IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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夏休みシリーズ 裏1~4

 

 

 

 超外伝、夏休み 裏の1

 

 もう一人の俺と別れた俺は、鈴とセシリーの居るはずのウォーターワールドに向かっている。

 確かウォーターワールドではなんかのレースをやっていて、優勝者には沖縄旅行のペアチケットが貰えたはず。何泊かは忘れたけど。

 けどそれは鈴とセシリーがISを使って喧嘩を始めたせいで大会そのものが無かったことにされてしまっていたはず。だったら、俺が貰って金券屋に売ってもいいよな? そしてこの世界へのインフレを止める足掛かりにしよう。

 きっとなんとかなる……と思う。

 

 そんな訳でサテライト30を使ってさらに二人に分身。その上で【IS】ライアーズマスクを使って顔をマゾカとちょろータムに変える。

 偽名は………どうせバレないし、篠斑(しのむら) (えん)と篠村 (あき)でいいや。

 ライアーズマスクって声とかも変えられるから便利だよな。前にもこの事で便利だって言った覚えがあるけど、便利なものは便利なんだから仕方無い。

 

 そんなことは置いといて、その偽名で水上ペアタッグ障害物レースに参加。水着は適当に似合いそうなのを千の顔を持つ英雄で作った。

 マゾカは年齢からか体にあんまり起伏はないが、ちょろータムは意外(想像したこともなかったが)に起伏の激しい体つきをしていたのであまり揺れないようにするのがそこそこ大変だった。

 最終的にさらし……なんてことはなく、極々一般的な物に落ち着いた。

 

 ……水着って首絞めることもできるよな。ということでひとつ。

 

 

 

 そんなこんなで参加した水上ペアタッグ障害物レースでは、とりあえずルールだけは守って行くことにした。

 なお、水着は俺達で揃いの黒い一般的な物にしている。

 布地が多いわけでも少ないわけでもなく、けして薄くはなく、ついでになかなか(どころの話ではなく)丈夫。多分そこまで目立ってはいないはず。

 

 …………ちなみに、俺はとある理由から女装にはあまり忌避感はない。ちー姉さんが俺で遊んだとか束姉さんが俺で遊んだとか鈴が以下略ではなく、ただ単にどうでもいいだけ。小さいときならかなり似合うらしいし。

 

 準備運動をしながら鈴とセシリーが参加しているのを確認。参加するペアは俺達を含めて13組で、人数は26人。コースは泳いで渡るのはまず無理だが、ショートカットならできそうだ。

 具体的な方法は、とある漫画の女好きな黒足コックがやっていた人一人乗っけて蹴り飛ばす方法とか、普通にジャンプとか、水の上を走るとか。

 はっきり言って、余裕過ぎる。一般人には無理だろうけど、俺の世界の鈴とセシリーだったらすぐにクリアできそうだ。ののちゃんとちー姉さんでも可。

 

 まあ、それなりに普通にやるけど。

 隣にいるマゾカの姿の俺と軽く拳を合わせ、のんびりと開始を待つ。

 

 ……丁度いいし、ルールの確認をしておこう。

 まず、妨害は可。そしてショートカットも禁止されていない。ただし一度プールに落ちたら落ちたところからやり直し。

 妨害は他人に怪我をさせない程度になんでもしてよし。二つ以上の組がグルになって他の組を蹴落とすのもよし。本当に俺の得意なタイプのレースだな。

 妨害上等のレースとか、大得意だったりする。マ○オカートとかキャノンボール・ファストとか。

 

 ……お、もう始まるな。目立たないようにこっそり二位か三位くらいにつけとけばいいか。シルバーカーテン使ってステルスしながら。

 そして最後の最後に全部まるごとひっくり返すと。あっはっはっは。

 

 

 

 

 

 side 原作鈴

 

 開始直後。いきなり飛び出そうとしたほぼ全員が、黒いビキニを着た一人の女によってプールに叩き込まれた。

 その中にはあたし達はいなかったけど、それは単に別の妨害を避けていただけのことで、その事を読んでいた訳じゃない。

 

 その女はうまいこと大半をプールに叩き落としてから、一番近い浮き島の真ん中より少しスタートよりの場所に陣取った。

 それはまるっきり『ここを通りたければまず私を倒してみろ』と言っているようなもので、あたしとセシリアを含むほぼ全員がその女に向かっていった。

 

