すずかは微かに眉を動かす。ギプスで固定した所で、痛みが和らぐ訳ではない。けれど、部隊のみんなの前でそれに気付かれる訳には行かない。もしシャマルがこの場に居たらすずかは即退場になっている所だろうが。
「スターズの3人とシスターシャッハは、メガーヌさんを始めとした囚われている人達の救助を。ライトニングの4人はスカリエッティ以下残りの戦闘機人の逮捕を」
すずかはその場を1度見渡す。キリエの治療によって復帰したスバルを始めとしたフォワードの4人。親友のなのは、はやて。カリムとシャッハ。ここクラウディアの艦長のクロノ。先程戻ってきたシグナム。そして、フェイト。
全員が真剣な表情ですずかを見つめる。すずかは話を再開し始める。
「残りの戦闘機人は6人。固有技能は資料の通りです。念のため、隊長陣のリミッターは全員解除して突入します。私と八神課長は、其々スターズとライトニングの補助を行います。何か質問は?」
キャロが、「あのっ」と恐る恐る手を挙げる。
「あの‥‥‥ヴィータ副隊長は?」
「ヴィータならもうすぐ戻るよ。ゼストとやり合ったんやし、少し休ませな」
すずかの代わりにはやてが答える。ヴィータはゼストを撃ち破り、リィンと共にクラウディアに帰還途中。
「他に質問が無ければ、30分後に突入を開始します」とすずかが話を終わらせようとした所で、今迄黙っていたフェイトが口を開いた。
「部隊長は‥‥‥すずかは作戦から外れて。今だってそうやって痛みを我慢してるのに‥‥‥左足、折れてるんだよ?お願い、すずか。無理しないで!」
瞳を潤ませ叫ぶフェイト。みんなは誤魔化せても、やはりフェイトだけは誤魔化せなかったようだ。フェイトは立ち上がり、すずかの隣まで来ると、そのまますずかを強く抱き締めた。
「フェイトちゃん、みんなが見てるのに‥‥‥」と小声で話すすずかに、フェイトは続ける。
「もう、嫌なんだ。あんな思い、二度としたくない。だから、お願い、すずか」
フェイトはそのまますずかに顔を近付けていき、唇を奪う。全員の前での行為に驚いたすずかだったが、直ぐに瞳を閉じて、フェイトの求めに応じる。
シャッハは顔を真っ赤に染めて焦っているが、他の面々は頬を少し染めているくらい。スバルを除いて。
《ティ、ティ、ティ、ティア!フェイトさんとすずかさんが!》
《そうね。まさかみんなの前でなんて》
《どうしてそんな冷静なの!?》
慌てふためくスバルに、ティアナは《いや、だってアタシさっき見ちゃったし》と極めて冷静に返す。そう。なんだかんだで、フェイトとすずかの仲を知らなかったのはスバルだけとなっていた。
やがて唇を離し、キスを終えたフェイトとすずか。
「今迄‥‥‥私は助けられてばかりだった。だから、今回は、みんなと‥‥‥みんなの力になりたい。駄目、かな?」
プレシアと対峙した時も、砕け得ぬ闇に意識を奪われた時も。その後にすずかが狙われたり事件に巻き込まれたりした時も。いつも助けてくれたのはフェイト。迷惑も、心配も沢山かけてきた。今回だって、フィアッセや『はやて』(ディアーチェ)に助けられた。だから、という訳ではないが、すずかは力になりたかった。すずかにとって、これがみんなとの最後の事件になるかも知れないから。
すずかのその言葉に、フェイトは少し間を置き、答えた。
「分かった。でもすずか、1つだけ約束して。私の傍から、私がすずかを守れる距離から離れないって」
「‥‥‥うん」
すずかはもう1度フェイトに抱き付いて、その胸に顔を埋める。数秒そうしていた後離れ、指揮官の表情へと戻る。
「じゃあ、改めて30分後に出動します。これで決めよう。みんな、頼んだよ!」
