IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・仁編その9~16(終わり)

 

 

 side 五反田 仁(弾)

 

 今まで全く経験がなかったからわからなかったんだが、この世界に来てわかったことが一つある。

 それは、目の前で初々しすぎる男女が居て、その二人を自由にさせてると焦れったくてイライラしてくると言うことだ。

 こちらの世界の俺と、こちらの世界の虚さん。二人はちらちらとお互いに視線を向け合い、視線があってしまうと勢いよく目を逸らして頬を朱に染め、そしてまたちらりちらりと視線を向け合い……と言う無限ループ。こちらの世界のクラスメイト達が、砂糖を吐きつつ「ばくはつしろ」と呟き続けているのがわからないのかね。

 

 あと、正直に言ってまどろっこしいと思う。好きなら好きだと言ってしまえばいいだろうと思うのは、俺だけじゃないはずだ。うん。俺だけじゃないと信じたい。

 

 さて、それはそれとして……とりあえず写真を撮っておく。何と言うか、この二人が揃うと『背景だけ変えた同じ写真の合成じゃね?』ってくらいに構図が同じになるんだが……まあ、それは別にいいだろう。悪いことじゃないし。

 だが、つまらないことには変わりないので少し発破をかけておく。

 

「あの、さっきと構図が全く同じになっちゃってるので、できればもうちょっと近付いて手を繋ぐなり肩を抱くなりしてもらうわけにはいきませんかね?」

「ただでさえ恥ずかしくて死にそうなのにそんな真似ができるかっ!」

「じゃあお母さん、お父さんに抱きつくように首に両手を回してもらえたりは……」

「しません!そんな恥ずかしいことできるわけ無いでしょう!」

「と言うかお前いったい誰からそんなこと教えられたんだよ!?」

「お父さんがお母さんにやってたのと、楯無さんが一夏さんにやってたのを見た」

「俺かよぉ……」

「……(ピポパパピ……ブルルルルル……プルルルルル……ガチャ)……お嬢様ですか? ちょっとお話ししたいことができましたので、今晩時間を作ってください。あと、水はしっかり飲んでくださいね。干からびますよ? では」

『え、ちょ、なに!? なんのことなの!? ちょ、虚!? ちょっとぉ!?』

 

 虚さんは楯無さんの言葉を一切聞かずに自分の言いたいことだけを言って電話を切った。ってか『干からびる』って……どうやら全力で泣かせるつもりらしい。楯無さんも可哀想に。原因は俺の台詞だけど、それで納得されるって言うことはいつもそんな感じのことをやってたってことだろう。自業自得……ってことで一つ。

 

 ……え? 本音?

 

 ざまあm9(^Д^)www人をからかっていいのは人からからかわれる覚悟のある奴だけだってのに、人からからかわれるとすぐに怒る。そんなんだからこんな目に遭うんだよ駄にゃんこ会長。

 恨み? あるぞ? 細かい内容を言う気はないが、間違いなく恨みはある。なにしろ相手は面倒臭いことこの上ない恋する乙女だからな。俺の世界では虚さんに色々突っ込んだことを聞いてきやがったせいで、一時期恥ずかしがった虚さんからの連絡が途絶えたし、俺をからかうためかなにか知らないが俺の回りのことや家族のことまで細かく調べようとしてくれやがったし。手加減する理由は……なくもないが、からかいのことで加減する必要は無いだろう。

 ちなみに、俺の世界では俺や俺の回りの事を調べようとした黒服を着た誰かさん達は、記憶を失って更織家の庭に放置されていたそうだ。いったい何があったんだろうな? 普通の高校一年生である俺には日本の対暗部組織用暗部組織の統括者である更織の内情なんて全くわからないわー。

 まあ、それについては知りたいとも思わないし、知らせてくれるなら聞いてもいいが知らせてくれないならそのままでもいいと思っている。本心からな。

 

 ……さて、こちらの世界の楯無さんの冥福を祈らず呪詛を送ったところで、そろそろIS学園に戻るとするか。

 蘭をからかえなかったのは痛恨の極みだが、元々『できれば蘭もからかいたい』であって『絶対に蘭をからかわなければいけない』訳じゃないからいいとしよう。

 ……残念ではあるんだがな。とても残念ではあるんだがな。

 

 しかし、困ったことに俺は空気を読むことができる人間だ。だから、今のようになかなか会うことのできない友人以上恋人未満な二人に話しかけてこの時間を終わりにさせるような空気の読めない真似はできない。

 ならばどうするか。それは実に簡単だ。

 

「あ、すいません。俺はこれで一旦帰りますけど、お父さんとお母さんがいい雰囲気なのでこの空気壊したくないんですよね。伝言お願いできますか?」

「いいぜ。この二人見てるのは飽きないしな。仲が良いようで結構結構……で、伝言の内容は?」

「『先に戻ってます。ついでにお母さんの分の外出届を外泊届けにすり替えておきますから、どうぞごゆっくり』で」

「……いや、勝手に外泊は不味くないか?」

「どう見てもお互いが好きあっているのは確実なので、いいかな、と思いまして」

「……俺が伝えるのか? それを?」

「手紙でも大丈夫ですよ?」

「……しゃーねえなぁ……」

 

 俺はあの光景を見て嫉妬マスク化していない、恐らくリア充だろうと思われる人に伝言を頼んでみたのだが、快く引き受けてくれた。これで伝言を残してこっそりと帰ってしまおう。これが恐らく現段階で最も賢い行動だろうし。

 まあ、恐らくこの状態は夕方くらいになって顔を上げた時に目に光が入ることでいつの間にかかなりの時間が過ぎていたことに気付いて終わりを迎えるだろう。少なくとも、夜まで続くようなことは無いはずだ。

 あくまで予想だが、今日は店の手伝いが入っている日ではないはずだ。こっちの世界の俺は俺自身に比べてかなり貧弱なようだし、休みの日は俺よりも間違いなく多くとっているだろう。俺は分身ができるようになってからは基本的に無休だし、それについてはまず間違いない。

 

 さてそんな面白おかしい想像は適当などこかに投げ捨てておくとして……初々しくいじらしく正直に言って鬱陶しくすらあるこの二人から俺は離れていく。

 気付かれないように足音と気配を消して、知覚されないように影から影へ。気付かれるようなことはまずあり得ない。なにしろ、目の前で気配を消して見せた彼すら俺の姿を見失ったのだから。

 

 ……帰りは一夏……いや、百秋を狙って空間転移で帰るか。それが一番速いし一番気付かれにくいだろ。

 

 

 

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 side 五反田 仁(弾)

 

 こちらの世界の俺と虚さんを放置したままIS学園に居る百秋のところに空間転移してみたんだが、どうやら百秋はこちらの世界でのんびりしていたらしい。

 こちらの世界の一夏達をからかい、にっこり笑顔で毒を吐き、何も考えずに繰り返していた行為の最悪の失敗の可能性を引き出して、あらゆる意味で自分の好きなようにしていた。