「―――ハ。甘ったるいんだよ」

 

 ……けれど、その女はあたし達のことを鼻で笑い飛ばし、人間とは思えないような力を振るう。

 あたし達の前でその女につかみかかろうとした二人の筋肉質な女は、共に肩を横向きに押されて吹き飛んだ。

 

「甘ぇ甘ぇ甘ぇっ!この私とまともに戦いてえんだったらもっと強くなってから出直して来やがれ!」

 

 次々に襲いかかる女達を、それこそ綿埃か紙屑のようにぽんぽんと吹き飛ばす。

 あたしたちを含めて誰一人としてその女を越えることはできていなくて、その女は堂々とそこに立っていた。

 

「どうしたどうした、そんだけ数がそろってて、私一人もどうにかできねえのか?」

 

 その女は左手を前に、右手を胸のすぐ前に構え、そしてあたし達の方に突き出すようにしている左手で、ちょいちょいと手招きをする。

 

「さっさとかかってこいよ。女は度胸だ。あんまり度胸が無いと惚れた男に気付いてすらもらえずに他の女に奪われちまうぜ?」

 

 その瞬間、あたしの脳裏に映ったのは、目の前のこの女と一夏が腕を組んで仲良さげに歩いているところだった。

 

 ―――あたしがいくら話しかけても一夏はあたしに見向きもしないでどこか遠くに歩いていく。

 

 ―――離れていってしまう背中を必死に追いかけるけど、どんどんと一夏たちの姿は離れていってしまう。

 

 ―――一夏を中心として光り輝いていたあたしの世界は闇に呑まれていって、その闇があたしの全身に絡み付いて動きを邪魔する。

 

 ―――不意に、一夏と腕を組んでいるあの女が、闇に呑まれていくあたしを振り返る。

 

 ―――そして、なす術もなく闇に呑み込まれていくあたしを眺め―――嘲笑った。

 

 その瞬間、あたしの中のなにかが振り切れ、あたしは全力であの女に殴りかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超外伝、夏休み 裏の2

 

 side 原作セシリア

 

 いきなり飛び出した鈴さんは、わたくし達の前に立ち塞がる女性に向けて拳を突き出す。あまりの早さと不意を打った行動にわたくし達が動けない間にも鈴さんとその女性の距離は詰まっていき、鈴さんの拳がその女性に突き刺さる寸前に鈴さんは急にその方向を変えた。

 ぐんっ、と流れた鈴さんの体にはその女性の掌が押し付けられ、受け流されてしまう。

 それだけで止まるわけもなく、鈴さんの勢いにその女性の力がわずかに上乗せされた鈴さんの体は、ぽーんとわたくし達の方に投げ飛ばされてきた。

 

 わたくしは投げ飛ばされた鈴さんを受け止めましたが、鈴さんはなぜか異様な興奮状態にあり、その女性に向かって今にも飛びかかっていきそうでした。

 

 わたくしがそうしている間にも、次々に他のチームの方々がその女性に向かって行ってはあえなくプールに叩き落とされたりわたくし達のいるところまで放られたりして、誰一人としてその先へは進むことができていません。

 

「セシリアっ!放せっ!あたしを放せぇっ!」

「放せるわけが無いでしょう!何があったかは知りませんが、いくらなんでも興奮し過ぎです!」

「知らないなら黙って」

「鈴さん!!」

 

 わたくしの一喝に、鈴さんの動きが止まる。その隙にわたくしは、鈴さんの耳に入る程度の音量で、できるだけ落ち着いた声で話しかける。

 

「わたくしは、鈴さんとあの方の間に何があったのかは存じません。しかし、何をするにもそこまで熱くなってはいけません」

「……っさい」

「ですから………鈴さん?」

 

 わたくしの言葉を切るようにして鈴さんが何事かを呟く。その言葉に耳を済ませようとしたその時に、わたくしは鈴さんから弾き飛ばされてしまった。

 何が起きたのかと思って見てみれば、そこに居たのはISを纏っている鈴さん。その視線は明らかに目の前の女性を睨み付けていて、それ以外は一切眼中に無いようだった。

 

