IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・朝日編01~10

 

 

 

 

 

 

 

 

 かわいいかんちゃんが小さくなって布団の中で丸くなりながら俺のパジャマの上着の袖を掴んでいて放してくれません。どうすればいいでしょうか?

 ……そんな問いに対する答えとして、俺はとりあえずかんちゃんの事を抱き締めて頭を撫でてやると言う行動で答えた。

 かんちゃんはその行動に、意識がないまま俺の胸元に頬を擦り寄せてくるという行動をとる。

 ……いやぁ……かんちゃんマジ可愛い。愛でる対象としてこれほど素晴らしい相手はそういないだろう。

 ひたすらに媚びてくるわけでもなく、されど完全にスルーしてくるわけでもなく、べたべたとくっついてくるようなこともなく、しかし離れ続けているわけでもない。これはもうある意味では天性と言うべきだ。天性の甘え上手だ。猫座の生徒会長(ただしヘタレ)がシスコンになる理由もわかる。

 

 そんな感じにかんちゃんを愛でていたから気付くのが遅れたが、俺の隣に俺がいた。まあ、原作の織斑一夏だから正確には俺って言う訳じゃないんだが……もう面倒だから俺ってことにしておく。

 つまり、この世界は最近よく来るようになってしまった原作世界らしい。また色々な人達をからかう時間の始まりだ。

 

 そういうことなので、まずはかんちゃんを起こして状況を説明した後、千冬さんに連絡。また厄介事かと頭を抱えていたので、かんちゃんと一緒に頭を撫でておいた。おかーさんは半泣きだったが、まあとりあえず元気にはなってくれたから大丈夫……のはずだ。

 ちなみに、こちらの世界ではかんちゃんの娘の名前として『朝日あさひ』と言う名前になっている。可愛い。

 

「そんなわけで、パパとかんちゃんの娘の朝日ちゃんです」

「……こ……こんにちは……朝日……です」

 

 かんちゃんこと朝日ちゃんは、俺の背後に身体の大半を隠しながらこちらの世界の俺達に挨拶をした。やはり、世界線の違う別人とは言え自分や自分の姉に自己紹介をするのは奇妙な気持ちになるようだが、俺はそんなことは知らん。俺自身は俺とこちらの世界の『織斑一夏』という人間が別人だと知っていたからだろうがな。

 

「……可愛い」

「なんか……可愛いわね」

 

 朝日ちゃんの可愛さに落ちた奴が二人。やはりこちらの世界でも朝日ちゃんは可愛いということが証明された。ちょうどいいので頭を撫でておくと、朝日ちゃんは両目を細めて俺に抱きついている腕の力を強くした。

 ただ、この撫で方にはコツがあったりする。ナデホスキルが異様に高い原作一夏だったらともかく、ナデホスキルがあまり高くないかあるいはそもそもそれを持っていないヒロインズじゃあ……ここまで安心した表情にはさせられないだろう。

 実のところ、俺みたいにある程度の付き合いがあれば心象補正によって若干の技術不足を補うことはできるんだが、この世界の奴とは今のところ『容姿のほぼ同じ奴が知り合いに居る』以外には何の関連もないからなぁ……。

 ちなみに、撫でるのが下手な奴には基本的に気を許すことはなかったりする。撫でるのが下手な奴は大概相手の事を考えていない奴だったり、あるいは相手の事情や感情を素で無視してくるような奴ばかりだから間違っているとは言えないが、それでもちゃんと必要な時にはある程度の付き合いをすることもできる。感情的に動くだけならそれはただの獣と変わらないからな。

 かんちゃんはわんこみたいだが、爪や牙もしっかりと持っている。野生の中で身を守り、餌を手に入れるに足る能力はある。その上で自分の意思で飼い犬的な立ち位置に……と言うか、かなり可愛がられる位置に立っているのだから、かんちゃんはちゃっかりものだと思う。悪いとは思ってないが。

 

 さて、それはそうと朝日ちゃんをかんちゃんに紹介しなければ実際にはそんなことはないとは言え、親に甘えることもできないと言うのは子供にとっては不運なことでしかないだろうし。

 ただ、どうも親であるかんちゃんの方が朝日ちゃんを避けているようにも見えるんだが……それについては仕方ないっちゃ仕方無い。

 普通に考えれば、突然未来から現れた『自分の娘』を名乗る自分そっくりの少女が、自分が今恋をして居る異性との間に産まれたと言う話を聞かされ、しかもそれが自分が恋する異性とそっくりの子供と仲良くしていたら……そりゃあそういう反応になってもしょうがないと思うだろう。

 しかも父親が同じだとなれば……微妙な気持ちになるのをいったい誰が止めることができようか。少なくとも俺には無理だ。

 

「そんなわけで、朝日ちゃんとかんちゃんがある程度普通に話ができるようになることを目標にしようと思うんだが、どうだろう」

「……ん、いいと思う」

 

 原作一夏に撫でられながら、朝日ちゃんは答えを返す。原作一夏の手はやけに気持ちがいいからな。俺と違って相手の事を思いやる気持ちに満ちている。

 

「あ、それじゃあ俺も手伝───」

「パパが本気で何かをしようとすると、間違いなく何か事件が起きて誰かが怪我をして最終的に目的は遂げられることがあんまりない上にパパのラヴァーズが増える結果になるから、パパは手伝っちゃダメ」

「ちょ!? なに俺トラブルメーカー扱い!?」

「実際、『災厄の辞書(ディクショナリ・オブ・タバネ)』で【トラブルメーカー】って調べると、四つ目くらいのところにパパの名前が乗ってるしね」

「束さんにまで!? 束さんにだけは言われたくないんだけど!?」

「大天災さんの名前は二つ目のところに載ってるから大丈夫」

「それは大丈夫じゃない、束さんと同列に居るってだけでもうそれは大丈夫じゃないからな!?」

「ちなみに【トラブルバスター】って調べると二つ目のところに『織斑千冬』って出てるよ」

「束さんやっぱ恐れ知らずだな!?」

「【可愛い】【小動物】って二つ並べて検索すると、一番上に『かんちゃん』が出てきたりする」

「辞書って言うかもうそれネットとそう変わらないよな!?」

「一般公開はされてないから面白いネタはあんまり見付からないけどね。精々【ケネディ大統領】【暗殺】で誰がどういう計画でもって実行したかとかそのくらいかな?」

「よしわかった、とりあえずその事はこの時代じゃ絶対に誰かに言っちゃ駄目だぞ」

「はーい」

 

 まあ、流石にそれをこっちで言うのは不味いってことはわかるので、俺は原作一夏の言葉に素直に返事しておいた。

 

 ……さて、かんちゃんと朝日ちゃんを仲良くさせる計画を練るとしようか。

 

 

 

 

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 計画は実に簡単に決まった。元々お互いに嫌いあっているわけでもなければ片方がもう片方を一方的に嫌っているわけでもないので、そこまで大きな計画を練る必要がなかったと言うのが大きな理由となっている。

 お互いに相手に興味を持っていて、負の方向の意識ではなく正の方向に向いている。仲良くなる土台としては十分だと言えるだろう。

 原作一夏は土台に嫌悪感などの負の物を用意して、その後の行動でそれを大きく丈夫にしたあとに一度にひっくり返すことで巨大な正の方向の土台に変えると言う高等テクニックを使っているが、そんなものは普通ならば使うことはない。当たり前のように使っている原作一夏がおかしいのだ。俺は変じゃない。

 

 原作一夏の奇妙さは適当に放置しておくとして、計画を実行する。と言っても内容は凄まじく簡単で、朝日ちゃんがかんちゃんに近寄って服の裾をつまみ、じーっと見上げるだけ。できればその時にかんちゃんの持ってるヒーロー系統の物を見つけて、そこからヒーロー談義に入ることができればなお良し。気が合えばかんちゃんの部屋に招待してもらって、かんちゃんのコレクションを見せてもらえたりするだろう。内容は朝日ちゃんが持っているのとほとんど同じだろうと思うが、それでも一人で見るのと話し相手や趣味の合う相手と一緒に見るのとでは大分変わってくるはずだ。

 特にここはIS学園。かんちゃんが好きなヒーロー物のアニメ等の話をすることはほとんどできないし、できたとしてもかんちゃんの話す内容についていくことができる者はまずいなかったはずだ。

 そこで突然現れた、自分の趣味を全開にしてもついてくることのできる相手。しかもある程度の信用のおける相手となれば……話が盛り上がらないわけがない。

 

