聖王教会付属の病院。なのはは庭へとゆっくり歩いていた。手には、兎のぬいぐるみ。保護した少女へのプレゼントにと、来る途中で買ったもの。数あるぬいぐるみの中から真っ先に選んだのは、少女が兎を抱いているイメージが何故かシックリときたから。
(元気にしてるかな‥‥‥)
少女は病室には居なかった。
シャッハの話だと先程目を離した隙に居なくなった、という。外に出た筈はない、という事で今、なのはは少女を探しに庭へと歩いている。
なのはには、少女が周りに危害を加える存在には思えなかった。根拠はない。なのはの勘、というか、確信があった。
やはり、少女は庭に居た。此方を向いて立ち止まり、今にも泣きそうな少女。
「ママ‥‥‥いないの」
そう言って泣くのを我慢している少女を、なのはは抱き上げた。『あの子はやはりクローンのようです。それも、数百年前の』というシスター・シャッハの言葉を思い出す。
「それは大変。一緒に探そうか」
涙目で、「うん」と頷く少女。「お名前は?」と優しい笑みを浮かべて聞いたなのはに、少女は答える。
「‥‥‥ヴィヴィオ」
その答えに、なのはは驚き固まる。自身がヘリで無意識に口にした名前。何故かは分からない。だが、やはりなのははヴィヴィオがどうしても他人には思えない。寧ろ‥‥‥。
「そっか。いい名前だね。大丈夫だよ、ヴィヴィオ。‥‥‥本当のママが見付かる迄、なのはさんがママになってあげるから」
「なのは、ママ?」
自身を涙に濡れながら見るヴィヴィオの頭を、なのはは優しく撫でる。
「うん、そうだよ。なのはママだよ」
それを聞いて泣き出してしまったヴィヴィオを抱き締め、あやす。
(なのはママ、か‥‥‥‥‥‥どうしてだろう。何だか懐かしい響き)
◆◇◆◇◆
機動六課のロビー。教導に向かうなのはは動けずにいた。原因は‥‥‥。
「ほら、ヴィヴィオ。泣かないで?なのはママ、ちょっとお仕事に行ってくるだけだから、ね?」
「うわぁぁぁん!!」
ヴィヴィオはなのはに抱き付いて泣き喚いたまま、動かない。苦笑いのなのは。
「にゃはは。えっと‥‥‥」
丁度、と言うべきだろう。そこへフィアッセが通り掛かった。
ヴィヴィオは泣き止み、フィアッセをじっと見て、首を傾げる。その仕草がフィアッセの胸を貫いたのか、彼女は近寄ってヴィヴィオの頭を撫でる。
「なのはさん、この子は?」
「えっと、ちょっと訳ありでね。私が保護者になろうかなって。フィアッセ、良いかな?」
なのははそう言って、フィアッセにヴィヴィオを抱かせる。すっかり泣き止んだヴィヴィオが、なのはに目で訴えている。さしずめ、このなのはママのソックリさんは誰?と聞いている、と言った所か。
「フィアッセだよ、ヴィヴィオ。えっと‥‥‥ヴィヴィオのお姉さん、かな?」
「ふぃあっせ‥‥‥おねえちゃん?」
ヴィヴィオの問いに「うん。フィアッセお姉ちゃんだよ」と答えて笑顔で改めて頭を撫でるフィアッセ。
「えへへー」と笑顔になり、どうやら機嫌を直したヴィヴィオに「じゃあ、なのはママお仕事行ってくるから。いい子にしててね?」と言って教導に向かうなのは。
なのはが教導に向かった後、ヴィヴィオをあやしているフィアッセの元へ、フェイトとすずかが通りかかる。今日は二人も教導へと向かうようだ。フェイトがヴィヴィオを見ながら問い掛ける。
「あれ、フィアッセ。その子‥‥‥」
「この子、なのはさんにベッタリで。なのはさん、この子の保護者になる、って」
◆◇◆◇◆
結局、ヴィヴィオは六課の訓練スペースに居た。フィアッセに抱かれ、すずかに頭を撫でられて、ご機嫌で。
「じゃあ、一端休憩」というなのはの声と共にヴィヴィオが走り寄る。
