IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝   作:真暇 日間

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他の子・仁編その1~8

 

 

 

 

 side 五反田 弾

 

 鈴が一夏と一緒に別世界に行ったと言う話を聞き、俺も行ってみたいと思っていたら小さい一夏と一緒に成人男性サイズの一夏が一緒に寝ていて、しかも俺の身体が10歳くらいの大きさまで縮んでいた。

 何が起きたのかは何となくわかった。鈴から話を聞いておいたがそれと状況は変わらないし、一夏とぷちかじゃなくて間違いなく一夏と一夏だからな。

 特に注意する点は、小さい方の一夏には愛情センサーが働くが大きい方の一夏にはそう言う類いの物が全く反応しないところだ。それはつまり小さい方の一夏は俺のよく知っている一夏だが、大きい方の一夏は俺の知らない一夏だと言うことが予想できるわけだ。

 つまり、俺は一夏と一緒に鈴が行っていたと言う『ちょっと結構かなり凄く似ていて、そこそこそれなりに大分とても違う世界』に跳ばされたと言うわけだ。

 何が原因かはわからないし知ろうとも思わない。ただそうしてあると言うことを受け入れよう。あと一夏を……ああ、確かこっちだと『百秋』なんだったか? 百秋を抱き締める。

 百秋は寝ている時にあまり汗をかかない。普通なら寝ている時でも新陳代謝がどうこうって理由で汗をかいたりするもんだが……まあ、百秋の場合は気にしなくても大丈夫だ。心臓止めたまま半日寝こけられて広野体に一切の障害やダメージが残らない奴だし、俺だって半日は無理にしろ一時間くらいならちょっと無理すればできないこともない。あんまやりたいとは思わないが。

 

 ……で、確かこっちでは俺の結婚相手は虚さんってことになってるんだったな。確かに一夏を除けば一番好きな相手だし、こっちの世界の俺は一夏を愛してはいないらしいから、選ぶとしたらまず間違いなくあの人になるってことくらいは予想がつく。

 となると俺が主にからかえる相手は決まってくるな。鈴はこっちの世界の鈴と一夏をからかったみたいだし、俺の場合にはこっちの世界の俺と虚さん、あとは……上手くできれば蘭もかね。

 まあ、世界が違うとは言え妹だ。あまり酷いことはしたくないし、するつもりもない。精々『鈍い相手に対して想いを伝える時に必要なポイント』をからかいつつ教えてやるくらいだろう。こっちの世界の一夏はうちの一夏と違ってわかっていて流してるんじゃなくて本気で理解していないらしいからな。

 まあ、うちの一夏も基本的には『相手の方からはっきりとした答えがあるまで基本棚上げ』だからあまり人のことを言える立場にある訳じゃないんだが……まあ、それでも理解していることとして居ないことの間にはとても大きな溝が横たわっていることを忘れてはならない。

 

 そう言うことでとりあえず置き手紙を残してIS学園の散策をする。前に来たことはあるが、流石に寮の中まで見せてもらった訳じゃないから迷いかねない。

 そんなわけで適当に歩き回りながら頭の中で地図を作っていく。俺は鈴みたいに直感に従って歩けば間違いなく本人にとって最良の結果を導き出せる訳じゃないし、『疾風の貴公子(五反田裏食堂で使われるコードネーム)』のように凄まじい運が味方をするわけでも、全世界オートマッピング+常時気配察知による索敵可能な『次元居合』のような人探し能力も無いので、自分の足で歩いて確かめて行くしかない。

 ……小規模な物真似と言うか、模倣だったらできないこともないんだが……そう言うのを真似るのは蘭の方が上手かったりする。流石は演技の才能を並々と溢れさせているだけはある。

 ただしその演技は基本的に一夏に会う時に被る猫に使われてるけどな。後は学校の仕事中か。

 

 きょろきょろと歩き回りながら散策していると、どうやら誰かにつけられているらしいことに気が付いた。どうやらそれなりに隠行はできるようだが、愛が足りないせいかすぐわかる。二流……か?

 気付いてないように振る舞いながら進んでいく。相手は少しずつ俺に近付いてきているようだが、銃やら投げナイフやらが無い限りは平気そうだ。

 こんなところで銃を使えばサイレンサー付きでもそれなりに響くし、投げナイフやら針やらはこの距離からなら投げられてからでも避けられる……と思う。千冬さんとか束さんとか一夏とか、そのレベルじゃなければ多分大丈夫だ。

 気配と言うか存在力と言うか、そう言うものを見る感覚の目で見てみれば大分薄いので千冬さんクラスと言うことは無さそうだし、投擲とか戦闘とかに特化しているようにも感じない。隠行と戦闘の二点特化、あるいはそれ以上の数に特化しているなら、真正面から叩き潰せる自信はある。

 

 ……まあ、『あらゆる事象に特化する』っていう束さんの一点特化や『生産にマイナス補正をかける代わりに戦闘に関する事象に極大特化』なんて言う千冬さんには勝てそうに無いけど、そんな化物クラスでもない限りはなんとかなる。

 

 俺は歩き回りながら色々な物を見て取っていく。扉に付けられた番号やその並び方、法則、中に居る人間の気配や体温、体格、盗聴器や監視カメラなどの観測機器、足音などの響きから予想する近場の地形などを把握して、人を探していく。

 

 ……居た、ここだ。

 

 探していた人間が居る部屋を見つけたので、その前で軽く服装を整える。IIIでは最も常識的で最も良識的であると言われる俺がしっかりしなければ、いったい誰がIIIをしっかり締めていけるのかと。

 

 ……マゾカを夜道で襲って暴行? 一夏に銃を向けて実際に撃った相手に加減とか必要か? 必要無いだろ? 必要無いよな? 必要ないな? 必要ない。不必要。不要。───ダロ?

 

 おっと一瞬反転しそうになった。危ない危ない気を付けないとな。

 後ろの方で俺を見張っている奴も一瞬怯えさせてしまったみたいだし、こんなところでガチギレしたら大変な事になる。

 具体的には……そうだな、昔、蘭が学校で同級生らしい男子達に苛められている所に遭遇してしまい、一瞬で脳が沸騰した結果───校庭にあった鉄棒が何本かへし折れ、樹にその鉄棒の破片で磔にされた男子達の姿が見られるようになってしまったしな?