 ……何が言いたいかと言うと……かんちゃんと朝日ちゃんの話についていけない。基礎知識があまりにも足りていないから、何の話をしているのかもわかりゃしない。

 俺もまあある程度……具体的には『あーこれはキャラの名前だろうなー』とか、『今のは多分武器の名前かなー』とか、『今のは間違いなく必殺技だ絶対そうだ』とか、そういったものは一応わからなくもないと言うくらいにはわかるが、だからと言って朝日ちゃんやかんちゃんの求める反応を返せる訳じゃない。

 つまり、話に飢えたヒーローオタクを二人一緒にした上でそっちの方向に繋がる話をしてやれば……仲良くなるのに時間はたいして必要なくなると言うわけだ。

 

 ……ただし、周りは話についていけなくて置いていかれるんだけどな。仕方ないと言えば仕方ないが、それが原因で若干孤立している。本人が後悔していないようだから別に構わないと言えば構わないんだが……これを放置しておくと某ドヘタレ生徒会長が現れて俺に文句を言ってきたりするからな。ヘタレシスコン生徒会長は妹に非常に弱いくせに他の奴には強く出るからな。地味に権力もあるし面倒臭いことこの上無い。

 

 ……自分で何とかするために動けばいいものを、なんで俺に行動させようとするのかね? 例えそれで俺が行動に移して成功したとしても、それでヘタレにゃんこ生徒会長が好かれる訳じゃないってのにさ。

 

 ……ん? なんかどこかで俺より一つ年上の青い髪をした性別:女が血を吐いて倒れたような気配がしたが……まあ、気のせいと言うことにしておこう。面倒だし。

 気付かなかったことにしておけば、俺の中ではそんな事実はなかったこととして処理される。……いや、処理と言うのもおかしいか。なにしろそんなことは『なかった』んだから。

 

 それにしても、今回の目標達成があまりにも早く終わってしまった。開始30分程度だぞ? いくらヒーロートークに飢えていたと言ってもちょろすぎるような気がするんだが。

 確かにかんちゃんからしてみればこちらと仲良くしない理由はないし、仲良くしておいた方がメリットとして色々なものが得られるし、ヒーロートークもできていいことずくめ……どころか悪いことがほぼ全くない状況だから乗らないとかあり得ないと言う状況だったにしろ……あ、だからか。

 乗って損がなく、それどころか得しかないような状態だったら、そりゃ少し頭の回るやつなら乗るだろう。朝日ちゃんが俺の考えに乗ったのも、かんちゃんが朝日ちゃんの行動に乗ったのも、乗るだけの価値がお互いにあったから。間違いなくwin-winの関係となるなら、大概の場合は乗る。相手が不倶戴天の敵でもない限りは。

 

 つまり、こうしてかんちゃんと朝日ちゃんが仲良くヒーロー談義をしているのは、ある意味では必然と言うものであると。そう言うことになるんだろう。世界を越えて、時間を越えて。ようやく手に入れた機会なんだ。自由に使えばいいさね。

 勿論ヤバイ話になりかけたら止めさせてもらうが、その辺りは諦めろ。未来の話もあまりしない方向でと言ってあるし、問題は無いはずだ。

 かんちゃんも朝日ちゃんも、現代の奴しか知らないからな。世界の差でなにか違うものがあるかもしれないが、そこら辺は俺の知ったことじゃない。バージョンの違いとかそういったところでなんとかなるだろう。

 まあ、そう変わることはないだろうけどな。俺が殺した中にもしかしたらアニメのスタッフになる奴が居たかもしれないし、もしかしたら原作者の家族やなにかがいたかもしれないが……俺は向こうから敵対してきた相手しか殺していないから問題はまず無い筈だ。

 殺した相手は、俺や俺の友人達に手を出してきた工作員やら犯罪集団やら女性人権団体の馬鹿やらの実行部隊、それから俺の方に間接的に手を出すきっかけとなった科学者の一団など……つまり、俺は悪くない。悪かったとしても相手の方がもっと悪い。手を出してきたから反撃した。今まで監視だけに止めていた相手は時々悪戯に付き合ってもらうだけで済ましていたし、むしろこっちから相手の親玉に連絡入れる時に利用させてもらったりでお互いに利用し合ったりしていたわけだし……ある程度相手がこちらのことも考えて行動してくれればこっちも少し考えて行動するってのに。

 自分達のことしか考えてないからそういう目に遭う。そのせいで大惨事世界大戦でいくつかの国が滅ぼされたも同然って言うようなことになるんだよ。少しは人のことも考えましょう。

 

 ……それにしてもやっぱり朝日ちゃんとかんちゃんのヒーロー談義にはついていけない。予想以上に間他をに話が進んだことだし、俺は俺で食事にするか。

 朝日ちゃん達は……まあ、腹が減ったら勝手に食事にするだろう。しなくても俺は知らんがな。

 

 

 

 

 

 

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 朝日ちゃんとかんちゃんが仲良くヒーロー談義を続けている間、俺は食堂で食事ついでにヘタレを苛めていた。

 まあ、大したことをしたわけじゃない。ただ、ちょっと未来(笑)で起きたことを話してヘタレ生徒会長に情報攻撃を仕掛けただけだ。

 例えば、キスまでは頑張ればできるけどそれ以上のことを悪戯以外でやろうとするとまず間違いなくパニクって失敗するとか、妹に先を越されたとか、実はまだ処女だとか、パパには経験豊富と見せているつもりだが実はとっくに経験無しとバレてしまっているとか、仕事と私事を分けることはできるのにあまりにもしっかり分けすぎて妹の子供にやや苦手意識を持たれてしまっているとか、ヘタレが遺伝子にすら組み込まれてしまっているとどこかの大天災さんが太鼓判を捺してしまうくらいの超弩級のヘタレだとか、妹の娘に『更織楯無さん』とフルネームで呼ばれているとか、とにかくそんな情けないエピソードを山のように海のように放出した結果。

 なんとそこには、マジ泣きした生徒会長の姿が!

 

「……いや、これは予想できたことだろ……」

「いやだなぁ、俺まだ両手の指で数えられるくらいの年齢だよ? 普通に考えて、そのくらいの歳の子供がそんな未来のことまで考えが回ると思う?」

「……普通がどうかは知らないが、とりあえずお前ならやりそうだと俺は思うぞ」

「酷いや、俺は普通で普通な普通の子供だよ? いくら泣き顔がとてもよく似合いそうで可愛らしい泣き顔をするだろうと思う相手が居たって、人を泣かそうだなんて思わないよ? 俺は心優しい普通の純粋な子供だからね」

「普通の純粋な子供は人の顔を見て『泣き顔が似合いそう』とかは思わないからね!?」

 

 原作一夏とシャルにそんなことを言われてしまった。まったく、俺はちょっと荒っぽいだけで基本的には普通だってのに。

 

「俺はパパと違っておかーさん達が泣いてるところに現れて『思った通り、泣き顔もかわいいな』とか言いながら涙を舌で舐め取って恥ずかしがるおかーさんたちの顔や態度を眺めてニヤニヤしたり愉悦の笑みを浮かべたりしないよ?」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「……は?」

 

 そんなわけで、少しばかり被害を広げてやることにした。さっきまでは基本的に猫座の生徒会長とドヘタレ生徒会長とヘタレ家家長更にヘタレさんを対象にしていたんだが、その対象に原作一夏を無理矢理に巻き込んでやった。不名誉な話に巻き込まれて溺死しろ。

 

 さて、原作一夏に濡れ衣を着せて空気を更にごちゃごちゃにしてやったわけだが、今のところ俺の予想通りに原作一夏は周囲から引かれている。

 普通に考えれば、目の前にいる相手がドSの女殺しだとわかればそれはそういう反応になる。だが、それはあくまで普通のことであって、俺からしてみれば『愛が足りない』の一言ですべての説明がついてしまうような出来事だったりする。

 

 ……実際のところ、俺は原作でのことから考えて原作一夏の愛情表現がそんな感じになったとしてもおかしくはないと思っている。

 周りがあれだし、愛情表現がいかれてるし……俺が言うのもあれだとは思うんだが、俺式ではなく極一般的かつ普遍的な意味での『普通』に考えて、一番まともに原作一夏と応対してるのは多分こっちの世界の弾の妹、蘭ちゃんだと思うんだよな。

