長い廊下を歩いていく。やがて奥にある部屋の前に着く。胸に手を当てて深呼吸をしてから、すずかはその扉を開いた。
「失礼します。月村すずか二等陸佐、入ります」
地上本部の最上部。待っていたのは、現最高司令官のリンディ・ハラオウンと、その補佐、八神はやて中将。
「待っていました、月村二佐。‥‥‥と、固い挨拶はこれくらいで。取りあえず、座ってください、すずかさん」
リンディに促されて、すずかは「はい」と一言答えてソファに座る。その表情は何処か吹っ切れたような、清々しい表情。
「さて‥‥‥改めて聞きます。考えを変える気は無いんですね?」
いつもの調子で淡々と話すリンディ。
「はい。色々良くして頂いたのに、申し訳ありません」
すずかは深々と頭を下げる。リンディは少し慌てて、「頭を上げて下さい」とたしなめる。
「いいえ。管理局の現状も、自分の立場も分かっているつもりです。その上での話ですから。これは、私の我が儘なんです」
真剣な表情で話すすずか。リンディの隣に座るはやてがそれに答える。
「すずかちゃんが決めた事や。私らがどうこう言う事やないよ」
「そうですね。はやてさんの言う通り。本音を言わせてもらうと、はやてさんとすずかさんに地上本部を任せたかったのですけど‥‥‥仕方有りませんね」
いつもの、砂糖が大量に投入された緑茶を飲みつつ、苦笑いで話すリンディ。すずかは一度瞳を閉じて、それに静かに答えた。
「申し訳ありません‥‥‥お義母さん」
すずかは、この8月一杯での管理局の退職を決めていた。事前にクロノには話してある。フェイト、なのは、ヴィヴィオやエリオ、キャロ、それに親しい友人達にも伝えてある。
「すずかさんにそう呼ばれるのは、まだ慣れませんね」
すずかに笑みを向けるリンディ。すずかもそれに笑顔を返す。
「しっかし、すずかちゃん。まさか籍まで入れるとはなぁ」
いずれそうなるのかも知れないとは思っていたはやて。だが、まさかこんなにも急にとは思っていなかった。勿論、すずかが管理局を辞めようと思っていた事も。
「フフッ。ごめんね、はやてちゃん。みんなにとっては急かも知れないけど、私は昔から決めてた事なの」
退職と同時に、すずかはフェイトの籍に入ると決めていた。『テスタロッサ・ハラオウン』に。それに、やりたい事もあった。
「けど、すずかちゃん。辞めてからはどうするんや?専業主婦なんか?」
はやての疑問に答えたのはリンディ。「ああ、はやてさん。それは‥‥‥」
◆◇◆◇◆
その日はその後は通常通り湾岸警備隊に戻り、いつも通りの業務をこなしたすずか。
(今日は‥‥‥早く帰れそう)
このまま何も起こらなければ、シフト通りに帰れる。
(けど‥‥‥何か有るかも知れないし、もう少しだけ)
何も無く終わってくれれば良いが、得てしてそういう時ほど事件は起こる。あと少しだけ待機していようと思っていた所へ、フェイトから通信が入る。
《すずか、今日はあがれそう?》
「うん。多分大丈夫だとは思うけど、もう少し様子を見たら帰る事にす‥‥‥」
途中まで言いかけたすずかは、部下から「大丈夫ですよ、司令。今日は早くあがって上げて下さい」と声を掛けられる。
「え?でも‥‥‥」
「こういう時のハラオウン執務官は、恐らく迎えに来てますから。お待たせしては悪いですよ?」
部下に言われて「じゃあ、お言葉に甘えて。ごめんね、お先します」と席を立つ。すずかは隠していたつもりだったのだか、フェイトとの仲は部下にはすっかりバレてしまっている(主にフェイトのせい)。
「すずか、お疲れ様」
「うん。フェイトちゃん」
やはりフェイトは防災課の入口まで迎えに来ていた。思いの他早くフェイトに会えて、すずかの表情が笑顔になる。
「それじゃ、帰ろっか」
フェイトも笑顔でそう口にして、二人は並んで駐車場へ。フェイトの車に乗り、高町家へと帰っていく。
