IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・十柄編06

 

 

 

 

 side 篠ノ之 十柄

 

 Q.もしも寮長室のドアを木刀で叩き割るようなことがあったらどうなるだろうか?

 

 A.ご覧の有り様だな。

 

 ……とまあそう言うわけで、私はこちらの世界の私から逃げ切ることができた。脳天に出席簿を叩きつけられて煙をあげているこちらの世界の私には悪いような気もするが、明らかに人を殺せる勢いで私を殴ろうとしたのだからいい薬と言うものだろう。

 ……こちらの世界の一夏が鈍くなった理由もわかると言うものだ。殺しに来たり、まるで好きな相手に対するように接してきたり……これでは好きなのか嫌いなのかわからない。状況からしておかしいとなれば、敵に対して優しくなってもおかしくはないし、仲間からの好意に鈍くなるのもわかる。

 

 ……そう考えると、こちらの世界の一夏以外で一番被害を受けているのは蘭かもしれないな。一夏に暴力を振るった訳でもないのに、暴力と好意の二つに挟まれて感覚が完全におかしくなってしまった一夏に想いを伝えようとしても全く気付いてもらえない……と言うある意味最悪に近い状況に陥っているとか……泣けてくるな。蘭本人はそんなことは知らないだろうが、知ったらやはり泣くだろう。

 本人にはどうしようもない理由で自分の想い人が人間として若干致命的じゃないかと疑うレベルで好意に鈍くなっているとすれば……まあ、怒るか泣くかの二択だろうな。性格を考えれば怒りながら泣きそうだが。

 

 ……いや、もしかしたらこちらの世界の一夏のあれは一種の精神疾患にまでなってしまっているのかもしれない。そういった症状を呈する病気と言うのも実際に存在するそうだし、程度の問題を無視すれば割とありふれている病状だったりするしな。

 確か、発症しやすいのは『愛を受けていない者』あるいは『愛を受けていないと思い込んでいる者』の二通り。そうすると愛に餓えたり人との過剰な接触を望みやすくなる子供ができるらしい。

 また、虐待を受けている者もそういった症状に陥りやすいと言うが……日常的に暴行を受けていればそれは……なぁ?

 

 とは言っても私にはあまり関係の無いことだ。恐らく私達『自称・未来の子供達』がこちらの世界に来るようになってからは少しはましになっているはずだ。これだけタイプの違う子供達がいると言うことはそれだけ相手の数も多く、そして話し振りから全員と仲良くやっていると言うことがうかがえるはずだ。

 つまり、家族愛以外の愛情を受ける機会が十分にある上に、ずっと姉である千冬さんに守られ続けてきた自分にも守るべきものができたと言うこと。こちらの世界の未だに自分の欲しいものをあまりよく理解していない一夏には、とても嬉しく感じるものだろう。

 

 ……こちらの世界に来た時、鈴は弾に、弾は虚さんと自身に、簪も自身に、ラウラとシャルロットはシャルロットに特に大きな影響を与えた。そして私は、私自身に影響を与えようとしている。

 ……できることならば、自分の行動によって起きる最悪の事態を想定した上で行動できるようになってもらいたいものだ。

 

 

 

 ───こちらの世界の一夏を、殺してしまう前に。

 

 

 

 うっかりだろうが手が滑ってだろうが事故だろうが関係はない。本気で殺してしまいたいから殺すのでなければ、間違いなく多くの人間を不幸にするだろう。

 こちらの世界では、一夏に惚れている女性はかなりの人数らしい。本気で入れ込んでいる者だってそれなりにいるし、千冬さんなどは一夏がいなくなったら途端に20か30ぐらい老け込んでもおかしくないくらいにこちらの世界の一夏に愛情を注いでいる。こちらの世界の姉さんも、殺したのが私でなければ間違いなく原因となった誰かをこの世界から抹消しにかかるだろう。

 ……姉さんの場合は完全に同じ記憶を持つクローンか何かを作ってしまいそうな気もするが……それで姉さん自身が納得するかどうかは微妙なところ。これが某『完璧に幸せなTRPG』ならクローンが後から後から送られてきたりしても誰も気にしたりしないだろうが、残念ながらこの世界は現実だ。それで納得できるほど、私も姉さんも大人にはなれていない。

 特にこちらの世界の姉さんは自重をすることが無い。私達の世界では力を振るうのを最低限度にしようとするのが当たり前だったが、こちらの世界ではやりたいようにやっているらしい。

 ……やっていることの内容自体はそう変わらないのだが、タイミングや細かな場所の違いで効率が大分変わってくる。他人の感情まで計算に入れる大天災は恐ろしいな?

 

 それはそれとして、任務を再開しよう。さっさと始めてさっさと終わらせなければ、自分のことをする時間がなくなってしまう。ここでは忍者だが私自身は忍者でも侍でもない、普通の恋する乙女なのだから。百秋大好きだ。愛してる。

 織斑先生に怒られているこちらの世界の私の写真を撮り、暴れまわっていた時の写真と一緒にしておく。順番にしてあるから迷うことはないはずだ。

 後は食事の写真とこちらの世界の一夏を怒鳴り付けている写真……できれば頭を撫でられて恥ずかしがりながらも逃げないし拒まない姿を写真に取れれば私は満足だ。

 その写真を撮るには千冬さんのお説教が夕食前に終わってくれ、一夏と一緒にご飯を食べなければ難しいだろうが……無理なら無理で仕方がない。無茶だと言われればできない訳じゃないならやれと言うところだが、無理だと言われればできないのだからな。

 

 ……仕込みをするにもやり方がわからず、細工をするにも時間が足りないから大雑把なものしか作れない。

 だが、それでもなんとかして見せるのが、腕の見せどころだ。いい絵は撮れないかもしれないが、元より『撮れたらラッキー』と言う程度。千冬さんのお説教が終わった後にこちらの世界の私に近付き、姿を見せては逃げてを繰り返しながらこちらの世界の一夏の所にまで誘導する。

 時間的に、その辺りにはこちらの世界の私は空腹になっている可能性が非常に高い。そうなればこちらの世界の一夏の前で腹が鳴ってしまい、顔を真っ赤にして恥ずかしがった後に二人で食事に行くと言う流れが生まれることは間違いない。

 その姿を私は写真に残し、さらにその写真を本人達に渡してにやにやする……と。

 

 ……完璧だな!

 

 ああ、私はこちらの世界のヘタレオブヘタレを弄るつもりはあまり無い。向こうから弄ってもらいに来た場合は別だが、わざわざ相手をするのは時間の無駄だからな。

 それに、どうせまた別の誰かが弄り倒してくれるだろうよ。

 

 

 

 

 


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