 嫉妬するのは別にいい。ただ、その嫉妬を理由に剣を振ったりISを使ったりして相手を殺そうとするのはいただけない。そんな当たり前の話をしていたのだが、なぜかこちらの世界ではそう言ったことを考えることはあまり無いようで、そうすることが当たり前だと本気で考えているようだった。

 

 ……異世界って怖いな。俺達の世界じゃ考えられないようなことが平然とまかり通っている。それも、女である鈴達がそういうことをやっても軽く怒られるだけで済むのに、男である一夏が同じことをやったらすぐに捕まって牢獄行きからの実験台コース一直線とか、世界が違うと常識も違うって言うレベルじゃない。

 こんな世界でずっと暮らしてきたとか、こっちの世界の一夏はかなり我慢強いな。尊敬に値するレベルだ。

 まあ、百秋から聞いた話では、それを天然でやっているって言うから凄くはないのかもしれないが……それでも、殺意に当てられ続けてこれだけ心優しく在れるのはもうなんと言うか聖人のようだ。

 ……まあ、実際には天然で聖人気質なんじゃなくて、周りから向けられ続けた感情から自分を守るために他者からの感情に鈍くなったんじゃないかと思うがな。

 人間は進化する生き物だ。肉体的に見れば、耳に水がよく入るサーファーの耳が水を入れないように内部を変形させたり、砂袋を殴り続けた格闘家の拳が異様に硬くなったり、指圧師を続けているものの親指が逆側に90゜曲がるようになったりなど、目に見える変化でもそこまでになる。

 

 ならば、精神の変化はどうだろうか。

 精神とは元々歪めやすく、変形したことにも気付かれにくい。気が付いた時には真っ直ぐだったものがぐしゃぐしゃに折れ曲がり、原形を止めていない状態になっていた……と言うことなど、今さらわざわざ取り上げる必要も無いほどに当たり前の出来事だろう。

 精神は、固まっていない時期であれば簡単に歪めることができる。固まっていたとしても、あまりにも大きな衝撃を与えれば折れ曲がり、砕け散ってしまうのは確定的に明らかだろう。

 

 何が言いたいかと言うと……百秋が言っていた嘘の話が事実になってしまう可能性もあるし、実際にそんなことになってから後悔しても遅いんだから自分の行動をちゃんと理解した上で実行に移しましょう、ってことだな。言っても聞こうとはしないだろうが。

 どうせまた『一夏が悪い』と言って殺しに行くんだろう。俺だったらよっぽどの事情が無い限りは殺しに来るような奴からは距離をとってできるだけ近寄らないようにするけどな。何でそんなこともわからないのか不思議で仕方がない。

 ……IS学園って言うのは、もしかしたら人間としてどこかおかしい奴らの集まりなのかもしれないな。少なくともこちらの世界のIS学園を見ているとそれ以外に考えられない。

 人間としておかしくない奴は普通に考えて自分の好きな相手が他の女と仲良くしていたくらいで殺しに行ったりはしないし、ISを使って殺しに行ったりはしない。自覚がないのかわかっていて無視しているのか、それともそれが正しいことだと本気で考えているのかは俺にはわからないが、どれだったとしても正直救いようがない。

 俺にできることは、こちらの世界の一夏の健康を祈るばかりだ。望み薄だが。

 

 それはそれとして、百秋はどうやら次回以降にこちらに来た時のためにバイトをしているようだ。

 まあ、子供でもできるバイトと言うか、こちらの世界の一夏の息子だからできているバイトなんだが……腐女子にネタを提供する代わりに食券を頂くって言うのはまたなんとも回りくどい話だと思う。

 だが、実際に金でやり取りするわけにもいかないし、だからと言って食事そのものやキャッシュカードでは使い勝手が悪い。そんなわけで食事に使える食券と言うことになったのだろう。

 まあ、相手から渡される食券である以上被りもあるし、高いものはあまりない。しかしそれでも質が悪い相手はいないようだし、今のところ問題はない。

 

「あ、仁? ちょっと手伝ってくれない? リアルな絡みが欲しいんだってさ」

「……やっぱり腐女子の考えることは理解できんな」

 

 そう呟きつつも俺はすぐに百秋の方に向かっていく。個人的にこういうのを他人に見せつけるのは好きじゃないんだが、絶対に嫌だと言うわけでもないし構わない。流石に本番ともなれば覗きは遠慮してもらうが、こんなところで本番までやる必要もやる意味もない。それっぽく見せれば満足するだろう。

 そう、ちょっと抱き締めてやったりほっぺを合わせてみたり両手の指を組み合わせるように手を合わせながら額をこつんと軽くぶつけ合ってみたり、遊びのように軽くいちゃいちゃして見せた。

 こちらの世界の一夏はなんと言うかかなり嫌そうな顔をしてはいたが、どうやら百秋が事前に対応はしていたらしく何かを言ってくるようなことはなかった。まあ、顔はほとんど同じだし、なんとなく嫌な気分になるのもわからなくもないが……諦めてくれ。俺に百秋は止められないからさ。

 

「そのままキスは……」

「ふむ、NGだ。貴様は前回もそのような要求をしてイエローカードを受けていたな。退場だ」

「なっ、なにをするきさまらー!」

「……前にもやったのか?」

「確か前回はズボンを脱ぐことを要求されておかーさんに血染めのイエローカードを貰ってたな」

「レッドカードじゃねえか」

「大丈夫、血で赤く染まってるだけで事実上イエローカードだから。大丈夫じゃないのは本人の顔と本人の頭の中身だけ」

「大丈夫じゃない物の片割れがあまりにも致命的過ぎるような気がするんだが?」

「まだ致命傷だから大丈夫」

 

 ……ここで『致命傷の時点でアウトだろ』と突っ込むのが普通なんだろうが、俺はあえて突っ込まない。

 要するに『浅い致命傷』なんだろう。保持できる以上の愛情を溜め込んでしまったとか、愛情と一緒に血を流しすぎたとか、そう言う軽いやつ。

 よくあることだな。驚く価値もない。

 

 

 

 

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 臨時のアルバイトによって俺の懐はかなり暖かくなった。具体的には、一日五食を全て食堂で賄っても一月程は食券を買わなくても大丈夫な程だ。

 いやいや、前にも言ったが本当にぼろい商売だよ。こっちの世界の俺に被害が行ったりすることもあるが、ぶっちゃけ俺には関係ないしな。むしろ面白い。

 ついでに言うと、俺は割と腐った相手に対する耐性は高い方だから、俺がネタにされていてもそこまで気にすることはない。むしろそれを使って俺の相手役のことをからかってみせる。そのくらいのことは簡単にできるしな。

 弾とはよく薄い本を書かれていたりしたせいで、弾も腐蝕耐性が十分に出来上がっていたりするんだが……そもそも弾は相手の性別は二の次三の次と考えて相手を愛せるちょっと特殊な人間だから、腐蝕耐性も『自分が好きな相手と』って言う奴なら普通にイケるはずだしな。

 

 しかし、仁のことを迎えに行った筈のウツボさんはどこにいるんだ? 少なくとも学園内に居るとは感じ取れないんだが……?

