IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・十柄編09

 

 

 

 

 side 篠ノ之 十柄

 

 日々の修行が終わり、食事が終われば後は風呂に入って眠るのみ。その前に瞑想したりする日もあるが、大概の場合は瞑想するより百秋を抱き締めていた方が強くなるのに効率がいい。実際、なぜそうなるのかはわからないのだが……事実としてそう言うことが起きるのだから仕方無いだろう。

 ……それはそうと、そろそろ百秋は寝る時間だ。子供が夜更かしはよくない。実に当たり前のことだ。それこそ子供でも知っている。

 時々いる悪い子供は、是非未来で身長を含めた肉体の成熟に悩んでしまえばよかろうな。毛根の死滅を早めて悩みに溢れてしまえばいい。男であろうが女であろうが、髪に関しての悩みはあるだろうからな。

 

 ちなみに、睡眠をしっかりと取らなければ肌が荒れると言う話は割と有名だが、実際には肌だけではなく髪や一部の内臓にも影響があったりする。健康的な生活を送りたいならば、男女は関係ない。徹夜なんてせず、寝ろ。

 

 そう言うわけで、私は一夏と一緒に寝る。寝る場所はこちらの世界の一夏の部屋だが、匂いが違うからすぐに違う場所だとわかる。一夏の匂いはなんと言うか……あれだ、こちらの世界の一夏に比べてやや甘い。恐らく精神的な問題だろうとは思うが、実際に私は甘い匂いを感じている。姉さんが一夏を見つける度に抱きついてくんかくんかすーはーすーはーするのもわからないでもない。わかりたくはないがわからないでもない。

 

「俺の首筋に鼻を埋めて深呼吸しながらじゃなければ説得力があったかもな」

「くんかくんかすーはーすーはーなどしない。鼻だけでなく確りと肺全体で楽しむための深呼吸だ」

「おまわりさーん」

「おさわりまん? すまんな、私はおさわりうーまんだ。そっちは五反田にでも頼んでくれ」

「憲兵さーん」

「流石にこの時代に思想弾圧まで行う国営組織を持ち出してくるのは不味いだろう。私で我慢しておけ」

 

 お互いに冗談以上の意味を持たない掛け合いは、私が百秋をぎゅっと抱き締めることで終わりを迎える。結局、百秋が私を本気で振り払おうとしない限り、このやり取りは単なる掛け合いにしかならないわけだ。なにしろ、百秋が……一夏が本気になって嫌がれば私がどうこうできるわけがないのだから。

 ……とは言うものの、私はできるだけ百秋と一緒にいたいと言うのも、肺全体で楽しみたいのも本当のことだが、百秋の嫌がることをやりたくはないのでスキンシップは控え目だ。

 舐めない!剥かない!頂かない!

 

「束姉さんには守ってもらったことないよその三原則。最後のはある時期まで大丈夫だったけど」

「……姉がすまん」

「別にいいよ。絶対にどうしても嫌って訳でもないし」

「それはまあわかるんだが……」

「じゃあいいだろ。嫌なら逃げるさ」

 

 姉さんから逃げられると言うだけで百秋の廃スペックさがわかるな。最悪の場合、姉さんが存在しない平行世界にでも逃げれば……それでも追ってきそうなのがまたある意味恐ろしいな。私にできることで姉さんにできないことは殆ど無いし、私でも平行世界くらいなら行けそうなんだから姉さんだったら簡単だろう。

 

 ちなみに、私にできて姉さんにできなさそうなことと言えば『他人の感情を理解すること』だ。姉さんは基本的に他人の感情を関知しないし、どうでもいいと思っているふしがある。勿論他人の感情を計算に入れて行動することはできるし、その精度は結構高かったりするのだが、自分の行動の結果として見知らぬ他人から自分に向けられる感情の上昇及び下降を気にも止めない。

 私や百秋、千冬さんの機嫌や感情は割と尊重してくれるのだが……自分の決めた身内以外に対する扱いが非常に雑だ。

 

「俺に似てるな」

「……………………確かにな」

「なに今の空白」

「気にするな。少し驚いただけだ」

 

 確かに似ている。来るものを選び去るもの追わずな一夏と、来るもの拒み去るもの逃がさずの姉さんだが、実際には一夏から逃げようとするような者は初めから選別されて切り捨てられるためいないと言うのと、姉さんの技術力から逃げようとすると色々と不都合も起きるために逃げられなくなってしまうと言う二つの状況から導き出される結果だけを見ればほぼ同じ。つまり、『周囲には少数だけが集まり、そしてその少数は増えることはなかなかないが減りにくい』。

 

 ……今まであまり気にしたことがなかったからわからなかったが、もしかしたら一夏と姉さんは意外によく似ているのかもしれないな。

 千冬さんあたりは怒りそうだが、私はなんとなくそう思った。

 それに、よく考えてみれば一夏と姉さんが似るのは仕方のないことなのかもしれない。千冬さんが家にいない時に一夏の面倒を見ることが多かったのは間違いなく姉さんだし、『親は子に似る子は親に似る』理論で言えば似ていない方が難しい。

 勿論親を反面教師として育つこともあるが、それも完璧ではないことが多い。意識としては覚えていなくとも、身体や心のどこかに少しくらいは影響があるものだ。私の口調のようにな。

 

 暫く百秋を抱き締めていると、柔らかな寝息が聞こえてきた。いつもは抱き抱えると小さいのだが、今は私も小さくなっているので少しか変えるのが大変だ。

 だが、そんな重みも心地良い。

 私はすやすやと眠り続ける百秋の頭を撫でて、自らも意識を落としていく。目が覚めた時には恐らく元の世界に戻っているだろう。私達の元居た世界の手がこちらの世界から私達を掬い上げ、逆にこちらの世界は私達を押し出そうとしている気配を感じる。

 無理をすればまだまだこちらの世界に居座れるだろうが、そんなことで無理をしてまでこちらの世界に居座る気はない。押し出そうとする世界の手に乗り、拾い上げようとする世界の手をこちらに招く。世界と言うものは良くできていてただそれだけで見事に私達を拾い上げてくれる。

 後はその手に任せておけば……ほら、帰還だ。

 

 時計に気配をぶつけ、反射してきた気配の形で文字盤を読む。アナログ時計ならば簡単にできるが、デジタルだと少し面倒臭い。夜における光の気配は薄いし、闇の気配は全体にあり過ぎるくらいにあるから逆に読みにくい。だが、読めない訳ではない。

 あちらの世界で一日過ごしたが、こちらの世界では一秒も経っていないらしい。世界は不思議で満ちているな。

 

 さて、それでは私も寝るとしようか。

 

 おやすみ、一夏。

 

 

 

 

 


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