 八つ当たりに殺しに来ない、八つ当たりにISを使わない、八つ当たりをしても現実的でかつある程度常識的な範囲に納めて理不尽なことはしない……よく考えてみれば、こっちの世界からすると空前絶後の優良物件だよな。周りと言うか、比較対照がおかしいだけとも言うが。

 

 最近になって、こっちの世界でもラルちゃんがちゃんとした愛に生きるようになっているから、このままならどうなるかわからない。こっちの世界のヒロインズが原作一夏に暴力を振るって傷付けた後に、優しくその心を癒してやれば……どんどんと上がっていく好感度、どんどんと近付いていく心の距離。くっつくのも時間の問題だ……って言う状況になってくれるだろう。

 そこまで行ってしまったら、その他のヒロイン達が暴走を始め、原作一夏だけでなく他のヒロイン達も傷つけようとするはずだ。

 そしてそこで暴れているヒロイン達を止めるために戦う原作一夏。傷つきながらも自分を守ってくれている原作一夏にさらに惹かれ……

 

 ……なんということでしょう、ヤンデレになる未来がはっきりと見えてきました。それ以外にも色々未来はあるだろうが……あれだな、ちゃんと誰かを選んだ上で他の全員を何らかの方法で納得させないといけないわけだが……それができなければ俺がこの世界で言った大嘘である『重婚』が事実になるってことだ。

 今の原作一夏じゃあ本当に重婚することになりかねないが……それはそれ。本当にそうなったとしても俺が困る訳じゃないし、むしろ大爆笑してやろうと思う。

 ついでに『スケコマシ』だのなんだのと追加で言ってやれればさらに場を引っ掻き回せて面白くなりそう。

 やり過ぎると怒られたりしそうだが……しかし自重はしない。俺の辞書に自重の文字は無いこともないが、その説明文には『投げ捨てるもの』としか書かれていないからな。説明文の通りに投げ捨てるとしよう。

 

 ……やり過ぎるとまたシャルが泣いたり発狂したりするから気を付けないといけないが……こちらの世界だったら多分大丈夫。泣いても原作一夏が慰めてやれるだろうしな。

 

 それはそうと、さっき被害を広げてやった結果として新たに原作一夏がドSだと言う疑いが現れた。本人は必死に否定しているが、そうやってあんまり必死にやり過ぎると逆に怪しいとか言ってくる傍迷惑な奴がどこからともなく涌いてくるから気を付けた方がいい。

 そう言う奴に限って事実なんて物はどうでもよく、周りに面白おかしいネタを提供して騒ぎを起こす奴ばかりだから。

 俺の世界にもそう言う奴はいた。いつまでも俺の家に張り付いていたり、俺の友人との関係を邪推したり、本当に迷惑極まりない屑ばかりだった。

 今ではその大半が富士の樹海の奥深くやアンダーグラウンドサーチライトの中で骨になったり肥料になったりしているから大分静かにはなったが……まあ、そう言うのは後から後から涌いてきて止まることを知らない。無視すると付け上がる、暴力を振るえば騒ぐ、何を答えても自分にとって面白いように勝手に解釈する。本当に迷惑な輩だ。

 そんなわけで、そう言うのが涌いたらさっさと駆除することをおすすめするぞ? やるかどうかは本人に任せるが。

 

 

 

 

 

 

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 俺の話を真に受けてしまったヒロイン達が五月蝿かったので静かにさせようと、

 

「前にそんなことをしてる理由を聞いてみたら、『昔に母さん達に苛められててな』って言ってたけど、本当にパパは苛められてるんだね」

 

 って言ってやったところ、その場に居た数人の少女(匿名)が血でも吐きそうな表情のまま倒れ付した。そうならなかった約一名は我関せずと食事をしている。

 

「うむ、今日も元気だピッツァが美味い!」

「前に聞いた時にはパスタ食べてたね、そう言えば」

「うむ、個人的にイタリアという国はあまり好かないが、あの国の料理は美味いからな!美味いものは美味いと認める!好きな相手を好きと認める!当たり前のことだ!」

 

 ……男前になってまあ。確かに普通に考えてラルちゃんの言っていることは当たり前のことなんだが、それを言うことができない人達の真ん中でよくそう言うことが言えるよな。ある意味驚きだ。

 そう言う意味では、空気が読めないって言うのも悪いことだと一概には言えないわけだが……ダメージが凄いことになっている者のなんと多いことか。自業自得とは言え可哀想にプークスクス。

 

「おいこらお前『可哀想』とかそんなこと全く思ってないだろ!?」

「嫌だなぁ何を言っているのさ。ちゃんと『自分の撃った波紋を増幅されて火山に打ち込まれて噴火した火山に巻き込まれて宇宙空間にまで飛ばされて戻ろうとしたけど戻れなくて最終的に自分の身体を鉱物のようなものに変えて宇宙を永遠に流されているうちに考えるのをやめたカーズ様』くらいには可哀想だと思ってるよ」

「あれは自業自得だから可哀想でもなんでも……おい待てそう言うことか?」

「見ろ!人はゴミのようだ!」

「一文字変えるだけでなんでこうも範囲が広がるのか……」

「『ゴミのような人の群れ』が『人とはゴミである』に変わるしね。日本語って本当に難しいね」

「そんな難しい日本語で言葉遊びを楽しんでいる百秋に言われてもな……」

「日本生まれの日本育ちだからね。このくらいは当たり前にできるよ。言葉遊びが上手じゃないと大天災さんに美味しくいただかれちゃったり、焦り始めた会長に妙な契約書にサインさせられて頂かれちゃいそうになったりするからね」

「……あの人ほんとなんとかしないと……」

 

 原作一夏は俺の話を聞いて『頭痛が痛い』と言うような表情を浮かべた。『頭が痛い』じゃなく、あくまでも『頭痛が痛い』であるのだが……まあ、細かいニュアンスの違いでわかる人はわかるだろうから説明は無しで。

 ただ、恐らく原作一夏の中で某生徒会長の株は大暴落待ったなしだろうというのは言わなくても簡単に予想できるだろう。普通に考えて20近く下の相手にそう言う契約書を書かせようとするとか、いい歳をした大人のやることじゃない。しかも相手は上に見て10歳程度。どう考えても社会的にアウトだ。

 

 ……ちなみにこれについては実話だったりする。内容は結婚や恋愛とは関係無いが、俺が寝ている間に『何かあったら更識家に協力する』と言う契約書を作って勝手に判子を捺そうとしていた。犯罪。

 まあ、それはちー姉さんによって阻止されたんだが、それを知ったかんちゃんが色々と手を回して猫座の生徒会長は更識家から罰を受けることになったらしい。エロい系の罰だそうだが、細かい内容は知らない。知りたくもないのでスルー。

 ただ、それ以降はそういったことが無くなったことから大分堪えたのだろうと想像がつく。表面上はなにも変わった所はなかったから、精神的な責めだったんだろう。セシリーが俺達の誰かから受けたら喜びそうだ。セシリーはかなりのM気質だし。

 

 まあそれはそれとして、適当に話を広げながら食事をしていたのだが……俺が頼んだ料理を全て食べきる直前になって漸くかんちゃんが朝日ちゃんを連れて食堂にやって来た。多分だが、朝日ちゃんの腹が鳴ってそれで互いに空腹を自覚して遅くなりながらもやって来た……ってところかね。こっちの世界のかんちゃんにさっきの話は聞かせられないし、タイミング的にはバッチリだと思う。

 

 朝日ちゃんはかんちゃんと手を繋いで来た。ヒーロートークで大分仲良くなれたようで結構なことだと思う。

 ただ、そう言う趣味にのめり込みすぎて食事を忘れるのは危なっかしい。朝日ちゃんやかんちゃんは俺と違ってある程度食事をしないでも生きていける訳じゃないんだから、ちゃんと食事をしてくれないと困る。

 

「……それじゃ……ご飯、食べよっか」

「……うん」

 

 そっくりな二人が並んで歩き、同じメニューを選んで同時に買った。そのメニューも割とすぐ出てきて、朝日ちゃんとかんちゃんは揃ってかき揚げうどんを持って俺の席のすぐそばに座った。

 まあ、朝日ちゃんが俺の隣、かんちゃんが朝日ちゃんの隣で原作一夏の正面に座る結果になったんだが……隣じゃなくて正面に座るのもポイント高いよな。IS学園の食堂のテーブルは基本的に女子が使うと言うこともあってかやや細めだし、ちょっと無理すれば『あーん』だってできる程度の距離しかない。俺ならやらないが。

 