 ちょっと気配察知範囲を広げてみる。精度は落ちるが人ほどの気配を発する存在ならばこれでも十分探ることができる。

 とりあえず軽く、北は北海道、南は沖縄・石垣島までの全範囲に気配察知をかけて位置を探る。

 

 ……居た。どうやらこちらの世界の弾といちゃいちゃしている最中らしい。初々しくて良きかな良きかな。

 それはそれとして最中って美味いよな。今度気が向いたら作ってみようと思う。料理は趣味の範囲内だし、レシピを思い浮かべて千の顔を持つ英雄を使えばその通りに調理されたものが出てくるから試作にはちょうど良かったりする。貰った当時では考えられないほどに便利に使わせてもらっている。

 材料は……なんだったかな? 今度適当に調べておこう。『最中のレシピ』を千の顔を持つ英雄で出せば、材料も作り方も簡単にわかるからな。

 作ったらまずは自分で食べてみて、それで納得できる味だったら材料だけ出して自分の手で製作する。それで改良できそうな所があったら実験して、結果によっていくつか新しく作ったり作らなかったり。自分が満足するか、あるいは作るのに飽きるかのどちらかでその作業は終わりになる。

 大概の場合はある程度満足したところで終わりになるか、あるいは満足したかどうかは置いておいてちー姉さんにつまみ食いされてなくなってしまったりするんだが……まあ、それもまた手作りの醍醐味みたいなものだと思って諦めている。元々ちー姉さんに食べさせるつもりで作ったものだからちー姉さんが食べる分にはなんの問題もない、と言うこともある。

 ただし束姉さん、みんなの分って作ってたのを一人だけバクバク食べるのは駄目だ。そんなんだから俺は束姉さんの前でみんなで食べる予定のお菓子とかを作れなくなったんだから。少し反省して……と言っても無駄なのはよーく知っている。実際に何度も何度も繰り返してれば嫌でも覚えてしまうだろうよ。

 ……文字通り『嫌でも』な。

 

 一瞬だけ思考が若干黒くなったような気がしたが、その辺りは気にしないようにしておく。気にしたところでどうにもならないなら気にするだけ無駄と言うものだ。

 みんなの分を作っておくといつのまにか全体的に量が減るから、まず始めに束姉さんの分だけを大量に作って、束姉さんが摘まんで満足したところで他の皆と束姉さんの分を作ればある程度抑えられはするが、束姉さんはあの身体のどこにそんな入るのかってくらい食べるから絶対に防止できるような物ではない。残念ながら。

 ……今度は束姉さんに頼んでくーちゃんの分も持って帰ってもらって一緒に食べてもらおうか。いくら束姉さんでも自分の娘の分まで食べてしまうようなことはない……と信じたい。今の時点でもう裏切られそうな気がしてるけど。

 

 えーと……最中に合うものと言えばやっぱ餡子だよな。ちー姉さんの好みにするなら甘さは控えめの方がいい。ちー姉さんは甘ったるいものはあまり好きじゃないからさっぱり目にして……餡の方ばかりじゃなく皮の方にも気を配った方がいいよな。柚子の皮の細かいのでも混ぜてみるかね?

 

「百秋、なんかまた菓子作りの事を考えてるな?」

「あ、わかる?」

「わからいでか」

 

 仁とは付き合いも長いし、考えていることが割と筒抜けるんだよな。逆も然りだが、基本的には俺が相手の思考を勝手に読むのは敵対者に限るし、事実上俺の考え事の結構な割合を仁達は共有している。だからさっきみたいに菓子の事を考えてるとかがわかると言うことだ。

 

「で、考えついでに何かいいアイデアは無いか? できればさっぱり目で甘さ控えめのがいいんだが」

「あー、そうだな。餡子と柑橘類の組み合わせ以外に、若干甘さを強くしたものがあってもいいと思うぞ? 単体じゃなくて組合せやら複数を比べることで生まれる楽しみもあるだろう。飽きを来させないって言うのも、食事の上ではかなり重要なことであるわけだしな」

「じゃあレパートリーを増やすってことでFA」

「それでいいんじゃないか?」

 

 よし、とりあえず最中の中身を変えたり最中自体に混ぜるものを変えたりしようか。白餡とか抹茶餡とか芋餡とかどうだろう? 完全に俺の好みなんだが、悪くはないと思うんだよな。

 

「変わり種だがピーナッツクリームも美味いと思うぞ」

「……ウェハース?」

「そんな感じでもいいな。量を少な目にして何枚か重ねればそれっぽいのができるだろ」

「……ああ、美味そうだな、それ」

「ミルフィーユとかミルクレープとか、そう言うのは至るところにあるからな。それだけ使える技術だってこった」

 

 だがしかし、手間はかかる。作業自体はかなり簡単なんだが、何枚も薄く生地を作ってはクリームを薄く塗って生地を重ねていく。簡単ではあるが面倒だ。

 ……そんな簡単な料理も、ちー姉さんにかかれば科学的に解析できない妙な色の輝きを放つ不思議な物質(仮)に大変身。カメラとかに写してみると全く光っているように見えないのに、肉眼で見るとあまりに眩しくて直視できないほどだと言う、不思議すぎる料理のようななにかを作るからな。

 ……真似できないな。しようとも思わないが。

 なにしろあの束姉さんが、ちー姉さんがキッチンに立ったと聞いただけで震えが止まらなくなるような、そんな料理(?)だし。あれって束姉さん以外が食べたら即死するんじゃないか?

 

「瀕死で済んだぞ」

「……え、あれ食べたの?」

「おう。一口目で文字通り天にも昇るような感覚に陥ったぞ」

「『昇っている』のに『陥る』とはこれ如何に」

「『空気』は見えないのに読めと言うが如し」

「上手くないぞ」

「お前もな」

 

 ……さて、そろそろ帰るかな?

