IS~ほんとはただ寝たいだけ~ 外伝・超外伝 作:真暇 日間
side 織斑一夏
……久しぶりの感覚に目を開くと、そこには俺と同じ顔……と言うか、原作一夏の顔があった。
そこまでならもう慣れたからいいんだが……なんと、今回はこの世界に来たのは俺だけではないようだ。
布団の中に手を入れて、俺の腰に巻き付いている小さくて短い腕の持ち主を探し出す。するとそこには、見慣れているが見慣れない子供の顔があった。
……明らかに小さいし、このくらいの年齢の時には会ったことも無かったが……鈴……だよな?
……そう言えば、昨日は鈴を抱き締めて寝たんだったか。で、偶然それが今回の異界移動で一緒に来ることに繋がった……と。
とりあえず鈴を抱えて空間転移。場所は深海12000mに出した潜水艦の武装錬金『ディープ・ブレッシング』の中。作りたてであり、完全に独立した内部環境を持っているこの中は内緒話をするのには最適な場所と言えるだろう。
「……鈴。割と緊急事態だ。起きてくれ」
「……んぅ……」
俺が呼び掛けると、鈴はゆっくりと瞼を開いた。
「……おはよ、一夏。キスしていい?」
「別にいいが割と重要な話があるから30秒以内な」
「いただきまーす」
29.99999899982秒経過
「……ふぅ、ごちそうさまでした。……それで、大事な話って何? 婚姻届に判子捺してほしいとかだったら今すぐにでもやるけど?」
「ちー姉さんに殺されても知らんぞ。とりあえず、自分の身体を見てみてくれ」
「…………な、……なな…………なんじゃこりゃぁぁぁぁ!?」
鈴の叫びが潜水艦の中にわーんと響く。まあ、普通に考えて『寝て起きたらかなり若返っていた』なんて事になったら驚くわな。
とりあえず、『愛の力』で解決しないか?
「……あ、解決した。ありがとう一夏。愛してる」
「どういたしまして。俺も好きだよ」
それから理由はわからないにしろとりあえずの現状説明。
寝てた。
↓
なんか異世界移動。
↓
以前もあったから俺は慣れてる。
↓
鈴の存在に気付いてびっくり。
↓
とりあえず説明するために人気のないところに移動した。
↓
説明中。←今ここ
↓
すぐ帰るかちょっと遊んで行くかを選んでもらう。
「把握したわ」
「説明が楽で助かるよ」
で、どうする?
「面白そうだからしばらく遊んで行くことにするわ。一夏の知ってるこの場所の事を教えてくれる?」
「おう。とりあえず簡単に箇条書きで説明するぞ。
・この世界は『俺が俺でなかった場合の世界』である。そのためこの世界には俺達の世界とはかなり変わっている俺達自身が存在している。
・俺は前に何度かこの世界に来ては色々とこっちの世界の俺達をからかったりしてきたから、向こうはこちらの存在を知っている。
・俺は設定上『こっちの世界の織斑一夏とこっちの世界のちー姉さんが愛し合った結果として生まれた子供』だと言うことにしてある。
・こちらの世界の俺もこちらの世界の皆から好かれてはいるが非常に鈍感で、恋愛的な意味で好かれているとは考えていない。あと、やけに皆から暴力を振るわれている。嫉妬が主な原因らしい。
・設定上の未来ではこちらの世界の織斑一夏は重婚をかました挙げ句に一番初めに自分の姉を孕ませたと言うことになっているが、本人は俺が実の子供だと思って入るが母親の事は知らない。
・未来から来た原因は『大天災さん』ことこちらの世界の束姉さんのせいと言うことになっている。
・こちらの世界では誰も愛情機関を持ってないから愛情ブーストはできなくなっている。
・前に一対一でこっちの世界の一夏、ののちゃん、セシリー、シャル、鈴、ラルちゃんを6タテしたことがある。未来では俺はおとーさんと呼んでいる彼等に勝ったことは無い設定。
・こっちの世界のちー姉さんは俺と一線を越えてないし、ブラコンではあるものの親愛の割合が非常に多かった。ちょっと揺さぶりかけたから今は知らない。
・この世界で遊ぶなら、鈴はこっちの世界の鈴の娘と言う設定で行こうと思っている。髪型変えておくといいかも?
・名前は鈴が決めておいて。ただし名字は『凰』で、未来では『事実婚状態の愛人』って風にしとくと面白いかも?
・この世界の人達だって生きています。できれば殺さないようにしましょう。
・お金については持ち込んだ物は使わないようにしましょう。俺が前にここで稼いだのがちょっとあるからそれを支給します。増やしすぎない程度に増やしてくれるとありがたい。
・この世界に俺達の戸籍はありません。誘拐されたら自力でなんとかしましょう。
・ISはちゃんと操縦者やISの識別名を偽造しましょう。バレます。
・この世界でも束姉さんだけはぶっ飛んでます。俺の正体を知っていますので、相手よりもぶっとんだ存在だと知らせてあげると親を見つけた迷子の子供のように喜びます。
・からかう内容は選びましょう。あまりやり過ぎると怒られます。怒られそうになったらこっちの世界の弾や一夏に罪を擦り付けましょう。腐女子ネタならシャルに押し付ければOKです。
・技術的なことを聞かれたら『大天災さんは言いました。「我ぁぁぁが研究室の科学力は世界一ィィィ!できぬことはないィィィ!」』とかそんな風に返せば納得してもらえます。
……大体こんな感じ?」
「大体わかったわ。ずいぶん面白おかしく遊んでたみたいね?」
「ちなみにこっちで何日過ごしても元の世界では一晩程度だから安心して大丈夫」
「そう。わかったわ」
聞きたいことは聞けたのか、鈴は静かに何かを考え始めた。
「……それじゃあ、私は『
「OK。ちなみに俺は百秋な」
「把握」
よし、大体の話し合いは終わったし───
ぐぅ~
「……」
「……お腹空いた」
「……じゃあ、飯でも食べに行くか?」
「うん。どこに行く?」
手を繋いで、俺は鈴を運ぶためにヘルメスドライブを取り出して、転移先とその周囲を確認してから転移を開始する。
「五反田食堂でどうだ?」
「あ、それ面白そう♪」
俺と鈴はとりあえず、食事のために地上に転移した。美味い食事にありつけるといいな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 五反田 弾(原作)
今日は俺が店を手伝う日だ。正直言って面倒だと思うし、他にもやりたいことがあるんだが、それでもこれは家族で決めたことだから仕方がない。
それに、面倒ではあるけどもう慣れたしな。
そんなわけで、俺はいつもの通りに接客やら片付けやらをしている。一夏がバイトしてた時ならもっと忙しかったんだが、今じゃあそんなこともなくなったから楽でいい。
客のいなくなったテーブルを片付けて、食器を下げて洗う。洗い物はいつもなら分業なんだが、今みたいに客のいない時には全部まとめて俺がやるようにしている。
……と、暫く洗い物を続け、全ての食器を拭き終わった所に新しく客が来た。すぐに手を拭いて出迎える。
「いらっしゃいま……」
「あ」
「あ」
「「弾おじちゃんだ」」
「誰がおじちゃんだゴルァ!」
久し振りに見た顔からのいきなりのご挨拶につい声が大きくなる。
「だって前に自称で『弾おじちゃんって呼んでいい』って言われたし……ねぇ?」
「ねぇ?」
「未来の話だろ!? 俺まだ10代なんだが!? おじちゃんよばわりされるような歳じゃねえよ!?」
「大丈夫だよ弾おじちゃん。弾おじちゃんは未来では綺麗なお嫁さんを貰って五反田食堂を立派に盛り立ててるからさ」
「何がどう大丈夫だと!?」
ってかなんでこいつが……百秋がこんなところに居るんだよ!? こいつ夢の中にしか居られないんじゃなかったか!?
「それより注文していいかな? 業火野菜炒め定食一つと……」
「酢豚定食!」
「……はぁ……ご注文の確認をいたします。業火野菜炒め定食が一つに酢豚定食が一つですね? それでは、あちらの席でお待ちになってください」
「「はーい!」」
百秋と、百秋と一緒にいた鈴似の子供は素直に俺の示した机に向かって歩いていく。最近の子供にしては……ああ、そう言えば最近の子供じゃなくて未来の子供だったか……。まあ、とにかく素直でいい子達だ。
ただ、絶対に蘭には見せられないよなこの二人。もし蘭がこの二人を見たら、絶対にある程度の確認をとばして本題まで突き進むだろうから。
具体的には、一瞬にしてあの女の子が誰との子なのかを察知して滅茶苦茶に騒ぎ立てそうだ。それで被害は俺に来る……と。
理不尽だよなぁ……なんで一夏じゃなくて俺に来るんだ?
