がこうして貧相な身体をしてしまっているように、百秋の身体になんらかの不具合が出てしまうようになったらどう責任を取るのだ?」

 

 私がそう言うと化け猫は目を見開いて固まった。やはり、こうして一方的に話を叩き切ればあまり干渉してこないらしい。

 特に、相手が本気で重要だと思っているものや心底大切にしているものには手を触れようとはしない。その代わり、それに触れない限界ギリギリの場所までは平然と踏み込んで荒らしてくる。実に気に入らない奴だ。

 

 ……だが、今の私は普段よりもずっと余裕がある。百秋から話を聞いて、私も母になることがわかったのだ。

 母であるならば余裕を持つべきだと言う話を聞いた。母になるならば自分の子を守るくらいの事はできなければならない。そして、本当に愛し合った者との間に子供ができれば、母という生き物は嫌が応にも強くなるらしい。

 今は、私は母ではない。しかし、いずれ私は母になる。ならばその時を無事に迎えることができるよう、今から私は強くならねば。

 

「……ふふーん? ラウラちゃんってばかっこいいこと言うようになったじゃないの」

「私は強くなると決めたからな。わかったらさっさと嫁に稽古でもなんでもつけてやれ」

「……つまり『さっさといなくなれ』ってことでいいのかしら?」

「化け猫が近くに居ては子供の教育に悪いだろう。自重しろ」

「はいはい、わかりましたよーだ」

 

 扇子をぱちんと鳴らし、化け猫は観客席から消えていく。じとりと睨み付けるのを辞めて、百秋の手を優しく撫でる。

 

「……もう行ったぞ、百秋」

 

 私がそう呟くと同時に、百秋の手から力が抜け……、かしゃんと一振りの日本刀が落ちる。左手にそんなものを握っていながらもあの化け猫にそれを悟らせずにいた百秋も、私ですら出てくるところを見ていなければ間違いなく見逃していただろうその刀も、間違いなくただものではない。

 落ちた日本刀に手を伸ばし、峰をつまんで拾い上げる。ISを展開すれば多少重かったりしても問題なく持ち上げる事ができるので楽でいい。

 

 拾った日本刀を見てみるが、実に普通の……なんの変哲もないただの刀。しかしその刃紋の美麗さや実用性は馬鹿にできないものがある。それこそ、友人である箒の持つ緋宵に匹敵するか、あるいは凌駕すらしかねないほどに。

 銘はわからないし鞘も見当たらないが……ISの拡張領域から取り出したのなら鞘がある必要はないし、そもそも名前なども必要ない。問題はこの刀はどう見てもISを装着している最中に使うものではないと言うことだ。

 ……まあ、百秋が使っていたようなほぼ服と同じ形状のISを使っているのならば話は別だが、態々装甲を外して服の形態のISを作ったところで試合では使えたものではないがな。

 実戦となれば話は別だが……それも一発限りの隠し玉のような扱いとしてしか使えない。暗殺用にはもってこいだし、逆に暗殺を防ぐためという目的だったとしても十分な効果を見込むことができるだろうが……と、なるほど、それで十分なのか。

 嫁と教官の子ならば倫理的な理由やら何やらと色々な理屈をつけて世界全体から狙われかねないし、恐らく実際に何度か狙われてもいるだろう。そうでなければ@クルーズでの強盗騒ぎの時に、あれほど素早く正確に行動する事などできなかったはずだ。

 

 そこまで考えた時点で、私は何故百秋が眠りを愛するのかを理解できた気がする。恐らく百秋は、こうして確りと眠ることはあまりないのだろう。いつ襲われるかわからないから、いつでも何があってもすぐに対応できるように深く眠らずISを携帯し続ける。そして誰かが近付けば、一瞬にして展開された武器でその相手を両断して見せる。あの化け猫が近付いてきた時に見せた反応がその証拠となるだろう。

 私は百秋の頭を撫でる。せめてこうして過去に来ている間だけでもいい。百秋が安らかに眠れるようにと願いを込めて。

 

