Crescent Moon tears   作:アイリスさん

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もう一度、空へ

 

部屋の隅。フィアッセは瞳を閉じて、小さく踞っていた。その胸の中に、まだ小さなヴィヴィオを抱き締めて。

 

隊舎の外では、ぶつかり合う金属音。辛うじて原形を留めている部屋の隙間からは、吹き荒れる魔力砲の風圧。泣き疲れ眠ってしまったヴィヴィオを抱いたまま、恐る恐る隙間から外を覗く。

そこから見えたのは、立っているのも辛そうな、肩で息をしているシャマルとザフィーラの後ろ姿。

何も出来ない自分の歯痒さに、思わずそこから目を背ける。

 

(今の私じゃ‥‥‥)

 

フィアッセとて、撃墜される前の五体満足な状態であったなら、握り締めているデバイスを手に3人を助けに出ていたに違いない。けれど‥‥‥。

シャマル達を信じていない訳ではない。だが、彼女達は能力リミッターで実力を制限されて、状況は極めて不利。ロクに戦えないであろうフィアッセの身体は、いつ襲われるかも知れない恐怖でガタガタと震える。

 

(私、いつからこんな風になっちゃったんだろう)

 

『困っている人が居て、自分に助けてあげられる力があるなら、その時は迷っちゃいけない』という父の言葉が、フィアッセの心に重く伸しかかってくる。

 

(だって‥‥‥無理だよ、お父さん。こんな身体じゃ‥‥‥)

 

受け入れたくない現実に、出てくる言葉は言い訳ばかり。

その間も絶えず聞こえていた衝撃音が、一度止む。見付からないようそっと外を覗くと、倒れているザフィーラと、その隣で膝を付いているシャマル。状況は更に悪化していた。

 

ふと、フィアッセは気付いた。すずかの姿がない。というか、先程から見ていない。何処か見えない所で戦っているのか?そう思い、もう少しだけ身体を乗り出して覗く。

 

(うそ‥‥‥うそだよね‥‥‥こんな‥‥‥こんなの)

 

シャマルやザフィーラからは少し離れた、乗り出してみて漸く見える場所にすずかは居た。意識を失っているのか、地面に座り込んで壁に寄りかかっていて動く気配はない。既にバリアジャケットではなく、制服姿。それもボロボロ。力尽きてからも攻撃されていた、ということなのか。その身体は傷だらけで、両手足を拘束されているようだ。思えば、3人の中でリミッターが一番キツいのはすずか。本来の実力なら兎も角、リミッター有りでは今のシャマル、ザフィーラの遥か下。

そのすずかの周囲には、彼女を守るようにベルカ式のシールドが二重に展開されている。色からして、シャマルとザフィーラが張ったものだろう。位置関係を見てみれば、シャマルとザフィーラはすずかとフィアッセ達を庇うように背にして戦っていた。

 

(だからって、こんな、こんなの‥‥‥)

 

そうしている間に、相手の一人がすずかに近付き、シールドに手を掛ける。バリバリッという音と共にシールドが砕け散り、相手の手がすずかに伸びる。

 

フィアッセは一度瞳を閉じる。ガタガタと震えている肩を手で押さえ、ホルダー型のデバイスを握り締めて深呼吸をすると、隣で息を潜めていたヴァイスに向かって静かに口を開いた。

 

「ヴァイスさん」

 

「‥‥‥何だ」

 

◆◇◆◇◆

 

その前日。新暦75年9月11日の夜の事。地上本部公開意見陳述会を明日に控え、警護に当たるために六課を後にする面々。

 

フィアッセは、ヴィヴィオと共にすずかの部屋にいた(正確には、フェイトとすずかの部屋)。ギンガもなのはもフェイトも、先程地上本部へ出発している。よって必然的に六課に残ったすずかが面倒を見ている訳だ。地上本部の警護なのだから、本来ならば部隊長であるすずかも同行すべき所だが、はやての鶴の一声で残る事になった。万が一の場合の為である。

 

ヴィヴィオは眠そうに目を擦りながらも、フィアッセに抱き付いて離れない。歳は違えど、同じ『なのは』。小さな子供だからこそ、ヴィヴィオは何かを感じ取っているのだろう。

 

「ヴィヴィオ、眠いの?」

 

「うん。ねむいの」

 

今にも寝そうなヴィヴィオを抱えて、フィアッセはベッドへとフワフワと移動する。ヴィヴィオを寝かせ、布団を掛けてやる。

 

「明日になれば、なのはママに会えるからね。だから、今日はいい子で寝ようね?」

 

そうして漸くヴィヴィオを寝かせて再びフワフワと漂い、既に座って紅茶を飲んでいたすずかの隣に座る。

 

「あの、えっと‥‥‥すずかちゃん?」

 

「なぁに、なのはちゃん。どうしたの?」

 

