IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・十柄編05

 

 

 

 

 side 篠ノ之 十柄

 

 さて、色々と私で遊んだわけだが、運のよくないことにこちらの世界の私に捕まってしまった。

 まあ、説教すればするほどに屁理屈の混じった正論か、正論の混じった感情論のどちらかによって反撃されていると言うのは中々にストレスの溜まることだろうが……漬け込まれる隙があまりに多すぎるこちらの世界の私の問題だ。

 忍者の前で弱味を見せるからこうなる。直接戦闘ならともかく、情報戦で侍が忍者に勝てるわけがないだろうに。

 

「ぐぬぬ……」

「悔しそうですな、母上。残念ながら私はただの事実しか言っておりません。からかわれたと思ったと言うことは、それはつまり母上自身に何かしら自覚するところがあると言うことなのでしょう。私はただ『思いは口にしなければ伝わらない』と言うごく当たり前の事を言っただけなのですから、責められる筋合いは欠片もありません」

「……ああ言えばこう言う……」

「忍者ですから。忍者は狡賢く、姑息な手を使ってでも生き延びれるだけ生き延びて任務を完遂せねばならないので」

「……百秋が『汚い』と言う理由もわかるな」

「百秋は騎士ですからね。忍者とは相性があまり良くない」

「わかっているなら直したらどうだ?」

「直した結果がこれですが何か?」

 

 ついにこちらの世界の私は黙ってしまった。まあ、これで直したと言われたら黙ってしまうのも仕方ないな。

 それに、嘘は一つも言っていない。元の性格から忍者風の性格に直した結果がこれなのだから、言葉通りで間違いはない。こちらの世界の私の考える方向とは真逆かもしれないが、確認しない方が悪い。

 

「それでは私は父上にあることあること吹き込んできますね。母上が父上に『ぞっこんらぶ(死語)』だとか、『恋する箒ちゃんは切なくて、いっくんの事を考えるとつい斬りかかっちゃうの』とか、」

「ヤ メ ロ ッ !」

 

 こちらの世界の私が私の肩につかみかかってくるが、かなり遅い。忍者に必要なものは瞬発力と持久力で言えば持久力だが、行動に移ることを決める判断速度では侍のそれを遥かに上回る。

 つまり、相手が動き始めるより早く動き始め、相手が動き終わるより早く行動を終わらせてしまえば……相手の先手を取り、相手が後の先を取ることができなくなる。某漫画ではそれの究極型とも言える『百式観音』やら『雷天大荘』なんて技もあるくらいだ。効果のほどはわかるだろう。

 そして、それを実行した結果───

 

「まぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇいっ!!」

 

 ───鬼女とリアル鬼ごっこをしていたりする。普通、高校生で剣道を十年以上続けている上にインターミドルで優勝したような人が、年端もいかない子供に対して本気であろうとなかろうと木刀で殴りかかるか? 木刀でも人は死ぬし、それより遥かに安全と言われている竹刀でだって、上手くやれば防具の上から人を殺せるんだぞ? ちゃんとその辺りを理解しているのか、甚だ疑問だ。

 それも、振り回した木刀が壁を易々と抉り取っている所から、どう考えても手加減のての字もない。ISを使っていないだけまだましなのかもしれないが、そんなものは当たり前と言っていい。むしろ、少し自分以外の女と仲良くした程度でISを展開して武器をちらつかせるどころか実際に使用するこちらの世界の住人の頭がどうかしているとしか思えない。

 百秋から聞いた話では、こちらの世界では基本的に愛情が足りていれば何でもできると言うほどにぶっ飛んだ存在はいないそうだし、それに合わせて一夏の身体能力も極々普通の高校生男児のそれと変わらない。百秋と違って生身でIS用大口径ライフルの弾をかわしたり、レーザーが発射されてから回避行動を始めてかわしたり、単分子ブレードを皮膚でまっすぐ受け止めたり、ISを着たテロリストを生身で殴り倒してシールドエネルギーを枯渇させたり、拳から光の散弾を放ったり、有機物以外の物をすり抜けたり、2000Gの加重に耐えたり、生身で大気圏から脱出して星間飛行して木星に行って帰ってきたりできるような凄まじい身体能力は持っていないと言うのが当たり前となっているはずなのだ。