 ……しかし、あの化け猫はいったい百秋に何をしたのだ? 眠っている所を叩き起こしたと言うにはやっていることが甘いし、だからと言ってその類いの事以外で百秋が相手を嫌いになることなど考えにくい。

 そうなると……何か小さな事を何度も何度も繰り返した、と見るべきか。化け猫にしては珍しく、随分と馬鹿なことをしたものだな。

 

 ……それはそれとして、百秋の顔を覗き込む。やはり、見た目は完全に嫁だな。恐らく教官と嫁の遺伝子の重なりの多いところを教官から受け継ぎ、嫁から嫁らしい部分を受け継いだのだろう。

 しかし……嫁の鈍さだけは継いでいないでいるらしいのは、恐らく幸いなのだろうな。教官は教官で実は結構相手からの好意に鈍かったりもするが、そっちの方も継いでいないようで安心した。

 私が言えることではないが……まあ、元気に育て。私も私の目のできる範囲で、私のこの思いを嫁に伝えていく事にするから。

 

「ん~……がんばれぇ……」

「……ああ、頑張る」

 

 私はまた百秋の髪をくしゃりと撫で、のんびりと嫁達の訓練を見学し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 10

 

 

 

 

 

 目が覚めたら俺の元居た世界に戻っていた……なんて事は今回は無く、アリーナの観客席で眠ったときの体勢のままだった。

 ただ、膝枕をしていた筈のラルちゃんはそこにはおらず、その代わりに俺を膝枕しているのは千冬さんだった。ラルちゃんはどこに行ったのかと気配を探ってみれば……なんと言うことはない、ラルちゃんもラルちゃんで千冬さんの脚の向こう側で眠りについていた。

 

「……ああ、起きたか、百秋」

「……ん、起きた」

 

 ぎゅうっと肩を伸ばし、身体を起こす。首をくきくきと曲げて筋を伸ばし、眠気を少しだけ払う。

 今は眠くても身体を大きなまま固めておく事ができてはいるが、ちょっとした失敗からまたすぐに小さくなるようになられると今回はかなり困ってしまうので一応の用心だ。

 ……しかし、やっぱり千冬さんとちー姉さんでは撫で方が全く違う。ちー姉さんは俺の事を撫でなれているから恐る恐る撫でると行ったことはないし、およそ俺の好きな撫で方も理解しているのに対し、千冬さんはやはり撫で慣れないのか少しぎこちなく撫でてくる。

 普段、他の人が相手なんだったらもっと自然体で撫でたりできるんだろうが、身内にちゃんと優しさを前面に出して触れあったことがないのかね?

 だとしたらそれはちょっとばかり問題だ。俺を練習台に少し触れ合いの訓練をしておいた方がいいかも知れない。

 

 ……ただ、千冬さんってそう言う方面に関してはかなり不器用そうなイメージがあるからなぁ……偏見かもしれないが。

 そう言う類いの事に関しては多分束さんの方が上手なんだろうね。愛情を素直に表に出して見せるってのには勇気が必要とか言う言葉をどこかの誰かさんが言っていたような気がしなくもないし。

 ……ん? と言うことは……千冬さんってつまるところヘタr

 

「何か失礼なことを考えなかったか?」

「おかーさんはパパの事が大好きなのに愛を囁いたりするところを見たことないなぁ……って言うのが失礼な事になるなら考えてたよ」

「ぬ……」

 

 まあ、俺としてはそう言う言葉は自分の言いたい時に言えばいいと思ってるから別に千冬さんが愛の言葉を囁こうが囁くまいが構わないんだけどさ。

 だけど、全く言わないのもどうかと思うってだけの話だし。

 

「ちなみにパパはよくおかーさん達に愛を囁いてるよ? 囁く度に周りから『このシスコン』『このシスコン』『シスコンですわね』『ラウラ、シスコ○ン食べる?』『む、頂こう』『……シスコン』『一夏さんのシスコンっ!』『あらあら、やっぱり一夏君はシスコンねー? お姉さんちょっと頑張っちゃおうかしら♪』『ちーちゃんのブラコン~♪ 束さんも混ぜびゅろすぶるむっ!?』って言われてるけど」