 

 

 

 

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 食事して、歯を磨いて、戻ってきた虚さんをからかって、ついでに電話で弾お兄さんもからかって、電話先で換わったらしい蘭ちゃんもからかって、IS学園のヒロインたちをからかって、それから帰路につく。

 帰路と言っても実際にはベッドの上なんだが、夢が道になっている以上これが帰路で間違いないはずだ。なんだかちょっと違う気がするとかそんな言葉は全体的にスルーさせてもらうとして、俺は布団の中でこっちの世界の俺と、仁との三人で少しばかり話をしていた。

 

「ねえ、パパ。パパは今、誰が一番好きなの?」

「誰……って言われてもなぁ……」

「僕も気になります。あれだけ殺されそうになってるのに誰かを好きでいられるその在り方は逆に尊敬できると思います」

「……なんか俺って馬鹿にされてるか?」

「いえいえ、そんなことはありません。単に『どんな神経してればそんな風にいられるのかな』と、心底不思議に思っているだけです」

 

 仁の言葉には俺からも心底同意する。俺の所のののちゃん達は俺が絶対にこの程度じゃ死なない事を理解した上でそこからさらに手加減して攻撃と言うよりも自分に意識を向けさせるための行動をとってきたりするが、こっちの世界では明らかに殺す気満々の上に意味のわからない理由での行動が多すぎる。それを使って楽しんでいる俺が言える台詞じゃないかもしれないが、それでも少々目に余る。子供の教育によろしくない関係であることは間違いないだろう。

 ……あ、そう言えばこっちの世界……つまりは原作の『織斑一夏』は両親の事を覚えていないんだったか。だったら愛情とはそういうものだと勘違いしていても……おかしいな、うん。

 勘違いしてたら俺がこっちの世界に来てこうして可愛がられてることはないわけだし、愛情の意味を取り違えていなかったら普通にヒロイン達からは距離をとろうとするはずだ。普通はそうする。俺だってそうする。

 なのに原作の『織斑一夏』はいつもヒロインの近くにいる。ヒロインも、自分達が何らかの形で救われたのを忘れてしまったかのように殺しにかかる。

 ……IS学園って実は世紀末だったのか。知らなかったぜ。

 

「で、パパは誰が好き?」

「あー……じゃあ、千冬姉で」

 

 結局、こっちの世界の俺は予想を全く外さない答えを返してきた。本当になんの予想外もない、正直言ってつまらないことこの上ない答え。

 ……だった、んだろうな? なんの面白味もないような、そんな答えに見える。

 

 だがしかし。だがしかし、である。現在のこの世界には俺かいる。『未来から来た織斑一夏と織斑千冬の息子であると言う設定』の、俺が。

 つまり、今までならそこまで大きな意味を持っていなかったこの言葉も、この状況においては十分な告白扱いになるわけで……

 

 瞬間、部屋のドアが鍵ごと吹き飛ぶ。予想していた俺と仁は慌てず騒がずベッドから離れてトイレに退避。ドアを閉めて鍵をかけてしまえば、一安心。できれば隙を見て俺は千冬さんの所に、仁は虚さんの所に行ければかなり安心できる。

 しかし、どうやら外ではかなり大変なことになっているようで、

 

「そこになおれシスコン一夏ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 と言う某愚直ケンドー娘さんの叫び声や

 

「一夏ぁっ!あんたここは私の名前を出すところでしょうがよ!何で出てくるのが千冬さんの名前なのよ!このシスコン!シスコン!!」

「一夏さんっ!織斑先生と一夏さんは血が繋がっておられますし、もっと他にいい方が居ると思いますわ!例えば……その……わたく

「一夏っ!僕のことはどう思ってる!? ねえどうなの!?」

 

 ……セシリーの言葉を見事にぶったぎったなおい。俺は構わないけどそれはどうなんだ? 友人と言えるのか?

 ……友人の前に『恋敵』ってことかね? 好きな相手が居るんだったら自分一人のものにしたいって言う気持ちはわからなくもないが、だからってそうやって全員を遠くに押しやっていったりするのは疲れるぞ?

 だが、某元男装貴公子は某ブラックラビットと共同戦線を張ることが多いから、その苦労も半分かそれ以下になってると予想する。あざとく賢く生きていくのは母国……と言うか、実家で得た知恵の一つなのかもしれないな。

 

 ……そう言えば、ここで騒いでいるのは某モッピー、某チョロイン、某酢豚娘、某貴公子(笑)の四人だけ。残りの某銀髪眼帯と某ヒーロー好きは不参加か?

 ……某会長? ヘタレに何を求めてるの? 求めたところで返ってくるとでも?

 はっはっは……夢見すぎwww

 

 

 

 

 

 某所

 

 

「へくちっ!へくちっ!……うーん、噂されてる気がする……しかも悪い噂……」

 

 

 

 

 

 

 なんかヘタレ空間に引き込まれたような気がしたが、そんなことはなかったことに。勝手にヘタレがくしゃみしただけ。ただそれだけのことだと言い張ることにする。事実ではあるし、間違ってもいない。とりあえず俺の中ではこれが現実。

 

 ……と、鍵が外側から開けられた。こういう真似ができそうなのは、軍人である某銀髪眼帯黒兎か、大体なんでもできるが肝心なところで及び腰になるせいで失敗が多い某生徒会長、そしてその妹である某眼鏡ヒーロー卿の誰かだろう。

 だが、某ヘタレは自室らしき場所でヘタレてるから除外。さて、いったい誰だろうな?

 

 鍵が外から完全に開き、ゆっくりとドアが開かれる。殺されかかることはないだろうと言うのは、ドアをぶち破ろうとしていないその落ち着き加減から考え出した。

 そして開いたドアから顔を覗かせたのは、妙な工具のようなものを両手に構えたラルちゃんだった。

 

「ここは危険だ。一度教官の部屋にまで移動しよう」

「仁くんは虚さんの所にね?」

「仁。逃げられるみたいだぞ」

「さっきまでタイミングが見つからなかったのに、一瞬で見付けてくるとかこの人達凄い」

「こんなものは慣れだ。濃い環境に居れば、数ヵ月で嫌でもこの程度はできるようになる。……それに、どうせこの状況では嫁を殺すつもりしかないから周囲で何が動こうが気にすることもできないから大丈夫だ」

「つまり『当たったら死ぬような攻撃を無差別に放ち続けている』訳ですねわかりたくないけどわかります」

「目的も手段も無視して殺害のための行為を実行できるって凄いですね」

「……耳が痛いな」

 

 まあ、最近までは同じように……とは言わないものの、あの中に参加しちゃってた訳だしね。反省できてるだけいいと思うよ?