「あのデバイス、やっぱり私には‥‥‥」

 

少し俯くフィアッセ。確かにあのデバイスが有れば、レイジングハート無しでも充分に魔法を使う事が出来るかも知れない。だが、今のフィアッセが果たしてその身体的負担に耐えられるのか。そして、耐えられないとすれば、それは使えないのと一緒なのではないか。

デバイスをフィアッセに託した意味が未だ理解出来ず、フィアッセは悩んでいた。

 

「大丈夫。なのはちゃんなら、きっと使えるから」

 

すずかは、笑みを浮かべて答える。彼女は、フィアッセに立ち直って欲しかった。戻れる、と信じていたのだ。不屈の心を胸に秘めた、あの『高町なのは』に。

 

「でも、すずかちゃん」

 

「もうっ。大丈夫だから」

 

未だ不安そうな顔をしているフィアッセをたしなめ、二人はヴィヴィオの眠るベッドへと向かう。途中会話に詰まったフィアッセは、この前に目撃したあの事を口にした。

 

「すずかちゃん、えっと‥‥‥フェイトちゃんとは、どういう関係なの?この前、キ、キスしてる所見ちゃって」

 

「‥‥‥愛してるよ。世界で一番、ね」

 

満面の笑みを湛え、いとも簡単に、隠す事無くすずかは答えた。劣等感に苛まれて燻っているフィアッセとは違う。羨ましくもあり妬ましくもある、そんな複雑な思いと共に、フィアッセは眠りに落ちていった。

 

◆◇◆◇◆

 

次の日。公開意見陳述会当日。六課の面々は慌ただしく動いていた。

 

《ガジェットⅠ型、Ⅲ型多数!数百はいる模様です!》

 

「八神課長は?」

 

《それが‥‥‥連絡が取れません!地上本部の誰とも通信が繋がりません!》

 

司令室。すずかは腕を組み、考え込んでいた。

 

「どう思います?シャマル先生、ザフィーラさん」

 

「地上本部も襲撃されてる、って事かしら」

 

「‥‥‥狙いは、保管しているレリックか。此方は‥‥‥あの子、か」

 

機動六課隊舎は既に、周囲を囲まれている。非戦闘員に被害が及ぶ前に対処する必要がある。3人はガジェット殲滅の為、舎外へと急ぐ。

 

《なのはちゃん、ヴィヴィオを連れて安全な所へ!》

 

《うっ、うん!》

 

すずかはフィアッセにも待避を促す。今の彼女では、恐らくガジェットに対処出来ない。ならば、ヴィヴィオを任せ、安全な場所へと避難した方が良い。

 

《ヴァイス君!フィアッセとヴィヴィオをお願い!》

 

《了解、部隊長!》

 

ヴァイスに二人を任せたすずかは、外へと急ぐ。はやてがすずか達3人を残した判断は間違ってはいなかった。‥‥‥しかし。

 

(リミッター付きのままで戦闘か。何処まで出来るかな‥‥‥)

 

そう。三度のリミッター解除のうち、クロノのものは使用済み。カリムとはやては地上本部。連絡のつかない状況ではどうする事も出来ない。額に流れる冷や汗を拭いながら、すずかは外へと走る。

 

「スノーホワイト、絶対生きてみんなで戻ろうね」

 

《勿論ですわ。必ず》

 

 

 

外へ出たすずか、シャマル、ザフィーラ。3人を待ち受けていたのは、ナンバーズのオットーにディード、ルーテシアと彼女の召喚獣のガリュー。それから、数えるのも嫌になるくらいの、ガジェットドローンの大群。

 

「オットー、ディード。第二目標が来たよ」

 

「では、行きましょうか、ルーテシア御嬢様」

 

ルーテシアとオットーの会話に、すずかは疑問を覚えた。

 

(第二‥‥‥目標?)

 

 

 

「すずかちゃん!」

 

シャマルの声に我に返り、すずかは向かってくるガジェットに身構える。

 

だが、ガジェットの大群はシャマルとザフィーラを取り囲むように周りに展開。二人とすずかを分断する。

 

すずかが二人に加勢しようとしたところへ、オットーが広域砲を放ってくる。それをアイスシールドで防いだ所へ、更に右からディードが斬りかかる。

 

「スノーホワイト!」

 

すずかはスノートライデントを展開、ディードのツインブレイズを受け止める。

 

《すずか!》

 

スノーホワイトの声に反応し、すずかが後方へと下がると、ガリューが上から突撃。先程まですずかが居た場所が大きく抉れる。更にすずかはそこから左に大きく移動。ルーテシアが仕掛けたバインドからギリギリの所で逃れた。

 

(どういう事?四人掛かりって)

 

すずかが考えている間も、手を休める事無く仕掛ける四人。オットーのバインドから逃れ、ディードの斬撃を防ぎ。ルーテシアの砲撃とガリューのコンビネーションを避ける。今の所は何とか対処しているが、防戦一方。