 ……かき揚げうどんか。そう言えば、原作ではかんちゃんと織斑一夏が出会った時に初めて一緒に食べた料理もかき揚げうどんだったよな。かき揚げの端っこを少し欲しいと言って、全力で拒否られていたはずだ。

 

 朝日ちゃんの持ってきたかき揚げうどんを見ながらそんなことを考えていたら、朝日ちゃんは気を使って俺に無言でうどんとかき揚げの端っこをくれた。会ったばかりの頃はこんなことをしたら顔を真っ赤にして大変なことになっていたが、今ではだいぶ慣れたようで普通に食べさせてくれている。

 ……うん、美味い。ここのうどんは美味いな。一つ文句があるとしたら、基本的に女子向けに作られているせいか麺のコシがやや弱いことだろうか。出汁や味についてはほとんど文句は無い。コシの強さも人の好みの範疇だし、悪くはないんじゃないか? と考える。

 かき揚げの方も、俺の好みである『一瞬汁に浸けてすぐ出した』状態。サクサクとしっとりが見事にコラボレーションしている、個人的に最高の状態だ。

 ごくん、とうどんとかき揚げを飲み込んで、お礼代わりにカツ丼を一口分差し出す。これもだいぶ慣れたようで、朝日ちゃんは普通にぱくりとカツ丼を頬張った。口が小さくて食べ方がまるで小動物だ。

 

 ……ふと、朝日ちゃんの口許にうどんの汁がついているのが目に入る。このままだとそれが頬を伝って服についたりするかもしれないので、朝日ちゃんに無言でそれを伝えて動かないでもらい、汁を拭い取る。相手の考えることがわかるってのは便利だよな。うん。

 

「ちょ……なっ……なな……なにをしてるの!?」

 

 ……なぜか、顔を真っ赤にしたかんちゃんに怒られてしまった。解せぬ。

 

 

 

 

 

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 side 更識 簪(原作)

 

 それは突然の事だった。朝日とアニメを見ていたらいつのまにか昼食の時間になってしまっていて、私は朝日をつれて食堂にまでやって来ていた。

 そこで、いつもと同じように食べたいものを選んで、いつもと同じように食べ始めようとしたところで……ちょっと理解できないショッキングな出来事が私の目の前で起きていることに気付いた。

 

 別に、『あーん』でお互いに頼んだものを食べさせあうのは構わない。朝日は私の、百秋は織斑先生の子供であると言う差はあれど、どちらも一夏の子供であることには違いなく、兄と妹であるならばそんなことくらいは普通にやることだ……と、前に読んだ本に書いてあった。

 だが、そのあとにやったことはおかしい。百秋が朝日の頬にキスをして、そして朝日もそれをなんでもないことのように受け入れる。それどころか、朝日の方からも百秋の頬にキスを返し、またなんでもないことのように百秋も受け入れ、食事を再開する。

 

「ちょ……なっ……なな……なにをしてるの!?」

 

 私の声に、周りの人の視線が私に向かう。それと同時に、私の言葉が向けられた先である百秋と朝日の二人にも、同じように視線が集中した。

 だが、二人はなぜそんなことを言われるのかわかっていないかのように首をかしげた。

 

「何って……」

「……食事?」

 

 くりっ、と首をかしげるその姿は可愛いけれど、だからって今やっていたことがなくなるわけではない。けれど、あんなことを人前で話すのは恥ずかしい。いったいどうすればいいのかを考えてみたけれど、答えは出てきそうにない。

 

「……じゃあ、今なにをしていたのか……言ってみて」

「別にいいけど……」

 

 百秋はえーと、と軽い前置きの後、一呼吸をおいて語り始めた。

 

「かき揚げうどんが美味しそうだなって思って、ちょっともらって、かわりにカツ丼一口あげて、その時にほっぺに汁がついていたからとってあげて、そしたら朝日ちゃんも俺のほっぺに米粒がついてたのを取ってくれた……だけ?」

「…………(ちゅるるる……)」

 

 百秋が説明している間、朝日は音もなくうどんをすする。暴れることもなく朝日の口の中に消えていったうどんを、むきゅむきゅと噛んでいるその姿は可愛いけれどこの場においては少し腹立たしい。

 

「……んく。このくらい、お母さんたちだって、いつもやってるし……」

「……ふぁっ!?」

 

 なんだか凄い爆弾を落とされた。いつも……いつもあんなことを……私と……一夏……が…………。

 

「ララママとシャルママなんて、唇同士でも気にせずやるしね」

「僕!?」

「……更識楯無さんは、お父さんにそれをしてもらうのを目当てにしてわざと口許に米粒とかパンの欠片とかをくっつけるしね」

「なんでまた私!? もうやめてよぉぉ私の株価はストップ安よ!?」

「買ってもらう度に金を払わなくちゃいけないくらい値を下げるつもりでやってるからね」

「この子容赦無い!? そんなに私が嫌い!?」

「先日、パパと一緒に薬を盛られて服を剥かれて襲われかけたからね。おかーさんに助けてもらわなかったら親子丼として美味しくいただかれちゃってたかもしれないとなれば、そりゃ反撃の一つや二つや三つや四つや五つや六つや七百七十七くらいはするでしょ」

「イヤァァァァァァ何やってるの私ィィィィィィ!!?」

 

 ……ぼんやりしている暇はない。……どうしてくれようか?

 

「……楯無 サ ン ?」

「簪ちゃん!? お願いだからいつもみたいに『お姉ちゃん』って呼んで!?」

「うん、それ無理」

「あ、ナイフいる?」

「大丈夫、一瞬欲しくなったけど」

「欲しくなったら言ってね。護身用にってララママから貰ったのが200本はあるから」

 

 ……200本もあるなら、一本くらいいたずら好きの泥棒猫の脳天に刺しっぱなしでもいいかな?

 ……等と思いもしたけれど、そんなことができるわけもない。やるんだったらもっとしっかりととどめを指さなきゃ……。

 

 ……やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃダメだ、やらなきゃ……

 

「やったらダメよ!?」

「じゃあ代わりに俺が……」

「待って!お願い待って!? 確かに『私』がやったのかもしれないけどそれはあくまで『百秋君がこの時代にやって来る以前に分岐した世界から見て未来の私』であって、今ここに居る私とは別人だから!? だから待って!?」

「魔法マジックカード発動。『千本ナイフ』。千の刃にその身を貫かれて

 

 

 

 死 ぬ が よ い 」

「200本って言ってなかった!?」

「200本『は』あるって言ったのであって、1000本無いとは言ってないけど?」

「なんでこの子供は更識家の当主を相手に平然と言葉遊びで上を行ってくるの!?」

「さあね。えい」

「ァッ─────────!!?」

 

 百秋の千本ナイフに全身が覆われ、その場に立ち尽くすお姉ちゃん。……まあ、血も出てないし目とか口の中とか危ないところには当たってないし刃は引っ込んでるみたいだし……大丈夫だと思う。

 ……お姉ちゃんはノリが良くて、それでいて調子にも乗りやすくてこちらの我慢の限界を易々と踏み越えてくるから……もうちょっと追い討ちを……あれ? 朝日……?

 

「更識楯無おばさん、大丈夫?」

「ゴバハッ!?」

「ああっ!? 楯無さんの全身の穴と言う穴から血液が吹き出してっ!?」

 

 ……いや、まあ、縁戚を考えれば、母親である私の姉であるお姉ちゃんは確かに朝日から見れば『伯母さん』だろうけど……うら若き乙女に向かって『おばさん』は……あまりにも容赦がないどころか、酷すぎる。

 

「ぐ……がふぅ……」

「楯無さん!しっかりしてください楯無さん!」

「……ふふ……一夏くん……私はもう……」

「冗談はやめてください!」

「最期に……一夏くんに……キスしてもらいたかったなぁ……」

「キスくらいいくらでもしてあげますから!だから死なないでください!楯無さん!」

「え、ほんと? やった♪」

 

 姉さんは一夏の言葉を聞いてあっさりと復活した。

 

「……バカな……世界に名高き『ヘタレの楯無』が……英仏独伊日中韓全ての辞書において『楯無=ヘタレ』と記された、あのヘタレ座の怪人が……強か……だと……!?」

「……これはきっと天変地異の前触れ。……降るのは核ミサイル……? 中性子爆弾……? それとも……空そのものが落ちてくる……かも?」

 

 ……とりあえず、私も対ミサイル用制空制圧兵器を準備しておかないと……。

 

 

 

 

 

 