 

 さて、それじゃあ移動しますかね。で、ついでに帰ろっと。

 

 

 

 

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 side 五反田 弾(原作)

 

 今日の天気は晴れ。雲量はおよそ三割で、一割の増減が見込まれるが大きく変わることはなさそうだ。

 気温は22度から26度。湿度は30%弱。つまり、絶好のデート日和な訳だ。

 

 そして俺は、これから出かける。いつもより服装や髪型に気を使って、いつもよりちょっと太った財布をポケットに捩じ込む。

 

「あら~? どうしたのそんなにめかしこんで。……もしかして、彼女さんとデートかしら~?」

「そうだよ。今日は昼も夜もいらないから」

 

 俺をからかったつもりだったらしい母さんが一瞬で固まった。そして真剣な顔で俺の目を見つめて、それから頷いた。

 

「……はい軍資金。女の子に恥をかかせちゃダメよ~?」

「わかってるよ……ありがとう」

 

 恥云々の話と共に軍資金を受け取って、財布に突っ込んでおく。まあ、これを使うのは最後の手段ってことで……。

 

 待ち合わせは午前十時。IS学園と俺の最寄り駅の大体中間地点で、デートのために交通の弁が良いところ……と言うのはなかなか難しく、一夏が前に待ち合わせに使ったと言う駅を使わせてもらった。

 まあ、虚さんには悪いが、俺は極一般的な高校生。親のやってる定食屋を手伝うことでしか金を手に入れることはできず、定食屋の手伝いと言うバイト以外は時間の都合と家庭の事情で許されないから、収入なんて殆ど無い。

 そんなわけで、デート自体もかなりちゃちいものになるだろうが……それでも庶民らしい楽しみ方と楽しませ方で頑張ろうと思う。

 

 軽く朝御飯を食べて電車に乗り、待ち合わせの場所に着いたのは午前八時二十五分。駅前での待ち合わせをしていたんだが……なんと、俺が乗っていた電車と同時に来ていた電車で虚さんも到着していたようで、改札口でばったりと出会ってしまった。

 

 ……おいおいおいおい早めに到着して虚さんを待ってる間に心の準備をするつもりだったのに、いきなり計画頓挫かよ。世の中上手く行かねえなぁ……。

 だが、そんな文句も虚さんの姿を見ただけで消えてしまう。

 見たことのあるIS学園の制服とは全く違うイメージ。制服を来た虚さんはまさに『仕事できる人』と言うイメージだが、私服の虚さんはなんと言うか……可愛いと思う。

 確かに綺麗ではある。美人だと思うし、似合っているとも思う。ただ、美人だとか綺麗だとか言う言葉よりも、可愛いと言う方が似合うと……そう思ったのだ。

 

「……待ち合わせの時間より、大分早くなっちゃいましたね」

「……そうみたいですね」

 

 虚さんからの会話に乗らせてもらい、話を続けていく。それにしても……

 

「なんだか今日の虚さんは───可愛いですね」

「……は……あ?」

 

 ……つい口から溢れてしまった俺の言葉に、虚さんはぱちぱちと不思議そうな顔をして……数秒後、顔を真っ赤に染めていってしまった。

 

「あの……弾くんも……その、かっこいいです……よ?」

 

 ……いま、虚さんの気持ちがわかった。確かにこれはなかなか恥ずかしい。自分の心臓が勝手に早くなり、顔に血が集まっているのがわかってしまう。

 ……だが、ここでいつものように固まってしまうわけにもいかない。俺は深呼吸をして緊張を解し、それからいまだに止まっている虚さんに笑顔を向けた。

 

「それじゃあ、少し早いですけど……デート、しましょうか」

「……ふふ……ええ、そうしましょう」

 

 俺の言葉に少し余裕を取り戻したらしい虚さんは、まだ少し赤いままの顔で……とても魅力的な笑顔を浮かべたのだった。

 

 ……周りからの視線? なにそれ美味しいの? 全力でスルーに決まってるだろ言わせんなよ恥ずかしい。

 

 そう言うわけでデート開始。さっきの名残でまだ口数は少ないが、俺からすると嫌な沈黙ではない。全く会話がないわけでもないし、別にいいんじゃないかとごめんなさい見栄張りました助けてくださいお願いします。

 いや待て、落ち着け、落ち着け五反田弾。こんな風になることくらい少し考えればわかることだっただろう? そのために色々考えて、策も練ったじゃないか! 情けないが、今こそその策を使うべき時だろう?

 俺は口を開く。俺が知っている、俺と虚さんの共通点と言えば……IS学園の極一部のことくらいだ。具体的には一夏と鈴の事だな。

 それから会話を始め、少しずつその会話を続けていけば、少なくとも外見的にはまともな会話に見える!はず!

 

「そう言えば、一夏達ってどうしてます? 元気に旗建ててるんですか?」

「旗……ああ、ええ、元気にしてますよ。最近はお嬢様達にもフラグを立てまして……」

「……やっぱりまた増えたんですか……あいつそろそろ新月の夜に背中から刺される心配でもした方がいいんじゃないですかね?」

「大丈夫ですよ。自分から守ろうとする人達がたくさんいます」

「……むしろその人達が一番の刺殺予備軍じゃ?」

「大丈夫ですよ。お嬢様はヘタレですから、織斑君を刺すような度胸はありません。キスだってほっぺが限界でしょう」

「鈴あたりは本気で殺しにかかってきそうな気がするんですけどね」

「でしょうね。何度か殺しに行っていますよ」

 

 ……よくそれで一夏の事を好きとか言えるよな。男が女にやってる絵で想像すると、間違いなくメンヘラストーカー野郎によるアイドル殺人事件なんだが。なんで問題になってないんだ?

 

「IS学園が隠蔽してるんです。そんな内容が広まったら、多くの国が織斑君を手に入れようとIS学園に詰め寄せてくるのは確定的に明らかですしね。渡された先で平和に暮らせるならいいんですけど、女尊男卑を唱え続けている方々が唯一ISを起動させることができる男性である織斑君を放っておくとは思えませんから」

「なんか突然きな臭い話になってきましたね……あ、ここですよ、おすすめの店は」

 

 話し合いをしながらのデートはしばらく続くが、とりあえず今は腹拵えと行こう。庶民らしい……と言うか、安くて美味い大衆料理。お好み焼きだ。

 

「……お好み焼き?」

「はい。ここのお好み焼きは美味しいですよ? 色々我儘も通りますしね」

 

 俺はそう言いながら、少し躊躇している虚さんの手を引いて暖簾を潜る。

 俺の手が虚さんの指に触れた時に、少しピクリとしていたが……つまむ程度の力で優しく引くだけでついてきてくれているので嫌だと言うわけではないんだろう。

 まあ、味については太鼓判を押せるし、心配はしてないけどな。楽しんでいってくれ!