「女心を上手く転がして自分以外の誰かに向けさせるのが下手だからじゃないかな?」
「そうか……それが理由か……」
どうにもならなさそうな理由に溜め息をつく。そう言うのは、俺みたいな彼女いない歴イコール年齢の奴にはどうしようもない。せめて彼女居ればなぁ……。
……久し振りに虚さんに電話するか。虚さんは結構忙しい人らしいからあまり電話はしないようにしてたんだけど、なんだか声が聞きたくなってきた。
「じいちゃん、業火野菜炒め定食と酢豚定食一つずつ。暫く相手は俺がするから、蘭は休んでてもらいたいんだけど……」
「……何があった?」
じいちゃんは俺の言葉を聞いて訝しげな表情を浮かべる。それでも料理を作る手には一切の迷いが見られないって言うのは凄いよな。これについては尊敬する。
「あ~……信じてもらえるかはわからねえけど事実だと判断してることを説明すると、未来から時間を飛び越えてやってきたらしい一夏の子供達がうちに来て食事頼んでるんだよ。で、その子供達の相手ってのが少なくとも片方は蘭じゃないらしくてな? ショック受けるだろうから何もなかったことにしたいんだよ。ちゃんとした話も聞いてみたいしさ」
「……わかった。蘭には黙っておく。ちゃんと相手しろよ」
勿論、と返してからコップに氷と水を入れ、少し待ってから持っていく。話しはしていないようだし、なにか緊迫感が漂っているわけでもないから持っていくタイミングとしては最適だろう。
「お冷やです」
「ありがと、弾おじちゃん♪」
「おじちゃんやめろ」
クスクスと笑いながら女の子の方が礼を言ってきたが、おじちゃんよばわりされた時点でもうアウトだ。
……いや、未来でそう呼べといっているからそう呼んでいるだけで、俺から『お兄さんと呼べ』とか言っておけばちゃんとそういう風に呼んでくれるんじゃないか? どう呼べばいいかわからないからそう呼び続けてるだけかもしれないし。
「あー、できればおじちゃんと呼ぶのは未来の俺だけにして、今の俺は『お兄ちゃん』にしてくれないか? えっと……」
「小鈴よ。凰 小鈴。宜しく、弾お……兄さん」
「……セーフとしよう。次は怒るぞ」
「はーい」
小鈴はクスクスと笑いながら返事をするが……本当に鈴に似ている。ここまで小さい頃の鈴には会ったことがないが、それでも瓜二つなんだろうなと思える。
……だとすると、やっばり小鈴の両親は一夏と鈴なんだろうな。この顔でそれ以外はちょっと考えられない。
……と、そこで出来上がりの匂いがしたので振り向くと、ちょうどじいちゃんが皿に酢豚と野菜炒めを盛り付けているところだった。
俺はすぐに厨房に戻って乾いた茶碗にご飯をよそい、味噌汁を器に注いでお盆に載せる。それを二つ用意して、それぞれにできたての野菜炒めと酢豚の皿を載せてから小さな二人の客に運ぶ。
「お待ちどうさま」
「待ってないよ、弾お兄さん」
二人にそれぞれ頼んだ物を渡し、そしてついでにじっくりと観察する。
「……観察するなら座ったら? 質問くらいなら答えるよ?」
カタン!と膝の後ろを突かれて腰を落とすと、そこには椅子がおいてあった。……何があったのかはよくわからないが、多分この二人のどちらかがやったことなんだろう。
「……それじゃ、お言葉に甘えて……小鈴ちゃんと百秋のお母さんって、やっぱり鈴なのか?」
その質問に、百秋はキョトンとした表情を浮かべた。その代わりに小鈴が俺の質問に答える。
「半分正解。いかにも、私の母は凰鈴音よ。そして父は織斑一夏で相違無いわ」
「……半分?」
「ええ。半分だけ正解よ?」
……なんだか嫌な予感がして仕方ないんだが。
「シャオのお母さんは鈴かーさんだけど、俺のおかーさんは織斑千冬だからね」
「 」
……これ、俺が知ったことが千冬さんにバレたら俺が殺されるんじゃねえか?
「ちなみにパパは知らないけど、他の皆は知ってるからネタにしない限りは大丈夫だと思う」
「……あー、ありがとよ」
……頭が痛くなってきたぜ……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 五反田 弾(原作)
一夏の子供達がうちに来ておよそ30分。なんと言うかかんと言うか、色々と凄まじいことがあったような気がする。しかし気にしたら敗けだと思ったので気にしないようにしつつ、百秋と小鈴の写真を撮ってそれをメールで一夏に送った。
内容は、『今うちにこいつらが来て飯食ってるんだけど』と言う一文のみ。
今日は休みだから早めに返信が来ると思うが、来たら来たで結局迷うことになりそうだ。
……と、そうしているうちに返信だ。何が書いてあるかな……と。
『すぐ行く』
……OKOK、すぐに引き取り先が来てくれるようだ。外出届やら何やらは多分話を聞いた千冬さんが何とかしてくれるだろうし、普通ならどれだけ時間がかかっても二時間程度で来れるはずだ。
「弾お兄さん、パパはどのくらいで来るって?」
「……お前は本当に恐ろしいな、百秋……。二時間はかからないと思うぞ」
「パパに会えるの?」
「ちょっと待っててくれればな」
俺の答えに小鈴がぱあっと明るい笑みを浮かべる。百秋は子供とは思えないほど聡いんだが、小鈴はどうやらもう少し子供っぽいらしい。
……いや、百秋は百秋で子供っぽくはあるんだが、それでもどこか子供らしくないところがあるから対応に迷う。
完全に子供扱いもできないし、未来のことを考えると手荒く扱うわけにもいかない。本当に面倒な相手だと言える。
「……あ、お金は払っておくね。はい」
「……いや、いいよ」
「駄目だよ受け取らなきゃ。ここは料理を売るお店で、俺達は売り物を食べたんだから対価は必要でしょ? 泥棒になるのはイヤだしね」
「教育がしっかりしてんなぁ……それじゃあ受け取っておく」
渡されたのは、きっちりと計算された金額。釣りは無く、本来ならレシートか領収書を返せばそれで終わりになる状態だ。
この歳で簡単なものとはいえ計算もできるのか……俺がこのくらいの頃は、指を使って0から20までが解答となる足し算か引き算がギリギリできたかどうか……って位だったよな?
……どんだけ英才教育してんだあの二人……いや、多分やってるのは一夏の方だろうな。千冬さんはどちらかと言うと放任主義だし、あの人は他人に物を教えるのが得意とはけして言えないような人だし。
「……そう言えば、前に会ったのは夢の中だったが……今回はどうやって来たんだ?」
「空間跳躍型タイムマシンかな?」
「天災ウサギ博士にお願いしたら作ってくれたんだ!」
「天災ウサギ博士……誰だ?」
「すべてのISの生みの親?」
「OK理解。また無茶苦茶な相手にコネ持ってんな未来のあいつ」
「大天災さんとの間に子供もいるよ? 今度連れてこようか?」
「おいおいおいおいおいおいおい、いったい何人と付き合ってるんだよあいつは……」
「おかーさんが正妻で、シャルママとララママ、セシリーママがお妾さん。鈴かーさんとお母さん、かんちゃんたっちゃんが事実婚状態の愛人さんで、大天災さんと蘭ママ、山田せんせーが事実婚ではない愛人さんで……他に居たっけ?」
衝撃的すぎる言葉に思考が止まるが、目の前の子供達は無邪気に言葉を続ける。
「確か……円さんは?」
「自称ペットじゃなかった? おかーさんの」
「悪い、こっちから聞いといてあれなんだがもうやめてくれ。頭がかち割れそうに痛くなってきた」
10人以上……それにちょっとばかり聞き捨てならないことが山のように溢れてきた。これはちょっと話を聞かせてもらう必要がありそうだ。
……とりあえず、この話は絶対に蘭には聞かせられない。蘭が帰ってくる前に一夏に引き取りに来てもらわねえと、間違いなく蘭が酷くショックを受けるだろう。
じいちゃんに頼んで蘭が来ないようにはしてもらってるが……絶対に来ない訳じゃないからな。蘭も百秋の方には会ってるみたいだし、百秋が居ると知ったら会いに来てもおかしくない。
……会わせるわけにはいかねえけどな。蘭が知ったら自殺しかねない。
一夏の野郎……いつかやるんじゃねえかとは思ってたが、まさか本当に重婚かました挙げ句に妾と愛人だぁ? ぶっ殺してやろうか!
……いや、やらないけどな。確かに殺りたいことは殺りたいんだが、殺ったら蘭が悲しむ。だから殺らない。正直殺りたいけど。
「弾!百秋は!?」
突然入り口が開き、一夏が店に入ってきた。あれから一時間程度しか過ぎてないのによく来れたな……。
……まさか、IS使ったのか? あれなら地形や渋滞を無視して高速でここまで来れるだろうが、いくらなんでも……。
「……こっちで飯食ってるよ。つか速かったな?」
「白式に乗ってきたからな!」
IS使ってやがった。馬鹿じゃねえのかこいつ? 常識的に考えて犯罪だろ?