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 猫座の生徒会長が強かであると言う理由でIS学園に空襲警報が出され、半泣きになった生徒会長の言で撤回された。まあ、本当に強かなんだったらこの場で実行してるだろうし、実際にミサイルやら流星群やらが降るわけでもないのでこれでいいだろう。

 ……やろうとすれば擬似的に流星くらいなら降らせられないでもないが、わざわざやる意味もなければやる気もない。狙った場所に星を降らせるのは結構面倒なんだ。

 俺が直接投げたものならスローターアームズで軌道調整とかができなくもないんだが、流石に撃ち出したものにまで効くかと言われると……効くけど自分で投げたものに対して使うのの十倍は疲れると言う使えなさ。

 正規の使い方は『自分の投擲物に対しての能力』だから仕方ないのかもしれないが、もう少し融通を利かせてくれても……と、融通を利かせた結果としてこうなっているんだったか。

 

 それはそれとして、そろそろ猫いじめを中断しようと思う。俺も朝日ちゃんも食事は終わってるし、いつまでも生徒会長を弄っている暇はない。今回は朝日ちゃんが来てるわけだし、弄るならかんちゃんを弄るべきだろう。

 あんまり弄りすぎると泣いちゃうかもしれないからちゃんと加減しつつ、それなりに弄り倒すつもりだ。

 ……かんちゃんの恥ずかしがる顔は、とても可愛いからな。

 

「私はなんか凄い弄り倒されたんだけど!?」

「え? だって楯無さんって『楯無』でしょ?」

「『楯無』を蔑称みたいに使うのやめてくれない!?」

「しかしヘタレである。流石超弩級のヘタレは格が違った」

「ぐはぁっ!?」

 

 とりあえずつっかかってきたので反撃してみた。ヘタレはヘタレらしく、しおしおと萎れていればいいものを……身の程を弁えずに大舞台に立とうとするからこうなる。

 

「……とりあえず、更識楯無おばさんをディスる会を発足……会長は百秋、副会長は私、会計に仁を据えてみました……」

「活動内容は『ヘタレを見かけたらその時間と場所と状況をメモして写真あるいは動画に撮って編集して記録する』こと。現在200時間録画できるディスクが36枚埋まってるから今度ネットに晒すね?」

「YA☆ME☆TE!?」

「大丈夫、目線は入れてあるから」

「目線ひとつで何を隠せと!? 私を知っているなら簡単にわかるわよねそれ!? 私これでも一応ロシア代表だから結構顔とか知られてるんだけど!?」

「大丈夫、『ロシア代表』なんて名前よりも『ヘタレの楯無』って言う方が有名だから。『ブリュンヒルデ』を知らなくても『ヘタレの楯無』は知ってるって人も少なくないレベルだから、なにも問題はないよ」

「問題しかないわよ!?」

「悔しかったらパパを襲って既成事実と子供を作ってから出直してくるといい。できるなら、だけど」

 

 ……よし、ここまで言えばいくらヘタレでも激情に任せて行動に移そうとするだろう。実際に移らなくとも、ただ『そう言うことを実行しようとした』と言う事実関係があればそれで十分だ。

 朝日ちゃんから『あまりにもヘタレ過ぎていっそかわいそうになってきたから手助けしてあげて』と言われてなければ、楽しかったとはいえここまではやらなかっただろうな。効果的に相手を馬鹿にするには、事前に色々と挑発の内容を考えておかないといけないからちょっと面倒だし。

 

 さて、それじゃあ今度こそかんちゃんをからかいに行こうかな。未来のアニメとかは見せられないし、かんちゃんはネタバレは許せない派だからちょっとした制限があるが……そう言う時には恋愛関係の事でからかえばいい。

 こっちの世界のかんちゃんは、朝日ちゃんと違ってまだまだ初だからな。きっととても面白い反応を返してくれるだろうよ。

 朝日ちゃんは……あれだ、大分人に慣れてきた子猫、みたいな感じだな。甘えたり甘えられたりすることに躊躇しなくなってきている。俺個人としては喜ばしいことだ。朝日ちゃん可愛いし。

 ……朝日ちゃんもかんちゃんもこんなに可愛いのに、どうしてたっちゃんはあんなに残念なんだろうか。これが世界の不思議大百科で取り上げられても俺は驚かない自信があるぞ。

 

 残念美人と言えば……ちょろータムだな。トップを独走してるのがちょろータムで、次点にヘタレ座の怪人。マゾカもマゾカで残念美人ではあるんだが、マゾカとそっくりなちー姉さんが日常生活的な意味で凄まじく残念だからあまり目立たないんだよな。

 ……ちー姉さん本人に聞かれたらまず間違いなくカレーをご馳走されることになるだろうから、絶対に本人には言えないけどな。ちー姉さんのカレーはバイオハザードレベルの危険指定がされている。T-ウイルス並みだな。

 流石に空気感染したりはしないからまだましではあるんだが、匂いだけでもハエくらいなら落ちる。白蟻の巣に500倍希釈したものを流し込んだら、まるで液体自体に意思があるかのように巣の中に広がって女王蟻を逃すこと無く殲滅してみせるくらいだしな。

 

 ……きっとちー姉さんは錬金術スキルを持っているに違いない。それも、薬を作ったり鉛を黄金に変えたりするようなのじゃなく、命や魂を弄び死者を操り神をも降さんとするような外法も外法の錬金術だ。

 そして、師匠の束姉さんがそれを見てなぜか敗北感を感じるわけだね。『誰が作っても材料と作り方さえ同じなら同じものができるのが科学のはずなのに、なんでちーちゃんが作るとこうなるのさ!?』って感じで。

 

 ……考えてみると、俺の知人って残念美人が多いよな? 弄られキャラにドヘタレに生活破綻者に社会不適合すぎて社会の方を自分に適合させた頭脳チートに天然にドMにヨゴレ系ツッコミ苦労人にヘマトフィリア……やっぱり全般的に残念だ。

 

 ん? ヘマトフィリアが誰かって? 全員だが?

 俺が怪我をするとどこからか現れて傷を一舐めして帰っていく。なぜかそれで傷は消えると言うおまけ付きなんだが……基本的にかなり頑丈な俺だが、新しい技を使うための修行等をしていると自分の力に耐えきれなくなって内側から皮膚が裂けたり血管が皹割れて出血したりすることもあるんだが、そんなときにはきまって誰かが現れる。日でローテーションしてるそうだが、ちょっと怪我をする度に現れて傷を舐めては『ふむ……この味は無理をしている味だぜッ!』とか言って休ませようとするのは勘弁してもらいたいんだがな。修行が進まなくて困るんだ。

 必要な時に必要な技を無理なく使えるようにするための練習ができないと、実践でいきなり使わなくちゃいけなくなる。それはそれでロマン溢れる展開ではあるが、個人的には勘弁してほしい。

 なんでも努力ゼロでやっているように見えるかもしれないが、俺は俺で体力やスペック任せの濃厚な修行で時間をとらずに頑張っているんだから。短い時間を密度で凌駕する。一日30時間のトレーニングとか、そう言う感じだな。

 まあ、イメージトレーニングが大半で、あとはそのイメージの通りに身体を動かせばなんとかなることが多いあたり、本当に反則的だよなこの身体。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 さて、朝日ちゃんもかんちゃんも食事を終え、趣味のヒーローアニメ観賞を再開したわけだが……こっちの世界も元の世界もアニメの内容はあまり変わらないらしい。これならある程度話は通じるだろう。よかったよかった。

 今の朝日ちゃんとかんちゃんの大きな違いと言えば、愛情の差くらいだと予想できる。あまりにも大きすぎる差ではあるが……時間をかければ埋められないわけではない。これからのかんちゃんの努力に期待、だな。

 

「……そう言えば、お母さんがお父さんを好きになったのはこの頃だって言ってたけど……何があって好きになったの……?」

「ぶふぅっ!?」

 

 朝日ちゃんの突然の発言にかんちゃんが噴き出してしまった。テレビ画面に虹色にも見える粒がついたが……これって多分液晶にまで唾が飛んだってことだよな? ばっちい。

 

「えほっ……けほっけほ……なん……いきな……っ!?」

「……お母さんの初恋が気になる娘心と……他人の恋愛が気になる乙女心……混ざりあって複雑……?」

「ちなみにおかーさんは大天災さんの逆光源氏計画を妨害しようと頑張ってたらいつの間にか……って言ってたけどね」

「……それで、お母さんは……どうなの?」

「どっ……どどどうって言われても……」

 