「なのはママ~」
「はーい、ヴィヴィオ」
満面の笑みでなのはに抱き付くヴィヴィオ。なのははヴィヴィオと手を繋いですずか達の方へと歩く。
「お疲れ様、なのはちゃん。なのはママって‥‥‥」
「‥‥‥うん。母親になるのも、悪くないかなって」
《‥‥‥いいんじゃないでしょうか。ヴィヴィオもその気のようですし》
‥‥‥もしもスノーホワイトが人間だったならば、ホッと胸を撫で下ろしていたに違いない。彼女(?)のマスターであるすずかが助かる為の絶対条件の1つ。ヴィヴィオがなのはの娘になる事。すずかを砕け得ぬ闇から救った立役者の一人、高町ヴィヴィオが生まれなければタイムパラドックスが生じ、すずかが消えてしまう可能性だってある。あと一押し。言葉を選び、慎重に事を進めなくては‥‥‥。
「そっか。なのはちゃんがお母さんか‥‥‥フフッ」
「もー。すずかちゃん、なーに?」
「何だかね、違和感ないなって」
そう言ってすずかはヴィヴィオの頭を撫でる。「えへへー」と笑顔を向けるヴィヴィオを抱き上げ、すずかは頬擦りをする。
(《杞憂、でしたわね》)
直ぐにすずかとも打ち解けたようで、これなら心配は無さそうだ。
《どうでしょう、すずかとフェイトが後見人になる、というのは》
「そうだね。ちょっとフェイトちゃんと話してみるね」
スノーホワイトの提案にあっさり乗ったすずか。親友のなのはが親子になるという時に後見人になら、という提案をすずかが蹴る訳がない。それを分かっていて提案したスノーホワイト。全てはマスターの為。
「‥‥‥‥‥‥って訳なんだけど、どうかな、フェイトちゃん」
「うん、すずか。いいと思うよ」
フェイトがすずかには反対しないのも、勿論計算済みであった。
◆◇◆◇◆
「ホラ、やっぱり分からない」
目の前のヴィヴィオは首を傾げている。小さなヴィヴィオに保護者と後見人の意味が理解できる訳はない。なのはがどうしたものかと考えていると、フィアッセが口を開いた。
「ママ、だよ。すずかママに、フェイトママ」
「すずかまま、と、ふぇいとまま?」
「うん。すずかママに、フェイトママ。ね?」
笑顔で頷くヴィヴィオを見て、スノーホワイトは一安心する。意外な人物の助け船。どうやら上手く行きそうだ。
一方。フィアッセはヴィヴィオと話す表面的な笑顔とは別の事を考えていた。
(私が居なかったら‥‥‥元の世界のこの子はどうなるんだろう)
なのははヴィヴィオの保護者に、母になる。ヴィヴィオも良くなついている。
もし、フィアッセの世界で高町なのはが管理局に存在しなかったら‥‥‥。彼女の世界ではすずかは局員ではない。となれば、恐らくフェイトあたりが引き取るのだろうが。どうにもそのフェイトの姿は想像出来ない。それに、この『なのはがヴィヴィオの保護者になる』という姿を見てしまっている。フィアッセがこのままでフェイトがヴィヴィオの保護者に、というのは、自分が育児放棄をしてフェイトに押し付けている気分である。
(それに‥‥‥ヴィヴィオ、可愛いし。私だって、ヴィヴィオのお母さんなら‥‥‥)
自分がヴィヴィオを抱き上げ、隣には、ユーノ。自分達を見て『ママ~、パパ~』と笑顔のヴィヴィオ。そんな想像をして紅くなる。しかし。
(でも、こんな私じゃ‥‥‥)
『エースオブエース』とまで言われているこの世界のなのはと自身を比べ、表情が曇る。
「ふぇいとママ」と呼ばれて、両手を頬に当てて悦に入っているフェイトと、それを微笑ましく見ているすずかとなのは。フィアッセはその様子を、少し遠くから複雑な表情で眺めていた。
ひたすらヴィヴィオを愛でる回。
フィアッセが立ち直るには、もう少しかかります。