私が階段を上りきると、大きな武家屋敷が目に入った。
江戸時代の武将が住んでいてもおかしくなさそうな大きな屋敷には、桜吹雪が舞っていた。
いや、桜ではない。これは形を持った春だ。
私は春が流れてきた方を向く。
そこにあったのは、見たこともないほど大きな桜の木だった。
そして、それは美しく、荘厳で、恐ろしいものだった。
あの木から感じることができるのは、まさに死の美しさと呼べるものだ。
美しく、人を魅了するが、そこにあるのは破滅。
かつて人を死に誘ったというのもうなずける。
私も西行妖の知識と美鈴の気が込められたマフラーがなければ死に誘われていたかもしれない。
「咲夜、遅かったわね。今少し手こずってるの、手伝いなさい」
掛けられた声に我に返ると、霊夢が近くまで来ていた。
彼女の巫女服はボロボロで、ここでの戦いの激しさを物語っている。
周りを見渡すが、魔理沙が西行妖に攻撃しているのが見えるばかりで、西行寺幽々子の姿はない。
「今回の異変の元凶と戦ってたらいきなり苦しみ始めて消えちゃうし、その直後にあの桜が暴れはじめるし…。まったく、訳が分からないわ」
霊夢が首を振りながら愚痴る。
幽々子が消えたのはたぶん西行妖の封印が解けてしまったからだ。
あの木の下には幽々子の死体が埋まっており、封印が解けてしまえば、幽々子は消滅してしまうはずだ。
「あれは西行妖といってね、かつて多くの人間を死に誘った桜よ。そのせいで封印されたはずだけど…。あれの封印は解けてしまったの?」
「いいえ、完全に解けてしまったわけではないわ。でも完全に解けるのも時間の問題よ…。って、なんであんたがそんなこと知ってるのよ?」
しまった、ついうっかり…。
私は内心冷や汗をかきながら言い訳を考える。
「今回の異変は春が来ないものだったでしょう?それで春に関係しそうなものを調べておいたのよ。それで、あの桜を再封印することはできる?」
我ながら苦しい言い訳だ。
霊夢は疑わしそうに私を見ていたが、今問い詰めてもしょうがないと思ったのか、私の質問に答えてくれた。
「ええ、できるわ。でも、封印の準備のために時間がかかるし、封印するときは零距離から行使しないと効果がなさそうね」
てことは実質霊夢は戦いから外して、私と魔理沙だけで西行妖を抑えないといけないわけか。
放っておけば幻想郷に危険が及ぶし、こういう時に頼りになりそうな紫はこれ程危機的な状況でも出てこないことからしてまだ冬眠中。
「分かったわ。霊夢は封印の準備を。私と魔理沙で西行妖を抑えるから、準備が終わったら合図して。私達で西行妖までの道を切り開くわ。…霊夢も魔理沙もこの重圧は大丈夫なの?」
「私は能力で、魔理沙は自作の魔道具で何とかね。でも、私はともかく魔理沙は長く持たないわ。私は封印の準備をするから…、頼んだわよ」
霊夢の言葉に親指を立てることで答え、私は魔理沙のもとへ向かう。
魔理沙は星形の弾幕をばらまくことで西行妖の弾幕を私たちの方へ行かないようにしていた。
「魔理沙!」
「ああ、咲夜か。まったく遅いぜ。霊夢が途中で離脱したせいできつくてな」
魔理沙が帽子のつばを抑えながら笑いかけてくる。
そんな彼女に私は指示を出す。
「霊夢があの桜を封印するわ。私たちはそれまであれを抑えて霊夢の準備が出来たら霊夢の援護。できるかしら?」
「はっ!私をなめてもらっちゃ困るぜ。そのくらい余裕でこなしてやるよ!」
私が指示を出すと、魔理沙はニヤリと笑って箒に乗りなおし、西行妖に向かっていった。
西行妖は魔理沙が近づくと弾幕を張って応戦する。
しかし魔理沙はその弾幕をアクロバティックな飛行をすることで回避してみせた。
「そんな見え見えな弾幕当たらないぜ!そんで、これでも喰らえ!」
