IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝 作:真暇 日間
連続投稿九話目。燦編はこれでおしまいです。
side 五反田 蘭
……燦が来て、私の周りを色々と引っ掻き回して、そしていなくなってからまだ数日。たったそれだけしか過ぎていないはずなのに、なんだかすごく長い時間が過ぎたような気がする。
たった一日居ただけで、私は未来を見失った。……いや、初めから未来なんて見えていなかったんだと強制的に理解させられただけなのかもしれないけれど、見えていた光が幻想の物だとわかってしまった。
前が見えないまま進むことなんてできない。見えないところに進むのが怖い。実際にはなにも変わってなんていないはずなのに、私は今まで通りに進むことができなくなってしまった。
今までと同じようにIS学園用のテキストに向かって問題を解いていく。今までやってきたように必要な言葉や計算式を覚える。
……けれど、今まではするすると頭に入っていったそれが、全然頭に入ってこない。熱を失った鉄に炭素を混ぜ込もうとしてもできないように、まるで私自身が冷えて固まってしまったかのようだ。
それを自覚していても、なにも変わらない。
一度そうなってしまえば、私からは動けない。動こうとすると身体を縛る恐怖が食い込み、私の事を傷付ける。動こうとしても悪いことばかりが思い浮かび、私の動きはどんどんと鈍くなる。
……こんな姿、一夏さんには見せられない。一夏さんは優しいから幻滅したりはしないだろうけど、情けない姿なんて見せたくない。
「……悩んでんなぁ」
「!? ……なんだ、お兄か。勝手に入らないでくれない?」
「いやここ俺の部屋。んでもってお前がやってんの俺の教科書な」
お兄に言われてテキストを見てみると、確かにいつも使ってるそれじゃなかった。そして周りを見てみれば私の部屋じゃなくて、見慣れたお兄の部屋。……なんで間違えたのかわからない。
「そんなことにも気付けないくらい悩んでたってことだろ」
私が何かを言う前に、お兄が先にその答えを返す。……お兄はこうして心を読めるくらい前に進んだのに、私は───
「一応言っとくけど心を読んだ訳じゃなくて状況その他から察してるだけだからな? 外す可能性が高い時には口に出してないだけだ。
それに、俺は俺だが蘭は蘭だろ。進むも止まるも好きにしな。悩むのだって人生だぜ?」
「……はは、人生とか……私と一つしか違わないくせに」
「7.5%の違いは結構大きいと思うけどな?」
ベッドに横になったままお兄は私に視線を向ける。最近、お兄は好きな人ができてから突然大人になった。あまりに急な変わり方に、私の方がついていけていない。
「ふむ、まあ、察するに……未来に不安があるな? いや、不安ばかりが目につくようになったと言い換えるべきか……」
「……ほんとにお兄は心読めないんだよね?」
「読めない読めない。そんな無茶ができるようになるにはまだまだ経験が足りてないっての」
経験が足りてもできるようになるかはわからないけどな、とお兄は笑うけれど、私は笑う気にはなれなかった。そんな私に向けてお兄はまた話しかけてくる。
「未来がわからないのは当たり前だ。今までだってそうだったろうし、これからだってそうだろう。だったら俺達にできることは、未来が幸せなものであると信じて進むことくらいだろうよ」
「……わかってるよ、そんなこと」
……わかっている。そう、わかってはいるのだ。
ただ、わかっているからといってそれを実行に移せるかどうかはまた別の話であり、今までできていたからと言ってこれからもできると言うものではない。
お兄は私の言いたいことを理解しているのかいないのか、ただ頷いて言葉を続けた。
「今まで何も知らないからこそできていた。今はその危険性を知ってしまったからできなくなった。
だけどな、蘭。結局のところやるしかないんだよ。
誰だって一度は迷うさ。一度どころか何度も何十度も迷う奴だっている。俺だって迷うし、爺ちゃんや母さんだって迷ったことはある。勿論、一夏だって迷うさ」
「……お兄も迷うの?」
「そりゃ迷うさ。人間だからな。未来がわからなけりゃ誰だって迷う。一夏なんて見てみろよ、つい最近『最近箒が優しくて怖いんだけど、俺殺されんのかな?』とか言う迷いまくったメールを寄越してくるくらい迷ってるぞ。よかったな、お前の恋に勝ちの目が見えてきてるぞ」
箒さんには言えないねその話。自業自得なんだろうけどちょっと可哀想と言う言葉じゃ表しきれないくらい可哀想な話になっている。
「今知った通り、誰だって未来は知らないんだよ。自分の行動でどんな結果になるかを想像することはできても知ることはできない。知らないからこそ怖がって、だが知らないからこそ前に進めるんだよ」
「知らないのに前に進めるの?」
「逆に考えてみるといい。もしも自分の行動の結果として起こることが全てわかったとしよう。そこには当然良いことも悪いこともあるし、悪いことを起こしたくないんだったら起きないように行動を変えてしまえばいい。そんな状況だったとして……そんな世界で前に進めると思うか? 進もうが進まなかろうが結果が全てわかっているのに、進みたいと思えるか? 進めたとして、自分の行動で起きた全ての事が自分のせいだとわかってしまう世界で進めるのか?」
……それは、嫌だ。話に聞いただけでそんな世界には行きたくないと思ってしまう。
そんな世界があったとしたら、きっとその世界はあっという間に滅んでしまうと思う。ただの動物ならともかく、人間がそんなところに行ったとしたら……きっとあらゆる気力を失ってしまう。
何かをやる前から成功か失敗かがわかる。何をしようとも結果がわかる。初めは良かったとしても、それを続けている間にきっと行動するのが馬鹿らしくなるだろう。
自分がいつ死ぬのかまでわかってしまう。好きな人ができたとしても、相手がいつ死んでしまうのか。そう言ったことが全てわかってしまう。そんな世界で生きるための熱を持ち続けるのは、どれだけ苦労するだろう。
「知っていることは幸せだ。でもな? 知らないこともまた一つの幸せなんだよ。悩めることもまた一つの幸せだ。わからないならわからないまま進んでいけばいい」
「───それでも怖いなら、初めだけでよけりゃ引っ張ってってやるよ。兄ちゃんに任せとけ」
……………………。
「寝る」
「お? おう、お休み」
私はお兄に背を向けて、さっさと部屋を出ていく。お兄の声に返事することもなく、すぐに自分の部屋に戻ってドアに鍵をかけた。
……うん、疲れてるんだよ。きっとそうだ。色々考えすぎて身体が弱ってて、それにつられて心も弱ってたから起きた気の迷いだ。そうに違いない。と言うかそうでない筈がない。
私はベッドに倒れ込んで、布団をぎゅうっと掴んだ。
……そう、気の迷いに決まってる。そうじゃなきゃありえない。
───お兄が凄く格好よく見えるなんて。