 幸運なことにその事は誰にも知られることなく迷宮入りになったが、蘭が俺を若干怖がるようになってしまったのは痛恨の極みだった。

 まあ、キレたところから意識を取り戻したら蘭の同級生のガキ共が殴りやすい位置に磔になっていて、俺は蘭に後ろから抱きつかれて止められていたからな……怖がる理由もわかる。

 そのせいで色々言われそうになったが、当時にはもう知り合いだった一夏が弁護してくれた。

 

「常識的に考えて、子供があの太い鉄塊と言っても言いような鉄棒の支柱を握り潰して縦に引き裂いて武器にした挙げ句に太い樹に子供の服ごと突き刺して磔にできるわけ無いでしょ常識的に考えればわかると思うけど。なに? もしかして昔の人間であり、『最近の餓鬼は生意気で……』とか生徒に聞こえないように職員室で愚痴ってる先生が子供だった頃には誰でもそんなことができたとか? それはすごいねーやって見せてよ? 貧弱とか無知とか頭悪いとか色々生徒を馬鹿にしてるんだからそのくらいできるでしょ? なにできないの? 自分にできないのにやったことにしようとしてるの? 馬鹿なの? 死ぬの? 老害は死んだ方が世間のためだからさっさと世を儚みればいかがですか? 常識的なことも考えられなくなった黴の生えた脳味噌なんて持ってるだけ無駄でしょ? 焼却炉で灰にでもしてきたら?」

 

 ……ってな。

 その時にキレたその教師が一夏に殴りかかって殴ったその拳と指と中手骨と手首と前腕を三ヶ所、上腕の真ん中を一ヶ所と関節に近い部分を一ヶ所骨折し、ほぼ全ての腕の骨が開放骨折になった上で脱臼したが……きっと殴る力が強すぎたんだなざまあ。

 

 ……ふぅ、落ち着いた。

 

 とんとん、と扉を叩くと、中で誰かが動く気配がして、暫く待っていたら予想通りの顔を見ることができた。

 

「……えっと……?」

 

 不思議そうにしているその人に向けて、俺はゆっくりと作法にしたがって頭を下げてから言った。

 

「朝早くに失礼します。初めまして、布仏虚さん」

 

 俺の言葉に動揺したのを感じて頭を上げ、笑顔で言葉を続けた。

 

「百秋が未来から来ていると言う話はご存知でしょうが、百秋に連れられて未来からやって来ました。五反田弾が長子、五反田(じん)と申します……お母さん」

 

 ピシッ、と言う音と共に石化した虚さんの表情を眺め、俺は心の中で爆笑した。

 

 

 

 

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 side 五反田 仁(弾)

 

 完全に固まってしまっている虚さんを暫く眺めていると、およそ一分十秒で意識がこちらの世界に復帰した。このタイムはなかなかのタイムだ。もっと頭の固い奴は、例え二時間以上かけたとしても復帰できなかったりするからな。頭が固い奴ってのは嫌だな?

 

「……えっと……とりあえず…………入る?」

「ありがとうございます、お母さん」

 

 言葉に甘えて上がらせてもらったが、どうやらルームメイトは今はいないらしい。いったい誰がルームメイトだったのかは……なんとなくわからないでもないが、とりあえず今は居ないようだ。

 予想では、俺を尾行してきていた更識の当代当主辺りが色々手を回した結果として虚さんが孤立したか、あるいはその当代当主である楯無さん自身がルームメイトだったが最近一夏の部屋に移動したから一人部屋になったか……って感じかね?

 まあ、こっちの世界では今の一夏は一人で部屋を使っているそうだから更識の当主も元の部屋に戻ったんじゃないかと思ってたんだが……違うのか?

 

「……はい、どうぞ」

 

 そんなことを考えていたら虚さんがお茶を淹れてくれていた。緑茶だが、どうも俺が知っている安物の茶とは格そのものが遥かに違って見える。高級品なんだろうな……。

 ……いや、品はそうでもないのか。ただ、淹れ方がむちゃくちゃ上手いだけだな。うちの場合はティーバッグをいくつか大きな鍋か何かに放り込んで煮出して置いておくだけだしな。鍋からお玉とかで直接コップに入れたりピッチャーに入れたりするんだが、あれがまた淹れ方がなってないから苦いし渋い。大衆食堂の味と言えば聞こえはいいけどな。

 

「ありがとうございます」

 

 淹れてもらった茶は、正直言って美味かった。驚くほどに美味かったと言ってもいいだろう。こんなものをいつでも飲めるようになったら、浮気とかまずしなくなるだろうなとか考えてしまった。

 

「……それで、仁くんはいったいどうして私のところに?」

「お父さんとお母さんは学生時代からずっとラブラブだったと言う話をいつも聞いていましたので、その光景を直接見てみたいなと思いまして」

 

 虚さんの頭がかなりの速度で机に叩きつけられた。派手な音が響いたが、いったいどうしたんだろうな?

 

「……ラブラブだったと?」

「そう聞いています。少なくとも、出会ってから一年以内に急接近してキスまでは済ませたとか」

「きっ、きききききすっ!?」

「……?」

 

 どうやらキスをするほどの仲ではない……と言うか、気にしすぎてキスしたいとかそう言ったことを言い出せないようだ。

 まあ、俺は初キス済ませてるけどな。一夏が可愛すぎて暴走したときに。あと、虚さんを学園まで送って行く時にほっぺに。

 

 ……いや、流石に虚さんの唇にキスは無い。なにしろお互いに知らないことやわからないことの方が多いような関係だし、まだ駄目だろう普通に考えて。

 それに、虚さんも虚さんで色々と葛藤があるみたいだしな。内容はわからないが、なんとなく簡単に終わらせていい内容では無い気がしている。

 ……布仏家の後継ぎ問題とか、そんな感じだろうか? 妹さんである本音ちゃんは一夏のところに入り浸って『人懐っこい野良猫』ポジションを獲得しているし、後継ぎがいなくなるってのは旧家にとっては大問題だろうな。

 

 ……あ、でも本音ちゃんなら一夏の事が大好きらしいし、一歩引いていても簪さんが引っ張り込みそうだし、なんとかなる……か?

 最悪の場合は一夏が更識の家を更地に変えて後腐れなくしておく事になるんだろうか……一夏の怖さは見た目からその力量を予想できない所にあるから、まず間違いなく更識と布仏は突っ込んでくるだろうな。もし本当にそうなったら、俺は一夏と一緒に暴れ回りに行ってしまうかもしれない。注意しよう。

 

 さて、俺の目の前で真っ赤になっているこちらの世界の虚さんだが、なぜか目がぐるぐる模様になっているように見える。よっぽど慌てているのか、あるいはなにか理由があるのか……まあ、それこそどうでもいいことか。

 

「好きな人とキスするのは駄目なことですか? 素敵なことだと聞いたんですが」

「だっ……だだ誰から?」

「楯無さんです」

「……」

 

 あ、今虚さん

 

「お嬢様後で泣かす。織斑君との関係のことでもなんでも使って絶対泣かす」

 

 って考えてる。

 ……ついでに責める場所増やしてあげてもいいかね。

 

「そう言えば、楯無さんってまだ子供いないんですよね。簪さんには居るんですけど」

「……そうなの?」

「ええ。百秋は千冬さんの子で、シャオ……小鈴が鈴さんの、十柄が箒さんの、シルヴィアがセシリアさんの、シャーリーがシャルロットさんの、アーデルがラウラさんの、朝日が簪さんの子なんですけど、どーしてか楯無さんだけ子供ができないみたいなんです。ヘタレだから卵子までヘタレなんじゃないかって笑われて半ギレしてましたけど……」

