クロノを先頭に、長い廊下を歩く5人。それはまるで、アニメの宇宙戦艦の中を歩いているようだった。窓の外を見れば、何やらモヤモヤとしたよく分からない空間が広がっているだけ。いかにも『別の世界』の技術、といった感じだ。
ユーノは「戦艦は初めて乗ったけど、凄いね」と感想を洩らし、なのはとアリサの2人はその技術に圧倒され、まるでど田舎から大都会に来たばかりかのようにキョロキョロとしている。
そんな中、すずかだけが少し違っていた。元居た世界のリンディのブレイブデュエルでのデバイス『戦艦アースラ』。何度も見てはいたが、実際に乗る事になるなんて。「やっぱりアルカンシェルも付いてるのかな」と、ついボソッと呟いてしまった。
クロノは先頭を歩きながらもすずかのその一言に反応し、僅に顔を後ろに動かす。やはりおかしい。自身の名を知っているに留まらず、現在アースラには搭載していない管理局の最終兵器、魔導砲『アルカンシェル』まで知っているとなれば最早管理外世界の人間とは思えない。
仮に管理世界からの移民だったとしても、然もクロノを知っているかのような反応まではいかない。執務官という立場上、様々な人間に会ってきたし、その全員を覚えている訳ではない。しかし、だ。氷結変換という管理世界でも珍しいレアスキルを持っている以上、クロノの印象に残っていてもおかしくはない。
だとすれば、これはどういう事か。まさか……次元犯罪者か?クロノの中ですずかへの疑惑が大きくなり、その顔は険しくなっていく。
そう考えているうちに、リンディの待つ『似非茶室』に着いた。どちらにしても、ここでハッキリさせなくてはならない。
クロノはその場の全員に悟られないよう密かに魔法陣を展開して、いつでもバインドを掛けられる準備をしてから扉を開けた。
◆◇◆◇◆
「皆さんようこそ、アースラへ。艦長のリンディ・ハラオウンです」
待っていたのは、先程のモニターに映っていた女性。
艦内とはガラッと雰囲気が変わり、日本を良く知らない外国人の日本のイメージの典型のような出鱈目な茶室に、一行は驚く。思わず「は?ナニコレ?」と口にしてしまったアリサが、それを誤魔化すかのように慌ててリンディの挨拶に答え、固まっていた他のメンバーもそれに続く。
「アッ……アリサ・バニングスですっ」
「ユーノ・スクライアです」
「高町なのはです」
「……月村、すずかです」
リンディは少しだけ間を置いて自己紹介をしたすずかに一瞬視線をやり、話し始める。そのリンディの視線に気付き、少し俯くすずか。
其れを見て、クロノの眉が僅に動く。そうしている間にも、リンディ『提督』の話は続く。
やはり、と言うべきか。リンディの口調などはすずかの居た世界での真面目な時のリンディのそれと変わらない。この様子だと性格も大して変わらないのだろう。目の前で緑茶に大量に砂糖を入れているあたり、嗜好も同じようだ。自身の境遇を相談してみる価値は有りそう。そう思いすずかは顔を上げる。
丁度リンディがユーノから経緯を聞き終わった所。
「そう。貴方がロストロギアを発掘したんですか。それで責任を感じて回収を。それから……」
そう言って一息置いたリンディは今しがた顔を上げたすずかを見やると、再び話し始める。
「なのはさんの事情は分かったけど、すずかさんは?魔法はいつ覚えたのかしら。デバイスはどうやって?」
すずかは不安そうな表情を浮かべて隣のなのはの方を見る。そのすぐ後に、アリサの方を見る。「ん?どうしたの?」と問いかけてくるアリサから思わず視線をはずすと、なのはが念話をくれた。
《アリサちゃんならきっと大丈夫だよ、すずかちゃん》
どうやら今のアイコンタクトでなのはは気付いてくれたようだ。今のすずかの最大の不安。真実を知ったら、果たしてアリサは今まで通り接してくれるのか否か。ついこの間迄の『アリサのよく知るすずか』は消え失せ、『別世界のすずか』と入れ替わっているのだ。アリサにとって、言わば『別人』のすずかを、友達として受け入れてくれるのか。
最悪、『親友を消し去り入れ替わった悪魔』として永遠に恨まれるかもしれない。かといって、このままアリサを騙し通すなんて出来ない。アリサに恨まれるにしろ受け入れてくれるにしろ、現実と向き合い、なのはに甘え逃避してきた自分と決着をつけねばならない。すずかは遂に決意し、重い口を開いた。
「あの、アリサちゃん。落ち着いて聞いてね」
「何よ、改まって。魔法や戦艦見た後だし、今更何も驚かないわよ」