「へぇ? 随分と沸点の低い奴だなぁ? そんなに自分の男が取られそうで心配か? まあ、この程度でいちいちそんな怒ってるんだし、それも当然っちゃ当然か。自分の魅力で男の一人も押さえつけておけないなんざ………恥だな」

 

 鈴さんはその挑発に耐えることができずに、ISを纏ったまま殴りかかった。普段よりもそれらの行動が遅く、そして武器を使っていなかったのは、最低限残った代表候補生としての理性のようなものだったのかもしれない。

 しかし、それでもISというのは人を殺すに足りる兵器。通常ならばISが襲いかかって来たなら、恐怖で体は固まるもの。目の前の女性もISのことを知っているなら―――

 

「よ、っと!」

「なっ……!?」

 

 わたくしの目の前で、常識が崩れ始めた。

 本気を出していないとはいえ代表候補生である鈴さんの操るISが、ISを使っていない一般人の手で軌道を逸らされて浮き島に叩き付けられる。

 そして叩きつけられてすぐに跳ね返ってきた鈴さんを、わたくしにピンポイントで狙いをつけて投げつけた。

 

 すぐさまわたくしもISを展開して鈴さんを受け止める。しかし、まるで助走をつけて加速したかのような速度で飛んできた鈴さんを受け止めると、その速度と質量にシールドエネルギーが削れ、体が後ろに流される。

 

「……頭は冷えましたか?」

「……ごめん、セシリア。熱くなってた」

 

 素直に謝る鈴さんを降ろして、あの女性に向き直る。

 ISを纏った代表候補生を、生身で投げ飛ばすという離れ業を行ったその女性は、そんなわたくし達を眺めながらにやにやと笑っていた。

 

「な、なっ、なぁんとっ!? 極々一般的な神社の跡取り娘というプロフィールを持つ篠斑秋選手が開始と同時に突出したと思えばいきなり何人もの選手を放り投げ、突然ISが現れたと思えばそれすらも瞬時に投げ捨て他者を一歩も通さない!この大会にISが現れたのも驚きですが、そのISを生身で投げ飛ばす篠村選手!いったい何者なんだぁっ!?」

 

 そこに、解説の女性の声が響く。様々な驚愕を含んだその声と言葉に目の前の女性―――篠斑さんは笑みを深め、構えを解かないままに答えた。

 

「ははははは。随分と買ってくれてるが、私はただの篠斑神社の神主の娘で、篠斑神拳正統伝承者なだけの大学二年生だ。……ほらほらそこのIS操縦者の二人に金メダリスト。なんでかかってこない? お前ら強いんだろ? 武器すら持っていないたかが一般人に怖じ気づいてどうすんだよ?」

「誰も言わないようなので、あえて私が言わせていただきましょう…………ISに生身で対抗できるような人間を、けして一般人とは呼ばない!!」

 

 会場中の人間のほとんどの心の声を代弁した解説の方に向けて、会場から万雷のような拍手が鳴り響く。

 そんなことを気にしない篠斑さんは、いまだに構えを解く事は無い。

 

「セシリア。付き合ってても無駄に時間が取られるだけよ。さっさと倒して先に進みましょう」

「そうしたいのは山々ですが………武器はまず使用不可。性能もかなり落とした状態での格闘戦と言うことになりますが……」

「なんとかなるわよ」

 

 そう言って鈴さんはまた飛び出していく。けれどわたくしは、前回鈴さんが投げ飛ばされた時のことを忘れてはいない。あのまま飛ばされていれば、最悪周囲の人間を巻き込むことになったかもしれない。

 そう思ったわたくしは、戦闘を鈴さんに任せて一般人の皆様の護衛を

 

「うぁぁぁあぁぁっ!?」

「きゃぁぁあぁぁっ!?」

 

 いきなり飛ばされてきた鈴さんに衝突し、わたくしも鈴さんも吹き飛ばされる。

 鈴さんが飛ばされてきた方では、相変わらず篠斑さんが立っていて、隙をついて横を抜けようとしたオリンピックの金メダリストの二人をまたスタート近くのプールに放り投げていた。

 

「私に勝つんだったらもう少し上手く手加減しないとなぁ!? おらよっとぉ!」

「きゃあっ!?」

 

