IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝 作:真暇 日間
連続投稿十話目。
side 五反田 蘭
用意された台本を読み、設定はおよそ理解した。お兄も経験したことがあるらしく、その時にはあまり設定を細かく決めていなかったのでかなりアドリブが利いたらしいけれど今はそこまで自由度は高くない。
私は……ワタシは……わたしは───わたしは織斑家の末っ子。織斑一夏とその愛人である五反田蘭の間に生まれた、他の姉妹達に比べて一年遅く生まれている女の子。
姉妹達は上から小鈴、十柄、シャーリー&アーデルハイト、シルヴィア、朝日。一番上に百秋さんがいて、わたしは百秋さんが好き。ただ、まだ子供だしそう言うことには疎い。
母親の呼び方は『お母さん』、父親の呼び名は『お父さん』。一人称は『わたし』。
ISにはあまり関わっていないけれど、父親が父親なので誘拐などの被害を受けそうになったことがある。それ以来自衛はできるようにしてはいる。
性格は『私』のやりやすいように。つまりいつもとあまり変えはしない。ただ、あちらに行ったらまず間違いなく時間が空いてしまうので出た場所に合わせて臨機応変に。
台本と言うか設定資料集。劇の内容は完全アドリブ。頼れる相手は自分一人。実に演技屋の腕が試されるお話だと思う。
お兄どころか他のライバル……ライバル扱いすらされていないかもしれないけど、心の持ちようだけはいつでもライバルだとしている……ライバル達も全員が経験していると言うこの舞台。けれど、前回セシリアさん……シルヴィア姉が色々とやらかしすぎたせいでもしかしたら百秋兄が『舞台』に立てないかもしれないと言う問題が起きたそうだ。
私が立てないならばそれはそれで構わないらしい。少なくとも私に危険は及ばないから。
けれど、もしも百秋兄があちらに行けないのにわたしだけが『舞台』に立ってしまった場合、もしかしたら色々と面倒なことになるかもしれない。そう考えた一夏さんが私にこうして身を守る術を与えてくれているのだ。
以前貰った不思議な腕輪に、捕まった時に逃げるためのポケットサイズの転移装置。専守防衛の極みとも言えるこの装備は、実は一夏さんの友人達にはそれとなく渡してあるそうだ。
まあ、それは確かに状況を考えれば間違いなく必要なものだと納得できる。今は一日戦争とも呼ばれた第三次世界大戦によって敵対する相手や一夏さんの身柄を狙う相手もいなくなってきているけれど、昔は間違いなく必要だった。
それがまた、こうして陽の目を見るようになったわけだけれど……実は、いつでも持っていたりする。
あれの充電方法はよくわからないけれど、とりあえず叩いたり振ったりするとなにかがどうにかなってエネルギーが溜まるらしいのでとりあえず腕輪として填めているのだ。
実際あの腕輪は綺麗だし、好きな人から貰ったものだし、今ではもう手放すことなんて考えることすらできやしない。安全のためにもそうだし、私がそうしたいと言う感情的にもそうだ。むしろ無い方が違和感があるほどに。
……そう言うことで、出発の準備はできた。もしも移動するとしたらIS学園の『お父さん』の部屋か、私の家の『お母さん』の部屋のどちらからしい。こればかりは行ってみないとわからないそうだ。
異世界。平行世界。その世界に存在し、その世界に生きる私ではない私。
会うのが楽しみなようで、きっと本当に会ってみたら不満もたくさん出てくるんだろうなと思える相手。
けれど、まずはあちらに行けるかどうか。行けたとして、ちゃんとわたしだけではなく百秋兄も来れているか。場所はちゃんとわかるか。それをしっかり考えないとね。
一夏さん曰く、時期的に考えてそろそろだって言う話なのだけれど、あちらの世界が『定期的にこちらの存在を受け入れる』と言う点でバランスをとろうとするか、それとも他の世界からの干渉をスルーしてとにかく安定を図ろうとするかは未知数だからいつ来るかわからないらしい。
いつ来るかはわからない。わからないものに備えるのは難しいけれど、備えがあるという時点で一歩解決に向けて踏み出せる。一夏さんの今までの話からすると、一夏さんが眠った後にいつの間にか移動していることが大半らしい。
だから、私も眠っておくことにした。演技屋としては眠ったふりをして『どうやって移動しているのか』を知るのも面白そうだと思わなくもないけれど、今回はあの一夏さんをして『何が起こるかわからない』と言わせるのだから無茶はしないでおこう。
時刻は夜。いつもならそろそろ寝ている時間と言うこともあって、私にも眠気が襲い掛かってくる。明日をいつも通りに迎えられるかはわからないけれど、私はとりあえず明日が来ることを信じて眠りにつく。もしかしたら明日になったら私のこれまでの生活が一変しているかもしれないし、一夏さんの言うとおりにちょっとした旅行に出かけることになってしまうかもしれない。そうなったらそうなったで、私はそうなった世界で必死に生きていかなくちゃいけないんだけど……私に感情と言うものがある故に、それが怖くて仕方がない。私にできることなんて何もないと分かっていても……わかっているからこそ、何か私にできることがあるんじゃないかと探してしまっている。
そう言う時にはとりあえず目を閉じる。頭の中でぐるぐると渦巻くどうしようもなくこびりついている恐怖を演技屋の仮面で隠し、一夏さんの事だけを考える。小さくなったり大きくなったりする不思議と言う一言では到底表しきれないような人だけれど、だからこそ意識を埋め尽くすには向いている。
良いところを探し、悪いところを探し、いつもの行動を想像していると……私の意識はいつの間にか闇の中に解けて消える。
……おやすみなさい、私。また明日、私の意識が戻り、私が今まで通りに暮らしていけることを願いつつ―――