「よっと」
奥まで進んでいくと鉄製の四角い蓋があり、俺はでかいドアノブを回して蓋を開ける。仲村が言うにはこの蓋を開けて梯子を使って降りればギルドの最深部に着くらしい。
開けた蓋を覗いてみると確かに梯子があった。
「あたしが先に降りるから音無君と五十嵐君は後に来て頂戴。あっ、後梯子から降りる時は絶対に手や足を滑らしたりしないでね。じゃないと死ぬから」
そう俺と音無に忠告をしてくれると、仲村はさっさと蓋の中にある梯子に手をかけ、降りていく。それに続くようにして他のメンバーも降りて行った。
あの口振りからすると、恐らく梯子はかなり長く続いているのだろう。
「・・・じゃあ、次は俺が行くよ」
仲村が少し降りていった後、音無は自分から行くと言うと梯子に手をかけて降りていく。それを見届けた後、俺も梯子に手を掛けた。
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「これがギルド・・・。かなり、でかいな」
長い長い梯子を降り終えると、その光景は巨大な工場のような場所だった。みんな作業服らしき物で武器作りに励んでいる。
「ゆりっぺだ!」
「他の戦線メンバーもいるぞ!!」
「無事だったぁ!」
作業員の一人が階段を降りてる俺達の姿を見ると走り出し、他の作業員達もどんどん戦線メンバーの元へと集まる。
「こいつらがここで、武器を作ってんのか」
「あんまり気に入らないけどな」
戦線メンバー達が作業員達と何か話をしている間に、俺と音無はお互いにギルドの建物や作業員の人達を見ながら話していると――――――――――
――――――ズゥンッ!!
突如地響きが鳴り、爆音の様な音は天井越しから聞こえてくるので思わず上を見上げる。
「また掛かった!」
掛かった、という事は誰かが・・・いや、立華が何かのトラップに引っかかったのだろう。
「近い・・・」
音無も同じく音がした上を見上げてながら近い、と呟いたのが聞こえた。
「ゆりっぺ・・・」
野田は若干不安そうな声で仲村の名前を呼ぶ。それと同時に皆は顔を仲村がいる方へ向けると、仲村は上を見上げながらしばらく沈黙し、そして思わぬ事を言う。
「ここは破棄するわ」
「えぇ!?」
「そんな!!?」
「正気か!?ゆりっぺッ!!」
「そうだぜ!武器が作れなくなってもいいのかよ!!?」
仲村の発言に戦線メンバーやギルドのメンバーは騒ぎ始め、仲村の破棄という案に反対する物も多数いた。ここを破棄なんてしたら高松が言ってた通り、銃弾の補充などができなくなって立華に太刀打ちができなくなってしまう。俺はそれで良いのだが・・・。
「大切なのは場所や道具じゃない。記憶よ。あなた達それを忘れたの!?」
「い、いや・・・」
「どういう事だ?ゆり」
ギルドメンバーは仲村の言葉を聞いて黙り込み、仲村の言ってることがよくできない俺と音無は階段を降り、音無が仲村に話しかける。
「この世界では命ある物は生まれない。けど、形だけの物は生み出せる。それを合成する仕組みと作り出す方法さえ知っていれば、本来何も必要ないのよ。土塊からだって生み出せるわ」
えっと・・・つまり、銃の作り方とかが知ってるなら土塊から作り出せるって事なのか?
この死後の世界にそんな芸当ができるだなんてな・・・。
「だが、いつからか効率優先となり、こんな工場でレプリカばかりを作る仕事に慣れきってしまった」
「チャーさん・・・」
ボサボサの伸びきった髪と髭に、工場などで使われそうなゴーグルを付けている大柄な男が現れる。おかしい、確かこの世界に来る奴って学生なんじゃなかったっけ・・・?それともあいつも俺らと同じ学生なのか・・・?とてもそうに見えないんだけどな・・・。
「本来あたし達は形だけの物に記憶で命を吹き込んできたはずなのにね」
「なら、オールドギルドへ向かおう。長く捨て置いた場所だ。
あそこには何もないが…ただ、土塊だけなら山ほどある。あそこからなら地上へも、戻れる」
「ここは?」
「爆破だ」
『『『ええぇ!?』』』
「・・・爆破?」
チャーの爆破という言葉を聞き、ギルドの作業員や戦線メンバー達は驚く。俺も爆破なんて物騒な言葉に、思わず声を出した。
「・・・誰だ?こいつは」
俺の声を聞いたチャーは俺の方へと怪訝そうな顔を向ける。それはそうだろう、戦線の制服を着ていない、顔に包帯を巻いた男なんて怪しすぎる。
「今回のオペレーションに協力してくれた五十嵐竜司くんよ」
「なぁ、ここを爆破したら上にいる立華はどうなるんだ?」
仲村がチャーに俺の名前を教えると、俺はすぐにチャーに上にいる立華はどうなるのかを聞いた。事によっては、俺も動かなければならない。
「ギルドの爆発に巻き込ませる」
チャーがそう言うと
――ゴゴゴゴゴゴ・・・・!!