 

 私はやる予定はないし誰かにやらせるつもりもないが、もしもこれが私の世界の事であり、相手が百秋だと言うのならばまだいい。この程度で死ぬことなどあり得ないとわかりきっているからだ。

 だが、こちらの世界では違う。木刀で頭でも殴られれば、一番良くても骨折は免れない。それに加えて骨片が脳を圧迫して脳挫傷、そこから脳出血……そうなれば当然死の危険が付きまとう。

 当たった場所が頭でなく胸だったとすると、肩口からの袈裟懸けか逆袈裟、唐竹割。斜め下からの切り上げと、そして突きのどれかだろう。

 この中で最もまずいのは、当然ながら突き。木刀でやれば、肋骨など易々と砕いて肺ごと胴体を貫ける。肺だけでなく心臓も傷付ける可能性が高く、そうなれば当然死ぬ。

 肩口からの斬撃では鎖骨や肋骨、肩甲骨が砕かれ、神経損傷や気胸、血胸などが起きる可能性が高い。死亡率は低いかもしれないが、それでも後遺症のことを考えればやるべきでないと言うのは間違いない。

 斜め下からの切り上げでは、当然肋骨が折れる。折れた肋骨が肺や心臓、肝臓などを傷付ける可能性も十分にあり、これも死ぬ可能性が高い。

 腹になると、当たるとすれば横薙ぎか突きのどちらか。突きならば貫通して内臓や背骨の中身である脊髄を傷つけて死亡、あるいは下半身不随が一生続くと言うことが考えられるし、横凪ぎでは肝臓や腎臓、膵臓などの臓器の破裂が起きれば出血多量で死ねる。けしてお勧めしない。

 下腹部には……まあ、骨盤内臓器であるにも関わらず骨にも筋肉にも守られていない内臓があるから、木刀なんて使わなくとも殺せる。……これは本当。両方潰せば出血多量あるいは痛みによるショック死があり得る。いや本当に。

 そして大腿部。あまり大したことがないと思うかもしれないが、大腿骨が折れた場合、低くない確率で肺塞栓になる。大腿骨の内部にある脂肪が血流に乗って肺の肺胞に行き、毛細血管を詰まらせることによって全身に酸欠症状を起こさせる。そんなことになればもちろん脳は酸欠になって意識不明の植物状態。よければちょっとしたボケ、悪ければ……と言うか、大概の場合には死亡。救いなんて無い。

 勿論、骨折した部位が多ければ大腿骨や骨盤のような大きな骨でなくとも肺塞栓は起こる。腕や下腿で木刀を受けると言うのは、最後の反撃に出る時かあるいは追い詰められて一方的に殴られる場合が非常に多い。前者であっても、相手をその場でなんとかできなければ同じ運命を辿ることになると言うのは目に見えている。

 何度も殴られていれば骨折も増え、骨折箇所が増えれば……と、もう説明の必要もないだろう。

 

 ───さて、ここでもう一度現状を振り替えってみよう。

 

 子供(9歳)にからかわれた高校生(16歳・女性。剣道歴10年以上。インターミドルの覇者)が、子供に向かって凄まじい(コンクリートの壁を木刀で切り砕く程度の)勢いで襲いかかっている。

 

 ……殺す気満々としか見えないな。うむ。

 しかもこれを初恋の相手であり、未だに想いを寄せている相手に日常的にやっているらしい。

 ……どこのメンヘラだ?

 

 やれやれ、怖い怖い。こんな親には育てられたくはないな。

 

 

 

 

 


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