 また一人、篠斑さんに投げ飛ばされてプールに落ちる。

 

 くっ……これは………。

 

「……もう少し、出力を上げるしか無いわね………飛ばされたらまたよろしく」

「わかっていますわ」

 

 鈴さんとわたくしは、初めて出会う種類の壁にぶち当たっていく。その壁を越えてこそ、わたくしと一夏さんの幸せが手に入るのですから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超外伝、夏休み 裏の3

 

 side 原作鈴

 

 突撃する。寸前で止まり、高速で左に回り込んで殴りかかる。流されてセシリアに向けて投げ飛ばされる。

 

 突撃する。寸前で止まり、止まる前と同じように突撃して踵落とし。流されて振り回され、セシリアに向けて投げ飛ばされる。

 

 突撃する。止まることなく高速であの女の周囲を回り、はたくように手のひらを伸ばす。捕まれて軌道をねじ曲げられ、セシリアに向けて投げ飛ばされる。

 

 突撃する。後ろに回り込んで殴りかかる。一本背負いのように腕を捕まれ、セシリアに向けて投げ飛ばされる。

 

 突撃する。あたし自身の体を弾丸のように回転させながら伸ばした手を合わせて真っ直ぐ突撃する。回転の向きに合わせて手を回しながら合わされ、軌道をねじ曲げられてセシリアに向けて投げ飛ばされる。

 

 突撃する。仮面ライダーもかくやというキックの体勢のまま飛ぶ。流され、ジャイアントスウィングされ、セシリアに向けて投げ飛ばされる。

 

 瞬時加速で突撃する。速度なんて関係ないと言うかのように流され、振り回され、ついでに横を抜けようとしていた数人を巻き込むようにジャイアントスウィングされ、セシリアに向けて投げ飛ばされる。

 

 突撃から瞬時加速をする。急に変わった速度に多少驚いた顔を見せたが、横向きに回転をかけられて軌道が曲がり、セシリアに向けて突撃してしまう。

 

 突撃する。あの女の周囲を飛び回り、瞬時加速で襲いかかる。カウンター気味に額を押さえられ、そこを梃子の原理の支点にされて体が流れ、結局またセシリアに向けて投げ飛ばされる。

 

 突撃する。プールに飛び込み、水中から奇襲をかけようと思ったけど、あの女は浮き島の真ん中辺りに居たせいで出来なかったから上がった。セシリアを含む周りからの呆れの混じった視線が痛かった。

 

 その視線を振り払うように突撃する。いい加減イライラしていたのか、若干不機嫌そうな顔をしたあの女に真正面からセシリアに向けて掌で顎を突き飛ばされる。すっごい痛い。カウンターとはいえ絶対防御を抜かれた。そして首がむち打ちになりそう。

 すっごい痛い。

 

「……あのなぁ……カウンターでそっちにそんだけ行ったってことは、おんなじだけこっちにも来てるって事なんだが」

 

 そう言いながら、あの女はあたしを殴った手をひらひらと振る。今ではあたしと柔道&レスリングの金メダリスト組以外に、あの女に襲いかかろうとするやつはいない。あまりの実力差(金メダリスト組も最初の方に投げられた組も無事なところを見ると、多分かなり手加減されていると思うけど。あたしだって初めから絶対防御を抜く攻撃を食らい続けていたら今ごろボロボロだったろうし)を悟り、手を出す奴がいなくなってしまったからだ。

 

 ついさっきまで何度落とされても向かって行っていた金メダリスト組も、流石に何度も何度も何度も何度もプールに叩き込まれて疲労困憊。

 あたしも何度も常識を覆されて投げ飛ばされて精神的にも肉体的にもかなりきつい状態。

 セシリアはあんまり被害を受けていないけど、飛ばされてきたあたしを受け止める時にシールドエネルギーを削ってしまっている。

 

「……それじゃ、また行ってくるわ」

「わたくしも行きますわ」

「へ? でもあんたがいないと……」

「大丈夫です。あの方は、恐らく一般人に被害を出さないようにわざとわたくしを狙って鈴さんを投げていたのです。ならば、わたくしが出ればあの方も的を失い……」

「投げるのにためらいが出るかも、って訳ね。わかったわ」

 

