Crescent Moon tears   作:アイリスさん

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其々の日常

 

新暦75年4月上旬のある日。

ミッドチルダの某所。とあるマンションの一室。そのベッドルーム。ダブルベッドで眠る、二人の女性。‥‥‥否、二人は起きてはいた。ただ単に、ベッドから起きてこないだけであった。フェイトは自分の胸の中に収まっている、すずかを撫でながら言った。

 

「ホラ、すずか。もうそろそろ起きよう?」

 

「‥‥‥‥‥‥やだ。もう少し、こうしてたいもん」

 

フェイトの胸に顔を埋めたまま、半分微睡んでいるすずか。二人は今日は休み。何も予定がないのなら、このままでも良かった。そう、何もなければ。

 

「私だってもう少しこうしてたいけど、そろそろ起きないと。今日は例の二人の試験見に行く日でしょ?」

 

「やだ。フェイトちゃんとずっと一緒にこうしてたいもん‥‥‥‥‥‥じゃあ、キスしてくれたら、起きる」

 

救助隊は何時も激務。疲れているのは分からなくもないが、どうにも起きる気配のないすずかを起こさなくてはならない。こうして自分の前だけで見せる、甘えたすずかの姿をずっと見ていたいのは山々だが、ここは心を鬼にして(とフェイトが思っているだけで、実際鬼と呼べるような行為をした事は今までで1度も無い)すずかの額に軽くキスをする。

 

「ホラ、起きて、すずか?」

 

すずかは、笑顔で起床を催促しているフェイトの唇にチュっ、と軽くキスをして、ようやくモゾモゾとベッドから抜け出した。

 

「‥‥‥起きたよ、フェイトちゃん。紅茶、いれてくるね」

 

ネグリジェのままで、寝惚けたままキッチンへと向かうすずかを見送って、フェイトは自身もようやく起きて、シャワーを浴びにバスルームへと向かう。

 

フェイトがシャワーから出てくると、丁度紅茶がはいり、ティーポットと、お揃いの二人のカップが出てくる。流石はすずか。例え徹夜が続き、フェイトと数日会えなくとも、フェイトがシャワーから出てくるタイミングに合わせて紅茶をいれておくなど造作もない事。

 

「出来たよ、フェイトちゃん♪」

 

目が覚めたのだろう。フェイトに最高の笑顔で微笑むすずかは、フェイトにとって最高の恋人であり、何者にも変えられない最高の妻である。

 

「ありがと、すずか」

 

これまた最高の笑顔で返すフェイト。二人のたまの休みが合いでもすれば、朝から晩まで、寝るまでひたすらこの調子である。

可愛くて仕方のない愛しい恋人とのひとときに浸りながらも、これからの予定という現実に戻らなくてはならないフェイトは、紅茶を飲みながらバルディッシュを呼ぶのだった。

 

 

紅茶を飲んでいるその二人の住んでいる玄関ドアの外。はやてとリインはどうやってかは知らないが、持ち前の鋭さで部屋の中の状況を察し、すずかとフェイトの準備が終わるまで待っていた。

 

「リイン、私ちょっと考えとるんやけど」

 

「何ですか、はやてちゃん」

 

「新しい隊舎の部屋、あの二人別々にしようと思うんやけど」

 

「何でですか!可哀想ですよ!」

 

「せやけど、あのノロケが毎朝毎晩続くかと思うと、ノイローゼになりそうやもん」

 

はやての言葉に、苦笑いしかできないリイン。はやては溜め息をついて、更に話す。

 

「それに‥‥‥業務に支障とか出てきそうやし。いろんな意味で」

 

リインが呆れていた所に丁度ドアが開き、はやてとリインは、驚いた顔の二人と鉢合わせた。

 

「アレっ?はやて、いつ来たの?」

 

「アレっ、やないで、フェイトちゃん。結構前からやけど、そこは空気読んで待機しとったんや。それじゃ、すずかちゃんも、行くよ?」

 