「……へぇ、そうなの……もっと色々教えてもらっていいかしら?」

「勿論です」

 

 俺はにっこり笑ってドアの外で真っ白になっていそうな空虚な気配を発する楯無さんに死刑宣告をするのだった。

 

 

 

 

 

 side 更識 楯無(原作)

 

 ヘタレ……私がヘタレ……ヘタレだから子供がいない……ヘタレ……ヘタレだから簪ちゃんと向き合えない……ヘタレ……ヘタレ……ヘタレだから一夏くんの顔も見れない……ヘタレだから攻めきれない……ヘタレ……私はヘタレ……ヘタレ…………

 ……あははははは……ヘタレ……ヘタレ……私はヘタレ…………子供にまで言われるくらいのヘタレ……このIS学園最強の生徒会長ともあろう者が……ヘタレって……

 

 ……ちょ、ちょっと虚!? いったい何を聞いて……いやいや待って本当に待ってなんでそんなことを聞こうとしてるの待って!? ……って鍵が閉まってる!? 虚!? いつの間に鍵を閉めたのよ!? ちょ、だから待ってなんで私の隠し事の内容とか聞いてるの!? 仁くんもなんで平然と答えてるの!?

 ああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!ちょ、流石にそれは駄目ぇぇぇぇぇぇ!?

 

 

 

 

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 side 五反田 仁(弾)

 

 虚さんに聞かれるがままに色々なことを答えて行く。例えば未来での陰口や呼び名、百秋に嫌われている理由、今までにどんなヘタレっぷりを子供たちの前で見せてきたか。そんな話を。

 そして最後に、いい年して毎日朝晩一夏の写真にキスしてたりとかそのままちょっと身体が熱くなってきて写真の前で───と言ったところで

 

「それだけはらめぇぇぇぇ!!?」

 

 等と叫びながら生徒会長さんが乱入してきた。鍵は閉まってたはずなんだが……ピッキングか? 一瞬で? 技術の無駄遣いも甚だしいな。

 

「ちょ、虚!? 子供になんて事聞いてるのよ!?」

「聞かれて困るようなことを知られているお嬢様こそなんて事を知られているのですか?」

「バカな……生徒会長であるこの私が……反論できない……だと……!?」

「そう言えば、妊娠している最中の簪さんとお母さんのお腹を撫でて撫でて鬱陶しかったとか言う話を聞きました」

「もうヤメテ!私のライフはとっくに0よ!」

「仕返ししようとお腹が膨らむのを十年くらい待ってるそうですから、頑張ってくださいね? 何をとは言いませんけど」

「なななななナニっていったいなんの話よっ!?」

 

 顔を真っ赤にした更識当代当主が叫んだ……が、そんな風に慌てたらいい的にしかならないだろうに。

 そんなわけで俺は不思議そうな表情を浮かべてこう聞き返した。

 

「え? なんだと思ったんですか? お母さんも簪さんも『まだ早い』って教えてくれないんですよね。教えていただけませんか?」

「藪蛇……だと……ッ!? って怖い怖い怖いそんな睨まないでよ虚!?」

「お嬢様。うちの子になに変なことを教えようとしてくれやがりますか?」

「怖い!? 普段は一切崩さない口調が崩れてる時点ですごい怖い!?」

「とある人は言いました。死ぬならさっさと死ね、骨は砕いて肥料にしてやる」

「誰よそんなこと言ったのは!?」

「お父さんがお母さんをお嫁に貰いに行った時に、お爺ちゃんからそう言われたって」

「…………」

「ちなみに一夏さんも同じような言葉を更識のお爺さんたちから聞いたそうですよ?」

「…………」

 

 おー、二人とも怒ってるな。まあ、好きな相手にそんなこと言われたら普通は怒るか。俺でも怒るわな。爺ちゃん相手でも殴りに行くかもしれないレベル。

 まあ、今の俺には関係の無いことだがな。色々な意味で。

 

 さて、色々と嘘やら何やらをぶちまけたんだが、正直に言って確かにこれは楽しい。楽しすぎて頭が蕩けてしまいそうだ。ああ楽しい。

 まあ、趣味が悪いとは思うのでやり過ぎないようには気を付けるけどな。なにしろ相手は生徒会長兼日本の暗部を統括する更識の当主。どんな言葉からどんな情報を抜かれるかわかったものじゃない。

 こんな風な情けない姿を晒していても、相手は政治家を手玉にとれるような器用さを持つ相手だ。今までのがすべて演技である可能性だって十分に考えられるし、こっそりと裏で作戦を練っている可能性もある。何の作戦かは知らんけど。

 

 よし、作戦練られてるだろうと仮定して、追撃するか。

 

「ところで、前に『お母さんには内緒よ? お姉さんとの約束だ!』って言って飲ませてくれた、変な匂いのする水って……あ、過去の楯無さんじゃわからないかぁ……」

「アイェェェェ!? バクロ!? バクロナンデ!? コワイ!?」

「お じ ょ う さ ま ?」

「ちょっ!? 待って待ってほんと待って!? 覚えが無いから!未来の事であって過去の事じゃなく、私はまだなにもしてないから!」

「お父さんをからかおうとして色々やってたよね。わざと水を胸に溢してみたりとか」

「有罪です、会長。むしります」

「何を!? と言うかそれも未来の話でしょ!?」

「実行されたらされたで『風邪引きますよ』ってタオル渡されて一夏さんに替えの服を持ってきてもらってましたけどね。まっかっかでしたよ?」

「イヤァァァァなんで次々に私の未来の黒歴史が晒されていくことになってるのよぉぉぉ!?」

「弄ることが好きな人は弄られるのが苦手なんですね。知ってます。未来ではよく色々な人にからかわれてましたから。『こんな立派なものをお持ちなのに、まだ結婚できないんですか~?』とか、『胸の大きさが戦力の絶対的な差ではないことが思い知れて良かったですね、さ・ら・し・き・先輩?』とか、『……今日ね、朝日が、私の似顔絵を……書いてくれたの……。一夏と、私と、朝日が……仲良く手を繋いでてね…………あ、お姉ちゃんじゃこの嬉しさはわからないか。……ごめんね?』とか、そんな感じに」

「……ぐぶぁっ!?」

 

 あ、血を吐いて倒れた。更識の当代当主、更識楯無(偽)が血を吐いて倒れた。いったい何がどうしてこうなったのだろう、普通で普通な子供である俺には全然わからないや。まあしょうがないよな。普通で普通なただの子供に、大人の考えをちゃんと理解しろなんて無理な話だし。

 

「とりあえず、ちゃんと告白してきたらどうですか? そんなんだから『行き遅れー死ぬまーでー嫁げないーひーとーがいるー♪』なんていう替え歌が作られてIS学園に代々伝わっちゃったりするんですよ?」

「なんでそんな歌が代々受け継がれてるのよぉぉぉぉぉ!?」

「戒めだそうです。こんなに美人でなんでもできて器量良しでもヘタレだと行き遅れることがあるから、頑張りましょう……だそうです。楯無さんが卒業した次の年の生徒会長が広めたそうですよ?」