「千冬姉が許可をもぎ取ってくれたから合法だ!何も問題はない!」
「いやいや問題ばっかだろそれ!?」
直後、頭に凄まじい音が響く。どうやらじいちゃんがお玉をぶん投げてきたらしい。超絶痛い。
一夏も同じように踞っていて頭を抱えている。まあ、痛いよな、これ。
「……パパ、大丈夫?」
「あ……ああ、大丈夫だ……と思う」
「弾お兄さんも大丈夫かしら」
「まあな……いや、まだちょっと痛いが動けないほどじゃない」
あー……痛い。くらくらするぜ。やっぱじいちゃんは人間じゃねえ。
「……とりあえず、百秋は連れていくけど……そっちの子は誰だ?」
「凰小鈴。百秋と一緒に未来から来た鈴の娘……だとさ」
一夏は完全に固まった。そしてゆっくりと小鈴に視線を向けて、それから百秋に視線を向ける。
その視線を受けて、百秋は頷くことで真実だと答えた。
「……マジか。そっか……鈴も結婚してるのか……」
「してないよ。鈴かーさんは愛人さんやってるの」
「……はぁ!?」
いや、まあ、驚くよな。普通は驚くよな、うん。
だが一夏、貴様にこの件で驚く資格はねえ。相手はお前だハーレム野郎。ちょっとお前死んでこい。ハーレムメンバーに背後から横向きになった包丁を肝臓に突き刺されたり肋骨の隙間から心臓に突き刺されたりして死んでくれ。
「弾お兄さんだって幸せな家庭を築いてるんだからさ。羨むことはないと思うよ? うちはうち、よそはよそ。うちはうちでパパがおかーさん達に一刀両断されそうになったり、首を刈ねられそうになったり、ナイフで針ネズミにされそうになったり、ショットガンとマシンガンで蜂の巣にされそうになったり、それはそれは色々な問題があるんだよ?」
「ハーレム怖いな」
「弾おじちゃんはあの人に可愛く嫉妬されてほっぺたつままれたりつやつやとカサカサの対比が凄いことになったりしてたから人のこと言えないんじゃないかな」
俺はその場でぶっ倒れた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑 一夏(原作)
弾から百秋と、それから鈴の娘である小鈴を受け取って帰路につく。金は気にしなくていいと言われたが、払おうとしたらもう百秋が払っていたそうだ。後で百秋に小遣いと称して渡しておこうと思う。
「……それで、小鈴のお父さんってどんな奴なんだ?」
「えーと……実の姉を正妻にしてさらにたくさん側室とお妾さんと愛人を作ってるのに全員にそれでもいいと言わせるくらいに魅力的で格好いい人だよ?」
……あれ、そいつ最低じゃね? ……いや、全員が納得してるならそれもあり……なのか?
「幸せそうにしてるからいいんじゃない?」
「そう言うもんか。……ってちょっと待った、今俺の考えを読まなかったか?」
「だって全部顔に出てるんだもの。やっぱり分かりやすいね」
どうやら本気で分かりやすいらしい。隠そうとはしてなかったけど見せようとも思ってないんだが……なんでみんなこんな簡単にわかるんだ?
「年齢や体重、3サイズ、自分以外の女性の事を考えている事って言うのは察知されやすい思考だからね。パパも気を付けた方がいいよ?」
「……善処する」
「パパが善処すると悪い方悪い方に進んで行きやすいそうだから善処しない方がいいんじゃないかな?」
「ひでえな!?」
「自分で言ったことじゃない」
未来の俺ェ……。
……はぁ。まあいいや。
「それで、小鈴の父親って誰なんだ? 弾か? 数馬か?」
「それ絶対に言っちゃダメだからね? 絶対ダメだよ?」
「なんでだ?」
「パパが死んだら私産まれてこなくなっちゃうから」
「俺殺されんの!? 理不尽じゃねえか!?」
「やだなあパパ。この世界が理不尽じゃなかったことなんて今だかつて一度だって無かったでしょ?」
納得してしまった自分が悲しい。泣けるぜ。
「まあまあ、小鈴のパパのことだったら俺が後で教えてあげるからさ。今はそれよりもIS学園に行くのを最優先にしよ?」
「……そうだな」
俺は百秋の頭を撫でる。癖の無い柔らかな髪が、指をすり抜けていく感覚が心地いい。
一緒に小鈴の頭も撫でてみるが、こちらは百秋に比べるとちょっとだけ固いような気もする。
同じ長さで考えると柔らかさはそう変わらないと思うんだが、長い髪は柔らかいことが多いから無意識に百秋の髪よりずっと柔らかいことを期待してしまっていたのが原因だろうな。
とは言えそれでも柔らかくて触り心地のいい髪には違いない。二人の頭を撫でながら、俺は駅に向かっていった。
IS学園からここまで来るのには白式を使ったが、百秋と小鈴を連れて白式を使うわけにはいかない。流石にそれはまずいことくらい理解できる。
だからこうして電車に乗ろうとしている訳なんだが……
「……Zzz……」
「……すかー……」
どうしてこうなった。
……いや、理由はわかる。弾のところで飯食って腹一杯になったら、そりゃ眠くなるよな。子供だし。
そこに電車の揺れと座れたっていう偶然が合わされば、こうなるのは当然っちゃ当然。むしろどうして思い至らなかったのかが不思議になってくるレベルだ。
まあとりあえず、俺は二人を運んでおく。IS学園に通うようになってからと言うもの、何かある度に鍛えてきたからな。この二人を背負ったまま動き回るくらい簡単にできるようになってしまった。
ちょっと前までだったら絶対無理だったと思うんだが……今じゃこのくらい余裕でできる。普通の高校に通っていたら多分こうして運ぶのにひいこら言ってただろうな。
そのままIS学園の俺の部屋にまで運び込み、二人並べてベッドに転がしておく。幸運なことに俺は二人部屋を一人で使わせてもらっているので、いつでもベッドがひとつ空いている。そのベッドに転がしておけば大丈夫だろう。
……千冬姉に帰ってきたことと、それと百秋だけじゃなくてもう一人居ることを伝えに行くか。鈴の子供らしいから、鈴も一緒に聞いておいた方がいいかも。
side 織斑 百秋(一夏)
周囲に盗聴器が仕掛けられている事を確認。ついでに監視カメラなどもあり。前回壊しまくったんだが、また増えている。一夏はこの世界では嘗められてるのかね?
隣で半分眠っている鈴と声を出さずに会話をする。お互いに相手の事を愛しているのなら、相手の名前を呼ぶどころか目を合わせたり、ただそこにいるだけで相手の考えがわかるものだ。基本的に俺の世界の俺の周りに居る奴は男も女も全員それくらいはできるしな。
……あれ、ハーレムか? 男女問わずのハーレムか? 俺自身にはそんなつもりは無かったんだが……実際目にするとそれ以外は考えられない状況だよなぁ……今更だけど。
で、俺はしばらくここで寝てるつもりだけど、鈴はどうする? IS学園まで来ることができれば大体安全だと思っていいから、好きに動いてくれて構わないぞ? 食券もあるし。
───んー、それじゃあ小さい一夏を暫く堪能したら適当に行動させてもらうわ。食券は……さっき食べたばっかりだし、いい。
そうかい。なら、俺は一足先に寝てるよ。外出するなら気を付けて、あと、名前を呼ばれた時に間違えないようにな。
───気を付けるわ。ありがとね。
そう言ってすぐに鈴は俺を後ろから抱き締めた。すんすんと鼻を鳴らしているところから、多分だが匂いを嗅いでいるんだろう。
俺の匂いなんていいもんじゃないと思うんだが……ちー姉さんと言い鈴と言い束姉さんと言いののちゃんと言いセシリーと言い弾と言い蘭ちゃんと言い数馬と言いシャルと言いラルちゃんと言いかんちゃんと言い、どうして俺の匂いなんて嗅ぎたがるんだろうな? 理解できん。
……別に悪い訳じゃないんだがな。面倒ではあるわけだ。だんだんエスカレートして匂いだけじゃなく味までみようとしてくるし、そうなると首筋か涼しくなりすぎて仕方がない。舐めるのは本当に場所を選んでほしい。どことは言わないが。
……できれば夜遅くに布団に潜り込んできて服剥いて全身舐め回してからタオルで拭いて証拠隠滅してから何食わぬ顔で添い寝するとか、そういうのも含めてやめてほしい。気付いてるからな?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 凰 小鈴(鈴)
私達の世界。こちらの世界。何が違い、ここまでの差となった原因が何なのかを考えてみる。
一夏はこの世界の殆どが私達の世界と変わらないと言っていた。何が違うかと言えば、それはもう色々違うところがあるけれど……多分、一番の原因は一夏なんだろうと予想できた。
私の直感がそう言っているし、その他にもこの世界と私の世界の差は大体が一夏を中心とした事件その他によって形作られている。
もしも一夏があそこまで強くなく、眠たがりでなく、物理事象を飛び越えることができなければ……と言う仮定で考えれば、きっとこちらの世界のような事になるんだろう。つまり『一夏が別人であれば』と言う仮定ね。
……だからって、ここまで変わらなくてもいいでしょうと思わなくもないけれど、国が変われば法律や常識が変わるように、世界が変われば人の一人二人くらい変わったところでおかしくはない。普通とは言わないまでも、無限の可能性と確率に別れた世界があるなら、こんな世界がちょっとくらいあってもおかしくはないと思う。
だって、一夏の言うことが全部本当なら、いくらなんでもこの世界の一夏ってあまりにも鈍すぎるでしょう? そこまで鈍い一夏がそんなにたくさん居るなんて、考えられないでしょう?