 突然に振られた話題に、かんちゃんは顔を真っ赤にしたままごにょごにょと小声で言い訳をしている。いくら小声だろうと、何を言っているかは結構簡単に聞こえてくるわけだが……それは言葉には出さないでおこう。その方が面白いことになりそうだし。

 

「……それで、どうなの? お母さんはお父さんのどこを好きになったの? かっこいいところ? 優しいところ? 助けて欲しい時には必ずそばに居てくれるところ? 危険を省みずに助けてくれた時にヒーローの姿が重なったから? 倒されても倒されても立ち上がるその姿に胸を打たれたから?」

「あ……あぅ……ぁぅぁぅぁぅぁぅ…………」

 

 朝日ちゃんの問いが繰り返されるたびに、かんちゃんの顔が赤くなり、目がぐるぐると回り始めていく。このまま放置したら多分かんちゃんが恥ずかしさのあまりに暴走を始めそうな気がするが、それはそれでアリ。そのまま色々と吐いてくれれば最高だ。

 かんちゃんは腹に溜め込んでるものも多そうだし、溜め込みすぎて熟成されてそうだし……適当なきっかけを作ってガス抜きさせといた方がいいような気がするんだよな。

 

 そんなわけで、いつも奥底に隠しているだろう原作一夏への想いを吐き出してもらうことにした。原作一夏の鈍さを愚痴るもよし、かっこよさを語るもよし、好きなところを挙げていくもよし……好きなだけ語らせてやるつもりだ。

 もちろんただ語らせるだけではない。語った内容は記録して編集して帰還前に上映してやる予定だ。今から恥ずかしがるかんちゃんの顔が目に浮かぶようだ。

 時々妙な質問も混ぜておくかな。実の姉が原作一夏とその息子を性的な意味で襲ったわけだが、その話を聞いていったいどんな気持ちになったかとか、ちょっと前に仁をつれてきたけどどんな風に思ったかとか、その他にもネタに走った質問をいくつか。その質問にどう返すかによって、かんちゃんのオタク度と範囲の広さがわかるわけだ。

 

 ちなみに朝日ちゃんにやってみたら、

 

「その指使いすごいですね」

「それほどでもない」

「でも少し遅いような……」

「この私がスロウリィ?」

「間違いでした、お詫びにジュースを奢ってやろう」

「9杯でいい」

「逃げていい?」

「知らないの? ……大魔王からは逃げられない」

「流派、東方不敗は」

「……王者の風よ」

 

 ……とまあ、このようにヒーロー物やロボット物だけではなく幅広いネタを拾えていた。凄いな。

 基本的には『努力・友情・勝利』の三本柱に支えられたヒーローより、友情を熱血に変えたものの方が好きみたいだな。知ってたけど。

 

 さて、続きといこうか?

 

「で、結局かんちゃんはパパのどこが好きなの?」

「ふぁっ!?」

 

 俺が右からかんちゃんに聞く。

 

「……どこが好き?」

「ぇ……ぁう……」

 

 左から朝日ちゃんがかんちゃんに聞く。

 

「声が好き? 落ち込んだ時に、悲しい時に、うまくいかない時に、悔しい時に、優しく背中を押してくれる声が好き?」

「はぅっ!?」

「……瞳が好き? ……どんな困難を目の前にしても、ただ前だけを見つめて立ち向かっていける……強い意思の籠った瞳が好き?」

「はぅぅっ!?」

「腕が好き? ピンチになったら颯爽と現れ、事件を解決して抱き締めてくれる暖かな腕が好き?」

「はっ……あぅう……」

「……背中が好き? 自分を守ってくれることを無言のうちに見せつける……あの大きくてたくましい背中が好き?」

「はぁ……あぅあ……あぁぁぁ…………」

 

 右から、左から、何度も繰り返しながら問いかける。何故か……本当に何故かかんちゃんはほほを真っ赤に染め、明らかに正気を失っているような表情になってしまう。やっぱり可愛いわぁ……。

 こうやってからかうのはよくやってたんだが、ののちゃんとか鈴とかラルちゃんとかが本当によくやってたせいで朝日ちゃんはもう慣れちゃってるんだよな。

 もちろん多少顔を赤らめたり、少し慌てたりどもったりもするけど、ここまで焦りを表に出すことはない。はっきりと自分の意見を言うことができるようになっている。

 

 ……ヘタレには無理なことだけどな。姉より優れた妹は実は割と普通に存在しているって実例がここにある。

 

 ……ん? 今なにかどこかで水よりも若干粘度の高い液体が地上150cmあたりからぶちまけられ、その直後に重量にして50kg程度の肉塊が床に叩きつけられたような音がしたような気が……あっ(察し

 よし、何もなかった。面倒だしそういうことにしておこう。つついてみたところでヘタレの血潮と涙と悲鳴くらいしか出てこないだろうし。

 

 かんちゃんをからかって正気を失わせたところで、今度はからかいではなく挑発を混ぜて……

 

「……あれ? もしかして、別にパパのことは好きじゃn

「そんなことない!」

 

 爆発早っ。理性の箍を緩めたのは俺だがいくらなんでも爆発が早すぎやしませんかね? 別にいいけど。

 

「好きだよ、好きだよ!一夏が好きだよ!優しい一夏が好き!私の背中を押してくれた一夏が好き!守ってくれた一夏が好き!手を引いて導いてくれた一夏が好き!私自身を見てくれる一夏が好きだよ!」

 

 ……やべ、こりゃ長くなるぞ……恋する乙女はやっぱり扱いづらいわぁ……。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 そしてあのまま30分ほど暴走を続けたかんちゃんは、最後に

 

「私は……更識簪はっ! 織斑一夏の事が大好きなのぉっ!」

 

 ……と叫んだところで暴走をやめた。いやしかし、30分も惚気続けるとは……よっぽどかんちゃんは原作一夏の事が大好きなんだな。見誤ってたよ。

 

「……私も、百秋について語らせれば……三十時間は固い……」

「流石に三十時間は長いから途中で寝るぞ俺」

 

 そんなことを言いつつ、かんちゃんをからかっていた時から電源の入っていたレコーダーを取り出す。……よしよし、無事に録音できてるな。気付かれる前にしまっとこう。消すことになったらデータの修復が面倒だ。

 

「そっか。それじゃあ本人に『あなたが好きです』って伝えないとね。前に勇気を出した時には話の流れ的に『アニメが大好き』って伝えちゃったらしいしね」

「何でそんな事まで知ってるの!?」

「酔ったかんちゃん自身から直接聞いた」

「……絶対お酒飲まない……私絶対お酒飲まない……」

「……酔った勢いで『きせーじじつ』を作った人とは思えない発言……」

「そうなの!?」

「……お母さんは正気を失うとアグレッシブになる……お父さんはそう言っていた……酔わなくても大丈夫」

「自己暗示でもなんとかできるみたいだしね」

「……なんで私はそんなことまで子供に知られちゃってるの……?」

「おさけのちからってすげー」

「……絶対飲まない……お酒なんて絶対……飲まない……」

「……まあ、話してくれたのは千冬さんだけど」

「織斑先生なの!?」

「まあ、ララママよりましだから。アーデルに『母よ!なにゆえもがき、逃げるのか? 羞恥こそ我が喜び、恥ずかしがりこそ愛おしい!さあ、父の胸の中で恥ずか死ぬがよい!』とか言われてるし」

「……その後こめかみをグリグリされて半泣きになってたけどね」

「ほんと、おさけのちからってすげー」

「お酒こわい……」

 

 おや、なにやらかんちゃんが怖がっている。だが、実際にそうなると決まったわけではないのだし、しっかりと気を付けていればそれでいいだろうに。

 気を付けていれば普通は酔わない。緊張していればよっぽど大量に飲まなければまず大丈夫だと思われる。

 ……まあ、基本的に俺は健康体であるようになってるから、酒をいくら飲もうが毒を飲もうが薬物を接種しようが細菌やウイルスに冒されようがナノマシンが身体に入ってこようが害は出ないんだけどな。