「……誰よ? ちょっと用事ができそうだからそれだけ聞いたらすぐ行かせてもらうわ誰よ?」

「作ったのは別の人だそうですけどね。あと、『次の生徒会長』って聞いただけでちゃんとした名前は知りません」

「思い出したら教えてちょうだいね? お姉さんとの約束よ?」

「十年くらい後になっても『お姉さん』のままの人の言うことは違うなぁ……」

 

 頭を握られそうになったので手の甲で打ち払う。しかしそのまま……八卦掌か、で俺の手首を掴もうとしてきたところを相手の手の回転に少し手を加えて『黄金の回転』を楯無さんの全身に伝える。

 無限大にまで膨らむ回転のエネルギーにより、楯無さんの身体がぎゅるりと捩れながら宙に浮かび上がったのを確認してからまた少し手を加えて『黄金の回転』を崩しておく。これでいつまでも浮かび上がり続ける事はなくなった。

 

 そして回転しながらゆっくりと落ちてきた楯無さんは、べしゃりと床に打ち捨てられるように着地した。

 ……鼻から。あーあーあれ絶対かなり痛いぞーマジで。

 

 

 

 

 

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 side 五反田 仁(弾)

 

 ドベッシャァァ!と言うド派手な音を立てて床に鼻から叩きつけられた楯無さん。あれは絶対めちゃくちゃ痛いだろうが、俺は知らん。手を出してきたのはむこうが先だ。

 とりあえずその情けない姿を一枚写真に撮っておく。

 

「はい送信……と」

「どこによ!?」

 

 俺がそう呟いた瞬間に、楯無さんは復活してみせた。復活早いなぁ……。

 

「一夏さんにですけど」

「なんでよ!?」

「アルバム作るから学生時代の奥さん及び愛人さん達の『それっぽい』姿を写真に納めてくるように……って言う指令が下ってまして。前回はシャオが来ましたけど、殆ど誰も撮ってなかったので代理で俺がやりました。本当だったら自分の母親の写真だけ撮ってくればいいはずなんですけど、楯無さんは……ね?」

「言葉が刺さる!?」

 

 頭を抱えながら悶えた楯無さんは、全身を後ろに反らせて脳天で着地した。きれいなブリッジだなぁ……と思いながら、その情けない様を激写。

 

「なんで私はこう言うところばっかり撮られてるのよ!?」

「え? だって楯無さんって本質からして『ヘタレ』でしょう? 晩御飯に精力剤を盛って夜這いに行ったにも拘らず、寝ている一夏さんにキスしようとしたところで目を覚まされて恥ずかしくなってひっぱたいて逃げ出してきたって言う話を聞いてますよ?」

「誰から!?」

「お酒に酔った楯無さんからの愚痴で。『死にたい』って繰り返してましたけど……死んだら楽しくないですよ?」

「私ィィィィィィィェァァァァアアアア!!?」

「落ち着いてくださいお嬢様」

 

 虚さんはハリセンで楯無さんの頭をはたく。かなりいい音はしたが、痛くはないだろう。多分。

 ただし、衝撃だけは大分通ったようで、一昔前にやっていたお笑い番組のように顔面から床に叩き付けられるような勢いで伏せてしまった。痛そうだ。

 そして俺はハリセンを構えた虚さんに正座させられている楯無さんを激写。もしも本当に未来の一夏達にこの写真を見せることができれば、間違いなく笑いの種となるだろう。俺自身、見ていて正直笑いが止まらないし。

 

 ……それにしても、説教の種多いなこっちの世界の楯無さんは。隙が多いと言うか、仕事ならともかくとして私生活ではほぼ確実に肝心なところで失敗すると言うか、腰が引けてしまうところがあるようだ。

 俺達の世界でも中々に抜けている……と言うか、ヘタレな人ではあるけれど、もう少しちゃんとしてたはずなんだがなぁ……。

 ……ああ、もしかしたら俺が居たからかもな。俺はまだ俺の世界の楯無さんに身内認定されてないからヘタレな部分をできるだけ見せないようにされているのかもしれない。

 無駄だけど。

 

 さて、こんな感じに虚さんと楯無さんをからかい続けたところでちょうどいい時間になったので、そろそろ一夏……ああ、百秋を迎えに行くことにした。

 ついでに楯無さんの尻を蹴っ飛ばして気合いを少し入れてやることにする。最後の少しが足りないせいで色々なことを逃しているらしいヘタレな生徒会長を相手に加減なんかしてやるつもりはない。愛が足りないんだよ愛が。

 

 そう言うわけで百秋を連れ出しに来たついでに寝ている一夏のとなりに楯無さんをどーん。すぐ近くに好いた男の顔があると言う状況に、楯無さんは頬を……と言うか顔全体を真っ赤に染めて固まってしまった。ドヘタレめ。

 本当は百秋を背負ってさっさと居なくなるつもりだったんだが、このまま放置していったら恐らく何の進展も無いままだろうと思って追撃。眠ったままの一夏の後頭部を楯無さんの方に引き寄せる。するとまあ当然……これ以上は無粋だな。お邪魔しました、ごゆっくり。

 

「……んぉ? 仁、なんかやったのか?」

「一夏さんの後頭部引っ張って楯無さんとの距離を0にしといた。接触部位は主に唇な」

「なるほど。お休み」

 

 百秋はちょっと起きたがすぐにまた眠りに落ちてしまった。どうやら寝る気満々で居るらしい。ひきつった笑顔の虚さんには悪いが、まあその辺りは気にしない方向で。

 俺の予定では、この後は五反田食堂の俺の所に行って色々発破かけたりするつもりなんだが……そこに虚さんも来てくれると間違いなく三倍は楽しくなるだろう。

 しかし虚さんは残念なことにIS学園ではかなり重要な立ち位置に居るため、そう簡単に外出許可など出るわけがない。悲しいけどそれが現実なのよね。

 

 ……いや待てよ? よく考えたら今日は平日だったよな? 俺の世界なら一夏への愛情で分身して仕事と遊びとを両立できたが、愛の足りないこの世界の俺は同じことができるのか?

 ……まあ、無理だろうな。残念だが。

 となると、今日俺が五反田食堂に行ったところで俺はこっちの世界の俺には会えないんじゃないか?

 

 ……どうすれば会えるだろうか? 虚さんを連れて、こちらの世界の弾が通っている学校に突貫すれば会えるか? 場所は知らないが、一夏への愛情とちょいと習った気配察知でなんとかなるだろう。ならなかったらならなかったで交番で聞くなり親切な人に聞くなり不良を脅して聞き出すなりすればいい。こんな子供に一方的にボコボコにされた……なんて、不良の世界でそんな噂が流れたら破滅確定だしな。全力で黙ろうとするだろ。

 その時にはちゃんと変装して行かないとな。目的がバレたらこっちの世界の俺に被害が及ぶかもしれないし、名前を出す時にも注意が必要だ。面倒ではあるが仕方ない。

 

 よし、それじゃあまずは朝飯だ。IS学園の学食を食うのは初めてだが、一夏が文句を言わないって言う時点でそれなり以上の品質が約束されているようなものだから、期待してしまう。

 ……何を頼むかね? 和食洋食中華ばかりでなく、他にも数多くの国の料理がメニューとして用意されているらしいし、迷う迷う。どれもこれも十分に美味しいとなればどれを頼んでも同じと言う意見もあるかもしれないが、その時の気分や体調などを考慮した上で一番美味く食べられる物を頼みたいよな?