 

 ……ただ、ここの事を教えてくれたのって百秋なんだよな。それが心配だぜ……。

 

 

 

 

 

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 side 五反田 弾(原作)

 

 えー、とりあえず言いたいことがある。

 

 キラキラした目でお好み焼きをはむはむと食べる虚さんマジ可愛い。超可愛い。いつものクールなイメージが完全にどこかに消し飛んだが、それはそれでもうなんだか許せてしまうレベルで可愛い。

 ちなみに、百秋に言われてすぐにこの店に来てみたんだが、俺も同じような状態になったりした。ここの店のお好み焼きはあまりにもうますぎて、他の些事がなんだかどうでもよくなってくるんだよな。

 例えば、厨房に立っているのがなんだか一夏を少し成長させた感じの奴ってこととか、時々どこかで見たことがあるようなウサミミ美女がやって来たりしてることとか、そんな細かいことは全部スルーだ。

 ……本当に細かいことかどうかは知らないけどな。知りたくもないし。

 

 さて、それはそれとして……俺はこの店のおすすめ料理をいくつか追加で注文する。まあ、ここはお好み焼き屋と言う暖簾を掲げているにも関わらず、メニューに無い注文でほとんどあらゆる物が出てくるんだから仕方がない。なぜかわらび餅とか軽食類、ラーメン、ステーキ、焼き肉にトムヤンクンまで出てくるとなると……もうお好み焼き屋じゃないよなこれ。

 ……いや、実際には『お好み焼き屋』って暖簾を挙げればなに売ってようがお好み焼き屋って扱いになるんだけどな。特にこの店は主にメニューに載ってるのはお好み焼きな訳だし……。

 

「店長、豆乳きな粉アイスって……ある?」

「……あるよ。100gくらいで150円(税込)」

 

 ……やっぱりあるのか。この店に無い料理とか探す方が面倒臭そうだ。

 ……むしろ、ここに無いものはあるんだろうか? まあ、ちょっと気になっただけだから頼んだり探したりはしないけど。ここだとあるかと聞く=注文だし、聞くだけってのはできないんだ。

 虚さんが嬉しそうにお好み焼きを食べているのを眺めながら、俺は俺でたこ焼きを食べる。出汁の利いた生地に、外はカリカリ中はふわとろと言う完璧な焼き加減。風味はそのままに最適な量かかっている青海苔に、付け合わせとして薄く切られた生姜。たこ焼きの味に少し飽きたところでメニューにもある玄米茶を飲み、そしてまたたこ焼きをつつく。

 

 ……と、そこで虚さんがじっとたこ焼きを見つめているのに気付いた俺は、たこ焼きを楊枝に刺して虚さんに差し出した。

 

「はい、どうぞ」

「え……いいのですか?」

「勿論ですよ」

 

 俺の言葉を受けて、虚さんは俺から楊枝を受け取ろうとするが……俺はその手をすいっと避けて、虚さんの口元にたこ焼きを差し出した。

 

「はい、どうぞ」

「え……ッ!?」

 

 俺に何を求められているのかを気付いたようで、虚さんの頬が朱に染まる。正直、俺も結構恥ずかしかったりするが……まあ、この程度ならいくらでも我慢できるから問題ない。虚さん可愛いし。

 あわあわと慌てる虚さんににっこり笑顔のままたこ焼きを差し出し続ける。

 

「え……あ、あの……自分で……」

「袖が汚れちゃいますよ? はい、あーん」

「で、ですけど……」

「ほら、暖かいうちが美味しいんですから。今なら熱すぎるってことは無いくらいになってますから」

「じゃあ私がお箸で……」

「お好み焼きのソース味になっちゃいますよ」

「うぅ……! そうです、私が新しく爪楊枝を貰えば!」

 

 救いを見つけたと言うように虚さんはカウンターの中の店主に視線を向ける。

 

「フンッ!……申し訳ございませんお客様、現在爪楊枝は切らしていまして……」

 

 ……が、どうやらこの店主は俺の味方らしい。目の前で爪楊枝の入った袋に手刀を入れて両断していた。シュカッ!と言ういい音をさせていたが……達人かと。

 

「爪楊枝切らしてるって言うか今まさに切り捨てましたよね!?」

「さて、私はこれから料理に戻らせていただきます。油を使い、大きな音がしますので何が起きていても聞こえませんし、調理に集中しますのでそちらの方は見えませんので」

「後押し!?」

「まあまあ、はい、あーん」

 

 ここまでお膳立てされても虚さんはまだ少し躊躇い……それからおずおずと口を開いた。

 

「……はむ……!」

 

 一口咀嚼した直後、その反応が一気に変わる。お好み焼きの一口目を食べた時のように目をキラキラと輝かせ、爪楊枝に刺さったたこ焼きの残りをぱくぱくと口に納めていく。

 ……なんだろうこの気持ちは。虚さんが凄く可愛らしく思えてくる。いや、元から虚さんは可愛いんだけどな? ギャップが凄い。可愛い。

 

 そして虚さんがたこ焼き一つを食べきったところで、俺は最後に残ったたこ焼きに楊枝を刺して口に運ぶ。しかし、そんな俺の姿を見て、突然虚さんの頬が朱に染まる。

 いったい何があったのだろうと考えてみるが……ふと、自分が今何を持っているのかを思い出した。

 俺は今、楊枝を一本だけ持っている。この楊枝は、現在この店にある最後の楊枝であるらしい。

 さて、そこで俺自身に問題だ。『俺はその楊枝でさっき何をした?』 制限時間は二秒だ。答えをどうぞ。

 

『虚さんにあーんした』

 

 まあ、それしか答えはねえよな。実際それしかやってないんだし。

 重要なのは、『虚さんの使った爪楊枝で俺もたこ焼きを食べた』ってことだ。一夏じゃないんだから、この事の重要性は十分に理解できる。一夏じゃあるまいし。

 ……まあ、虚さんの顔が真っ赤になってる理由は十分にわかったな。一夏じゃあるまいし、これぐらいは簡単に察せる。

 

 さて、異性との交際が初体験の俺にはなかなか荷が重いんだが、ここでできるだけ相手の緊張やら羞恥心やらを取り除いて普通に話をすることができるように持っていきたい。切実に。

 一夏みたいに気付かないんだったらこの空気の中でも普通に話を始めることができるんだろうが、俺はそこまで鈍くもなければ図太くもないから意識しないと難しい。しかも、俺自身も恥ずかしいと思っているんだから余計にだ。

 

 ……男は度胸だ。そう自分に言い聞かせて、虚さんに気付かれないように大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。……少しは落ち着いたところで、話をしよう。

 

「んー、やっぱりちょっと不思議です」

「にゃに……こほん。なにがですか?」

 

『にゃに』とか可愛い。いやいやそうじゃなくて違わないけど言いたいこととは違くて。

 思考をぶったぎることで一瞬にして崩されかけた余裕を無理に取り戻す。

 

「いえ、ここがおすすめの店って言ってたじゃないですか。でも、前に来た時よりもなんだか料理が美味しいような気がするんですよね」

「……味が変わった……と?」

「どちらかと言うと、味そのものじゃなくて味の感じかたが変わったような気がしてます。『好きな人と一緒に食べる料理はいつもより美味しい』ってやつですかね?」

 

 冗談めかして笑いながら言ってみたが、虚さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 ……失敗だったかな?

