再び、とあるマンションの一室。
「もういいのかい?」
「うん。ありがとう、アルフ。まだ少しフラフラするけど、大丈夫。いつまでも寝てられないから」
そう言って、フェイトはグラスの水に口をつける。
「あたしゃフェイトが心配なんだよ。ロクに休まないで無茶するからさ」
全快まではまだまだだが、動けるようになった。アルフの心配は分からなくはない。だからと言ってこのまま何もせずにいる訳にもいかない。こうしている間にも、管理局や白い魔導師がジュエルシードを集めている事だろう。きっとあの氷結魔導師も。
「母さん‥‥‥」と一言呟き、フェイトは座っていたソファから立ち上がった。
そのまま外に出て、まだ探していないエリアに別々に向かったフェイトとアルフ。
フェイトはサーチャーを慎重にばら蒔く。
今までのように、魔力に任せて派手に強制発動、という訳にはいかない。ジュエルシードを地道に探し出さなければ。管理局に見付かれば厄介な事になる。前回は運良く逃げられたが、次はあの執務官からの離脱は難しいだろう。‥‥‥‥そう言えばどうしてあのとき、白い魔導師は自分を逃がしてくれたのだろう。氷結魔導師はどうしてあのとき、ジュエルシードの暴走から自分を助けてくれたのだろう。どうしてあのとき、鞭で打たれた傷跡を心配してくれて‥‥‥。
いけない。フェイトはハッとして、意識を現実に戻し、サーチャーに意識を集中し直す。しかし一度浮かんだ疑問は消えることなく、フェイトの頭の中を巡る。
(好奇心?違う。利益になるから?それも違う。じゃあ、同情?同情‥‥‥なのかもしれない。けど、そんな理由なんて)
そんなフェイトの思考にまたもや現れた、あの言葉。
『虐待‥‥‥されてるの?』
「違う!!」
思わずそう叫んで思考を打ち消すように頭をフルフルと振るフェイト。気を取り直し探索に集中する。
(見付けた!)
フェイトはサーチャーに反応のあった場所へと急ぐ。ジュエルシード・シリアルⅤ。まだ発動前のそれを確保し、次のエリアに移動しようとした時だった。
「フェイトちゃん!」
フェイトが声の方を振り返ると、そこに居たのは氷結魔導師。まさか見付かるなんて。いや、それもあるが、どうして今まで彼女の接近に気が付かなかったのか。今一番会いたくない相手。
フェイトは無言で転移して逃げようとしたが、それよりも早く、すずかのアイスバインドがフェイトの右足を拘束した。
「クッ!はっ、放して!」
「嫌だよ、フェイトちゃん。大丈夫。他には誰も居ないから。お話したいだけなの。フェイトちゃんが心配だから」
どうして。敵の筈の自分にどうしてここまで。フェイトには答えは見付けられない。
「どうして君が私を心配するの?」
「理屈じゃないの。私はフェイトちゃんが心配なの。私にとってフェイトちゃんは大切な友達だから。それに、『すずか』だよ、私の名前」
友達。かつてリニスが、大切なものだと教えてくれた。すずかと名乗った目の前の少女にとって、自分が大切なもの?何故?