 今日の……と言うよりはこの身体の好みを考えると、間違いなく辛いのはアウト。多分だが泣けるだろう。

 となると辛さは基本的に押さえ目で、ついでに子供だと言うことをちゃんと理解してその上で消費しやすいミネラルを補給できる料理と言えば……。

 俺の頭の中でくるくるとメニューの料理に使われている具材の内容や調理法が羅列されていく。そして最後に思い付いたのは……

 

「すみません、メニューの上から下まで二つずつ。一つは俺ので一つはこいつので」

 

 ……だった。

 まあ、普通に考えれば多いんだろうが……基本的に俺は一夏と居れば大体なんでもできるから平気だろう。前にいくつかの飲食店を梯子して似たようなことやって来てたわけだしな。

 

 

 

 

 

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 side 布仏 虚(原作)

 

 さて、私は目の前のこの状況をいったいどう受けとればいいのだろうか。判断に非常に迷うところだが、時間はあまり残されていない。

 なにしろ……

 

「はむはむはむはむ……」

「かふかふかふかふ……」

 

 目の前に居る二人の子供が、大の大人でもまず食べきれないような多すぎる料理を、まるで冬眠から目覚めて飢えきった大熊の一回目の食事のような勢いで胃に収め続けているのだから。

 

「かふかふかふ……んく。お母さんは食べないので?」

「……見てるだけでお腹一杯になっちゃってね」

「実際に食べないと身体を壊してしまいますよ?」

「……そうね」

 

 そう言いながら私はご飯を一口食べる。……うん、やっぱり美味しい。

 

「かふかふ……ちなみにこれはひいじい様からの指令なのです。色々な物を食べて、色々な味を盗んでこいと」

「……百秋君の方は?」

「百秋は基本的に食べようとすればいくらでも入るタイプだからね」

 

 そう言って仁くん……未来からやって来た私とあの人の息子は、かふかふと可愛らしい擬音と共に食事を再開した。隣で同じくらいの速度で食べ続けている百秋くんも、全く速度を落としていない。

 

「いくら子供と言っても、これだけ食べたら太るんじゃ?」

「基本的に燃費が悪い上に最大出力が大きいから、肉として付くより早くみんな使われちゃうから大丈夫」

 

 ……そう言えば、仁くんはさっきお嬢様を投げ飛ばしていた。それも、不思議なことに投げ飛ばしたその時よりも投げ飛ばした後の方が遥かに勢いがついていると言う驚くべき技を使って。

 なるほど、最大出力が高いと言うのは嘘ではないようだ。大人……と言うわけではないが、自分より遥かに大きく、重い相手を軽々と投げ飛ばせるのだから。

 

「まあ、あれくらいはできないとIS相手に身を守ることなんてできませんので」

「うん少し待ちましょう? まず生身でISの相手をするのが間違いなんじゃないかしら?」

「お師匠は十五年くらい前に……つまり最近ですが、市民プールで行われたレースでなぜか出てきたISを無手で投げ飛ばし、翻弄したとか」

「 」

 

 その話なら知っている。確か、夏休みのことだ。中国の代表候補生である凰さんと、イギリスの代表候補生であるオルコットさんが起こしたらしい、IS無断展開。本来ならば色々……と言うか本格的に立場が不味かったところだが、ISで襲われた本人達からの訴えが無かったのをいいことにうやむやにしてしまったあの事件のことだろう。

 あれから更識の力を使って探していたのだが、何故か一切の消息を掴むことはできず、亡國機業に同じ顔の人間が居たため同一人物だと思われたが、本人達が全力でそれを否定。結局未だにその足取りは掴めていなかったはずだ。

 

「……と言うことは、あの技は『篠斑神拳』なの?」

「基本的な技の理念以外は自分達で作っていくのが篠斑神拳だから正確には『篠斑神拳・五反田仁式』だけど、そうですよ」

 

 なるほど、ISを容易に投げ飛ばすというあの技ならば、ISを相手にできるのかもしれない。技は個人で作っていくものと言うのは少し心配ではあるけれど、対ISならばともかく対人でなら十分に役立つことは、先程のお嬢様とのやり取りを見ていればわかることだ。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 はむはむと食事を続けていた百秋くんの方が食事を終わらせたようだ。見事に全ての皿が空になっているのを見ると、あの小さな身体のどこにあれだけの量の料理が入っているのか不思議になってしまう。

 そして、それを見た仁くんは食べる速度をあげた。かふかふと言う擬音が早回しになり、料理が次々に消えていく。

 ただ、味わっていないわけではないようで、生徒達から人気が高い物では時々手が止まっているようだった。恐らくしっかり味わって味を盗もうとしているのだろう。

 

 ……私はまだ産んだ覚えは無いけれど、私の息子ができた子すぎて嬉しいような悲しいような微妙な気分になる。もっと甘えてくれてもいいのよ?←母性愛の目覚め

 

「虚おかーさーん」

「喧嘩なら買いますよ、ドヘタレ(お嬢様)

「……あ、あれ? 虚? 今なんて書いて『お嬢様』って読んだ?」

「ドドヘタレお嬢様、自分に子供がいないからと言って従者とその子供との間に割り込もうとしないで下さい。その積極性を織斑くんへのアプローチに使わないからドドドヘタレお嬢様はいつまで経ってもドドドドヘタレお嬢様なのですよ」

「私の事を呼ぶ度にドが一つずつ増えていくシステム!?」

「ご安心を。回数を増やしていくばかりでは増えすぎた時に面倒なので途中から略させてもらいます。安心しましたか? (ゴッド)・ヘタレ」

「神!? ドが5でゴッド!? ヘタレ神ってこと!? しかも『お嬢様』が消えた!?」

「申し訳ありません、噛みました」

「違うでしょ!わざとでしょ!?」

「そんなことはありませんよ神をも越えし(ドドドドドド)ヘタレお嬢様」

「五を越えたから神越えヘタレ!?」

 

 私の事をお母さん等と呼んだドドドード・ドードドヘタレお嬢様との会話を続けているうちに、仁くんは食事を終えていた。あれだけの早さで食べていたにも関わらず、口の周りや机の上などに溢したりはしていないようだ。

 ……もう少し手をかけさせてくれてもいいのよ?←母性愛の侵食は進む

 

「ごちそうさまでした」

 