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 side 五反田 弾(原作)

 

 顔を真っ赤にして俯いてしまったにもかかわらず、チラチラと俺の顔を上目使いに見て目が合う度に急いで視線を逸らす虚さん可愛い。

 実のところ、そんな可愛い虚さんを見ているだけで俺自身もいっぱいいっぱいなんだが、可愛いものは可愛いんだから仕方ない。可愛いものを可愛いと言えないなんて、いったいどこの地獄かと。やってらんないな。

 

「……虚さん?」

「ひゃいっ!?」

 

 虚さんに呼び掛けた瞬間、ピクリと跳ねた虚さんの手が使っていた箸を見事に叩き落としてしまった。落としてしまった箸を使うわけにもいかないので、新しい箸を頼もう。

 

「すみません、新しい箸を……」

「申し訳ありません。こんなこともあろうかと既に先程割り箸を切らしておりまして……」

「事前に!? と言うか『こんなこともあろうかと』ってなんですか!?」

 

 虚さんは、恥ずかしさをごまかすためか勢いよく店主にツッコミを入れるが、店主はどこ吹く風と受け流している。

 

「そう言うわけで、彼氏さん。是非食べさせてあげてください」

「ファッ!?」

 

 虚さんはまた顔を真っ赤にするが、俺はとりあえず虚さんの口許に一口大に切ったお好み焼きを差し出した。虚さんは俺の顔と差し出されたお好み焼きを交互に見つめ……そしてぱくりと口に入れた。

 ちなみに、店主は注文したものの殆どを作り終え、こちらに背中を向けて新聞を読んでいた。本当に空気の読める店主だ。

 

「……貸してください」

 

 と、虚さんにお好み焼きを食べてもらっていると、突然虚さんが俺の手から箸を抜き取った。そして同じようにお好み焼きを切ると、今度は俺の口許に差し出してきた。

 

「はい、あーん」

 

 ここまでされて、虚さんの気持ちが少しわかった。確かにこれはかなり恥ずかしい。ただ、恥ずかしさと嬉しさでは嬉しい方に天秤が傾くんだ。だから虚さんも俺の差し出したお好み焼きやたこ焼きを食べたわけだし、俺も食べようとしている。

 それに、この店には他に誰もおらず、店主も新聞を読んでこちらに視線を向けることさえしていないと言うのも羞恥心を押さえる原因になっている。

 もしもここに他の客が居たり、店主が思いっきりこっちを覗いていたりしたらこんなことをやる気はしなかっただろう。本当にここの店主はいい店主だ。

 

 ……若干押しが強すぎるような気がしないでもないが、チャンスを潰さないように動いてくれている。

 

 そんなわけで、俺は虚さんの差し出したお好み焼きに食い付いた。一緒に食べるだけでも前に食べたときより美味しかったのだが、こうして食べさせてもらうと何故かそれよりも遥かに美味しく感じる。

 ……人間の脳は不思議が一杯だと言うが、それはマジだな。同じもののはずなのに、どうしてこうも味が変わるのか。不思議で仕方ない。

 ついでに、なんで俺がこうして緊張を表に出さずにいられるのかもよくわからない。普段だったら絶対にもっとしどろもどろになってグダグダになっているはずだろうに……なんでだろうな?

 

 ただ、今は今を楽しむことを考える。緊張していては楽しいものも楽しめないし、ゆっくりと張りつめた気を緩ませる。

 

「……うん、やっぱり美味しいですね。さっきより美味しく感じるのはなんででしょう?」

「……むぅ」

 

 あれ、なんか虚さんが不機嫌そうに……何かしたか?

 

「……五反田君は、こう言うことに慣れてるんですね」

 

 虚さんがポツリと呟いた言葉はしっかりと俺の耳に届き、そして俺に理解をもたらす。まあ、ここまではっきり言ってくれれば一夏でもない限りは何が不満なのかは十分に理解できるだろう。

 ……いや、無理かもな。一夏だし。と言うか無理だろ。一夏だし。

 

 だが俺は一夏ではないので何を言っているのかはわかる。

 

「まさか。これでも余裕を見せようといっぱいいっぱいなんですよ? ただ、緊張してなにもできないよりは、少しでもリラックスしてこの時を楽しみたいじゃないですか」

 

 俺の言葉に、虚さんはキョトンとした表情を浮かべ……それからくすくすと小さく笑い始めた。

 

「ふふ……それもそうですね。楽しめるなら、できるだけ楽しみたいです」

「ははは……やっぱり虚さんは笑ってる顔が一番ですよ」

「っ……もう。恥ずかしいことを言わないでください」

 

 顔を真っ赤にしつつも、俺と虚さんは互いに視線を逸らさない。俺は虚さんの目を見つめ、虚さんは俺の目を見つめている。

 この店は所謂穴場であり、基本的にこの店の存在を知っている客すらほとんどいない。さらに、まるで漫画やゲームでよくあるような方向感覚を狂わせる結界でも張ってあるかのように『偶然この店に来る』と言うことはない……と、百秋から聞いている。

 つまり、ここで邪魔が入るようなことはまず無いそうだ。

 

 ……いや、だからと言って特に何かする訳じゃないけどな? 視線は向けてこないとはいえここには店主が居るし、店主がいなかったとしてもまだまだそこまで深い関係にあるわけでもないんだから、妙なことはできやしない。

 今だって、正直なところ緊張を身体に慣らして若干ハイになっているからこうして普通に話せるのであって、なにもない状態で突然に虚さんと出会ったら固まってしまいそうな気がしているし……妙なことができるわけがない。

 

「……そろそろデザートにします? 大体なんでもありますよ?」

「そうなんですか?」

「まあ、少なくとも庶民的な食べ物に関してはジャンル問わずありますからね」

「そうですか……それじゃあ、ベリー系統をたくさん使ったケーキってあります?」

 

 虚さんはこちらに背を向けている店主にそう問いかけた。新聞を読んでいた店主はゆっくりとこちらに視線を向けて、テーブルの上の料理が全て無くなったことを確認するような目をした。

 

「……あるよ。すぐに出すかい?」

「はい、お願いします」

 

 虚さんがそう返した次の瞬間、瞬きの間すらも無くテーブルの上の皿と箸が消えた。代わりに小さなスプーンが俺と虚さんの前に一つずつ並べられた。

 虚さんの前には、注文した通りに苺とラズベリー、ブルーベリーをふんだんに使ったロールケーキが。俺の前にはさっき頼んだ豆乳きな粉アイス(黒蜜掛け)が置かれていた。

 

「ごゆっくり」

 

 それだけ言い残して、店主はいつの間にか下げられていた食器を洗い始めた。

 

 ……手品……にしては少しぶっ飛びすぎているような気がするが、多分手品なんだろう。そう思っておくのが一番だ。

 

