問題児に混じって野生児が来るそうですよ? 作:ささみの照り焼き
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「……もぐもぐ」
ユーリは、その頬をハムスターのように膨らませて、もっきゅもっきゅと動かしていた。
その手にはたくさんの林檎が山のように抱えられ、ユーリが口を開く度に、一個、また一個と消えていった。
しかし、ユーリはふと気づく。
「……十六夜……いな、い」
異世界で迷子になった野生児は、小首を傾げて、林檎を頬張った。
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歩いていればその内見つかる。という楽観的な考えの元、ユーリは再び森を歩いていた。
相変わらず口はもぐもぐと動いており、林檎の代わりに黄金色の果実や毒々しい色の果実まで、食べて大丈夫なのかと思うのまであった。
道中、ユニコーンが怪我をしていたので助けたり、襲いかかってきたオーガを撃退したり、興味本意で引っこ抜いた植物がうるさい金切り声をあげたりしたが、ユーリにとっては些細なことである。ちなみに、黄金色の果実がユニコーンからのお礼、毒々しい色の果実はオーガから巻き上げ、金切り声をあげた植物は不味かったのとうるさかったので遠くにぶん投げた。
そんなこんなで、歩くこと二十分ほど。
「……どちら、様……?」
『…………それ、は……こちらの……台詞、です……』
随分と衰弱した様子の、
傍らにユーリがぶん投げた植物が転がっており、弱々しいながらも未だ叫び声をあげていた。狐の頭にたんこぶができているところを見るに、ユーリがぶん投げた植物が運悪く激突し、今までこの金切り声を耐えていたようだ。
とりあえず、うるさい植物を先程より強く、遥か遠くにぶん投げた。
『……うぅ……ありがとう、ございます……』
お礼を言いながらも、立ち上がる様子のない九尾の狐を、ユーリはジーッと観察する。
(……食べられる……かな……?)
ゾクリ、と背筋を襲った寒気に、九尾の狐が辺りを見回す。が、すぐに力が抜けたようにくたっとうつ伏せになった。
グゥゥゥゥゥゥゥゥ……キュウ
ジッと九尾の狐を見るユーリ。
さっと目を逸らす九尾の狐。
ぐぅ、と再び鳴く腹の虫。
「……食べる?」
『……ぅ……いただきます』
差し出された果実を、九尾の狐は涙ながらに受け取った。
◇◆◇◆◇
「……魔、王?」
『はい……』
またまた十分後。
果実を数個ほど九尾の狐に分け与えたユーリは、その九尾の狐と向かい合って座っていた。
『私の所属していたコミュニティが、先日魔王に襲われたのです』
「……魔王っ、て……なに?」
『え? そ、そこからですか?』
戸惑った九尾の狐であったが、ユーリが今日箱庭に来たばかりだと伝えると納得した様子で説明を始めた。
『魔王とは、“主催者権限”という、いわば強制的にギフトゲームに参加させることの出来る権限を持つ修羅神仏などの事です。彼らもしくは彼女らの力は総じて強大で、沢山のコミュニティの旗と名が失われています』
「……旗? ……名?」
『旗と名は、そのコミュニティを表すものです。それを失ったものは“名無し”、 “ノーネーム”と呼ばれます。魔王はその旗と名を強制的に賭けさせることが出来ます。故に恐れられているのです』
「…………」
『魔王に目をつけられれば、勝てる見込みは少ないです。私のコミュニティも例外ではなく……なすすべもなく潰され、私だけがにがされたのです』
仲間を思い出したのか、俯き涙目になる九尾の狐。
ユーリは黙って聞いていた。
『私のコミュニティが襲われたのは三日ほど前。ここに転移して逃がされてからというも、実っている果実を食べようにもこの体ではままならず……飢え死にしかけていたところに、追い討ちのようにマンドラゴラが飛んできて頭にぶつかったのです』
そのマンドラゴラ一一先程の金切り声をあげた植物一一をぶん投げた本人は、あらぬ方向を向いてポリポリと頬をかいた。
『そんな矢先、あなた様……えぇと一一』
「ユーリ……神無月、ユーリ」
『ユーリ様が、いらっしゃったのです』
そして、果物を貰い今に至ります。と九尾の狐は締めくくった。
流れる沈黙。しばらくして、ユーリが口を開いた。
「……一緒、に……来る?」
『……え!? い、いいんですか!?』
「行く宛……あ、る……?」
『う……あ、ありません』
「……じゃあ、行こ……」
『一一ありがとうございます!』
九尾の狐は嬉しそうに飛び跳ね、尻尾をブンブンと振り回しながらユーリの手を器用に前足で握った。
九本の尻尾が全て振られているので物凄いことになっていた。
「……名前……は?」
『あ、そうでした! 私、“羽衣”のギフトを持つ、“九尾”の
九尾の狐一一改め稲荷は、尻尾をピンと立てながらお辞儀した。
そしてなにかを思い付いたように尻尾の一本に顔を突っ込み、一枚の黄金色のカードを取り出し、ユーリにかざした。
カードは一瞬光り、光が収まったとき、ユーリの服装が変わっていた。
「……手品?」
『いえ、お近づきの印といいますか、私のギフト一一羽衣のギフトをプレゼントさせていただきました』
「……いい、の……?」
『まぁ、今の姿では着れませんしね』
ユーリの元々着ていた一一というか巻いていた一一布はどこかへと消え、代わりに、黒のショートパンツと黒のTシャツ、黒のパーカーに黒のニーハイソックス、さらに黒のショートブーツと、黒尽くしになっていた。
ユーリは体を捩ったり、軽く跳んだりして着心地を確かめていた。
「……凄、く……動き……やすい」
『当たり前です! なんといったって、私の“九尾”のギフトで性能を上乗せしているんですから!』
器用に二本足で立ち、えっへんと胸を張る稲荷。
稲荷が言うには、“羽衣”のギフトは本来和服に近いものらしいが、“九尾”のギフトで強化した影響で、このような形になったらしい。
黒一色ではあるが、ユーリの長い銀髪をよりいっそう輝かせて見せている。
『試しに、軽く蹴りを繰り出してみてください。威力におおじて衝撃波が出てくるはずです』
「……りょー、かい」
稲荷の言葉を受け、ユーリが軽く片足を引いて一一
「一一ん」
残像が残るほどの速度で、振り抜いた。
ドガガガガガガガガガッ!!
『……へ?』
「……おぉ~」
その蹴りの威力に乗じて発生した衝撃波は、蹴りの車線上の木を二十メートルほど先までなぎ倒しながら進み、消えた。
しかし、威力に乗じて発生する衝撃波は、普通ならばせいぜい五メートル程しか進まない上に木を何本も連続して折るほどの威力はない。つまり、それだけユーリの蹴りの威力が馬鹿げていたということだ。
ポカンと口を開けて固まる稲荷を、満足げなユーリはパーカーのフードの中に放り込んだ。
「……じゃ……行こ、う」
『あ、はい。えぇと、羽衣の恩恵で空中を蹴るように移動できるはず一一ではなく! 今の蹴りの威力は何ですってきゃぁぁぁぁぁぁぁ!!??』
言及しようとした稲荷は、
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稲荷ちゃんスペック
名前:稲荷
種族:九尾
所持ギフト: “九尾の狐” “天女の羽衣”
容姿:黄金色の毛を持つ、小さな九尾の狐。