「あのね、アリサちゃん。私は、今までの私ではないの」
「魔法が使えるんでしょ?それならさっき見たわよ」
「そうじゃなくてね、違う世界の人間なの」
「だから、普通じゃないって事でしょ?それなら別に……」
「つまり、すずかさんは『次元漂流者』って事かしら?」
事態を察したリンディはすずかとアリサの話に割って入った。リンディの推測が正しいとしたら、レア中のレアケース。このケースの真実を話すべきか、リンディは迷う。何故なら、このケースで元の世界に戻れた例は、過去に一件もなかったのだから。
「すずかさんは『並行世界』から来た、という事で合っていますか?」
リンディの確信を突いた質問に、すずかは間を置いて一言「はい」と答える。
アリサはそれを聞いて「は?」と疑問を浮かべたまま。そんなアリサを横目に、すずかは自身に起きた事を話し始めた。今まで居た自分の世界の事と、此方の世界に来てからの事。
一通りの事を聞いたあと、リンディはすずかに幾つか質問した後に、覚悟しておかなくてはならない現実を口にした。
「すずかさん。まず知っておいて欲しいことが有ります。時空管理局は万能ではありません。ですから、もしかしたら元の世界には帰れないかもしれない。その事は理解しておいてください」
「そんな……」
すずかは言葉に詰まる。元の世界にはもう戻れない。その言葉が頭の中をぐるぐると回り、機能停止した機械のように固まるすずか。
「本当なの?それ」
突然発せられたアリサのその言葉に、すずかはハッとしてアリサを見た。怒りを露にし、ワナワナと震えるアリサを見て、すずかはその場にへたり込む。あぁ、きっと嫌われてこのまま一生恨まれちゃうんだ。そう思ったすずかは悲しみの底に沈み、今にも泣きそうなか細い声で「アリサちゃん……」と名を呼んだ。
「どういう事なのっ!!!」
目一杯アリサは叫んだ。
「私の大事な親友が困ってるのに、帰れないかも知れないってなんなのよ!?アンタ達『時空管理局』なんでしょ!!私の大切なすずかをちゃんと元の世界に帰してあげなさいよっ!!そこのクロナントカも!執務官だか何だか知らないけど、困ってる人一人助けられないなんてどういう事!?なのは見てデレデレしてる暇があったら帰る方法さっさと探しなさいよ、このロリコン!!!」
アリサの切った啖呵に、固まっていた一同。そんな中アリサは「私が必ず元の世界に帰してあげるわよ!」と言ってすずかを抱き寄せる。そんなアリサにすがって泣くことしかできないすずかを見て、なのはの涙腺も緩む。なのはにとって何だか聞き捨てならない言葉があったような気がしたが、この場は敢えて触れない事にした。
なのはが名指しされたクロノの方を見てみると、「僕はロリコンじゃないし、デレデレなんてしてない!」「いーや、してたね!なのはを見て鼻の下伸ばしてたじゃないか!」などとユーノと言い争いをしている。
「いつ僕が鼻の下を伸ばしたって言うんだ!何時何分何秒!大体君だってフェレットモドキのクセになのはの事にムキになって顔を真っ赤にしてるじゃないか!」
「なっ!僕はフェレットじゃない!人間だっ!」
なのはが思うに、どうも自分の事で争っているように見えるのだが、なんというか……面倒なので、「2人とも仲よしさんだね、うん」という一言で済まそうとしたのだが、
「「どこが!」」
という2人の息ピッタリの言葉が返ってきた。「にゃはは」と苦笑いで誤魔化し、アリサに視線を戻すと、これまた彼女のトンデモ発言が飛び出す。
「決めたわっ!アタシ管理局に入る!!こんな役立たずの連中にすずかを任せるなんて出来ないわ!アタシが管理局に入って帰る方法必ず見つけてやるわ!!」
これまた一同は固まる。辛うじてリンディが
「そんなに簡単に決める事ではないのよ?親御さんにもきちんと話をしてからでないと……」
とたしなめるが、アリサは聞く耳を持たない。それどころか
「両親なんていつもいないんだから大して変わらないわよ!それにもう決めたんだから!」
と息を巻いている。そんなアリサを見て、泣き止んでいたすずかが再び号泣する。
途中から入って来ていたエイミィは、リンディに向かって一言。
「……どう収拾つけるんですか?これ」
それにリンディが答える。
「……どうしましょうか」
将来、アリサはクロノ艦長が絶大な信頼を置くクラウディアの通信主任になったりするのだが、それはまだ先の話。
男気?溢れるアリサさん、の回。こうして、アリサさんはバレンタインに貰うチョコが増えていくのでした。