 あたし達は相談を終わらせ、あたし達の前に立ち塞がるあの女に向き直る。どうやらむこうもこっちの狙いを察したらしく、困ったように頬を掻いている。

 

「……ちっ。流石にIS二機を一人で同時に相手するのは面倒くせぇな………」

「だったらさっさとそこ通しなさいよ。そしたら面倒なことは無くなるわよ?」

「ハッ!人の話を聞いてたか? 私は、一人(・・)だったら(・・・・)って言ったんだぜ?」

 

 そう言いながら手を左に伸ばし、なにもない空中にまるで壁があるかのように手を押し付け―――その瞬間、寸前までなにもなかったはずの場所に、小さな肌色の壁が現れていた。

 ……いや、正確には、まるで左手の合わさる位置に鏡があるかのように、そこにもう一人のあの女が現れていた。

 

「な……ななっ………」

「な………」

 

 あたし達はその事に呆然として、ぱくぱくと口を開け閉めすることしかできなかったが、その女は何でもないかのように新しく現れたもう一人のあの女をあたし達に紹介し始めた。

 

「こいつは私だ。私と同じだけの強さを持ち、私と同じことができる分身だ」

 

 あの女がそこまで言うと、もう一人のあの女も続けて言う。

 

「これが篠斑神拳の技の奥義、分身術・鏡写し。実体もあるから攻撃をすることもできる」

「そんなわけで、そっちが数を増やすならこっちも数を増やさせてもらうぜ?」

「「さあ、かかってこい」」

 

 二人揃ってちょいちょいと手招きをするが…………とりあえず、こいつ本当に人間?

 あたしはそう思いながらセシリアに視線を向ける。すると、セシリアと目が合ってしまった。どうやらセシリアも似たようなことを考えていたらしい。

 

 ………まあ、やるだけやってみようかしらね。武器は無しで。

 

 あたしとセシリアは、全く同時にあの女達に飛び掛かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超外伝、夏休み 裏の4

 

 ―――ミッション完了。後は自由にするといい。

 

 ―――了解。貴君の努力に感謝する。

 

 

 

 

 

 side 原作セシリア

 

 目の前でいきなり二人に分身したのには驚きましたが、所詮は生身の相手が使う拳法。ISを使えば簡単にそのタネが割れる。そう考えていたわたくしの思いは、ブルー・ティアーズを使って二人の篠斑さんをスキャンした時に木っ端微塵に砕かれてしまった。

 二人は全く同じ。違うものと言えば立ち位置くらいで、後はみんな同じだったから。それだけではなく、どちらも確実に実体で、どちらも生命活動を行っていて、そしてどちらも独立した一つの存在だと言うことまでわかってしまったから。

 

「さぁて、どっちをやる?」

「私はどっちでもいいぜ? どっちにしろ勝つことには変わりないからな」

「じゃあ私はこっちの青い方な」

「そんじゃあ私は残り物の方で我慢するかぁ」

 

 そんなことを言いながら、今までは浮き島の中心からあまり動こうとしなかった篠斑さんが、今度はゆっくりと歩いて近付いてくる。

 そして二人同時に浮き島の端に到達した瞬間、ISを使っていない人間にはまず出せないと思われる速度でわたくしと鈴さんに接近し、眼前で止まって装甲の無い下腹部に拳を押し当てられる。

 

「加減はしてやるから、逆らわず吹き飛べよ?」

 

 ズンッ!という響きがわたくしを貫き、体が勝手に流れる。

 その寸前に僅かなりとも後ろに退がろうとしていたからわたくしはあまり痛みはなかったが、絶対防御が発動したのかシールドエネルギーの減りが今まで以上に早い。

 鈴さんも同じようで、篠斑さんの攻撃の届かない空中に避難している。

 

 その間に篠斑さんはさらに一人を生み出し、他の方への牽制を行うと同時に浮き島の中央まで退がる。しかしその目はわたくし達を捉えていて、逃がす気は欠片も無いというのがよくわかる。

 

 ……そこで、下に変化が起きた。篠斑さんの分身が消えて一人だけになり、その残った一人もさっさとスタート地点に戻っていってしまう。

 そして、スタート地点からプールの入り口に戻り、そして普通に帰ろうとしている。

 

「ちょ、ちょっと!なんで帰ろうとしてるのよ!?」

 

 鈴さんがそう叫びますが、恐らくそれはこの場にいるほぼ全員が思っていることでしょう。

 その言葉に足を止めた篠斑さんは、また面倒臭そうに振り返った。

 

「だってよぉ……もうフラグ回収しちまったのに勝ち名乗りが上がんねえからよぉ………」

『えぇ!?』

 

 わたくし達が中央の島に視線を向けると、そこには篠斑さんとほぼ同じ水着を着た若い織斑先生が……………え?