俺達が今いる真上から大きな音が聞こえてくる。
さっきよりも音が大きいという事は、ほぼ真上にいてもおかしくないくらいなのかもしれない。
「持っていくべきものは記憶と、職人としてのプライド、それだけだ。違うか、お前ら!!!」
『『『・・・・・・はい!!!』』』
チャーの言葉に胸を打たれたのか、はたまたもっと別の理由なのか。それはギルドで武器作りをしてない俺にはわからない事だが、ギルドメンバーの人達は全員力強い返事をする。
「よーし、爆薬を仕掛けるぞ。チームワークを見せろ!!」
『『『はいっっ!!!!』』』
再びギルドメンバー達は力強い返事をし、各自それぞれの場所へと行く。
「はぁ・・・」
ままならねぇな・・・。俺はただ、何事も無ければそれで良いってのに・・・。
「仕方ねぇな」
俺はそのままギルドを後にし、立華が居るであろう上の階に上がる。
「ちょっと五十嵐くん!?何処に行くの!?何の武器もないのに危険よ!!」
「気にすんな、ちょっと立華に話があるだけだ」
俺は仲村の言葉に返事をし、速度を落とさないまま梯子を上った。
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「やっと・・・戻ってこれたか・・・」
長い長い梯子を登り終え、前を見ると煙が大きく巻き上がっている。
すると煙から人影が見え、こちらへと向かってきてるみたいだ。恐らく立華だろう。俺は人影の方に歩き出し、立華の名前を呼ぶ。
「よぉ・・・立華」
「・・・五十嵐君?」
立華は自分の名前を呼んでるのが俺だとわかり、足を止める。両腕に刃物らしき物があるがそんな物はどうでもいい。それより聞きたい事がある。
「こんな所に、何の用だ?」
「体育館の地下を不当に占拠している生徒がいると聞いたから」
「それも生徒会長としての仕事か?」
コクンと、まるで小動物のような仕草で頷く立華。なるほど、仲村達は色々と隠そうとしているみたいだけど、看破されてた訳か・・・。
「五十嵐君、そこを退きなさいっ!!」
「む?仲村?」
「・・・・・・・・・」
俺の後ろから張り詰めた仲村の声が聞こえる。振り返ってみると、拳銃をこちらに構えて臨戦態勢とをとっていた。
それに反応したのは立華だ。何も言わず、常人以上スピードで俺の横を通り過ぎようとする。まったく、どいつもこいつも話を聞かない奴だな。
「いい加減にせんかっ!!!」
―――――――ゴスッ!!
「あうっ」
通り過ぎる直前、俺は立華の脳天にチョップをぶち当てる。女の肌に傷を付けずに、女と戦うために身につけた方法その2だ。
痛みはあるが、傷を負うことは無いお得な技でもある。
「・・・痛い」
脳が揺れるような痛みの為か、立華は若干涙目になって頭を押さえる。
「今がチャンス!!」
「お前も落ち着け!!」
――――――ゴスッ!!
「いっっっったぁ~~~~~い!!」
立華を撃とうとした仲村に接近し、同じようにチョップをぶち当てる。頭を押さえ、蹲る仲村と、まだ痛みが抜けずに頭を押さえる立華の間に俺は立った。
「五十嵐!!」
「ゆりっぺ、大丈夫か!?」
「うわっ!?天使!?」
梯子から続々と戦線メンバー達が上がってきて、立華を見た途端に銃を構える。その後ろには馬鹿デカい赤い砲身の大砲。
「おいお前らぁ!!黙って見てろ!!」
『『『っっっっ!!?』』』
俺の怒号は地下の坑道に反響し、戦線メンバー達は動きを止める。まったく、喧嘩以外の接し方を知らんのかこいつらは・・・!?