 

(何とか、しなきゃ)

 

チラッとシャマル達を見ると、変わらずガジェットの大群を相手にしている。やられてはいないようだが、余裕は無さそう。やはり何とか打開策を、と視線を戻した瞬間、左腕をバインドで拘束され、体勢を崩す。

 

「捕まえた」

 

ルーテシアのその言葉と共に、すずかの両手足はバインドで拘束、その場に固定される。「しまった!」と声を漏らし冷や汗を流すすずかに、ディードとガリュー、それにルーテシアの魔力弾が向かっていく。

 

◇◆◇◆◇

 

すずかは地面にうつ伏せに倒れていた。バリアジャケットは既に解除されてしまっている。意識は、まだあった。

 

《すずか、大丈夫ですの?》

 

《‥‥‥『あの時』よりも、不味いかも》

 

念話で訊ねたスノーホワイトに、何とか答えるすずか。そう。あの時。プレシアとの決戦の時よりも不味い。あの時のような酷い骨折は無さそうだが、全身が痛み、力が入らない。

 

「何とか‥‥‥しなきゃ」

 

もうすずかが動けないと踏んだのか、ディード達はすずかから離れ、シャマル達を攻撃し始めた。

敵の目が離れている今しかない。対抗策を考えて反撃しなければ。

 

「うっ‥‥‥クぅ‥‥‥っうっ‥‥‥‥」

 

すずかは辛そうな声を漏らしながら、うつ伏せのまま痛む身体を引き摺って壁際まで移動。そこに座ったままでもたれ掛かる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

辛い呼吸を一度落ち着けて、痛みに耐えながら策を練る。

 

《ストライクカノン、なら》

 

スノーホワイトがポツリ、と漏らす。すずかも「‥‥‥そうだね。あれなら」と同意する。

今のすずかの身体では反動に耐えられないだろうが、まだ戦闘中のシャマルや人間形態のザフィーラなら何とか使えるだろう。AMFをものともせず、大量のガジェットや戦闘機人を一撃で倒せる『兵器』。他を考えている猶予はない。

 

「何とか、あそこまで行かなきゃ」

 

すずかの瞳に、再び光が灯る‥‥‥‥‥‥しかし。

 

「させない」

 

不穏な空気を察知したのか、最初から監視していたのか。ルーテシアがフワリ、とすずかの前に下り立つ。

 

「ルーテシアちゃん、どうして‥‥‥」

 

策を阻まれ、動揺しているすずかの言葉に、ルーテシアは無表情で答える。

 

「ドクターが、『鍵』と『貴女』を連れて来いって。だから、殺しはしないから」

 

「なっ‥‥‥!」

 

すずかが声を漏らしたのと同時に、ルーテシアは魔力弾を多数展開。抵抗すら出来ないすずかに向かって放った。シールドすら張れないすずかは全てを被弾。完全に意識を失う。

念を入れて、ルーテシアはすずかの両手足を拘束。その場を一度離れてディード達の元へと移動する。

 

◇◆◇◆◇

 

シャマルは倒れそうな身体を何とか押さえ、立ち膝のままでディードを睨む。先程からザフィーラに念話で語りかけているが、気を失っているのか、返事はない。

チラリとすずかの方に視線をやると、隙を突いてシャマル達が張ったすずかを守るシールドに、オットーが手を掛けていた。

 

「不味い‥‥‥すずかちゃん」

 

何とか立ち上がろうとして体勢を崩し、前のめりに倒れるシャマル。今まで何とか張っていた糸が切れてしまったのか、立ち上がれない。

 

「たった二人でよく戦った。しかし、此処までだな」

 

そういい放つディードをシャマルは睨む。そうして再びすずかの方に視線を移すと‥‥‥‥‥‥。

 

「‥‥‥えっ?」

 

オットーがシールドを破壊し、すずかに手を掛けようと伸ばした瞬間。桜色のバインドがオットーを拘束する。

シャマルの見ている前で、「『バスター!!』」という声と共に桜色の奔流に飲み込まれたオットーは、海まで吹き飛ばされて、海中に沈んでいく。

 

「嘘‥‥‥なのは‥‥‥ちゃん?‥‥‥いや、フィアッセ‥‥‥?」

 

足元にフライヤーフィンを展開し、シャマルとディードの間に降り立ったフィアッセ。純白のセイクリッドのバリアジャケットを纏い、その手にはレイジングハート。それに、ホルダー型デバイス。

 

「ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥シャマルさん、助けに来ました」

 

微かに苦痛に顔を歪め、苦しそうに息を吐くフィアッセは、レイジングハートを構えてディードを睨んだ。

 

 

 

 

 




機動六課の攻防前編。
決意のフィアッセ、もといなのはの回。

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