「すず、か?」
「うん。フェイトちゃん。プレシアさんはフェイトちゃんにどうしてあんなことするの?リニスさんやアリシアちゃんもなの?」
「違うよ!母さんは虐待なんて‥‥‥」
ちょっと行き過ぎているかも知れないが、自分の為を思っての事。愛情があるからこそ。母プレシアの行いはそうであると信じたい。フェイトはそんな小さな、けれど精一杯の願いを込めて反論した。
「母さんが‥‥‥母さんが虐待なんて!そんなこと私にするわけ無い!リニスだって、今は居なくなっちゃったけど、そんなことするわけ‥‥‥‥‥‥??」
言っていてフェイトは気付いた。何故すずかは母プレシアやリニスを知っている?それに。
「フェイトちゃん?」
話途中で固まっているフェイト。すずかは心配になり、その名を呼んだ。それに答えるかのように、フェイトは疑問をぶつけた。
「すずか、教えて。『アリシア』って誰なの?」
「えっ!?何言ってるの、フェイトちゃん」
そう言って心底驚いた表情を見せるすずか。どういう事なのか。自分はその『アリシア』を知っていて当たり前、という事なのか。フェイトの記憶が再びフラッシュバックする。記憶の中のプレシアが呼び掛ける。『アリシア』『アリシア』『アリシア』『アリシア』‥‥‥‥‥‥。
「嫌だ、嫌だよ!嫌だ‥‥‥」
ついに耐えられなくなったフェイトは、その場で座り込み、頭を抱え込む。すずかはそんなフェイトに優しく話しかけた。
「辛かったの?ごめんね、気付いてあげられなくて」
「もう嫌だよ‥‥‥助けて」
フェイトはすずかの前で泣き崩れる。どうして、母プレシアは自分には優しくしてくれない?どうして、『アリシア』と呼んでいた時だけは優しかった?もう一度。もう一度プレシアに優しくして欲しい。甘えたい。どうして?母さん‥‥‥。その思考が巡ったまま、その場でフェイトは泣いていた。と、その時。遠くから声がした。
「フェイトー!!」
声と共に現れたアルフは、片足をバインドで拘束され、座り込んで泣いているフェイトを見ると、体に雷を纏わせ、すずかを激しく睨み付けた。
「アンタ!!フェイトに一体何を!」
「違うんです、アルフさん!」
反論の時間はなかった。まだ遠くだが、すずかは魔力を感じた。此れは‥‥‥クロノか?
「フェイトちゃん、アルフさん!早くここから逃げて!」
「アンタ、今度は何言ってるんだ?」
怪訝そうに答えたアルフだったが、大きな魔力を微かに感じて、その意味を理解する。
「あの執務官か!アンタどうして‥‥‥」
「いいから、早く!」
すずかはフェイトのアイスバインドを自ら解除すると、この場からの離脱を促す。
「またね、フェイトちゃん」
すずかは別れの挨拶をフェイトに向ける。暫くの間を置いて、まだ泣き止まないフェイトから「‥‥‥うん」と弱々しい返事が帰ってきたのにニッコリと微笑み、そのフェイトの手を引いて急ぎ転移するアルフ達を見送った。
◆◇◆◇◆
「そうかい。あの子がそんな事を」
「うん、アルフ。友達だって。私の‥‥‥初めての、友達」
少し頬を赤らめ、心なしか嬉しそうなフェイトを見ながら、アルフは再び思考を巡らす。そのすずかとかいうのが、プレシアやリニスを知っているのは何故?それに、『アリシア』って?分からない事ばかり。ともかく、すずかは敵対する意思は無さそうだ。機会を見つけ、もう少し話さないと良く分からない事もあるし、どうにかしてすずかとだけは会わないと。
「難しい事考えても仕方ないか。フェイト、またその『すずか』と会って話そう。友達なんだろ?」
「うん」
やはり嬉しそうなフェイトを見ながら、アルフは思う。すずかなら、フェイトをプレシアの暴力から助けてくれるかも知れないと。
「じゃあフェイト、もう少し頑張ろうか?あ、でもこのドッグフード食べてからでいい?」
「フフッ。そうだね、アルフ。もう少しエリアを拡げてみようか」
◆◇◆◇◆
時の庭園。その玉座に座り、先程のフェイトとすずかの様子をモニターで眺めていたプレシア・テスタロッサは、やがて立ち上がり、ポツリと呟いた。
「やっぱり邪魔ね、あの氷結魔導師。そろそろ舞台から消えてもらおうかしら‥‥‥」
なのはさんは、フェイトさんの初めてをすずかさんに奪われました。
すずかさんはプレシアさんに障害認定されました。
原作とは違う方向に転がり始めました。