「ふぅ・・・。話の続きだ、立華」
俺は軽く息を吐き、立華と真正面から向き合う。戦闘の意思がないと判断したのか、立華は腕の刃を消し、ジッと俺の顔を見据えていた。
「要するにだ、お前はここにある施設の撤去に来たわけだな?」
「そう」
「でもよ、この学園の校則には『地下に工場を作ってはいけない』っていうのがあるのか?」
ある訳がない。
こう言うのは良識の問題で、こんなことをする生徒がいないことを前提にされている。普通なら、受験面接の段階で落ちるか素行不良でマークされるかだが、
「無いけど・・・」
「だったら良いじゃねぇか」
「でも、生徒会長として問題になりかねない行動を抑制しないといけないから」
「・・・なるほど」
それは矜持なのか、義務からなのかはわからない。だが俺も引く訳にはいかない。
ここで俺が引き下がれば、また争いの火種になるだろう。一人の女を集団で攻撃するなんざ、これ以上胸糞の悪いものは無いからな。
「でも良いじゃねぇか。せっかくの青春だぞ?ここにいる奴らはな、そうだな・・・」
「?」
「秘密基地とか、そういうのが好きなんだよ」
『『『はぁっ!!?』』』
俺の言葉に戦線メンバー達が驚いたような声を上げる。ちょっと黙っててほしい、俺も言葉が思いつかずにとりあえずこれで乗り切るしかないのだから。
「そうなの?」
おや?立華は動じずに、どこか関心を持った様子で返答してきた。
「こんな感じの場所があったら、思わず童心に帰ってハシャギたくなるのが、あいつら死んだ世界戦線だ。誰だって、そういう一面があったりするだろ?」
「ちょ・・・!私たちが中二病みたいに・・・!」
ギロリ!!
「~~♪~♪♪~~」
俺の一瞥に、何かを言いかけた仲村は何でもないように口笛を吹く。
「地下といえばカッコいい、カッコいいといえば秘密基地。あいつらは皆、生前どうしても秘密基地を作りたくて、その未練を叶える為にここを作ったんだ」
「そんな訳が・・・!!」
ギロリ!!
「うぐ・・・!そうです、僕たちは秘密基地大好きクラブです・・・」
俺の一瞥に、何かを言いかけた日向は話を合わせてくれる。
「だから見逃してやってくれないか?ここにはあいつらの青春の全てがあるんだよ」
「全てって、そんな大袈裟な」
ギロリ!!
「わーい!!秘密基地は楽しいなぁ―――!!!」
俺の一瞥に、大山はまるでアホの子のように話を合わせてくれる。
「・・・分ったわ」
『『『おぉ!!』』』
どうやら分ってくれたようだ。なんだ、話せば分かる奴じゃないか。
「でも、寮の門限は守ってね」
「あいよ」
それだけ言って、立華はその場を去っていく。
立華が曲がり角を曲がったのを確認し、俺は戦線メンバー達に向き合うと――――
『あっ!しまった!!』
次の瞬間、ドンッという大きな音と共に俺の意識は暗闇に落ちて行った。
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「あれ?何があったんだっけ?」
目を開けてゆっくりと上体を起こし、何処なのかを確認すると、此処は保健室みたいだ。
「確か俺は・・・ギルドに居たはずなんだが・・・?」
しかもどういうわけか、上半身裸だった。本当に思い出せない、一体何があったんだ?
「目は覚めましたか?」
「・・・遊佐ちゃん」
保健室の扉を開け、中に入ってきたのは遊佐ちゃんだった。手にはTシャツとkeyのロゴが入った缶コーヒーを持っている。
「着替えと飲み物をお持ちしました。どうぞ」
「あぁ・・・悪いな」
遊佐ちゃんから受け取ったTシャツを着て、keyコーヒーをあおる。コーヒー独特苦味と仄かな甘みが口一杯に広がっていく。
「なぁ、遊佐ちゃん?」
「なんでしょう?」
「俺、どうやってギルドから戻って来たか覚えてないんだけど・・・何か知らない?」
遊佐ちゃんは仲村の秘書のような事もこなしていると聞いている。戦線の中で起こったことなら、大抵の事は分るだろう。
「五十嵐さんが、天使を説得によって追い払ったところまでは覚えていますか?」
「あぁ」
「その直後、大砲の誤射によって五十嵐さんは死亡しました」
「ゑ?」
大砲?ということは、あの馬鹿でかい大砲のことか?