 ……ちー姉さんの料理はそれを抜いてダメージが入ったが、あれは数少ない例外だ。神の定めた法をすり抜けるとか、いったいどんなバックドアプログラムだよあの料理。

 ……あー、いやまあ確かに神の定めた法を世界の法と置き換えれば、割と簡単にすり抜けたり無視したり撃ち抜いたりぶっ壊したりするのは簡単かもしれないが……あれは勘弁してほしい。俺だから腹痛で済んだが、俺じゃなかったらまず間違いなく死んでるところだ。束姉さんの毒物探知装置に反応しないのにあの威力ってのは反則臭い。毒物反応が絶対に出ない毒物とか本気で怖い。これに耐えられるようになったら多分世界中のありとあらゆる毒物に対する耐性ができててもおかしくないだろう。マジで。ドラクエで錬金素材にしたら鍋が溶けるレベルだって、あれ。

 

「……やっぱり織斑先生って料理苦手なんだ……」

「昔、それを無理して食べた結果、俺は寝ている間心臓や脳波が止まるようになっちゃったからね」

「死ぬよねそれ!?」

「死人は死なないから大丈夫」

「既に死んじゃってるの!?」

「いやいや、流石に比喩表現だから大丈夫。それに最近は自分で心臓止めたり動かしたりできるようになったから、死ぬことはないと思うよ?」

「……織斑先生の料理って怖いね……」

「しょうがないね。俺もおかーさんも諦めてるし、ご飯を作るのはメシマズさんを除く複数人での共同作業だから……まあ、命には関わることはないよ?」

 

 かんちゃんがひきつったような笑みを浮かべているが、悲しいことなこれ事実なのよね。

 ちー姉さんとセシリーはご飯を作ってはいけない、料理をしてはいけない、台所に立つときには調理器具及び材料には触れてはいけない……って言うのが織斑家ルールにあるし。

 ちなみに、触れた場合にはとりあえずできた料理を本人の口に突っ込んで毒味をさせるのがデフォルト。大概の場合はその場で音もなく昏倒するか、あるいはぶっ倒れて痙攣するかのどちらか。自分の料理の駄目さを気付いてもらえて本当によかった。

 初めの頃は、セシリーはよく勝手に人が作っていた料理にアレンジを加えたりしてきたからな。それがなまじ美味そうに見えるものだから、超直感持ちの鈴か俺、ちー姉さんのだれかがそれに気付くか、気配察知能力が高いののちゃんが気配でセシリーが料理を弄っていることに気付けなければまずアウト。最悪の場合はシャルが何回かなんらかの理由で料理を食べ損ねるから、それを見ればいい。幸運にも失敗を続けるからな。

 

「……まあ、そんなわけで俺は人を殺さない料理ができます。練習しました」

「……ある意味じゃ練習して無害な材料から猛毒料理を作れる方がすごいような気も……」

「……ただし、好きな人にお弁当をつくってあげて、『あーん』することもできないけど……ね?」

 

 ……あ、黙った。どうやら『失敗作そう言うの』を食べさせた結果どうなるのかを想像してしまっているようだ。

 そして、こちらの世界では千冬さんやセシリーがどの程度の腕を持っているのかはわからないが……まあ、原作では確かかなり酷いものだったはずだ。

 とは言え、実のところちー姉さんが壊滅的なまでに料理下手だからと言って、千冬さんも料理が壊滅的と決まっている訳じゃない。

 知っているだろうか。数々の二次創作が存在するISの話の中ではまず間違いなく毒料理や殺人料理、滅神料理、暗黒物質ダークマターを作ってきている千冬さんだが、実は原作において『料理を作るシーン』と言うものが存在しないことを。

 ついでに、原作で両親が失踪してから少なくとも数日の間は料理をする人間がいなくなるわけだが……常識的に考えれば小学生にもなっていないような原作一夏に千冬さんが刃物を持たせたり火を使わせたりするとは思えない。となると作るのは千冬さんと言うことになるんだが……それも束姉さんに手助けしてもらいながら四苦八苦しながら作ったのか、それともののちゃん家に頼っていたのか……原作の詳しいところはよくわからん。

 

 ……あ、ちなみに俺の世界ではちー姉さんは料理は壊滅的だったから俺が作ってた。買い物も俺がやって、何度かカツアゲされそうになったような記憶がある。

 ただ、そいつらは確か行方不明になったとか。いったい何があったんだろうねほんと。フシギダナー。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 さて、かんちゃんもからかったし、ヘタレに発破もかけたし、そろそろ俺は帰ろうと思う。また次回があるなら、ヘタレ会長やかんちゃんが原作一夏とどんな関係になっているのか、特にヘタレの方がどれだけ距離を縮めることができたのかを見てみたい。

 ……まあ、今まで来れたからと言ってこれからも来れると決まっている訳じゃ無いんだが、一応の予定くらい立てていてもバチは当たらないだろう。予定があると無いとじゃ楽しみかたに大きすぎる差ができることだし、たてるだけなら只だ。

 

 次回は……誰になるのかね? その辺りも楽しみにしておこう。

 

「そんなわけで、今回はそろそろお暇しようと思います」

「……ご迷惑、おかけしました」

 

 俺の言葉に合わせて朝日ちゃんが頭を下げる。本当に迷惑をかけているのは俺なんだから朝日ちゃんが頭を下げる必要はないと思うんだが、朝日ちゃんは非常に真面目さんだからその辺りのことについては仕方ないと思うようにしている。

 ……あのヘタレももう少し人付き合いに真面目になってさえくれれば信用しやすいのに。なんでもかんでも隠すから胡散臭いと言われるし、必要なところをいつまでも勿体ぶって出さないからタイミングを失ったりするってことに未だに気付かないその姿は……正直に言って涙なしには見られない。

 

「……ただしその涙は笑いの涙であることは言うまでもない」

「流石は朝日ちゃん、よくわかってるね」

「……好きな人の事を知るのは当然。できない人は愛が足りない」

「つまりヘタレ長は?」

「根本的にかつ絶対的に愛が足りない」

「ぐへぁっ!?」

「ああっ!? 突然の精神攻撃が楯無さんのガラスの心にヒット!」

「情熱さえあれば砕けたガラスもあっという間に戻るのに、まだ戻らないってことはたいして情熱も無いんだね」

「……冷血?」

「うぐはっ!?」

「追撃がヒット!これは痛い!しかも普段の戦い方から言って否定しきれないのが一番痛い!」

「ちょ、鈴!? いくら本当の事でもそんな酷いこと言っちゃ駄目だよ!いい歳して泣いちゃうよ!?」

「一番酷いことを言っているのはお前だと思うぞ、シャルロット」

 

 俺もそう思う……が、なにも言わないで笑っておくだけにする。シャルの言う通り、そろそろ本気で泣かせてしまうかもしれないしな。

 

「……本当は?」

「たっちゃんの泣き顔は見ていて飽きないから本当はもう暫く見ていたいけどこのまま泣かせても無駄に涙が流れるだけで俺が見れるわけでもないから、それなら俺のからかいに慣れる前にやめておいて次回があったらからかい倒してやろうとか全く考えてないよ」

「もうヤメテ!私のライフはとっくにゼロよ!?」

 

 ゼロなら大丈夫だな。ほっときゃ回復するだろう。原作一夏にだっこでもしてもらえば瞬く間に超回復が起きるかもしれないな。

 

「……ただし超回復によって増えるのはヘタレ度合いだけ」

「ひぎぃっ!?」

「いやいや、ちゃんと他のも上がってるはずだよ。我慢強さとか勇気とかそういう精神的な部分が」

「……でも割合で上がるから結局ヘタレ度合いが一番上がることには変わりない……よね?」

「……」

「ああっ!? 上げて落とされたせいでダメージが大きくなっちゃった!? もう呻き声すらあげてない!?」

 

 ……朝日ちゃん、もしかしてまだかんちゃんのこと嫌いだったりする?

