Crescent Moon tears   作:アイリスさん

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不屈の心はこの胸に

 

はやてとの他愛ない話を終えた一同は、ゆっくりと階段を上がる。その誰しもがピンと糸を張ったように張り詰めていた。シグナム、シャマルと共に屋上へと上がると、風に髪を靡かせたヴィータとザフィーラが待っていた。二人はすずか達を睨みつけている。

 

「どうして‥‥‥どうして来ちまったんだよ。あと少しなんだよ。お前らさえ居なきゃ、はやては‥‥‥」

 

ヴィータはそう呟き、赤いベルカの魔法陣を展開、騎士服を纏う。他の守護騎士も、それぞれデバイスを構える。

 

「誰にも邪魔はさせん。闇の書の完成はもう目の前なのだ。お前達をこのまま帰す訳にはいかん」

 

シグナムはカートリッジを炸裂させてレヴァンティンを構え、その涙に濡れた瞳をフェイトに向けた。

 

「駄目なんです!このままじゃ、はやてちゃんは」

 

すずかはそう叫ぶも、制止は届かず。シグナムとヴィータ、ザフィーラはゆっくり動き始めた。

 

「止まれ!テスタロッサ!」

 

「出来ません!シグナム、私が貴女を止めてみせます!」

 

フェイトのバリアジャケットがソニックフォームに替わる。只でさえ薄いフェイトの装甲を更に薄くするのと引き換えに、長所であるスピードを更に上げるフォーム。もし軽い攻撃でも当たろうものなら、致命傷になりかねないくらいに。

シグナムとフェイトは空中で激突、ガキン、という音と共に魔力がぶつかり合って火花が飛び散る。

 

「装甲が薄い‥‥‥当たれば死ぬぞ」

 

「貴女に勝つ為です!バルディッシュ!」

 

覚悟の表情を浮かべたフェイトは、魔力をたぎらせ、自身のデバイスの名を呼んだ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

そうして7人が激突している結界の境界。ロッテとアリアが睨むものは、シャマルのもつ闇の書。

 

「闇の書‥‥‥!分かってるね、ロッテ」

 

「ああ、アリア。やるよ」

 

二人が動き出す瞬間。ロッテとアリアに絡み付くバインド。それを放った魔導師を二人は睨み付けた。

 

「クロスケ!お前‥‥‥!」

 

「そこまでだ、ロッテ、アリア。グレアム提督にも会ってきた。これ以上罪を重ねるな」

 

二人を睨み、静かに、しかし辛そうな表情を少しだけ浮かべるクロノ。

 

「クロノ、あんただって憎いだろう!クロノの父親‥‥‥クライド君の命を奪った闇の書が!」

 

「そうだよ、クロスケ!あれは危険なものなんだ。このまま放っておいたら、また誰かが犠牲になるんだよ!」

 

アリアとロッテ二人の言葉を黙って聞いたあと、クロノは静かにその口を開く。クロノだって、辛くなかった訳じゃない。闇の書が憎くなかった訳じゃない。その苦しみを必死に我慢して、リンディと自分と同じ悲しみを繰り返させない為に、ここまで来た。かつての上官、例え自分の師匠だったとしても、復讐という都合のいい言葉を口実に、誰かの悲しみを生ませて良いわけがない。

クロノはリーゼ姉妹に複雑な感情を持ちつつも、二人に向かって叫ぶ。

 

「だからと言って、罪を犯していないものを裁いていい道理はない!」

 

◆◇◆◇◆

 

《収集、開始》

 

「何だと!?ウグッ、グアァァァ!!」

 

ヴォルケンリッターの4人と、すずか達はバインドで拘束されていた。拘束した主は、他でもない、闇の書。正確には、ナハトヴァールと表現すべき、か。最後の最後でクロノに拘束されたリーゼ姉妹に代わり、ヴォルケンリッターのリンカーコアを収集することで、闇の書を完成させる為。守護騎士達はリンカーコアを奪われ、一人、また一人と消えていく。その様子をただ見ている事しか出来ないすずか達と、もう一人。

 

「シグナム!シャマル!ヴィータ!ザフィーラ!‥‥‥やめて、やめてぇぇ!!嘘や、こんなの‥‥‥嘘やぁ!!」

 

それは偶然だったのか、それとも、闇の書が引き起こした必然であったのか。はやては見えない力に引き寄せられ、彼女の家族が消え行く様を目撃する事となった。そのはやての闇が、封印されていた闇の書のトリガーを引く。