「それはもう無残な姿でした。上半身は頭を残して綺麗に吹き飛び、残った下半身からは大量の血と引き千切られた内臓が飛び出していて・・・・・・」
「遊佐ちゃんストップ!もう良い、分かった!」
そうか・・・そんな死に方したのか。まぁ、あんなの人に撃つような物じゃなさそうだしな。どっちかっていうと、戦艦とかに撃つものだろ。
「私からも、聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「ん?なに?」
俺の返答を肯定と受け取って、遊佐ちゃんはゆっくりと口を開く。
「天使と対峙した時、戦闘ではなく説得で対応したのはなぜですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「いえ、天使の時だけではありません。椎名さんの時もそうでした。ギルドのトラップから戦線メンバーを救出し、天使に傷を付けずに、なおかつ銃弾以上のダメージを与えられるほどの戦闘力があるにも拘らず、あなたは決して女性の肌に傷を付けない」
普段無口の遊佐ちゃんらしくない、饒舌な語りだった。その眼には真剣な光を宿していて、俺の視線を捕らえて離さない。
「天使も椎名さんも、あなたと同等以上の実力者です。そしてこの世界は致命傷ですら傷一つ残さない死後の学園。あなたが本気で相対しても、彼女達の傷はすぐに癒えます」
「・・・・・・・・・・・・」
「なぜ、そこまでして女性の肌を傷つけるのを忌避するのですか?」
正直な感想、遊佐ちゃんは他人の事情には口を挟まない方だと思っていた。たぶん、俺の予想は正しいのだろう。この死後の世界で、他人の生前を聞こうとする奴なんて稀だ。
それでも遊佐ちゃんは踏み込んできた。
その眼に宿す真剣な光と・・・・・・そして、僅かな暗い怒り。この話題は、遊佐ちゃんにとっても大きな関心がるのかもしれない。
だとするなら、ここで話を濁すのは無礼ってやつだ。俺の思っていることを正直に話す、それが遊佐ちゃんに対するせめてもの誠意だ。
「・・・・弟と、妹が居るんだ」
「え?」
あの時ギルドで、仲村が音無に語りかけたような口調で俺も話し出す。
「とはいっても、血の繋がりも無い、元々は赤の他人みたいな奴らなんだけどな。俺にとっては、本物の家族みたいに過ごしていたよ」
「・・・・・・・・・・・」
今度は遊佐ちゃんが聞き手に回った。俺は話を進める。
「弟1人に妹2人、皆同い年なんだけど弟と妹の内の一人がやんちゃ盛りでな、しょっちゅう喧嘩してたんだ。いつもは小さな事で喧嘩して、すぐに仲直りしてたんだけど、拗れる事もあってな。ある時、2人の喧嘩がヒートアップして弟が妹の顔を殴った事があったんだよ」
「それで、どうしたのですか?」
「大声で泣いてる妹に気がついて、さすがにその時は弟を怒鳴りつけたよ。そしたら、弟はクシャクシャに顔を歪ませて家を飛び出したんだ。俺は妹が泣き止んでから、すぐに弟を探しに行ったよ」
あの時の事はよく覚えている。俺が初めて弟を泣かした時だ。
「弟はすぐに見つかった。近くの公園のブランコに座って泣いていた。その時、色々聞いたよ。その時は妹が弟のプリンを食ったから喧嘩になったんだそうだ。笑えるだろ?子供ってそんなことでも殴り合いになるんだぜ?」
「・・・私は、そのような経験がありませんので何とも」
「そっか・・・。まぁ、あれだ。その時、俺は『女の肌に傷を付けちゃいかん』って、弟に教えてたんだ。すると弟は、『それじゃ、男はやられっ放しじゃんか』って言い返してきた」
ここにきて、遊佐ちゃんの質問の話題が出てきた。心なしか、遊佐ちゃんの顔がより引き締まったように見えた。
「まぁ、実際その通りだ。女の肌に傷を付けずに抵抗するのは難しいし、それだと弟はやられっ放しで納得しないだろう。俺は、大した教養がなかったからそうとしか言えなかったんだ」
「それでしたら、なぜ・・・?」
「まぁ、まずは女を傷物したらそいつと結婚して一生を共に過ごさなきゃならないって言ったのが大きな説得材料だな」
「ずいぶん古い考えですね」
「だろ?俺もそう思う」