……なんて考えている間に、女子寮で私が使っていた部屋まで辿り着いた。多分ここにこの世界の私が居ると思うんだけど……とりあえずノックをしてみる。
「開いてるわよー」
中から聞こえてきたのは、まごうことなく私の声。どうやら私の直感はしっかりと仕事をしていてくれたようだ。
扉を開いて中に入ると、私の事を見てぽかんとポテチをベッドに落としてしまったこちらの世界の私がいた。
……いや、呼び方はちゃんと改めないと。
驚愕の表情を向ける彼女に笑顔を向けて、走り寄って抱きついた。
「お母さん!」
「……はぁぁぁぁぁぁ!?」
『お母さん』はひたすらに驚いているようだったけれど、その反応を予想していた私はそれを完全にスルーしてその胸に飛び込んで───
……あれ、私……よね? なんと言うか……ちっちゃいような気がするんだけど……? 具体的に言うと、胸が。
「……今なんか変なこと考えてなかった?」
「?」
『私』の問いに不思議そうな顔で返すと、『私』は納得できないと言う顔をしながら私にジト目を向けるのをやめた。
……私は『そんなこと考えてない』とか、そんな風なことなんて一言も言ってないのにね。
「……って、誰がお母さんよ!? と言うかあんた誰よ!?」
「私はお母さんの娘の小鈴!面白そうだったから百秋と一緒に来たの!」
「はぁ!?」
『お母さん』は目を白黒させて私を見つめた。そして、多分だが『お父さん』がついさっきまでこの学校にいなかった事を思い出したようで、私の話を聞く体勢に入ってくれた。
「百秋が前から色々話してくれててね? 私もお母さんやお父さん達の若い頃を見てみたかったの!だから来たの!」
「そうなの……ところで、他の……あー、お母さん達の子供は来てないの?」
……なんとなく、どういう答えを求めているのかはわかるつもりだけれど、わざわざちゃんと答えてあげる気はない。その方が色々面白くなりそうだしね。
「今回は私がジャンケンで勝ったから私が来たの!だから、次は私以外の誰かが来ると思う」
「そう……そうなの……お父さんって、一夏……よね?」
ここでもしも『違う』って言ったら凄いことになりそうだと思いつつ、一夏が先に色々言っちゃってるからそれができないことを理解して私は設定上正直に答える。
「うん!私のお父さんは織斑一夏だよ?」
「っしゃキタ───ッ!!」
『お母さん』はガッツポーズを取った。どうやら相当に嬉しいらしい。
設定上では、初めの頃に自分達の立場を決めようとしたがこちらの世界の箒と私は恥ずかしさと無駄な意地の張りすぎでつい妻未満愛人以上の場所に座ってしまった……と言うことになっている。
ちなみに簪は『一番じゃなくていいから、一夏の側に居たい』と言う想いから同じ場所に。あの駄猫会長は重要な時にヘタレたからその位置にしか座ることができなかった……と言うことになっている。
……駄猫会長の理由がまたアレよねwwwヘタレたからってもう本当にwww
そして実際に本人も普通に重要なところでヘタレるタイプだから否定できないってあたり一夏の設定はよく作られてるわよねwww
「それと、今日一日のんびり学校見学しておいでって。今も昔もそんなに変わってないから……って言ってた」
「いや、それは無理だと思うわよ? 百秋の存在もできる限り内緒にされてたんだから、あんたも───」
「小鈴」
「───小鈴も、同じように秘密にされると思うわ」
一理……と言うか、二理も三理もある。二理三理なんて言葉はないけど、とにかく十分に理解することができる内容だった。
こうやって自分のやっていることなどを理解してちゃんと考えることができるなら、『お父さん』を捕まえるのも簡単だったろうに。
一夏が言うには、『お母さん』は『お父さん』に好きとしっかり伝えてはいないらしい。思わせ振りな態度はとるけれど、本人の目の前でしっかりと本人に向けて口に出すようなことはしないらしい。
それなのに相手が気付いてくれないと言って『お父さん』がスルーする度にぶん殴ったり理不尽なことをしたしているそうだ。それじゃあ通じないのも仕方無いね。
……まあ、本人が言わない限りこちらから教えたりはしないつもりだし、別に構わないんだけどね。私はちゃんと一夏に自分の想いを伝えているし、一夏も私のことを受け入れてくれた。卒業後には私は一夏の第四婦人って言う立場になるらしいわよ?
ちなみに、祖国である中国は私達に干渉することはできなくなっている。理由は色々あるけれど、一番は私達だけでいくつかの国と大惨事世界大戦をやって一日未満で勝ってしまったから。その時に、色々と条約を作って呑んでもらっていたりするのよね。
なお、その要求の内容を決めたのは束さん。限界ギリギリだったはずの場所から無理矢理に一歩も二歩も踏み込んで要求を飲ませたその手腕は実に素晴らしいものだったと言っておく。
……真似したいとは思わないけど。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 凰 鈴音(原作)
未来から私と一夏の子供が来た。あまりにも不意打ちで驚きはしたものの、とても嬉しかった。ここまではいい。
しかし、娘───小鈴の口から聞いた未来の私の現状に、正直に言って心が折れそうだ。
未来でも私は一夏の事を殴ろうとしたり、ISを使ってボコろうとしたり、色々と危ないことを続けていたせいで正妻争いに参加することすらできず、正妻争いに参加できなかったせいで側室にもなれず、事実婚状態の愛人と言うなんとも微妙な立ち位置に甘んじているらしい。
……まあ確かに? いくら子供が居るからと言って一夏をちょっとした嫉妬で何度も殺そうとするような奴に正妻の座も側室の座も渡そうとは思えないと言うのはよくわかるわよ? 私だって自分以外の奴がそうしていると聞いたら即座にそいつを排除しようとするしね?
それに、子供の教育に悪いって言うのも十分に理解できる内容だ。目の前で両親が何度も殺し合いをしようとする家庭で育ったとして、その子供の愛情表現がまともなものになるわけがない。
ちなみにそれは箒も同じで、私と同じように愛人の座にいるらしい。
他にも簪と生徒会長が愛人以上妻未満の立ち位置に居るそうだけれど、簪は『奥さんじゃなくてもいいから一夏と一緒に居たい』と言う理由から。生徒会長は第二婦人も狙えたのに、肝心なところで実家のこととか仕事のこととかを出して墓穴を掘って愛人以上妻未満の立ち位置に転落してしまったらしい。
で、ラウラとシャルロット、セシリアは嫉妬の心を抑えて軽くつねったり……あー、夜の方で色々やって発散したりしているらしい。子供達に聞かれてるわよー。
ちなみに正妻は千冬さん。姉弟だから結婚は無理じゃないかと言ったら、なんと二人はIS学園で結婚したらしい。
……確かにIS学園は『どこの国にも属さない』から『どの国の法律も適用されない』し、IS学園の規則に『姉弟の婚姻を禁ずる』なんて物は無い。
ついでに一度結婚してしまえばその後に急いで法律を変えて姉弟の婚姻を禁止したとしても『過去に遡って禁止する』事はできない。それを利用して一夏は連日結婚式をすることで側室のみんなと婚姻を結んだらしい。
……嫉妬の心が沸き上がる。嫉妬のせいで結婚できなかったと言うのに、それでも嫉妬してしまう。
私は頭を振ってその感情を追い出していく。百秋が言うにはこの世界は百秋が来た時点で『百秋が来た世界』と『百秋が来てない世界』に別れたため、未来は誰にもわからないと言う状態にあるらしい。
ならば、私が一夏の正妻……は、相手が千冬さんと言う時点でちょっと無理だけど、二号三号あたりに食い込める隙はある。
絶対に私は諦めない!諦めないわよ!一夏ぁぁぁぁ!