「う、うん」と少し顔の赤い二人を無理矢理引っ張り、車に乗り込むはやてとリイン。そう。今日は、フォワード候補、スバル・ナカジマとティアナ・ランスターのBランク試験の日。ちなみに、なのはは既に現地入り済みである。‥‥‥‥‥‥この、年中春真っ盛りの二人が部隊長と隊長だというのだから、今日も既に頭痛のするはやての悩みは尽きないのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

聖祥大附属中学校、その二年生の教室、昼休み。窓際で外を眺めながら物思いにふける、サイドポニーの少女。アリサは何時ものように、少女の両肩をポン、と叩いて、話しかけた。

 

「なのは、どうしたの?」

 

「アリサちゃん、それに、すずかちゃんも」

 

アリサの隣には、すずかも立っている。アリサ達には、聞かずともわかってはいた。なのはが考えていたのは、恐らく、管理局の仕事でいない二人の親友の事だろう。

 

「今日も二人ともお仕事なんだよね?私達は二人の分もノート確り録っておこうね?」

 

すずかの言葉に、「そうだね」とぼんやりと答えるなのは。管理局の仕事で欠席や早退の少なくないはやてとフェイトの為に、いつもノートを録っておくのは3人の役目。

 

「なのは、お昼まだでしょ?屋上、行かない?」

 

「なのはちゃん、車椅子、私押してくから、ね?」

 

そう言えばまだ弁当に手をつけていない事を思い出したなのはは、「うん」と答えると、慣れた動作で何時ものように車椅子で廊下に出る。

 

 

あの日。なのはが管理局に入局して2年目。早生まれのなのはがもうすぐ11歳になろうか、という頃の冬の事だった。

自身の度重なる無茶がたたり、撃墜されて瀕死の重症を負った。リハビリして回復する可能性も0では無かったが、医者から聞いた、『もう今までのようには飛べない、魔法も今まで通りには使えないかも知れない』という言葉に絶望してしまい、地獄とも思えるリハビリから逃げ出した。

勿論、後悔している。無茶を重ねた自分にも、撃墜された自分にも、リハビリから逃げた自分にも。けれど、今更リハビリを再開する勇気もない。頑張った結果、やっぱり復帰は無理でした、なんて事になったら‥‥‥そう思うと、怖くて踏み出す勇気などない。当時は機能不全に陥っていたリンカーコアも、だいぶ回復はしていた。しかし、全開で魔力を使用する、なんて、今の身体ではとんでもない事。恐らく、ディバインバスター1発撃つのも身体が耐えられない。スターライトブレイカーのような、身体にかなりの負担が掛かる魔法などもっての他。精々、アクセルシューター2、3発が限界だろう。

こんな情けない自分を、変わらず『マスター』と呼んでくれるレイジングハートがいとおしくて堪らない。

 

はやてとフェイトは、中学を卒業すればミッドチルダに移住するのだろう。二人とも、もう一流の局員。はやては特別捜査官。フェイトは執務官。変わらず今も親友で居てくれる二人。それに引き換え、自分はどうだろう。はやて、フェイトに甘え、アリサ、すずかに慰めてもらい。そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。

 

『ミッドチルダに一緒に』、とフェイトは誘ってくれてはいる。しかし、いつまでもその好意に甘える訳にも行かない。着いていけば、きっとフェイトの足を引っ張る。

 

卒業したら、翠屋を手伝うつもりだ。幸い、家族は魔法を知っているし、キッチンから出なければ外からは分からない。車椅子で自由が制限されている分は魔法でカバーできる。そのくらいの魔法なら、身体の負担にはならない。

 

屋上でアリサ、すずかと3人でお昼を食べるなのはは、何時ものようにぼんやりと空を見上げる。

 

(空、また飛びたかったな。‥‥‥‥‥‥あのときのように)

 

 

 

 




書いてて胸焼けがぁ!
甘い‥‥‥甘過ぎる。はやての悩みもよくわかる‥‥‥

なのはsideも始動。

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