 仁くんは手を合わせてペコリと一礼する。そしていくつかのお盆に食べ終わった食器をのせて、何でもないことのように食器返却口にまで運んでいった。

 あれだけの量を一度に運ぶとなれば、大の大人でもかなり苦労するはず。食器の量から考えて、間違いなくお嬢様一人分に近いくらいの質量はあるはずだ。

 しかし、仁くんは当たり前のように運んでしまっている。それはつまり、技だけでなく力も十分に強くなっていると言うことに他ならないだろう。それこそ、大の大人以上に。

 

「仁は生身に限定すれば俺達の中では強い方だからね」

 

 そう言って笑うのは、眠っているとばかり思っていた百秋くん。いつの間にやら料理の皿は全て片付けられ、力の抜けた表情で私の顔をじっと見つめていた。

 

「俺達と合わせて考えても、世界中の同年代の中で間違いなく十指に入るよ。一番は俺か(つむぎ)だろうけど」

「……紬?」

「おっと、今のはオフレコでお願いね?」

 

 百秋くんはそう言って、自分の唇の前に指を一本立てて笑った。それはもう茶目っ気たっぷりに。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 side 五反田 仁(弾)

 

「それじゃあちょっとお父さんに会いに行ってきます。晩御飯までには戻ります」

「……え?」

「じゃ」

 

 食事が終わってすぐに、虚さんにそう言い残して俺は駆け出した。背後から「え、ちょ、待っ……速い!?」と言う虚さんの声が聞こえていたが、その辺りは丁重にスルーしておく。聞いたとしても行動を変えるつもりが無い以上は聞いても無駄なだけだしな。

 後は走って走って気配を探して本人を見つけるだけ。IS学園(この位置)からでもおよその方向なら簡単にわかるし、実に簡単な事だ。

 俺はIS学園から発車するモノレールのレールを走る。海を渡り、向こう岸に到着するまでに何本か追い抜くためにモノレールの車体に乗って上を走り抜けたり、逆側のレールに飛び移って正面から来るモノレールを飛び越えたりしてしまったが、その辺りは些細な問題だ。愛があればできる。間違いない。

 そうして日本の本土に渡ってからは、IS学園から一度こっちの世界の俺の家に行ってみた。まあ、俺の世界と何も変わらず……ってのは言いすぎか。俺の世界なら俺と蘭が分身して大体何時でも手伝いしてたし、じいちゃんだって分身の下位互換技である『鏡面行動』で腕と顔だけ増やして作業効率上げたりとかしてたし。

 

 そんなわけで俺の家を見付けたのでそこから気配を辿ってこちらの世界の俺の居場所を探る。某美食家のような気違い染みた嗅覚とかそんな物がなくても……まあ、多少はできる。気配はすぐに移ろうから、あまり詳しい道筋はわからないんだけどな。特に俺は。

 まずは全方向に気配察知の網を広げて本人のいる方向を確認する。そして方向がわかったら本人のいるだろう方向に網を集中させてさらに細かい位置を探る。そうすればおよその距離がわかるので、走ってその付近まで近付く。そしてもう一度、今度は初めからかなり細かい網を近距離に張り巡らせて位置を探れば……

 

「ほい見っけ」

 

 ……と、このように授業を受けようとしているこちらの世界の俺を見付けることができるわけだ。

 ただ、何故かやけにそわそわしている。まるで何かを待っているような、そんな感じだ。

 ただ、待ち遠しいわけではないらしい。不安と心配が混ざっているような、子供を心配する父親のような……そんな風に見える。

 

 ……虚さんが電話なりなんなりして俺の事を伝えたか? だったらああしてそわそわしているのにも納得できる。

 まあ、授業中に突入していく訳にもいかないし、とりあえず一度授業が終わるまで外で待っていた方がいいだろう。向こうからすれば俺が到着するまで時間はまだあるはずだと考えるだろうし、昼休み……だと流石に俺が待ちくたびれるな。じゃあ一時限目が終わってすぐに顔を出すとしようか。

 

 それまで何をしてるか迷うな。こっちの世界の俺が通っている学校と俺が通っている学校はどうやら同じみたいだし、学校見学で暇を潰すわけにもいかない。蘭の学校に行くのは流石に迷惑がかかりすぎるだろうし、ついでに言うとここから移動してなにもしないうちに戻ってくることしかできないだろう。なんの意味もない。

 まあ、最後の手段として一夏のボイスタイマーで授業終了時刻にタイマーをセットした上で、エア一夏を撫でるって言う時間潰しの方法があることはあるんだが……あれってふと気が付くとそこに一夏がいなくてショックを受けるんだよな。

 ちなみにエア一夏だが、愛があれば触れるし自力で動いたりもする。言葉も話すし他人に見えたり物に触れたりもする。全力でそう言う風に見せ付ければ、エア一夏を誰もが見ることができ、誰もが触れることができ、誰もがその存在を認識できるようにすることだって可能だ。可能って言うだけで実際にできるとは限らないし、実際にやるかやらないかは俺次第なんだがな。

 で、今回は制限時間もある上にその時間自体がかなり短めなのでそこまで深く集中せず、周りの音が聞こえて理解できる程度に留めておく。

 ……意識を全方向のあらゆる場所に存在する全ての一点に集中。全方向に拡散させながら一点に集めると言うのは中々難しいものだが、できない訳じゃない。とある中国拳法では『大周天』とか言うんだったかな?

 とりあえずそうして自分だけの一夏を抱き締めて頬擦りしたり、ほっぺにキスしたり、撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり舐めたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたり撫でたりしながら過ごしていたら、あっという間に時間が過ぎた。時間が過ぎるのは本当に早いな。

 そんなわけで俺の愛情で形作られていた一夏を意識して消して、こっちの世界の俺に近付いていく。

 誰にも気取られないように近付き、誰にも気取られないように俺は俺の後ろに回る。ここまで来たらやることは決まっている。勢いはつけずにゆっくりとブレザーの裾を引っ張ることで自分の存在を伝える。

 

「あん? なん……」

 

 こっちの世界の俺が俺に振り向き、そして俺の姿を見て完全に固まってしまった。

 ちょうどいいので俺は半歩下がって頭を下げる。そしてそのまま軽く自己紹介を。

 

「初めまして、お父さん。十五年ほど未来からウサギ印の大天災さんに誘われて実験ついでにやって来ました、五反田仁と申します。顔見せが遅くなり申し訳ありません」

「…………。

 ……いや、うん、とりあえず虚さんから電話があったから何となく理解はしたが……マジ?」

「嫌ですか?」

「まさか」

 

 何故かはわからないが話はとんとん拍子で進んでいく。これも俺とこっちの世界の俺が殆ど同じ存在だからなのかもしれないな。

 ただ、妙に……と言うのもおかしいかもしれないが、驚き自体は少ない。理由はわからないが、個人的にはこれはかなりありがたい。話す内容に齟齬がなければ無駄も減るし、ついでに話す量自体が減って楽になる。

 

「……あー、とりあえず……悪いんだけどIS学園に戻ってくんね? ここにはお前を守れるような道具は無いし、その備えもないんだよ」

「大丈夫。ちゃんと片付けはしてきたからさ」

「……嫌な予感がノンストップなんだが」

「昔から『嫌な予感ほどよく当たる』と言いますが、本当ですね」

「おい待て何してきた」

「大天災さんのところから形も無ければ反応も無い代わりにシールドや空を飛ぶ能力や武器をしまったり出したりすることもできないISをパチって来てついさっき誘拐されそうになった時に相手のお姉さんの内臓を掌底一発で溶けるほど揺らしてきたりとかなんてしてないです」

「……お前、絶対百秋と仲いいだろ」

「勿論です」

 

 こっちの世界の俺は頭を抱えた。何があったんだろうな?