「あ、それと胸と背はそれ以上は雀の涙程度しか増えないみたいだから、頑張ってね? 物凄く努力してそうらしいから」
「聞きたくなかったわ……」
「ちなみに私は天災ウサギ博士の薬で成長したらお母さんより胸と背が大きくなってたよ。織斑家の遺伝子にそう言うのがあるんだろうって天災ウサギ博士が言ってた!」
うごご……自分の娘に嫉妬する日が来るとは思っていなかったわ……。
「まあ、私はお母さん似でスレンダーな方らしいから、肩が凝るほど大きく無いんだけどね。
「と……十柄? 誰よそれ?」
「箒お母さんの子供で、私の親友。歳は同じくらいなのにどうしてあんなに違うのかな? どうして世界の格差は埋まらないのかな?」
「……世界は残酷で、不平等にできてるのよ。誰のせいと言うわけでもなく、ただそうなっているの」
「そっか……」
私と小鈴は揃って溜め息をついた。いつの時代も、持つ者と持たざる者の較差が埋まることは無いのね……世知辛い世の中だわ……。
「大丈夫!お父さんはちゃんと胸とか背の高さとかそう言うの以外のところも見てくれるから!」
「……そうよね!箒や山田先生の胸を揉んでも慌てるだけだった一夏だもんね!」
「そんなことしてたの!?」
「ええ。他にも色々やってるわよ?」
それからは小鈴に一夏が今までやって来た色々なことを伝えていった。例えば、中学の頃にクラスの女子全員に恋愛的な意味で好かれていたがその事に全く気づかないで恋人同士のデートを見て羨ましがったりしてたとか、クラスの女子どころか学年の全ての女子に恋愛的な意味で好かれていたにも関わらずその事に全く気付くことなく男友達とラーメンを食べに行ってたりとか、学校の女子のほぼ全てから好かれていた上に『私と付き合ってください!』と真っ正面から言われたのに『いいぜ、買い物だろ? どこに行くんだ?』って素で聞き返したと言うある意味伝説の話とか、それこそその事に気付いてい無いだろう未来の一夏が子供に知られたと知ったらそれだけで泣きそうになるだろうなと簡単に予想できることを、それこそ山のように。
……このくらいの報復は許して欲しいと思う。あの鈍さといいあの天然っぷりといい、このくらいの意趣返しは許されてしかるべきだと私は考える。
と言うか、許されろ。
「……それじゃあ、お父さんの秘蔵の本の隠し場所とか知ってる? タンスの裏のじゃなくて」
「……えっ? そこじゃないの!?」
「うん。実はあの家ではベッドの下に隠してある明らかな囮用の本と、タンスの裏に隠してある本命に偽装された囮用の本の他に、実はタンスの一番下の引き出しを抜いた状態で板を外してやるとそこに本が何冊か入るようになってるんだって。そこに『秘密の本』をしまってあったんだってさ」
「…………へぇ~~……?」
とりあえず今度そこを漁ってみようと思いつつ、有用な情報をくれた小鈴の頭を撫でる。
「その事を知ってる人って、この時代にはあと何人居るかわかるかしら?」
「私と百秋とお母さん…………だけじゃないかな?」
よし一歩リード。千冬さんすら知らない一夏の秘蔵の本……いったいどんな内容なのかしらね(ゲス顔)
「お母さんお母さん、なんかすごい表情になってるよ」
「おっと」
ぺしぺしと頬を張る。まだにやけるわけにはいかない。にやけるのは、それを見るのに成功した時だけでいいわ……!
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side 凰 小鈴(鈴)
その後も色々と話を続け、いい時間になったのでこっちの世界の皆に私を紹介してもらった。
「初めまして……で、いいのかな? 凰小鈴です。今はお父さんの部屋で寝ている百秋と一緒に時を渡ってやってきました。好きなものはお母さんの作った酢豚、嫌いなものは千冬さんの創った酢豚(?)、好きな相手は百秋です」
「ちょっ!? 血の繋がりあるからね!? 半分は同じ血だからね!?」
私の自己紹介を聞いて、こちらの世界のシャルロットが即座にツッコミを入れた。やっぱりシャルロットはどこに居てもツッコミ役らしい。
「血の繋がり……? お父さんと千冬さんは姉弟だけど結婚できたんだし、そんなの関係ないんじゃ……?」
「一番教育に悪いのは貴女でした織斑先生っ!」
シャルロットは頭を抱えて仰け反った。よっぽどショックを受けたようだけれど、その動きでぷるんと跳ねた胸を見た『お母さん』の目からハイライトが一瞬消えたように見えた。
まあ、私には関係ないけどね。一夏……『百秋』は胸の大小よりも抱き心地とか抱かれ心地とかそう言うのを重視するみたいだし、あんまり胸が大きすぎると顔が胸に埋まって苦しいとも言っていたしね。
だから百秋は胸じゃなくてお腹に抱きつく事が多いんだけど……私みたいなやや小さめの手頃な大きさの相手を抱き締める時にはお腹だけじゃなくて胸や首筋に抱きついてくれたりもするのよね。
……ちなみに箒や束博士等は後ろから抱き締めておっぱい枕とか言う私には絶対に真似のできない技を使ったりするのよね。大きい胸には大きい胸の、小さい胸には小さい胸の、それぞれ違う利点と魅力と欠点があるってことなのね。
まあ、この世界の一夏は話に聞く限り相当鈍いみたいだし……相手が魅力に気付いてくれるのを待ってるだけじゃあ還暦を迎えても結婚なんてできないだろう。自分からしっかりアピールして、迫っていかないと……ねぇ?
さて、そこからは質問が多くあった。未来の一夏はどんな風になっているかの詳細を聞いてきたので、正妻側室事実婚愛人の四つに分けて説明したり(箒がキレて居合刀を持ち出してきたので『そんな風にすぐ刀を出して殺しにかかるから愛人止まりなんじゃないのかな? むしろこんなにすぐ殺しに来る相手をお父さんはよく愛人とは言え近くに置いておこうと思ったよね?』とか色々言ってやった。是非後悔して欲しい)、そう言う言葉の内容を聞いたシャルロットやラウラが態度の改善点を聞いてきたので『相手は恋愛に関して凄まじく鈍い上に五歳児とそう変わらないんだから相手から動くことは期待しないで、ゆっくり時間をかけて少しずつ関係を深めていくか、あるいは相手が誤解しようが無いように夜早くにベッドに潜り込んでちゅーなりなんなりすればいい』と子供っぽく言ってみたり、『お父さん』の好みを聞かれたので『千冬さんがよく家ではジャージだけだったからお父さんもジャージが好みになったんじゃないかな?』とか言ってみたりした。
ちなみに『お父さん』がジャージ好きかどうかは知らないけど、百秋が……つまりは一夏がジャージ好きなのは間違いない。自分が着る的な意味でだけどwww
素肌にダボダボのジャージ、しかも大きすぎて上だけで膝上までのワンピースっぽくなっていて、さらに萌え袖にジッパーをお腹まで開いた胸チラ・腹チラ・臍チラ・鎖骨チラ・脇チラの五重奏。それはもう美味しい光景で……おっといけない表に出しそうになった。こう言うのを表に出すのは不味いからね。気を付けないと。
その他にも『お父さん』の趣味とかそう言う話をしたけれど、『お母さん』にした『お父さん』の秘蔵の本の話はしていない。さっき『お母さん』に秘密にしとけって話をされたし、その方がいいよね。
……あ、だけどちょっと色々といけない話もしたね。
具体的は、夜に『お母さん』達が『お父さん』の部屋に集まった日には子供だけで集まって聞こえてくる声や悲鳴が聞こえないようにしてみんなで寝てたりしている話とか、『お父さん』と『お母さん』達はいったい夜中に何をしてるのかとわかっているのに純粋な疑問の表情を浮かべながら聞いてみたりとか、シャルロットの部屋にあった弾お兄さんと『お父さん』が裸で抱き合ったりキスしたりしている本はなんなのかと聞いてみたりとか、セシリアの部屋にあった荒縄と穴がたくさん空いていてベルトがついているボールをセシリアの娘であるシルヴィアが持ってきてくれた話とか、そんな話をし続けた結果、その場に居る殆どの人が顔を真っ赤にして気絶してしまった。どうやら凄まじく恥ずかしかったようだ。
見られて恥ずかしくなるようなものを簡単に見られる場所に置いておく方が抜けているだけだと思うけれど、その辺りは個人の自由だし気にしないことにする。私は気を付けるけどね。
……一夏はそもそも私達に手を出してくれるかどうかが不安なのよね……なにしろ睡眠至上主義者の一夏だし、子供を作りたいって言ったところで協力してくれるかどうか……。
協力してくれなかった時は……束博士に頼んで一夏と私の遺伝子を合わせてクローン技術で子作りをすることになるのかしら? そんな風にはならないことを祈りたいわ。悲しいしね。