高町家に着いて、いつも通りになのは、ヴィヴィオと話し、いつも通りに夕飯。いつも通りに風呂に入って‥‥‥。と、風呂から上がると、なのはに頼み事をされた。明日は日曜日。本人曰く、どうにも外せない教導が入ってしまったらしく、休みのフェイトと共にヴィヴィオの面倒を見て欲しいらしい。
「ごめんね、すずかちゃん。そんな訳だから、明日はお願い。そうそう、アインハルトちゃんと練習するって言ってたから、あの子の事も宜しくね?」
「うん。分かったよ。教導頑張ってね?」
‥‥‥そして、翌日。
「じゃあ、すずかちゃん。ヴィヴィオの事、宜しくね?」
「うん。なのはちゃん。なのはちゃんも楽しんで来てね?」
「きょっ‥‥‥教導だよ?仕事だよ?やだなぁ、すずかちゃん」
少し焦りながら、なのはは出掛けて行った。‥‥‥およそ仕事に行くとは思えない、お洒落をした格好で。
「別に、嘘言わなくても良かったのにね」
「仕方ないよ。なのははそういうの経験無いんだから」
すずかとフェイトも、出掛ける準備を始めていた。それが、あの日だとも知らずに。
◆◇◆◇◆
その日の夕方。ベンチで泣き崩れるフェイトをあやし、何かを待っているすずか。
《来ましたわね》
「うん。みんなに会うの、久し振りだね」
何かの転移を感知したスノーホワイトと共にそのまま待つ。その直後、目の前にフォーミュラプレートが出現。眠るヴィヴィオとアインハルトを抱いた、懐かしい顔ぶれが現れた。
「こんにちは‥‥‥じゃなくて、久し振りだね、みんな」
すずかにそう声を掛けられ、ヴィヴィオを抱いていた、髪の赤い人物が焦り声をあげる。
「うわーっ!!王様、大変です!一般人の方に見られちゃいましたぁ!」
「たわけっ!騒ぐでないッ!魔力で分かるであろうが!」
王様と言われた人物‥‥‥ディアーチェには直ぐに分かったようで、すずかに向かい歩いてくる。
「すずかに‥‥‥フェイトか。我らにとっては別れたのはさっきだからな。『久し振り』と言うのも妙な感覚だ」
「そうだね、王様」
笑顔で話すディアーチェとすずかの姿に、フェイトも記憶封鎖が解けて漸く事態を理解した。
「みんな!久し振りだね!レヴィ~!!」
フェイトは一直線にレヴィに向かっていき、彼女を抱き上げ頬擦りしている。
「こらっ!へいと、苦しい‥‥‥」と抵抗しているレヴィを抱えたままの姿で呆けるフェイト。「相変わらずなのね」と、やれやれとそれを見るキリエ。
そうしてシュテルやユーリも交えて会話をした後、ヴィヴィオとアインハルトを預かり、エルトリアに向かう彼女達と別れる。
すずかとフェイトは其々、眠っているヴィヴィオ、アインハルトを抱きながら、帰り道を歩く。
「みんな、元気そうだったね」
「そうだね。すずか、でも何で知ってたならもっと早く言ってくれなかったの?」
「私も、思い出したのさっきなの。ヴィヴィオもアインハルトも頑張って来たんだよね。一杯誉めてあげようね?」
眠る二人を車に乗せて、帰り道を走る。明日も二人は休み。明日は‥‥‥海鳴の、翠屋に行く予定。
「ねえ、すずか。管理局辞めたら、暫くは向こうに住むんだよね?」
「うん。お店を出せるくらいになれるまでね。住み込みで働かせてくれるみたい。翠屋の看板に泥を塗らないように頑張らなくっちゃ」
「そっか。頑張ってね、すずか」
すずかが管理局を引退するまでもう少し。満面の笑みで「うん」と答えたすずかと一行は、そうして車に乗り込みゆっくり帰り道を走る。
お久し振りのフェイ×すず。
今回は退職編。過去から返ってきたヴィヴィオ達。それを連れてきたディアーチェ達と会ったり、なのはの様子が怪しかったり、翠屋で働くことにしたり。すずかとフェイトにとって色んな意味合いでの過渡期。けれど、平和な時間。