――恋符「マスタースパーク」
魔理沙が放った砲撃は西行妖の弾幕を飲み込み、そのまま直撃するかに思われたが、当たる直前に結界のようなもので弾かれてしまう。
「やばっ、まず――」
砲撃を放った反動で一瞬だけ動きが止まった魔理沙が弾幕に当たりそうなるが、私は時を止めることで魔理沙を救出した。
「お?おお…。助かったぜ、咲夜」
「いいわよ、そんなこと。それより結界まで張るのね、ますます厄介だわ」
結界が張られたままでは霊夢が近づけない恐れがある。
いや、霊夢の場合結界など関係無しに封印するかもしれないけど、不安要素は取り除いておくべきだろう。
「魔理沙、私があの結界を破壊するから援護をお願い」
「分かった、任せろ!」
頼もしい言葉を聞いて、私は弾幕に突っ込む。
後ろから放たれる星形の弾幕が私の進路を邪魔する弾幕を消していってくれる。
おかげで私は力を消費せずに西行妖に近づくことができた。
「魔理沙!私に向かってマスタースパークを撃って!」
「え?だけど…。ええい、当たるなよ!」
――恋符「マスタースパーク」
私の指示に魔理沙は一瞬戸惑ったが、すぐに砲撃を撃ってくれた。
私は上へ飛ぶことで砲撃を回避し、結界へと直撃させる。
そして、私はありったけのナイフを取り出した。
(これだけの攻撃を一点に集中させれば壊れるでしょう!?)
――幻符「殺人ドール」
ナイフの群れが先ほど魔理沙が砲撃を当てた場所に殺到する。
ナイフが当たるたびに結界にひびが入っていき、そしてついに――
音を立てて結界の一部が砕け散った。
しかし、本能的に危機を察知したのか、西行妖が私に向かって弾幕を撃ってくる。
ナイフをすでに撃ち尽くし、時間を止めるほどの猶予もない。
(ああ…。あれ、当たったら痛いんだろうなあ…)
迫る弾幕を見ていた私の視界に、あるものが私の盾になるように入り込んできた。
――マジカル☆さくやちゃんスターである。
マジカル☆さくやちゃんスターは弾幕の群れを受け止め、しかしその威力に耐え切れずに徐々に壊れていく。
そして数秒と立たないうちにマジカル☆さくやちゃんスターは砕け散ってしまった。
――しかし、その時不思議なことが起こった。
マジカル☆さくやちゃんスターが砕け散ったその瞬間、マジカル☆さくやちゃんスターの中に入っていた春があふれ、西行妖の弾幕をかき消してしまったのだ。
それどころか、かき消された弾幕は私のもとに集まり、吸収された。
そして消耗していた霊力が回復してしまったのだ。
何が起こったのか全く分からなくて混乱している私に霊夢の声が聞こえてきた。
「咲夜!そこ退きなさい!」
私は反射的にその声に従い、左に飛んだ。
「これで…終わりよっ!」
――霊符「夢想封印」
霊夢から放たれた封印用のお札は西行妖へと命中した。
すると、西行妖に注がれていた春が一気に無くなり、私たちは盛大な桜吹雪に飲み込まれた。
それが過ぎ去り、周りを見渡してみると、服の汚れを気にしている霊夢と、ピースサインを突き出して笑っている魔理沙、そして屋敷の近くに倒れている西行寺幽々子の姿が見えた。
その光景を見て私は一つ息を吐き出すと、その場に座り込んでしまう。
服が汚れてしまうけれど、今回ばかりはそんなことを気にする余裕もないのだ。
――こうして、原作と少し違う「春雪異変」は幕を閉じたのだった。
どうも、この話を書いている間ずっと「この木、なんの木、気になる木~♪」の歌が頭の中で流れ続けていた作者です。
今回は幽々子戦を無くした西行妖編でしたが、いかがでしたでしょうか?
次回の話は他者視点ではなく、事後話という名の番外編です。
感想で要望があった話を書こうと考えています。