IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・シャーリー編02

 

 

 

 

 side 織斑シャーリー

 

 こちらの世界の私を追い詰めていったら、最終的に顔を真っ赤にして自分の妄想の世界に引き込もってしまったのでそのまましばらく放置しておくことにした。

 かわりに行くのは、僕達の世界では小動物扱いの簪のところ。百秋が言うには、なんだか少し黒くなっているとか言う話だけれど……まあ、多分問題はないはずだ。

 

「そんな訳で、挨拶に来てみました」

「……そう。よければ上がっていく? ……お茶とお煎餅くらいしかないけど……」

「あ、お構い無く。ただの挨拶ですし、これからまた色々な人に挨拶をして行こうと思いまして。周囲から埋めていってマミーの応援をしてあげるんです」

「……上がっていって? ね?」

 

 ……あ、ほんとだ黒い。これは間違いなく何か考えてる。

 実際に手を出すのはまずいだろうから、多分ここでしばらく時間を潰してもらいつつ何かを食べさせて、この後の挨拶の時に色々つまみながら話す時間を短縮させようとかそんな魂胆だろうね。

 実際に何かをしてくるんだったら、睡眠薬を盛って『きっといきなりの事で疲れちゃったんだよ』とかなんとか言うに違いない。

 後が難しいだろうから殺しにくることは考えなくても大丈夫だと捨てておいて、とりあえずお邪魔してみようか。

 

「それじゃあ、ちょっとだけ」

「うん、ゆっくりしていくといいよ。……ゆっくり、ね……」

 

 黒い黒い。確かにこっちの世界の簪は凄まじく黒かった。まさかここまで黒いとは思ってなかったからちょっと引いちゃうね。出てくる物には注意しないと。睡眠薬とか盛られたら、常識的に考えて僕は眠っちゃうからね。

 ……盛られないとは思うけどね。未来で薬が検出されたりしたらまずいだろうし。

 まあ、そんなことがないようにゆっくりしていこうと思う。黒くはあるけれど基本的には穏便で、自分の益のためならちょっとした我慢くらいならしてみせるタイプに見えるしね。

 

 そうやって簪の部屋にお邪魔してみたんだけれど……こちらの簪の部屋と僕の世界の簪の部屋にはあまり違いがなかった。やっぱり朝日と気が合うだけはあってDVD-BOXが並んでいたり、かっこいいロボット物のプラモが並んでいたり、未来では黒歴史になりそうなことが書いてあるだろう一つだけ色違いのノートが本棚にあるノートの中に埋もれていたりする。

 もちろん違うところだってある。本棚にIII御用達の裏五反田食堂産の写真集が置いてないし、机の上には小さな写真立てに入った写真もない。まだまだ細かな違いはいくらでもありそうだけど、今回は別に朝日と簪の違いを探しに来た訳じゃないからわざわざ探そうとは思わない。

 

「……どうぞ」

「ありがとうございます、簪さん」

 

 お盆に乗ってやって来た二つの湯飲みのうち、手渡された方を受け取って即座にもう片方と入れ換える。怖いからね。

 それから、のんびりと香りを楽しんで……うん、少なくとも臭いでわかるような物は入ってないね。当たり前だけど。むしろここで臭いでわかるようなものを入れられたら、それこそ思いっきり喧嘩を売ってるって言うようなものだしね。少なくとも初めからはやらないだろう。

 やるんなら、効果なんて出なくてもいいってくらいのよわーい漢方系の薬を使うかな。漢方だったら『健康のため』って言っておけば大体はなんとかなるし、実際に健康にはいいけど少しだけ眠くなる副作用のある調合なんて普通にあるしね。

 

 ……織斑先生が作ると、睡眠作用が凄まじく増幅されて内臓がゆっくりと活動を停止していき、最後には何故か薬の効果の殆どが反転して一瞬だけ人外の膂力と思考速度を得る代わりにあまりにも急激に血圧が上がりすぎるせいで全身の血管……それこそ指先の毛細血管から粘膜や皮膚に栄養や酸素を送っている微細小血管レベルのものから心臓付近の大動脈までありとあらゆる場所の血管が縦に引き裂かれてちぎれ飛ぶような薬に早変わりするそうだけど。

 ……全く同じ材料を全く同じ量だけ用意し、全く同じ量だけ使って全く同じ行程を全く同じ時間使って作ったはずなのに、いったい何がどんな風に作用してこんなことになってしまうのか……と、みんなして首をかしげたっけね。

 ちなみに、実験に付き合ってもらったのはかつて中華人民共和国と呼ばれた国の元首だった人と、その周りで戦争に賛成した国の重鎮と呼ばれていた人たち。生き延びられたら解放してあげるという約束でそういう協力をお願いしたそうだけど……まあ、結果は目に見えてたよね。実際その通りになったし。

 ちなみに、その結果は賭けの対象になっていたりした。全員が全員思い思いに選択肢を出してそれに賭けていくのに、ちゃんとした……と言うか、まっとうな効果が出る系の答えは全部スルーされていた辺りに織斑先生の料理の腕がうかがえるよね。

 

 お互いに色々と含ませた笑顔を浮かべ、同時にお茶を啜る。向こうにとっては暫くの足止めも絶対ではなく『できたらいいな』程度の話だろうし、できなくともこうして話をするだけでも十分なメリットがある筈だから、本当はここまで警戒する必要なんてないんだけどね。

 

「……未来では、色々あったみたい……だね?」

「……ええ、まあ。僕がこうして大人でいなくちゃいけなくなる程度には」

「そう。……役割分担はどんな感じなの?」

「アーデルは本能で、十柄が状況から悪意を読んで、朝日がその二人からの感覚的な話を言葉にして全員に伝達。僕とシルヴィアが策を練って、小鈴と百秋はその為の情報収集係。実行は基本的に全員……かな?」

「……そういうのを決めなくちゃいけないって言う時点で、未来も結構物騒だってことはわかった」

 

 たった十年で世界が様変わりするわけでもなし。篠ノ之博士が世界を滅ぼし尽くしでもしない限り、人間同士の争いに終着点なんて見付からないだろう。

 それに、人間同士の争いに終着点が見えたとしても、今度は人間以外の動物や……もしかしたら地球人以外の高知能生命体がいればそっちの方で争いが起こると思うんだよね。

 映画とかで地球を侵略しに来た宇宙人は、何故か一糸乱れぬ連携をとって攻めてくるけど、実際には絶対に何かしらの内部不和は起こると思うんだよね。個々の存在に知識や感情があれば、それらの差異によって間違いなく歪みができるんだから。

 

 ……対人では、そういった不和を増幅して味方同士で足を引っ張り合わせて弱らせるのが常套手段。その後に不仲になる人も居るけど、仕方ないよね。試合とかではできるだけ使わないようにしてるから被害はそう多くないしね。

 

「……あ、このおせんべおいしい」

「……おかわりもある」

 

 ポリポリと棒状のお煎餅をつまみつつ、僕と簪は表面上平和に会話を続けていった。

 

 

 

 

 


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