IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・十柄編03

 

 

 

 side 篠ノ之 十柄

 

 こんな身体であったとしても、木刀を振るえば風が斬れる。

 侍であれば正面から地に足をつけて戦うのだろうが、忍者であればそんなことはしない。そもそも忍者が正面から誰かと向き合うこと自体が珍しいことだし、よほどの事がない限りはそんなことになった時点で任務としては失敗と言える。

 光を浴び、有象無象の屍の山を築き上げ、血の雨を浴びながらも奉り上げられるのが侍ならば、影に生き、名のある屍を少数作り上げ、血河に潜み闇に死ぬのが忍。

 そんな両者が正面からぶつかり合うような事になれば、忍者が負けるのは自明の理。忍者の戦闘の基本は暗殺。標的の情報を探り、策を練り、相手が最も無防備かつ自分が最も力量を発揮できる場所で不意を突いて一撃で殺す。それこそが忍者の本領だ。

 正々堂々など笑える冗談でしかなく、本気で守る意味もない。ただ、普段から『正々堂々』と言っていれば相手の反応はおよそ二つに別れる。

 同じように正々堂々向かってくる単純な相手か、正々堂々という言葉を信じて罠にかけようとしてくるちょっと捻った単純な相手。それ以外ではそもそも関わる事もがあったとしても戦うことにはならないので除外しておく。

 絶対に勝たなければいけない戦闘で、かつ正々堂々では勝てなさそうな相手でもなければ私は事前の言葉の通りに正々堂々と相手をするが、必要ならばいくらでも卑怯なことをして勝利を掴む。私の普段の言動は、そう言った時のためのフェイクという面が強いのだ。

 

 ……昔はもう少し正々堂々としていたような気もするが……いったい何故歪んだのだろうな? 歪んだ本人である私にはよくわからない。

 後悔しているわけではないし、昔に戻りたいと思っているわけでもない。思ったところで叶えられるわけがない……と言うには早計かもしれないが、少なくとも私自身は過去に戻る方法など持ち合わせてはいないし、戻ってみたところで現在に繋がるわけでもなければ過去を変えられるわけでもない。今まで私の歩んできた道はそのまま残り、新しく『戻った私』が歩む道が作られるだけだ。

 

 だが、そんな私にも『時を越えてみたい』と思うことはあるし、それを実行する方法を持っている人も、文字通りに実行してしまった者も知っている。

 そして、その『実行してしまった者』が人間であり、私も人間であると言う共通点がある以上、私に時を越えることができないと言う確たる証は無いわけだ。

 ならば私はどこまででも挑戦できる。いつまででも進んでいける。いつの日か夢見た高みに到達するその時まで。

 ……一夏の隣に立てるまで。

 

 ……いかんな。ついつい物思いに耽ってしまう。悪いことではないと思うが、悩みすぎは良くないだろう。

 とにかく今は心を落ち着けるべきだ。右手に緋扇、心に刃、唇に紅、そして背中に自身を背負う。私の最高の精神状態に持っていかなければ。

 愛? そんなものデフォルトに決まっているだろう。今さら強調しておくことでもない。全ては『愛』だ。

 

 ちなみに、『全ては愛』ではあるが『愛は全て』ではない。この世のありとあらゆる事において愛とは大切なファクターだが、愛が全てを構成しているわけではないからな。よく劇画などで『愛こそが全てだ』等と言うようなことがあるが、それを言うなら物理法則を越え、愛を供給することで食事をする必要がなくなる程度まで鍛え上げてから言うべきだと、私はそう思う。

 さて、それはそれとして……気配を消す。正確には周囲の気配と同じような気配になるまで私の気配を塗りつぶして目立たなくする。普通に暮らしている人間が、何もないのに空気の状態を気にするようなことがないように、私も気にされない存在となる。

 そのまま、全身から力を抜く。身体が個体ではなく液体であるかのように、柔らかく柔らかく……床全体に溶けた身体が浸透していきそうなほどの脱力。

 結果、身体が崩れそうになるが、崩れ始める寸前に一気に必要な部分を緊張させて個体に戻し、刀を振るう。

 空気が引き裂かれ、ほんの一瞬の間だけ真空の空間が産み出される。大気による光の屈折差によって、その真空の隙間がゆっくりと閉じていくのを観測した。

 

 ……現在の目標は、抜刀術によってできたこの真空の隙間が閉じないうちに納刀し、次の抜刀に繋げること。今の私では真空の隙間が四半分ほど閉じてからでしか納刀できず、そこから抜刀するにも僅かな溜めが必要となってしまうので連続しての抜刀術はできていない。

 ……姉さんに昔一度だけ見せてもらったあの境地まではまだまだ遠いな。

 

 ちなみにその姉さんの相手をしていたのは千冬さんで、こちらは鞘を使わないで姉さんの斬撃を全て受け流していた。いくら模造刀で抜刀の加速がつきにくいからといって、なんでもない事のようにあの速度に着いていくのはもうなんなのかと。

 それに、刀はあくまでも斬ることに特化しているために衝撃にはあまり強くなく、刀同士で打ち合ったりしたらあっと言う間に刃溢れしたりへし折れたりしてしまうはずが、しばらく打ち合っていた後の刀には傷一つない。

 これが姉さんお得意の物理法則その他諸々の技術によるものか、それとも千冬さんの気合いによるものか……あるいは愛の力か。

 ……愛の力一択だな。私は何を悩んでいたのやら。

 

 ふっと力が抜けた身体に想いを乗せて、あの時の姉さんの影を追うように刀を振るう。こちらで真剣を使えるのは周りに人がいない時だけなのだから、使える時間は使っておかなければ勿体無い。

 

 空気を切り分けながら進む刃。その先端に音の壁が纏わりついているのが大気の歪みとして見える。

 刃は押しつけるだけでは斬れない。押し付けてから引かなければ、相手がよほど柔らかいものでなければ切れ目を入れることなど不可能である。

 逆に言えば、ある程度なまくらだったとしてもちゃんと使えばある程度の結果は出せる。それが『(ことわり)』と言うものだ。

 そしてこの刀はけしてなまくらでなはない。姉さんはこの刀を使い、大気どころか音の壁すらも斬り捨てたのだから!

 

「───」

 

 刀が走る。鉄が閃く。鞘を抜けた勢いを殺さず、それどころか更に加速さえして音の壁を突き抜ける。

 すると……僅かに破裂するような音を残して、破れた音の壁は一瞬にして霧散した。

 

 上手く音を切ることができれば、音の壁は破綻せずに消滅する。あるいは作り出した本人が狙った方向に打撃の形で飛んでいく。しかし今の私では僅かに音の壁が破綻してしまうために音が出るし、その分がロスになる。

 ……やれやれ、私もまだまだだな。努力せねば。

 

 

 

 

 


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