遊佐ちゃんの容赦ない感想に、俺は笑って答える。そう言えば、この話をした時もあいつはメチャクチャ嫌そうな顔してたな。
「弟にも同じことを言われたけど、こんな古臭い考えでも自分の信じたものを貫ける奴は老若男女問わずカッコいいんだって、俺はそう信じている」
「・・・・・・・・・・・・」
遊佐ちゃんは何も言わずに、俺の顔を見ている。
「そりゃ、どうしようもなかったって時もあるさ。やむえず手を出す時もあるだろう。今日の俺みたいにな。でもそんな時でも俺は女の肌に傷を付けることはしない。自分で決めたことすら守れないようじゃ、俺はどうしようもない屑になっちまうような気がしてな」
「そんな事は・・・・」
「実際、俺は褒められるような兄貴じゃなかった。教養も無いから勉強も教えられない、掃除は得意だったけど料理は苦手だった。そんな俺が、あいつらに教えられるとしたら生き方しか残ってなくてな、せめてカッコいい兄貴の姿を見せてやりたかった」
「・・・・・・・・・・」
「俺は自分の考えを弟に強要する気はサラサラなかったけど、弟に今と同じ話をしてやったら、何を思ったのか俺と同じ事をするって言い出してな。その時、約束したんだよ」
「約束、ですか?」
「あぁ。『女の肌に傷を付けない』って、俺と弟は約束したんだ。子供の戯言だって笑う奴がいるだろうけど、俺は本気だ。弟は今でも俺との約束を守っているって信じている。だから、俺も弟との約束を守り続けなきゃならない。兄貴の俺が約束破る訳にはいかないからな」
俺にとって、『女の肌に傷を付けない』っていうのは、俺自身の信条であるのと同時に弟との約束でもある。だから俺は――――――――――――
「すぐに傷が癒えるとか、相手が自分よりも強いとか、そんな事は俺には関係ない。たとえ死んでも、俺は女の肌に傷を付けん」
俺はそう言い切り、保健室に沈黙が流れる。ただ、空いた窓から流れ込む風が、カーテンを揺らす音だけが聞こえてきた。
「それは、女性である天使に敵対する戦線メンバーの女性にも、言えることですか?」
遊佐ちゃんは正面から俺を見据える。にしても可笑しなことを聞くもんだ。
「誰が誰の味方とか敵とか、そう言うのは関係ねぇよ」
俺は何故か気恥ずかしくて、思わず窓の外を見た。
バットでボールを打つ音が聞こえた。
-----------------------
次の日、俺はスケッチをしに屋上へ来ていた。良い感じに晴れた天気はこの世界を照らしていた。ドアを開け、いざ屋上に出てみると、そこには先客がいた。
「遊佐ちゃん」
「こんにちは、五十嵐さん」
綺麗な稲穂色の髪をなびかして、遊佐ちゃんは双眼鏡を片手に佇んでいた。その光景は、まるで一枚の絵画のように見えた。
「仕事か?」
「はい」
「そうか」
短い応答をし、俺は辺りを見渡す。今日は・・・・あの校舎でも描こう。
そう思って、俺は今居る校舎とは別の校舎を描くと決めて、校舎が良く見える位置に座り込む。手提げカバンからスケッチブックと鉛筆を取り出すと―――――――
「五十嵐さんは、何をしているのですか?」
いつの間にか、遊佐ちゃんが俺の隣に座っていた。女特有の甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐる。内心、俺はギョッとしたが何とか平静を保つ。
「あ、あぁ。似合わないと思うけど、趣味のスケッチをな、しに来たんだ」
「スケッチが趣味なんですか?」
「子供の頃にハマったまま、今でも続けてるんだよ」
「・・・・私も、隣で見てもいいですか?」
「え?」
正直意外だった。遊佐ちゃんが俺の趣味に興味を持つとは思わなかった。
「でも、仕事はいいのか?」
「問題ありません。さぁ、早く描いてください」
「はいはい」
まぁ、問題ないならそれでも良いだろう。俺はスケッチブックに鉛筆を滑らせ、線を描いて形を作る。そのあと、色鉛筆で色を付ける。
「・・・・・・・・・・・」
遊佐ちゃんの体温と香りが、俺のすぐ近く感じる。
それまでの工程が、いつもの数倍長く感じるくらい心臓がバクバク言っていた。
皆様からのご意見ご感想お待ちしております。