ふと、倒れている『お母さん』達が持っている待機状態のISが目に入る。私には理解できないけれど、『お母さん』達は訓練でもないのにこの兵器を使って『お父さん』に攻撃を仕掛けることが多々あるらしい。
ISを使えばまともな人間なら三秒持たずに死ぬだろうし、例え武器を使わず素手で攻撃していたとしてもその重量と速度があれば人間の身体なんてあっという間にミンチだ。
その事は、代表候補生であれば間違いなく理解できているはずだし、そうでなくともIS学園で勉強していれば一月足らずでわかるはず。
特に私達の年では色々な面倒事があり、『お父さん』だけでなく全員が一度は半死半生の目に合っていると言うのに、どうしてまだISを使って好きな筈の相手を攻撃するのか……全くもって理解できない。
……もしかしたら、『お父さん』が鈍い理由はそこにあるんじゃないかと思ってしまう。
普段……つまり怒っていない時にはかなり優しくしてもらっているのに、突然殺しにかかってきて、それからまた何事もなかったかのように普段の様子に戻る。
そんなことが続けば、誰だって好意と言うものを理解できなくなって当然だ。むしろ、ああしてある程度常識を持って心優しく成長できている事が奇跡にも思えてくる。
……あれ、これってもしかして自業自得なんじゃない? 自分達で相手を鈍くして、そのせいで勝手に困っているってことだから……。
うん、庇えないね。救えないね。残念だったね。
あーあ。
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side 凰 小鈴(鈴)
恥ずかしさやらなにやらかにやらでぱったりと倒れてしまった『お母さん』達をその場に置き去りにして、食堂にまで来た。面倒だったし、暴力的な人と一緒に居るといつこちらにその矛先が向けられるかわからないから怖いんだよね。実際、さっきこっちの世界の箒に居合刀抜かれたばっかりだし。
まあ、居合刀抜かれようがあの程度の速度なら首の皮に触れさせてから白羽取り余裕なんだけど。愛の力が足りてない人間に負けるわけないでしょ常識的に考えて。
そう、つまり世界は愛で回っている。愛がなければ腹を減らした親は近くに居た子や交配した直後の伴侶を食べてしまうが故にあっという間に動物は減り、人間は理性がある分さらにその傾向が顕著になるだろう。
つまり世界は愛情で回っている。これは馬鹿でもわかる確定的に明らかな事実であることは確定的。間違ってはいないはずだ。
それはそうと食堂に向かうついでに百秋を拾っていく。『お父さん』の部屋で眠り続けていた百秋を背負って廊下を歩く。
……こんな小さな身体になっても私の愛情が尽きない限りは全く問題ない。背中から伝わる鼓動、体温。耳朶を擽る寝息。軽くなったり重くなったりする重量。どれをとっても
そんな私を見て、百秋を運ぼうかと言ってくる人も居るけれど、それについては丁重にお断りしておく。そもそもこれは御褒美だし、百秋はあまり知らない相手に触れられることを好まない。だから私のようにある程度以上に近しい相手が運んであげないといけないわけだ。
そうじゃないと、百秋の身体から炎が噴き出して辺り一帯を焦土に変えてしまう可能性が十分にある。特にあのヘタレ化猫生徒会長が相手となると、いつの間にか百秋が握っていた『本当に折れないし本当に曲がらない、だからこそいつまでもよく切れる刀』でIS学園ごと一刀両断にしてしまう可能性が出てくるからさ。
そう言うわけで私が食堂に着くと、百秋の手から一万円札が飛んで食券の券売機に飲み込まれていった。後は適当に食べたいもののボタンを……ボタンを…………。
……届かない。元が結構小さいから今まであんまり困ってはいなかったんだけど、流石にこれはちょっと困る。
しょうがないので一円玉を親指で指弾として弾き飛ばしてボタンを押す。私の指弾は本気でやればある程度の銃弾を弾き返せるくらいの威力が出るので、ボタンを押すことくらいは簡単にできる。
これも単に愛の賜物。愛がなければここまでの事はできなかっただろう。
つまり、この程度の事もできない『お母さん』達は大分愛情が足りない。あまりにも愛情が足りなさすぎる。
そんなのだからこの世界では私は一夏に好きだと伝えられていないんだ。本当に相手への愛情が溢れて止まらないのなら、その感情を相手に伝えることが恥ずかしいと思うわけがない。そんなことを感じると言うことはつまり、愛情が足りなていないと言うことに他ならない。
……まったく、この世界にはやっぱり愛情が足りない。一番『お父さん』にちゃんとした愛情を向けているのって、実の姉である千冬さんなんじゃないかってくらいだ。
千冬さんは『お父さん』を殺そうとはしていないし、叩く時には叩く時でちゃんと理由がある時に限っている。一方的に『お前が悪い』じゃなくて、納得できるかどうかは別として説明することが十分に可能な範囲だ。
例えば、廊下を走るとか授業中に騒ぐとか席を立つとかISを許可無しに展開させるとか、そう言った大きなものから小さなものまで理由は様々だが、間違いなく理由はある。
それに比べて『お母さん』達はと言うと、『お父さん』が鈍いことなんてそれこそ当たり前すぎる事のために怒り、勝手に自分の欲望にまみれた期待をしておいてそれが理想の通りじゃなかったと言うだけで簡単に人を殺せる武器を振るう。
……まったく、世も末だ。
とまあそんな感じに軽く『お母さん』達をディスりながら買った食券を厨房のお姐さんたちに手渡しておく。百秋は以前に稼いだ食券で賄ったようで、買ったのは私の分だけだったけれど、発行年月日が書かれているわけでもないのでそんなことには気付かないだろう。
それ以前に気付いたところで食券に使用期限なんて物はない。あったとすれば、なんらかの事件が起きてその料理がメニューから完全に消えてなくなるその時までなんだろうけど、そんなことになる前に食券は影も形もなくなってしまうだろう。
そして出てきたのは山のような盛りの沢山のお皿。百秋が人間の枠に収まらないと言うか、物理法則とか質量保存の法則とかそう言ったものを完全にぶっちぎっていることはしっかりと理解されているらしい。
流石に百秋を降ろして自分で運ぶけれど、百秋は一度料理をシロに格納することで一発で運んで見せた。それから机に料理を並べ、そして夕食を食べ始める。
途中から『お父さん』や『お母さん』達がやって来て、一緒に料理をつついていく。
……そう言えば、ラウラも色々恥ずかしがって逆上せ上がってたのに、一人だけ復活がやけに早かったわよね? なんでかしら?
───こっちの世界のラルちゃんは割とマトモだからね。まあ、あくまで『割と』だけど。
大体わかったわ。つまりラウラだけはこっちの世界で一夏に対する愛情ゲージがある程度溜まっていてさらに正しい方向に使っているわけね。
───大体そんな感じ。他の皆は愛情ゲージがすぐに嫉妬ゲージとか怒りゲージに転換されるからあんまり愛情ゲージが堪らないんだよね。だからこっちの世界の俺……『パパ』に友情以上のものを向けてもらえないって言うのがわかってないのかもな?
……ほんと、愚かね。愛情が足りないからそんなことになるのよ。
まあ、愛情ゲージを出現させられてるだけましなのかもね。私達の世界じゃ愛情ゲージを出せない人だって居たわけだし。
ちなみに私の愛情ゲージは愛情ゲージじゃなくて愛情タンクに貯められている。個数は……最近ちょっと使いすぎたからたったの8562445711539886524889552個しか無いのよね。節約する気はないけれど、できれば増やしておきたいわ。全盛期は桁がいくつか違ってたし、千冬さんはこれを累乗させても足りないくらいの数持ってたしね。
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side 凰 小鈴(鈴)
食事が終わったところで軽い運動。いきなり激しく動くと横っ腹が痛くなってしまうので、軽く流す程度にしておく。
ISを使わず八極拳の套路と八卦掌、太極拳の三つを同時に行う。
剛拳としての八極拳と柔拳としての八卦掌、そしてその二つの繋ぎとなる太極拳。機械のような正確さと、野獣のような荒々しさを技術と身体能力で無理矢理に両立させ、一つの武術としてなんとか確立させている。
まあ、このくらいの事なら割と簡単にできるから、みんなもやってみればいいんじゃないかしら?