はやては闇の書をその手に、魔力を解き放った。

 

《我は闇の書の主。封印、解放》

 

はやての姿が変わっていく。9才の少女のそれだった身体は大人のそれとなり、髪は銀髪のロングヘアー、その瞳は赤く、黒装束の騎士甲冑。その背には、漆黒の翼。闇の書の管制人格へと変貌したその姿は、すずかのよく知るアインスのそれであった。その左手には、禍々しい暗黒を纏わせていた。

 

『また、全てが終わってしまった‥‥‥我は闇の書。我が力の全ては、主の願いの為に』

 

闇の書の意思は魔法陣を展開させ、すずか達3人を魔力の刃が取り囲む。

 

「はやてちゃん!お願い、やめて!」

 

すずかの言葉に聞く耳を持たない闇の書の意思。

「すずか!」というフェイトの叫びが響いた後、それは放たれた。

 

『ブラッディ・ダガー』

 

3人はシールドで防ぐも、その間に別の魔法陣の展開を終えていた闇の書の意思。金色に光り、電撃を帯びた数多のミッド式魔法陣が展開された事に、3人は驚愕する。

 

「嘘っ!?フォトンラン‥‥‥」

 

『フォトンランサー・ジェノサイドシフト』

 

フェイトが言い終わるよりも早く、闇の書の意思はそれを放つ。

 

フェイトのそれよりも広範囲に広がったフォトンランサーを、二人よりも早く回避したフェイト。フェイトは闇の書を止めるべく、なのは、すずかに先行して向かう。

 

「はぁぁぁ!!」

 

‥‥‥が、フェイトの刃が闇の書の意思に届く事は無かった。闇の書が光を放ち、それに触れたフェイトも、光に包まれる。「えっ!?」というフェイトの声と、《吸収》という闇の書の声が重なって発せられると、光に包まれたままフェイトはその場から消えた。

 

「フェイトちゃん!!嫌‥‥‥嫌ぁぁ!!!」

 

《落ち着きなさい、すずか!フェイトのバイタルは健在よ!闇の書に閉じ込められてるだけよ!未だ助けられる!》

 

フェイトがその場から消え、狼狽どころか激しく取り乱したすずかは、フェイトは無事、というアリサの言葉など聞こえていない。なのはから見ても隙だらけとなっているすずかも、闇の書の光に包まれる。

 

《吸収》

 

そうしてたった一人となったなのは。魔法に触れた初期でさえも、ユーノのアドバイスと助力があった。その後は、ユーノとすずかの協力と指導。管理局の助力。

初めてのたった一人での決戦。しかも、相手は恐らく管理局史上最大の敵。なのはは深呼吸をしながら、父親の言葉を思い返す。『困っている人がいて、自分に助けてあげられる力があるなら、その時は迷っちゃいけない』。

 

「今がその時だよね‥‥‥レイジングハート!!」

 

なのはの意を汲み取り、砲撃形態へと変形するレイジングハート。環状魔法陣がなのはの周囲に展開し、杖の先端に魔力が集中する。

 

「『ディバイーン!』」

 

《buster!》

 

目一杯の魔力を込めた一撃。それをあっさりと防がれたのを確認し、レイジングハートは決意する。

 

《マスター、『エクセリオンモード』を。大丈夫です。行けます》

 

「レイジングハート!?」

 

エクセリオンモード。まだフレーム強化が済んでおらず、エイミィから使用を止められている、今のレイジングハートのフルドライブ形態。使用すれば、破損の可能性もある危険な賭けだが、レイジングハートはそれに賭けた。

 

《私を信じてください。それと、『あれ』もお願いします》

 

なのはは一度瞳を閉じ、「フェイトちゃん、すずかちゃん‥‥‥」と友を想った。必ず助け出してみせる。他でもない、自身の力で。

 

「分かった。行くよ、レイジングハート。ストライクフレーム展開、モードエクセリオン!!」

 

なのはに呼応して、レイジングハートが更に変形する。先端に桜色の刃を宿し、翼を広げた形となった愛杖を構え、なのはは闇の書を鋭い視線で見据えた。

 

「行くよ、レイジングハート。準備は?」

 

《問題ありません、マスター。スノーホワイトの協力のお陰です》

 

必ず勝つ為。なのはは、更に、次の一手を打つ。密かに特訓してきた、『いざというときの為に』とすずかから譲り受けた大きな力。きっと今がその時。大きく息を吸い込み、叫ぶ。