 

「嫌いじゃないよ? どちらかと言えば好きかな。鬱陶しいことも多いけど」

「……ああ、確かに普段のあのテンションと空回ったときの心無いように聞こえる発言と構いたがりのくせに怖がりだからか物陰からチラチラと向けられる視線は鬱陶しいね」

「……」

「ちょっ!? 楯無さん!? その扇子に仕込み針があるとか初耳なんですけどそれで何を……わっわーっ!?」

「放してっ!放してよっ!」

「放したらどうするつもりですか!?」

「ちょっと私の頭を風通しよくするだけよ!」

「シャルー!ラウラー!楯無さんを押さえるのを手伝ってくれぇぇっ!」

 

 どたばたとその場が突然に騒がしくなるが、とりあえずいつもの通りにスルーしておく。ヘタレの楯無がヘタレなのはいつものことだし、大したこともできずにいつも通りに終わるだろう。

 ……いや、どうせだったら一気に爆発してくれても面白そうなんだが……ヘタレに期待は持てないしな。しかし時間をかけてでもいいから、是非ともヘタレの底力ってやつを見せてくれると嬉しい。

 

「……できるかな?」

「できなかったら行き遅れるだけだ。こっちでも」

「……それもそうだね」

 

 柵の少ない学生時代ですら行動できないようなやつが、成人して柵がさらに増えた状態で行動に移せるようになると考えられるほど能天気ではない。さっさと行動に移してくれるならもう少し見ていきたいところなんだが……やっぱりそうすぐに行動に移すわけも無し。ヘタレ見学は一回見て笑うと後は楽しめなくなってくるよな。ワンパターンだし。

 まあ、それでも写真は撮るんだけどな。こういう記録を残すためにこの時代に来た……って言う名目でこの場に居るわけだし。

 

 ちなみにかんちゃんの分は俺が背後から撮ってある。朝日ちゃんを相手に大人げなく本気で格ゲーやって3・7くらいで負けてたり、レースゲームで運悪くフルボッコにされたり、同じ色のスライム的なものを四つ以上繋げて消すゲームで17連鎖をやられて透明なスライム的なものに画面の九割近くを埋められてしまったり……まあ、身体能力も反応速度も段違いだし、仕方ないけどな。

 朝日ちゃんは身体能力はそこまで高くはないはずなんだが、それでもまともな人間と比較したら比較された方がかわいそうだ。比較された側はまともな人間だったら泣いてもいいと思う。

 かんちゃんは優秀ではあるんだが、やっぱり普通の人間なんだよな。千冬さんも……かなり危うくはあるけど人間で……こっちの世界では人外はほとんどいない。千冬さんや束さんを含めて人間の枠に収まる人ばかりだからな。

 

「……夢を経由して世界を素で越えられる人が言うと違うね」

「おや、なかなか言うようになったじゃないか。仕返しはきっちりするから覚えておくといい」

「……ん、覚えておく」

 

 ……さて、もうこの場で俺達に興味を持っている人はいないようだし……さっさと戻らせてもらうかね。

 

 ばいばーい。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 side 更識 簪

 

 朝日と百秋がいつのまにか帰ってしまった日から、お姉ちゃんの動きが活発になったような気がする。

 具体的には、ところ構わず一夏に抱きつくようになったし、まるで猫のように一夏に擦り寄ったりもするようになった。

 

 ……鈴は「盛りのついた雌猫かっ!一夏を無駄にでかい乳袋で誘惑しとってからにこんちくしょい!」……ってキャラが壊れるほど叫んでいたりもしたけれど……私は……ほら、いくらライバルと言っても家族が未来で百秋が言っていたようなことになるって言うのはちょっと……ねぇ?

 

 そんなわけで、個人的に一夏を独占したいと言う気持ちと、お姉ちゃんの事に対する思いが正面からぶつかり合っているんだけれど……このままだと百秋が言っていた未来の話とは少し違ってくると思うんだよね。百秋がこの時代に居るって言う時点でかなり変わってきてるわけだし……。

 それに、他にも二人で手を組んでいる人達も居るわけだし……私もこっそりお姉ちゃんを応援して後ろから押しつつ一緒に距離を縮めて、とても目立つだろうお姉ちゃんに被害と視線を集中させながら最後に一夏の一番近くに居るポジションを得ようと思う。

 ……あ、でも本当に一番近くに居るのはやっぱり織斑先生かもしれない。百秋が始めに来たときに爆弾発言をしてから少しどう付き合っていけばいいのかわからなくなってたみたいだけれど、今ではまた以前と同じように向き合っているみたいだし……壁は高くて厚い。

 

 ……とりあえず、当面の目標は一夏の第二婦人。そうなるためには色々な方法で私から近づいていかなくちゃいけない。お姉ちゃんみたいに肝心なところで引いてばかりいると恋愛感情と友情の境がどんどんと曖昧になっていくばかりでなく、恋愛感情までの敷居がどんどん高くなっていってしまうから、できるだけすぐに行動に移さないと。

 

 えーと……百秋メモによると、一夏にとって『お弁当を作ってくれる』や『あーん』は友情を増やすばかり。そして一度抱いた印象は早々変わることがないから、一度『友人』と見なされるとそこから『親友』までは早くても『恋人』までは時間がかかってしまう……と。

 だから、できれば『友人』のうちに一夏にアピールして、それから『親友』に変わる前の短い間に方向を転換して『気になる女の子』にさせるべき。そしてこの手は、付き合いが短くてまだ関係の固まっていない私にしかできない手。この手を使わない理由がない。

 ……使えるものは姉の恋心だって利用する。もちろん利用させてもらうんだからそれだけの利点も相手に返すつもりではあるんだけどね。

 例えば、お姉ちゃんに一夏とのご飯をセッティングしてみたり、お姉ちゃんの前で一夏といちゃいちゃすることで発破をかけてみたり……生暖かく見守ったり手を出したりしようと思う。

 

 ……あ、手伝うとは言ったけれど、邪魔しないとは言ってない。本当に近づきすぎたら何らかの方法で引き離したり、私の存在を強調することで距離の間に私を置かせて一番いいところだけを美味しく頂いてから何食わぬ顔でお姉ちゃんに流したりはするかもしれないけれど……まあ、恋は戦争って言うくらいだし、恋敵に隙を見せたお姉ちゃんが悪いってことで。

 それと、お姉ちゃん以外の人が一夏に近付いた時の場合には、とりあえずその人と一夏の距離と関係を見て、私の求める場所との位置関係を見て、私との位置関係を見てから行動することにしている。これは、相手の性質を知らないと行動によって起きる波がどのようなものになるかがわからないと言う、結構重要な理由があったのだけど……。

 ……恥ずかしながら、百秋に影響されたのか……誰かが慌てたり恥ずかしがったりするところを見るのがちょっと楽しくなってきちゃって……ね?

 

 ……とりあえず、私はこれから一夏に頑張ってアタックしているお姉ちゃんのフォローをしておこうと思う。どうせまた何か失敗してるんだろうし、それで困るのはきっとお姉ちゃんじゃなくて虚だろうしね。

 で、それに一夏が気付いてくれれば私と一夏は『プライベートではダメな姉の世話をする事が多い』と言う共通点を持つ事ができる。

 そういった共通点から距離を縮め、『友人』から『親友』に変わりそうなタイミングで思わせ振りなことをする。これは婉曲なものじゃなくって、ほっぺにキスなりなんなりをするべき。一夏がいつもの偶然のセクハラをして来るようなら、それを利用してしまうのもいい。転んだ時にキスしちゃうとかね。

 重要なのは、けして殴ったり攻撃したりはしちゃいけないってこと。キスしてしまったら恥ずかしがりながらもちゃんと『嫌じゃない』って伝えなくちゃいけないし、胸を触られたんだったら……ちょっとどころじゃなく恥ずかしいけど、一夏の顔を抱き締めてもいい。その位しないと一夏は私の想いに気付かないだろうしね。

 ……行動と、発言で、しっかり伝えること。これが大切なんだと思う。きっとそれができないと

 

『いつまでたっても幼馴染みから先に進めなかったり』

 とか

『結婚しようって言う約束を全然違う意味で捉えられてしまったり』

 とか

『恋愛感情じゃなくてお礼とかそういうものだと思われてしまったり』

 とか

『自分の事をからかっているんだと思われてしまったり』

 とかするわけだ。どこの誰とは言わないけれど。

 もちろんやりすぎはよくない。やりすぎると『子供の抱く憧れみたいなものだと思われてしまったり』もするだろうし……恋って言うのは大変だ。

 

 ……あれ? なぜだろう、理由はよくわからないけれど、色々なところから悲鳴と言うか、心臓に矢を受けたような断末魔の悲鳴が聞こえてきたような気がした。……まあ、気のせいだよね。気のせいに決まってるよね。気のせいじゃないとかありえない。だから気のせい。

 ……ここで箒たちが折れてくれれば後が楽だとか、全然考えてないよ? 本当だよ? だって、箒たちが一夏に八つ当たりをして傷つければ傷つけるほど、私がそれを理由に近づいていく事ができるわけだしね。

 だから、皆にはちゃんと一夏と一緒にいてもらわないと。

 

 ……くふ。

 ……くふふひははは……!

 きははははははははははははははははははは!

 あははははははははははははははははははははははははははははははは──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ? なんだかおかしいな? 私、何を考えてたんだっけ……?

 えっと…………あれ?

 

 

 

 

 

 


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