◇◆◇◆◇
クラウディアの独房で俯くルーテシア。リミッターで魔力をほぼ封印され、最早抵抗のチャンスすら無い。
結局、ルーテシアの力ではメガーヌを救えなかった。その頬を伝う、涙。
(母さん‥‥‥)
と、部屋の扉が開く。会議を終えて、様子を見に来たのは、エリオとキャロだった。
「何しに、来たの?」
涙を拭い、二人を睨むようにして見るルーテシアに、エリオもキャロも笑顔を浮かべて答える。
「ルーテシア、メガーヌさんは、僕達が必ず助けるから」
「そうだよ、ルーちゃん。メガーヌさんの事は、管理局が必ず治してみせるから。私達の事、信用して?」
二人の言葉にハッとして、ルーテシアは再びその瞳に涙を湛える。「‥‥‥本当に?」と辛うじて返した彼女に、キャロは力強く答えた。
「必ず、助けるよ。だから、ルーちゃん」
その時のルーテシアには、震える小声で「‥‥‥ありがとう」と一言絞り出すのが精一杯だった。
◇◆◇◆◇
フェイトとすずかが、作戦会議の場ですらピンク色の固有結界を展開していたのと同時刻。
「まさか、これを使う時が来るとは思いませんでした」
「レヴィがダンジョンから見付けて来るものは半分以上は使えんからな」
シュテルとディアーチェはそんな会話をしながら、大型転移装置の準備をしていた。場所は、森の中。スカリエッティのアジト近く。転移対象は勿論、『ゆりかご』。
「これさえ宇宙空間まで飛ばしてしまえば、あとはクロノの艦隊が破壊するだけです。さっさと終わらせてしまいましょう」
「全く、何故我がこんな事を‥‥‥」
愚痴を溢しながらも、テキパキと作業をこなすディアーチェ。シュテルも手を動かしながら、愚痴に付き合っていた。
「『ゆりかご』はどの時間軸でも破壊されている様ですし。我々が介入したこの時間軸では、現状こうする他ありませんから」
「分かっておるわ。‥‥‥ウム、準備完了よ」
ディアーチェは空を見上げ、その時を待つ‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
◇◆◇◆◇
クラウディアの医務室。漸く目を覚ましたギンガは、隣のベッドで天井を見上げているフィアッセに気付いた。
「フィアッセ?」
「ギンガさん、気が付いたんですね。良かった」
フィアッセの少し悲しそうな雰囲気に気付いたギンガは、ベッドから降りようと身体を起こす。全身に痛みが走る。
「駄目ですよ。まだ寝ていてください」
苦しそうなギンガを心配してそう話したフィアッセは、重々しい雰囲気で、改めて口を開いた。
「ギンガさん。お話があります。大事な話が。私‥‥‥元の世界に帰れる事になりました」
それを聞き、ギンガも少し悲しそうな表情になる。フィアッセは更に続ける。
「短い間でしたけど、ありがとうございました。ギンガさんと会えて、良かった」
ギンガは1度俯いたあと、偽りの笑顔を作って答える。その瞳には、涙が滲んでいた。
「良かったわね。私も、今迄楽しかった。ありがとう、フィアッセ‥‥‥ううん、なのはちゃん」
◇◆◇◆◇
そして。
「みんな、準備はええな?これが最後の作戦や。作戦コード『Crescent Moon』。上空の爆発と共に出動や!」
はやてが言い終えると同時に、遥か上空での大爆発。それはまるであの時の、アルカンシェルでナハトヴァールを消し飛ばした時のような、爆発。
それを確認したすずかが、叫ぶ。
「全員、出動!」
フェイトちゃん、遂にやっちゃいました。
突入作戦決行。鍵のないゆりかごなんて、只の箱です。
残す所あと2話の予定です。もう少しだけ、お付きあいください。