 

「カードロード!」《ロードカード。ブラスターセット》

 

レイジングハートは即座に反応し、ブラスタービットを展開させた。なのはの魔力が膨れ上がる。と同時になのはの身体にも多大な負荷がかかるが、今のなのはにはそれは小さな事。

 

「ブラスターシステムリミット1、リリース!『エクセリオンバスター』」

 

その先端を闇の書に向け、なのはは膨れ上がった桜色の魔力を解き放つ。

 

「『ブレイク・シュート!!!』」

 

◆◇◆◇◆

 

「いいわね、ファリン?」

 

「はい、忍お嬢様。すずかお嬢様は5日間眠っていた、という事で」

 

月村邸。夕刻になろうかという時刻。すずかの部屋で小声で話す、忍とファリン。と、ベッドで眠っていたその部屋の主が、ゆっくりと目を覚ました。

 

「お目覚めですか、すずかお嬢様」

 

「ファリン。お、おはよう?」

 

(あれ?家?どうして?)

 

すずかは状況が掴めない。つい先程まで、闇の書と対峙していた筈が、何故か家のベッドの上。

 

「すずか、大丈夫?もう5日も寝たきりだったわよ?」

 

(え?)

 

眠っていた、と言われ、驚愕の表情を浮かべる。

 

(戻って来たの!?それとも‥‥‥まさか、全部夢‥‥‥?

そんな‥‥‥やだよ、フェイトちゃん。私は‥‥‥フェイトちゃんと居たいのに!大好きなフェイトちゃん‥‥‥フェイトちゃん‥‥‥会いたいよ)

 

自然と涙が溢れる。もし戻って来たとしたら、最低だ。みんなが危機と戦っている時に、一人だけ安全な所にいるなんて。それに、フェイトとも離ればなれ。

そして、今までの事がもし夢だったとしたら‥‥‥フェイトとも‥‥‥。

 

泣きじゃくるすずかをあやしていた忍のところへ、ノエルがやって来た。

 

「忍お嬢様、お客様です」「すずか、はやてちゃんみたいよ?お見舞いかしら」

 

(はやてちゃん‥‥‥)

 

先に応対に行った忍の後から、ゆっくりと、すずかは歩く。やがてはやてのシルエットを確認したすずかは、フラフラと吸い寄せられるようにはやての方へと歩く。

 

「すずかちゃん!もう出歩いてもええの?結構重病って聞いとったんやけど」

 

「うん。ありがとう。フラフラするけどだいぶ平気だよ」

 

「この子5日間も寝たきりだったから。まだ本調子じゃないし余り長話は‥‥‥」

 

「じゃあ、すずかちゃん。早く良くなってな?」

 

すずかはこの時はまだ、気づかなかった。忍の瞳の下には、すずかが戻ってきて泣き腫らしたあとがあった事に。自身の左胸に、夢では無かった証拠が刻まれている事に。今も忍の部屋には、その確固たる証拠がある事に。

 

◆◇◆◇◆

 

「はぁ、はぁ‥‥‥まだだよ、レイジングハート。私が諦めたら、フェイトちゃんも、すずかちゃんも、はやてちゃんも救えない!!行くよ、レイジングハート!!ブラスター2!!!」

 

ブラスターの力をもってしても、今のなのはに闇の書にクリーンヒットを当てるのは難しかった。悠々と浮かんでいる目の前の敵に対して、自身は傷つき、疲労は溜まっていく一方。なのはは未だ制御しきれていないブラスター2の使用を決意し、レイジングハートは更にビットを展開する。

 

「エクセリオンバスターA・C・S!!」

 

零距離からの大威力砲撃であるエクセリオンバスターA・C・S。なのはは闇の書に向かい突撃、その防御を突き破る為に桜色の刃を闇の書のシールドに突き立てた。闇の書はその勢いに押されるも、シールドは抜かせない。

 

「届いて‥‥‥届けぇぇぇ!!」

 

なのはの意地と信念が上回ったのか、少し、ほんの少しだけ、ストライクフレームの先端がシールドを突き破った。そこに全神経を集中させ、なのはは桜色の奔流を闇の書にぶつけた。

 

「『ブレイク・シュート!!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なのは、吠える、の回。すずかは密かになのはにカードシステムを教えていました。勿論、来るべき災厄に対抗するため。(闇の書ではない)

さすがはレイジングハートさん。伊達にユーノが遺跡から見つけたロストロギア(?)ではありませんね。


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