 

 

 

 

 

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 side 五反田 弾(原作)

 

 貧乏クジ、ってのは多分こう言うのの事を言うんだろうな……等と考えつつ、膝の上に乗せた未来の俺の子供であるらしい仁の頭を撫でた。

 五反田仁。未来の俺の子。百秋と仲が良いらしく、百秋の大雑把さを貫く実力を保有してしまったらしい、ちょっと人間らしくはないだけのただの人間……らしい。

 虚さんからの電話では、仁は小さい頃の俺はきっとこんな感じだったんだろうと言う想像をそのまま現実に持ってきたような容姿で、基本的にですます口調。爆弾発言が多く、護身術として柔術系格闘術をある程度使いこなし、その上聞き分けが非常にいいそうだ。

 ただ、予想外すぎることを平然とやったりすることがあるそうで……今も予想を遥かに飛び越えた事をしてここに来てしまったわけで……。

 

「……なあ、仁。そろそろ戻らないか?」

「多分昼頃にお母さんが迎えに来ると思うから、それまでのんびりしてます。お父さんも、お母さんに会いたくないですか?」

「……そりゃ会いたいが……」

「頑張ってくださいね。きっとお父さんならお母さんの愛情を勝ち取ることができますよ」

 

 仁は当たり前の事を言うように俺に向けて言葉を続けた。俺と虚さんが結婚した後の時間から来た仁にとっては本当に当たり前のことなのかもしれないが、過去である俺からすればそれはまだ決まっていない世界な訳で……。

 

「顔が赤いよ、お父さん」

「そりゃ赤くもなる。あまり大人をからかうな」

「未来のお父さんとお母さん自身から許可を頂いております」

「俺ェ……」

「最近初々しさがなくなってきたと言う理由で、昔の初々しい自分達の写真を見て懐かしさに浸りつつイチャイチャしたいそうですよ?」

「俺ェ…………!」

 

 未来の俺と虚さんは仲睦まじくやっているらしいが……それをこうして未来の自分達の子供の口から聞かされるって言うのはいったいどんな羞恥プレイだよ?

 ちなみに、周りの奴等には仁の事は話しておいた。バレるとまずいのでとりあえず明らかに嘘だと思われるだろう口調で、『こいつは五反田仁、十五年後の未来からやって来たらしい俺の息子だってよ』と言っておいた。まあ、信じるやつはいないだろうが、別に信じてもらう必要は全く無いのでそのままにしておく。

 それに、基本的にこのクラスには気のいい奴ばっかだからな。聞かれたくないことはそれを察して聞かないでくれるし、秘密にしておいてほしいと頼めばまるでその内容を知ったことが無いかのように振る舞ってくれることも多々。友達がいのある奴等だよ、こいつらは。

 

「そう言えばさっき虚さんが来るまでのんびりしてるとか言ってたが……飯は無いぞ?」

「朝にキロ単位で食べてきたから大丈夫」

「……お前の身体のどこにそんな量が入ってんだよ?」

「きっとお腹の中だと思う。違ったら……どこだろうね?」

「いや、腹の中以外に行ってたら怖すぎるんだが」

「肺とか?」

「入った物とその量によっては死ぬよな?」

「その前に咳き込むから大概は大丈夫……のはず?」

「断言しろよそこは……」

「大丈夫じゃない!」

「逆方向に断言してどうすんだよ!?」

「断言しろって言われたので断言してみました。方向はこちらの自由で」

「普通は良い方に向かわせないか?」

「楽観的すぎると悪いことが起きた時に簡単に折れるから悲観的な方にも持っていくのも大切なんだってさ。大天災さんは言っていました」

「マジか……」

 

 こいつらが大天災さん、と言えば、それはISの産みの親であり天才の名を欲しいままにしている篠ノ之束のことだと言うのは理解している。百秋だけでなく小鈴からも聞いたのだからまず間違いはないだろう。

 そんな大天災さんがそう言ったと言うのなら、それに含まれた意味はいくつかの可能性を持つ。

 

 1つ。それを本気で言っていて、純粋に忠告として言っている場合。

 2つ。本気ではなく、軽い冗談やからかいの言葉として使っている場合。

 大別すればおよそこんなところだろう。

 

 一つ目の場合は、純粋にそのまま受け取っておいた方がいいだろう。今も世界全土を相手取って悠々と逃げ回っている彼女からの忠告ならば、それは千金にも値する内容となるだろう。

 

 二つ目の場合は、けしてそれを信用してはいけない。恐らくただひたすらに楽しむということだけのためにそうして声をかけているのだから、信じた分だけバカを見るだろう。

 

 そして、万が一……いや、もう那由多の彼方にしかないような確率で他のなんらかの頼み事だったりしたら……できるだけそれは聞いてあげるといいだろう。相手は借りだとか貸しだとかそういうものは一切受け入れないだろうが、少なくとも物によっては相手である篠ノ之博士の機嫌を取ることくらいは可能かもしれないしな。

 

「それで、結局どのタイプな訳だ?」

 

 いったいどんな状況でそんな言葉を残したのか。俺としては非常に困ったルールだか、恐らくそれを理解できれば必用以上の心配はしなくてすむだろう。

 

 俺の内心を知ってか知らずか、仁は当たり前の事を話しているだけだと言うかのように口を開く。

 

「日課の百×十連波動拳をやっていたら、そこに突然ロケットが現れて波動拳を止められたんですよ。その時に『筋が良いね』って誉められまして。心の持ち方で成長速度がぐんと変わるそうなので色々習っていたら、気が付いた時にはなんと大天災さんに手加減してもらえれば一分以上の時間を拳のぶつけ合いをできるようになり、その時に教えてもらったのかこの精神のあり方でしたとさ」

「いったいあの人は人の子供に何を教えて……いやいやそれより波動拳ってなにさ」

「……あれ? お父さんが『波動拳とかどこで覚えてきたんだよ?』って言ってたからこの技って波動拳だとばかり……」

「それも俺かよ……いやまあ理由はわかるけど」

 

 手からなんか出して遠距離攻撃とか、波動拳かかめはめ波の二択だろう。それが単発のボールみたいなものだったら波動拳確定。ビーム系統の奴ならかめはめ波確定。俺が波動拳だと言ったんだったら、まず間違いなく波動拳的なものを出したりできるんだろう。