 ……美味い。流石この店だな。何から何まで美味い。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 side 五反田 弾(原作)

 

 ……さて、朝食と昼食を兼ね備えた食事を終えて、支払いをしてから店を出る。美味い早い安いと三拍子揃ったいい店だった。知ってたけどな。

 後はそこまで特筆するようなことはなかった。普通にデートをして、色々な場所に行って、小物を買ってプレゼントして、百秋おすすめのケーキ屋でケーキを食べて、歩いたり電車に乗ったりして色々なところを見て回り、沢山話をした。

 緊張したり、慌てたり、緊張させたり、慌てさせたりしたが……とにかく楽しい一日だった。虚さんの可愛さが凄い日でもあったな。びっくりだ

 

 なお、今日の成果は虚さんの好きな食べ物と趣味を少し知ることができたこと。そこから少しずつ話を広げていって、お互いの事を多少知ることができたと思う。

 こうしてお互いの事を少しずつでも知っていって、いつかは……等と考えてしまうのは、蘭の乙女回路(ただし相手は一夏限定)が感染でもしたか?

 ……それは流石に少し困るな。一夏を前にした蘭は基本的にテンパることが多い。できれば今日のように、もう少し落ち着いて対応できるようにしたい。蘭にはちょっと難しいかもしれないが、できないわけじゃないはずだ。蘭は俺より頭がいいんだし。

 

 ……最後には、また今度会う約束もできた。IS学園に戻っていく電車に乗った虚さんに手を振って、虚さんの姿が見えなくなるまで見送った。

 

 夜遅くに俺は家に戻る。母さんが嬉しそうに、楽しそうに結果報告を待っていたが、俺はそれについては親指を立てるだけで無言を貫いた。

 ……からかわれたくないからそうやって答えたんだが、その事を理解してそれでなおチクチクとしつこくない程度につついて来て引くときにはしっかり引けるお母様マジパナイです。ですから俺がポロっと溢しそうになる質問をするのとか溢してしまった言葉から見てたのかと聞きたくなるほど正確な推測をにっこり笑顔で語らないでくださいお願いします。

 

「あらあら、しょうがないわね~♪」

 

 母さんはコロコロと鈴を転がすように笑う。なんと言うか、この人には未来永劫絶対に勝てないような気がするのは……多分気のせいではない。

 

 母さんを振り切って風呂に入り、歯を磨いて着替えてさっさと布団に入る。今日は色々あって、とても楽しかったがとても疲れた。

 ……虚さんも大分楽しみにしていてくれたことがわかったのは嬉しかったが、それでもやっぱり疲れるものは疲れる。

 俺はさっさと目を閉じて、さっさと夢の中に旅立った。

 

 ……お休み。

 

 

 

 

 

 side 布仏 虚(原作)

 

 IS学園の自室に帰りつき、ようやく一息つくことができた。今日はとても楽しく、それでいて緊張の連続を強いられる日だったと言っていい。

 ここまでの緊張を感じたのは……かつて、お嬢様と初めて出会った日にまで遡る必要が出てくるほどの緊張。

 しかし、その緊張と同時に出てくるのは恐怖ではなく……愛情、と呼ばれる類いのものであった。

 

 自分よりも二歳年下の男子が、自分のできる限りのプランを考え、自分の懐から出せる程度にまで価格を抑えながらその中で私を最大限楽しませようと必死になって頑張ってくれた。これを見て、彼に悪意を抱くものは少ないだろう。

 正直な話、彼が今回のデートで使った金額はあまり大きなものではない。私個人でも同じことを百回続けてもまだあり余るほどの蓄えがあるし、今回行った場所の殆どを知らなかったとはいえ私個人で行ける場所は遥かに広く、多い。

 だが、それでも私は満足した。満足できた。

 内容自体も個人的には文句の無いものではあったし、安上がりであることはけして悪いことではない。手軽に楽しめるのはいいことだ。

 それに、私の知らないことを知り、私ではけして考え付かなかっただろうルートで私を楽しませてくれようとしてくれた、その気持ちこそが一番嬉しかったりする。

 

 ……お嬢様は、今は織斑君に夢中でこの部屋にはいない。この部屋を覗いているカメラや盗聴器の類いは、一部の物を除いて取り外しが終わっているのである程度安心して行動できる。

 お嬢様が織斑君の所に行ってしまっているのでこの部屋に誰かが入ってくるようなことはあまり考えられないし、ある程度悶えてもなんの問題もない……はずだ。

 ちなみに、お嬢様は織斑君の隣のベッドで眠っているのに告白はできていないらしい。下着姿を見せるよりも告白の方がハードルが高いと言うのは……よくわからないですね。

 簪お嬢様ですら織斑君への告白をしているのだから、もう少し勇気を出してもいいと思うのですが……ヘタレに求めるのは不毛なのでしょうね。諦めましょう。

 

 さて、ヘタレにヘタレと言ってもヘタレがヘタレじゃなくなるわけではないとわかっているにも関わらずヘタレをヘタレと呼称してしまいむしろヘタレをよりヘタレさせてしまったところで……そろそろ私に限界が近づいてきている。

 なんの限界かと言えば、それは実に簡単。

 

 私の意識の限界だ。

 

 最後の方では慣れてしまっていたが、とても恥ずかしいことがあった。『あーん』でお好み焼きを食べさせてもらったり、それに反撃と考えてこちらから『あーん』で返してしまったりとか、いつもの私であれば絶対にやらないようなことをたくさん繰り返してしまった。

 まあ、見たところちょっとした意趣返しにはなっていたようなので無駄ではなかった……と信じたいのだけれど、どうも現状を考えると割にあっていないように感じる。

 それに、ちょっとした意趣返しに成功したとは言っても、弾君はなんでもないことであるかのように私の差し出したお好み焼きやたこ焼きを食べていたので……どの程度効いていたのかは私にはよくわからないのだ。

 勿論、少し慌てたような雰囲気は感じ取れたのだけれど……あくまで少しだけ。

 ……次は、私がセッティングしたデートプランで……つまり、今回は弾君のホームだったけれど、次回は私のホームでやらせてもらおうと思う。

 

 そのために、色々と手を回させてもらうことにした。

 自分にできて、弾君にもできて、それでいて私も弾君も楽しめるような場所やお店。あまり高価なところではなく、そしてあまり遠出しないですむ場所がいい。

 この事を考えると、やっぱり弾君の考えたあのプランは凄かったのだと理解できた。

 

 ……こうなったら、少し情けなくはあるけれど……仁君から聞いたこの時代のおすすめの店に行ってみよう。まずは試してからが一番だ。

 

 ……けれど、今はもう眠い。今日は軽く汗を流して、明日の朝早くにしっかり洗おう。

 

 ……お休みなさい。

 

 

 

 

 


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