問題児に混じって野生児が来るそうですよ?   作:ささみの照り焼き

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番外編 あるかもしれない、とある日の出来事【レティシア編】

◇◆◇◆◇

 

 

 その日は綺麗な満月の夜だった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「一一ここにいたのか、主殿」

 

 レティシアは背から生やした黒い翼を戻し、屋根の上に降り立った。

 その視線の先には、自分が仕えている主の一人一一ユーリが満月を見上げながら座っていた。

 野生の勘で気づいていたのか、ユーリは別段驚くことなく振り向く。

 

「いったいどうしたんだ? こんな夜遅くに、屋根の上に上っているなんて」

 

 今二人がいるのは、ノーネーム本拠の屋根の上。

 レティシアが、明日あるギフトゲーム一一といっても食料確保のためのゲームだが一一について話そうとユーリの部屋を訪ねたところ、部屋の主はいなかった。そこで黒ウサギや子供たちに聞いてみたところ、屋根に飛び乗っていくのを見たと言われたのだ。

 

「……ちょっと……寂しくなっ、て」

「寂しい?」

 

 ユーリの口から出た予想外の言葉に、レティシアは思わずオウム返しに訪ねてしまった。

 いつも楽しそうに十六夜たちといるこの少年が一一いや少年というにはかなり年齢が行き過ぎているのだが一一寂しい、と口にしたのだ。驚かないはずもない。

 

「ぇと……十六夜たちといると……楽しいんだ、けど……やっぱり、ゲンさん達の事……気になって」

「……なるほど」

 

 ゲンさんという月の輪熊の話は、レティシアもよく聞いている。その話をするときのユーリの顔が、まるで自分の父親を自慢する子供のようで微笑ましかったから、尚更印象に残っているのだ。

 それに、ユーリにとって彼ら彼女らは家族のようなものらしい。十六夜達は元居た世界に残してきた家族や友人を思い返し、寂しいと言うことはあまりないが……やはりユーリは生きている時間が長いこともあって、その長い時間を共に過ごしてきた彼ら彼女らの事をよほど大切に思っているであろう事は、レティシアにも簡単に想像がついた。

 

「……主殿は、私と居て楽しいか?」

「ん」

 

 短いながらも、力強い即答にレティシアの頬が緩む。

 そして自然と、口が開いた。

 

「なら……私は、彼らの代わりにはなれないだろうか?」

「…………」

 

 しまった、とレティシアはバツの悪い顔になった。

 ユーリにとって、おそらく彼ら彼女らは絶対に替えの利かない存在であるというのは、レティシアも分かっている。

 だがそれでも、自分が彼ら彼女らの代わりになることによって、少しでもユーリの寂しさを和らげることができるのなら……。

 

 

「……ごめん……ゲンさん、達は……ゲンさん達、だけだか、ら」

「…………そう、か」

 

 

 少しだけ、胸にチクリと針が当たったような感覚があった。だがレティシアはそれが何か分からず、とりあえずこの気まずい空気をどうにかしようと一一

 

 

「でも……ありがとう」

「一一えっ?」

 

 

 不意の感謝の言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 羞恥で顔が染まるが、気づいていないユーリは言葉を続ける。

 

「ゲンさん達、は……ゲンさん達だけ、だけど……でも、レティシアが、家族に……なろうって、言ってくれたの、は……すごく、嬉しい」

「そ、そうか」

 

 レティシアの頬が、さらなる羞恥で真っ赤に染まる。

 レティシアは、別に『家族になろう』と言ったわけではなく、『甘えてもいいんだぞ』的なニュアンスで言ったのだが、どうやらユーリは前者の意味でとったらしい。

 

 

「だから一一家族に、なってくれる?」

「一一ふぇ!?」

 

 先程より、さらに素っ頓狂な声をあげるレティシア。自分のキャラじゃない声が出てしまい、顔全体が羞恥で赤く染まる。

 

「レティシア、は……レティシアだけ、だから」

 

 つまりユーリは、『ゲンさん達の代わりじゃなくて、レティシアはレティシアとして家族になってほしい』と言いたいのだ。

 その言葉を理解した瞬間、レティシアの脳内が沸騰する。

 ユーリにその気は全くないのだろうが、レティシアの脳はその言葉をプロポーズの言葉に脳内変換してしまったのだ。もちろん、レティシアもプロポーズでないことは分かっている。しかし一度変換してしまった言葉は、脳内にこびりついて離れない。

 

「え、えっと……そのだな、主殿……」

「……ダメ?」

「だ、ダメなわけがない!」

 

 悲しそうなユーリの顔を見て、レティシアは反射的に叫んでしまい、ハッとする。

 

「……ん。良かった」

「……っ」

 

 一切邪気のない、文字通り無邪気な笑み。

 その笑みに、レティシアはなんだか毒気を抜かれたような気分になり、諦めたように笑った。

 そして、自分の気持ちを理解する。

 

(そうか、私は主殿を一一)

 

 いつからだったのかは分からない。

 何がきっかけだったのか知らない。

 だけど一一この気持ちは本物だ。

 

「……なんて、少し臭いか」

「……?」

「いや、何でもないさ。ほら、中に戻ろう」

 

 スッ、とレティシアはユーリに手を伸ばす。

 

「ん」

 

 ユーリは、その手をごく自然にとって、キュッと握った。

 

「……♪」

「……ふふっ♪」

 

 ユーリとレティシアは、手を繋ぎながら部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 その後、十六夜に見つかって茶化されたのはいい思い出だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 


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