……ちなみに、真似しようとした『お母さん』は私の後ろでぶっ倒れてるわ。鍛え方が足りない証拠ね。
「……いや……いやいや……むしろ小鈴がおかしい……」
「じゃあ私の三倍速で今の動きができる未来のお母さん達は化物ってことでFA?」
「まさかブーメランになってるとは……」
ぐったりとしながらもそれなりにしっかり受け答えができている時点で、それなりに鍛えられてはいるんだろう。じゃなかったらそもそも通しで一回できるわけがないし、できたとしても普通に型が崩れてちゃんとした運動にならなかったりするしね。
その点、『お母さん』は流石中華系と言うべきか中国拳法についての知識は割とあるようで、ちゃんと正しい身体の動かし方ができているようだった。
とは言ってもギリギリ及第点という所なんだけれど、それでも正しく動けていることには違いない。ここから強くさせるとしたら……まあ、とりあえず寸勁で音速を越えさせることから始めるべきかしらね。
足先から練り上げた力を速度へと転換し、全身の各関節で加速させながら増幅し、そのエネルギーの全てを『拳を数cm前進させる』事に費やす事ができれば、生身の人間がほんの数cmの助走距離で音速を越えることだって可能である。実証した私が言うんだから間違いない。
これも単に愛の力だ。愛する者が居るからこそ、人は強くなることができる。人が現在より強くなるためには、強い感情が必要で、波が強くありながら持ち続けるのにエネルギーを使わない愛情や憎悪はお誂え向きの感情だったりするのよね。
憤怒や悲哀もエネルギーは大きいけれど、持ち続けるために必要なエネルギーもかなり多い。怒りは憎悪に変わりやすく、その差はあまりにも少ないために気付かれないことも多いが、怒りだけで動き続けることができる人間はけして多くない。
……それはそれとして、私は套路を続けていく。一日最低一万回の愛情込めた崩拳を始めていったい何年過ぎたことか……。
少ない日には一万回。多い日には桁が一つ増えるほどに突きを放ち、ただひたすらに磨き上げ続けたこの身体。今さらこの程度の運動で呼吸を乱すようなことはない。
ちなみに一万回の崩拳を打つのに必要な時間は今のところ一時間を少し切る程度。質を落とさないままに速度をさらに上げ、密度を上げて行きたいと思う。それは一夏に近づくためには恐らく必要なことだからね。
ちなみに、これも時間と努力しだいで誰にだってできることだ。やろうとするかしないか、やるかやらないか。それだけの違いがここまで大きな差になるのだから、人間の努力というものは侮れない。
「……そうだ、百秋!久し振りに一戦どう?」
ふと思い付いたのでそう言ってみたら、百秋はあまり乗り気でなさそうな視線を私に向けた。
ただ、絶対に嫌と言うわけではないらしく、話を聞くことだけはしてくれるようだ。
「……膝枕3」
「……抱き枕3」
「じゃあ抱き枕3ね。じゃあやりましょうか」
交渉? 膝枕三時間から抱き枕三時間になっただけだし、むしろこれが御褒美だけどどうかした?
話はついたのでお互いに構える。百秋はいつも通りに左手はポケットに、右手は腰だめに完全に握りきらないように緩く丸めただけの拳を構えている。
私は左手の掌を相手に向ける形で腕を伸ばし、右手は胸の前で握らずに正面を向かせる。
私は相手の攻撃を迎撃しながら隙を伺うカウンター型。そして百秋/一夏は……
瞬間、私は左手を左右に振り、飛んできた拳圧を払い落とす。百秋/一夏と素手でやりあう場合、これがあるから怖いのよね。
予備動作も溜めも残弾も無く、ただひたすらに高速で飛んでくる拳圧と言う弾丸を払い落とし続けながら私は少しずつ近付いていく。この技は加速するために僅かに助走が必要だから、ある程度近距離に近づいてしまえば怖くない。
そして、真っ直ぐしか来ない拳なんて直感によって簡単に見切ることができる。それが例え見えないほどに速く、弾体が実際に見えなかったとしても、やりようによってはどうとでもなる。
もっと大変なのは、近付いてから行われる左右の拳をフルに使った直線曲線入り乱れた拳の弾幕。前から上から右から左から下から、そして後ろからすら放たれる拳を全てさばくのは今の私には残念ながら不可能だ。千冬さんじゃあるまいし、そんなことができるわけがない。
ただ、時々百秋/一夏の気分が乗ると拳の弾幕じゃなくてもっとトリッキーな動きで翻弄しようとしてくることがある。その時の百秋/一夏は速いし強いし硬いし当たらないしえげつないしで本当に厄介極まりない相手になったりするのだけれど、自分よりも強い相手が居ると知ることができるだけで十分と言えば十分なんだけどね。
速度でも威力でも敵わない。技術は……今回はあまり使ってない力押し系統の戦法だから勝っているカウントとして、駆け引きでは勝負にならない。
万が一駆け引きで勝てたとしても、その全てを身体能力によるゴリ押しでいくらでも引っくり返す事ができる。そういうことができちゃう反則的な相手と戦うと、自分の小ささがよくわかるわよね。あんまりやり過ぎると心が折れそうになるそうだけど、相手が一夏であるなら私には一切関係の無い話だ。
百秋/一夏の拳の実体に触れる寸前のところまで近付いたら、左手で拳圧を捌きながら右手で掌圧を撃ち出す。百秋/一夏は私がやっているのと同じように左手で払い、同時に左での拳圧の密度を上げた。
左で撃ち落としつつ右で攻撃する私と、左手だけで攻撃も防御も楽々こなしてしまう百秋/一夏。身体能力格差って言うのは理不尽な物よね。知ってたけど。
特に怒った千冬さんとか、凄いわよ? 死なないように相手にちゃんと合わせて加減はしてくれているみたいだけど、それが慰めにしかならないくらいに痛いしね。
アイアンクロー(かくとうタイプ)されながら人間ヌンチャク(かくとうタイプ)+ちきゅうなげ+ふみつけ(かくとうタイプ)+震脚発勁(多分かくとうタイプ)+ふみにじり(かくとうとあくタイプ混合?)のコンボはきついのなんのって……。
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side 凰 小鈴(鈴)
手合わせは私の敗北で終わった。わかりきっていたことではあるけれどちょっと百秋/一夏には勝てそうにない。勝つためには真正面から挑んじゃダメなタイプだよね、あれ。
「……なあ、なんか俺の子供がちょっと人外じみてるような気がするんだけど(ひそひそ)」
「奇遇ね、私の子供もなんだか人外じみているわ(ひそひそ)」
「素手で小規模な衝撃砲を撃っているとハイパーセンサーが告げているのだが……(ひそひそ)」
「そうか。私のISと一緒にメンテに出そう(ひそひそ)」
なんだか人外だとか言われてしまった。聞こえていないと思っているのだろうか? これだから愛情が足りない人は困る。このくらいなら愛に満ちた人間ならできない方がおかしいことなのに。
「……これっておかーさんに習ったんだけど、なにか変だった?」
百秋が私にそう問いかけるが、とりあえず不思議そうに返しておきつつ話に乗った。
「さあ? 私もお母さんに習ったけど、おかしいところは見る限りなかったと思うわよ?」
なぜか『お母さん』が頭を抱えた。ついでに他の『お母さん』達もなぜか頭を抱えてしまった。
時々
「織斑先生ェ……」
とか
「なにやってるのよ私……なんで人から外れに行ってるのよ私ェ……」
とか
「百秋は前に八つ当たりを無傷で押さえるとか言ってたけど無理だろそれェ……」
とか
「何かの時に武器になるな……よし、嫁の子にと言うのは引っ掛からなくもないが、習うか」
とか、まあそんな感じの声が聞こえてきたりしたけれど……とりあえず面倒なので一切合切纏めて全てスルーする方向で。
……それにしてもちょっと疲れた。大分汗もかいてしまったので、シャワーを借りて汗を流すことにする。
ISを堂々と置いておくのは不安だったので付けたまま入ってしまったけれど、ISが防水ちゃんとしててくれて本当によかった。実に便利だ。
シャンプーとかに拘りは無いのでIS学園の備品で済ませてしまう。大浴場を使ってもよかったんだけど、今日はどうやら週二回の男子が入っていい日だそうで……一夏だったらともかく『お父さん』には見られたくないので却下した。残念だけど妥協することは大切だ。
確かに本来ならば『お父さん』をちょっとボコって暫く気絶してもらっている間に大浴場で済ませてしまえばいいんだろうけど、私はこの世界から見れば部外者なので少しは自重する。自分の思い通りにならないからと言ってすぐに暴力で解決しようとするなんて、中世の海賊かなにかかってね。
……『お母さん』達は気にせずすぐに暴力を振るっているみたいだけれど、野生の獣だったらそれは正しいことなんだろう。理性ある人間らしくはないけれど……と言うか、人間としては道理のわからない子供かあるいは洗脳教育でも受けているのかと言うレベルの問題だけれど……しかもその結果として『お父さん』がどんどん鈍くなってきていると言う形でしっぺ返しを受けているという自業自得な状況だけれど……まあ、私には関係ない。精々苦労するといい。
そう考えるとやっぱり『お父さん』とくっつきそうな相手は千冬さんかラウラ、暴力に必ず理由をつける会長辺りが有力かしらね。実の姉とくっつくのを止める気は更々無いし、一夏のせいかなにかは知らないけどこっちの世界の千冬さんも随分と『お父さん』を気にしているみたいだしね。