 

「ち……千冬さん!?」

「私の名は篠斑円だ。自分でも似ているとは思うが、人違いで他人の空似だ。つい最近も間違えられた」

「私のタッグパートナーだ」

 

 そしてわたくしは、なぜ篠斑さん……篠斑秋さんがわたくし達を足止めし、そして派手なことをしていたのかを理解した。

 

 全てはこうして観客や司会者を含むわたくし達全員の意識と視線を自分に集めている間に、妹さんにコースを進ませてフラッグを回収するためだったのでしょう。そうでなければ最後の高速移動でさっさとコースを制覇することもできたはずです。

 しかし、それならどうして分身に足止めを任せてご自分で取りに行こうとしなかったのでしょうか?

 

「ほら円!戻ってこい!」

「貴様に言われるまでもない!」

「なにぃ? 『私の分の@クルーズのパフェはいらないから食べていい』だと? 甘い物好きのお前にしては珍しいなぁ?」

「貴様っ!卑怯だぞ!人質を……いや、パフェ質を取るなど、恥を知れ!!」

 

 そう言いながら篠斑の妹さんは、空中に吊ってある足場からとんとんと飛び降り、水上に浮いている足場をショートカットしながらスタート地点に降りる。

 えぇ~……という空気が辺りを覆うが、その中心の二人は知らん顔で話を続ける。

 

「ほら来たぞ!パフェは食えるんだろうな?」

「おう。なんならパフェだけじゃなくてケーキもつけるぜ?」

「……ショートケーキか?」

「別にチョコレートケーキでもモンブランでもミルフィーユでもティラミスでも構わねえよ。2ピースまでなら」

「2ピースか………悩むところだ……」

 

 そんなことを言いながら、二人はプールを出ていく。呆然としたままそれを見ているわたくし達を完全にスルーしながら。

 

 ……ひょこりと篠斑さんの顔だけが出入り口から現れ、言う。

 

「そうそう、司会者さん。悪いけど、賞品は着替えた後でまた取りにいくから、それでいいかい?」

「え、あ、は、はい!」

 

 その言葉を聞いて満足したのか、篠斑さんはまた出入り口に消えていった。

 

 …………それにしても、世界は広いんですのね。それで済ませてはいけないような気がしなくもありませんが、こんなことを報告したら確実にわたくしが禁止薬物か何かに手を出していると思われてしまいますし……ああ、困りましたわねぇ………。

 

「……って言うか、こんなところで(名目上は)一般人にISを使うって…………不味くない?」

「……不味いですわね」

 

 わたくしと鈴さんは顔を見合わせ、ため息をつくのでした。

 

 

 

 

 

 ~とある日、亡国機業~

 

「あなた達って、実は結構仲良かったのね?」

 

 急にスコールに言われたこの言葉に、私は疑問を隠せなかった。

 この場に居るのは、スコールを除けば私とエムの二人だけ。つまり、スコールの言った『あなた達』という言葉は、私とエムに向けられた言葉だと

 

「無ぇよ!」

「頭がイカれたのか?」

「ふぅん……? けど、こんな報告が上がってるのよねぇ……」

 

 そうしてスコールに見せられたのは、私とエムが同じような水着を着て、訳のわからないタッグレースとか言うのに参加して、私がISを相手に生身で圧倒し、その上分身して優勝をかっさらい、エムの奴となにかを話ながら画面の外に消えていくという一連の映像だった。

 

「…………なんだこれは」

「報告よ。どうしてこんなものが上がってきているのかは知らないけど………私の前だからってそんな風に仲が悪いふりをしなくてもいいわよ?」

「違うって!これは私じゃないんだって!信じてくれよぉ!」

 

 この後、スコールがにやにやと笑っていることに気付くまでの30分。私はスコールにからかわれることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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