「何故か私が罵倒されていたんだが」

「そこはほら、大天災さんだから」

「…………」

 

 納得してしまったらしく、頭を抱えてしまった千冬さんがそこにいた。きっとこの人はこの人で色々と苦労があるんだろう。なにしろ近くに居るのが束さんと原作一夏くらいなもので、束さんは友人兼トラブルメイカー、原作一夏は庇護対象と言う神経を削りきる気満々の組み合わせだったわけだし。

 ……俺のところでも似たようなものだったけど、なんでか千冬さんとは違ってちー姉さんはあまりストレスを感じていなかったような気がする。ある日を境に時々悲しげな顔をするようになっていた頃もあるにはあったが、普段はかなり気楽に過ごしていたような気がする。

 ……俺の気付かないところで苦労していたと言われたらそれまでなんだが、その辺りはあまり考えないでおこう。前にその事で考え事をしてたらいつのまにか夜更かししていて周りの奴らにめちゃくちゃ心配かけた事があるから、同じように考えてしまったらまた心配かけるかもしれないし。

 

 ……あ、そう言えば……。

 

「おかーさん、お弁当はどうだった?」

「む? ……ああ、うむ、美味かったぞ」

 

 何故か千冬さんの表情に陰が浮いた。やっぱり千冬さんも料理は上手くないんだろうか。

 仕事系……家庭科の入らないことなら千冬さんもちー姉さんも大体なんでもできるのに、家庭科の領域に入ると突然ポンコツになるらしい。少なくともこの世界には魔法とか超能力とかそういった類いの物は無かった筈なんだけど……なんでかちー姉さんだけは料理を介して異世界の錬金術みたいなものを使ってるんだよな。原因とか理由とかそう言うのはわからんけども。

 なにしろあの束姉さんが全力で匙をぶん投げた程の事だ。ある程度の法則すらも見付からず、そもそもちー姉さんが作った料理の成分を調べてみたら全体的に地球上で発見されていない新物質の中でも毒性の強いものがいくつも見つかったそうだし、明らかに科学の範疇からはみ出している訳のわからないエネルギーを発散していたりもしたらしい。

 勿論放射線等ではなく、ただただ人体に有害なだけのエネルギーらしい。いったいちー姉さんはどこに向かおうとしているのだろうか。

 

 ……いやいや、確か前に束姉さんがそのよくわからない緑色の光を発する新物質を使ってなんか動力を作ろうとして成功していたはずだ。作ってみたら作ってみたでどこかのお話に出てきた架空のエネルギーによく似た性質を持っていたそうだ。

 確か……コジマ? とか言ったか。間違いなく不味い物質だったそうなのでどこぞの小惑星の上で半物質とぶつけて毒性ごと対消滅させることでなんとか処分したらしい。

 ……ちー姉さんの料理怖い。((((;゜Д゜)))

 

「ど、どうした百秋、なぜ突然震え出した?」

「な、なななんでもないよおかーさん? 一口食べただけで幽体離脱した事なんて思い出してないよ? 匂いを嗅いだだけで全身の筋肉が麻痺して呼吸も心臓も止まっちゃった大天災さんにパパが必死に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返していたことなんて忘れたよ?」

「私は上手くなるどころか下手になっているのか……」

 

 ……いやまあ、千冬さんの料理がそこまで酷くなるかどうかは知らんけど、少なくともちー姉さんの料理はそのくらいだった。あれから作ってないからどうなってるかは知らないが……ちー姉さんの事だし上手くなっているとは思えない。

 

 ちなみに束姉さんがちー姉さんの料理でガチで死にかけたときには俺が必死に食べた物吐かせて胃洗浄して心臓マッサージと人工呼吸を繰り返したのは間違っていない。あれは本当にやばそうな顔色だった。

 ……そう言えば、束姉さんが俺に優しくなったのはその事件の後からだったような気もする。ちー姉さんはめっちゃ落ち込んでたけど。

 ちなみに俺が幽霊が見えることに気付いたのもこの事件が発端だった。束姉さんの生き霊が身体の外に出ないように押し込みながら色々と仕事をするのは大変だったな。うん。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。