ああ、他人の悩み事は面白い。自分一人で考え続けて同じ場所をぐるぐると回り続けているのに円の中に居ると気付かず『私が先に進んだ』と他の者を嘲笑う者や、悩み続けて立ち止まってしまう者。円環の中に囚われていることに気付きはしたものの、どうやって出ればいいかがわからずがむしゃらに走り続ける者。他人が走る方向など一切気にせず、その純粋さゆえに無意識のうちに壁を越えようとしている者。その臆病さゆえに円環の中に入ることすらできていない者……等々。
端から見ていれば解決方法なんてわかりきっているのに、参加しているからこそ気付くことのできないその解決方法は……さて、最後にはいったい何人が気付けるのかな? 気付かないなら気付かないで、それもまた一つの結果ではある。どうなるのかはわからないけれど、とりあえず頑張ってみてほしい。
熱いシャワーで暖まった身体を、冷水のシャワーで冷やしてからシャワー室を出る。一夏は……多分『お父さん』と一緒に大浴場かしらね。それについては結構どうでもいいけれど。
さっきの手合わせの時の約束通り、今日は私が抱き枕になる。その時に汗臭かったりするのは嫌だし、石鹸とかそう言う物の匂いが染み付きすぎない程度にしっかりと身体は洗った。これでもう抱き付かれて匂いを嗅がれても舐められても大丈夫。
まあ、一夏は基本的に抱き付いてくるから匂いは不可抗力で嗅いでしまうけれど、舐めたり噛んだりは悪戯を除けば基本的にしてこないんだけどね。
実際にはむしろ私がやる側だし、一夏のだったら汗臭かったりするのもご褒美だったりする。汗以外のでも美味しくペロペロできるというのは、変態的だと思わなくもないけど愛情がある程度以上ある存在ならば普通とは言わないまでも消して不可能な事ではない。
……と、それはそれとしてこのまま寝てしまっても大丈夫なんだろうか。一夏が言うには大抵の場合一晩過ごすと元の世界に戻ってしまうらしいけれど……個人的には十分楽しめたし、まあその点については問題ない。
けれど、もう少し色々からかったりもしたかった……なんて事を考えつつ、私はゆっくりと目を閉じた。
side 織斑 百秋(一夏)
……眠っている間に、全身が……と言うか、存在がこの世界から押し出されると同時にどこかに引っ張られていく感覚があった。恐らくだが、今回はこれで時間切れと言うことなんだろう。俺と鈴は元の世界に戻り、そして今まで通り、何もなかったかのように過ごしていくわけだ。
もしかしたら説明の一つ二つは必要になるかもしれないが、そうなったらそうなったで説明してしまえばいい。説明自体は面倒ではあるが、説明できない理由がある訳じゃないからな。面倒だが。
鈴の胸元(いつもよりも更にぺったんこ。まあ、見た目この年である方が驚きだが)に顔を埋め、そのままゆっくりと意識を埋没させていく。深く眠り続けるのも好きだが、こうして浅い眠りの中でうつらうつらするのも同じくらい好きなんだよな。
……それじゃあお休み、さよなら、またいつか。
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side 凰 鈴音(原作)
ある日のこと。私はある情報の真実を確かめるために、一夏の部屋に侵入していた。
当たり前だけれど一夏自身から許可はもらっているし、千冬さんも私がここにこうしていることは知っているはずだ。ちゃんと外出許可証ももらったし、私がここに居ることを責める法はない。
一夏は私の狙いも知らずにゆっくりしてけよと言ってくれたけれど、必要なところに来たら私は全速力で急ぐことを躊躇わないだろう。
さて、そう言うわけで小鈴から手に入れた一夏の秘蔵の本の探索をするわ。
その前に、暫く時間を作らせるためにわざと昼御飯を作らずに来た。一夏と二人でゲームで遊び、そして昼になったところで『弁当を忘れた』と言って一夏に料理をつくってもらう。これで、私が色々と探りを入れる時間ができたわけだ。
……ごめんね、一夏。けど、私はどうしても一夏の好みを知りたいの!それとなく聞いてみても当たり障りのない言葉しか返ってこないし、箒やセシリア、シャルロット達にも同じ言葉で返してる事を知ったら、どうしてもそこから一歩進みたくなったのよ!
私を責めてくれて構わない。だけど、私はけして止まらないわよいしょっと……意外と重いわねこの引き出し。何が入ってるのかしら?
引き出しの下を探る前に、引き出しの中身を探る。……なんだ、普段は使わない礼服とか、むかーしに使った子供服とか……あ、(多分)千冬さんのセーラー服だ。なんでこんなところに入ってるんだろう? 普通は千冬さんの部屋に……しまっておいたらあっという間に行方不明の上、気が付いたら酷い虫食いとか絶対に落ちない染みが大量についてたりとかそんな感じになってること請け合いね。
……一夏が大事に仕舞っとくわけだわ。一夏って超弩級のシスコンだし、本人にはその自覚がなくても自分の大好きな千冬さんの昔の服をそんなボロボロにさせようとは思わないだろうし。
そんな感じであらためた引き出しの中身を綺麗に元通りにしまい直し、本番に移る。ゆっくりと一番下の引き出しの入っていた空洞に手を入れてとんとんと叩いてみると、確かに奇妙な音がする。カチカチと言う小さな音から察するに、どこかに留め金がついていてそれでこの板を留めているんだろう。
端の方を探ってみると、指先に引っ掛かるものがあった。それを軽く引っ張ってみると、かちりと音がして静かになった。
そこで、板の隙間に指を入れて上に持ち上げようとしてみると、さっきまでは何かに引っ掛かる感じがして浮かなかったのに今回は簡単に外れた。どうやらさっきのが板を押さえていたものであっていたらしい。
ゆっくりと板を持ち上げていく。私の邪魔をするものは何もなく、その中身が私の視界に入ってくる。
───って……え? これマジで?
そこにあったのはたった二冊の本。表紙は同じで、一人の女性が仏頂面で写っている、その筋ではある意味伝説とも言える雑誌だった。
売るところで売れば、今なら安くて6桁円、高ければもしかしたら7桁にまで届くかもしれないと言う本だ。IS学園の連中に知られたら間違いなく一冊下さいお願いしますと土下座して靴を舐めるような奴だって出てくるだろう。
そう、それだけの価値があるのだ、この一冊の雑誌……千冬さんの現役時代での唯一のインタビューと何枚かの写真が乗っているこの雑誌は。
……そう言えば今更だけれど、小鈴は確かに『秘蔵の本』とは言っていたけれどエロ・異本とは一言も言っていなかった。勝手に勘違いしたのはこちらだし、小鈴は全く嘘は言っていないし、事実しかその言葉には含まれていなかったし、実際にこの本は秘蔵するに値する本だけれど……なんだろうこの敗北感と言うか『これじゃない』感は……。
騙されてなんかいないのに、なんかすごく騙された気分になった。勝手に勘違いしたのは私なのに。
……それはそれとして、よくこの本を二冊も買えたわね……発売数時間で製本された三千冊が店頭から全て無くなり、重版されることなく次の週に行ってしまった幻にして超絶……なんて陳腐な言葉じゃ表せないほどにレアな本なのに……。
これを持っていると知られるだけで強盗が入ってきたり、後ろからナイフを突きつけられたりするくらいに人気がある本を、まさか一人で二冊……これは確かに私でも秘匿するわぁ……。
まあ、一夏はこの本の正確な価値とかは知らないだろうから……本当にただ千冬さんとかに見られたら恥ずかしいからとかそんな理由で隠していて、それで誰にも言ってなかったんだろうけど……この場合は理由はともかくやっていることは大正解だった。隠してなかったら確実にこの家に入る空き巣の数がかなり増えていたはずだ。
……あ、盗聴器。ついでに集めて潰しておきましょうか。どこの馬鹿が仕掛けたものかわかるかもしれないしね。できる女はこういう細かいところにも気を使っておくべきよね?
……あー、だけど一夏は気づかないか。一応ちゃんと千冬さんには言ってあるんだけど、一夏はこの期に及んでも自分がまだ一般人だと本気で思ってるところがあるし、一応軍人教育を受けたことのある者として心配だったりするのよね。
IS学園では敵はけして多くないし、居たとしてもあそこでは千冬さんの威光が凄まじく強いから直接的にも間接的にも手を出してくるようなことはまず無い。
だからこそこういう時が危ないけれど……まあ、世界各地で千冬さんの威光は十分な威力を発揮するから問題になるようなことはまずなかったりするんだけどね。
もしも一夏にそう言う後ろ楯が何もない状態でISを動かすことができると知られていたら……きっとろくなことにはならなかったでしょうね。一夏はもっと千冬さんに感謝してもいいと思うわよ?
……いや待ちなさい、もしかしてとは思うけど……まさか、そうして『もっと感謝』した結果が百秋生誕だったりするのかしら? だとするとこれまで通りに何も言わないでおいた方がいいのかもしれないわ。
とかなんとか言っている間に雑誌の表紙と中身のインタビュー記事、そして写真をスキャンするのが終わった。どうやら片方は保存版だったみたいで綺麗なビニールに包まれて開いてさえいない状態だったから、恐らくは読む用であろう開いていた方からスキャンさせてもらった。これだけのものでも売ればなかなかいい値段になるって言うんだからボロいわよね。
……あ、また盗聴器。確保……と。