 

 ……俺の子供が人外だった件について。

 

 まあ、それでも可愛いと思えるあたりちょっとおかしくなってるかもしれないな。百秋に毒されたか?←父性愛の目覚め

 

 

 

 

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 side 五反田 弾(原作)

 

 学校の授業が全て終わり、そろそろ帰るかと言う空気が広まった頃になって、虚さんが俺の通う学校にやって来た。仁を迎えに来ただけだろうと言うのはわかるんだが……いや、自分達の未来の子供の存在を知ってからだと何と言うかこう……照れる。

 その気持ちはどうやら虚さんの方も同じであるようで、俺と視線が合う度に逸らしてはまたちらちらと俺の事を見ると言う行動を繰り返している。

 

「「あの……」」

 

 話し掛けようとしたら、虚さんとちょうど被ってしまった。それが恥ずかしくて俯いてしまうが、虚さんの事は気になる。ちらりと視線を向けてみると、虚さんも同じように俺に視線を向けていて……。

 

「ウギギギギ……」

「おのれ……あんな彼女さんが居るとか俺でも知らなかったぞ……おのれ五反田……!」

「くやしいのうくやしいのう」

「シャッターチャンスだね。持って帰ってアルバムかな」

 

 ……目を逸らした先ではそんなことを言う奴がたくさん居た。つーか一人は俺の息子だ。

 

「おいこらてめえら何言ってやがる」

「五反田に彼女さんができたのが羨ま妬ましいから末代まで祝ってやろうと祝詞を唱えてるだけだが?」

「あんな祝詞があるかよ!?」

「モテない男達、孤児(みなしご)共の慟哭、嫉妬マスク流の祝福だ。初々しい砂糖吐かせ機はそれを受けて微妙な気分になれ。あと俺にも誰か女の子を紹介してくださいお願いします何でもしますから」

「ん? 今『何でもする』って言った? 『何でもする』って言ったよな?」

「帰れホモ!」

「ん? 今『何でもする』って言った? 『何でもする』って言ったよね?」

「茶々入れんな腐った女子共!」

「おめでとうお父さん、お母さん。いくら包めば良い? こう言うのは確か奇数の方がいいんだよね?」

「自分の子供にそれ言われるのってよくわからないが心に来るわぁ……」

 

 いやまあ確かにそんな感じの事を教わったが、そんな当たり前の知識みたいに使われると困るんだよな。俺だってしっかり思い出そうとしなけりゃ思い出せないような内容だし。

 ふと顔を上げると、虚さんと視線が絡み合い……同時に苦笑を浮かべてしまう。

 こんなんだがいい奴等なんだ。と言う俺からの無言の視線に、わかりますよ、楽しそうですから。と虚さんは同じように無言の視線で返してくる。

 

「おい五反田、目で会話してねえで彼女さん紹介しろや。そこの美人さんはどちらさまなんですかねぇ?」

 

 ニヤニヤと笑いながら俺に質問してくるクラスメイトの一人に言われて、そう言えば虚さんの紹介を全くしてないことに気が付いた。

 

「えっと……こちら、布仏虚さん。夏休みの少し後に知り合ったんだ」

「ご紹介に預かりました、布仏虚です」

 

 俺の言葉を引き継いで、虚さんはペコリと頭を下げた。

 ……何と言うか、妙な気分になってくるな、これ。

 

「……会社の同僚に家内を紹介するサラリーマン?」

「「「そ れ だ っ !」」」

「「なぁっ!?」」

 

 仁の言葉に納得の言葉を上げるクラスメイト達と、思ってもいなかったことを言われたせいでかなりのショックを受けた俺と虚さん。いったい仁が何を考えてそんなことを言ったのかはわからないが、つい妙な妄想が脳裏を過ってしまう。

 

『ただいま』

 

 俺がそう言って玄関のドアを開けると、ぱたぱたと軽く走る音と共に妻が玄関まで俺を出迎えに来てくれる。

 

『おかえりなさい、あなた』

 

 今よりもずっと大人っぽくなっている虚さんが、笑顔を浮かべている。そんな虚さんの後ろから、仁が俺の顔を見上げていた。

 

『お帰りなさい、お父さん』

『ああ、ただいま』

 

 仁の頭を撫でてから自分の部屋に向かい、スーツを脱いでもっとラフな格好に着替えてリビングに向かう。そこには虚さんが作ってくれた美味しそうな料理が湯気をたてながら並んでいて、俺の期待を高めてくれた。

 

『今日はお父さんと仁の大好きな唐揚げですよ』

『お、ありがとうな』

『わーい!』

『ふふふっ……たくさんありますから、落ち着いて食べましょうね?』

 

 そして俺達は食卓について、食事を始める。

 

『『『いただきます』』』

 

 

 

 

 ……よし待とうか。なんで突然俺はこんな妙な妄想を爆発させてんだよ? 俺は鈴じゃねえぞ。

 まあ、確かにこうなってくれたら嬉しいとは思うが……その前に、多分俺が五反田食堂を継いでやってくことになるから会社に行ったりすることはまずないっての。

 蘭は……一夏に持ってかれてるんだったな。ケッ。

 

 ふと、気になって虚さんを見てみると……頬を朱色に染めて俺の事を見つめていた。視線が合ってしまった瞬間に、さっきの妄想の笑顔が勝手に脳裏に再生され、気恥ずかしくなって視線をそらしてしまう。

 

「……お父さんもお母さんも初々しいなぁ……シャオ達でももっと進んでるよ? なにがとは言わないけど」

「あいつらの何が進んでるの!?」

「好きな相手に好きだと伝える能力かな。こっちの時間だと好きな相手に刀を振るったり銃撃したりビーム撃ったり砲撃したりミサイル撃ったりって言う洒落にならない暴力が割とよく振るわれてるって言う話ですし」

「誰の話だよそりゃ!?」

「一夏さん。IS学園ではよくそう言うことがあったんですって。何度かわざと当たって腕の一本二本失ってみるのも悪くないかもなーどうせ腕が残ってればナノマシンとかで継げるみたいだし……って思ってた、みたいな話をしてました。それを聞いていた箒さんや鈴さん達が壁際でそれこそミジンコかな? ってくらい小さくなっていた姿は見物でした。その時に一夏さんに作ってもらったものは煮物でした。美味しかったです」

「見物と煮物をかけてて『どっちも忘れられない』って言う意味では上手いのかもしれないけど、この場に今笑いは求められて無いからな?」

「幸せとは笑うこと、と言う話を聞きました。そう言った大天災博士は笑いながら千冬さんにフルボッコにされて何度も何度も空中コンボを決められていました。最後に上がった花火はとても綺麗な紅色に染まっていました」

「それむしろ『汚ねえ花火だ』じゃねえのか!?」

「綺麗でしたよ?」

 

 何と言うか俺の息子は何を考えているのかわからない。これが天才と凡人の思考力の差と言うやつなのかね?

 

 

 

 

 

 


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