IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・十柄編04

 

 

 

 side 篠ノ之 十柄

 

 忍者らしく刀を振るっていた私は、こちらの世界の私が剣道場に来ているのを察知し、とりあえず入り口の天井近くに張り付いて動きを見てみることにした。

 ……む? こちらの世界の私は、私よりもやや胸が小さいような……気のせいか?

 ……いや、気のせいではあるまい。揺れ方が違う。こちらの世界の私の方が全体の揺れが速い。

 と言うことは……そうか。こちらの世界の私は、余裕の無い人生を過ごしてきたのだろうな。私にはよくわからないことではあるが、そういう人生を歩む私も広大な分岐する世界のどこかには存在すると聞いた覚えがある。

 平行世界だったか、並列世界だったか、あるいは確率世界ともシュレディンガーの猫だとかも言われていたような気がするが……あまり興味が湧かなかったためよく覚えていないのだ。

 姉さんの話は難解だからな……なんとか理解してついていこうとした結果が今の私だ。真似しない方が身のためだぞ? 愛がなければ死ぬからな。

 

 そうこうしているうちに着替えと柔軟を終わらせたこちらの世界の私は、木刀を持って素振りを始めた。風切り音は鈍く、速度は遅いが、形だけはしっかりできているように見える。恐らくだが、高みを目指すでもなくひたすらに剣を振ることを目的に剣を振っていた時期が長かったのだろう。中身の薄い形だけの技術と言うものはえてしてそうやってできるものだからな。

 ただ、なまじ外見はできてしまっているせいで、中身を作ろうと言う気概が見えないのは問題だ。あれではちょっとした衝撃であっと言う間に砕けてしまうだろう。

 

 ……いや、まさか……昔は本当に空っぽで、今になって少し中身を入れることができてあれなのか? そして、昔の空っぽの状態と比較しているから今のような状態でも満足してしまっているとか?

 だとすれば……まあ、仕方ないと言えば仕方ないか。私もそうだが、まだまだ20にも届かないような小娘なのだ。あそこまで形が固められてしまっているのならば、一度実際に折られるか砕かれるかしなければ更に鍛えようなどとは思わないはずだ。

 そして、できることならばその相手はこちらの世界の一夏にやってもらいたいものだ。命の危険もなく、自分より遥かに技術の高い相手でなく……むしろ自分の方が技術的にはずっと強いのに、それを刀に込めた意思の力で乗り越えてくる相手にその事を気付かせてもらえれば……きっと私の剣にも命が宿る。

 私はあまり関係の無い話だが、きっとこちらの世界の私の剣の道はそこからが本当の始まりとなる。それを私は祝福したいと思う。それできっと彼女は遥かに強くなるだろう。

 強くなればそれでいいと言うわけではないが、弱いよりは強い方がずっといい。できることの差が違う。

 

 ……まあ、本人にとっては剣の腕よりもこちらの世界の一夏の心を射止める腕の方が上達してほしいのかもしれないが……聞いた限り、無理だな。それも自業自得の形で。

 

「ぐふっ!? ……な、なんだ今のは……凄まじい勢いで何かが胸中を抉っていったような……」

 

 おや、図星を突かれてダメージを受けると言うことは……少しは自覚があると言うことだろう。自覚があるならまだ取り返しのつく位置にいると言うことである意味ありがたいことなのだが、それでもやり過ぎるとそうして傷付いている状態が普通となってしまい取り返しがつかなくなってしまうこともある。あまりこの方法での判別はしない方がいいな。

 

 ……それはそれとして、盗撮用カメラで写真を撮っておく。一応このために未来からやって来たことになっているのだから、最低限の仕事はしなければならないだろう。面倒ではあるがな。

 シャッター音が極限まで消音され、フィルムの巻き取りも音が出ない仕様のカメラは、姉さんが一夏の写真を撮るために作ったものだ。眠る一夏を起こさないようにという配慮からできているそれは普通に使うにはやや問題のある出来だが……便利ではある。

 ちなみに、この場合の『問題』とは法律的な問題だ。こんな物を持っていると、例え盗撮に使ったことがなくともそれを疑われるものだ。私は今まさに盗撮に使っている訳だが、その事は気にしない方向で。

 今のところ私はバレたことはないが、これがバレると千冬さんに何枚か写真を献上しなければいけなくなるから少々面倒なことになる。千冬さんは容赦なく良い写真から持っていくからな。

 なお、一番の被害者はラウラだったりする。ラウラは隠すことなく堂々と撮るからな。

 

 ……さて、写真も最低限撮り終えたし、そろそろ話しかけるとするか。カメラはISの中にしまっておけばまず気付かれることはない。やはりISは実に便利な物だ。

 ……まあ、現在は姉さんが思った通りの使われ方はしていないのが残念ではあるがな。宇宙開発、惑星間旅行、宇宙観光……どれもこれも後回しどころか触れられてすらいない。

 一夏と一緒に一度星の海に飛び立ってみたことがある私に言わせれば、非常にもったいないと言わざるを得ない。月から見る地球は実に美しいぞ? 近くで見るとなると汚いものばかりが目に入るが、月まで離れてしまうとそういったものは見えなくなるからな。

 

 ……さて、口調を直して……と。

 

「母上」

「ふぉおっ!?」

 

 びっくぅ!と肩を跳ねさせたこちらの世界の私は、キョロキョロと周囲を見渡すようにして私を探している。だが、天井に張り付いている私を見付けるなら周囲だけでなく上まで見なければ見付かる筈もない。

 天井の板をつまむ指から力を抜けば、無音で私の身体は落下を始める。空中で体勢を整え、足から着地。勿論忍者のたしなみとして足音など立てない。着地した場所はこちらの世界の私の背後。私が動かなければすぐに気付くだろう。

 

「母上」

「ぬぉっ!?」

 

 私が振り向くのに合わせて再び背後を取る。

 

「母上」

「……十柄。親をからかうな」

「隙あらばからかってしまうのは忍者の性です。隙を無くしてください」

「ぬぅ……」

 

 悔しげに歯噛みされたところで怖くもなんともない。写真撮られても気付かないくらいだし、ちょっと鈍過ぎるのではないかと心配になってしまった。

 まあ、鈍かったら鈍かったでその付けを払うのは私ではないし、努力するもしないもこちらの世界の私次第。私にはちょっとした誘導くらいしかできやしない。

 因果応報、という言葉がある。よく『悪い行いは悪い結果としていつか帰ってくる』という意味に使われているが、これは実際には『行動と結果は切り離せない』と言うもっと大きな意味となる。

 悪いことをすれば大概は悪いことが帰ってくるし、良いことをすれば良いことが帰ってくることもある。しかし、良いことをしても悪い結果が出てしまったり、悪いことをしたのに良い結果が出ることもある。悪い意味だけでなく、かといって良い意味だけでもない、ごく普通のことを言葉にしただけの物だ。

 

「ですから父上に『異性として好きだ』と伝えなければ始まらないと思います」

「ゴボブフゥッ!?」

 

 素振りを中断して水を飲んでいたこちらの世界の私は、私の台詞に勢いよく咳き込んだ。……そう言うところが隙だと言うに。

 

「……おや、もうこんな時間。それでは母上、私はこれで」

 

 まだげほげほと咳き込んでいる私を置いて、私は昼寝のために屋上に足を運ぶのだった。

 後ろから何か声が聞こえていたような気がしなくもないが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 


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